説明

炭素繊維及びその製造方法、並びに炭素繊維−導電性多孔質基板複合体

【課題】通気性及び排水性が良好で、固体高分子型燃料電池の触媒層に好適に使用できる炭素繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】芳香環を有する化合物を電解重合してフィブリル状ポリマーを生成させる工程Aと、該フィブリル状ポリマーを焼成して炭素繊維を生成させる工程Bとを含む炭素繊維の製造方法において、前記電解重合工程Aを、芳香環を有する化合物を含む重合溶液を循環させながら行うことを特徴とする炭素繊維の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維及びその製造方法、並びに炭素繊維−導電性多孔質基板複合体に関し、特に通気性及び排水性が良好な炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
昨今、発電効率が高く、環境への負荷が小さい電池として、燃料電池が注目を集めており、広く研究開発が行われている。燃料電池の中でも、出力密度が高く作動温度が低い固体高分子型燃料電池は、小型化や低コスト化が他のタイプの燃料電池よりも容易なことから、電気自動車用電源、分散発電システム、家庭用のコージェネレーションシステムとして広く普及することが期待されている。
【0003】
一般に固体高分子型燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に貴金属触媒を含む触媒層を配置し、該触媒層の外側にガスの拡散層としてカーボンペーパーやカーボンクロス等が配置されてなる膜電極接合体を具える。更に、ガス拡散層の外側には、ガス流路が形成された導電性のセパレータが配置されており、該セパレータは、燃料ガスや酸化剤ガスを通過させると同時に、上記ガス拡散層から電流を外部に伝え、電気エネルギーを取り出す役割を担う。
【0004】
従来、上記触媒層及びガス拡散層としては、白金等の貴金属触媒をカーボンブラック等の粒状カーボン上に担持した触媒粉を含有するペースト又はスラリーを、カーボンペーパー等の導電性の多孔質支持体上に塗布して作製した複合体が用いられている。しかしながら、該複合体を固体高分子型燃料電池の電極として使用した場合、燃料電池の発電効率が低いという問題があった。
【0005】
これに対して、本発明者らは、カーボンペーパー等の導電性の多孔質支持体上に特定の方法で炭素繊維を生成させ、該炭素繊維上に電気メッキにより貴金属を担持して作製した複合体を固体高分子型燃料電池の電極として使用することで、燃料電池の発電効率が向上することを見出している(特許文献1参照)。
【0006】
【非特許文献1】日本化学会編,「化学総説No.49,新型電池の材料化学」,学会出版センター,2001年,p.180−182
【非特許文献2】「固体高分子型燃料電池<2001年版>」,技術情報協会,2001年,p.14−15
【特許文献1】国際公開第2004/063438号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、固体高分子型燃料電池の電極の触媒層には、隣接する固体高分子電解質膜を湿らせるために保水性が要求されると共に、燃料ガスや酸化剤ガス、更には生成する水の物質移動をスムーズにするために通気性及び排水性が求められる。ここで、電極の触媒層の通気性及び排水性が不十分であると、触媒層における燃料ガス、酸化剤ガス及び水の物質移動がスムーズに行われず、燃料電池の出力が低下するという問題がある。これに対し、国際公開第2004/063438号に開示の電極は、優れた保水性を有するものの、触媒層部分の排水性に改善の余地があり、特に、高電流密度領域で燃料電池を運転した場合、反応で生成した水をスムーズに排出できないという問題があった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、上記従来技術の問題を解決し、通気性及び排水性が良好で、固体高分子型燃料電池の触媒層に好適に使用できる炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、電解重合工程と焼成工程とを含む炭素繊維の製造方法において、重合溶液を循環させながら電解重合工程を行うことで、通気性及び排水性が良好な炭素繊維が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本発明の炭素繊維の製造方法は、芳香環を有する化合物を電解重合してフィブリル状ポリマーを生成させる工程Aと、該フィブリル状ポリマーを焼成して炭素繊維を生成させる工程Bとを含み、
前記電解重合工程Aを、芳香環を有する化合物を含む重合溶液を循環させながら行うことを特徴とし、本発明の炭素繊維は、該方法で製造されたことを特徴とする。
【0011】
本発明の炭素繊維の製造方法は、前記電解重合工程Aにおいて、導電性多孔質基板を作用極として用い、該導電性多孔質基板上にフィブリル状ポリマーを生成させることが好ましい。この場合、引き続き、前記焼成工程Bにおいて、前記導電性多孔質基板上に形成されたフィブリル状ポリマーを焼成して、導電性多孔質基板上に炭素繊維を生成させることが好ましい。
【0012】
また、本発明の炭素繊維−導電性多孔質基板複合体は、導電性多孔質基板と、該導電性多孔質基板上に形成された炭素繊維とからなり、該炭素繊維が上記の方法で製造されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、電解重合工程Aと焼成工程Bとを含む炭素繊維の製造方法において、芳香環を有する化合物を含む重合溶液を循環させながら電解重合工程Aを行うことで、通気性及び排水性が良好な炭素繊維を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。本発明の炭素繊維の製造方法は、芳香環を有する化合物を電解重合してフィブリル状ポリマーを生成させる工程Aと、該フィブリル状ポリマーを焼成して炭素繊維を生成させる工程Bとを含み、前記電解重合工程Aを、芳香環を有する化合物を含む重合溶液を循環させながら行うことを特徴とする。理由は明らかではないが、芳香環を有する化合物を含む重合溶液を循環させながら電解重合し、更に焼成すことで、細孔径の大きな細孔が多く、また、最大細孔径が大きい炭素繊維を製造することができる。そして、該炭素繊維は、細孔径の大きな細孔が多く、最大細孔径も大きいため、通気性及び排水性に優れ、固体高分子型燃料電池の触媒層の担体として使用した場合、高電流密度領域で燃料電池を運転しても、反応で生成した水がスムーズに排出され、燃料電池の出力の低下を抑制することができる。
【0015】
本発明の炭素繊維の製造方法で出発物質として用いる芳香環を有する化合物としては、ベンゼン環を有する化合物、芳香族複素環を有する化合物を挙げることができる。ここで、ベンゼン環を有する化合物としては、アニリン及びアニリン誘導体が好まく、芳香族複素環を有する化合物としては、ピロール、チオフェン及びこれらの誘導体が好ましい。これら芳香環を有する化合物は、一種単独で用いてもよいし、二種以上の混合物として用いてもよい。なお、芳香環を有する化合物の重合溶液(電解溶液)中の濃度は、0.05〜3mol/Lの範囲が好ましく、0.25〜1.5mol/Lの範囲が更に好ましい。
【0016】
上記電解重合工程Aにおいては、重合溶液中に原料の芳香環を有する化合物と共に、酸を混在させることが好ましい。この場合、酸の負イオンがドーパントとして合成されるフィブリル状ポリマー中に取り込まれ、導電性に優れたフィブリル状ポリマーが得られ、このフィブリル状ポリマーを用いることにより焼成工程Bで得られる炭素繊維の導電性を向上させることができる。ここで、重合の際に混在させる酸としては、HBF4、H2SO4、HCl、HClO4等を例示することができる。また、該酸の濃度は、0.1〜3mol/Lの範囲が好ましく、0.5〜2.5mol/Lの範囲が更に好ましい。更に、重合溶液には、上記成分に加え、pHを調製するために可溶性塩等を適宜添加してもよい。
【0017】
上記電解重合工程Aには、例えば、図1に示すような重合溶液循環装置を使用することが好ましい。ここで、図1に示す重合溶液循環装置は、重合槽1と、該重合槽1に連結された重合溶液の導入ライン2と、重合溶液の排出ライン3とを具える。また、導入ライン2と排出ライン3とは、ポンプ4を介して連結されており、重合溶液を循環させることが可能である。
【0018】
図1においては、ポンプ4により吸引され、重合槽1の下部から排出ライン3を通して排出された重合溶液は、ポンプ4により押し出され、導入ライン2を通して重合槽1の上部に導入され、重合槽1の上部に配置された蓋5の排出口(図示せず)から重合槽1内に供給される。なお、重合溶液の循環速度は、ポンプ4の出力でコントロールすることができ、例えば、1分当り重合溶液の20〜70体積%が循環するようにすることが好ましい。1分当りの循環量が重合溶液全体の20体積%未満では、最終的に生成する炭素繊維の通気性及び排水性を十分に向上させることができず、一方、70体積%を超えると、重合されたポリアニリンが重合液の流れによって基板から全て脱離してしまう、若しくは槽の内圧が高くなり過ぎる問題が生じる。
【0019】
また、上記重合槽1内には、作用極6と、対極(図示せず)が設置されており、両極間に芳香環を有する化合物の酸化電位以上の電圧を印加するか、または該芳香環を有する化合物が重合するのに充分な電圧が確保できるような条件の電流を通電することで、作用極6上にフィブリル状ポリマーが生成する。なお、電流密度は、0.1〜1000mA/cm2の範囲が好ましく、0.2〜100mA/cm2の範囲が更に好ましい。また、印加電圧は、0.65〜0.90Vの範囲が好ましい。
【0020】
本発明の炭素繊維の製造方法では、上記作用極6として導電性多孔質基板を用い、該導電性多孔質基板上にフィブリル状ポリマーを生成させることが好ましい。ここで、導電性多孔質基板としては、カーボンペーパー、多孔質カーボン布等が挙げられ、これらの中でも、カーボンペーパーが好ましい。導電性多孔質基板上に生成するフィブリル状ポリマーは、3次元連続構造を有するフィブリル状のポリマー構造体であり、該ポリマー構造体を工程Bで焼成することで、導電性多孔質基板上に3次元連続構造を有する炭素繊維(構造体)を生成させることができる。なお、導電性多孔質基板と、該導電性多孔質基板上に形成された炭素繊維(構造体)とからなる複合体(炭素繊維−導電性多孔質基板複合体)を固体高分子型燃料電池の電極に使用した場合、導電性多孔質基板部分がガス拡散層となり、炭素繊維(構造体)部分が触媒層の担体となる。
【0021】
一方、上記重合槽1内に設置される対極としては、特に限定されず、ステンレススチール、白金、カーボン等の良導電性物質からなる板や多孔質支持体等を用いることができる。
【0022】
本発明の製造方法の電解重合工程Aで生成するフィブリル状ポリマーは、直径が30nm〜数百nmであることが好ましく、40nm〜500nmであることが更に好ましく、また、長さが0.5μm〜100mmであることが好ましく、1μm〜10mmであることが更に好ましい。
【0023】
次に、本発明の炭素繊維の製造方法では、上記電解重合工程Aで生成したフィブリル状ポリマーを工程Bで焼成し炭化することで、炭素繊維を生成させる。なお、焼成工程Bの前に、フィブリル状ポリマーを水や有機溶剤等の溶媒で洗浄し、乾燥させることが好ましい。ここで、乾燥方法としては、特に制限されるものではないが、風乾、真空乾燥の他、流動床乾燥装置、気流乾燥機、スプレードライヤー等を使用した方法を例示することができる。
【0024】
上記工程Bの焼成条件としては、特に限定されるものではなく、最適導電率となるように適宜設定すればよいが、特に高導電率を必要とする場合は、温度500〜3000℃、好ましくは600〜2800℃で、0.5〜6時間焼成することが好ましい。なお、本発明の製造方法では、焼成工程Bを非酸化性雰囲気中で行うことが好ましく、該非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気、ヘリウム雰囲気等を挙げることができ、場合によっては水素雰囲気とすることもできる。
【0025】
本発明の製造方法で得られる炭素繊維は、直径が30nm〜数百nmであることが好ましく、40nm〜500nmであることが更に好ましく、長さが0.5μm〜100mmであることが好ましく、1μm〜10mmであることが更に好ましく、表面抵抗が106〜10-2Ωの範囲であることが好ましく、104〜10-2Ωの範囲であることが更に好ましい。また、該炭素繊維は、残炭率が95〜30%であることが好ましく、90〜40%であることが更に好ましい。なお、本発明の製造方法で得られる炭素繊維は、カーボン全体が3次元に連続した構造を有するため、粒状カーボンよりも導電性が高い。
【0026】
上記のようにして得られた3次元連続状の炭素繊維は、上述のように通気性及び排水性が高いため、固体高分子型燃料電池の触媒層の担体として好適である。ここで、上記炭素繊維を固体高分子型燃料電池の触媒層に用いる場合、担持する金属としては、貴金属が好ましく、Ptが特に好ましい。本発明に従う方法で製造された炭素繊維を固体高分子型燃料電池の触媒層の担体として使用した場合、触媒層の通気性が高いため、燃料ガスや酸素の供給がスムーズになり、また、反応で生成した水の排水性も大幅に向上し、結果として、燃料電池の出力の低下を防止することができる。
【実施例】
【0027】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0028】
(比較例1)
アニリンモノマー 0.5mol/LとH2SO41.0mol/Lとを含む酸性水溶液中に、カーボンペーパー[東レ製]からなる作用極を設置し、対極として白金板を使用し、室温にて25mA/cm2の定電流を印加し、電気量が合計4C/cm2になるまで電解重合を行い、ポリアニリンを作用極上に電析させた。次に、得られたポリアニリンをイオン交換水で洗浄し、24時間真空乾燥した後、カーボンペーパーごとAr雰囲気中3℃/分の昇温速度で950℃まで加熱し、その後950℃で1時間保持して焼成処理して、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のSEM写真を図2に示す。また、得られた炭素繊維の細孔分布を図4に示す。なお、図4においては、細孔分布の最大値を100として規格化(無次元化)してプロットしており、ピークの存在する位置に細孔が存在していることを示している。また、図4中に、最大細孔径の位置を示した。
【0029】
(実施例1)
図1に示す重合溶液循環装置に、アニリンモノマー 0.5mol/LとH2SO41.0mol/Lとを含む酸性水溶液を循環させ、室温にて25mA/cm2の定電流を印加し、電気量が合計4C/cm2になるまで電解重合を行い、ポリアニリンを作用極上に電析させた。なお、作用極としては、カーボンペーパー[東レ製]を使用し、対極としては、白金板を使用し、また、1分当り重合溶液の50体積%が循環するようにした。次に、得られたポリアニリンをイオン交換水で洗浄し、24時間真空乾燥した後、カーボンペーパーごとAr雰囲気中3℃/分の昇温速度で950℃まで加熱し、その後950℃で1時間保持して焼成処理して、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のSEM写真を図3に示す。また、得られた炭素繊維の細孔分布及び最大細孔径の位置を図4に示す。
【0030】
図2と図3から、比較例1の炭素繊維は、表面が平滑であるのに対し、実施例1の炭素繊維は、表面が凸凹であることが分かる。この表面状態の相違は、内部構造の相違を反映しているものと考えられ、実施例1の炭素繊維の方が、比較例1の炭素繊維よりも、密度が低く、通気性及び排水性が高いことが示唆されている。
【0031】
また、図4から、実施例1の炭素繊維の方が、比較例1の炭素繊維よりも、細孔径の大きな細孔が多く、最大細孔径も大きいことが確認された。このことからも、実施例1の炭素繊維の方が、比較例1の炭素繊維よりも、通気性及び排水性が高いことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の炭素繊維の製造方法に用いる重合溶液循環装置の一例の概略図である。
【図2】比較例1で得られた炭素繊維構造体のSEM写真である。
【図3】実施例1で得られた炭素繊維構造体のSEM写真である。
【図4】実施例1で得られた炭素繊維構造体の細孔分布を示すグラフである。
【符号の説明】
【0033】
1 重合槽
2 導入ライン
3 排出ライン
4 ポンプ
5 蓋
6 作用極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香環を有する化合物を電解重合してフィブリル状ポリマーを生成させる工程Aと、該フィブリル状ポリマーを焼成して炭素繊維を生成させる工程Bとを含む炭素繊維の製造方法において、
前記電解重合工程Aを、芳香環を有する化合物を含む重合溶液を循環させながら行うことを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
前記電解重合工程Aにおいて、導電性多孔質基板を作用極として用い、該導電性多孔質基板上にフィブリル状ポリマーを生成させることを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
前記焼成工程Bにおいて、前記導電性多孔質基板上に形成されたフィブリル状ポリマーを焼成して、導電性多孔質基板上に炭素繊維を生成させることを特徴とする請求項2に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法で製造されたことを特徴とする炭素繊維。
【請求項5】
導電性多孔質基板と、該導電性多孔質基板上に形成された炭素繊維とからなる炭素繊維−導電性多孔質基板複合体であって、
前記炭素繊維が請求項2又は3に記載の方法で製造されたことを特徴とする炭素繊維−導電性多孔質基板複合体。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−156803(P2008−156803A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−349661(P2006−349661)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】