説明

熱感知素子の製造方法

【課題】圧電効果の影響を受けにくい熱感知素子を製造するための方法を提供すること。
【解決手段】監視領域内の温度を誘電性物質の誘電率に基づいて測定する熱感知素子の製造方法であって、誘電性物質を、当該誘電性物質のキュリー点温度以上に加温する加温ステップS101と、誘電性物質をキュリー点温度を下回る温度に冷却する冷却ステップS102とを含む。この方法の適用によって、誘電性物質は異なる方向を向いた自発分極を有する複数の分域を備えるため、圧電効果が打ち消しあい、圧電効果による誘電率の変化を抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、監視領域内の温度を強誘電性物質の誘電率に基づいて測定する熱感知器に用いる熱感知素子の製造方法に関し、特に、強誘電性物質が有する圧電効果の影響を受けにくい熱感知素子を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、監視領域における火災発生等を監視するための熱感知器が提案されている。例えば、ダイヤフラム又はバイメタルを用いた熱感知器が提案されている。
【0003】
このダイヤフラム利用型の熱感知器では、火災による温度上昇に伴ってチャンバ内の空気が急激に膨張すると、ダイヤフラムが変形する。従って、このダイヤフラムの変形の有無を検出することで、温度上昇率が所定値以上になったことを検知し、監視領域において火災が発生したものと判断して警報信号を出力する。
【0004】
また、バイメタル利用型の熱感知器は、温度に応じて所定方向に変形するバイメタルの特性を利用したもので、所定温度以上になった場合にバイメタルの変形量が大きくなって電気的接点を閉じることで、監視領域において火災が発生したものと判断して警報信号を出力する(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、ダイヤフラム利用型の熱感知器においては、所定以上の温度上昇率を正確に検出するために、ある程度の膨張スペースを持ったチャンバが必要になる。また、バイメタル利用型の熱感知器においては、バイメタルの変形スペースを確保することが必要になる。従って、これら従来の熱感知器は、小型化が困難であった。
【0006】
一方、近年では、強誘電性のセラミック素子等の圧電効果に着目し、このセラミック素子等をブザーやスピーカ等に応用して、圧電ブザーや圧電スピーカが構成されている。このような用途向けのセラミック素子は、板状や薄膜状に成型されているため、これを熱感知に応用できれば、熱感知器を薄型化することができる。また、圧電材料を用いて温度測定を行うことも提案されており(例えば、特許文献2参照)、このような技術を利用することにより、セラミック素子を用いることによって小型の熱感知器を構成できる可能性がある。
【0007】
ところで、上述したセラミック素子は、多数の微細な単結晶(結晶粒)がランダムに組み合わさって多結晶体として構成されている。各結晶粒は、電圧が印加されていない状態で分極されており(自発分極)、この自発分極の向きが異なる複数の微小領域(分域)に分かれている。ここで、このような強誘電性物質に、所定の大きさ以上の電圧を印加する処理(ポーリング処理)を行うと、電界ベクトルと反対の向きの分極を有する分域が消滅し、代わって同じ向きの分極を有する分域が発生する。この結果、その強誘電性物質に存在する複数の分域を統合し、異なる方向を向いている自発分極を配向することができる。このようにポーリング処理を行うと、強誘電性のセラミック素子が有する性質のうち、自発分極の向きに依存する性質、例えば圧電効果が顕著に現れるようになる。この強誘電性物質における圧電効果とは、所定の方向に力が加えられると自発分極の大きさが変化し、結晶の表面に正負の電荷が生じる性質である。
【0008】
また、上述した強誘電性物質は、一般的に、物質固有のキュリー点温度以上に加熱すると自発分極及び分域を失い、常誘電性物質に相転移する。この常誘電性物質とは、自発分極及び分域を有さない誘電性物質であり、この点において強誘電性物質と異なる。この加熱されて相転移した常誘電性物質を、キュリー点温度を下回る温度にまで冷却すると、再び相転移し、強誘電体物質に戻る。そして、この強誘電体物質には、相転移と同時に、自発分極の向きが異なる分域が再びランダムに発生する。
【0009】
【特許文献1】実開平6−30891号公報
【特許文献2】特開平5−296854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ここで、圧電セラミックをブザーやスピーカに好適に利用できるように、上述のポーリング処理を施して圧電効果を高めることが一般的である。しかしながら、このようなポーリング処理によって、強誘電性のセラミック素子の圧電効果が顕著になると、周辺部材の膨張等によってこの強誘電性のセラミック素子を圧迫した場合、圧電効果によってこの強誘電性のセラミック素子の誘電率が変わる可能性があった。従って、このように圧電効果が高い強誘電性のセラミック素子を熱感知器にそのまま適用することは好ましくない場合があった。
【0011】
また、ポーリング処理によって強誘電性のセラミック素子の自発分極を強制的に配向する場合、セラミック素子に複雑な残留応力場が生じると考えられ、誘電率が経年変化してしまう可能性がある。このことは、長期使用時における熱感知器の信頼性を低下させる可能性があり、好ましくなかった。
【0012】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、ポーリング処理によって圧電効果が高められた強誘電性のセラミック素子を元に、圧電効果の影響を受けにくい、熱感知器に好適な熱感知素子を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、請求項1に記載の熱感知素子の製造方法は、監視領域内の温度を誘電性物質の誘電率に基づいて測定する熱感知素子の製造方法であって、前記誘電性物質を、当該誘電性物質のキュリー点温度以上に加温する加温ステップと、前記誘電性物質を前記キュリー点温度を下回る温度に冷却する冷却ステップとを含むことを特徴とする。
【0014】
また請求項2に記載の熱感知素子の製造方法は、請求項1に記載の熱感知素子の製造方法において、前記加温ステップにおいて、前記誘電性物質を前記キュリー点温度以上にて所定時間保持することを特徴とする。
【0015】
請求項3に記載の熱感知素子の製造方法によれば、請求項2に記載の熱感知素子の製造方法において、前記誘電性物質は、ペロブスカイト型構造をもつ圧電性セラミックであることを特徴とする。
【0016】
請求項4に記載の熱感知素子の製造方法によれば、請求項1から3のいずれか一項に記載の熱感知素子の製造方法において、前記誘電性物質に所定の不純物を所定の添加率だけ添加することにより、前記キュリー点温度を低温化することを特徴とする。
【0017】
請求項5に記載の熱感知素子の製造方法によれば、請求項1から4のいずれか一項に記載の熱感知素子の製造方法において、前記誘電性物質のキュリー点温度を、約60度から170度の範囲としたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る熱感知素子の製造方法によれば、加温ステップにおいて、ポーリング処理された高い圧電効果を有する強誘電性のセラミック素子が、当該セラミック素子が備える強誘電性物質のキュリー点温度以上まで徐々に加熱されて、自発分極及び分域を有さない常誘電性物質に相転移する。さらに冷却ステップにおいて、セラミック素子が、キュリー点温度を下回る温度に冷却されると、異なる方向を向いた自発分極を有する複数の分域を備えた強誘電性物質に再び相転移する。このため、周辺部材の膨張等によってこのセラミック素子が圧迫された場合であっても、この異なる方向を向いた自発分極を有する複数の分域を備えた強誘電性物質においては、圧電効果が打ち消しあうため、この圧電効果によるノイズを抑えることができる。一方で、誘電率の温度特性の傾きはほとんど影響を受けないため、圧電効果に起因するノイズだけを低減でき、温度検出素子として好適な特性を得ることができる。また、強誘電性物質のエネルギー状態が安定するように、ランダムに分域が再形成されるため、セラミック素子に複雑な残留応力場が存在せず、誘電率の経年変化を防止できる。
【0019】
また本発明に係る熱感知素子の製造方法によれば、誘電性物質をキュリー点温度以上にて所定時間保持するため、ポーリング処理の際に生じた歪等が取り除かれる。そのため、冷却ステップにおいて、常誘電性物質が強誘電物質に再び相転移する際、それら歪に影響されることなく、ランダムな分域が形成される。
【0020】
また本発明に係る熱感知素子の製造方法によれば、キュリー点温度を低温化したので、常誘電性物質の加温時間を短縮でき、熱感知素子の製造時間を短縮化できる。
【0021】
また本発明に係る熱感知素子の製造方法によれば、キュリー点温度を約60度から170度の範囲とすることで、強誘電性物質の温度特性を熱感知のための最適な特性にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に添付図面を参照して、この発明に係る熱感知素子の製造方法の各実施例を詳細に説明する。まず、〔I〕本発明の基本的概念を説明した後、〔II〕本発明の実施の形態について説明し、〔III〕最後に、本発明の実施の形態に対する変形例について説明する。
【0023】
〔I〕本発明の基本的概念
まず、本発明の基本的概念について説明する。本発明は、監視領域の温度を監視するための感熱器を製造する方法に関する。ここで、熱感知器の具体的な監視領域や監視目的は任意であるが、以下の実施例では、一般家屋やオフィスビルの室内に設置されて火災発生の有無を監視する熱感知器について説明する。ただし、本発明は、監視領域の温度を測定する温度センサの如き熱検出器にも同様に適用できるものである。
【0024】
次に、上述した熱感知器の一例を説明する。図1は、熱感知器10の構成を示す機能ブロック図である。熱感知器10は、セラミック素子1、温度算定部2、記憶部3、及び、制御部4を備える。このように構成された熱感知器10において、火災検出は以下のように行われる。すなわち、監視領域の温度に応じて変化したセラミック素子1の温度が、このセラミック素子1の誘電率に基づいて、温度算定部2にて算定される。制御部4は、このセラミック素子1温度と、記憶部3に予め記憶された閾値とを比較し、セラミック素子1の温度が閾値を上回る場合、監視領域で火災があったと判定し、発報出力を指示する。以下、この熱感知器10の構成及び処理のうち、特に温度算定に関する部分について、説明する。
【0025】
まず、温度算定部2の要部の具体的構成を説明する。温度算定部2は、セラミック素子1の誘電率に基づいて、監視領域の温度を算定する温度算定手段である。図2は、温度算定部2の要部の回路図である。この図2に示すように、温度算定部2の要部を構成する電気回路は、複数のトランジスタTR1〜TR3、抵抗R1〜R5、及び、コンパレータIC1を図示のように接続して構成されている。
【0026】
次に、この温度算定部2による温度算定について説明する。TR3のベース端子に放電トリガが与えられると、セラミック素子1は放電する。放電後、図示しない入力部から入力を受けると、定電流がセラミック素子1に供給され、このセラミック素子1が充電される。この充電の過程において、セラミック素子1の充電量が所定値を超えた場合、コンパレータIC1の出力がHighになる。従って、セラミック素子1の放電後であって入力部からの入力があった時点から、コンパレータIC1の出力がHighになった時点までの経過時間を測定することによって、セラミック素子1が所定値を超える程度に充電された時間を測定できる。このセラミック素子1の充電時間は、セラミック素子1の誘電率にほぼ一意的に対応しており、さらにこの誘電率はセラミック素子1の温度にほぼ一意に対応しているため、セラミック素子1の充電時間に基づいてセラミック素子1の温度、すなわち監視領域の温度を測定できる。
【0027】
図3は、セラミック素子1の温度変化と充電時間との関係を示す図である。この図3に示すように、入力部から矩形波を入力した場合において、セラミック素子1の温度が上昇すると、充電波形における充電初期の立ち上がりが徐々に鈍くなり、これに伴って充電波形が閾値を超えるまでの時間(充電時間)が長くなる。従って、この充電時間に基づいて温度を決定できる。ここで、図1の記憶部3には、充電時間と温度との関係を特定するテーブルが記憶されており、温度算定部2は、このテーブルを参照し、充電時間に対応する温度を決定できる。なお、充電時間と温度との関係の具体的数値は実験等によって容易に求めることができるので、ここでは省略する。
【0028】
上述したセラミック素子1を構成する強誘電性のセラミックは、少なくともこの熱感知器10の温度測定範囲において、強誘電性を示す強誘電性物質である。この強誘電性物質は、多数の結晶粒がランダムに組み合わさって構成された多結晶体であり、さらに、各結晶粒は自発分極の向きが異なる複数の分域を備えている。
【0029】
しかしながら、微結晶毎及び分域毎に異なる方向を向いている自発分極を配向するためのポーリング処理が行われた場合、上述した強誘電性のセラミック素子1は、自発分極の向きに依存する圧電効果を顕著に示すようになる。このため、周辺部材が膨張等によってこの強誘電性のセラミック素子1を圧迫した場合、ポーリング処理を行っていない場合と比較して、圧電効果によってセラミック素子1に電荷の変化を生じやすくなる。以下の実施例において、このような圧電効果に起因するノイズを低減するための、熱感知器の製造方法を説明する。
【0030】
〔II〕本発明の実施の形態
次に、本発明に係る実施の形態について説明する。ただし、この実施の形態によって、本発明が限定されるものではない。
【0031】
以下、本発明の実施の形態に係る熱感知素子の製造方法について、説明する。この実施の形態は、(1)監視領域内の温度を誘電性物質の誘電率に基づいて測定する熱感知素子の製造方法であって、この誘電性物質を、当該誘電性物質のキュリー点温度以上に加温する加温ステップと、誘電性物質をキュリー点温度を下回る温度に冷却する冷却ステップとを含むこと、及び、(2)前述した加温ステップにおいて、誘電性物質をキュリー点温度以上にて所定時間保持すること、等を主たる特徴とする。
【0032】
(セラミック素子1の概要)
まず、本実施の形態に係る熱感知素子の製造方法にて製造したセラミック素子について、説明する。図4は、本実施例に係る製造方法を用いて製造された熱感知素子(特許請求範囲における「熱感知素子」に対応する)としてのセラミック素子1の概略図である。このセラミック素子1は、温度検出用素子であり、強誘電性のセラミックである強誘電性物質11(特許請求範囲における「誘電性物質」に対応する)から構成されており、その両端に電極12を備えてコンデンサとして機能する。
【0033】
この強誘電性物質11は、例えば、PZT系の強誘電性物質(特許請求範囲における「ペロブスカイト型構造をもつ圧電性セラミック」に対応する)を用いて構成され、その場合、多数の結晶粒13がランダムに組み合わさって構成された多結晶体を成す。この結晶粒13は微小な結晶であり、各結晶粒13は、自発分極15の向きが異なる複数の分域14を備える。この分域14の形や自発分極15の向きは、各結晶粒13又は強誘電性物質11のエネルギー状態が安定するように形成されている。
【0034】
電極12は、強誘電性物質11に対して電圧を印加する、電圧印加手段であり、例えば、金属板の接着又は金属の蒸着等によって強誘電性物質11の表面に形成されている。
【0035】
図5に、本実施例に係る熱感知素子の製造方法を実施する前であって、製造メーカ等によってポーリング処理が行われた状態の圧電性の高い強誘電性のセラミック素子1の概略図を示す。直流高電圧の印加によって、セラミック素子1の各結晶粒13の複数の分域14は相互に統合され、自発分極15は配向されている。さらに、多結晶体である強誘電性物質11全体としても、自発分極15は、おおむね配向されている。図6は、ポーリング処理によって自発分極15が配向されたセラミック素子1の出力電圧の時間変化である。この図6は、温度一定の条件のもと、セラミック素子1に対して圧力を印加した場合、どのようにセラミック素子1の出力電圧が変化したかを示す。これより、セラミック素子1の出力電圧は、圧電効果の発現により、圧力が印加されている間において大きく変化していることが分かる。本実施例に係る熱感知素子の製造方法は、このようにポーリング処理によって分域が統合され、自発分極15が配向されているセラミック素子1に対して行うものであって、この分域が統合され自発分極15が配向されているセラミック素子1を、ポーリング処理を行う前の状態に戻すような方法である。以下に、本実施例に係る熱感知素子の製造方法を、分域再形成処理として、説明する。
【0036】
(分域再形成処理の概要)
図7は、分域再形成処理の処理手順を説明するフローチャートである。まず、セラミック素子1を、強誘電性物質11のキュリー点温度以上まで徐々に加熱し(ステップS101)、このキュリー点温度以上にて所定時間保持する(特許請求範囲における「加温ステップ」に対応する)。例えば、セラミック素子1が備える強誘電性物質11が、PZT系の強誘電性物質11である場合、当該PZT系の強誘電性物質11のキュリー点温度は約200度であるため、強誘電性物質11を、200度以上まで徐々に加熱し、200度以上にて30分間保持する。
【0037】
この強誘電性物質11は、キュリー点温度以上に加熱されると常誘電性物質に相転移し、図5の自発分極15及び分域14を失う。図8は、キュリー点温度以上に加熱されたセラミック素子1の概略図である。この図8に示すように、常誘電性物質21(特許請求範囲における「誘電性物質」に対応する)は、自発分極15及び分域14を失っている。
【0038】
次に、図7において、上述したセラミック素子1を、上述したキュリー点温度を下回る温度まで冷却する(ステップS102。特許請求範囲における「冷却ステップ」に対応する)。セラミック素子1がキュリー点温度を下回る温度に冷却されると、常誘電性物質は強誘電性物質11に再び相転移する。この相転移の際、異なる方向を向いた自発分極15を有する複数の分域14が再びランダムに発生し、図5のような強誘電性物質11が形成される。以上が、分域再形成処理の説明である。
【0039】
次に、分域再形成処理を行う前の自発分極15が配向されている強誘電性物質11と、分域再形成処理によって再び自発分極の向きが異なる複数の分域を備えた強誘電性物質11との出力電圧を比較する。図9は、この分域再形成処理の前後のセラミック素子1の出力電圧の時間変化を示す図である。これより、圧力が印加されている間における出力電圧の変化は、分域再形成処理を行う前比して、分域再形成処理を行った後で、非常に小さくなっていることが判る。
【0040】
このように本実施の形態によれば、上述した加温ステップにおいて、ポーリング処理された強誘電性物質11を備えたセラミック素子1が、当該セラミック素子1が備える強誘電性物質11のキュリー点温度以上まで徐々に加熱されて、自発分極15及び分域14を有さない常誘電性物質21に相転移する。さらに上述した冷却ステップにおいて、セラミック素子1がキュリー点温度を下回る温度に冷却されると、異なる方向を向いた自発分極15を有する複数の分域14を備えた強誘電性物質11に再び相転移する。このため、周辺部材の膨張等によってこのセラミック素子1が圧迫された場合であっても、この異なる方向を向いた自発分極15を有する複数の分域14を備えた強誘電性物質11においては、圧電効果が打ち消しあうため、圧電効果に起因するノイズを低減できる。
【0041】
さらに、上記加温ステップにおいて、セラミック素子1を上記キュリー点温度以上にて所定時間保持することにより、ポーリング処理の際に生じた歪等が取り除かれる。そのため、冷却ステップにおいて、常誘電性物質21が強誘電物質に再び相転移する際、それら歪に影響されることなく、ランダムな分域が形成される。
【0042】
この分域再形成処理によって、各結晶粒13又は強誘電性物質11のエネルギー状態が安定するように、ランダムに分域14が再形成されている。そのため、セラミック素子1に複雑な残留応力場が存在せず、誘電率の経年変化を防止できる。
【0043】
(分域再形成処理による誘電率の温度特性の傾きへの影響)
特に、このような分域再形成処理によって、ポーリング処理の際に生じた歪等が取り除いた場合においても、分域再形成処理を行う前と略同程度の誘電率の温度特性を維持することができるので、温度検出素子としては好適な特性を得ることができる。図10は、分域再形成処理の前後における、温度と誘電率との関係を示す図である。この図10において、白丸のプロットは、分極あり(ポーリング処理が行われた後、分域再形成処理を行う前)の状態におけるセラミック素子1に関するデータ、黒丸のプロットは、分極なし(ポーリング処理が行われた後、さらに分域再形成処理を行った後)の状態におけるセラミック素子1に関するデータを示す。
【0044】
この図10に示すように、分極なしの場合の誘電率は、分極ありの場合の同一温度における誘電率に対して、総じて低くなっている。しかしながら、誘電率の温度特性の傾きは、分極の有無に関わらず略同一である。ここで、本願のセラミック素子1を用いた温度測定は、上述のように誘電率の温度特性の傾きを利用しており、誘電率の絶対値には影響されないため、分極の有無に関わらず、温度検出素子として好適な特性を得ることができることが分かる。
【0045】
(キュリー点温度の低温化)
最後に、キュリー点温度の低温化について説明する。本願では、さらに、上記分域再形成処理の加温ステップにおいて、セラミック素子1を上記キュリー点温度以上にて所定時間保持することにより、ポーリング処理の際に生じた歪等を取り除いている。このため、キュリー点温度が低いセラミック素子1を使用することにより、加温ステップにおける加温温度の低温化と加温時間の短縮化を図ることができ、分域再形成処理全体の所要時間を短縮できる。このような目的のため、セラミック素子1のキュリー点温度を低減することについて説明する。
【0046】
図11は、セラミック素子1に対する添加物とキュリー点温度との関係を示す図である。ここでは、ペロブスカイト型結晶の一つであるチタン酸鉛(PbTiO3)に不純物としてPb(Mg1/3Nb2/3)O3をドープした場合について説明する。この不純物の添加率をxとすると、この時のチタン酸鉛の構成は「(1−x)×Pb(Mg1/3Nb2/3)O3−x×PbTiO3」と表現される。ここで、図11に示すように、添加率xとキュリー点温度Tcとは比例関係にあり、添加率xを下げることにより、キュリー点温度Tcを下げることができる。
【0047】
ここで、キュリー点温度Tcが低い程、分域再形成処理全体の熱処理温度の低温化と所要時間の短縮化を図ることができるため、この所要時間のみの観点からすれば、キュリー点温度Tcが低ければ低いほど好ましいことになる。しかしながら、キュリー点温度Tcの変化に伴って、誘電率の温度特性の傾きも変化するため、この傾きを最適化するためには、キュリー点温度Tcをある一定の温度に調整することが好ましい。
【0048】
図12は、キュリー点温度Tcと比誘電率εとの関係を示す図である。この図12には、図11と同じ組成のチタン酸鉛(PbTiO3)に関し、不純物の添加率xを変えた場合の温度特性曲線a〜eが示されている。ここで、熱感知器における温度検知範囲は、一般に、約20〜60度に設定することが好ましい。一方、熱感知器における温度測定のためには、誘電率の温度特性の傾きが顕著な範囲を用いることが、高いSN比を得るために好ましい。従って、誘電率の温度特性の傾きが顕著な範囲が約20〜60度に合致するように、キュリー点温度Tcを設定することが好ましい。具体的には、図12の温度特性曲線eとして示すように、不純物の添加率x=約0.33として、キュリー点温度Tcを約170度に下げることで、約20〜60度の範囲において好適な温度特性を得ることができる。また、このように、キュリー点温度Tcを約170度以下とした場合、PZT系の強誘電性物質11のキュリー点温度約200度に比べて、キュリー点温度を約30度低減できるので、分域再形成処理全体の熱処理温度の低温化と所要時間の短縮化を図ることにも寄与する。逆に、キュリー点温度Tcが低すぎると、感知すべき温度が強誘電体のキュリー点温度Tcよりも高温状態になり、誘電体セラミックが強誘電体セラミックから常誘電体に変移して、その特性が変ってしまう。このような事態を防ぐため、キュリー点温度Tcは熱感知器における温度検知範囲以上、すなわち、60度以上にすることが必要になる。
【0049】
〔III〕実施の形態に対する変形例
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明の具体的な構成及び方法は、特許請求の範囲に記載した各発明の技術的思想の範囲内において、任意に改変及び改良することができる。以下、このような変形例について説明する。
【0050】
(熱感知器について)
熱感知器は、セラミック素子1の誘電率に応じて変化する充電時間に基づいて温度算定を行っていたが、これに限らず、誘電率に応じて変化する発信周波数に基づいて温度算定を行ってもよい。
【0051】
また、熱感知器は、誘電率に応じて変化する充電時間に基づいて温度算定を行う定温式熱感知器であったが、これに限らず、誘電率に応じて変化する充電時間の変化率に基づいて温度の上昇率を検出する差動式熱感知器であってもよい。さらに、熱感知器は、セラミック素子1の誘電率に応じて変化する充電時間又は発振周波数に基づいて温度算定を行う温度算定部2に加え、セラミック素子1の誘電率の変化率に基づいて発生する焦電電流等に基づいて温度補正を行う温度補正手段及び、温度算定部2とこの温度補正手段とを切り替える切替え手段を備えていてもよい。
【0052】
(セラミック素子について)
実施の形態では、セラミック素子1を構成する強誘電性物質11としてPZT系のセラミックについて説明したが、ZrとTiの混合比は任意である。さらに、PZT系のセラミックは、Nb、La、Ca、Sr等の添加物を含んでいてもよい。また、セラミック素子1を構成する強誘電性物質11は、上述したPZT系のセラミックやチタン酸鉛(PbTiO3)に限らず、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)やチタン酸バリウム(BaTiO3)の如き他のペロブスカイト型の結晶構造を有する強誘電性セラミックを用いてもよい。
【0053】
また、セラミック素子1を構成する強誘電性セラミックは、硬度が高いという利点を有するが、この利点が不要である場合、セラミック以外の強誘電性を示す物質を用いてセラミック素子1を構成してもよい。例えば、セラミック以外の強誘電性物質11として、ポリフッ化ビニデリン(PVDF)等の高分子強誘電性物質、あるいは硫酸グリシン等の強誘電性結晶体が挙げられるが、これらの強誘電性物質を用いてセラミック素子1を構成してもよい。このように、強誘電性セラミック以外の強誘電性物質を用いてセラミック素子1を構成した場合であっても、熱感知器は、セラミック素子1の誘電率又は誘電率の変化率に応じて温度算定を行うことができる。
【0054】
(分域再形成処理について)
実施の形態のステップS101又はステップS102において、ポーリング処理された強誘電性物質11を備えたセラミック素子1を、徐々に加熱、又は、冷却したが、セラミック素子を構成する強誘電性物質11、電極12、及び、強誘電性物質11と電極12との接着性に損傷を与えない範囲であれば、急激に加熱又は急激に冷却してもよい。さらに、キュリー点温度以上に設定した加熱炉又はキュリー点温度を下回る温度に設定した冷却槽に、セラミック素子1を挿入することにより、実施例1のステップS101又はステップS102を達成してもよい。また、ステップS102において、自然散熱によりセラミック素子1を冷却してもよい。
【0055】
また、ステップS101では、セラミック素子1を、当該セラミック素子1のキュリー点温度以上にて所定時間保持したが、このように所定時間保持したのは、ポーリング処理及び常誘電性物質21への相転移の際に生じた歪等を除去するためである。しかしながら、これらの歪を除去する必要のない場合、これらの歪を瞬時に除去可能である場合、又は、歪が殆ど存在しない場合、ステップS101の加熱ステップにおいて、セラミック素子1をキュリー点温度以上に一旦上昇させた後、所定時間保持することなく冷却ステップに移ってもよい。このように、セラミック素子1をキュリー点温度以上にて保持する時間を短縮することにより、分域再形成処理のスループットが向上する。
【0056】
さらに、セラミック素子1を構成する強誘電性物質11には、強誘電相の低温側に常誘電相を備えるものもある。その場合、セラミック素子1を、ステップS101においてキュリー点温度以下に冷却し、ステップS102においてキュリー点温度以上に加熱する処理を行ってもよい。その場合、セラミック素子1をキュリー点温度以下の温度にて所定時間保持してもよい。
【0057】
また、実施の形態では、温度を変化させることによりセラミック素子1を構成する強誘電性物質11を常誘電性物質21へ相転移させているが、これに限らず、圧力、光等のエネルギーを与えて常誘電性物質21へ相転移させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明に係る熱感知器の構成を示す機能ブロック図である。
【図2】図1の温度算定部の要部の回路図である。
【図3】セラミック素子の温度変化と充電時間との関係を示す図である。
【図4】実施の形態に係る熱感知素子の製造方法を用いて製造されたセラミック素子の概略図である。
【図5】実施の形態に係る熱感知素子の製造方法を実施する前であって、ポーリング処理が行われたセラミック素子の概略図である。
【図6】ポーリング処理によって自発分極が配向されたセラミック素子の出力電圧の時間変化である。
【図7】分域再形成処理の処理手順を説明するフローチャートである。
【図8】キュリー点温度以上に加熱されたセラミック素子の概略図である。
【図9】分域再形成処理の前後のセラミック素子の出力電圧の時間変化を示す図である。
【図10】分域再形成処理の前後における、温度と誘電率との関係を示す図である。
【図11】セラミック素子に対する添加物とキュリー点温度との関係を示す図である。
【図12】キュリー点温度と比誘電率との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
1 セラミック素子
2 温度算定部
3 記憶部
4 制御部
10 熱感知器
11 強誘電性物質
12 電極
13 結晶粒
14 分域
15 自発分極
21 常誘電性物質
IC1 コンパレータ
R1,R2,R3,R4,R5 抵抗
TR1,TR2,TR3 トランジスタ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
監視領域内の温度を誘電性物質の誘電率に基づいて測定するための熱感知素子の製造方法であって、
前記誘電性物質を、当該誘電性物質のキュリー点温度以上に加温する加温ステップと、
前記誘電性物質を前記キュリー点温度を下回る温度に冷却する冷却ステップと、
を含むことを特徴とする熱感知素子の製造方法。
【請求項2】
前記加温ステップにおいて、前記誘電性物質を前記キュリー点温度以上にて所定時間保持すること、
を特徴とする請求項1に記載の熱感知素子の製造方法。
【請求項3】
前記誘電性物質は、ペロブスカイト型構造をもつ圧電性セラミックであること、
を特徴とする請求項2に記載の熱感知素子の製造方法。
【請求項4】
前記誘電性物質に所定の不純物を所定の添加率だけ添加することにより、前記キュリー点温度を低温化すること、
を特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の熱感知素子の製造方法。
【請求項5】
前記誘電性物質のキュリー点温度を、約60度から170度の範囲としたこと、
を特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の熱感知素子の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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