説明

熱可塑性樹脂水性分散液及びこれを用いた耐水性皮膜

【課題】高分子乳化剤を用いた熱可塑性樹脂水性分散液から得られる皮膜のヒートシール性を保持し、かつ、耐水性を向上させることを目的とする。
【解決手段】熱可塑性樹脂を、高分子乳化剤を用いて水系媒体に分散させた水性分散液中に、過酸化物を含有させた熱可塑性樹脂水性分散液を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、熱可塑性樹脂水性分散液、及びこれを用いた耐水性皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
金属、プラスチック、紙、木質材料、無機材料等への接着性を向上させるためのプライマー又はヒートシール剤として、熱可塑性樹脂の水性分散液が知られている。しかし、この熱可塑性樹脂の水性分散液は、使用される乳化剤が親水性を有するため、耐水性が不十分で、ふくれや白化が生じる場合がある。このため、用途が限られる場合があった。
【0003】
これらに対し、特許文献1〜3等には、アクリル系共重合体、ポリアルキレングリコールメタクリレート等を高分子乳化剤等の分散剤として使用することが記載され、また特許文献4には、軟化温度が50℃以上のエポキシ樹脂を使用することが記載されている。これらの方法により、熱可塑性樹脂分散液にかかる上記問題点を解決し、包装材料分野、建築材料分野への使用が可能である旨が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平1−59294号公報
【特許文献2】特公平1−59298号公報
【特許文献3】特許第2705801号公報
【特許文献4】特開2002−3657号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の高分子乳化剤を用いて得られた水性分散液を乾燥した皮膜中には、この高分子乳化剤が残存することとなる。この高分子乳化剤は、親水性基を有するため、高分子乳化剤のポリマー鎖が、水の浸透通路となってしまう。水が浸透すると、熱がかかった場合、水の膨張による皮膜のふくれや白化が生じやすくなる。このため、得られる皮膜は、耐水性が劣る傾向となる。
【0006】
これに対し、上記特許文献4に記載されているように、エポキシ樹脂、例えば水溶性エポキシ樹脂や液状エポキシ樹脂等の架橋剤を配合することにより、より高度な耐水性を得る方法が検討されている。しかし、エポキシ樹脂を配合した熱可塑性樹脂分散液は、経時的に増粘して使用不能となったり、加熱乾燥して成膜した後、保管中に架橋が進行してヒートシール性が低下する等の欠点を有する。また、エポキシ基の一部が水と反応して、親水性の高い水酸基を多量に発生させることにより、逆に耐水性を低下させる場合がある等の問題もあった。
【0007】
そこで、この発明は、高分子乳化剤を用いた熱可塑性樹脂水性分散液から得られる皮膜のヒートシール性を保持し、かつ、耐水性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、熱可塑性樹脂を、高分子乳化剤を用いて水系媒体に分散させた水性分散液中に、過酸化物を含有させた熱可塑性樹脂水性分散液を用いることにより、上記の課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0009】
この発明によると、過酸化物を用いるので、熱可塑性樹脂水性分散液を加熱して皮膜化する際に、過酸化物が熱可塑性樹脂分散粒子間を通して、皮膜内に広がる。このとき、過酸化物は、熱可塑性樹脂内部に侵入・浸透するよりも、高分子乳化剤のポリマー鎖に沿って広がっていく方が容易であるため、高分子乳化剤のある位置に過酸化物が保持されやすい。そして、皮膜化の際の加熱により、過酸化物が分解してラジカルが発生し、周囲の熱可塑性樹脂、特にエチレンユニットの水素原子が引き抜かれ、結果として架橋が生じる。このため、高分子乳化剤のポリマー鎖に沿った部分は、架橋によって封じられ、水の浸透を抑制することとなり、結果として耐水性が向上する。
【発明を実施するための形態】
【0010】
この発明にかかる熱可塑性樹脂水性分散液は、熱可塑性樹脂が高分子乳化剤を含む乳化剤を用いて水等の水性媒体に分散された分散液に過酸化物を含有せしめてなる分散液である。
【0011】
上記の熱可塑性樹脂としては、特に限定されることなく、一般の熱可塑性樹脂を用いることが出来る。このような熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体のようなオレフィン系モノマーの単独重合体又はその共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ハイインパクトポリスチレン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン三元共重合体(ABS)、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS)、ポリエステル類、ポリアミド類、エチレン−酢酸ビニル共重合体又はその(部分)ケン化物、ポリカーボネート類等の、一般に融点が50℃以上の樹脂が挙げられる。これらの中でも、好ましくは、オレフィン系モノマーの単独重合体若しくはその共重合体、又はオレフィン系モノマー成分の含有率が50重量%以上の共重合体、又はこれらの無水マレイン酸変性重合体が好ましく用いられる。このオレフィン系モノマーとしては、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン等のα−オレフィンがあげられる。
【0012】
また、オレフィン系モノマーの共重合体を形成させる場合、使用できる共重合モノマーは、上記オレフィン系モノマーとして使用する以外のα−オレフィンや、オレフィン系モノマーとラジカル重合性を有するモノマーであればよく、カルボシキル基又はその無水物残基を含有するオレフィン系モノマーが好ましい。このようなモノマーとしては、酢酸ビニル等のビニルエステル類、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸ラウリル等の(メタ)アクリル酸及びそのアルキルエステル類、(メタ)アクリル酸2−メトキシメチル等の(メタ)アクリル酸アルコキシアルキルエステル類、マレイン酸、無水マレイン酸、イタコン酸等の重合性二塩基酸、ジメチルアミノエチルメタクリレート等のアルキルアミノ(メタ)アクリルエステル類等があげられる。
【0013】
上記熱可塑性樹脂の中でも、低温ヒートシール性の観点、及び過酸化物の熱分解で生じるラジカルによる架橋のしやすさから、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−ブテン共重合体等のエチレンを主成分とする他のα−オレフィンとの共重合体や、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−(メタ)アクリル酸共重合体、エチレン−(メタ)アクリル酸アルキルエステル共重合体、エチレン−(メタ)アクリル酸アルキルエステル−無水マレイン酸三元共重合体等のエチレンとラジカル重合性モノマーとの共重合体、又はこれらを無水マレイン酸等で変性した共重合体である、カルボン酸エステルやカルボシキル基若しくはその無水物を含有せしめたエチレン系(共)重合体を使用する熱可塑性樹脂の一部又は全部とするのが好ましい。
【0014】
上記熱可塑性樹脂は、単独又は複数を組み合わせて使用することができる。また、熱可塑性樹脂の性質を損なわない範囲で、添加剤を添加することができる。この添加剤としては、粘着付与剤、ビスアマイド、微粉状シリカ等の滑剤(耐ブロッキング剤)等があげられる。
【0015】
上記粘着付与剤としては、ロジン及びその誘導体、テルペン及びその誘導体、脂肪族系炭化水素樹脂及びその誘導体等があげられる。
【0016】
上記熱可塑性樹脂水性分散液の製造方法は、上記の熱可塑性樹脂を分散させることができれば特に限定されるものではないが、例えば、下記の方法があげられる。まず、分散対象物質をトルエン等の有機溶剤に溶解し、これと乳化剤及び水等の水系媒体を混合する。そして、ホモミキサー等の高速撹拌機で攪拌して分散対象物質の含有機溶剤分散液を製造する。次いで、有機溶剤を減圧蒸留等の操作によって脱溶剤して分散液とする方法を例示できる。また、分散対象物質を溶融した状態で撹拌しながら乳化剤の水溶液を添加混合し、次いで水等の水系媒体を添加することにより、分散対象物質を乳化剤、特に高分子乳化剤によって水系媒体中に分散させて分散液を製造する方法が挙げられる。
【0017】
上記の水等の水系媒体とは、水や、水とメタノール、エタノール等の水と相溶可能な有機溶媒との混合溶液をいう。この水と相溶可能な有機溶媒としては、上記メタノール、エタノール以外に、例えば、イソプロパノール、n−ブタノール、エチルセルソルブ、ブチルセルソルブ、メチルモノグライム、メチルジグライム、メチルトリグライム、メチルテトラグライム、エチルモノグライム、エチルジグライム、ジアセトングリコール等があげられる。この中でも、特に、環境的な側面から水を用いるのが好ましい。
【0018】
さらに、熱可塑性樹脂として、(メタ)アクリル酸、無水マレイン酸等のカルボキシル基やその無水物を含有する熱可塑性樹脂を用いる場合は、この熱可塑性樹脂の軟化点以上の温度でアミン、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物等のアルカリ性物質と水等の水系媒体中で接触させることにより分散液とする方法も挙げられる。
【0019】
上記乳化剤としては、高分子乳化剤を用いることが好ましいが、その効果を阻害しない範囲で低分子の乳化剤を併用してもよい。上記低分子乳化剤としては、アニオン系乳化剤として、オレイン酸ナトリウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキルスルホン酸ナトリウム、ジアルキルスルホコハク酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム等があげられる。なお、ナトリウム塩以外にも、対応するカリウム塩やカルシウム塩等を用いてもよい。また、ノニオン系乳化剤として、通常、重量平均分子量5000以下のポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル、ポリオキシエチレンオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸等があげられる。さらに、両イオン性乳化剤として、ラウリルベタイン、ラウリルジメチルアミンオキサイド等があげられる。
【0020】
上記高分子乳化剤としては、アニオン性を示す高分子共重合体のアルカリ中和物、カチオン性を示す高分子共重合体の酸中和物、アニオン性とカチオン性を有する両性高分子乳化剤の中和物、ノニオン性水溶性高分子等があげられる。
【0021】
上記アニオン性を示す高分子乳化剤としては、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基、酸性リン酸基などを有するものが用いられる。例えば、スルホン酸基含有単量体として、アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等が挙げられる。また、酸性リン酸エステル基含有単量体として、モノ(2−メタクリロイルオキシエチル)アシッドホスフェート等が挙げられる。
【0022】
カルボキシル基含有単量体として好ましい単量体としては、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、シトラコン酸、マレイン酸、クロトン酸、フマル酸、マレイン酸モノアルキルエステル、フマル酸モノアルキルエステル等が挙げられる。
なお、本明細書において、「(メタ)アクリル」は、「アクリルまたはメタクリル」を意味する。
【0023】
アニオン性高分子乳化剤として特に好ましいものとしては、カルボキシル基を含有する単量体、特にマレイン酸を用いた共重合体、例えばスチレン−マレイン酸共重合体及びその部分エステルや、(メタ)アクリル酸を用いた共重合体、例えば、(メタ)アクリル系共重合体等があげられる。
【0024】
上記アニオン性高分子乳化剤中のアニオン性単量体由来の構造単位の含有量は、共重合成分として5モル%以上が必要で、10モル%以上が好ましい。5モル%より少ないと、高分子乳化剤としての安定化効果が低下する。一方、含有割合の上限は80モル%がよく、70モル%が好ましい。80モル%より多いと熱可塑性樹脂水性分散液の安定化効果が低下する傾向があり、さらには、得られる熱可塑性樹脂水性分散液の耐水性が低下し、また、乾燥皮膜が硬くなるため、低温ヒートシール性が低下したり、乾燥皮膜が、白濁したりする。
【0025】
また、上記アニオン性を示す官能基を、アルカリ性物質からなる中和剤で中和してもよい。この中和剤としては、アンモニアや水酸化ナトリウム等があげられる。中和剤は、アニオン性を示す官能基に対して60モル%〜150モル%使用することが望ましい。この範囲未満であったり、この範囲を超えて多く使用すると、いずれの場合も熱可塑性樹脂水性分散液の安定性が悪くなる傾向がある。
【0026】
これらの中でも、アニオン性高分子乳化剤として、特に好ましいものとしては、熱可塑性樹脂水性分散液から得られる皮膜の耐水性の観点から、皮膜に残存しにくい蒸気圧の高い中和剤、例えば、アンモニアを用いて中和した(メタ)アクリル酸アルキルエステル共重合体があげられる。なお、これらのアニオン性高分子乳化剤は、2種類以上を併用しても構わない。
【0027】
次に、上記カチオン性を示す高分子乳化剤としては、ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート−アルキル(メタ)アクリレート共重合体、ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド−(メタ)アクリル酸アルキルエステル共重合体等があげられる。特に(メタ)アクリル酸アルキルアミノアルキルのアルキルアミノ基で置換されるアルキル基の炭素数は1〜6の範囲にあることがよい。そして、このような(メタ)アクリル酸アルキルアミノアルキルの例としては、(メタ)アクリル酸N,N―ジメチルアミノエチル、(メタ)アクリル酸N,N−ジエチルアミノエチル等があげられる。
【0028】
これらの中でも、熱可塑性樹脂分散液から得られる皮膜の耐水性の観点から、皮膜に残存しにくい蒸気圧の高い中和剤、例えば、蟻酸、酢酸を用いて中和した(メタ)アクリル酸アルキルエステル共重合体が、カチオン性高分子乳化剤としてより好ましい。中和剤は、カチオン性を示す官能基に対して60モル%〜150モル%使用することが望ましい。この範囲未満であったり、この範囲を超えて多く使用すると、いずれの場合も熱可塑性樹脂水性分散液の安定性が悪くなる傾向がある。
【0029】
上記カチオン性高分子乳化剤中のカチオン性単量体由来の構造単位の含有量は、共重合性成分として1モル%以上が必要で、2モル%以上が好ましい。1モル%よりも少ないと分散安定性が低下する傾向がある。一方、含有割合の上限は85モル%がよく、80モル%が好ましい。85モル%より多いと、分散安定化効果が低下することがある。
【0030】
次に、上記両性高分子乳化剤は、(メタ)アクリル酸を主成分とするアニオン性単量体と(メタ)アクリル酸アルキルアミノアルキルを主成分とするカチオン性単量体とを含有する単量体混合物を共重合して得られる両性の高分子乳化剤である。両性系にすることで、アニオン性の高分子乳化剤としての硬さを抑えることができる。
【0031】
上記のアニオン性単量体とカチオン性単量体の合計モル比率は全単量体の25〜50モル%が好ましい。
【0032】
アニオン性単量体とカチオン性単量体とのモル比率が50/50にならない場合は、得られる高分子乳化剤は、より多い方の単量体に由来する液性を示す。
【0033】
両性高分子乳化剤においても、アニオン性を示す官能基をアンモニアや水酸化ナトリウム等のアルカリ性物質からなる中和剤で、またカチオン性を示す官能基を、蟻酸や酢酸等の酸性物質からなる中和剤で、それぞれ中和してもよい。いずれの場合も中和剤の使用量は、アニオン性又はカチオン性を示す官能基に対して60モル%〜150モル%使用することが望ましい。この範囲未満であったり、この範囲を超過したりすると、いずれの場合も熱可塑性樹脂水性分散液の安定性が悪くなる傾向がある。
なお、これらの両性高分子乳化剤は、2種類以上を併用しても構わない。
【0034】
上記ノニオン性水溶性高分子としては、部分ケン化ポリビニルアルコール、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドのブロック共重合体、ヒドロキシエチルセルロース等があげられる。特に、式(1)で示される反応性乳化剤が好ましい。
−(C2nO)m−R・・・・・(1)
なお、式中、Rは下記の2種類の基(a)及び(b)から選ばれる基を示し、Rは、Hまたは炭素数1〜4のアルキル基を示し、nは1〜3の整数を示し、mは4〜25の整数を示す。
(a)(メタ)アクリロイルオキシ基
(CH=CH−COO− または CH=C(CH)−COO−)
(b)(メタ)アクリロイルオキシエトキシ基
(CH=CH−COO−CH−CH−O− 又は CH=C(CH)−COO−CH−CH−O−)
【0035】
上記の式(1)に示されるようなノニオン系反応性乳化剤の具体例としては、メトキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレート、エトキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレート、プロポキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレート、n−ブトキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレート、n−ペンタキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレートテトラプロピレングリコール(メタ)アクリレート、メトキシテトラプロピレングリコール(メタ)アクリレートエトキシテトラプロピレングリコール(メタ)アクリレート、プロポキシテトラプロピレングリコール(メタ)アクリレート、n−ブトキシテトラプロピレングリコール(メタ)アクリレート、n−ペンタテトラプロピレングリコール(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、エトキシポリエチレングルコール(メタ)アクリレート等があげられる。これらのなかでもエチレングリコール基の繰り返し単位数が2〜25のポリエチレングリコール鎖を有するものが更に好ましい。繰り返し単位数が2より小さいと分散安定性が低下する。25よりも大きい場合は通常の温度において、親水基が固形化するため、十分な分散安定化効果が得られない場合がある。これらのノニオン性反応性乳化剤は、2種類以上を併用しても構わない。
【0036】
上記ノニオン性高分子乳化剤中のノニオン性単量体由来の構造単位の含有量は、共重合成分として5モル%以上が必要で、10モル%以上が好ましい。5モル%より少ないと、高分子乳化剤としての安定化効果が低下する。一方、含有割合の上限は100モル%がよい。
【0037】
上記の高分子乳化剤を構成する共重合体は、各成分をそれぞれ秤量し、次に、重合器に各成分を個別に添加して重合するか、または各単量体をあらかじめ混合した上で重合器に添加して重合する。これにより、共重合体を製造することが出来る。この共重合反応は、重合開始剤の存在下に0〜180℃、好ましくは40〜120℃で0.5〜20時間の条件で行われる。この共重合はエタノール、イソプロパノール、セロソルブなどの親水性溶媒や水の存在下で行うのが好ましい。
【0038】
上記高分子乳化剤の使用量は、得られる分散液の安定性、及び得られる皮膜の耐水性の面で、熱可塑性樹脂100重量部に対して2〜40重量部が好ましい。さらに好ましくは2〜20重量部である。2重量部未満であると熱可塑性樹脂水性分散液の安定性が低下するおそれがある。40重量部を超えると得られる皮膜の耐水性が低下すると同時にヒートシール性も低下するおそれがある。
【0039】
上記高分子乳化剤の重量平均分子量は5,000〜1,000,000の範囲が好ましい。5,000未満であると、熱可塑性樹脂水性分散液の安定性が低下して分散が出来なくなる傾向がある。一方、1,000,000より大きくなると高分子乳化剤が水中に溶解しにくくなり、熱可塑性樹脂水性分散液の安定性が悪くなる傾向がある。より好ましい高分子乳化剤の重量平均分子量は8,000〜100,000、さらに好ましい重量平均分子量は10,000〜60,000である。
【0040】
ところで、上記の熱可塑性樹脂水性分散液には、水中に多数の熱可塑性樹脂からなる分散粒子が存在し、上記高分子乳化剤のほとんどは、この分散粒子の表面に存在する。この熱可塑性樹脂水性分散液を加熱していくと、水分が揮散すると共に、上記の分散粒子が相互に融着して溶融し、皮膜化する。このとき、上記高分子乳化剤のポリマー鎖は、親水性を有するため、水が存在すると、水を取り込む傾向がある。そして、高分子乳化剤のポリマー鎖を介して、皮膜内部まで水が浸透することとなる。このとき、皮膜に熱がかかると、水が膨張するに伴い、皮膜にフクレが生じたり、白化が生じたりすることがある。
【0041】
これに対して、本願発明においては、上記熱可塑性樹脂水性分散液に、過酸化物を含有させる。この過酸化物は、上記熱可塑性樹脂水性分散液を加熱して皮膜を形成させる際、熱可塑性樹脂内に浸透するよりも、高分子乳化剤のポリマー鎖に沿って移動する方が、易動度が高いため、過酸化物は、高分子乳化剤と併存する傾向がある。そして、この過酸化物は、加熱により徐々に分解し、ラジカルを発生させる。このラジカルは、熱可塑性樹脂の架橋を誘導するので、高分子乳化剤が存在する部分の熱可塑性樹脂は架橋され、水の浸透を妨げることとなり、結果として耐水性が向上することとなる。
【0042】
上記過酸化物としては、ジアルキルパーオキサイド、ジアシルパーオキサイド、アルキルパーオキシエステル、パーオキシジカーボネート、パーオキシカーボネート、パーオキシケタール、ハイドロパーオキサイド、ケトンパーオキサイド等が挙げられ、10時間半減期温度が40〜155℃のものが好ましく、より好ましくは、70〜135℃である。10時間半減期温度が40℃未満では、室温付近で分解が開始するため、安定性に劣り、一方、155℃を超えると、高温加熱が必要となり、基材の種類が限定されたり、加熱温度によっては、反応に長時間を要することがある。
【0043】
上記熱可塑性樹脂に対する上記過酸化物の配合割合は、熱可塑性樹脂100重量部に対し、過酸化物0.5〜10重量部がよく、0.8〜8重量部が好ましい。0.5重量部未満であると、架橋が不十分となりやすく、一方、10重量部を超えて配合すると、熱可塑性樹脂自体を分解して低分子量化するために、耐水性が悪化したり、逆に過度に架橋が進行して、柔軟性を失ったりするため、ヒートシール性が悪化することがある。
【0044】
この発明にかかる熱可塑性樹脂水性分散液は、加熱することにより、乾燥皮膜を得ることが出来る。この乾燥条件としては、使用する過酸化物の10時間半減期温度以上に加熱することが好ましく、分解温度より10℃以上高い方が更に好ましい。分解温度以下であると、過酸化物の分解が十分に生じず、熱可塑性樹脂の架橋が不十分となり、耐水性が低下する。
【0045】
このようにして、この熱可塑性樹脂分散液を加熱乾燥することにより、耐水性皮膜を得ることができる。この耐水性皮膜は、高分子乳化剤を含有するが、上記の通り、皮膜形成時に、高分子乳化剤の存在部位近傍に集まった過酸化物により、近傍の熱可塑性樹脂が架橋し、親水性の高分子乳化剤の付近に水系媒体が浸透するのを防止でき、白化、フクレなどを生じるのを防止できる。
【0046】
この発明により得られる樹脂分散液には、上記の熱可塑性樹脂及び過酸化物以外に、必要に応じて、消泡剤、濡れ剤、増粘剤、防腐剤、殺菌剤等をヒートシール性、保存安定性、耐水性、耐熱性、配合液粘度の安定性等に影響を与えない範囲内で添加することができる。
【0047】
この発明により得られる樹脂分散液は、金属、プラスチック、紙、織布、不織布等の繊維材料、木質材料、無機材料等の基材に塗布又は含浸させて、乾燥することにより、乾燥皮膜となる。この乾燥皮膜は、耐水性、耐熱性、ヒートシール性等が良好であり、プライマーやヒートシール剤として有用に使用することができる。
【0048】
そして、上記の乾燥皮膜は、上記各種の基材との接着性が良好であると共に、耐水性を有する。このため、この乾燥皮膜を介して基材同士を接合した後に、温水などに浸漬させて、放置させておくと白化、フクレなどを生じることなく、ヒートシール強度を保持することができる。
【実施例】
【0049】
以下、この発明を、実施例を用いてより具体的に示す。なお、この発明はその要旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
〔測定方法〕
<中和度>
アニオン性高分子乳化剤と両性高分子乳化剤は、中和に使用したアルカリ性成分(アンモニア)のモル数を、重合体中の酸性単量体成分(例えばアクリル酸、メタクリル酸等)の合計モル数で除して、百分率(%)で示す。また、カチオン性高分子乳化剤は、中和に使用した酸性成分(酢酸)のモル数を、重合体中のアルカリ性単量体成分(例えばN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート等)の合計モル数で除して、百分率(%)で示す。
【0051】
<固形分>
水性分散液約1gを精秤し熱風循環乾燥機にて105℃×3時間乾燥させた後、デシケーターの中で放冷しその重量を測定した。そして、下記の式に従い、固形分を算出した。
固形分(重量%)=(乾燥後の試料の重量/乾燥前の試料の重量)×100
【0052】
<重量平均分子量>
高分子乳化剤の重量平均分子量は、以下の手順に従ってゲルパーミエイションクロマトグラフィー(GPC)法によって測定した。
なお、カルボキシル基含有モノマーを用いて得られる重合体(EM2、EM3)は、下記のカルボキシル基をエステル化する前処理を行った上で測定試料とした。
1)サンプル調整
サンプルを室温で24時間乾燥した後、常温にて5時間減圧乾燥した(真空乾燥機LHV−122(タバイエスペック(株)製)使用)。
得られた重合体サンプルをテトラヒドロフラン(THF)に溶解して0.2重量%溶液として、これを測定試料とした。
2)エステル化処理
カルボキシル基含有モノマーを用いて製造したEM2及びEM3については、上記の減圧乾燥後の重合体サンプルから測定試料(THF溶液)を調製するのに先立って、クロロホルム/メタノール混合液中で、エステル化剤(トリメチルシリルジアゾメタンヘキサン溶液)を加えて、溶解するまで室温で撹拌を行った(48〜72時間)。続いて室温で乾燥させた後、上記同様、0.2重量%のTHF溶液を調製して測定試料とした。
3)GPC測定
上記のようにして調製した測定試料を、島津製作所(株)製:GPC−6Aを使用し、下記の条件で測定した。
・流速:1ml/min
・展開溶媒:THF(テトラヒドロフラン)
・カラム:PLゲル10μmミックスB(ポリマー・ラボラトリー社製)
・標準試料:単分散PS(ポリマー・ラボラトリー社製)
・リファレンス:Sumilizer BHT(住友化学(株)製、分子量:220)
・検出器:RI、UV
【0053】
<粘度>
水性分散液約400gを500mlのポリエチレン製瓶に入れて、蓋をした後、25℃の恒温槽に3時間放置して、温度が25℃になったところで、B型粘度計(TOKI SANGYO Co.製、TV−10M型)で粘度を測定した。
【0054】
<平均粒子径>
レーザー回折型粒度分布測定装置(島津社製:SALD−2100)を用いて体積平均
粒子径を測定した。
【0055】
<外観評価>
耐水性試験を行った後の接着強度測定用サンプルを剥離試験に掛ける前に外観評価を行った。
◎:サンプル全面に変化がなかった。
○:サンプルに白濁部分があった。
△:サンプルに白濁・フクレ部分があった。
×:サンプル全面に白濁・フクレがあった。
【0056】
<耐水接着強度試験>
(サンプルの調製)
(実施例1〜6、比較例1〜4におけるサンプル調製)
下記の熱可塑性樹脂水性分散液作成例に示す手順にしたがって得られた熱可塑性樹脂分散液に表3に示す過酸化物を添加・分散させた。それぞれのサンプルをPET樹脂製フィルム(東レ(株)製:ルミラー、ポリエチレンテレフタレート製、厚さ25μm、コロナ表面処理)のコロナ表面処理面に4g/m-Dryとなるように塗布し、80℃、1分間の条件下で乾燥した。そして、同様に調製したもう1枚の基材と、塗布面同士が重なるようにして載せた。その後、ヒートシールテスター(130℃×10分、圧力0.1MPa)を用いてヒートシールした。
ヒートシール後のサンプルを室温まで放冷した後、カッターナイフを用いて15mm巾に切り出してサンプルとした。
【0057】
(実施例7におけるサンプル調製)
上記の手順において、「PET樹脂製フィルム(東レ(株)製:ルミラー、ポリエチレンテレフタレート製、厚さ25μm、コロナ表面処理)」を「アルミ箔(日本製箔(株)製、厚さ30μm)」に、また、ヒートシールテスターの条件を、「200℃×10分、圧力0.1MPa」に変更した以外は、上記と同様にしてサンプルを作製した。
【0058】
(耐水接着強度)
上記サンプルを85℃の温水に浸漬し、0時間(温水浸漬直前)、24時間、148時間後の各サンプルを取り出し、付着水を清浄な布で拭き取った後、所定の剥離条件(200mm/min、剥離角180°)で剥離試験を実施して耐水試験後の接着強度を測定した。
【0059】
(保持率)
各浸漬時間における接着強度(耐水試験の接着強度)と、初期(スタート直後)の接着強度との比の値を百分率(%)で示したものを保持率として算出し、接着強度が温水浸漬に対してどの程度維持できるかの尺度とした。
保持率(%)=(耐水試験後の接着強度)/(スタート直後の接着強度)×100
【0060】
〔高分子乳化剤製造例〕
(製造例1〜4)
冷却器、窒素導入管、攪拌機及びモノマー滴下ロート及び加熱用のジャケットを装備した150L反応器に攪拌下、表1に記した各成分を表1に記した量仕込み、窒素置換後、内部温度を80℃まで上昇させた。更に、表1に記載の量の重合開始剤(2,2′−アゾビスイソブチロニトリル)を添加して、重合を開始した。温度を80℃に保って4時間重合を継続させた。次いで、得られた共重合体を表1に記載の量の中和剤で中和した後、イソプロパノール(IPA)を留去しながら水を添加して置換し、粘稠なアクリル系共重合体からなるカチオン性高分子乳化剤(製造例1)、アニオン性高分子乳化剤(製造例2)又は、両性系高分子乳化剤(製造例3)の中和物の水溶液(以下、「EM1」(製造例1)、「EM2」(製造例2)、「EM3」(製造例3)と称する。)を得た(収率はいずれも97%)。なお、ノニオン性高分子乳化剤は、中和が必要ないので、IPAを留去しながら水を添加して置換し、粘稠なノニオン性高分子乳化剤(以下、「EM4」(製造例4と称する。)を得た(収率は97%)。
【0061】
【表1】

【0062】
[成分を構成する各単量体]
((メタ)アクリル酸)
・アクリル酸…三菱化学(株)製、以下「AA」と略する。
・メタクリル酸…三菱レイヨン(株)製、以下「MAA」と略する。
【0063】
((メタ)アクリル酸アルキルアミノアルキル)
・N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート…三洋化成工業(株)製、メタクリレートDMA、以下「DMA」と略する。
【0064】
(他の共重合単量体)
・メチルメタクリレート…三菱レイヨン(株)製、以下「MMA」と略する。
・ラウリルメタクリレート…三菱レイヨン(株)製、以下「SLMA」と略する。
・ブチルメタクリレート…三菱レイヨン(株)製、以下、「BMA」と略する。
・メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート ポリエチレングリコール繰り返し単位数9・・・日本油脂(株)製、以下「PME」と略する。
【0065】
[過酸化物]
・t−ブチルパーオキシ2−エチルヘキシルカーボネート…アルケマ吉富(株)製:ルペロックスTBEC(10時間半減期温度:100℃)、以下「ルペロックスTBEC」と称する。
・t−ブチルハイドロパーオキサイド…アルケマ吉富(株)製:ルペロックスTBH(10時間半減期温度:172℃)、以下「ルペロックスTBH」と称する。
・2,5−ジメチル−2,5−ジ(t−ブチルパーオキシ)ヘキサン…アルケマ吉富(株)製:ルペロックス101(10時間半減期温度:120℃)、以下、「ルペロックス101」と称する。
【0066】
[その他]
・イソプロパノール…(株)トクヤマ製:トクソーIPA(登録商標)、以下「IPA」と略する。
【0067】
〔熱可塑性樹脂水性分散液作成例1〜4〕
エチレン−酢酸ビニル共重合体(三井デュポン社製;商品名 エバフレックス220、酢酸ビニル含有量28重量%)70重量部、エチレン−メタクリル酸共重合体(三井デュポン社製;商品名 ニュクレル N1050H、メタクリル酸含有量10重量%)30重量部を混合して、二軸押出機(池貝鉄鋼社製;型式番号PCM45 L/D=30、注入口 2箇所)のホッパーから、100重量部/時間の割合で押出機内に連続的に供給した。次いで、第1の注入口から、表1に示す高分子乳化剤水溶液を固形分換算で10重量部/時間、第2の注入口から水84重量部/時間を連続的に供給し、100℃の温度で押し出して乳白色の熱可塑性樹脂水性分散液を得た。表2に示す固形分濃度になるように、得られた水性分散液に温水を添加して調整した。その結果を表2に示す。
各イオン性高分子乳化剤で製造された熱可塑性樹脂水性分散液(以下、カチオン系「EM1-1」、アニオン系「EM2-1」、両性系「EM3-1」、ノニオン系「EM4-1」)と称する。)
【0068】
【表2】

【0069】
〔実施例1〜7、比較例1〜4〕
500mlのガラス製ビーカーに表2に示す熱可塑性樹脂水性分散液を投入した。25mmのディスパーサー型攪拌翼(1500rpm)で撹拌しながら、熱可塑性樹脂分散液の固形分100重量部に対して、表3に示す量の過酸化物を過酸化物/イソプロパノール/水=1/4.5/4.5の分散液(溶液)として添加し、引き続き5分間攪拌して評価用サンプルとした。
評価用サンプルは、耐水接着強度試験を実施した。結果を表3に示す。
【0070】
【表3】

【0071】
[結果の評価]
実施例1〜4は、過酸化物を使用しない対応する比較例と比べ、いずれも接着強度及び耐水接着強度が良好である。これは分散液中に含まれる過酸化物がヒートシール時にラジカルを発生して架橋が進み、接着層の凝集力が高くなって接着力と耐水接着力が向上したものと考えられる。
また、実施例5〜7は、過酸化物として、10時間半減期温度が異なるものを用いた例である。これらは、いずれも、使用上問題ない強度を示している。なお、実施例7では、基材をアルミ箔とし、ヒートシール温度を高くしており、条件調整により、更に良好な結果が得られることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂を、高分子乳化剤を用いて水系媒体に分散させた水性分散液中に、過酸化物を含有させた熱可塑性樹脂水性分散液。
【請求項2】
上記過酸化物の含有量は、熱可塑性樹脂と高分子乳化剤の合計量100重量部に対して、0.5重量部以上10重量部以下である請求項1に記載の熱可塑性樹脂水性分散液。
【請求項3】
上記過酸化物の10時間半減期温度が40℃以上155℃以下である請求項1又は2に記載の熱可塑性樹脂水性分散液。
【請求項4】
上記熱可塑性樹脂は、オレフィン系モノマーの単独重合体又はその共重合体、オレフィン系モノマー成分の含有率が50重量%以上の共重合体、及びこれらの無水マレイン酸変性重合体から選ばれる少なくとも1種である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂水性分散液。
【請求項5】
上記高分子乳化剤は、重量平均分子量が5,000以上1,000,000以下の高分子乳化剤である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂水性分散液。
【請求項6】
上記過酸化物が熱可塑性樹脂水性分散液の連続相に存在する請求項1乃至5のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂水性分散液。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂水性分散液を加熱乾燥することにより得られる耐水性皮膜。

【公開番号】特開2012−188493(P2012−188493A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−51520(P2011−51520)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000211020)中央理化工業株式会社 (65)
【Fターム(参考)】