説明

燃料電池セルの燃料極

【課題】発電セルの燃料極側が、数百回、酸化還元の状態を繰り返される状態であっても発電セルの燃料極の性能が劣化しない燃料電池セルの燃料極を提供する。
【解決手段】固体電解質層と、該固体電解質層を挟持し該固体電解質層を介して対向するように設けられた燃料極層と空気極層とを含む燃料電池セルの燃料極において、前記燃料極層中のNi量を3相界面付近において最も多くし、燃料極層表面に向けてNi量を減少させ、前記固体電解質層表面から3相界面付近にかけて徐々にNi量を増加させ、前記燃料極層中にNiとともに含有させる材料は、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、サマリウムドープセリア(SDC)、ガドリニウムドープセリア(GDC)のうち、少なくとも1種であることを特徴とする燃料電池セルの燃料極。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体酸化物形燃料電池(SOFC)に関し、特に、微細構造を有し、反応場である3相界面が増加した固体酸化物形燃料電池の発電セルの燃料極を提供することができるNi系合金粉とGdドープセリア(以下、GDCという)、Smドープセリア(以下、SDCという)、あるいは、イットリウム安定化ジルコニア(以下、YSZという)のサーメットからなる燃料極に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、固体酸化物形燃料電池は、純水素ガスを燃料として発電しているが純水素ガスは比較的高価であるために、近年、都市ガス、天然ガス、メタノール、石炭ガスなどを改質して得られた水素ガスを燃料とすることが主流となってきた。この固体酸化物形燃料電池の構造は、一般に、酸化物からなる固体電解質の片面に空気極を積層し、固体電解質のもう一方の片面に燃料極を積層してなる構造を有している発電セルと、この発電セルの空気極の外側に空気極集電体を積層させ、一方、発電セルの燃料極の外側に燃料極集電体を積層させ、前記空気極集電体および燃料極集電体の外側にそれぞれセパレータを積層させた積層構造体を複数積層させた構造を有している。
【0003】
前記発電セルを構成する固体電解質として、例えば、ランタンガレート系酸化物イオン伝導体を用いることが知られており、このランタンガレート系酸化物イオン伝導体は、一般式:La1−XSrGa1−Y−ZMg(式中、A=Co、Fe、Ni、Cuの1種または2種以上、X=0.05〜0.3、Y=0〜0.29、Z=0.01〜0.3、Y+Z=0.025〜0.3)で表される酸化物イオン伝導体であることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、前記発電セルを構成する燃料極として、GDC、SDC、あるいは、YSZがニッケル(Ni)との混合物として使用されている。最もよく使用されるのが、GDC10と呼ばれるGdがCeに対して10%ドープされたCe0.9Gd0.1である。SDCの場合は、同様にSmがCeに対して20%ドープされたCe0.8Sm0.21.9が良く使用されている。この3価のGd、あるいはSmのドーパントによる4価のセリウムの酸化物であるセリア(CeO)への影響は、添加量が10〜20atmic%であれば、発電セルの燃料極として、イオンと電子が動く混合伝導体として、有効に機能することが周知の事実である。そのため、多くの研究者が、GDC10、GDC20、SDC10、SDC20を使用し、論文等で発表を行っている(例えば、特許文献2、3、4)。
【0005】
前記GDC10やSDC20をNiO(酸化ニッケル)と混合してSOFCの燃料極とした場合、通常、700℃以上の還元雰囲気で保持される燃料極中のNiOは金属ニッケルに還元され、発電反応に寄与する。発電セルの空気極で、酸素が乖離し、酸化物イオンとなり電解質中を移動して、燃料極のGDCあるいはSDC中を移動して、Niとの接触界面に水素が来たときに反応して電力を発生し、水蒸気を発生する。これがSOFCの原理である。
【0006】
固体酸化物形燃料電池(SOFCの燃料極構造として、電解質から燃料極に向けて、NiO量を傾斜させて燃料極表面に向けて、NiO量を徐々に多くする技術があり、長期安定性にすぐれた燃料極構造を構築できる(例えば、特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−335164号公報
【特許文献2】特開2009−211830号公報
【特許文献3】特開2004−200125号公報
【特許文献4】特開2004−164864号公報
【特許文献5】特開2003−272639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、電解質から燃料極に向けて、NiO量を傾斜させて燃料極表面に向けて、NiO量を徐々に多くする構造であっても燃料電池のもっとも過酷な燃料極の酸化還元が繰り返されるレドックス条件が数百回繰り返されると、残念ながら、燃料極の剥離が生じてしまう。
【0009】
この原因としては、燃料極が発電時の還元雰囲気で金属Niが存在している状態に燃料ガス供給が止まり、燃料極中に排気部より空気中の酸素が逆拡散で混入し、Niが酸化する。この場合、酸化反応による発熱に加え、Niの酸化に伴う体積変化が起こり、燃料極中のNiのネットワーク構造が破壊されてしまう不具合がある。したがって、SOFCを運転する際には、燃料極を極力、酸化させずに還元状態に保って長期的に発電することが求められている。しかしながら、系統電力の停電や、システムの故障により、SOFCを停止せざるおう得ない場合には、発電セルの燃料極は酸化され、この回数が増す毎に、発電セルの性能が低下してしまう。
【0010】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、発電セルの燃料極側が、数百回、酸化還元の状態を繰り返される状態であっても発電セルの燃料極の性能が劣化しない燃料電池セルの燃料極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで本発明者らは、燃料電池セルの燃料極について鋭意研究したところ、燃料極中のNi量の分布が、発電セルの電解質に近い部分において多く分布し、燃料極表面層に近づくに連れて少なく分布している傾斜構造をとることにより、耐レドックス性能が著しく向上するという知見を得た。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「 固体電解質層と、該固体電解質層を挟持し該固体電解質層を介して対向するように設けられた燃料極層と空気極層とを含む燃料電池セルの燃料極において、
前記燃料極層中のNi量を3相界面付近において最も多くし、燃料極層表面に向けてNi量を減少させ、
前記固体電解質層表面から3相界面付近にかけて徐々にNi量を増加させ、
前記燃料極層中にNiとともに含有させる材料は、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、サマリウムドープセリア(SDC)、ガドリニウムドープセリア(GDC)のうち、少なくとも1種であることを特徴とする燃料電池セルの燃料極。」
に特徴を有するものである。
【0013】
本発明について説明する。
【0014】
SOFCの発電セルの場合、空気極側で酸素が酸化物イオンになり、電解質中の酸素欠陥をイオンホッピングで進み、燃料極側に到達し、電解質界面に近い、気相−イオン導伝体−Niの3相界面のNi部分で水素を反応して、水蒸気を発生する。しかし、空気極に空気が供給された状態で、燃料極に水素を含む還元性のガスが供給停止すると、空気極側から移送されてきた酸化物イオンが水素と反応しなくなり、気相−イオン導伝体−Niの3相界面のNiと著しく反応し、酸化ニッケル(NiO)を生成する。酸素原子がニッケル原子に付着するために、体積膨張が起こり、3相界面付近の3次元骨格のNi−Niのネットワーク構造が崩れてしまう。この酸化された状態に、SOFCのシステムが復旧して再度、水素を含む還元性ガスが供給されると、崩れかかった酸化ニッケルのNiO−NiOのネットワーク構造がNi−Niのネットワーク構造になるが、ネットワークの腕の部分が細く、核の部分が太くアンバランスな構造に変化してしまう。
【0015】
この酸化還元、即ち、レドックスが繰り返されると、ニッケルのネットワークは崩れ、結合を持たないアイランド状の点のNiが多く燃料極中に存在してしまう。これらのNiは酸化物イオンから受け取った電子を放出することができず、機能しないNiとなってしまう。また、Ni−Niの切断により、燃料極が電解質と剥離してしまう不具合がある。
【0016】
このように燃料極にレドックスが繰り返されると、性能低下および燃料極の物理的な剥離が生じてしまう。この不具合に対して、本発明者らは、燃料極中のNi量を変化させることにより、レドックスが繰り返されても、Ni−Niのネットワークが崩れず、また、燃料極の剥離も抑制できる技術を開発した。
【0017】
なぜ、3相界面部分のNi量を増やすとNiのネットワークが崩れにくく、且つ、燃料極の剥離を防止できるのかは、レドックスの還元時のNi同士が表面張力によって凝集することが問題である。この際、3相界面にNi量が少ないと、凝集によって、Ni−Niのネットワークが崩れてしまうが、この部分にNiを多く存在させると、Niの凝集後においてもNi−Niのネットワーク構造が保持されており、燃料極の剥離を防止できるようになる。結論としては、3相界面部分のNi量が少ないと、凝集後、電気のパスとなるNi−Ni結合が崩れて、性能低下、若しくは、剥離に繋がる。
【0018】
なお、3相界面とは、Niとセリアとガスが接触する部分で、実際にこの部分で、燃料ガス中の水素と、空気極側から電解質を通して運ばれてきた酸化物イオン(O2−)が反応する部分と定義づけられる。本発明の場合、燃料極は3層構造で20〜30μmである。しかしながら、そのうち、実際に発電に寄与している部分は、10μm程度までと推測できる。その根拠は、発電試験後の燃料極の構造を観察した結果、10μmまでが、Niネットワーク構造の変化が最もあることによるものである。ここで、構造変化が示唆することは、この部分において、燃料電池反応が行われていたことを意味している。したがって、本発明において、3相界面の具体的な位置を示すとすれば、電解質から0.1〜10μmの距離ということができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、燃料電池セルの燃料極中のNi量の分布が、発電セルの電解質に近い部分において多く分布し、燃料極表面層に近づくに連れて少なく分布している傾斜構造をとることにより、耐レドックス性能が著しく向上するという本発明に特有の効果を奏するものである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明を、実施例を用いて以下に説明する。
【実施例】
【0021】
(a)ランタンガレート系電解質原料と電解質板の作製
酸化ランタン、炭酸ストロンチウム、酸化ガリウム、酸化マグネシウム、酸化コバルトのそれぞれ試薬級の粉体を用意し、(La0.8Sr0.2)(Ga0.8Mg0.15Co0.05)O3−σで示される組成となるように配合し、ボールミル混合後、空気中、1350℃に3時間保持し、得られた塊状焼結体をハンマーミルで粗粉砕の後、ボールミルで微粉砕して、平均1.3μmのランタンガレート系電解質原料を製造した。この粉にトルエン−エタノール混合溶媒にポリビニルブチラールとフタル酸n−ジオクチルを溶解した有機バインダー溶液を混合してスラリーとし、ドクターブレード法で薄板状に成形し、円形に切り出した後、空気中1450℃に4時間加熱保持して焼結し、厚さ200μm、直径120mmの円板上の自立膜のランタンガレート電解質を製造した。
(b)燃料極原料の作製
セリウムの酸化物であるセリア(CeO)とガドリニウムの酸化物であるガドリニア(Gd)をCeとGdの元素比で7:3に成るように秤量し、ボールミルにより、24時間混合した。例えば、(Ce0.7Gd0.3)O1.85の場合、それぞれの粉の平均粒径は1〜2μmのものを使用した。混合後、1300℃で6時間保持し、ハンマーミルで粗粉砕の後、ボールミルで微粉砕して、平均粒径1.5μmのガドリニウムドープセリア(GDC)を製造した。このGDCの粉末と市販の純度99.5%以上の平均粒径1.0μmの酸化ニッケル(NiO)を重量比でGDC:NiO=30:70の割合で、ボールミルで混合した。この混合割合でNiが還元された場合にはGDC:Niの体積比は、ほぼ65:35になる。サマリウムドープセリア(Ce0.7Sm0.3)O1.85の場合も同様に作製可能である。
【0022】
このNiO−GDCの混合粉にエチルセルロース、ターピネオール、ジブチルグリコールアセテートの混合物からなる有機バインダーを加えて混合し、燃料極ペーストを作製した。このペーストをスクリーン印刷により、自立膜のランタンガレート電解質上に印刷、塗布し、乾燥後、30μmの厚さとなるようにした。次いで、空気中、1250℃で3時間保持して、燃料極を作製した。
(c)サマリウムストロンチウムコバルタイト系空気極原料粉の製造
酸化サマリウム、炭酸ストロンチウム、酸化コバルトのそれぞれの試薬級の粉体を用意し、Sm0.5Sr0.5CoO2.75で示される組成となるように秤量し、ボールミル混合後、空気中1000℃に3時間加熱保持し、得られた粉体をボールミルで微粉砕して、平均粒径1.1μmのサマリウムストロンチウムコバルタイト系空気極原料粉末を作製した。この粉にエチルセルロース、ターピネオール、ジブチルグリコールアセテートの混合物からなる有機バインダーを加えて混合し、空気極ペーストを作製した。この空気極ペーストをスクリーン印刷により、燃料極と反対の面の自立膜のランタンガレート電解質上に印刷、塗布し、乾燥後、20μmの厚さとなるようにした。次いで、空気中、1100℃で3時間保持して、空気極を作製した。
【0023】
このようにして、固体電解質、燃料極および空気極からなる本発明固体電解質型燃料電池用発電セル(以下、本発明発電セルという)を製造し、得られた本発明発電セルの燃料極の上に厚さ0.74mmの多孔質Niからなる燃料極集電体を積層し、一方、本発明発電セルの空気極の上に厚さ1.0mmの多孔質Agからなる空気極集電体を積層し、さらに前記燃料極集電体、空気極集電体の上にそれぞれ、セパレータを積層することにより本発明の固体電解質形燃料電池を作製した。
【0024】
このようにして得られた本発明固体電解質形燃料電池および従来の固体電解質形燃料電池を用いて次の条件で発電試験を実施し、その結果を表1〜3に示した。
<発電試験>
温度:750℃
燃料ガス:水素
燃料ガス流量:565mL/min.(5ml/min./cm
酸化剤ガス:空気
酸化剤ガス流量:2.7L/min.(25ml/min./cm
電流密度:540mA/cm
燃料利用率:75%
空気利用率:37.5%
の条件で初期状態での発電を行った。
【0025】
その後、負過電流が0Aの0CV(開回路)の状態で、燃料ガスを30秒間隔で、ON−OFFを80回繰り返しレドックス試験を実施した。再度、540mA/cmの電流密度まで負過電流を取り、その際、初期の電圧から何mV低下したかを測定した。
[実施例A]
まず、実施例Aでは、実施例1として、燃料極の最外層にNiO:GDC=70:30を設け、その内側にNiO:GDC=80:20とした。この場合、200回のレドックスサイクル試験後では、電圧低下は17mVとなった。一方、最外層が最もNiOが多い、比較例1、比較例2の場合、それぞれ、酸化ニッケルの重量割合が70%、80%であるが、200回のレドックス後の電圧低下は83mV、57mVと実施例1に較べて、電圧降下が大きいことが理解できる。比較例1の場合には、200回のレドックス後に燃料極の約3%の面積に剥離が生じていた。これらの結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

[実施例B]
次に、実施例Bでは、実施例2として、燃料極の最外層にNiO:SDC=70:30を設け、その内側にNiO:SDC=85:15とした。この場合、200回のレドックスサイクル試験後では、電圧低下は22mVとなった。一方、最外層が最もNiOが多い、比較例3、比較例4の場合、それぞれ、酸化ニッケルの重量割合が70%、85%であるが、200回のレドックス後の電圧低下は103mV、76mVと実施例2に較べて、電圧降下が大きいことが理解できる。比較例3の場合には、200回のレドックス後に燃料極の約6%の面積に剥離が生じていた。これらの結果を表2に示す。
【0027】
【表2】

[実施例C]
実施例Cの試験では、燃料極のNiOの割合が最も大きい層であるNiO:SDC=80:20の部分の厚さについて試験を行った結果である。第3層目の厚さを1から5μmと変化させて、200回のレドックス試験を実施したところ、3μmの場合が最も、電圧低下が少ない結果となった。この電圧低下の大小はあるが、NiOの多い層が内側にあることにより、性能低下を少なくしている。これらの結果を表3に示す。
【0028】
【表3】

これまで、NiOの割合で燃料極の構造を記載してきたが、これは、発電セルの製造時の混合割合であり、600℃〜800℃の還元雰囲気における発電中では、酸化ニッケル(NiO)が還元されて、金属ニッケル(Ni)として存在し、燃料電池反応に寄与している。
【0029】
以上の実験結果からも明らかなように、本発明によれば、
(1)燃料極中のNi量を3相界面付近において最も多くし、燃料極表面に向けてNi量を減少させる。
(2)電解質から3相界面までは徐々にNi量を増加させる。
ことにより、燃料極層と固体電解質層との耐剥離性が改善されるので、発電効率が飛躍的に向上し、固体酸化物形燃料電池の耐久性を向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電解質層と、該固体電解質層を挟持し該固体電解質層を介して対向するように設けられた燃料極層と空気極層とを含む燃料電池セルの燃料極において、
前記燃料極層中のNi量を3相界面付近において最も多くし、燃料極層表面に向けてNi量を減少させ、
前記固体電解質層表面から3相界面付近にかけて徐々にNi量を増加させ、
前記燃料極層中にNiとともに含有させる材料は、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、サマリウムドープセリア(SDC)、ガドリニウムドープセリア(GDC)のうち、少なくとも1種であることを特徴とする燃料電池セルの燃料極。

【公開番号】特開2012−156099(P2012−156099A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16402(P2011−16402)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】