説明

燃料電池電極用撥水ペースト

【課題】燃料電池電極用撥水ペーストにおいて、撥水ペーストの固形分を適度に凝集させることによって、多孔体の上に塗布した場合においても固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止して、目詰まりを防いでガス拡散層の気孔率を大きく保ち、もってガス拡散性及び発生水分の除去能力を向上させて燃料電池の特性を向上させること。
【解決手段】繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維と、フッ素系樹脂ディスパージョンとしてのPTFEディスパージョンと、アルコールとしての1−ブタノールとを含有する燃料電池電極用撥水ペーストを平均孔径50μmの多孔体にアプリケーターで塗布して、355℃で焼成した後、圧力損失を測定することによって多孔体への固体分の染み込みの有無を確認した。その結果、1−ブタノールを添加しなかった比較例においては50%以上の固形分の染み込みが確認されたのに対して、固形分の染み込みは全く無かった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に用いられる電極の拡散層を形成する燃料電池電極用撥水ペーストに関し、特に多孔体に塗布した場合でも撥水ペーストの固形分が多孔体に染み込んで目詰まりを起こすのを防止して、気孔率を大きく保ち圧力損失を小さくすることによって、固体高分子型燃料電池の高出力化を図ることができる燃料電池電極用撥水ペーストに関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池においては、高分子電解質膜の両面にカソード側電極及びアノード側電極を形成しており、通常、これらのカソード側電極及びアノード側電極は、白金等の触媒を担持したカーボンブラックとイオン交換樹脂からなる触媒層と、カーボンクロスやカーボンペーパー等のカーボン基材に導電性を付与するためのカーボンブラック粉末等の粒子状導電性フィラーと撥水性を付与するためのポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE」という。)ディスパージョン等のフッ素系樹脂ディスパージョンを混練した撥水ペーストを塗布してなるガス拡散層によって構成されている。
【0003】
ここで、粒子状導電性フィラーとフッ素系樹脂ディスパージョンの混合物を塗布しただけでは、ガス拡散層内の空間が目詰まりを起こし、ガス拡散性及び発生水分の除去能力(排水性)が低下して燃料電池の性能が低下することが判明した。
【0004】
そこで、特許文献1に開示された発明においては、触媒層及び/またはガス拡散層の触媒層との界面の少なくとも一部に繊維状炭素を有することを特徴とする燃料電池について提案している。これによって、触媒層内の「ぬれ」を抑制し、電気抵抗を減少させることができるとともに、ガス流路を確保しガス透過性を向上させ、更に加湿コントロールを簡便に行うことができる燃料電池となるとしている。
【0005】
また、特許文献2に開示された発明においては、撥水層に繊維径1μm〜100μm、アスペクト比50以上の炭素繊維を、炭素粒子の含有量をMとしたとき0.1M〜0.2Mの割合で含有する触媒層及び/または拡散層とすることによって、内部に閉鎖空間を有することなく、かつガス透過性及び導電性に優れた触媒層及び/または拡散層を有する燃料電池となるとしている。
【特許文献1】特開2004−119398号公報
【特許文献2】特開2005−294115号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1及び特許文献2に記載された技術においては、ガス透過用の通路を確保することはできても、撥水ペーストを塗布してガス拡散層の一部を構成する撥水層を形成する点には変わりがないことから、ガス拡散層の気孔率が小さくなってガス拡散性及び発生水分の除去能力が低下すること、特に発生水分の除去能力(排水性)が大幅に低下することは避けられないという問題点があった。
【0007】
そこで、本発明は、撥水ペーストの固形分を適度に凝集させることによって、多孔体の上に塗布した場合においても固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止して、目詰まりを防いでガス拡散層の気孔率を大きく保ち、もってガス拡散性及び発生水分の除去能力を向上させて燃料電池の特性を向上させることができる燃料電池電極用撥水ペーストの提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1の発明にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、高分子電解質膜を中心として構成される固体高分子型燃料電池のガス拡散層を形成するための撥水ペーストであって、導電性フィラーとフッ素系樹脂ディスパージョンと溶解性パラメーター(δ)がδ=21〜26の範囲内のアルコールとを含有し、前記アルコールの含有量が前記撥水ペースト中の全液体量の2%〜12%の範囲内であるものである。
【0009】
ここで、「導電性フィラー」としては、粒子状導電性フィラーとしてのカーボンブラックや、繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維、カーボンナノチューブ、等があり、「フッ素系樹脂ディスパージョン」としてはPTFEディスパージョン等がある。
【0010】
請求項2の発明にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、請求項1の構成において、前記導電性フィラーは繊維状の繊維状導電性フィラーであるものである。ここで、「繊維状導電性フィラー」としては、カーボン繊維、カーボンナノチューブ、等がある。
【0011】
請求項3の発明にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、請求項1または請求項2の構成において、前記アルコールは1−ブタノールであるものである。
【発明の効果】
【0012】
請求項1の発明にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、高分子電解質膜を中心として構成される固体高分子型燃料電池のガス拡散層を形成するための撥水ペーストであって、導電性フィラーとフッ素系樹脂ディスパージョンと溶解性パラメーター(δ)がδ=21〜26の範囲内、より好ましくはδ=22〜24の範囲内のアルコールとを含有し、アルコールの含有量が撥水ペースト中の全液体量の2%〜12%の範囲内である。
【0013】
ここで、「導電性フィラー」としては、粒子状導電性フィラーとしてのカーボンブラックや、繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維、カーボンナノチューブ、等があり、「フッ素系樹脂ディスパージョン」としてはPTFEディスパージョン等がある。
【0014】
このように、燃料電池電極用撥水ペーストにδ=21〜26の範囲内のアルコールを含有させることによって、撥水ペースト中の固形分を適度に凝集させることができる。溶解性パラメーター(δ)が21未満であると、凝集が大きくなり過ぎて均一なペーストとならず、溶解性パラメーター(δ)が26を超えると、凝集が小さ過ぎて固形分が多孔体に染み込んでしまう。また、アルコールの含有量が全液体量の2%未満であると、凝集が小さ過ぎて固形分が多孔体に染み込み、アルコールの含有量が全液体量の12%を超えると凝集が大きくなり過ぎて均一なペーストとならない。
【0015】
これに対して、δ=21〜26の範囲内のアルコールを全液体量の2%〜12%の範囲内で含有させると、固形分の適度な凝集が起こって固液分離が生じ、多孔体の上に塗布した場合でも液体分のみが染み込んで固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止することができ、多孔体の上に撥水ペーストの層を形成することができる。これによって、形成される撥水層の気孔率が大きくなって、触媒層と一体化させて燃料電池電極(アノード及びカソード)を形成して、更に燃料電池を構成して運転した場合に、ガス拡散性及び発生水分の除去能力が大きいために、優れた電力特性(発生電圧)を示すことになる。
【0016】
このようにして、撥水ペーストの固形分を適度に凝集させることによって、多孔体の上に塗布した場合においても固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止して、目詰まりを防いでガス拡散層の気孔率を大きく保ち、もってガス拡散性及び発生水分の除去能力を向上させて燃料電池の特性を向上させることができる燃料電池電極用撥水ペーストとなる。
【0017】
請求項2の発明にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、導電性フィラーが繊維状の繊維状導電性フィラーである。ここで、「繊維状導電性フィラー」としては、カーボン繊維、カーボンナノチューブ、等がある。
【0018】
このように、燃料電池電極用撥水ペーストの導電性フィラーに繊維状導電性フィラーを用いることで、繊維状導電性フィラーが互いに絡まったりして空間を形成するために、撥水ペースト中の固形分の凝集の効果が増大する。これによって、固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止することができ、多孔体の上に撥水ペーストの層を形成することができる。
【0019】
このようにして、撥水ペーストの固形分を適度に凝集させることによって、多孔体の上に塗布した場合においても固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止して、目詰まりを防いでガス拡散層の気孔率を大きく保ち、もってガス拡散性及び発生水分の除去能力を向上させて燃料電池の特性を向上させることができる燃料電池電極用撥水ペーストとなる。
【0020】
請求項3の発明にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、アルコールとして1−ブタノール(n−ブチルアルコール)を用いている。1−ブタノールは溶解性パラメーター(δ)が23.3であり、δ=21〜26の範囲内、より好ましくはδ=22〜24の範囲内に入っているため、1−ブタノールを全液体量の2%〜12%の範囲内で含有させると、固形分の適度な凝集が起こって固液分離が生じ、多孔体の上に塗布した場合でも液体分のみが染み込んで固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止することができ、多孔体の上に撥水ペーストの層を形成することができる。これによって、形成される撥水層の気孔率が大きくなって、触媒層と一体化させて燃料電池電極(アノード及びカソード)を形成して、更に燃料電池を構成して運転した場合に、ガス拡散性及び発生水分の除去能力が大きいために、優れた電力特性(発生電圧)を示すことになる。
【0021】
このようにして、撥水ペーストの固形分を適度に凝集させることによって、多孔体の上に塗布した場合においても固形分が多孔体に染み込むのを確実に防止して、目詰まりを防いでガス拡散層の気孔率を大きく保ち、もってガス拡散性及び発生水分の除去能力を向上させて燃料電池の特性を向上させることができる燃料電池電極用撥水ペーストとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態にかかる燃料電池電極用撥水ペーストについて、図1を参照して説明する。図1は本発明の実施の形態にかかる燃料電池電極用撥水ペーストを基材としての多孔体に塗布して焼成してなるガス拡散層の構造を示す断面模式図である。
【0023】
まず、本発明の実施の形態にかかる燃料電池電極用撥水ペーストの作製方法、及び固形分の染み込みの評価方法について説明する。本実施の形態にかかる燃料電池電極用撥水ペーストは、繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維、フッ素系樹脂ディスパージョンとしてのPTFEディスパージョン、アルコールとしての1−ブタノール、等を含有するペースト状混合物である。
【0024】
本実施の形態においては、燃料電池電極用撥水ペーストとして配合を変えて実施例1及び実施例2の燃料電池電極用撥水ペーストを作製し、また比較例1及び比較例2としてブタノールの代わりに増粘剤を添加した燃料電池電極用撥水ペーストをも作製した。実施例1,実施例2及び比較例1,比較例2の配合を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示されるように、実施例1及び実施例2は、繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維と、フッ素系樹脂ディスパージョンとしてのPTFEディスパージョンと、アルコールとしての1−ブタノールとを含有する燃料電池電極用撥水ペーストであり、請求項1乃至請求項3の発明に対応する。一方、比較例1及び比較例2は、カーボン繊維とフッ素系樹脂ディスパージョンとしてのPTFEディスパージョンと、アルコールの代わりに増粘剤を含有する燃料電池電極用撥水ペーストである。
【0027】
そして、繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維は径が0.15μmであり、長さが20μmである。なお、表1に示される「その他」の成分は大部分が水であり、あとは少量の界面活性剤が添加されている。したがって、「その他」の成分は、カーボン繊維、PTFEディスパージョン、1−ブタノールの各成分を混合してペースト化するための溶媒であり、焼成後においては消失するものである。
【0028】
これらの実施例1及び実施例2並びに比較例1及び比較例2の配合成分をそれぞれ十分に混合して、4種類の燃料電池電極用撥水ペーストを作製した。そして、各ペーストの粘度を粘度計で測定し、また各ペーストを平均孔径50μmの多孔体にアプリケーターで塗布して、355℃で焼成した後、圧力損失を測定することによって多孔体への固体分の染み込みの有無を確認した。その結果を、表1の下段に示す。
【0029】
表1の上段に示されるように、実施例1及び実施例2並びに比較例1及び比較例2の配合成分は、カーボン繊維は全て10.3重量部、PTFEディスパージョンは全て4.3重量部と同一にして、1−ブタノールまたは増粘剤の配合量のみを変化させている。その結果、表1の下段に示されるように、実施例1の燃料電池電極用撥水ペーストの粘度は3000mPa・s、実施例2は800mPa・s、比較例1は3000mPa・s、比較例2は10000mPa・sと、特に比較例2の燃料電池電極用撥水ペーストの粘度が高くなっている。
【0030】
しかしながら、圧力損失の測定結果より算出された固形分の染み込みについては、実施例1及び実施例2の燃料電池電極用撥水ペーストにおいては多孔体への固形分の染み込みが全く見られなかったのに対して、比較例1の燃料電池電極用撥水ペーストの場合には固形分の70%の染み込みが確認され、比較例2の燃料電池電極用撥水ペーストの場合には固形分の50%の染み込みが確認された。特に、撥水ペーストの粘度が800mPa・sと小さい実施例2の場合に染み込みが全く見られなかったのに対して、撥水ペーストの粘度が10000mPa・sと大きい比較例2の場合に固形分の50%が染み込んでいる。
【0031】
これは、上述したように、実施例1及び実施例2の場合には溶解性パラメーター(δ)が23.3である1−ブタノールを添加することによって、撥水ペースト中の固形分が適度に凝集して固液分離が起こり、液体分のみが多孔体に染み込んで固形分が多孔体の表面に残るのに対して、1−ブタノールを添加していない比較例1及び比較例2の場合にはこのような固液分離が起こらないため、いくら粘度が高くても液体分とともに固形分も染み込むことによるものと考えられる。
【0032】
このようにして作製した本実施の形態に係る燃料電池電極用撥水ペーストを用いたガス拡散層の構造について、図1を参照して説明する。図1に示されるように、本実施の形態の実施例1及び実施例2に係る燃料電池電極用撥水ペーストを多孔体にアプリケーターで塗布して、355℃で焼成してなるガス拡散層1は、多孔体5の上に繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維3とフッ素系樹脂としてのPTFEの微粒子4とを主成分とする撥水層2が均一に積層した構造を有し、固形分としてのカーボン繊維3やPTFEの微粒子4の多孔体5への染み込みもない。これによって、形成されるガス拡散層1の気孔率が大きくなって、触媒層と一体化させて燃料電池電極(アノード及びカソード)を形成して、更に燃料電池を構成して運転した場合に、ガス拡散性及び発生水分の除去能力が大きいために、優れた電力特性(発生電圧)を示すことになる。
【0033】
このようにして、本実施の形態に係る燃料電池電極用撥水ペーストは、撥水ペーストの固形分を適度に凝集させることによって、多孔体5の上に塗布した場合においても固形分が多孔体5に染み込むのを確実に防止して、目詰まりを防いでガス拡散層1の気孔率を大きく保ち、もってガス拡散性及び発生水分の除去能力を向上させて燃料電池の特性を向上させることができる。
【0034】
本実施の形態においては、導電性フィラーとして繊維状の繊維状導電性フィラーとしてのカーボン繊維を用いた場合について説明したが、導電性フィラーとしてはこれに限られるものではなく、繊維状導電性フィラーとしてのカーボンナノチューブや、粒子状導電性フィラーとしてのカーボンブラック、等を用いることもできる。また、本実施の形態においては、フッ素系樹脂ディスパージョンとしてPTFEディスパージョンを用いた場合について説明したが、その他のフッ素系樹脂ディスパージョンを用いても良い。
【0035】
更に、本実施の形態においては、溶解性パラメーター(δ)がδ=21〜26の範囲内のアルコールとして1−ブタノールを用いた場合について説明したが、これに限られるものではなく、δ=21〜26の範囲内のアルコールであれば、その他のアルコールを使用しても良い。
【0036】
本発明を実施するに際しては、燃料電池電極用撥水ペーストのその他の構成、成分、材料、配合、形状、大きさ、製造方法等についても、本実施の形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は本発明の実施の形態にかかる燃料電池電極用撥水ペーストを基材としての多孔体に塗布して焼成してなるガス拡散層の構造を示す断面模式図である。
【符号の説明】
【0038】
1 ガス拡散層
2 撥水層
3 繊維状導電性フィラー
4 フッ素樹脂
5 多孔体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜を中心として構成される固体高分子型燃料電池のガス拡散層を形成するための撥水ペーストであって、
導電性フィラーとフッ素系樹脂ディスパージョンと溶解性パラメーター(δ)がδ=21〜26の範囲内のアルコールとを含有し、前記アルコールの含有量が前記撥水ペースト中の全液体量の2%〜12%の範囲内であることを特徴とする燃料電池電極用撥水ペースト。
【請求項2】
前記導電性フィラーは繊維状の繊維状導電性フィラーであることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池電極用撥水ペースト。
【請求項3】
前記アルコールは1−ブタノールであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の燃料電池電極用撥水ペースト。

【図1】
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【公開番号】特開2008−186728(P2008−186728A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−19581(P2007−19581)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】