説明

濾過フィルター用繊維構造物とその製造方法

【課題】ESD法を用いてなる極細のVdF含有繊維により優れた不純物濾過機能が期待できる濾過フィルター用繊維構造物と、当該濾過フィルター用繊維構造物をESD法により良好に形成するための製造方法を提供する。
【解決手段】溶液材料の成分として、MFR値が0.11g/10minのVdF及びHFPの共重合物を用意する。当該共重合物はVdFが75%以上92%以下、HFPが8%以上25%以下のランダムコポリマーが好適である。次に共重合物を揮発性溶媒に対し、溶液材料全体における樹脂濃度が10wt%以上30wt%未満になるように溶解させる。これをESD装置に供給し、電界紡糸することにより不織布20(濾過フィルター用繊維構造物)を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界紡糸(ESD)法を利用した濾過フィルター用繊維構造物とその製造方法に関し、特にVdFを含有する極細繊維を利用する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置等の洗浄用水に代表される工業用超純水を精製するために、近年では電界紡糸法(ESD法)で形成された不織布からなる濾過フィルターが用いられている。このような不織布構造のフィルターは、フィルム構造等の他のフィルターに比べ、水に接触するフィルター表面積が比較的広いので、高度且つ高効率な濾過作用が発揮される。特にESD法を利用すれば、いわゆるナノファイバーと称されるナノオーダーの平均繊維径を持つ極細繊維で不織布を得ることができるため、一般的な紡糸方法よりもさらに表面積の広い不織布が得られ、高い性能の濾過フィルターが期待できる。
【0003】
ESD(Electro Spining Deposition)法は、繊維樹脂材料を溶解させてなる溶液材料を金属製の噴射ニードルとともに高電圧で帯電させ、接地した捕集電極表面に向けて噴射ニードルの先端から溶液を吐出させる。溶液材料は噴射ニードルの先端における電界集中効果で形成された強力な電界よって捕集電極表面に引き寄せられ、飛翔中に溶媒が気化して紡糸される。この紡糸工程を一定時間継続させると、捕集電極板上に極細繊維からなる不織布が形成される(例えば特許文献3)。
【0004】
濾過フィルター用の繊維材料としては、一般にはポリエチレン、ポリプロピレン等のオレフィン材料の他、ポリアミド等が用いられるが、高性能材料の一つとしてフッ素樹脂材料が用いられている。フッ素系樹脂はフッ素原子イオンによる優れた陰イオン特性が発揮されるため、不純物吸着特性に優れ、フィルター材料として好適である。フッ素樹脂材料には、PTFE、TFE、CTFE等が用いられており、これらのいずれかを含むフッ素樹脂繊維が実用化されている。
【特許文献1】特開2006−92829号公報
【特許文献2】特開2004−308031号公報
【特許文献3】特開2006−144138号公報
【非特許文献1】J.Polymer Science PartB、39、2598、2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、フィルター材料に利用可能なフッ素樹脂としては、上記の他、ポリビニリデンフロライド(PVdF)が知られている。PVdFは特に不純物吸着特性に優れたフッ素樹脂であり、現在ではフィルム形態等のフィルター材料として利用されている。このPVdFを極細繊維として利用できれば、飛躍的に高性能な純水濾過フィルターを実現できると考えられる。
【0006】
しかしながら、PVdFは結晶性のフッ素樹脂であり、一般的に溶媒への溶解性が比較的低い性質がある。このため極細繊維への加工が困難であって、PVdFを溶解させた溶液を通常の条件でESD装置に供給すると、静電紡糸時に噴射ニードルより吐出された直後に結晶化され、糸状に形成されずに球状に固化されてしまうので、紡糸加工が困難な性質がある。
【0007】
以上のように、PVdFをESD法を用いて効率良く紡糸し、当該材料からなる不織布により濾過フィルターを製造する技術については、未だ確立されていない現状にある。
本発明は以上の課題に鑑みてなされたものであって、その目的はESD法を用いてなる極細のPVdF含有繊維により優れた不純物濾過機能を発揮することが可能な濾過フィルター用繊維構造物と、当該濾過フィルター用繊維構造物をESD法により良好に形成するための製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、平均繊維径が1nm以上5μm未満であり、且つVdFとHFPを含む共重合物からなる繊維が不織布状又は編成布状に構成されてなる濾過フィルター用繊維構造物とした。
ここで前記共重合物としては、VdF-HFP共重合体を用いることができる。また、前記共重合体はランダム構造とすることもできる。
【0009】
さらに、前記共重合物のMFR値としては、0.1g/10min以上3g/10min未満の範囲が好適である。
また本発明は、電界紡糸法を用いた濾過フィルター用繊維構造物の製造方法であって、VdFとHFPとを含む共重合物が溶解した溶液材料を一方の極性に帯電させ、当該溶液材料を噴射ニードルから他方の極性の捕集電極に向けて繊維状に吐出させることにより、捕集電極板上に平均繊維径が1nm以上5μm未満のVdF-HFP共重合からなる繊維で不織布状又は編成布状を形成するものとした。
【0010】
ここで、VdFとHFPとを含む共重合物としては、VdFとHFPのランダム共重合物を用いることができる。
さらに共重合物としては、MFR値が0.1g/10min以上3g/10min未満の範囲に設定されたものを用いることができる。この場合の前記溶液材料としては、有機溶媒に対して前記共重合物を10wt%以上30wt%以下の濃度範囲で溶解させたものが好適である。
【0011】
なお、本願において言及するMFR値は、ISO1133に準じて測定した値を指すものである。
【発明の効果】
【0012】
以上の構成を有する本発明によれば、ESD法を用いてVdFを含有する極細繊維を紡糸可能にでき、優れた濾過性能を有する不織布等の濾過フィルター用繊維構造物の製造が実現できる。
すなわち、本願発明者らが鋭意検討した結果、結晶性のVdFを樹脂材料として単独で用いるのではなく、VdFに対してフッ素樹脂材料であり、且つ非結晶性を有するヘキサフルオロプロピレン(HFP)とを含んでなる共重合物を用いることで、溶媒への可溶性を格段に改善するとともに、ESD法の実施の際に障害となるVdFの結晶性を抑制したものである。
【0013】
具体的に本発明では、VdFに非結晶性のHFP成分を共重合体として分子構造に導入させることによって、ESD法の実施の際には溶液材料が噴射ニードルより吐出された後でも急速な結晶化が抑えられる。そして、溶液材料は噴射ニードルを通過する際に良好な流動性を発揮しつつ、しかも噴射ニードルにより連続的に吐出される際の形態を保ちながら溶媒を消失し、固化するように調整される。
【0014】
このように本発明は、ESD法独特の紡糸過程を考慮してPVdFを含有する極細繊維を得るようになしたものであって、これにより優れた濾過特性を発揮することの可能な濾過フィルター用繊維構造物が実現できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、当然ながら本発明はこれらの形式に限定されるものでなく、本発明の技術的範囲を逸脱しない範囲で適宜変更して実施することができる。
また、実施の形態における各構成要素は、矛盾しない範囲で互いに組み合わせることも可能である。
(フィルターユニットの構成)
図1は、実施の形態にかかる超純水濾過フィルターユニット1の構成を示す図である。
【0016】
当図に示されるユニット1は、中空の多孔性軸心10に対し、帯状の不織布20が長手方向に巻回された構成を有する。
ユニット1の軸方向両端部における不織布の厚み方向側面には、当該不織布20を固定し、且つ濾過水の漏出を防止するためのリング状ガスケットが設けられる。
当図に示される不織布20は、静電紡糸(ESD)法により作製されたVdFを含有する極細繊維からなる濾過フィルター用繊維構造物であり、工業用の超純水濾過フィルターを想定したものである。不織布のサイズ例としては、厚みを数十〜数百μm、目付を5〜750g/m2の範囲に設定することができる。当該極細繊維は、一例としてビニリデンフロライドとヘキサフロロプロピレンのランダム構造を持つコポリマー(VdF−HFP共重合体)で構成され、平均繊維径が340μmとされている。また、その分子構造は、例えばVdFが75モル%以上92モル%以下、HFPが8モル%以上25モル%以下の範囲においてランダム構造とすることができる。なお、ここでは20を不織布としているが、紡糸後に前記極細繊維を一旦ドラム等で巻き取って、その後に編成布として再構成してもよい。
【0017】
多孔性軸心10は、濾過した水を導通させる集水管であって、周面に多数の孔が設けられた樹脂製のチューブで構成されている。濾過時には不織布20の周面から濾過された水を前記孔に導通させ、流通路11に沿って濾過水を流通させるようになっている。
なお、軸心10は必須の構成ではなく、これを省くこともできる。この場合、例えば不織布20を中空状態で巻回し、当該中空部で濾過水を流通させるフィルターユニットとすることができる。
【0018】
さらに、図1では不織布20を平坦状のまま巻回した構成としているが、これを細かくプリーツ状に加工しつつ巻回することもできる。このように工夫することで、濾過面積を大きく確保することができる。
ここにおいて実施の形態のフィルターユニット1では、不織布20がESD法により紡糸されたVdFを含有する極細繊維(VdF−HFP共重合繊維)からなる濾過フィルター用繊維構造物として構成されている。このため、従来の一般的な紡糸方法で紡糸される繊維(平均繊維径が数百μmオーダー以上)からなる不織布に比べ、極細繊維の採用により表面積が格段に広く確保されており、濾過対象水中の不純物を当該表面を利用して効率的に吸着・分離させることができる。
【0019】
さらに、不織布20はフッ素樹脂繊維の中でも特に電気陰性度の高いVdFを成分に含む極細繊維で構成されているので、不純物吸着特性が非常に優れている。従ってフィルターユニット1では、良好な不純物濾過特性についても発揮されるようになっている。
なお、不織布20を構成する極細繊維は、平均繊維径が1nm以上5μm以下、より好ましくは1nm以上1μm以下の範囲であって、これ以上に高度に均一である必要はない。しかしながら、製品の品質のバラツキを防止する観点からは、できるだけ収束した平均繊維径を有することが望ましい。なお、平均繊維径は溶液材料の粘度や、後述する装置2の噴射ニードル217の内径等の条件により適宜調節することができる。
【0020】
また、フィルターユニット1は濾過対象を水としているが、これに限定するものではなく、例えば有機溶媒等、水以外の液体の濾過手段として用いることも可能である。
(ESD装置2の構成)
次に、VdFを含有する極細繊維を紡糸するとともに、これを用いて不織布を形成するための装置について説明する。
【0021】
図2は、ESD装置2の内部構成を示す一部切り欠き図である。当該ESD装置2は、箱形の筐体内部に、ロボットアーム200、シリンジ251、ターンテーブル40を配設してなる。筐体上部は開閉自在になっており、オペレータが適宜上記構成要素にアクセスでできるようになっている。
ロボットアーム200は、公知の3軸ロボットアームであって、第一アーム201、第二アーム202、第三アーム203がそれぞれx、y、z軸方向に沿ってスライド自在に組み合わされている。第一アーム201は一対のガイドスリット210(片方は不図示)に嵌合されたコの字断面形状のスライドベース211を介し、第二アーム202と連結されている。これと同様に、第二アーム202は一対のガイドスリット212、213に嵌合されたスライドベース214を介し、第三アーム203と連結されている。
【0022】
第一アーム201の側面は、ベース230を介して装置の内部壁面に固定されている。
図中、220〜222は多関節のケーブルボックスであり、各アームの動作に追随して屈曲又は伸張する。第一アーム201及び第二アーム202の内部には、スライドベース211、214を各アーム201、202の長手方向に沿ってスライドさせるためのモータユニットが内蔵されている。215は、ベース250に対して第三アーム203をz方向に移動させるためのモータユニットである。なお、各モータユニットの動作は、筐体下部に内蔵された不図示の制御部において、所定の制御プログラムに基づき制御されるようになっている。
【0023】
シリンジ251は、内部に不織布の材料として用いる樹脂溶液を貯留する手段であって、周面側部において第三アーム203に固定されている。シリンジ251の上部は空気孔を持つキャップ252が設けられ、装置駆動時にシリンジ251の内部が負圧になって溶液の吐出が途切れないように工夫されている。一方、シリンジ251の下部先端には、導電性材料(例えば金属材料)からなる噴射ニードル(噴射ノズル)217が取着され、z方向直下の捕集電極板に対向するように配置される。当該噴射ニードル217は第三アーム203下方において帯電クランプ216に把持され、装置2に内蔵された電圧印加装置30により正極性の所定の高電圧が印加されるようになっている。噴射ニードル217の先端と捕集電極401との間の吐出距離L(図3を参照)は、第三アーム203がz方向へスライドすることにより、最大300mmの範囲で調節できる。本発明では、50mm以上200mm以内が好適であり、例えば120mmに設定することできる。
【0024】
噴射ニードル217の内径は、紡糸しようとする繊維の平均繊維径に合わせて100μm以上1.0mm以下の範囲で適宜調節できるが、例えば330μmとすることができる。本発明では、150μm以上510μm以下の範囲が好適である。
なおシリンジ251及び噴射ニードル217は各1本に限定されず、少なくともいずれかを複数本にわたり並列して配置させてもよい。また、噴射ニードル217を用いず、シリンジ251から溶液材料を直接吐出させる構成も可能であるが、ESD法の原理上、吐出すべき溶液材料と捕集電極401との間に高電圧を印加できるように、例えばシリンジ251を金属製とし、その外部から溶液材料を正極側に帯電させる必要がある。
【0025】
また、シリンジ251のキャップ252に配線チューブ等を設け、当該チューブを介して外部より連続的に溶液材料を供給するようにしてもよい。
一方、ロボットアーム200直下には、矩形状の電極板402と、アルミ箔等からなるシート状の捕集電極401とが同順に上方に積層して配設される。これら401及び402は、装置内部の図示しない配線により接地されている。ここで装置2の仕様としては、噴射ニードル217に対する最大印加電圧は80kVまで設定できるが、本発明では15kV以上50kV以下の範囲が好適である。
【0026】
なお、装置2では噴射ニードル217側を正極とし、捕集電極401を接地しているが、これらは溶液材料を吐出させるために相対的に電圧差を設ける為の設定であって、溶液材料の選択に応じて極性を逆としてもよいし、捕集電極401を接地させずに噴射ニードル217よりも低電圧を印加するようにしてもよい。
なお、筐体50のフロント部には、例えば入力表示部及び装置を緊急停止させるための非常停止ボタン(いずれも不図示)を配設することもできる。入力表示部は、タッチパネル付き液晶ディスプレイが利用できる。これにより、オペレータがロボットアーム200の各駆動条件の設定を制御部に対して入力する。
【0027】
またフロント部に別途ジョイスティックを配設し、これにより直接ロボットアーム200の各アーム201〜203をxyz各軸方向へ操作できるようにしてもよい。
また、装置2においてロボット200は必須ではなく、例えばシリンジ251をxy方向に関して固定し(z方向へは調節可能としておく)、捕集電極401側を公知のxy2軸テーブル上に配置して、シリンジ251側に対して捕集電極401を相対的に移動できるようにしてもよい。
(不織布20の製造工程について)
本発明の濾過フィルター用繊維構造物(不織布20)を製造するための工程は、上記ESD装置2を用いて次のように例示できる。
【0028】
まず、溶液材料の成分として、MFR値が0.11g/10minのVdF及びHFPの共重合物を用意する。当該共重合物はVdFが75モル%以上92モル%以下、HFPが8モル%以上25モル%以下のランダムコポリマーが好適である。この構成を持つ市販品の原料としては、例えば東京材料株式会社製「Kynar2801」が挙げられる。なお、共重合物のMFR値が大きすぎると溶液粘度が低下し、静電紡糸時に溶媒分離性が損なわれる。また、MFR値が小さすぎると紡糸が困難になる。従って、適切なMFR値の樹脂材料を用いるべき点に留意する。
【0029】
前記共重合物を揮発性溶媒に対し、溶液材料全体における樹脂濃度が10wt%以上30wt%未満になるように溶解させる。
前記揮発性溶媒としては、室温でVdFを一部又は完全溶解できる溶剤であればいずれでもよいが、例えばDMFを100%用いる場合、もしくはDMFとDMACを同順に75:25の重量比率で混合したものを用いることができる。
【0030】
この他、利用可能な溶媒を例示すると、アセトン、テトラヒドロフラン、MEK、ジメチルフォルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)、テトラメチルユリア、トリメチルフォスフェート、ヘキサフルオロイソプロパノール、トリフルオロ酢酸等が単独または混合して利用できる。その他、潜伏溶剤(昇温すると溶解できる溶剤)として、MIBK、ブチルアセテート、シクロヘキサノン、ダイアセトンアルコール、DIBK、ブチロラクトン、テトラエチルユリア、イソホロン、トリエチルフォスフェート、カルビトールアセテート、プロピレンカーボネート、ジメチルフタレート等の中の1種以上が挙げられる。
【0031】
次に、上記調整した溶液材料をシリンジ251内に貯留させる。一方、装置2側の準備として、オペレータは図3に示すように、第三アーム203の先端位置を調整して、シリンジ251先端に取着された噴射ニードル217と捕集電極401との間の吐出距離Lを設定する。このときの吐出距離Lの設定値としては、噴射ニードル217より吐出される溶液が捕集電極に到達する際に溶媒が略揮発できるような値に設定する(例えば溶液濃度が23%程度、MFR値を0.2g/10minとする場合には、吐出距離Lを120mmに設定する)。吐出距離Lが短すぎると繊維が形成されず、溶媒が残留してしまう。また、逆に長すぎると繊維密度が疎になってしまい、捕集電極401上に繊維構造物をうまく堆積させることができない。
【0032】
距離の具体的な調節は、ロボット200の第三アーム203を動作させ、モータユニット215を作動させて第三アーム203の位置をz方向に沿って調節する。
次にオペレータは入力表示部等を利用して、制御部に対し、印加電圧、電圧印加時間等の条件について設定する(設定ステップ)。一例として、直流印加電圧を40kV、電圧印加時間を30分とすることができる。
【0033】
オペレータが以上のステップを完了したら、装置2を駆動させる。駆動前は、シリンジ251の溶液材料は噴射ニードル217内においてキャピラリーにより静止した状態で収められているが、装置2の駆動開始により噴射ニードル217と捕集電極401との間に40kVの高電圧が印加されると、当該溶液材料も正極に帯電され、噴射ニードル217先端において所謂“Taylor Cone”と呼ばれる円錐状の溶液材料部分が形成される。その後、静止していた噴射ニードル217先端における溶液材料Pの表面張力が打ち破られると、当該溶液材料Pは接地された捕集電極401に向けて吐出される(図3)。
【0034】
溶液材料Pは捕集電極401に向かって連続的に吐出され、吐出距離Lにおいて電界中を飛翔する間に空気と高速で接触し、瞬間的に気化により溶媒を消失する。これにより、溶液材料Pが捕集電極401の表面に到達する際には略共重合物の成分のみが残留し、これによりVdFを含有する極細繊維(ナノファイバー)が形成される。極細繊維は静電作用により捕集電極401の表面に引き寄せられた状態で堆積する。この堆積量が一定になると、オペレータは捕集電極401表面から繊維構造物として注意深く剥がし取り、これを不織布20とすることができる。
【0035】
ここで装置2では、図2、図3のSに示すように、噴射ニードル217側から吐出されて形成される極細繊維は、互いに静電反発するため捕集電極401表面に対して円錐形状に広がるので、吐出中に噴射ニードル217等を動かさなくてもある程度の面積を持った不織布20を得ることができる。しかしながら、所定の面積及び厚みの不織布20を得るためには、装置2を駆動させつつ、噴射ニードル217と捕集電極401との位置を相対的に移動させるように調節するのが好適である。
【0036】
例えば図2の装置の場合、ロボット200の第一及び第二アーム201、202をxy方向の少なくとも何れかの方向に移動させて調節し、これによって捕集電極401上の堆積位置・面積等を調節することも可能である。
なお、当該実施の形態では、捕集電極401上で得た繊維構造物として直接不織布20を得るものとしているが、本発明はこれに限定するものではなく、数度に分けて極細繊維の堆積物を得た上、これらを積層する等の加工により、別途不織布20を構成してもよい。
【0037】
また、捕集電極401上で得られた極細繊維を一旦ローラで紡ぎ取り、これを編成することによって、濾過フィルター用の編成布を得ることもできる。
以上のようにESD法を用いれば、その他の方法では紡糸が困難な極細の極細繊維の紡糸が比較的容易に行える。また、当該方法は常温・常圧条件下でのプロセスで実施でき、比較的実現可能性が高い。さらに、大規模な紡糸装置が不要であり、小型のESD装置の内部で紡糸及び不織布の作製が容易且つ連続的に行えることから、低コストで効率よく製造できるメリットも有する。
【0038】
ここで本発明では、ESD法を用いてVdFを含有する極細繊維を紡糸可能にし、優れた濾過性能を有する不織布を製造できるようにした点に主たる特徴を有するものである。
すなわち、PVdFは良好な電気陰性度を持ち、不純物分離性を優れるフッ素樹脂であるため、これにより極細繊維を得て不織布とすれば、高性能な純水濾過フィルターの製造が期待できるが、従来では、樹脂成分としてVdFのホモポリマーを含む溶液材料をESD法により紡糸しようとしても、溶液材料がシリンジ若しくは噴射ニードル内で液詰まりを生じるほか、噴射ニードルにより吐出された直後に樹脂成分が結晶化してしまい、微細な球状の樹脂塊(ビーズ)となって吐出されてしまう。このため、連続的に吐出させながら、しかも一定の平均繊維径を持つ極細繊維を得ることは非常に困難とされている。このような不具合の原因としてPVdFが本来結晶性樹脂であり、溶媒への溶解性が比較的低いことが考えられる。また、PVdFは他のフッ素樹脂に比べて誘電率が非常に高く(例えば代表的なフッ素樹脂であるPTFEの比誘電率が2.1程度であるのに対し、PVdFの比誘電率は8.4程度である)、絶縁耐圧も非常に高い。このため、静電紡糸時には相当な高電圧を印加しないと効果的に吐出できず、この性質が通常条件下でのESD法による紡糸プロセスを行う上で障害になっているものと考えられる。
【0039】
この問題に対して本願発明者らが鋭意検討した結果、結晶性のVdFを樹脂材料として単独で用いるのではなく、VdFと非結晶性のフッ素樹脂材料(HFP)とからなる共重合物を用いれば、溶媒への可溶性が格段に改善され、ESD法においても良好に紡糸できることを見出したものである。
すなわち、PVdFは、それ単独では結晶性が強すぎ、ESD法を用いた紡糸プロセスに不適な特性を呈するが、VdFに非結晶性のHFP成分を共重合体として分子構造に導入させ、VdFを含有する極細繊維の形成の結晶性を抑制できる。これにより、溶液材料が噴射ニードルより吐出された後も急速に結晶化するのを抑え、連続的に吐出された溶液材料が溶媒を消失しつつ固化するように調整して、繊維加工性を獲得したものである。
【0040】
なお、本発明のVdFを含有する極細繊維の樹脂材料としては、VdFとHFP共重合物が最も実現性が高いが、HFP以外の非結晶性樹脂成分を含む共重合物を用いてもよい。例えばVdF及びHFPに対し、別途非結晶性のフッ素樹脂成分(例えば、TFE(テトラフルオロエチレン)やCTFE(クロロトリフルオロエチレン)等の含フッ素オレフィンと炭化水素オレフィンとの共重合物)を追加した共重合物を用いても良い。
【0041】
さらに共重合物としては、溶液吐出時において、VdFの結晶性が顕著にならないように、分子構造においてVdFのブロック部分が少ない構成(例えばランダム共重合体)とすることが望ましい。
<溶液組成の検討実験>
本発明に基づきESD法によって不織布を製造する際の最適条件を調べるため、実施例及び比較例のESD用溶液サンプルを作製し、検討実験を行った。
【0042】
溶液材料に用いる樹脂成分としては、実施例及び比較例に用いるサンプルとして、すべてアルケマ社製のKynarシリーズ(「Kynar」はアルケマ社の登録商標)を用いた。このうち実施例の樹脂材料には、VdF/HFPのコポリマー(柔軟グレード)を選択した。比較例の樹脂材料には、前記コポリマー或いはVdFのホモポリマー(中粘度・高粘度グレード)を選択した。
【0043】
各サンプルの具体的な実験方法と結果は以下の通りである。
なおMFR値の測定方法は、いずれもISO1133に準じて測定するものとした。
(実施例1)
VdFとHFPとの共重合物(Kynar2801、MFR値0.2g/10min)3gを、DMF(ジメチルホルムアミド)(ナカライテスク製)10gと混合し、ペイントシェイカーで震盪して完全溶解させた。
【0044】
この溶液材料を、図2に示すESD装置2のシリンジに投入した。設定条件として、捕集電極にアルミ箔を用い、噴射ニードル内径0.33mm、印加電圧40kV、電極間距離120mm、駆動時間30分の各設定を行って静電紡糸した。これにより、極細繊維を積層させて不織布を得た。
得られた不織布の極細繊維を走査型電子顕微鏡(株式会社トプコン製DS−130)で倍率1500倍で観察した。このときの写真画像を図4、図5に示す。図5は、図4よりもさらに10000倍まで倍率を上げたものである。これらの写真に示されるように、実施例1では比較的繊維径が安定した良好な極細繊維が形成されているのが確認できた。
【0045】
さらに、この顕微鏡画像に写し出された領域の短繊維の中から無作為に30箇所を選び、スケールを用いて繊維径を測定した。これらのデータを平均化して平均繊維径とした結果、当該不織布をなす極細繊維の平均繊維径は0.34μmであった。
(実施例2)
VdFとHFPとの共重合物との共重合物(Kynar2850、MFR値0.11g/10min)3gを、DMF7.5g及びジメジルアセトアミド(DMAC)2.5g(いずれもナカライテスク製)の混合溶液に溶解した。この溶液材料を実施例1と同じ方法で電界紡糸して不織布を得た。得られた不織布を調べた結果、極細繊維の平均繊維径は0.25μmであった。
【0046】
(比較例1)
VdF(Kynar301F、MFR値0.03g/10min)3gをDMF10gと混合し、ペイントシェイカーで震盪して、完全溶解させた。
この溶液材料を実施例1と同様の方法でESD装置に供給し(噴射ニードル内径0.25mm、印加電圧50kV、電極間距離120mmの条件)、捕集電極上に吐出物を得た。得られた吐出物を前記走査型電子顕微鏡で観察した。このときの写真画像を図6、図7に示す。図6は1500倍、図7はさらに10000倍まで倍率を上げたものである。これらの写真に示されるように、比較例1では適切な繊維は形成されず、粒状の樹脂塊(ビーズ)が多数確認された。従って、この溶液及び装置条件では、良好な繊維による不織布は得られないことが分かった。
【0047】
(比較例2)
VdFとHFPとの共重合物(Kynar7201、MFR値3g/10min)3gを、DMF(ナカライテスク製)7.5g、DMAC2.5gと混合し、ペイントシェイカーで震盪して完全溶解させた。この溶液材料を実施例1と同じ方法で電界紡糸して吐出物を得た(噴射ニードル内径0.25mm、印加電圧50kV、電極間距離120mmの条件)。得られた吐出物を前記走査型電子顕微鏡で観察した結果、繊維は形成されず、比較例1と同様に粒状の樹脂塊が多数確認された。これにより、この条件では適切な繊維からなる不織布は得られないことが分かった。
【0048】
(比較例3)
VdFとHFPとの共重合物(Kynar 2801、MFR値0.2g/10min)5gを、DMF(ナカライテスク製)7.5g、DMAC2.5gと混合し、ペイントシェイカーで震盪して完全溶解させた。この溶液材料を実施例1と同じ方法でESD装置に供給して駆動させた(噴射ニードル内径0.33mm、印加電圧40kV、電極間距離120mmの条件)。その結果、溶液の粘度が高いために噴射ニードルより吐出されず、紡糸が行えなかった。
【0049】
(比較例4)
VdFとHFPとの共重合物(Kynar 2801、MFR値0.2g/10min)1gを、DMF(ナカライテスク製)7.5g、DMAC2.5gと混合し、ペイントシェイカーで震盪して完全溶解させた。この溶液材料を実施例1と同じ方法でESD装置に供給して駆動させた(噴射ニードル内径0.15mm、、印加電圧40kV、電極間距離120mmの条件)。その結果、溶液の粘度が低すぎ、紡糸が行えなかった。
【0050】
以上の各サンプル毎の実験条件と評価について、以下の表1にまとめて示す。
【0051】
【表1】

表1に示される結果から、実施例1及び2では、いずれも樹脂材料が極細繊維として形成されることが分かった。このうち実施例1では、特に平均繊維径が安定した極細繊維が得られ、優れた均一性を持つ不織布が得られている。実施例2では実施例1と比較して、繊維径に若干のばらつきが見られたが、それでも本発明の不織布として十分な性能が期待できる極細繊維からなる不織布が得られた。
【0052】
一方、比較例1のように、溶液材料の樹脂成分にVdFを単独で用いた場合には、PVdFの結晶性が高すぎて樹脂塊が発生し、紡糸が行えないため、不織布が得られないことが確認された。さらに、比較例1のようにMFR値が比較的低い場合や、逆に比較例2のようにMFR値が高い場合は、いずれも紡糸できなかった。このように紡糸が不可能であった理由を考察すると、溶液材料の流動性に直接原因があることも考えられるが、間接的に、樹脂材料の結晶性等が紡糸結果に影響したものと考えられる。
【0053】
一方、比較例3、4が示すように、樹脂材料にVdFとHFPの共重合物を用い、且つMFR値が適当な範囲である場合でも、溶液材料全体の粘性が高すぎると噴射ニードルが詰まったり、逆に粘性が低すぎて糸状に形成されない等の問題が生じる。樹脂材料としては上記共重合物を用いているので、比較例3、4で発生した問題は、樹脂材料の結晶性とは別の問題として現れたものと考えられる。すなわち、樹脂材料のMFR値と溶液材料濃度の両条件は、ともに揃わないと良好な紡糸結果が得られないことが分かった。
【0054】
次に、溶液材料中における樹脂成分及び樹脂濃度を一定にした上で、溶媒にDMF/DMAC混合溶媒を用い、その溶媒組成比を変化させた場合に不織布に与える影響を調べた。
その結果を表2に示す。
【0055】
【表2】

表2に示す通り、DMACに対するDMFの比率が50以上100以下の範囲、及び、DMACを100%使用した場合では、不織布を得ることができた(実施例3〜6)。一方、比較例5に示されるように、DMF/DMACの比が25/75の場合には、溶液が固化し、紡糸不可能となった。
【0056】
また、DMFを100%用いた実施例3では均一な平均繊維径で良好に紡糸が行え、不織布が得られたが、DMACとDMFの混合溶媒を用いた実施例4〜6では実施例3に比べ、平均繊維径に若干のバラツキが生じた。
この実験結果から、溶媒としてDMF及びDMACのいずれかを選択すべき場合には、DMFの方が本発明の実施に適した溶媒であると言える。
【0057】
また、DMF/DMACからなる溶媒に関しては、特定の組成比率の場合には、比較例5が示すように、溶液材料が固化して紡糸不可能となりうることが明らかになった。なお、その他の溶媒においても同様の現象が確認できるかは、現状では不明である。従って、いずれの溶媒を用いる場合であっても、ESD法を実施する前には念のため、溶液の流動状態を確認することが望ましい。
【0058】
次に、樹脂材料及び溶媒組成等を一定にした上で、溶液材料中の樹脂濃度を変化させた場合に紡糸工程に与える影響を調べた。樹脂濃度は、9.09wt%〜33.33wt%の間で変化させた。
その結果を表3に示す。
【0059】
【表3】

表3の結果では、比較例4のように、樹脂濃度が9.09wt%の場合は溶液の粘度が低すぎ、糸がうまく形成されない不具合が確認された。一方、比較例3の場合は、樹脂濃度が33.33wt%以上の場合は溶液の粘度が高すぎて、噴射ニードルから溶液が吐出されない不具合が確認された。
【0060】
従ってこの結果から、本発明を実施するためには、溶液の粘度を適切に調節するための樹脂濃度範囲が存在すると言える。具体的には、実施例1及び7の結果及びその他の実験結果から、概ね10wt%以上30wt%以下が好適であると考えられる。
また、表1の実施例1及び2の結果と合わせて考察すると、本発明の樹脂材料が取り得るMFR値としては、概ね0.1g/10min以上3g/10min未満の範囲が適当であり、特にその上限としては、0.2g/10min以下とすることが適当であると考えられる。この樹脂材料のMFR値の範囲は、各実施例の結果から考慮すると、前述の樹脂濃度範囲とともに設定すべきである。
【0061】
以上の各実験及び考察から、本発明の優位性が確認された。
なお、上記実施の形態では、極細繊維の共重合物としてVdF-HFP共重合体を用いる構成を例示したが、VdF成分としては、ポリマー(PVdF)を用いるようにしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の濾過フィルター用繊維構造物は、例えば精密装置洗浄用水を精製するための工業用超純水濾過フィルターにおいて、フィルターユニットに内蔵される不織布としての利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施の形態の不織布を利用した超純水濾過フィルターユニットの構成を示す図である。
【図2】実施の形態で利用するESD装置の構成例を示す斜視図である。
【図3】ESD装置の駆動時の様子を模式的に示す図である。
【図4】ESD装置で作製した実施例1の不織布の顕微鏡写真である。
【図5】ESD装置で作製した実施例1の不織布の顕微鏡写真(拡大写真)である。
【図6】ESD装置で作製した比較例1の吐出物の顕微鏡写真である。
【図7】ESD装置で作製した比較例1の吐出物の顕微鏡写真(拡大写真)である。
【符号の説明】
【0064】
1 超純水濾過フィルターユニット
2 ESD装置
10 軸心
20 不織布(濾過フィルター用繊維構造物)
30 電圧印加装置
40 捕集電極ユニット
50 装置筐体
201 第一アーム
202 第二アーム
203 第三アーム
217 噴射ニードル(噴射ノズル)
251 シリンジ
401 捕集電極(アルミ箔)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維径が1nm以上5μm未満であり、且つVdFとHFPを含む共重合物からなる繊維が不織布状又は編成布状に構成されてなる
ことを特徴とする濾過フィルター用繊維構造物。
【請求項2】
前記共重合物は、VdF-HFP共重合体である
ことを特徴とする請求項1記載の濾過フィルター用繊維構造物。
【請求項3】
前記共重合体はランダム構造である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の濾過フィルター用繊維構造物。
【請求項4】
前記共重合物のMFR値が0.1g/10min以上3g/10min未満の範囲である
請求項1〜3のいずれかに記載の濾過フィルター用繊維構造物。
【請求項5】
電界紡糸法を用いた濾過フィルター用繊維構造物の製造方法であって、
VdFとHFPとを含む共重合物が溶解した溶液材料を一方の極性に帯電させ、当該溶液材料を噴射ニードルから他方の極性の捕集電極に向けて繊維状に吐出させることにより、捕集電極板上に平均繊維径が1nm以上5μm未満のVdF-HFP共重合からなる繊維で不織布状又は編成布状を形成する
ことを特徴とする濾過フィルター用繊維構造物の製造方法。
【請求項6】
VdFとHFPとを含む共重合物として、VdFとHFPのランダム共重合物を用いる
ことを特徴とする請求項5に記載の濾過フィルター用繊維構造物の製造方法。
【請求項7】
前記共重合物として、MFR値が0.1g/10min以上3g/10min未満の範囲に設定されたものを用いる
ことを特徴とする請求項5または6に記載の濾過フィルター用繊維構造物の製造方法。
【請求項8】
前記溶液材料として、有機溶媒に対して前記共重合物を10wt%以上30wt%以下の濃度範囲で溶解させたものを用いる
ことを特徴とする請求項7に記載の濾過フィルター用繊維構造物の製造方法。


【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−61401(P2009−61401A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−231804(P2007−231804)
【出願日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【出願人】(000001339)グンゼ株式会社 (919)
【Fターム(参考)】