説明

燃料電池用ガス拡散層の製造方法

【課題】カーボンペーパーやカーボンクロス等の炭素基材を使用せず、低温での製造が可能となる製造コストの安い固体高分子型燃料電池用ガス拡散層の製造方法を提供する。
【解決手段】フッ素系樹脂のポリフッ化ビニリデン(PVDF)を溶媒のN−メチルピロリドン(NMP)に溶解させ、このNMPに溶解させたPVDF溶液に炭素繊維および導電性カーボンブラックを分散させた液状組成物を塗布して膜状にした後80℃で15分〜30分予備乾燥させた後、120℃で1時間程度加熱することにより撥水性を有する多孔質の膜を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池のMEA(Membrane Electrode Assembly)を構成するガス拡散層の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池のMEAには構成部品としてガス拡散層を有している。このガス拡散層はMEAの外部から供給されるアノードガスまたはカソードガスをガス拡散層に隣接する触媒層に拡散させ、また反応によって生成した生成水を排出させる役目を担っている。このため撥水性を有する多孔質になっている。またガス拡散層は反応に供する電子が移動できるように導電性が要求されている。これらの理由から、ガス拡散層は導電性を有するカーボンクロスやカーボンペーパー等の炭素基材に撥水材、導電繊維、導電粒子等を塗布含浸させるなどの方法によって所定のガス拡散性、撥水性、導電性の確保を行なっている。近年、燃料電池のコストを下げるために安価なガス拡散層が求められている。例えば特許文献1に、炭素繊維と、その炭素繊維を相互に接合する導電性ポリマーおよび熱硬化樹脂とを含むガス拡散層が示されている。このガス拡散層は導電性ポリマーおよび熱硬化樹脂を含有させた電極用スラリーを予め触媒層を設けた電解質膜に塗布して製膜させ、またはシートに成形法により製膜させることでカーボンペーパーやカーボンクロス等の炭素基材の使用を廃止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−66151号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のガス拡散層は導電性ポリマーおよび熱硬化樹脂によって導電性および機械的強度を発現させることで炭素基材を廃止しているが、製膜のためには熱硬化性樹脂を硬化させる必要から120℃〜180℃の高温で5時間程度の長時間の加熱が必要である。このため、加熱に起因する温度変化により膜には割れや反り等の不具合が起こりやすく、さらに加熱に有する電気量等に関わる製造コストも高く費やされる。
【0005】
本発明は上記問題点に鑑みて成されたものであり、カーボンペーパーやカーボンクロス等の炭素基材を使用せずに、不具合が起こりにくく、安価なガス拡散層の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために講じた手段は、溶媒に溶解させたフッ素系樹脂溶液中に導電繊維を分散させた液状組成物を塗布して膜状にした後加熱することで多孔質膜にすることにある。
また、前記液状組成物に導電粒子が分散されていると良い。
また、前記フッ素系樹脂の前記導電繊維に対する割合が重量比で8%を超えて80%未満であると良い。
また、前期フッ素系樹脂の前記導電粉末に対する割合が重量比で40%を越えて180%未満であると良い。
また、前記導電繊維の繊維長が50μmを超えて700μm未満の炭素繊維であると良い。
また、前記導電粒子が導電性カーボンブラックであると良い。
【発明の効果】
【0007】
上記構成の燃料電池用拡散層の製造方法では、溶媒に溶解させたフッ素系樹脂溶液中に導電繊維を分散させた液状組成物を塗布して膜状にした後加熱して多孔質膜にしている。従って予めカーボンクロスやカーボンペーペー等の炭素基材を使用する必要がないため材料の低減、製造工程の簡略化が可能となり低コストでガス拡散層の製作ができる。
また、前記液状組成物に導電粒子が分散されていると、ガス拡散層は所望の導電性が得やすくなる。
また、前記フッ素系樹脂の前記導電繊維に対する割合を重量比で8%を超えて80%未満にすることで、良好な膜状態が形成しやすくなる。
【0008】
また、前記フッ素系樹脂の前記導電粉末に対する割合を重量比で40%を越えて180%未満にすることで、所望の導電性を有したガス拡散層が形成しやすくなる。
また、前記導電繊維の繊維長が50μmを超えて700μm未満の炭素繊維にすることで所望のガス拡散性を有したガス拡散層が形成しやすくなる。
また、前記導電粒子が導電性カーボンブラックであると、液状組成物に良好な揺変性(チキソトロピー)を付与して膜の成形が容易になる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0010】
燃料電池用ガス拡散層に撥水性を発現させるフッ素系樹脂を溶媒に溶解させて作製したフッ素系樹脂溶液に、燃料電池用ガス拡散層に機械的強度と導電性を付与するための導電繊維を分散させて液状組成物を作製する。この液状組成物を平板等に塗布して所定の厚みを有する膜状にした後、膜状になった液状組成物を加熱することで液状組成物の膜内から溶媒を発散させる。このときフッ素系樹脂溶液は内部から溶媒が放出されるため体積が減じ多数の連続した孔が生成される。この際、導電繊維表面は、一部分は他の導電繊維の表面と接し、他の部分はフッ素系樹脂と接した状態になる。つまり液状組成物を加熱して得られた膜は、導電繊維が部分的にフッ素系樹脂によって結合された状態で繋がりフッ素系樹脂の体積が減じた部分に隙間が生じて多孔質の膜になる。この多孔質の孔を通してガスが拡散することができる。そして、導電繊維の絡み合いと導電繊維を結合させているフッ素系樹脂の相互作用によって外部からの力に対する抗力を発揮し、その結果膜の孔が保持される。つまり膜は導電繊維とフッ素系樹脂とにより圧縮強度や曲げ強度等の機械的強度が付与されることになる。このことからフッ素系樹脂はガス拡散層に撥水性を付与する撥水材であるとともに導電繊維を結合する結合材でもある。
このように導電繊維を含有させたフッ素系樹脂溶液の液状組成物を平板等に塗布し加熱することで直接燃料電池用ガス拡散層としての導電性を有した撥水性の多孔質膜が作製できる。
ここで平板等とは、液状組成物から作製した多孔質膜の離型が可能な面を有する金属製または樹脂製の平板やシート等、または触媒層を有した電解質膜を指す。
【0011】
導電繊維を含有したフッ素系樹脂溶液にさらに導電粒子を含有させた液状組成物から作製した膜では、導電粒子が導電繊維と導電繊維の空隙を繋いで導電繊維間に電気の通り路を増やすことが出来る。その結果電気が通りやすくなり、導電性は向上する。また導電粒子をフッ素系樹脂に分散させた液状組成物は、導電繊維だけを分散させた液状組成物に対し揺変性(チキソトロピー)が出やすくなる。従って液状組成物を平板等に塗布した場合形状保持が容易になるため膜状にしやすくなる。導電粒子として例えばグラファイト、導電性カーボンブラック、カーボンナノチューブ等の炭素材料が挙げられるが、特に揺変性の発現が得やすい導電性カーボンブラックが好ましい。
【0012】
導電性向上のためには導電粒子以外にも繊維長の短い導電繊維を配しても同様の効果が期待できる。この場合導電繊維は繊維長が異なる2種類以上の複数の導電繊維がフッ素系樹脂溶液に含有することになる。
さらに本実施形態では導電繊維に炭素繊維を選定しているがガス拡散層に要求される仕様によっては導電性ポリマー等の繊維を使用することも有り得る。
以下実施例に基づいて詳細な製造方法について説明する。
【0013】
プラネタリーミキサー等のミキサーに、撥水材および結合材としてのフッ素系樹脂としてPVDF(ポリフッ化ビニリデン)とポリフッ化ビニリデンを溶解させる溶媒としてのNMP(N−メチルピロリドン)を入れて攪拌しPVDFをNMPで溶解させたフッ素樹脂系溶液(PVDF溶液)を作製する。(溶解工程)
【0014】
続いてプラネタリーミキサー中のフッ素樹脂系溶液(PVDF溶液)中に導電粒子として導電性カーボンブラック(電気化学工業製アセチレンブラック)を添加し回転数100rpmで30分間攪拌し導電性カーボンブラックを分散させた後、さらに導電繊維として炭素繊維(クレハ製クレカチョップ)を添加し回転数100rpmで30分間攪拌し炭素繊維を分散させる。(分散工程)
その後、所望の粘度になるまでNMPを加えて粘度調整を行ないペースト状の液状組成物を得る。(粘調工程)
【0015】
ここで本実施例では溶媒に溶解しやすいフッ素系樹脂と溶媒の組み合わせとしてフッ素系樹脂にPVDF、溶媒にNMPを使用しているが、溶媒を適宜選定することでフッ素系樹脂としてPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PFA(パーフルオロアルコキシアルカン)、ETFE(エチレンーテトラフルオロエチレンコポリマー)等の使用も有り得る。また、本実施例ではPVDFをNMPに溶解させてPVDF溶液を作製する溶解工程後に、PVDF溶液に炭素繊維および導電性カーボンブラックを分散させる分散工程を採用しているが、液体のNMP中にPVDF、炭素繊維、導電性カーボンブラックを添加して、PVDFの溶解と炭素繊維および導電性カーボンブラックの分散を同時に行なうようにしても良い。
【0016】
次に、溶解工程から分散工程、粘調工程を経て作製した液状組成物をフッ素樹脂によってコーティングされた樹脂製の平板の上に塗布しドクターブレードを使用して濡れた状態での膜厚が700μm〜1200μmの膜を作製した。(塗布工程)
【0017】
その後80℃で15分〜30分の予備乾燥を行なった後、120℃で1時間程度加熱することにより膜内部に存在している溶媒のNMPを膜の外部へ発散させて膜厚が略250μmの多孔質の膜(ガス拡散層)を作製した。(加熱乾燥工程)
本実施例ではガス拡散層のみを製造するため樹脂製の平板上に塗布しているが、触媒層を有する電解質膜上に直接塗布することもでき、この場合は触媒層を有する電解質膜にガス拡散層を張り合わせる工程を省くことができる。
【0018】
以上のように、フッ素系樹脂を溶媒に溶解させる溶解工程、導電繊維や導電粒子をフッ素系溶液に分散させる分散工程、所望の粘度に調整する粘調工程を経て液状組成物を作製し、この液状組成物を塗布して膜状にする塗布工程、そして塗布された膜を加熱乾燥する加熱乾燥工程を順次経て撥水性を有した多孔質膜すなわちガス拡散層が作製できる。これらの工程を経る製造方法によればカーボンクロスやカーボンペーパー等の炭素基材を使用していないため材料の低減ができ、また加熱温度が120℃と低温であることから使用する電気使用量等が低減できる。さらに加熱後に室温まで温度を低下させたときの温度変化が少ないため温度低下に伴う収縮による割れや反りが膜に生じにくい。従って割れや反りに伴う廃棄または修正の必要が少なくなり、廃棄コストおよび修正費用の削減も可能となる。
次に上記製造方法で作製したガス拡散層の試験結果について説明する。
【0019】
【表1】

表1に液状組成物に配合する材料の配合およびそのときの試験結果を示した。
【0020】
表1から分かるように炭素繊維の繊維長が700μmでは炭素繊維の分散性が悪くなり、繊維長が50μmでは所望の透気度(ガス拡散性)が得られない。従って炭素繊維の繊維長は50μmを超えて700μm未満の範囲が適し、特に100μm以上から400μm以下が好ましい。
【0021】
炭素繊維とPVDFの配合量に関しては炭素繊維量に対するPVDF量の割合によって膜の生成状態や液状組成物を作製する際の分散状態が変化し、炭素繊維量に対するPVDF量の割合(PVDF量/炭素繊維量)が重量比で80%の場合は相対的に炭素繊維量が少なくなり、温度変化に伴ってPVDFが収縮するのを炭素繊維が抑制する効果が薄れて膜に割れが生じ、逆に8%の場合は相対的に炭素繊維量が多くなり炭素繊維の分散性が悪くなる。従って炭素繊維量に対するPVDF量の割合は8%を超えて80%未満の範囲が適し、特に10%以上から70%以下が好ましい。
【0022】
また導電性カーボンブラックとPVDFの配合量に関しては導電性カーボンブラックに対するPVDF量の割合によって膜の導電性や膜の生成(成膜性)が変化し、導電性カーボンブラックに対するPVDF量の割合(PVDF量/導電性カーボンブラック量)が重量比で180%の場合は相対的に導電性カーボンブラック量が少なくなり電気抵抗が高く所望の導電性が得られず、40%の場合は相対的に導電性カーボンブラック量が多く成膜性が悪くなる。従って導電性カーボンブラックに対するPVDF量の割合は40%を越えて180%未満の範囲が適し、特に50%以上から150%以下が好ましい。
【0023】
液状組成物の成膜性は粘度によって影響を受け、粘度は溶剤の配合量によって変化する。粘度測定は東機産業製のRE−550R粘度型を使用して測定し、測定温度が25℃のときの値である。
【0024】
表1の結果から、ずり速度10sec−1のときの粘度が2000mPa・sの場合(低粘度)では液状組成物を塗布したとき膜の形状保持が困難となり所定の膜厚が得られず、逆に18000mPa・sの場合(高粘度)では平滑な膜が得られない。従って粘度の範囲は2000mPa・sを超えて18000mPa・s未満が適し、特に4000mPa・s以上から13000mPa・s以下が好ましい。
【0025】
以上本発明のガス拡散層はフッ素系樹脂のPVDFを溶媒のNMPに溶解させ、このNMPに溶解させたPVDF溶液に炭素繊維および導電性カーボンブラックを分散させた液状組成物を塗布して所望の膜状にした後80℃で15分〜30分予備乾燥させた後、120℃で1時間程度加熱ことにより撥水性を有する多孔質の膜を作製することができる。従ってカーボンクロスやカーボンペーパー等の炭素基材を廃止し、低温での製造が可能となるため、材料費および電気代等が節約でき、安価で割れや反りの少ないガス拡散層が得られる。
以上、本発明を上記実施の態様に則して説明したが、本発明は上記態様にのみ限定されるものではなく、本発明の原理に準ずる各種態様を含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、燃料電池用ガス拡散層の作製に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒に溶解させたフッ素系樹脂溶液中に導電繊維を分散させた液状組成物を塗布して膜状にした後加熱することで多孔質膜にすることを特徴とする燃料電池用ガス拡散層の製造方法。
【請求項2】
前記液状組成物に導電粒子が分散されていることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用ガス拡散層の製造方法。
【請求項3】
前記フッ素系樹脂の前記導電繊維に対する割合が重量比で8%を超えて80%未満であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の燃料電池用ガス拡散層の製造方法。
【請求項4】
前記フッ素系樹脂の前記導電粉末に対する割合が重量比で40%を越えて180%未満であることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の燃料電池用ガス拡散層の製造方法。
【請求項5】
前記導電繊維の繊維長が50μmを超えて700μm未満の炭素繊維であることを特徴とする請求項1乃至請求項4に記載の燃料電池用ガス拡散層の製造方法。
【請求項6】
前記導電粒子が導電性カーボンブラックであることを特徴とする請求項2乃至請求項5に記載の燃料電池用ガス拡散層の製造方法。


【公開番号】特開2010−231914(P2010−231914A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75626(P2009−75626)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【Fターム(参考)】