説明

熱交換器用アルミニウムクラッド材

【課題】ろうの濡れ性に優れた熱交換器用アルミニウム合金クラッド材を提供する。
【解決手段】心材2の少なくとも一側面に犠牲陽極材3をクラッドした熱交換器用アルミニウム合金クラッド材1であって、心材2が、Al−Mn系合金、Al−Si−Mn−Cu系合金、Al−Si−Mn−Cu−Ti系合金、のいずれか一つからなり、犠牲陽極材3が、Al−Zn系合金、Al−Zn−Mg系合金、Al−Zn−Si系合金、Al−Zn−Si−Mg系合金、のいずれか一つからなるとともに、FeおよびMnの含有量がそれぞれ0.2質量%以下、Ni,Cr,Tiの含有量がそれぞれ0.3質量%以下である。そして、600℃で5分間加熱した場合における、犠牲陽極材3表面の{001}面の面積率が0.6以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の熱交換器に使用されるアルミニウム合金クラッド材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車用熱交換器の素材として、心材の片面または両面にろう材、犠牲陽極材を配した種々のアルミニウム合金クラッド材(以下、クラッド材という)が使用されている。クラッド材は、高強度を発揮させるための心材の片面に、犠牲陽極効果を有する犠牲陽極材がクラッドされることで、心材の電位が貴となり、犠牲陽極材の電位が卑となる電位差(つまり、心材>犠牲陽極材となる電位差)が生じる。そしてこのような電位差によって、犠牲陽極材を優先的に腐食させ、心材の腐食を防止する。
【0003】
クラッド材の分野では、当該クラッド材の犠牲陽極材面と他の部材とをろう付けする際のろうの濡れ性を向上させ、ろう付け性を高めるための種々の手段が提案されている。例えば、特許文献1では、犠牲陽極材に含有されるZnを0.5〜5.0質量%に、Feを0.1質量%以上0.4質量%未満に制限することで、加熱(ろう付け)後の犠牲陽極材表面の結晶粒度を0 .04〜0.20mmの範囲内に抑制する手段が提案されている。特許文献1では、このように犠牲陽極材表面の結晶粒度を所定範囲に制限することで、ろう付けの際にろうが濡れ拡がる経路を増やし、ろうの濡れ性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−39753号公報(請求項1参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載されたような手段のみでは、ろうの濡れ性の向上には不十分であった。すなわち、ろうの濡れ性を十分に向上させるには、犠牲陽極材表面の結晶粒度の因子以外の観点からも検討する必要がある。
【0006】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであって、従来よりもろうの濡れ性に優れた熱交換器用アルミニウム合金クラッド材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、犠牲陽極材表面の結晶粒度の制御以外に、ろうの濡れ性を向上させる要因がないかについて鋭意実験・検討を重ねた。そして、犠牲陽極材表面の結晶方位({001}面の面積率)がろうの濡れ性と相関関係にあり、当該結晶方位を制御することで、ろうの濡れ性がより向上することを見出した。
【0008】
すなわち、前記した課題を解決するために本発明に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材は、心材の少なくとも一側面に犠牲陽極材をクラッドした熱交換器用アルミニウム合金クラッド材であって、前記心材は、Al−Mn系合金、Al−Si−Mn−Cu系合金、Al−Si−Mn−Cu−Ti系合金、のいずれか一つからなり、前記犠牲陽極材は、Al−Zn系合金、Al−Zn−Mg系合金、Al−Zn−Si系合金、Al−Zn−Si−Mg系合金、のいずれか一つからなるとともに、FeおよびMnの含有量がそれぞれ0.2質量%以下、Ni,Cr,Tiの含有量がそれぞれ0.3質量%以下であり、600℃で5分間加熱した場合における、前記犠牲陽極材表面の{001}面の面積率が0.6以上である構成とする。
【0009】
かかる構成により、熱交換器用アルミニウム合金クラッド材は、犠牲陽極材に含有されるFeとMnの量を制限することで、金属間化合物の大きさを制御するとともに、結晶方位の異なる結晶粒の成長を抑制することができる。従って、犠牲陽極材表面における{001}面の面積率を増加させることができる。
【0010】
また、本発明に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材は、前記犠牲陽極材におけるNi,Cr,Tiの含有量が、それぞれ0.17質量%以下である構成とする。
【0011】
かかる構成により、熱交換器用アルミニウム合金クラッド材は、犠牲陽極材に含有されるNi,Cr,Tiの量を制限することで、より効果的に金属間化合物の大きさを制御するとともに、結晶方位の異なる結晶粒の成長を抑制することができる。従って、より効果的に犠牲陽極材表面における{001}面の面積率を増加させることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材によれば、犠牲陽極材に含有されるFeおよびMnを0.2質量%以下とすることにより、犠牲陽極材表面における{001}面の面積率を0.6以上に制御し、当該犠牲陽極材の表面エネルギーを増加させることができる。従って、犠牲陽極材のろうの濡れ性を向上させて、ろう付け性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材を示す断面図である。
【図2】実施形態に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材における犠牲陽極材表面の結晶格子面を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施形態に係るクラッド材について、詳細に説明する。図1に示すように、実施形態に係るクラッド材1は、心材2の一側面に犠牲陽極材3を、他側面にろう材4をクラッドした3層構造を有している。ここで、実施形態に係るクラッド材1は、犠牲陽極材3に含有されるFe,Mnの量を所定範囲に抑制することで、犠牲陽極材3表面における{001}面の面積率を所定値以下に制御し、ろうの濡れ性を向上させることを特徴としている。以下では、まず{001}面の面積率とろうの濡れ性との関係について、その原理から順を追って説明する。
【0015】
({001}面の面積率)
{001}面とは、犠牲陽極材3表面の結晶格子面において、クラッド材1の長さ(圧延)方向、幅方向および厚さ方向に平行な面を、ミラー指数で示したものである。すなわち、図2に示すように、{001}面10は、図2に示す結晶格子面の(001)面11、(010)面12、(100)面13、(00−1)面14、(0−10)面15、(−100)面16のいずれかを示すミラー指数の包括表現である。
【0016】
ここで、図2に示すように、(001)面11およびこれと対向する(00−1)面14は、クラッド材1の長さ方向および幅方向に平行な結晶格子面を、(010)面12およびこれと対向する(0−10)面15は、クラッド材1の幅方向および厚さ方向に平行な結晶格子面を、(100)面13およびこれと対向する(−100)16は、クラッド材1の長さ方向および厚さ方向に平行な結晶格子面を意味している。
【0017】
{001}面10の面積率とは、犠牲陽極材3表面の結晶格子面のうち、{001}面10が占める割合のことを意味する。すなわち、犠牲陽極材3表面に存在する結晶粒子のうち、クラッド材1の長さ方向、幅方向および厚さ方向に平行な結晶方位を有するものを意味する。なお、犠牲陽極材3表面とは、後記するように、犠牲陽極材3の最表面から板厚(内部)方向に40〜90μm進んだ地点のことを指す。犠牲陽極材3における{001}面10の面積率の具体的な測定方法については、後記する。
【0018】
({001}面の面積率と金属間化合物との関係)
犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率は、犠牲陽極材3の表面に含有される一定以上の大きさ、例えば1μm以上の金属間化合物の量に影響を受ける。例えば、犠牲陽極材3の表面に1μm以上の金属間化合物が多数存在すると、ろう付け(加熱)時に当該金属間化合物を核として再結晶および結晶粒成長が促進される。そして、結晶方位の異なる結晶粒が多数成長することで、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率が低下する。
【0019】
一方、犠牲陽極材3表面に一定以上の大きさの金属間化合物が晶出しないように当該犠牲陽極材3の組成を適正化することで、再結晶および結晶粒の成長を抑制し、結晶方位の異なる結晶粒の成長を防止することができる。従って、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率が増加することになる。
【0020】
({001}面の面積率と表面エネルギーとの関係)
犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率が高いと、犠牲陽極材3の表面エネルギー(液体または固体で新たに単位面積の表面を作るために必要なエネルギー)も増加することになる。これは、詳細は明らかとなっていないが、{001}面10の面積率が増大することにより、{001}面10より表面エネルギーが小さい{001}面10以外の面の面積率が減少し、相対的に表面エネルギーが増大するためと考えられる。従って、前記したように、犠牲陽極材3表面の金属間化合物の晶出を抑制し、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率を制御することにより、犠牲陽極材3の表面エネルギーを増加させることができる。
【0021】
(表面エネルギーとろうの濡れ性との関係)
犠牲陽極材3の表面エネルギーが増加すると、犠牲陽極材3表面におけるろうの濡れ性も向上することになる。これは、固体と液体の界面エネルギーと接触角との関係を定めた下記式(1)に示すヤングの式から説明することができる。なお、下記式(1)において、γsは固体(犠牲陽極材3)の表面エネルギー、γlは液体(ろう材4)の表面エネルギー、θは接触角(ろう材4の接線と犠牲陽極材3表面のなす角度)、γslは固体と液体の界面エネルギーを示している。
【0022】
【数1】

【0023】
本実施形態では、犠牲陽極材3の組成を適正化し、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率を増加させることで、上記式(1)の固体の表面エネルギーγsを増加させる。一方、上記式(1)の液体の表面エネルギーγlは変化せず、固体と液体の界面エネルギーγslも大きく変化しない。従って、固体の表面エネルギーγsを増加させると、cosθの値が必然的に大きくなる。すなわち、cosθの値が1(cos0°)に近づき、接触角θ自体の値は小さくなる。
【0024】
ここで、一般に、固体に対する液体の接触角θが小さい程、固体に対する液体の濡れ性は高い。従って、前記したように、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率が増加すると、犠牲陽極材3表面に対するろうの濡れ性も向上することになる。
以下では、これらの説明を踏まえて、実施形態に係るクラッド材1を構成する各要素について、詳細に説明する。
【0025】
(心材)
心材2は、Al−Mn系合金、Al−Si−Mn−Cu系合金、Al−Si−Mn−Cu−Ti系合金、のいずれか一つで構成される。また、これらの合金にMgを含んだもので構成することもできる。各合金に含有される成分の含有量は特に限定されないが、強度をおよび加工性を担保するために、例えば、Feは0.05〜0.30質量%、Siは0.2〜0.9質量%、Mnは1.0〜1.4質量%、Cuは0.5〜0.9質量%、Tiは1.1〜1.7質量%、Mgは0.2〜0.5質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0026】
(心材の製造方法)
心材2(心材用アルミニウム合金材)の製造方法は特に限定されない。例えば、前記した合金を用いて心材用アルミニウム合金を造塊し、680〜750℃の鋳造温度で鋳造後、鋳塊を450〜590℃で10時間均質化熱処理することにより製造することができる。
【0027】
(犠牲陽極材)
犠牲陽極材3は、Al−Zn系合金、Al−Zn−Mg系合金、Al−Zn−Si系合金、Al−Zn−Si−Mg系合金のいずれか一つで構成され、かつ、当該合金中におけるFeが0.2質量%以下(0質量%を含む)、Mnが0.2質量%以下(0質量%を含む)、Niが0.3質量%以下(0質量%を含む)、Crが0.3質量%以下(0質量%を含む)、Tiが0.3質量%以下(0質量%を含む)とする。このように、犠牲陽極材3に含有されるFe,Mn,Ni,Cr,Tiの量を所定量以下に制限することで、前記したように、犠牲陽極材3表面の{001}面10の面積率を制御することができる。
【0028】
犠牲陽極材3を構成するAl−Zn系合金、Al−Zn−Mg系合金、Al−Zn−Si系合金、Al−Zn−Si−Mg系合金にそれぞれ添加されるZn,Si,Mgは、固溶しやすく、金属間化合物を生成しにくい性質を有している。従って、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率の低下を誘起するものではない。以下、耐食性の維持や、ろう付後の強度確保の観点から、それぞれの合金にについて好ましい組成範囲を説明する。なお、Zn,Si,Mgの含有量は、耐食性の維持およびろう付け後の強度確保が可能であれば、特に下記の範囲に限定されるものではない。
【0029】
(犠牲陽極材:Al−Zn系合金)
犠牲陽極材3をAl−Zn系合金で構成する場合は、Znを0.8〜4.8質量%とし、残部をAlおよびその他不可避的不純物とすることが好ましい。Znは、電位を卑とする効果を有するため、その添加によって心材2に対する犠牲陽極材3の電位を卑とすることにより、クラッド材1の耐食性を向上させる。ここで、Znの含有量が0.8質量%未満だと、電位を卑とする効果が不十分であり、4.8質量%を超えると、心材2との電位差が大きくなりすぎて犠牲陽極材3の消耗速度が増大し、耐食性を長期間維持できなくなる。
【0030】
(犠牲陽極材:Al−Zn−Mg系合金)
犠牲陽極材3をAl−Zn−Mg系合金で構成する場合は、Znを0.8〜4.8質量%、Mgを0.05〜0.30質量%とし、残部をAlおよびその他不可避的不純物とすることが好ましい。ここで、Znの含有量を規制する理由は、前記した通りである。
【0031】
Mgは、犠牲陽極材3に含有させることにより、ろう付け後に固溶して犠牲陽極材3の強度を向上させる。ここで、Mgの含有量が0.05質量%未満だと、犠牲陽極材3の強度を向上させる効果が不十分となる。また、Mgの含有量が0.30質量%を超えると、以下の理由により、ろう付け性の維持が困難となる。
【0032】
すなわち、Mgを犠牲陽極材3に添加すると、ろう付けの際にフラックスとの間で高融点化合物を生成して当該フラックスの酸化皮膜破壊作用を阻害し、結果的にろう付け性が低下する。従って、通常はフラックスの塗布量を増加させることで、ろう付け性を維持している。しかし、犠牲陽極材3におけるMgの含有量が0.30質量%を超えると、Mg未添加の場合に必要なフラックス塗布量の、例えば7倍の量のフラックスを塗布した場合であっても、ろう付け性を維持することができなくなるため、Mgの含有量は上記範囲内とすることが好ましい。
【0033】
(犠牲陽極材:Al−Zn−Si系合金)
犠牲陽極材3をAl−Zn−Si系合金で構成する場合は、Znを1.3〜6.0質量%、Siを0.1〜1.0質量%とし、残部をAlおよびその他不可避的不純物とすることが好ましい。ここで、Znの含有量を規制する理由は、前記した通りである。
【0034】
Siは、犠牲陽極材3に含有させることにより、ろう付け後に固溶して犠牲陽極材3の強度を向上させる。ここで、Siの含有量が0.1質量%未満だと、犠牲陽極材3の強度を向上させる効果が不十分となる。また、Siの含有量が1.0質量%を超えると、同時に含有されるZnの含有量が2.0質量%以上の場合に、犠牲陽極材3の融点が低下して、ろう付けの際に犠牲陽極材3が部分的に溶解する場合がある。
【0035】
(犠牲陽極材:Al−Zn−Si−Mg系合金)
犠牲陽極材3をAl−Zn−Si−Mg系合金で構成する場合は、Znを1.3〜5.5質量%、Siを0.1〜1.0質量%、Mgを0.1〜0.3質量%とし、残部をAlおよびその他不可避的不純物とすることが好ましい。
【0036】
犠牲陽極材3をAl−Zn−Si−Mg系合金で構成し、Siが0.1〜1.0質量%、Mgが0.1〜0.3質量%含有されている場合、当該Siは、電位を貴とする作用を有している。従って、Siとは逆に電位を卑とするZnを前記範囲で含有させることで、心材2に対する犠牲陽極材3の電位をより卑とすることができ、クラッド材1の耐食性が向上する。一方、Znを1.3質量%未満とすると、電位を卑とする効果が不十分となり、5.5質量%を超えると、犠牲陽極材3の融点が低下して、ろう付けの際に犠牲陽極材3が部分的に溶解する場合がある。
【0037】
犠牲陽極材3をAl−Zn−Si−Mg系合金で構成し、Mgが0.1〜0.3質量%含有されている場合、Siを前記範囲で含有させることにより、ろう付け後にMg2Siの析出が強化され、犠牲陽極材3の強度が向上する。一方、Siの含有量が0.1質量%未満だと、犠牲陽極材3の強度を向上させる効果が不十分となり、1.0質量%を超えると、Znを2.0質量%、Mgを0.1質量%含有する場合において、犠牲陽極材3の融点が低下して、ろう付けの際に犠牲陽極材3が部分的に溶解する場合がある。
【0038】
犠牲陽極材3をAl−Zn−Si−Mg系合金で構成し、Siが0.1〜1.0質量%含有されている場合、Mgを前記範囲で含有させることにより、ろう付け後にMg2Siの析出が強化され、犠牲陽極材3の強度が向上する。一方、Siの含有量が0.1質量%未満だと、犠牲陽極材3の強度を向上させる効果が不十分となる。また、Mgの含有量が0.3質量%を超えると、前記した理由と同様に、ろう付け性の維持が困難となる。
【0039】
ここで、犠牲陽極材3を構成するAl−Zn−Mg系合金、Al−Zn−Si系合金、Al−Zn−Si−Mg系合金に含有されるZn,Mg,Siは固溶しやすい元素であるため、常法でこれらの合金を鋳造したとしても、一定以上の大きさ、例えば1μm以上の金属間化合物はほとんど晶出しない。しかし、犠牲陽極材3中のFeおよびMnは1μm以上の金属間化合物を晶出させる要因となるため、以下のようにその含有量を制限する必要がある。
【0040】
(犠牲陽極材:FeおよびはMnの含有量がそれぞれ0.2質量%以下(0質量%を含む))
FeおよびMnの含有量がそれぞれ0.2質量%を超えると、1μm以上のAl−Fe系金属間化合物が多数晶出され、犠牲陽極材3をろう付け加熱した際に、当該金属間化合物を核とした再結晶および結晶粒成長が促進される。従って、結晶方位の異なる結晶粒が多数成長し、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率が低下し、ろうの濡れ性も劣化する。
【0041】
従って、FeおよびMnの含有量をそれぞれ0.2質量%以下に制限することで、犠牲陽極材3表面における1μm以上の金属間化合物(Al−Fe系またはAl−Mn系)の晶出を抑制することができる。従って、前記したように、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率を増加させることができ、ろうの濡れ性を向上させることができる。
【0042】
(犠牲陽極材:Ni,Cr,Tiの含有量がそれぞれ0.3質量%以下(0質量%を含む))
実施形態に係る犠牲陽極材3は、Ni,Cr,Tiの含有量をそれぞれ0.3質量%以下とすることが好ましい。これらの元素の含有量がそれぞれ0.3質量%を超えると、1μm以上のAl3Ni,Al3Cr,Al3Ti等の化合物が増加し、犠牲陽極材3をろう付け加熱した際に、当該金属間化合物を核とした再結晶および結晶粒成長が促進され、ろうの濡れ性が劣化する場合がある。
【0043】
一方、Ni,Cr,Tiの含有量をそれぞれ0.3質量%以下に制限することで、犠牲陽極材3表面における1μm以上の金属間化合物(Al−Ni系、Al−Cr系、Al−Ti系)の晶出を抑制することができる。従って、前記したように、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率を増加させることができ、ろうの濡れ性をより向上させることができる。なお、Ni,Cr,Tiの好ましい含有量は0.17質量%以下である。
【0044】
なお、犠牲陽極材3は、上記成分以外に、例えばCuを0.2質量%以下含有していても、本発明の効果を妨げるものではなく、このようなCuの含有は許容される。
【0045】
(犠牲陽極材の製造方法)
犠牲陽極材3(犠牲陽極材用アルミニウム合金板)の製造方法は特に限定されない。例えば、前記した合金を用いて犠牲陽極材用アルミニウム合金を造塊し、680〜750℃の鋳造温度で鋳造後、鋳塊を450〜590℃で10時間均質化熱処理して所定温度まで冷却し、熱間圧延または板状にスライスすることで、製造することができる。
【0046】
(ろう材)
ろう材4は、Al−Si系合金等、Al−Si−Zn系、ろう材として公知のアルミニウム合金を適宜選択して使用することができる。Al−Si系合金製のろう材としては、例えば、Siを4〜12質量%含有するアルミニウム合金のろう材を、Al−Si−Zn系合金製のろう材としては、Siを4〜12質量%、Znを1〜4質量%含有するアルミニウム合金のろう材を使用することができる。
【0047】
(ろう材の不可避的不純物)
本発明に係るクラッド材1のろう材4には、不可避的不純物として、例えば、Cr,Ti,Zr,Bが含有されている。このような不可避的不純物を、例えば、Crを0.1質量%以下、Tiを0.2質量%以下、Zrを0.2質量%以下、Bを0.1質量%以下、Feを0.2質量%以下(いずれも0質量%を超える)等の範囲で含有していても、本発明の効果を妨げるものではない。従って、このような不可避的不純物の含有は許容される。なお、ろう材4においては、このような不可避的不純物の含有量が合計で0.4質量%まで許容できる。
【0048】
(ろう材の製造方法)
ろう材4(ろう材用アルミニウム合金板)の製造方法は特に限定されない。例えば、前記した合金を用いてろう材用アルミニウム合金を造塊し、680〜750℃の鋳造温度で鋳造後、鋳塊を450〜520℃で10時間均質化熱処理して所定温度まで冷却し、熱間圧延または板状にスライスすることで、製造することができる。
【0049】
(クラッド材の製造方法)
実施形態に係るクラッド材1は、前記した製造方法で製造した心材2、犠牲陽極材3、ろう材4を組み合わせることで製造することができる。すなわち、心材2の一側面に犠牲陽極材3を重ね、他側面にろう材4を重ね、仕上熱間圧延上がり板厚が3mmとなるように400℃以上で熱間圧延し、その後中間焼鈍および冷間圧延を施すことで、製造する。なお、犠牲陽極材3およびろう材4のクラッド率は、5〜25%の範囲、例えば15%前後とすることができ、具体的には、犠牲陽極材3の板厚が0.04mm、ろう材4の板厚が0.035mm、残りが心材2となるように、クラッド材1を製造することができる。
【0050】
(中間焼鈍の温度および仕上冷間圧延率)
実施形態に係るクラッド材1において、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率を0.6以上とするためには、前記したように、犠牲陽極材3に含有されるFeおよびmnの含有量をそれぞれ0.2質量%とするとともに、前記したクラッド材1の製造工程において、中間焼鈍の温度を210〜290℃とし、かつ、冷間圧延時における仕上冷間圧延率(中間焼鈍後の加工度)を5〜22%とする必要がある。
【0051】
中間焼鈍の温度を210〜290℃とすることにより、犠牲陽極材3における{001}面10が圧延面と平行になるような再結晶が発生する。一方、中間焼鈍の温度が210℃未満だと、{001}面10が圧延面と平行になるような再結晶が発生せず、290℃を超えると、{001}面10以外の面の再結晶が発生する。
【0052】
また、仕上冷間圧延率を5〜22%とすることにより、前記した中間焼鈍によって圧延面に生じた再結晶を基点とし、かつ、仕上冷間圧延による加工ひずみを駆動力として、{001}面10が圧延面と平行となるような再結晶が促進され、ろう付けの際に{001}面10の面積率が増加する。一方、仕上冷間圧延率が5%未満だと加工ひずみが小さすぎ、22%を超えると加工ひずみが大きすぎるため、{001}面10が圧延面と平行になるような再結晶が促進されず、{001}面10の面積率が増加しない。仕上冷間圧延率の好ましい範囲は10〜18%である。
【0053】
(600℃で5分間加熱した場合における、犠牲陽極材表面における{001}面の面積率が0.6以上)
実施形態に係るクラッド材1は、600℃で5分間加熱した場合における、犠牲陽極材3の表面の{001}面10の面積率を0.6以上とすることが重要である。この加熱条件は、ろう付けの際の加熱条件を想定したものである。
【0054】
また、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率を0.6以上とすることにより、前記したように、犠牲陽極材3の表面エネルギーが増加する。従って、犠牲陽極材3に対するろう材4の接触角θが低下し、ろうの濡れ性が向上する。一方、犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率が0.6未満だと、犠牲陽極材3の表面エネルギーが低下するとともに、表面エネルギーの小さい他の面の面積率が相対的に増加してしまう。従って、犠牲陽極材3に対するろう材4の接触角θが増加し、ろうの濡れ性が劣化する。
【0055】
({001}面の面積率の測定方法)
犠牲陽極材3表面における{001}面10の面積率の測定は、EBSP(電子後方散乱パターン:Electron Back Scatter diffraction Pattern)検出器を備えたFE−SEM(電界放射型 走査型電子顕微鏡:Field Emission-Scanning Electron Microscope)を用いて、SEM−EBSP法によって行なうことが好ましい。
【0056】
ここで、EBSPとは、試験片表面に電子線を入射させたときに発生する反射電子から得られた菊池パターン(菊池線)のことであり、このパターンを解析することにより、電子線入射位置の結晶方位を決定することができるものである。また、菊池パターンとは、結晶に当たった電子線が散乱して回折された際に、白黒一対の平行線や帯状もしくはアレイ状に電子回折像の背後に現れるパターンのことを指す。
【0057】
測定に用いるEBSP検出器を備えたFE−SEMとしては、例えば、「日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡 JSM−6500F」を用いることができる。また、{001}面10の面積率の測定地点は、犠牲陽極材3の最表面から板厚(内部)方向に40〜90μm進んだ地点とし、当該測定箇所までバフ研磨および電解研磨を行ない、結晶格子面のCube方位({001}<100>:圧延方向)、および、回転Cube方位({001}<110>:Cube方位が板面回転した方位)から15度以内の方位差である面を[001]面の面積率として測定することができる。
【0058】
このように、実施形態に係るクラッド材1によれば、犠牲陽極材3に含有されるFeおよびMnを0.2質量%以下とすることにより、{001}面10の面積率を0.6以上に増加させることができる。従って、犠牲陽極材3の表面エネルギーを増加させ、当該犠牲陽極材3のろうの濡れ性を向上させて、ろう付け性を高めることができる。
【0059】
なお、本実施形態では、心材2の一側面および他側面にそれぞれ、犠牲陽極材3およびろう材4を有する3層構造のクラッド材について説明したが、心材2の他側面の構成はこれに限らない。心材2の他側面に何もクラッドしない2層構造としてもよく、あるいは、心材2の他側面にも犠牲陽極材3をクラッドした3層構造としてもよく、あるいは、心材2の他側面に図示しない中間材を介してろう材4をクラッドした4層構造としてもよい。
【実施例】
【0060】
次に、本発明に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材について、本発明の要件を満たす実施例と、本発明の要件を満たさない比較例と、を対比して具体的に説明する。
【0061】
(心材の製造)
表1に示す組成を有するS1〜S7の心材用アルミニウム合金を造塊し、700℃の鋳造温度にて鋳塊を鋳造後、550℃で10時間均質化熱処理し、500℃までの冷却を0.5℃/分で行った後、熱間圧延を行って心材用板材とした。
【0062】
【表1】

【0063】
(犠牲陽極材の製造)
表2に示す組成を有するG1〜G27の犠牲陽極材用アルミニウム合金を造塊し、700℃の鋳造温度にて鋳塊を鋳造後、550℃で10時間均質化熱処理し、500℃までの冷却を0.5℃/分で行った後、熱間圧延を行って犠牲陽極材用板材とした。
【0064】
ここで、G20,G22,G24,G26の犠牲陽極材用アルミニウム合金については、鋳塊を鋳造後、固相線温度(℃)×0.5以下の温度で均質化熱処理を行い、冷却後に熱間圧延を行なった。これは、前記した特許文献1に記載された、従来の犠牲陽極材を想定したものである。なお、表2において、本発明の範囲を超える値については、下線で示している。
【0065】
【表2】

【0066】
(ろう材用の製造)
Siを10質量%含有するAl−Si合金のろう材用アルミニウム合金を造塊し、700℃の鋳造温度にて鋳塊を鋳造後、550℃で10時間均質化熱処理し、500℃までの冷却を0.5℃/分で行った後、熱間圧延を行ってろう材用板材とした。
【0067】
(クラッド材の製造)
製造したS1〜S7のうちのいずれかの心材用板材の一側面に、G1〜G27のうちのいずれかの犠牲陽極材用板材を重ね、心材用板材の他側面にろう材用板材を重ねて、400℃で熱間圧延を行い、仕上熱間圧延上がり板厚を3mmとした。そして、200〜360℃で中間焼鈍を行なった後、最終板厚が0.2mmとなるように仕上冷間圧延率を行ない、表3に示すNo.1〜35のクラッド材を得た。
【0068】
ここで、作成したクラッド材のうち、No.20,22,24,32は、前記したように、犠牲陽極材の製造工程において、固相線温度(℃)×0.5以下の温度で均質化熱処理したものである。また、No.26〜33は、クラッド材の製造工程において、中間焼鈍の温度を330〜350℃とするか、仕上冷間圧延率を25〜35%としたものである。これらは、前記した特許文献1に記載された、従来のクラッド材を想定したものである。なお、表3において、本発明の範囲を超える値については、下線で示している。
【0069】
【表3】

【0070】
({001}面の面積率の測定)
No.1〜35のクラッド材について、600℃で5分加熱した後の{001}面の面積率を測定した。測定はSEM−EBSP法で行い、測定機器としては「日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡 JSM−6500F」を用いた。そして、犠牲陽極材の最表面から板厚(内部)方向に60μm進んだ地点までバフ研磨および電解研磨を行い、Cube方位({001}<100>)、および、回転Cube方位({001}<110>)から15度以内の方位差である面を[001]面の面積率として測定した。
【0071】
(ろうの濡れ性の評価)
No.1〜35のクラッド材について、ろうの濡れ性を評価した。ろうの濡れ性は、作成したNo.1〜35のクラッド材を重さ1.0t×縦40mm×横40mmに加工し、各クラッド材における犠牲陽極材に、フッ化物系フラックスを5g/m2塗布した、大きさ0.2t×縦5mm×横5mmのろう材(Al−10質量%Si)を配置し、N2ガス雰囲気中で600℃で5分保持した後、ろうの拡がり面積を求めた。そして、ろうの拡がり面積が190mm2以上のものを「◎」と、190mm2未満〜170mm2以上のものを「○」と、170mm2未満のものを「×」と、評価した。
【0072】
表3に示すように、No.1〜19のクラッド材は、本発明の要件を満たすため、ろうの濡れ性が良好な評価となった。一方、No.20〜35のクラッド材は、本発明の規定するいずれかの要件を満たさないため、良好な評価とならなかった。
【0073】
具体的には、No.20,22,24,32のクラッド材は、犠牲陽極材のFeの含有量が0.2質量%を超えるため、{001}面の面積率が0.6未満となり、ろうの濡れ性に劣る結果となった。また、No.21,23,25のクラッド材は、犠牲陽極材のMnの含有量が0.2質量%を超えるため、{001}面の面積率が0.6未満となり、ろうの濡れ性に劣る結果となった。
【0074】
No.26〜35のクラッド材は、クラッド材を製造する際の中間焼鈍の温度が210℃未満あるいは290℃を超えるか、仕上冷間圧延率が5%未満あるいは22%を超えるため、{001}面の面積率が0.6未満となり、ろうの濡れ性に劣る結果となった。
【0075】
なお、前記したように、No.20,22,24,26〜33のクラッド材は、特許文献1に記載された従来のクラッド材を想定したものである。本実施例で示すように、これら従来のクラッド材の犠牲陽極材表面における{001}面の面積率は、全て0.6未満であり、かつ、ろうの濡れ性に劣っている。従って、本実施例によって、本発明に係るクラッド材が従来のクラッド材と比較して、ろうの濡れ性に優れていることが客観的に明らかとなった。
【0076】
以上、本発明に係る熱交換器用アルミニウム合金クラッド材について、発明を実施するための最良の形態および実施例により具体的に説明したが、本発明の趣旨はこれらの記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈されなければならない。また、これらの記載に基づいて種々変更、改変等したものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0077】
1 熱交換器用アルミニウム合金クラッド材(クラッド材)
2 心材
3 犠牲陽極材
4 ろう材
10 {001}面
11 (001)面
12 (010)面
13 (100)面
14 (00−1)面
15 (0−10)面
16 (−100)面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心材の少なくとも一側面に犠牲陽極材をクラッドした熱交換器用アルミニウム合金クラッド材であって、
前記心材は、Al−Mn系合金、Al−Si−Mn−Cu系合金、Al−Si−Mn−Cu−Ti系合金、のいずれか一つからなり、
前記犠牲陽極材は、Al−Zn系合金、Al−Zn−Mg系合金、Al−Zn−Si系合金、Al−Zn−Si−Mg系合金、のいずれか一つからなるとともに、FeおよびMnの含有量がそれぞれ0.2質量%以下、Ni,Cr,Tiの含有量がそれぞれ0.3質量%以下であり、
600℃で5分間加熱した場合における、前記犠牲陽極材表面の{001}面の面積率が0.6以上であることを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金クラッド材。
【請求項2】
前記犠牲陽極材は、Ni,Cr,Tiの含有量がそれぞれ0.17質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の熱交換器用アルミニウム合金クラッド材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−84763(P2011−84763A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236680(P2009−236680)
【出願日】平成21年10月13日(2009.10.13)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)