説明

燃料電池用電解質膜

【課題】無加湿下においてイオン伝導性及び熱安定性に優れた燃料電池用電解質膜を提供する。
【解決手段】スルホン酸基を有する高分子電解質、主鎖骨格中に回転エネルギー障壁が12kJ/mol以下の結合ユニットを含み、且つ、3,000以下の分子量を有するポリマー、及び、pKa値が7.0以上である強塩基性化合物を含有することを特徴とする、燃料電池用電解質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無加湿下においてイオン伝導性及び熱安定性に優れた燃料電池用電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料と酸化剤を電気的に接続された2つの電極に供給し、電気化学的に燃料の酸化を起こさせることで、化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換する。火力発電とは異なり、燃料電池はカルノーサイクルの制約を受けないので、高いエネルギー変換効率を示す。燃料電池は、通常、電解質膜を一対の電極で挟持した膜・電極接合体を基本構造とする単セルを複数積層して構成されている。中でも、電解質膜として固体高分子電解質膜を用いた固体高分子電解質型燃料電池は、小型化が容易であること、低い温度で作動すること、などの利点があることから、特に携帯用、移動体用電源として注目されている。
【0003】
固体高分子電解質型燃料電池では、水素を燃料とした場合、アノード(燃料極)では(I)式の反応が進行する。
→ 2H + 2e (I)
(I)式で生じる電子は、外部回路を経由し、外部の負荷で仕事をした後、カソード(酸化剤極)に到達する。そして、(I)式で生じたプロトンは、水和した状態で、固体高分子電解質膜内をアノード側からカソード側に、電気浸透により移動する。
【0004】
また、酸素を酸化剤とした場合、カソードでは(II)式の反応が進行する。
2H + (1/2)O + 2e → HO (II)
カソードで生成した水は、主としてガス拡散層を通り、外部へと排出される。このように、燃料電池では、水以外の排出物がなく、クリーンな発電装置である。
【0005】
固体高分子電解質膜の材料としては、フッ素原子が炭素主鎖の周囲を取り巻いていることから、化学的安定性の高いパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーが従来用いられてきた。しかし、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーは乾燥に弱く、特に無加湿の条件下においては、加湿条件下におけるような性能を発揮することができない。したがって、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーを電解質膜として用いるためには加湿を別途行う必要があった。また、加湿を行ってもなお、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーを用いた電解質膜は、高温下において性能向上を図ることが非常に難しかった。
【0006】
固体高分子電解質膜の役割はプロトンを伝導させることであり、固体高分子電解質膜のプロトン伝導度を向上させることにより、燃料電池全体の性能を向上させることができる。プロトン伝導向上への取り組みとして、様々な材料の提案が行われているが、無加湿下においても、飛躍的にプロトン伝導性を向上させることのできる材料は数えるほどしかない。また、プロトン伝導向上の効果を謳った技術であっても、電解質膜として製膜・使用した際の耐久性の改善を伴うものは、これまでのところ発見されていない。
【0007】
このようなプロトン伝導性向上の課題を解決するための技術が、これまでにも開発されている。特許文献1には、イオン伝導性を有する主成分ポリマーに対して、該主成分ポリマーよりもガラス転移温度が低いポリマーが添加されていることを特徴とするイオン伝導性材料の技術が開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、電解質膜の耐久性の課題を解決するための技術として、パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーと、脂肪族炭化水素または芳香族炭化水素を基本骨格とし、主鎖および/または側鎖部に、アミノ基を二つ以上有する添加剤とからなることを特徴とする高分子固体電解質膜の技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−56155号公報
【特許文献2】特開2006−24389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1は、実施例において、プロトン伝導度と、ポリマー添加後のガラス転移温度との関係をグラフにして開示しており(図1及び図2)、当該ガラス転移温度が小さいほど添加したポリマーの分子運動が大きくなり、その結果プロトン伝導度が高くなる旨の主張を行っている(段落28参照)。しかし、特許文献1は、このようなガラス転移温度の寄与が、電解質膜の耐久性にどのような影響を及ぼすかについての記載は一切開示されていない。したがって、特許文献1に開示されたイオン伝導性材料を用いて電解質膜を作製したとしても、当該電解質膜が使用時において十分な耐久性を示すものであるかどうかは定かではない。
一方、特許文献2は、実施例において、ポリアリルアミン等の添加剤を加えた実施例1及び2の電解質膜と、当該添加剤を添加していない比較例1の電解質膜とを比較し、特許文献2に開示された高分子固体電解質膜は耐熱性が高いことが確認されたと主張している(段落23)。しかし、特許文献2中に開示された表1において明らかなように、実施例1及び2の電解質膜のプロトン伝導度は、比較例1の電解質膜のプロトン伝導度と比較して低いことが分かる。また、表1に示された実験結果の全体を鑑みても、特許文献2に開示されたような添加剤を加えることによって、プロトン伝導度が大幅に向上したとは必ずしも言うことができない。
本発明は、上記実状を鑑みて成し遂げられたものであり、無加湿下においてイオン伝導性及び熱安定性に優れた燃料電池用電解質膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の燃料電池用電解質膜は、スルホン酸基を有する高分子電解質、主鎖骨格中に回転エネルギー障壁が12kJ/mol以下の結合ユニットを含み、且つ、3,000以下の分子量を有するポリマー、及び、pKa値が7.0以上である強塩基性化合物を含有することを特徴とする。
【0012】
このような構成の燃料電池用電解質膜は、前記ポリマーを含有することにより、前記ポリマーの分子運動がプロトン伝導を促進させるため、無加湿下においても、高いプロトン伝導性を発揮することができる。また、このような構成の燃料電池用電解質膜は、高い塩基性を有する前記強塩基性化合物を含有することにより、当該強塩基性化合物が前記高分子電解質由来の酸を捕捉し、当該酸による前記ポリマーの分解を防止することができる。さらに、このような構成の燃料電池用電解質膜は、前記強塩基性化合物を含有することにより、電解質膜自体の耐久性、特に熱安定性を向上させることができる。
【0013】
本発明の燃料電池用電解質膜の一形態としては、前記ポリマーが、下記式(1)に示すポリエーテル及びその誘導体、並びにポリビニルアルコール及びその誘導体からなる群から選ばれるポリマーであるという構成をとることができる。
【0014】
【化1】

(上記式(1)中、Rは炭素数1〜5の脂肪族炭化水素基を、nは8〜70の整数を示す。)
【0015】
本発明の燃料電池用電解質膜は、前記ポリマーの分子量が350〜3,000であることが好ましい。
【0016】
このような構成の燃料電池用電解質膜は、比較的低い分子量の前記ポリマーを含有することにより、プロトン伝導をより促進させることができる。
【0017】
本発明の燃料電池用電解質膜は、前記強塩基性化合物がアミジン骨格を有することが好ましい。
【0018】
このような構成の燃料電池用電解質膜は、前記強塩基性化合物が、前記高分子電解質由来の酸を確実に捕捉できる構造をとるため、前記ポリマーの分解をより確実に防止することができる。
【0019】
本発明の燃料電池用電解質膜は、前記高分子電解質、前記ポリマー及び前記強塩基性化合物の含有量が、これら3成分の合計を100質量部としたときに、前記高分子電解質が70〜98質量部、前記ポリマーが15〜1質量部、前記強塩基性化合物が15〜1質量部であることが好ましい。
【0020】
このような構成の燃料電池用電解質膜は、前記高分子電解質、前記ポリマー及び前記強塩基性化合物を最適な分量ずつ含有することにより、イオン伝導性及び熱安定性のそれぞれの向上の効果をより発揮することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、前記ポリマーを含有することにより、前記ポリマーの分子運動がプロトン伝導を促進させるため、無加湿下においても、高いプロトン伝導性を発揮することができる。また、本発明によれば、高い塩基性を有する前記強塩基性化合物を含有することにより、当該強塩基性化合物が前記高分子電解質由来の酸を捕捉し、当該酸による前記ポリマーの分解を防止することができる。さらに、本発明によれば、前記強塩基性化合物を含有することにより、電解質膜自体の耐久性、特に熱安定性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例1乃至3及び比較例4の電解質膜について、無加湿下においてプロトン伝導率を測定した結果を示すグラフである。
【図2】比較例2乃至4の電解質膜について、無加湿下においてプロトン伝導率を測定した結果を示すグラフである。
【図3】実施例1、並びに、比較例1、2及び4の電解質膜について、無加湿下においてプロトン伝導率を測定した結果を示すグラフである。
【図4】実施例1並びに比較例1、2及び4の電解質膜についてのTGA結果を示したグラフである。
【図5】スルホン酸基を有する電解質膜において、全スルホン酸基の量に対して、0%、12%、60%、75%のスルホン酸基をイオン交換した際の膜物性変化をそれぞれ示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の燃料電池用電解質膜は、スルホン酸基を有する高分子電解質、主鎖骨格中に回転エネルギー障壁が12kJ/mol以下の結合ユニットを含み、且つ、3,000以下の分子量を有するポリマー、及び、pKa値が7.0以上である強塩基性化合物を含有することを特徴とする。
【0024】
これまでに報告された、無加湿下において使用可能なプロトン伝導性電解質膜としては、例えば、イオン性液体やリン酸などを、スルホン酸基を持つ電解質ポリマーからなる膜に充填した複合膜等を挙げることができる。このようなプロトン伝導性電解質膜は、電解質ポリマーに充填するイオン性液体やリン酸自身もプロトン伝導性を発揮する所にその特徴がある。
上記のような従来技術の電解質膜においては、主に2つの問題点があった。すなわち、プロトン伝導性を有するイオン性液体やリン酸等の溶出の問題と、プロトン伝導性と膜機械物性の両立の問題である。
イオン性液体やリン酸等の低分子化合物は、分子間相互作用にて電解質ポリマーに保持されているため、熱水中での安定性が低い。特に、これら低分子化合物の充填量が多い場合には、分子間相互作用が弱まることで、燃料電池作動下等の比較的高温時において、容易に溶出するという問題点があった。
また、プロトン伝導性の向上には、イオン性液体やリン酸等の低分子化合物の添加量の増加と、当該低分子化合物と相互作用する、電解質ポリマーが有する官能基の数の増加がいずれも必須である。しかし、低分子化合物の添加量及び電解質ポリマーが有する官能基数の両者をともに増加させることは、当該低分子化合物を保持する電解質ポリマーの機械的強度の低下等に直結するため、膜機械強度を維持したまま十分な無加湿プロトン伝導性を発現させることは極めて困難であった。
【0025】
一方、特許文献1においては、電解質ポリマーにポリエチレングリコール(以下、PEGと略す。)等を添加するイオン伝導材料の技術が開示されている。当該技術においては、添加物であるPEG自体はプロトン伝導性を司ることはないが、PEGの熱運動に起因する分子運動によってプロトン伝導性を高める効果がある。
【0026】
しかし、特許文献1においては、当該電解質膜が使用時において十分な耐久性を示すものであるかどうかは定かではない。後述する実施例においても示すように、電解質ポリマーにPEGを添加して作製した電解質膜(後述する実施例中の比較例1)においては、特に高温時におけるPEGの分解が著しい。
下記式(2)は、高温時における、PEGの分解過程を示した化学式である。下記式(2)には、分解に関与するPEGの一部のみを化学式で示しており、PEGの他の部分は波線で示している。
【0027】
【化2】

【0028】
上記式(2)に示すように、PEGは、電解質膜中の電解質ポリマー由来の酸がエーテル酸素近傍にたかることによって、エーテル酸素がプロトン化され、最終的にエーテル鎖が切断されてしまう。なお、式(2)中では酸の代表としてH(プロトン)を示しているが、ここでいう酸は、プロトン供与能を有するブレンステッド酸であれば特に限定されない。したがって、例えば、電解質ポリマーが有するスルホン酸基などもここでいう酸に該当する。
本発明の燃料電池用電解質膜は、このようなポリマーの分解を防ぎ、且つ、プロトン伝導性をさらに向上させることを課題とするものである。
【0029】
本発明の燃料電池用電解質膜は、高分子電解質、高い分子運動性を有するポリマー、及び、強塩基性化合物を含有することが主な特徴である。
高分子電解質とは、燃料電池において使用される高分子電解質であり、ナフィオン(商品名)に代表されるパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂のようなフッ素系高分子電解質の他、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンエーテル、ポリパラフェニレン等のエンジニアリングプラスチックや、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等の汎用プラスチック等の炭化水素系高分子にスルホン酸基、カルボン酸基、リン酸基、ボロン酸基等のプロトン酸基(プロトン伝導性基)を導入した炭化水素系高分子電解質等が挙げられる。
【0030】
本発明において、高い分子運動性を有するポリマーとは、低い回転エネルギー障壁を持つ分子結合及び低い分子量を有するポリマーをいう。
分子運動性は、分子の柔らかさによって決定される。高い分子運動性を得るためには、低い分子量を有する分子ほど有利である。それは、低い分子量を有する分子ほど流動性を持つ液体となる傾向が高く、その一方で、高い分子量を有する分子ほど流動性を失った固体となる傾向が高いこと等からも明らかである。
一方、高い分子運動性を得るためには、分子結合の回転エネルギー障壁が低いことも重要である。分子結合の回転エネルギー障壁が高いと、分子自体が自由に屈曲・伸長することができず、分子運動が制限されてしまうからである。
以上より、本発明においては、高い分子運動性を有するポリマーとして、主鎖骨格中に回転エネルギー障壁が12kJ/mol以下の結合ユニットを含み、且つ、3,000以下の分子量を有するポリマーを用いる。
回転エネルギー障壁が12kJ/mol以下の結合ユニットとしては、例えば、C−O結合を有する結合ユニット(C−O結合の回転エネルギー障壁:11.3kJ/mol)を挙げることができる。
【0031】
本発明の燃料電池用電解質膜の一形態としては、高い分子運動性を有するポリマーが、下記式(1)に示すポリエーテル及びその誘導体、並びにポリビニルアルコール及びその誘導体からなる群から選ばれるポリマーであるという構成をとることができる。
【0032】
【化3】

(上記式(1)中、Rは炭素数1〜5の脂肪族炭化水素基を、nは8〜70の整数を示す。)
【0033】
上記式(1)に示すポリエーテルとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリオキシメチレン、ポリプロピレングリコール、ポリエピクロロヒドリン、ポリフェニレンオキシド等を挙げることができるが、必ずしもこれらに限定されることはない。
上記式(1)に示すポリエーテルの誘導体としては、例えば、ポリエチレングリコールの誘導体、ポリプロピレングリコールの誘導体等を挙げることができるが、必ずしもこれらに限定されることはない。
ポリビニルアルコールの誘導体としては、例えば、ポリビニルアセタール、ポリ酢酸ビニル等を挙げることができるが、必ずしもこれらに限定されることはない。
【0034】
比較的低い分子量のポリマーを含有することにより、プロトン伝導をより促進させることができるという観点から、高い分子運動性を有するポリマーの分子量が350〜3,000であることが好ましい。これは、前記ポリマーの分子量が350未満であると、燃料電池作動時において容易に溶出してしまうおそれがあり、当該分子量が3,000を超える値であると、電解質膜内でプロトン伝導できるほどの分子運動が行えないおそれがあるからである。
なお、高い分子運動性を有するポリマーの分子量が350〜1,500であることが特に好ましく、当該分子量が350〜1,000であることが最も好ましい。
【0035】
本発明の電解質膜の製造に用いられる強塩基性化合物は、pKa値が7.0以上であれば、特に限定されることはない。このような強塩基性化合物は、高分子電解質由来の酸を捕捉する働きを有する。下記式(3)は、強塩基性化合物の一種である1,8−ジアザビシクロ[5,4,0]ウンデカ−7−エン(以下、DBUと略す。)が、酸を捕捉する過程を示した化学式である。下記式(3)には、高分子電解質の酸の部分のみを化学式で示しており、高分子電解質の他の部分は波線で示している。
【0036】
【化4】

【0037】
上記式(3)に示すように、DBUのような強塩基性化合物は、高分子電解質由来の酸を捕捉するため、上記式(2)に示したような、酸による、高い分子運動性を有するポリマーの分解が生じることがない。したがって、本発明の燃料電池用電解質膜は、ポリマーの分解を伴うことなく、高いプロトン伝導性を発揮することができる。
【0038】
強塩基性化合物を加えてイオン交換を行うことによって、電解質膜は硬くなる傾向があることが分かっている。図5は、スルホン酸基を有するポリエーテルスルホン酸系炭化水素電解質膜において、全スルホン酸基の量に対して、0%(初期値)、12%、60%、75%のスルホン酸基を、強塩基性化合物を加えてイオン交換した際の膜物性変化をそれぞれ示したグラフである。図5は、横軸に歪み(%)を、縦軸に応力(MPa)を取った、応力‐ひずみ曲線を示している。
図より、0%、12%、60%、75%とイオン交換の割合が増すにしたがって、歪みの割合も低下していることが分かる。したがって、電解質膜に強塩基性化合物を加えることによって、電解質膜自体の耐久性、特に熱安定性を向上させることができることが分かる。
【0039】
強塩基性化合物が、高分子電解質由来の酸を確実に捕捉できる構造をとることができるという観点から、強塩基性化合物がアミジン骨格を有することが好ましい。アミジン骨格とは、カルボン酸骨格のカルボキシ基の=Oが=NHで、−OHが−NHでそれぞれ置換された骨格のことをいい、一般式としては、HN=C(R)−NHで示すことができる。上記式(3)に示したような、アミジン骨格の共役酸構造は、正電荷を2つの窒素原子に非局在化させた非常に安定した構造であるため、一般的に、アミジン骨格を有する化合物は、強塩基性を有する。
アミジン骨格を有する強塩基性化合物としては、具体的には、DBU、1,5−ジアザビシクロ[4,3,0]ノナ−5−エン、イミダゾール、1,2,4−トリアゾール、ピリミジン及びプリンを挙げることができる。
【0040】
上記特許文献2においては、上記DBUのみを添加剤として加えることに関する記載がある。しかし、特許文献2に記載された内容全体を参酌しても、塩基性を有するDBUと、高い分子運動性を有するポリマーを組み合わせて用いることを示唆した記述はどこにもない。また、特許文献1及び2のような公知文献に記載された公知技術を総合的に考察すると、強塩基性化合物がその強塩基性ゆえに分子運動を阻害するため、高分子電解質と高い分子運動性を有するポリマーとを組み合わせて用いた電解質膜に、さらにDBUのような強塩基性化合物を添加するという発想には到らないと考えられる。
しかし、後述する実施例において示すように、本発明においては、強塩基性化合物は電解質膜の分子運動性を阻害することなく、酸の捕捉にのみ効果を発揮することが分かった。したがって、本発明は、上記公知文献に記載された技術内容からおよそ想到することができない技術的特徴を有しているということができる。
【0041】
高分子電解質、高い分子運動性を有するポリマー及び強塩基性化合物を最適な分量ずつ含有することにより、イオン伝導性及び熱安定性のそれぞれの向上の効果をより発揮することができるという観点から、高分子電解質、前記ポリマー及び強塩基性化合物の含有量が、これら3成分の合計を100質量部としたときに、前記高分子電解質が70〜98質量部、前記ポリマーが15〜1質量部、前記強塩基性化合物が15〜1質量部であることが好ましい。
高分子電解質の含有量が70質量部未満である場合には、高いプロトン伝導性を維持することができず、また、当該含有量が98質量部を超える場合には、電解質膜内の他の要素が少なすぎることによって、本発明の効果を享受することができない。
高い分子運動性を有するポリマーの含有量が1質量部未満である場合には、当該ポリマーの分子運動による、高いプロトン伝導性を発揮することができず、また、当該含有量が15質量部を超える場合には、電解質膜の製膜性が悪くなるおそれがある。
強塩基性化合物の含有量が1質量部未満である場合には、当該化合物による酸の補足の効果を十分に享受することができず、また、当該含有量が15質量部を超える場合には、電解質膜の製膜性が悪くなるおそれがある。
なお、高分子電解質が70〜90質量部、高い分子運動性を有するポリマーが15〜5質量部、強塩基性化合物が15〜5質量部であることが特に好ましく、高分子電解質が70〜80質量部、高い分子運動性を有するポリマーが10〜15質量部、強塩基性化合物が10〜15質量部であることが最も好ましい。
【0042】
本発明の電解質膜の製膜方法としては、高分子電解質を溶解させた水溶液に、高い分子運動性を有するポリマー及び強塩基性化合物を加え、その溶液をガラス板等の平滑面上にキャストした後に、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性ガス気流下において乾燥を行うのが好ましい。溶媒が膜内に残る場合には、高温真空乾燥を行うこともできる。なお、溶液の調整の際には、水の他に溶媒を混合することもできる。この時、溶媒としてはジメチルスルホキシド(DMSO)、N‐メチルピロリドン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMA)等又はこれらの混合溶媒を用いることができる。
本発明の電解質膜の製膜方法としては、この他にも、従来用いられている方法を採用することができ、その主なものとしては溶融押し出し法、ドクターブレード法等が挙げられる。
【実施例】
【0043】
以下に、本発明の具体的態様を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0044】
1.電解質膜の製造
[実施例1]
ナスフラスコの中で窒素下、高分子電解質の一種であるナフィオン(商品名。デュポン製)の5%水溶液3.23g(98質量部)に、強塩基性化合物の一種である1,8−ジアザビシクロ[5,4,0]ウンデカ−7−エン0.030g(1質量部)及びポリエチレングリコール0.032g(1質量部、分子量400。以下、PEG400と略す。)を加え、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、1日放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の水を除去するために、室温(10〜25℃)、真空下の条件で1時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある電解質膜を得た。
【0045】
[実施例2]
ナスフラスコの中で窒素下、高分子電解質の一種であるナフィオン(商品名。デュポン製)の5%水溶液4.09g(98質量部)に、強塩基性化合物の一種である1,8−ジアザビシクロ[5,4,0]ウンデカ−7−エン0.038g(1質量部)及びポリエチレングリコール0.041g(1質量部、分子量600。以下、PEG600と略す。)、ジメチルアセトアミド3mLを加え、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、1日放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の水を除去するために、室温(10〜25℃)、真空下の条件で3時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある電解質膜を得た。
【0046】
[実施例3]
ナスフラスコの中で窒素下、高分子電解質の一種であるナフィオン(商品名。デュポン製)の5%水溶液3.17g(98質量部)に、強塩基性化合物の一種である1,8−ジアザビシクロ[5,4,0]ウンデカ−7−エン0.029g(1質量部)及びポリビニルアルコール0.032g(1質量部、分子量3,000。以下、PVAと略す。)を加え、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、1日放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の水を除去するために、室温(10〜25℃)、真空下の条件で3時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある電解質膜を得た。
【0047】
[比較例1]
ナスフラスコの中で窒素下、高分子電解質の一種であるナフィオン(商品名。デュポン製)の5%水溶液4.09g(99質量部)に、ポリエチレングリコール0.041g(1質量部、分子量400)を加え、窒素下室温で1日攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、1日放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の水を除去するために、室温(10〜25℃)、真空下の条件で1時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある電解質膜を得た。
【0048】
[比較例2]
ナスフラスコの中で窒素下、高分子電解質の一種であるナフィオン(商品名。デュポン製)の5%水溶液6.00g(103質量部)に、強塩基性化合物の一種である1,8−ジアザビシクロ[5,4,0]ウンデカ−7−エン0.058g(1.00質量部。以下、DBUと略す。)を加え、窒素下室温で5時間攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、1日放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の水を除去するために、室温(10〜25℃)、真空下の条件で3時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある電解質膜を得た。
【0049】
[比較例3]
ナスフラスコの中で窒素下、高分子電解質の一種であるナフィオン(商品名。デュポン製)の5%水溶液3.00g(238質量部)に、強塩基性化合物の一種であるイミダゾール0.126g(1.0質量部)を加え、窒素下室温で5時間攪拌した。攪拌終了後、攪拌子を取り出し、溶液をテフロン(登録商標)シャーレ上にキャストし、窒素気流下で60℃、1日放置したところ、湿潤ゲル膜を得た。当該湿潤ゲル膜中の水を除去するために、室温(10〜25℃)、真空下の条件で3時間減圧乾燥したところ、半透明で柔軟性のある電解質膜を得た。
【0050】
実施例1乃至3及び比較例1乃至3の電解質膜の他にも、分子量600を超えるポリエチレングリコールを用いて電解質膜を作製しようとしたが、溶液をキャストした後に亀裂が生じたため、それ以上の調整が困難と判断した。すなわち、分子量600を超えるポリエチレングリコールは、本発明の燃料電池用電解質膜の作製には用いることができない。
【0051】
2.電解質膜のプロトン伝導率の測定
実施例1乃至3及び比較例1乃至3の電解質膜、及びナフィオン膜(商品名。以下、比較例4の電解質膜とする。)について、周波数10kHzで交流インピーダンス測定を行うことにより、プロトン伝導率の測定を行った。
なお、以下に言及する測定結果を示したグラフのデータは、各電解質膜を、無加湿且つ各温度下において1時間放置し、平衡状態となった後にインピーダンス測定を行った結果得られたものである。また、各グラフは、温度(K)の逆数に1000を乗じた値を横軸にとった。
【0052】
図1は、実施例1乃至3及び比較例4の電解質膜について、無加湿下においてプロトン伝導率を測定した結果を示すグラフである。
比較例4の電解質膜(ナフィオン膜)については、無加湿下においては、温度が上昇するにつれて(すなわちグラフの左側のデータほど)、プロトン伝導率は低下する。これに対し、実施例1乃至3の電解質膜については、無加湿下においても、温度が上昇するにつれて(すなわちグラフの左側のデータほど)、プロトン伝導率はそれぞれ上昇した。
また、実施例1の電解質膜のプロトン伝導率は、実施例2及び3の各電解質膜のプロトン伝導率よりも高い結果であった。これは、PEG400、PEG600及びPVAからなる群の中で、最も柔軟性の高い分子構造を有するPEG400の分子運動により、実施例1の電解質膜中において優れたプロトン伝導経路が形成されるからである。
【0053】
図2は、比較例2乃至4の電解質膜について、無加湿下においてプロトン伝導率を測定した結果を示すグラフである。
比較例4の電解質膜(ナフィオン膜)については、無加湿下においては、温度が上昇するにつれて、プロトン伝導率は低下する。これに対し、比較例2及び3の電解質膜については、無加湿下においても、温度が上昇するにつれて、プロトン伝導率はそれぞれ上昇した。
また、イミダゾールよりも高い塩基性を有するDBUを含む比較例2の電解質膜のプロトン伝導率は、イミダゾールを含む比較例3の電解質膜のプロトン伝導率よりも高い結果となった。したがって、高い塩基性を有する強塩基性化合物を含む電解質膜ほど、高いプロトン伝導率が得られることが示唆された。
【0054】
図3は、実施例1、並びに、比較例1、2及び4の電解質膜について、無加湿下においてプロトン伝導率を測定した結果を示すグラフである。
比較例1の電解質膜については、120℃の温度まで(すなわち、グラフにおける横軸が2.54より右の範囲)は、温度上昇につれてプロトン伝導率が上昇したが、120℃以上の温度(すなわち、グラフにおける横軸が2.54から左の範囲)では、プロトン伝導率は低下した。これは、高温ではPEG400のエーテル鎖が、ナフィオン由来の酸によって分解し、その結果、PEG400によるプロトン伝導率向上の効果が得られなくなったためと考えられる。
一方、実施例1の電解質膜については、無加湿下においても、温度が上昇するにつれて(すなわちグラフの左側のデータほど)、プロトン伝導率は上昇した。これは、実施例1に含まれるDBUが、ナフィオン由来の酸を捕捉し、ナフィオン由来の酸によるPEG400の分解が防止された結果、PEG400によるプロトン伝導率向上の効果を得ることができたためと考えられる。
【0055】
3.耐熱性の評価
実施例1並びに比較例1、2及び4の電解質膜について、熱重量測定(Thermogravimetry Analysis.以下、TGAと略す)を行った。測定にはMacScience製2000Sを用い、加熱速度10K/分、窒素雰囲気下(ガス流速:50mL/分)の条件下で測定を行った。
図4は、実施例1並びに比較例1、2及び4の電解質膜についてのTGA結果を示したグラフである。ナフィオンのみを含有する比較例4の電解質膜は、100℃付近まで吸着水の脱離が起こり、100℃以上の温度範囲においても、吸着水の脱離が続いた。なお、ナフィオン及びDBUを含有する比較例2の電解質膜は、膜の作製時において乾燥操作を行っているため、重量減少はわずかしか起こらなかった。
一方、ナフィオン及びPEG400を含有する比較例1の電解質膜は、160℃付近からナフィオン由来の酸によりPEG400の分解が急激に起き、重量減少が生じた。これに対して、ナフィオン、DBU及びPEG400を含有する実施例1の電解質膜は、DBUによってナフィオン由来の酸が捕捉された結果、膜中の酸強度が低下するため、PEG400の分解が抑制され、220℃付近まで急激な重量減少が起こることはなかった。
以上の結果より、DBUのような強塩基性化合物の添加は、PEG400のようなポリエーテル構造を有するポリマーの分解を抑制するのに有効であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スルホン酸基を有する高分子電解質、
主鎖骨格中に回転エネルギー障壁が12kJ/mol以下の結合ユニットを含み、且つ、3,000以下の分子量を有するポリマー、及び、
pKa値が7.0以上である強塩基性化合物を含有することを特徴とする、燃料電池用電解質膜。
【請求項2】
前記ポリマーが、下記式(1)に示すポリエーテル及びその誘導体、並びにポリビニルアルコール及びその誘導体からなる群から選ばれるポリマーである、請求項1に記載の燃料電池用電解質膜。
【化1】

(上記式(1)中、Rは炭素数1〜5の脂肪族炭化水素基を、nは8〜70の整数を示す。)
【請求項3】
前記ポリマーの分子量が350〜3,000である、請求項1又は2に記載の燃料電池用電解質膜。
【請求項4】
前記強塩基性化合物がアミジン骨格を有する、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の燃料電池用電解質膜。
【請求項5】
前記高分子電解質、前記ポリマー及び前記強塩基性化合物の含有量が、これら3成分の合計を100質量部としたときに、前記高分子電解質が70〜98質量部、前記ポリマーが15〜1質量部、前記強塩基性化合物が15〜1質量部である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の燃料電池用電解質膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−267408(P2010−267408A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−115727(P2009−115727)
【出願日】平成21年5月12日(2009.5.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年12月3日 固体イオニクス学会発行の「第34回固体イオニクス討論会 講演要旨集」に発表
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】