説明

炭素繊維前駆体繊維の製造方法

【課題】乾燥・延伸工程を極力短縮化して生産性を向上しつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維用前駆体繊維を製造する方法を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル系重合体が溶解してなる紡糸溶液を紡糸して得た膨潤糸を、温度110〜185℃の過熱水蒸気雰囲気中で延伸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体繊維としての生産性を高めることができる炭素繊維前駆体繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、PANと略記することがある)系炭素繊維は、通常、その前駆体となるPAN系重合体からなる紡糸溶液を湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して得た膨潤糸を、乾燥後に延伸して、炭素繊維前駆体繊維(以下、前駆体繊維と略記することがある)を得た後、それを200〜400℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へ転換し、少なくとも1000℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって工業的に製造されているが、更なる生産性の向上の要請が高い。
【0003】
PAN系炭素繊維の生産性を向上する検討は、炭素繊維前駆体繊維の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われている。中でも前駆体繊維の生産性を向上させるための従来技術には次に示す問題があった。すなわち、前駆体繊維を得る際の紡糸においては、(1)紡糸方法、凝固条件とPAN系重合体溶液の特性に由来する凝固糸を引き取る限界速度(以下、可紡性とも記述する)とその凝固構造に由来する限界延伸倍率、つまり、最終的な紡糸速度、それに加えて(2)前駆体繊維の単繊維繊度と(3)紡糸における、製糸設備の機幅に対する糸条数と総繊度の積(dtex/cm)、すなわち糸条密度の3つによって生産性が制限されている。前駆体の単繊維繊度は、炭素繊維の性能に直結するためその変更は困難である。また、紡糸における糸条密度を高めることは有効ではあるものの、隣接糸条との干渉を避けるための間隔を小さくすることには限界がある。糸条密度が同等の場合、生産量向上には設備の大型化が考えられるが、ローラーの巨大化など設備設計上の問題があり、困難である。紡糸設備の系列を増やさずに生産量を上げるためには紡糸速度を高める技術を開発することが有効である。紡糸速度を制限している工程は多岐に渡っており、一つの工程を改善しても他の工程が紡糸速度を制限することとなり、多岐にわたって総合的に改善する必要があった。中でも乾燥工程と延伸工程は非常に長大なものであるが、紡糸速度を上げると、それぞれの工程での効率を維持するためには、工程をさらに長大にする必要があり、設備生産性が向上しにくいという問題があった。
【0004】
一般の前駆体繊維の製造工程をさらに詳しく説明すれば、PAN系重合体溶液を、口金を通して凝固浴中に吐出し糸条の形態となし、さらに溶媒を水に置換する水洗工程を経て膨潤糸とし、乾燥させることによって緻密化した後、延伸して前駆体繊維とする。乾燥工程を省略するために、膨潤糸を乾燥前に加圧水蒸気中で延伸する方法もあったが、延伸後においても糸条の有する水分率はほとんど変化なく、延伸前の糸条速度に比べて延伸後の糸条速度はよリ高速であるため、乾燥効率が悪化し、十分に乾燥しようとすれば、より長大な乾燥設備が必要になるという問題があった。また、膨潤糸を乾燥しながら乾熱延伸する方法もあったが、乾熱延伸では加圧水蒸気延伸に比べて延伸性が低下してしまう、すなわち延伸倍率を大きくできないため、最終的な紡糸速度を所望の速度までしようとすると乾燥前までの紡糸速度を上げることが必要となり、乾燥前までの紡糸速度を上げるためには、凝固浴や水洗工程を長大化する必要があるため、従来設備を利用したまま、最終的な紡糸速度を向上させるのは困難であった。
【0005】
一方、過熱水蒸気には乾燥効果があることが知られている。アクリル繊維の紡糸工程において過熱水蒸気が検討された例としては、乾燥後に緩和処理に用いた例(特許文献1参照)があるが、乾燥や延伸の熱媒体に用いたものではない。また乾燥後に湿熱延伸工程で常圧蒸気を用いる技術が提案されているが(特許文献2参照)、過熱することの記載はなく、湿熱であることから100℃程度の処理を指すものであり、その技術の目的も、高バルキーで高収縮率のアクリル繊維を得ようとするものであり、高配向、低収縮率の前駆体繊維を得るためのものではない。また、乾燥後の延伸熱媒体としてであれば、過熱水蒸気が適さないことが例示されたもの(特許文献3参照)や一般例としたもの(特許文献4参照)がある。さらに特許文献4には水蒸気雰囲気下で遠赤外線ヒーターを用いて延伸することが記載されており、過熱水蒸気雰囲気とされている可能性はあるが、乾燥後の加圧水蒸気延伸での糸傷み発生を抑制するものであり、乾燥工程を短縮し前駆体繊維の生産性を向上しようとするものではなかった。
【0006】
すなわち、従来知られているいずれの技術であっても、乾燥および延伸を一体で、かつ短時間の処理で終了させ得るものではなかった。
【特許文献1】特開昭51−133533号公報
【特許文献2】特開2003−313742号公報
【特許文献3】特開平8―158162号公報
【特許文献4】特開昭63−99316号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点を解決し、乾燥・延伸工程を極力短縮化して生産性を向上しつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維用前駆体繊維を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、本発明は、次の構成を有する。すなわち、ポリアクリロニトリル系重合体が溶解してなる紡糸溶液を紡糸して得た膨潤糸を、温度110〜185℃の過熱水蒸気を含む雰囲気中で延伸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、乾燥・延伸工程を短縮化して生産性を向上しつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維用前駆体繊維を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において、膨潤糸は、PAN系重合体が溶解してなる紡糸溶液を紡糸して得られ、より具体的には、通常、PAN系重合体が溶媒に溶解してなるPAN系重合体溶液を湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により紡糸口金から吐出させ紡糸する凝固工程と、該凝固工程で得られた繊維糸条を水浴中で洗浄・延伸する水洗工程を経て、水を含んだ繊維糸条として得られる。そして、本発明では、かかる膨潤糸を、過熱水蒸気を含む雰囲気中で延伸する過熱水蒸気延伸工程を含んでいる。
【0011】
本発明で好適に用いられるPAN系重合体について、まず説明する。なお、本発明では、重量平均分子量をMw、Z平均分子量をMz、Z+1平均分子量をMZ+1、数平均分子量をMnと略記し、紡糸溶液における全PAN系重合体について言うときには、添え字(P)を付記する。
【0012】
本発明では、重量平均分子量Mw(P)が好ましくは20万〜70万、より好ましくは30万〜50万であるPAN系重合体が溶媒に溶解してなる紡糸溶液を用いる。Mw(P)が20万未満の低分子量のPAN系重合体の場合、過熱水蒸気延伸工程の延伸性が低下することがある。また、Mw(P)が70万を越えるような高分子量のPAN系重合体では絡み合いが多くなり延伸性が低下することがある。Mw(P)は、重合時の単量体、重合開始剤および連鎖移動剤などの量を変えることにより制御できる。
【0013】
紡糸溶液中のPAN系重合体の多分散度Mz(P)/Mw(P)は、特に制限はないが、特定の分子量分布を有するPAN系重合体を用いることによって優れた可紡性を与え、可紡性が律速となることなく最終的な紡糸速度を高めることが容易となるため、好ましいものである。すなわち、多分散度Mz(P)/Mw(P)は、好ましくは2.7〜6、より好ましくは3〜5.8、更に好ましくは3.2〜5.5とする。Mz(P)/Mw(P)が2.7未満では、歪み硬化が弱くPAN系重合体の吐出安定性向上が不足して高速紡糸が困難となる一方で、Mz(P)/Mw(P)が6を越えると絡み合いが大きくなりすぎて、吐出が困難となる。
【0014】
また、前記分子量の分布においては、Mw(P)の5倍以上の分子量成分の含有率が1〜4%であるPAN系重合体を用いるのが好ましい。Mw(P)の5倍以上の分子量成分の含有率が1%未満では、歪み硬化が弱くPAN系重合体を含む紡糸溶液の口金からの吐出安定性向上度合が不足する場合があり、4%を超える場合には、歪み硬化が強すぎて、PAN系重合体の吐出安定性向上度合が不足する場合がある。かかる観点から、Mw(P)の5倍以上の分子量の含有率は1.2〜3.8%であることがより好ましく、1.5〜3.6%であることがさらに好ましい。Mw(P)の5倍以上の分子量成分の含有率は、GPC法により測定されるポリスチレン換算分子量の対数と、屈折率差によって描く分子量分布曲線から得られる値であり、分子量分布全体の積分値に対するポリスチレン換算分子量の5倍以上の分子量であるピーク面積の積分値が占める割合を示したものである。屈折率差は、単位時間当たりに溶出された分子の重量にほぼ対応するため、ピーク面積の積分値が重量混合率にほぼ対応する。
【0015】
また、Mw(P)/Mn(P)は、小さいほど炭素繊維の構造欠陥となりやすい低分子成分の含有量が少ないため、小さいほど好ましく、Mz(P)/Mw(P)よりもMw(P)/Mn(P)が小さいことが好ましい。すなわち、高分子量側にも、低分子量側にもブロードであっても、吐出安定性低下は少ないが、低分子量側はなるべくシャープであることが好ましく、Mz(P)/Mw(P)がMw(P)/Mn(P)に対して、1.5倍以上であることがより好ましく、更には1.8倍以上であることが好ましい。本発明者らの検討によると、通常、アクリロニトリル(以下、ANと略記する)の重合でよく行われている、水系懸濁、溶液法などのラジカル重合においては、分子量分布として低分子量側に裾を引いているため、Mw(P)/Mn(P)がMz(P)/Mw(P)よりも大きくなる。そのため、重合開始剤の種類と割合や逐次添加など、特殊な条件で重合を行うか、一般的なラジカル重合を用いる場合、2種以上のPAN系重合体を混合する方法があり、重合体を混合する方法が簡便である。混合する種類は、少ないほど簡便であり、吐出安定性の観点からも2種で十分なことが多い。
【0016】
混合する重合体のMwは、Mwの大きいPAN系重合体をA成分とし、Mwの小さいPAN系重合体をB成分とすると、A成分のMwは好ましくは80万〜1500万であり、より好ましくは100万〜500万であり、B成分のMwは15万〜70万であることが好ましい。A成分とB成分のMwの差が大きいほど、混合された重合体のMz/MwおよびMZ+1/Mwが大きくなる傾向があるため好ましい態様であるが、A成分のMwが1500万より大きいときはA成分の生産性は低下する場合があり、B成分のMwが15万未満のときは前駆体繊維の強度が不足する場合がある。
【0017】
具体的には、A成分とB成分の重量平均分子量比は、2〜45であることが好ましく、20〜45であることがより好ましい。
【0018】
また、A成分とB成分の重量比は、0.003〜0.3であることが好ましく、0.005〜0.2であることがより好ましく、0.01〜0.1であることが更に好ましい。A成分とB成分の重量比が0.003未満では、歪み硬化が不足することがあり、また0.3より大きいときは重合体溶液の吐出粘度が上がりすぎて吐出困難となることがある。A成分とB成分の重量平均分子量比やA成分とB成分の重量比は、GPCにより測定された分子量分布のピークをショルダーやピーク部分でピーク分割し、それぞれのピークのMwおよびピークの面積比を算出することにより測定される。
【0019】
A成分とB成分の重合体を混合する場合、両重合体を混合してから溶媒で希釈する方法、重合体それぞれを溶媒に希釈したもの同士を混合する方法、溶解しにくい高分子量物であるA成分を溶媒に希釈した後にB成分を混合溶解する方法、および高分子量物であるA成分を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合して単量体を溶液重合することにより混合する方法などを採用することができる。混合には、混合槽で攪拌する方法やギヤポンプなどで定量してスタティックミキサーで混合する方法、二軸押出機を用いる方法などが好ましく採用できる。高分子量物を均一に溶解させる観点から、高分子量物であるA成分を初めに溶解する方法が好ましい。特に、炭素繊維前駆体製造用とする場合には、高分子量物であるA成分の溶解状態が極めて重要であり、わずかであっても未溶解物が存在していた場合には異物として認識され、フィルター濾材に濾過されるか、濾過させないほど小さいときには炭素繊維内部にボイドを形成することがある。
【0020】
具体的には、A成分の溶媒に対する重合体濃度、すなわちA成分と溶媒のみからなる溶液を仮想したときの、その溶液中におけるA成分の重合体濃度を好ましくは0.1〜5重量%になるようにした後、B成分を混合する、あるいは、B成分を構成する単量体を混合して重合する。上記のA成分の重合体濃度は、より好ましくは0.3〜3重量%であり、さらに好ましくは0.5〜2重量%である。上記のA成分の重合体濃度は、より具体的には、重合体の集合状態として、重合体がわずかに重なり合った準希薄溶液とすることが好ましく、B成分を混合する、あるいは、B成分を構成する単量体を混合して重合する際に、混合状態が均一となりやすいため、孤立鎖の状態となる希薄溶液とすることが更に好ましい態様である。希薄溶液となる濃度は、重合体の分子量と溶媒に対する重合体の溶解性によって決まる分子内排除体積によって決まるとみられるため、一概には決められないが、本発明においては概ね前記範囲にすることにより凝集してフィルター濾材内に堆積することが少ない。上記の重合体濃度が5重量%を超える場合は、A成分の未溶解物が存在することがあり、0.1重量%未満の場合は、分子量にもよるが希薄溶液となっているため効果が飽和していることが多い。
【0021】
本発明では、上記のように、A成分の溶媒に対する重合体濃度を好ましくは0.1〜5重量%になるようにした後、それにB成分を混合溶解する方法でもかまわないが、工程省略の観点から高分子量物を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合して単量体を溶液重合することにより混合する方法を採用する方が好ましい。
【0022】
A成分の溶媒に対する重合体濃度を0.1〜5重量%になるようにする方法としては、希釈による方法でも重合による方法でも構わない。希釈する場合は、均一に希釈できるまで撹拌することが重要であり、希釈温度としては50〜120℃が好ましく、希釈時間は希釈温度や希釈前濃度によって異なるため、適宜設定すればよい。希釈温度が50℃未満の場合は、希釈に時間がかかることがあり、120℃を超える場合は、A成分が変質する恐れがある。また、重合体の重なり合いを希釈する工程を減らし、均一に混合する観点から、前記のA成分の製造から前記のB成分の混合開始、あるいは、B成分を構成する単量体の重合開始までの間、A成分の溶媒に対する重合体濃度を0.1〜5重量%の範囲に制御することが好ましい。具体的には、A成分を溶液重合により製造する際に、溶媒に対する重合体濃度が5重量%以下で重合を停止させ、それにB成分を混合する、あるいは、B成分を構成する単量体を混合しその単量体を重合する方法である。通常、溶媒に対する仕込み単量体の割合が少ないと、溶液重合により高分子量物を製造することは困難なことが多いため仕込み単量体の割合を多くするが、上記のA成分の重合体濃度が5重量%以下の段階では、重合率が低く、未反応単量体が多く残存していることになる。未反応単量体を揮発除去してから、B成分を混合してもかまわないが、工程省略の観点からその未反応単量体を用いてB成分を溶液重合することが好ましい。
【0023】
本発明で好適に用いられるA成分としては、PANと相溶性を有することが望ましく、相溶性の観点からPAN系重合体であることが好ましい。組成としては、ANが好ましくは93〜100モル%、より好ましくは98〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を7モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分の連鎖移動定数がANより小さく、必要とするMwを得にくい場合は、共重合成分の量をなるべく減らすことが好ましい。
【0024】
ANと共重合可能な単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
【0025】
本発明において、A成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。必要とするMwを得にくい場合は、連鎖移動定数の大きい溶媒、すなわち、塩化亜鉛水溶液による溶液重合法、あるいは水による懸濁重合法も好適に用いられる。
【0026】
本発明で好適に用いられるB成分であるPAN系重合体の組成としては、ANが好ましくは93〜100モル%であり、より好ましくは98〜100モル%である。ANと共重合可能な単量体を7モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分量が多くなるほど耐炎化工程で共重合部分での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。
【0027】
ANと共重合可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
【0028】
本発明において、B成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。中でも、PANの溶解性の観点から、ジメチルスルホキシドを用いることが好ましい。これらの重合に用いる原料は、全て濾過精度1μm以下のフィルター濾材を通した後に用いることが好ましい。
【0029】
前記したPAN系重合体が、PAN系重合体が可溶なジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの有機溶媒あるいは、塩化亜鉛水溶液やロダンソーダ水溶液など、無機塩の水溶液である無機塩溶媒に溶解されてなる紡糸溶液となす。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、重合後に得られるPAN系重合体の溶液をそのまま、またはそれを紡糸溶媒で希釈するのみで紡糸溶液とすることができるため、重合後に得られるPAN系重合体の溶液からPAN系重合体を分離し、分離したPAN系重合体を紡糸溶媒に溶解する工程が不要となる。
【0030】
紡糸溶液におけるPAN系重合体の重合体濃度は、使用する溶媒によって、重合体濃度と粘度の関係が大きくずれることから、一概にはいえないが、5〜30重量%の範囲であることが好ましい。有機溶媒の場合は、14〜25重量%であることがより好ましく、18〜23重量%であることが最も好ましい。無機塩溶媒の場合は、5〜18重量%の範囲であることが好ましい。かかる重合体濃度が5重量%未満では溶媒使用量が多くなり経済的でなく、凝固浴内での凝固速度を低下させ内部にボイドが生じて緻密な構造が得られないことがある一方、重合体濃度が30重量%を超えると粘度が上昇し、紡糸が困難となる傾向を示す。紡糸溶液の重合体濃度は、使用する溶媒量により調製することができる。
【0031】
本発明において重合体濃度とは、PAN系重合体の溶液中に含まれるPAN系重合体の重量%である。具体的には、PAN系重合体の溶液を計量した後、PAN系重合体を溶解せずかつPAN系重合体溶液に用いる溶媒と相溶性のあるものに、計量したPAN系重合体溶液を脱溶媒させた後、PAN系重合体を計量する。重合体濃度は、脱溶媒後のPAN系重合体の重量を、脱溶媒する前のPAN系重合体の溶液の重量で割ることにより算出する。
【0032】
45℃の温度における紡糸溶液の粘度は、15〜200Pa・sの範囲であることが好ましく、より好ましくは20〜100Pa・sの範囲であることがより好ましく、25〜60Pa・sの範囲であることが最も好ましい。溶液粘度が15Pa・s未満では、紡糸糸条で毛管破断しやすくなるため、口金から出た糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下する傾向を示す。また、溶液粘度は200Pa・sを超えるとゲル化し易くなり、フィルター濾材が閉塞しやすくなる傾向を示す。紡糸溶液の粘度は、Mw(P)と重合体濃度、溶媒種類などにより制御することができる。
【0033】
本発明において、紡糸溶液などのPAN系重合体の溶液の45℃の温度における粘度は、B型粘度計により測定することができる。具体的には、ビーカーに入れたPAN系重合体溶液を、45℃の温度に温度調節された温水浴に浸して調温した後、B型粘度計として、例えば、(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、PAN系重合体溶液の粘度が0〜100Pa・sの範囲はローター回転数6r.p.m.で測定し、またその紡糸溶液の粘度が100〜1000Pa・sの範囲はローター回転数0.6r.p.m.で測定する。
【0034】
本発明において、紡糸溶液を紡糸するに先立ち、フィルター濾材に通し、重合体原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。フィルター濾材の濾過精度は1〜10μmが好ましく、3〜10μmがより好ましく、5〜10μmがさらに好ましい。本発明において、フィルター濾材の濾過精度とは、フィルター濾材を通過する間に95%を捕集することができる球粒子の粒子径(直径)で定義する。そのため、フィルター濾過精度とその開孔径とは関係があり、開孔径を狭くすることで濾過精度を高めることが一般的である。かかる濾過精度が10μmより大きいと、得られる紡糸溶液中の異物が増大し、焼成延伸工程における延伸時に毛羽を発生させる場合がある。一方、濾過精度が1μmよりも小さいと異物だけでなく、紡糸溶液中に含まれる超高分子量成分を選択的に濾過・閉塞し、Mz(F)/Mw(F)を低下させる場合がある。
【0035】
本発明では、前記した紡糸溶液を、乾式、湿式、または乾湿式紡糸法により紡糸することにより、炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。中でも乾湿式紡糸法は、紡糸速度を高めやすいため、好ましく用いられる。また、湿式紡糸においても後述する特定の凝固浴条件下で紡糸速度を高めやすいため、好ましく用いられる。
【0036】
紡糸に用いる口金孔径は、0.04mm〜0.2mmであることが好ましく、0.1〜0.15mmであることがより好ましい。口金孔径が0.04mmより小さい場合、口金吐出時に剪断応力がかかり、高速紡糸が困難となる傾向がある。また、一方、口金孔径が0.2mmを超えると1.5dtex以下の単繊維繊度の繊維を得るためには過剰な延伸なしには高速紡糸が困難となる場合がある。
【0037】
紡糸溶液の紡糸ドラフト率は2.5〜50の範囲であることが好ましい。紡糸ドラフト率は、より好ましくは5〜15の範囲であり、さらに好ましくは10〜15の範囲である。
【0038】
ここで紡糸ドラフト率とは、紡糸糸条が紡糸口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の引き取り速度)を、紡糸口金孔内の紡糸溶液の線速度(吐出線速度)で割った値をいう。この吐出線速度とは、単位時間当たりに吐出される紡糸溶液の体積を口金孔面積で割った値をいう。したがって、吐出線速度は、紡糸溶液の吐出量と紡糸口金の孔径の関係で決まる。すなわち、紡糸ドラフト率は次式で表されるものである。

紡糸ドラフト率=(凝固糸の引き取り速度)/(吐出線速度) 上記の紡糸ドラフト率を高めることは、繊維の細径化への寄与が大きく、それ以降の紡糸工程の延伸倍率を低く設定できる。紡糸溶液の状態での延伸であれば、溶媒によりPAN系重合体の絡み合いが弱まり、緩和しやすいので、それ以降の紡糸工程での延伸に比べて小さな張力で延伸でき、分子鎖の切断が起こりにくいので好ましい。紡糸ドラフト率が2.5未満では、それ以降の紡糸工程の延伸倍率を高く設定せざるを得ないことが多く、Mz(F)/Mw(F)の低下を抑制する観点から紡糸ドラフトが15以下で十分である。
【0039】
本発明において、凝固浴には、紡糸溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体を溶解せず、かつ紡糸溶媒と相溶性があるものが好ましく、具体的には、エタノール、メタノール、水、中でも特に水を使用することが好ましい。乾湿式紡糸においては、凝固浴としての条件は公知の条件を設定することができる。湿式紡糸においては、臨界濃度を超える濃度条件を設定することが好ましい。すなわち、一般的に湿式紡糸においては、凝固浴の濃度を高めて、その他の条件を固定して限界紡糸ドラフト率を測定すると限界紡糸ドラフト率は低下していき、ある臨界濃度を境に急に増加することが広く知られている。その臨界濃度はPAN系重合体の共重合成分種類や量、アンモニアなどの添加物、凝固浴の温度、溶媒や凝固剤の種類などによって変化するため一概には言えず、紡糸条件に合わせて測定する必要がある。このような濃度条件では限界紡糸ドラフト率が大きく増加するため、高速紡糸を行いやすく好ましい。
【0040】
紡糸溶液を凝固浴中で凝固させ糸条を形成した後、駆動源を持ったローラーで引き取るが、その膨潤糸の引き取り速度は、50〜500m/分であることが、高速紡糸を行う観点から好ましい。その引き取り速度が50m/分未満では生産性が落ち、また引き取り速度は500m/分もあれば十分なことが多い。
【0041】
凝固工程で得られた繊維糸条を水浴中で洗浄・延伸する水洗工程と、該水洗工程で得られた膨潤糸を過熱水蒸気雰囲気中で延伸する過熱水蒸気延伸工程を経て、炭素繊維前駆体繊維が得られる。本発明の目的を逸脱しない範囲で、必要に応じて、過熱水蒸気延伸工程の後に、乾燥や再度延伸しても良い。
【0042】
水洗工程では、通常、凝固後の糸条に残存する溶媒と水とを置換する水洗を行うだけでなく、その後に、浴中または空気中で延伸を行なうことも好ましい。水洗工程において、水洗と延伸が逆になってもよいし、一体であってもよいし、延伸をしなくてもよい。水洗工程での浴液温度は、好ましくは20〜95℃である。また水洗工程での延伸倍率は、適宜設定すればよいが1〜5倍であることが好ましい。紡糸溶液の特性に加えて、水洗工程における浴液温度の最大値と延伸条件によって水洗工程後の糸条の水分率が変わる。かかる水分率は低いほど、乾燥が短時間かつ、低エネルギーとなるため、好ましい。
【0043】
上記した水洗工程の後の糸条を膨潤糸として後述する熱水蒸気延伸工程に供しても良いが、単繊維同士の融着を防止する目的から、水洗工程を経た糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。油剤を付与する工程はこの工程に限定はされず、過熱水蒸気延伸後でもかまわないし、その両者でもかまわない。シリコーン油剤を用いる場合、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。油剤は水エマルジョンの状態で付与させることが多く、膨潤糸の水分率を増加させるため、油剤を付与した後にニップローラー等で余分な水分を除去した糸条を膨潤糸として過熱水蒸気延伸工程に供することが好ましい。この過熱水蒸気延伸直前の膨潤糸の水分率を20〜200重量%の範囲内となるように制御することで乾燥および延伸が過熱水蒸気延伸工程で効率的に行われるため好ましく、より好ましくはかかる水分率が60〜170重量%である。かかる水分率が200重量%を超えると過熱水蒸気延伸工程が長くなることがあり、20%未満とすると糸条間で融着を発生したり、延伸性が低下したりする。なお、本発明において、水分率(重量%)は、測定しようとする糸条の重量C(g)とその糸条を120℃で4時間乾燥させて水分を含まない状態の重量D(g)から(C/D−1)×100の式で計算される。120℃×4時間の処理で揮発するものは水以外も本発明では水分として含み、例えば、水洗工程で水に置換し切れなかった溶媒や、油剤中に含まれる揮発性酸性化合物が挙げられる。
【0044】
このようにして得られた膨潤糸を過熱水蒸気延伸工程に供し、過熱水蒸気を含む雰囲気(以下、過熱水蒸気雰囲気ともいう)中で延伸して前駆体繊維を得る。すなわち、糸条が通過する空間を有する延伸機において、その空間を過熱水蒸気雰囲気で満たして、そのような延伸機内で膨潤糸を延伸する。本発明において、過熱水蒸気雰囲気とは、過熱水蒸気単独の雰囲気でも、過熱水蒸気と他の気体とが混合した雰囲気でもいずれでも良い。過熱水蒸気に混合する気体の種類はいずれを問わないが、安全性、取り扱い性を考えると空気、もしくは窒素などが好ましく用いられる。糸条が過熱水蒸気雰囲気を通過するとともに糸条の単繊維間に含まれる空気や糸条からの発生する水蒸気などの他の気体が雰囲気に混合されることがあるが、本発明では過熱水蒸気雰囲気とは、過熱水蒸気延伸工程の雰囲気のことを指す。過熱水蒸気雰囲気としては過熱水蒸気単独が最も延伸性と乾燥効率のバランスから好ましい。本発明において過熱水蒸気とは、飽和水蒸気の温度と圧力の関係より圧力が低いことをいう。過熱水蒸気雰囲気の圧力は、0.09〜0.15MPaであることが好ましく、常圧であることが最も好ましい。かかる圧力が0.09MPa以上であることで過熱水蒸気延伸工程への空気の漏れ込みが少なく、かかる圧力が0.15MPa以下であることで乾燥効率が高く、また過熱水蒸気延伸工程からの気体の漏れ出しが少なく、経済的である。過熱水蒸気を発生させる方法はいずれを問わないが、ボイラーなどで生成させた加圧飽和水蒸気をバーナー、電気ヒーター、誘導過熱などによりさらに高温に過熱させることにより得ることができる。
【0045】
このような雰囲気中で膨潤糸を延伸するが、雰囲気の温度は、最高温度で110〜185℃、好ましくは140〜180℃、より好ましくは150〜170℃とする必要がある。最高温度が130℃未満では乾燥に時間がかかり、高温ほど好ましいが、180℃を超える場合にはPAN系重合体の湿熱下融点近くなり、融解して破断してしまう。延伸を段階的に行うため過熱水蒸気雰囲気の温度を段階的に変化させた複数の延伸機を使用しても構わないし、延伸点を一定に制御するために予熱した後に延伸できるように単数の延伸機をブロックごとの制御したものであっても構わないし、簡便のために単数の延伸機を一定温度で使用しても構わない。
【0046】
過熱水蒸気雰囲気中の滞留時間は5秒から60秒が好ましい結果を与える。かかる滞留時間が5秒未満では乾燥が不足することがあるが短いほど好ましく、60秒もあれば十分である。過熱水蒸気は高凝縮潜熱により100℃まで昇温能力が高く、また、160℃以上では空気より乾燥効果が高くなるため短時間で乾燥が終了する。
【0047】
また、過熱水蒸気雰囲気中での延伸倍率は2〜8倍が好ましく、更に好ましくは5〜8倍とすることが前駆体繊維の配向を高める点や紡糸速度を高める点から好ましい。過熱水蒸気雰囲気とするためには、延伸機外で過熱水蒸気を発生させてその過熱水蒸気を延伸機に導入しても良いし、加熱水蒸気を導入した延伸機を所定の温度に加熱して延伸機中で過熱水蒸気雰囲気としても良い。また、多糸条の全てを同時に1つの延伸機に導入して延伸しても良いし、多糸条をいくつかの複数の糸条に分割して、その複数の糸条ごとに1つの延伸機に導入して延伸しても良いし、1糸条ごとに1つの延伸機に導入して延伸しても良い。また、過熱水蒸気雰囲気が漏れ出さないように延伸機の糸条出入り口にはスリットあるいはシール部材を用いることも好ましい。また、膨潤糸から発生する水蒸気により、過熱水蒸気雰囲気の組成などが変動することを避けるために、延伸機に雰囲気気体の排気口を設け、循環させてもいいし、延伸機の糸条出入り口から積極的に雰囲気気体を排出してもいい。過熱水蒸気雰囲気を延伸機に導入する場合、その導入方向としては、糸条の進行方向に交わる方向でも並行する方向でも構わないが、糸条の毛羽立ちを抑制する観点からは並行する方向であることがより好ましい。
【0048】
過熱水蒸気延伸工程後には、本発明の目的を損なわない範囲で、油剤付与や乾燥、熱媒体を問わない再度の延伸工程を含んでもよいが、工程を短縮化するためにはこれらの工程を含まないことが好ましい。
【0049】
このようにして得られた前駆体繊維は、水分率が0〜5重量%であることが好ましい。本発明では、過熱水蒸気延伸工程後にさらなる乾燥を行わなくとも、かかる水分率とすることができる。また、巻き取る前駆体繊維の限界量が同じとすれば、水分率は少ないほど巻き取る前駆体繊維を増やすことは可能であるし、その分、搬送や糸つなぎ間隔が広くなり好ましい。また、水分率が5重量%以内であれば前駆体繊維の集束性は高いし、水分率が低いほど乾燥効率が悪いので完全に乾燥させなくても耐炎化工程で乾燥できるため、水分率が5重量%以内で水分を含むことも好ましいものである。従来技術においても、乾燥緻密化工程を経た糸条が再度加圧水蒸気延伸工程を経ることで水分を含むようになるため、従来技術と同程度の水分率を有する前駆体繊維を、膨潤糸を過熱水蒸気延伸するのみでも得ることができる本発明を採用すれば、当然ながら、工程は短縮化できる。
【0050】
また、得られる前駆体繊維は、単繊維繊度が、好ましくは0.7〜1.5dtex、より好ましくは0.9〜1.4dtexである。前駆体繊維の単繊維繊度が小さすぎると、生産性が低下して、一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化後の各単繊維における内外構造差が大きくなり、続く炭化工程でのプロセス性低下や、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することがある。本発明における単繊維繊度(dtex)とは、単繊維10,000mあたりの重量(g)である。
【0051】
本発明において、得られる前駆体繊維の結晶配向度は、88〜95%であることが好ましい。炭素繊維の結晶配向度を高めるためには、耐炎化構造の配向性が高いことがよく、前駆体繊維の結晶配向度を高めるか、耐炎化工程での延伸比を高めることが必要となる。いずれにせよ上記範囲に制御すればよいが、前駆体繊維の結晶配向度を高めて、耐炎化工程の延伸比を下げる場合には、前駆体繊維の結晶配向度は91〜95%であることが好ましい。
【0052】
得られる前駆体繊維は、通常、連続繊維(フィラメント)の形状である。また、その1糸条(マルチフィラメント)当たりのフィラメント数は、好ましくは1,000〜100,000本、より好ましくは12,000〜80,000本、さらに好ましくは24,000〜50,000本である。1糸条あたりのフィラメント数は、生産性の向上の目的からは多い方が好ましいが、あまりに多すぎると、束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。
【0053】
本発明で得られた前駆体繊維は生産性が高いにもかかわらず、毛羽立ちがなく、品位に優れているため、炭素繊維の製造方法においても工程通過性に優れたものとなり、高品位な炭素繊維とすることができる。本発明により得られた前駆体繊維は、例えば、次のようにして炭素繊維に転換することができる。前記した方法により製造された前駆体繊維を、200〜300℃の温度の酸化性雰囲気中において、好ましくは緊張あるいは延伸条件下、より好ましくは延伸比0.8〜1.5で延伸しながら耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.3で延伸しながら予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の最高温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.0で延伸しながら、炭化処理して炭素繊維を製造する。
【0054】
耐炎化処理における酸化性雰囲気としては、空気が好ましく採用される。この耐炎化工程で得られる耐炎化繊維の密度は、好ましくは1.3〜1.4g/cmになるようにする。すなわち、耐炎化が不十分で耐炎化繊維の密度が1.3g/cmに満たない場合には、炭化する際に単糸間接着を発生し易くなり、また、分解ガスの発生量が多くなり緻密性が低下し易くなるため、高性能な炭素繊維が得にくく、結晶サイズLcが粗大化する傾向にあり圧縮強度が向上しない。一方、過度に耐炎化を進めると重合体主鎖の切断が起こり、最終的に得られる炭素繊維の引張強度が低下する問題があるため、耐炎化密度は1.4g/cmを超えないことが好ましい。
【0055】
本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行なわれるが、不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。予備炭化処理では、その温度範囲における昇温速度を500℃/分以下に設定することが好ましい。また、炭化処理における最高温度は、所望する炭素繊維の力学物性に応じて適宜設定することができる。一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となる。そのため、引張強度と引張弾性率の両方を高めるという目的からは、炭化処理の最高温度は1,200〜1,700℃とすることが好ましく、より好ましくは1,300〜1,600℃である。一方、炭化処理の最高温度が1,500℃を超えると、窒素原子の消失に伴い発生するボイド量が増加するため、緻密な炭素繊維を得る観点からは1,500℃以下にすることが好ましい。
【0056】
得られた炭素繊維は、その表面改質のため電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
【0057】
電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性を適正化させることができ、接着が強すぎることによる複合材料の脆性的な破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、マトリックス樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0058】
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用するマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0059】
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた各種特性の測定方法を次に説明する。
<各種分子量:Mz、Mw、Mn>
測定しようとする重合体が濃度0.1重量%でジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解した検体溶液を作製する。得られた検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量の分布曲線を求め、Mz、Mw、Mnを算出する。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速 :0.5ml/min
・温度 :75℃
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :200μl
・検出器 :示差屈折率検出器
Mwは、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも6種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読み取ることにより求める。
【0061】
本実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)+東ソー(株)製TSK−guard Column αを、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μm−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184,000、427,000、791,000および1,300,000、1,810,000、4,210,000のものを、それぞれ用いた。
<紡糸溶液の粘度>
B型粘度計として(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、紡糸溶液粘度が0〜100Pa・sの範囲は、ローター回転数6r.p.m.で、また粘度が100〜1000Pa・sの範囲は、ローター回転数0.6r.p.m.で、いずれも45℃の温度における紡糸溶液の粘度を測定した。
<前駆体繊維の結晶配向度>
繊維軸方向の配向度は、次のように測定した。繊維束を40mm長に切断して、20mgを精秤して採取し、試料繊維軸が正確に平行になるようにそろえた後、試料調整用治具を用いて幅1mmの厚さが均一な試料繊維束に整えた。薄いコロジオン液を含浸させて形態が崩れないように固定した後、広角X線回折測定試料台に固定した。X線源として、Niフィルターで単色化されたCuのKα線を用い、2θ=17°付近に観察される回折の最高強度を含む子午線方向のプロフィールの広がりの半価幅(H゜)から、次式を用いて結晶配向度(%)を求めた。
【0062】
結晶配向度(%)=[(180−H)/180]×100
<前駆体繊維の単繊維繊度>
フィラメント数6,000の繊維を1巻き1m金枠に10回巻いた後、その重量を測定し、10,000m当たりの重量を算出することにより求めた。
<膨潤糸あるいは前駆体繊維の水分率>
膨潤糸の水分率は、水洗工程後、過熱水蒸気延伸工程などの延伸工程に入る直前の膨潤糸を検体として採取し測定した。また、前駆体繊維の水分率は、ワインダーで巻き取られた前駆体繊維またはキャンスに格納された前駆体繊維を検体として採取し測定した。それぞれの検体を速やかに秤量瓶に採取して秤量してその重量をC(g)とする。およそ10g用いて測定する。膨潤糸や前駆体繊維は保管等の経時変化があるので、それぞれの工程から間をおかず測定する必要がある。秤量後、120℃の雰囲気中で4時間、重量の減少がなくなるまで乾燥し、秤量してその重量をD(g)とし、次式に従い水分率を計算した。
【0063】
水分率=(C/D−1)×100
<走行糸条毛羽>
ワインダーで巻き取る直前の走行糸条について、1分間当たりの毛羽数を測定した。
[実施例1]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、ラジカル開始剤としてAIBN0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部をジメチルスルホキシド370重量部に均一に溶解し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppmまで窒素置換した後、撹拌しながら下記の重合条件Aの熱処理を行い、溶液重合法により重合して、PAN系重合体溶液を得た。
【0064】
重合条件A
(1)30℃から60℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(2)60℃の温度で4時間保持
(3)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)80℃の温度で6時間保持
得られたPAN系重合体溶液を、重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸溶液を得た。得られたPAN系重合体は、Mwが40万であり、Mz/Mwが1.8であり、紡糸溶液の粘度が50Pa・sであった。得られた紡糸溶液を、濾過精度10μmのフィルター通過後、40℃の温度で、孔数12,000、口金孔径0.12mmの紡糸口金を用い、一旦空気中に吐出し、約2mmの空間を通過させた後、3℃の温度にコントロールした75重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸ドラフト率3の条件で紡糸し、引き取り速度50m/分の条件で引き取り、水洗工程に糸条を導入した。水洗工程では、水洗した後、浴温度65℃の温水中で、延伸倍率2倍で延伸した。水洗工程を経た糸条にアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、ニップローラーで0.1MPaの圧力で絞って得た膨潤糸を、延伸工程である、出入り口を直径1cm角のスリットでシールした直径2cmの円筒状の延伸機に導入し、延伸倍率を5倍として延伸し、そのままワインダーで巻き取って前駆体繊維を得た。このとき、膨潤糸の水分率は、90重量%であった。延伸工程では、延伸機の加熱温度を140℃とするとともに、140℃の飽和水蒸気を原料として誘導加熱を行って生成した250℃、1気圧の過熱水蒸気を、風速3m/分で糸条進行方向と並行する方向に延伸機に投入することにより、延伸機内を、140℃、1気圧の過熱水蒸気雰囲気で満たした。このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり12個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が1重量%であった。
[実施例2]
延伸工程において、延伸機の加熱温度と、延伸機内の過熱水蒸気雰囲気の温度をともに150℃に変更した以外は実施例1と同様にして前駆体繊維を得た。このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり2個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[実施例3]
延伸工程において、延伸機の加熱温度と、延伸機内の過熱水蒸気雰囲気の温度をともに160℃に変更した以外は実施例1と同様にして前駆体繊維を得た。このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[実施例4]
延伸工程において、延伸機の加熱温度と、延伸機内の過熱水蒸気雰囲気の温度をともに170℃に変更した以外は実施例1と同様にして前駆体繊維を得た。このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[実施例5]
延伸工程において、延伸機の加熱温度と、延伸機内の過熱水蒸気雰囲気の温度をともに180℃に変更した以外は実施例1と同様にして前駆体繊維を得た。このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり3個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[比較例1]
延伸工程において、延伸機の加熱温度と、延伸機内の過熱水蒸気雰囲気の温度をともに190℃に変更した以外は実施例1と同様にして前駆体繊維を得ようとしたところ、破断して、延伸することができなかった。その破断した部分は、融着が著しかった。
[比較例2]
延伸工程において、過熱水蒸気を延伸機に投入しなかった、すなわち、延伸機内を140℃、1気圧の空気雰囲気で満たすように変更した以外は実施例3と同様にして前駆体繊維を得た。このときの走行糸条毛羽は、数え切れないほどあり、品位は悪かったが、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率は0重量%であった。
[比較例3]
延伸工程において、延伸機に投入する飽和水蒸気を0.2MPaに減圧し、誘導加熱を行わずそのままの飽和水蒸気を、風速3m/分で糸条進行方向と並行する方向に延伸機に投入することにより、延伸機内を、0.2MPaの飽和水蒸気雰囲気で満たすように変更した以外は実施例3と同様にして前駆体繊維を得た。このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が80重量%であった。そのため、ワインダーで巻き取ることのできる水分を除く前駆体繊維の重量が半分近くまで減少して生産性が低下した。次に、得られた前駆体繊維を180℃の熱処理炉で20秒乾燥させ、さらに240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.0で100分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.0で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1,300℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.96に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性(引張強度)は、5.4GPaであった。
[実施例6]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、およびジメチルスルホキシド130重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が100ppmまで窒素置換した後、ラジカル開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.002重量部を投入し、撹拌しながら下記の重合条件Bの熱処理を行った。
【0065】
重合条件B
・ 65℃の温度で2時間保持
・ 65℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド240重量部、ラジカル開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら重合条件Aの熱処理を行い、残存する未反応単量体を溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。
【0066】
得られたPAN系重合体溶液を用いて重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつアンモニウム基をPAN系重合体に導入し、紡糸溶液を得た。得られたPAN系重合体は、Mwが48万、Mz/Mwが5.7、MZ+1/Mwが14であり、紡糸溶液の粘度は45Pa・sであった。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更して、引き取り速度を70m/分に変更して、その後の延伸倍率を実施例1と同一にして全体の速度を高めた以外は実施例3と同様にして前駆体繊維を得た。このとき、膨潤糸の水分率は、90重量%であった。紡糸速度を高めたにもかかわらず、得られた前駆体繊維の品位は優れており、このときの走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。次に、得られた前駆体繊維を240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.0で100分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.0で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1,300℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.96に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性(引張強度)は、5.6GPaであった。
[実施例7]
1回目のAIBNの投入量を0.001重量部に変更したことと、反応容器内の空間部を酸素濃度が1000ppmまで窒素置換したこと、重合条件Aを以下の重合条件Cに変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸溶液を得た。
【0067】
重合条件C
(1)70℃の温度で4時間保持
(2)70℃から30℃へ降温(降温速度120℃/時間)
得られたPAN系重合体は、Mwが34万、Mz/Mwが2.7、MZ+1/Mwが7.2であり、紡糸溶液の粘度は40Pa・sであった。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更した以外は実施例6と同様にして前駆体繊維を得た。このとき、膨潤糸の水分率は、90重量%であり、走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[実施例8]
1回目のAIBNの投入量を0.002重量部に変更したことと、重合条件Cにおいて保持時間を1.5時間にした以外は、実施例4と同様にして紡糸溶液を得た。得られたPAN系重合体は、Mwを32万、Mz/Mwを3.4、MZ+1/Mwを12であり、紡糸溶液の粘度は35Pa・sであった。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更した以外は実施例6と同様にして前駆体繊維を得た。このとき、膨潤糸の水分率は、90重量%であり、走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[実施例9]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、およびジメチルスルホキシド360重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を酸素濃度が100ppmまで窒素置換した後、重合開始剤としてAIBN0.003重量部を投入し、撹拌しながら下記の条件の熱処理を行った。
(1)60℃の温度で3.5時間保持
次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド10重量部、重合開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら下記の条件の熱処理を行い、残存する未反応単量体を溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。
(2)60℃の温度で4時間保持
(3)60℃から80℃へ昇温(昇温速度10℃/時間)
(4)80℃の温度で6時間保持
得られたPAN系重合体溶液を用いて重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつアンモニウム基をPAN系重合体に導入し、紡糸溶液を得た。得られたPAN系重合体は、重合体Mwが40万、Mz/Mwが5.2、MZ+1/Mwが10であり、紡糸溶液の粘度が55Pa・sであった。紡糸溶液を上記のようにして得た紡糸溶液に変更した以外は実施例6と同様にして前駆体繊維を得た。このとき、膨潤糸の水分率は、90重量%であり、走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。
[実施例10]
紡糸口金を、孔数12,000、口金孔径0.06mmの紡糸口金に変更し、凝固浴の温度を40℃に変更するとともに、乾湿式紡糸法に替えて、口金から凝固浴に直接紡糸する湿式紡糸法を採用した以外は、実施例9と同様にして前駆体繊維を得た。このとき、膨潤糸の水分率は、140重量%であり、走行糸条毛羽は、1分間あたり0個であり、得られた前駆体繊維は、繊度が1.0dtex、結晶配向度が93%、水分率が0重量%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系重合体が溶解してなる紡糸溶液を紡糸して得た膨潤糸を、温度110〜185℃の過熱水蒸気を含む雰囲気中で延伸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項2】
前記膨潤糸は、その水分率が20〜200重量%である請求項1記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項3】
前記過熱水蒸気を含む雰囲気の圧力が0.09〜0.15MPaである請求項1または2記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
前記ポリアクリロニトリル系重合体は、重量平均分子量Mw(P)が20万〜70万であり、多分散度Mz(P)/Mw(P)(Mz(P)は、紡糸溶液における重合体のZ平均分子量を表す)が2.7〜6である請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項5】
得られる炭素繊維前駆体繊維は、水分率が0〜5重量%であり、配向度が88〜95%である請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。

【公開番号】特開2010−31418(P2010−31418A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−194614(P2008−194614)
【出願日】平成20年7月29日(2008.7.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】