説明

炭素化炉、及び炭素繊維ストランドの製造方法

【課題】炭素繊維ストランドの収率が高い炭素化炉を提供する。
【解決手段】耐炎化繊維ストランドを送り込む入口スリット部と、前記耐炎化繊維ストランドを炭素化する炭素化炉本体と、前記耐炎化繊維ストランドが炭素化されて生成した炭素繊維ストランドを取り出す出口スリット部とを有する炭素化炉において、前記出口スリット部の炭素繊維ストランド進行方向の長さLが下記式
{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/(出口スリット部における降温速度15℃/sec)}×炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
≦L
≦{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/出口スリット部における降温速度15℃/sec)+3}×出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
である炭素化炉。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維ストランドの収率が高い炭素化炉、及び炭素繊維ストランドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ピッチ系やポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維ストランドを製造する方法においては、通常まず装置内温度300℃以下の熱処理装置を用いて上記ポリアクリロニトリル系ストランドに耐炎化処理を施して耐炎化繊維ストランドを得る。
【0003】
次いで、耐炎化繊維ストランドを不活性ガスの雰囲気下で400℃以上に保たれた炭素化炉に導いて、必要に応じ400〜800℃で第一炭素化処理した後、1000℃〜2000℃で第二炭素化処理して焼成することにより炭素化を行う。
【0004】
炭素化処理に使用する炭素化炉は、原料の耐炎化繊維ストランドを炉内に導く入口スリット部と、炉内に導いた耐炎化繊維ストランドを炭化させる炉本体と、炭化して得られる炭素繊維ストランドを炉内から外部に取り出す出口スリット部を備えている(例えば、特許文献1参照)。なお、炉内は不活性雰囲気に保たれ、炭素繊維ストランドが燃焼することを防止している。
【0005】
従来、出口スリット部は外部から炉内に空気中の酸素が侵入することを避けるのに必要な長さで設けられている。この場合、出口スリット部から炉外に取り出される炭素繊維ストランドは250℃を超える温度であった。
【0006】
なお、スリット部の圧力を調整して不活性雰囲気を保つ方法としては特許文献2がある。
【特許文献1】特開2006−63497(図1)
【特許文献2】特開平7−118933(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、炭素繊維ストランドの製造において、その収率を向上させる方法に付き、種々検討しているうちに、意外にも出口スリット部から取り出される高温の炭素繊維ストランドが大気に触れて部分的に酸化を生じ、その結果得られる炭素繊維ストランドの質量が減少していることを発見した。
【0008】
炭素繊維ストランドは原料の耐炎化繊維ストランドの質量に比べ、5〜6割に質量が減少する。このため収率を1%でも高くすることが生産性に大きく影響を与える。従来炭素化炉にはスリット部が備わっており、炉内部雰囲気を不活性状態に保っているが、このスリット部で炭素繊維ストランドを冷却して、酸化を抑えようとする意図はない。本発明者は炭素化炉の出口側の炭素繊維ストランドの温度を制御することにより炭素繊維ストランドの質量減少を避けることができることに想到した。
【0009】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した炭素化炉、及び炭素繊維ストランドの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0011】
〔1〕 耐炎化繊維ストランドを送り込む入口スリット部と、前記耐炎化繊維ストランドを炭素化する炭素化炉本体と、前記耐炎化繊維ストランドが炭素化されて生成した炭素繊維ストランドを取り出す出口スリット部とを有する炭素化炉において、前記出口スリット部の炭素繊維ストランド進行方向に沿う長さL(m)が下記式
{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/(出口スリット部における降温速度15℃/sec)}×炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
≦L
≦{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/出口スリット部における降温速度15℃/sec)+3}×出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
である炭素化炉。
【0012】
〔2〕 出口スリット部の出口部の前記炭素繊維温度が200℃〜20℃である請求項1に記載の炭素化炉。
【0013】
〔3〕 耐炎化繊維ストランドを送り込む入口スリット部と、前記耐炎化繊維ストランドを炭素化する炭素化炉本体と、前記耐炎化繊維ストランドが炭素化されて生成した炭素繊維ストランドを取り出す出口スリット部とを有する炭素化炉を用いて炭素繊維ストランドを製造する炭素繊維ストランドの製造方法であって、前記出口スリット部の炭素繊維ストランドの温度を200℃以下に保つことを特徴とする炭素繊維ストランドの製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の炭素化炉は、従来より高収率で炭素繊維ストランドを製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の炭素化炉を図面を参照して詳細に説明する。
【0016】
図1中、100は炭素化炉で、2は炭素化炉本体である。この炭素化炉本体2は、内部に耐炎化繊維ストランド4を炭素化するための不図示の加熱手段を備えている。
【0017】
6は前記炭素化炉本体2の一端に取り付けられた入口スリット部で、この入口スリット部のスリット7を通って耐炎化繊維ストランド4が炭素化炉本体2内に連続的に送り込まれ、炭素化される。
【0018】
8は炭素化炉本体2の他端に取り付けられた出口スリット部で、この8のスリット(不図示)を通って炭素繊維ストランド10が大気中に連続的に取り出される。
【0019】
なお、前記炭素化炉本体2、入口スリット部6、出口スリット部8内は窒素ガス等の不活性ガスで満たされ、前記炭素化炉100内に供給される耐炎化繊維ストランド4や、製造される炭素繊維ストランド10が酸化しないようになっている。
【0020】
本炭素化炉100において、出口スリット部8の炭素繊維ストランド10の進行方向(矢印X)に沿う長さLは、下記式(1)を満たすものである。
【0021】
{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/(出口スリット部における降温速度15℃/sec)}×炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
≦L
≦{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/出口スリット部における降温速度15℃/sec)+3}×出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
・・・(1)
ここで図1において、Bは出口スリット部8の入口部で、Aは出口スリット部8の出口部である。従って、出口スリット部8の炭素繊維ストランド10の進行方向に沿う長さLはAB間の長さである。
【0022】
本発明者の検討によれば、炭素繊維ストランド10の温度が200℃以下の場合は、大気中において実質的に酸化されず、従って質量減少が起きないことが確認されている。経済性を考慮すれば180℃〜200℃が特に好ましい更に、炉内温度が900〜2100℃の炭素化炉本体2の出口スリット部8においては、炭素繊維ストランド10の降温速度は一般に15℃/secであることが確認されている。
【0023】
安全度として3秒間の余裕降温時間を設定すると、Lの値は上記式(1)により算出されることが理解できる。ここでaは炭素繊維ストランド10の取り出し速度(m/hr)である。
【0024】
Lの値が{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/(出口スリット部における降温速度15℃/sec)}×炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60未満の場合は、炭素繊維ストランド10が200℃以上で出口スリット部8外部に取り出され、酸化されることにより質量の減少が起きる。
【0025】
Lの値が{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/出口スリット部における降温速度15℃/sec)+3}×出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60を超える場合は、炭素繊維ストランド10の酸化に対しては特に問題は無い。しかし、炭素化炉100の設置面積が大きくなると共に、炭素化炉100の製造コストも高くなる。
【0026】
以上説明したように本発明においては、出口スリット部の出口部Aにおける炭素繊維ストランドの温度を200℃以下に保つことにより、炭素繊維ストランドの酸化による収率の低下を避けることができる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。
【0028】
実施例1−4
出口スリット部入口部Bにおける炭素繊維ストランドの温度℃を500℃に設定し、出口スリット部出口部Aにおける炭素繊維ストランドの温度を200℃〜20℃になるように炭素繊維ストランドの取り出し速度aを設定して、炭素繊維ストランドの質量の変化を測定した。結果を表1にまとめた。原料はアクリロニトリルに3質量%のイタコン酸を共重合させて耐炎化処理をしたストランドであった。
【0029】
用いた炭素化炉は図1に示す構成のもので、入口スリット部の長さ0.6m、炭素化炉の長さ6m、出口スリット部の長さ(B−Aの長さ)0.6mであった。
【0030】
【表1】

【0031】
表1より、実施例1−4の場合は炭素繊維ストランドの質量の減少は見られなかった。よって、高収率で炭素繊維ストランドが得られた。
【0032】
比較例1−3
実施例1と同様に図1の炭素化炉を使用した。出口スリット部入口部Bにおける炭素繊維ストランドの温度℃を500℃に設定し、出口スリット部出口部Aにおける炭素繊維ストランドの温度℃を400℃〜250℃になるように炭素繊維ストランドの取り出し速度aを設定して、炭素繊維ストランドの質量の変化を測定した。結果を表2にまとめた。
【0033】
【表2】

【0034】
表2より、比較例1−3の場合は炭素繊維ストランドの質量の減少が見られた。
【0035】
検討例1−6
実施例1と同様に図1の炭素化炉を使用した。出口スリット部入口部Bにおける炭素繊維ストランドの温度℃を900〜400℃になるように炭素繊維ストランドの取り出し速度aを設定し、出口スリット部出口部Aにおける炭素繊維ストランドの温度℃が200℃になるまでの時間を測定し、出口スリット部の長さ(B−Aの長さ)、滞留時間を測定した。結果を表3にまとめた。
【0036】
【表3】

【0037】
表3において、炭素繊維ストランドは出口スリット部ではおおよそ15℃/secで降温した。この降温速度を用いて必要な出口スリット部の長さL(B−Aの長さ)を算出する式を作成し、表3に示した。また、3秒間の滞留余裕時間を追加した場合の出口スリット部の長さLを算出する式も表3に示した。滞留余裕時間を大きくすると、過剰設備の問題を生じる。
【0038】
図2は、本発明の出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度が100m/hrの場合における、Bにおける炭素繊維ストランド温度と、Aにおける炭素繊維ストランド温度が200℃になるのに必要な時間との関係を示すグラフである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の炭素化炉の一例を示す概略図で(1)は側面図、(2)は斜視図である。
【図2】本発明の出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度が100m/hrにおける、Bにおける炭素繊維ストランド温度と、Aにおける炭素繊維ストランド温度が200℃になるのに必要な時間との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0040】
100 炭素化炉
2 炭素化炉本体
4 耐炎化繊維ストランド
6 入口スリット部
7 スリット
8 出口スリット部
10 炭素繊維ストランド
A 出口スリット部出口部
B 出口スリット部入口部
L B−Aの長さ
a 出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度a
x 炭素繊維ストランドの進行方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐炎化繊維ストランドを送り込む入口スリット部と、前記耐炎化繊維ストランドを炭素化する炭素化炉本体と、前記耐炎化繊維ストランドが炭素化されて生成した炭素繊維ストランドを取り出す出口スリット部とを有する炭素化炉において、前記出口スリット部の炭素繊維ストランド進行方向に沿う長さL(m)が下記式
{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/(出口スリット部における降温速度15℃/sec)}×炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
≦L
≦{(出口スリット部の入口部Bにおける炭素繊維ストランド温度℃−200℃)/出口スリット部における降温速度15℃/sec)+3}×出口スリット部における炭素繊維ストランド取り出し速度a(m/hr)/60×60
である炭素化炉。
【請求項2】
出口スリット部の出口部の前記炭素繊維温度が200℃〜20℃である請求項1に記載の炭素化炉。
【請求項3】
耐炎化繊維ストランドを送り込む入口スリット部と、前記耐炎化繊維ストランドを炭素化する炭素化炉本体と、前記耐炎化繊維ストランドが炭素化されて生成した炭素繊維ストランドを取り出す出口スリット部とを有する炭素化炉を用いて炭素繊維ストランドを製造する炭素繊維ストランドの製造方法であって、前記出口スリット部の炭素繊維ストランドの温度を200℃以下に保つことを特徴とする炭素繊維ストランドの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate