説明

燃料電池

【課題】燃料電池の発電経過における温度変化、乾湿変化によって、該燃料電池の膜電極接合体を構成する電解質膜と触媒層の間の変形量が相違する場合において、触媒層に亀裂等の脆性的な破壊が生じない燃料電池を提供する。
【解決手段】電解質膜1と、その両側に配された触媒層2,3と、からなる膜電極接合体4を備えた燃料電池であり、電解質膜1と触媒層2,3は、燃料電池の発電経過においてそれらの変形量が相違するものであり、この触媒層2,3は、触媒インクに増粘剤が添加された触媒溶液から形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、その構成材である電解質膜と触媒層の変形量が、発電経過における温度変化、乾湿変化の際に相違する、燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池の燃料電池セルは、イオン透過性の電解質膜と、該電解質膜を挟持するアノード側およびカソード側の触媒層とから膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)が形成され、この膜電極接合体とこれを挟持するアノード側およびカソード側のガス拡散層(GDL)とから電極体(MEGA:Membrane Electrode & Gas Diffusion Layer Assembly)が形成され、電極体に燃料ガスもしくは酸化剤ガスを提供するとともに電気化学反応によって生じた電気を集電するための金属多孔体からなるガス流路層とセパレータが電極体の両側に配されて構成されている。なお、セパレータにガス流路溝が形成された燃料電池セルも従来一般のものであり、この形態の場合にはガス流路層となる金属多孔体は不要である。実際の燃料電池スタックは、所要電力に応じた基数の燃料電池セルが積層され、スタッキングされることによって形成されている。
【0003】
上記する燃料電池では、アノード電極に燃料ガスとして水素ガス等が提供され、カソード電極には酸化剤ガスとして酸素や空気が提供され、各電極では固有のガス流路層(またはセパレータに形成されたガス流路溝)にて面内方向にガスが流れ、次いでガス拡散層にて拡散されたガスが電極触媒層に導かれて電気化学反応がおこなわれるものである。
【0004】
従来の触媒層の形成方法は、たとえば、テフロンシート(テフロン:登録商標、デュポン社)等の基材表面に、触媒を担持した導電性担体、高分子電解質、分散溶媒を含んだ触媒インク(触媒溶液)を塗工し、次いで該触媒インクをアニールし、乾燥して溶媒を揮発させ、その内部が均一構造(均一径の多孔構造)の触媒層を形成する湿式塗工法が一般に用いられている。なお、この塗工作業は、スプレーで塗布する方法やドクターブレードを使用する方法などがある。
【0005】
ところで、膜電極接合体を構成する電解質膜とアノード側およびカソード側の触媒層に関し、該触媒層は相対的に脆く、剛性も低いことから、燃料電池の発電経過における温度変化、乾湿変化によって、それらの変形量が相違する場合がある。また、電解質膜自体の破損は燃料電池セルの発電不能に直結することから、該電解質膜はある程度の剛性を有しており、場合によっては、補強層を具備する複合構造の形態も存在している一方で、触媒層は、上記形成方法で形成されるに過ぎず、その剛性が極めて低いことは理解に易い。
【0006】
そのため、発電経過における温度変化、乾湿変化により、脆い触媒層が相対的に高剛性な電解質膜の変形に追随することができず、触媒層に亀裂が生じる等の破損の危険性が高いという課題が生じている。
【0007】
ここで、触媒層を所定の厚みとし、その均一性を担保するべく、触媒インクの調合時に増粘剤を使用する触媒層の製造方法に関する技術が、特許文献1に開示されている。しかし、この技術では、発電経過における電解質膜と触媒層双方の変形量が同一か否かが定かではなく、その増粘剤の使用も上記する課題、すなわち、触媒層の脆性的な破壊を解消するためのもではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第2991377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、燃料電池の発電経過における温度変化、乾湿変化によって、該燃料電池の膜電極接合体を構成する電解質膜と触媒層の間の変形量が相違する場合において、触媒層に亀裂等の脆性的な破壊が生じない燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成すべく、本発明による燃料電池は、電解質膜と、その両側に配された触媒層と、からなる膜電極接合体を備えた燃料電池であって、前記電解質膜と前記触媒層は、燃料電池の発電経過においてそれらの変形量が相違するものであり、前記触媒層が、触媒インクに増粘剤が添加された触媒溶液から形成されているものである。
【0011】
本発明の燃料電池は、構成部材である燃料電池セルの膜電極接合体に関し、発電経過における温度変化、乾湿変化を受けた際に、そのアノード側およびカソード側の触媒層と電解質膜との間の変形量が相違するものにおいて、当該触媒層の形成過程で触媒インクに増粘剤が添加された触媒溶液から形成されていることで、触媒層の粘度が向上し、電解質膜の変形に対する変形追随性が向上され、双方の変形量の相違によって、触媒層に割れ、クラック等が生じ難くなっているものである。
【0012】
ここで、触媒層の形成方法は、電解質膜、ガス拡散層(ガス透過層)、もしくは支持フィルム等の基材上に、高分子電解質、分散溶媒、触媒担持担体が混合された触媒インクを塗工し、たとえば100〜130℃程度の温度雰囲気下でアニールし、乾燥等をおこなうことで少なくとも分散溶媒を揮発させて形成されるものである。
【0013】
この触媒インク生成時に、当該インク内に所望の増粘剤を混合しておき、これを基材上に塗工することで、乾燥して形成された触媒層内には、所望割合の増粘剤が含有されている。すなわち、アニール工程および乾燥工程を経て、触媒インクを形成する分散溶媒は揮発される一方で、増粘剤は複数の触媒担持担体表面を被覆してプロトンパスを形成する高分子電解質とともに触媒層を形成することになる。そして、触媒担持担体同士、もしくはこれを被覆する例えば層状の高分子電解質同士を増粘剤が繋ぐことにより、触媒層に割れやクラックが生じない姿勢で、その変形性能が向上する。
【0014】
ここで、使用される増粘剤は特に限定されるものではないが、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)ラテックス、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)水分散体、ポリオレフィン類、ポリイミド、PTFE粉、フッ素ゴム、熱硬化性樹脂、ポリウレタン、ポロエチレンオキシド(PEO)、ポリアニリン(PAN)、ポリビニリデンフロライド(PVdF)、フッ化プロピレン(HFP)、ポリビニルエーテル/メタクリル酸メチル(PVE/MMA)、カゼイン、でんぷん、アルギン酸アンモニウム、ポリビニルアルコール(PVA)、およびポリアクリル酸アンモニウムから選択される1種以上を挙げることができる。
【0015】
また、本発明による燃料電池の好ましい実施の形態は、前記増粘剤の添加量が0.01mg/cm〜0.05mg/cmの目付け範囲である。
【0016】
この「添加量」とは、生成された触媒インクに添加される増粘剤の添加量のことであり、本発明者等はこれを増粘剤の目付け(量)で規定している。
【0017】
本発明者等によれば、増粘剤の添加量が上記範囲にある場合に、触媒層(が形成された電解質膜)を引っ張った際に該触媒層に亀裂が生じるまでの強度(引張強度)と、発電性能、特に高電流密度領域における発電性能の高い燃料電池が得られることが実証されている。本発明者等は、この引張強度をもって、相対的に高剛性で、変形量も大きな電解質膜の変形に対して、触媒層に亀裂等が生じることなく変形追随できる性能を評価することとした。
【0018】
より具体的には、上記引張力(引張耐力)に関し、増粘剤の添加量(目付け量)をゼロから増加させていった際に、目付けが0.01mg/cmで引張力に関するグラフの変曲点を向かえ、その後は微増した後に増粘剤の添加量に関わりなくサチュレートする傾向を示すことが特定されている。
【0019】
一方、増粘剤の添加量が多くなることは、ガスの透過性能、プロトン伝導性を低下させる要因となることは理解に易く、結果として燃料電池セルの発電性能が低下することとなるが、1.5(A/cm)程度の高密度電流の場合に、目付け:0.05mg/cmで発電電圧低下の変曲点を向かえ、増粘剤が多くなるにつれて低下傾向が顕著になる。なお、電流密度が低くなると、その変曲点は、増粘剤の添加量がより多い領域に移行する傾向を示すものの、増粘剤の添加量の増量によって発電性能が低下傾向を示すことは、高密度電流の場合と同様である。
【0020】
そこで、本発明者等は、燃料電池セルの温度変化、乾湿変化に対する触媒層の引張耐力の観点から、増粘剤添加量の下限値を上記数値に規定し、高密度電流時の発電性能の観点から、増粘剤添加量の上限値を上記数値に規定したものである。上記する数値範囲の増粘剤が添加された触媒層を具備する膜電極接合体、これを備えた燃料電池セルによれば、乾湿変化等で電解質膜と触媒層の変形量が相違するものにおいて、相対的に高剛性の電解質膜の変形に対する触媒層の当該変形への追随性を向上させることができ、触媒層自体の対クラック性を向上させることができるため、耐久性の高い燃料電池セルを得ることができる。
【0021】
なお、上記する本発明の燃料電池を構成する燃料電池セルの構造は、膜電極接合体(MEA)のアノード側とカソード側の双方に拡散層基材と集電層からなるガス拡散層を具備する形態、アノード側とカソード側のいずれか一方は集電層のみを具備する(拡散層基材が廃された)形態の双方を含んでいる。また、本明細書では、これらのいずれの形態も電極体(MEGA)と称呼している。また、電極体の両側にガス流路溝が形成されたセパレータが直接配された形態は勿論のこと、いわゆるフラットタイプのセパレータと電極体の間に、ガス流路層(エキスパンドメタル等の金属多孔体)が配された形態を含むものである。さらに、「ガス透過層」とは、ガス拡散層とガス流路層の双方を含む意味である。したがって、ガス流路層を具備しないセル形態においては「ガス透過層」は「ガス拡散層」を意味するものであり、ガス拡散層とガス流路層の双方を具備するセル形態においては「ガス透過層」は「ガス拡散層」と「ガス流路層」の双方もしくはいずれか一方を意味するものである。
【発明の効果】
【0022】
以上の説明から理解できるように、本発明の燃料電池によれば、燃料電池セルの構成部材である電解質膜と触媒層の間で、燃料電池の発電経過においてそれらの変形量が相違するものにおいて、所望量の増粘剤が添加された触媒インクにて当該触媒層が形成されていることにより、引張強度もしくは変形性能に優れた触媒層が得られ、もって耐久性と発電性能に優れた燃料電池を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の燃料電池を構成する電極体の一実施の形態の縦断面図である。
【図2】(a)は、図1のII−II矢視図であって、燃料電池セルが乾湿変化を受け、電解質膜と触媒層が変形している状況を示した模式図であり、(b)は、従来構造の燃料電池セルにおいて、(a)と同様に電解質膜と触媒層が変形している状況を示した模式図である。
【図3】触媒層への増粘剤の添加量を規定するための実験結果であり、本発明の燃料電池を構成する膜電極接合体を具備する燃料電池セルで、増粘剤の添加量を変化させた際の複数の実施例の引張力(引張耐力)および発電電圧を、増粘剤が添加されていない触媒層を具備する燃料電池セル(比較例)の結果で正規化して示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の燃料電池を構成する電極体の一実施の形態の縦断面図であり、図2aは、図1のII−II矢視図であって、燃料電池セルが乾湿変化を受け、電解質膜と触媒層が変形している状況を示した模式図であり、図2bは、従来構造の燃料電池セルにおいて、図2aと同様に電解質膜と触媒層が変形している状況を示した模式図である。
【0025】
図1で示す燃料電池セルを構成する電極体10は、電解質膜1と、カソード側触媒層2およびアノード側触媒層3と、から形成された膜電極接合体4を、カソード側およびアノード側のガス拡散層5,6(ガス透過層)が挟持して構成される。なお、この電極体10を、カソード側およびアノード側の不図示のガス流路層(ガス透過層、金属多孔体)が挟持し、さらに、たとえば不図示の3層構造のセパレータがガス流路層を挟持することで燃料電池セルが構成される。そして、図示する電極体10を具備する燃料電池セルが所定基数だけ積層されて燃料電池スタックをなし、それらの外側にそれぞれ、不図示のターミナルプレート、絶縁プレート、総マイナス側エンドプレートおよび総プラス側エンドプレートが配され、不図示のテンションプレートを介して全体がスタッキングされることにより、燃料電池が形成されるものである。
【0026】
触媒層2,3は電解質膜1に比してそれらの面積が狭小であり、したがって、電解質膜1の両側の触媒層2,3の周縁には該触媒層2,3が存在しない露出領域が形成され、この露出領域には、カソード側およびアノード側の保護フィルム7A,7Bが配されて、ガス拡散層5,6から突出する毛羽が電解質膜1の露出領域に突き刺さるのを防護している。
【0027】
ここで、膜電極接合体4を構成する電解質膜1は、たとえば、スルホン酸基やカルボニル基を持つフッ素系イオン交換膜、置換フェニレンオキサイドやスルホン化ポリアリールエーテルケトン、スルホン化ポリアリールエーテルスルホン、スルホン化フェニレンスルファイドなどの非フッ素系のポリマーなどから形成される。
【0028】
また、カソード側触媒層2,アノード側触媒層3はともに、触媒が担持された導電性担体(粒子状のカーボン担体など)と、高分子電解質(アイオノマ)と、分散溶媒(有機溶媒)と、を混合して触媒インクを生成し、さらに、この触媒インク内の所定量(所定目付け量)の増粘剤が添加され、混合されたものを、電解質膜1やガス拡散層5,6等の基材にたとえば塗工ブレードにて層状に引き伸ばして塗膜を形成し、アニールし、温風乾燥炉等で乾燥することで形成される。
【0029】
ここで、触媒インクに添加される増粘剤としては、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)ラテックス、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)水分散体、ポリオレフィン類、ポリイミド、PTFE粉、フッ素ゴム、熱硬化性樹脂、ポリウレタン、ポロエチレンオキシド(PEO)、ポリアニリン(PAN),ポリビニリデンフロライド(PVdF)、フッ化プロピレン(HFP)、ポリビニルエーテル/メタクリル酸メチル(PVE/MMA)、カゼイン、でんぷん、アルギン酸アンモニウム、ポリビニルアルコール(PVA)、およびポリアクリル酸アンモニウムから選択される1種以上を適用できる。
【0030】
そして、増粘剤の好ましい添加量は、以下で説明する本発明者等による実験結果より、0.01mg/cm〜0.05mg/cmの目付け範囲であることが、触媒層の引張耐力および燃料電池セルの発電性能双方の観点から望ましい。
【0031】
また、触媒インクを形成する高分子電解質は、プロトン伝導性ポリマーである、有機系の含フッ素高分子を骨格とするイオン交換樹脂、例えばパーフルオロカーボンスルフォン酸樹脂、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレン等のスルホン化プラスチック系電解質、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルケトン、スルホアルキル化ポリエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリスルホン、スルホアルキル化ポリスルフィド、スルホアルキル化ポリフェニレンなどのスルホアルキル化プラスチック系電解質などを挙げることができる。なお、市販素材としては、ナフィオン(Nafion)(登録商標、デュポン社製)やフレミオン(Flemion)(登録商標、旭硝子株式会社製)などを挙げることができる。
【0032】
また、分散溶媒としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール等のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルイミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、プロピレンカーボネート、酢酸エチルや酢酸ブチルなどのエステル類、芳香族系あるいはハロゲン系の種々の溶媒を挙げることができ、さらには、これらを単独で、もしくは混合液として使用することができる。
【0033】
さらに、触媒が担持された導電性担体に関し、この導電性担体としては、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバーなどの炭素材料のほか、炭化ケイ素などに代表される炭素化合物などを挙げることができ、この触媒(金属触媒)としては、たとえば、白金や白金合金、パラジウム、ロジウム、金、銀、オスミウム、イリジウムなどのうちのいずれか一種を使用することができ、好ましくは白金または白金合金を使用するのがよい。さらに、この白金合金としては、たとえば、白金と、アルミニウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ガリウム、ジルコニウム、モリブデン、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、バナジウム、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、チタンおよび鉛のうちの少なくとも一種との合金を挙げることができる。
【0034】
また、ガス拡散層5,6は、拡散層基材51,61と、集電層52,62(MPL)からなるものであり、拡散層基材51,61としては、電気抵抗が低く、集電を行えるものであれば特に限定されるものではないが、たとえば、導電性無機物質を主とするものを挙げることができ、この導電性無機物質としては、ポリアクリロニトリルからの焼成体、ピッチからの焼成体、黒鉛及び膨張黒鉛等の炭素材やこれらのナノカーボン材料、ステンレススチール、モリブデン、チタン等を挙げることができる。また、拡散層基材の導電性無機物質の形態は特に限定されるものではなく、たとえば繊維状あるいは粒子状で用いられるが、ガス透過性の点から無機導電性繊維であって、特に炭素繊維が好ましい。無機導電性繊維を用いた拡散層基材としては、織布あるいは不織布いずれの構造のものも使用することができ、カーボンペーパーやカーボンクロスなどを挙げることができる。織布としては、紋織、平織など、特に限定されるものではなく、不織布としては、抄紙法、ウォータージェットパンチ法によるものなどが挙げられる。さらに、この炭素繊維としては、フェノール系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維などを挙げることができる。さらに、集電層62,52は、アノード側、カソード側の触媒層3,2から電子を集める電極の役割を果たすとともに生成水を排水する撥水作用を奏するものであり、導電性材料である、白金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、イリジウム、金、銀、銅及びこれらの化合物または合金、導電性炭素材料などから形成できる。
【0035】
次に、図2を参照して、燃料電池セル供用時の乾湿変化の際の電解質膜および触媒層の変形態様に関して説明する。なお、図2aは、本発明の燃料電池を構成する電解質膜および触媒層の変形態様を、図2bは、触媒層中に増粘剤が添加されていない従来構造の膜電極接合体を具備する燃料電池セルにおける当該電解質膜および触媒層の変形態様をそれぞれ示している。
【0036】
本発明の燃料電池セルを構成する膜電極接合体においては、アノード側およびカソード側双方の触媒層2,3に、上記する添加量範囲に調整された増粘剤が添加されていることにより、図2aで示すごとく、電解質膜1と触媒層2,3が温度変化や乾湿変化に起因して膨潤と収縮を繰り返した場合でも(X方向)、触媒層2,3にはクラックや亀裂等が生じることなく、電解質膜1の変形に追随しながら自身も膨潤および収縮できることが本発明者等によって特定されている。なお、この温度変化は、燃料電池セルが停止している状態〜高負荷発電時の温度変化である、たとえば0〜80℃程度の温度範囲である。
【0037】
一方、触媒層2’中に増粘剤が添加されていない従来構造の膜電極接合体を具備する燃料電池セルにおいては、その電解質膜1’が膨潤する際の変形に触媒層2’が追随することができず、結果として、触媒層2’中に図2bで示すごとき複数のクラックCが生じてしまうこともまた、本発明者等によって特定されている。触媒層中にクラックが形成されてしまうと、このクラックや亀裂を介してガスのクロスリーク耐久が低下する等し、燃料電池セルの発電性能低下、耐久期間短縮等の問題に直結する。
【0038】
[触媒層への増粘剤の添加量を規定するための実験とその結果]
本発明者等は、触媒層への増粘剤の最適な添加量範囲を規定するべく、以下の実験をおこなった。この実験は、触媒層への増粘剤の添加量が変化することにより、一つは、当該触媒層を具備する膜電極接合体において、電解質膜および触媒層が温度変化とこれに起因する乾湿変化によって膨潤と収縮を繰り返した際に、該触媒層にクラック等が生じることなく、相対的に高剛性な電解質膜の変形に追随できること、他の一つは、増粘剤の添加量の変化により、燃料電池セルの発電性能が変化すること、の双方を検証し、双方の検証結果から触媒層へ添加する増粘剤の添加量を規定しようとするものである。なお、本発明者等は、この増粘剤の添加量を目付け(量)で規定することとした。
【0039】
この実験においては、触媒層を形成する導電性担体であるカーボンの目付けを0.4mg/cmとし、高分子電解質(アイオノマ)の目付けを0.3mg/cmとしている。
そして、触媒である白金は、その担持密度を50%のものを使用してその目付けを0.4mg/cmとし、使用する増粘剤には、日本乳化剤製の製品:N1310を適用した。さらに、電解質膜には、デュポン社製のナフィオン(N)112を適用した。
【0040】
上記する高分子電解質と触媒担持担体、さらに分散溶媒を混合して触媒インクを生成し、これに増粘剤を全く添加しないもの、増粘剤をそれぞれ、0.005,0.01,0.02,0.04,0.05,0.06,0.08,0.1,0.15mg/cm添加したもの、を生成し、それらの触媒インクを上記する電解質膜に塗工し、アニール後に乾燥させて、それぞれの膜電極接合体を製作した。
【0041】
それぞれの膜電極接合体を具備する燃料電池セルを試作し、増粘剤が添加されていない触媒層を具備する燃料電池セルを比較例とし、上記複数種の増粘剤添加量のものの触媒層を具備する燃料電池セルを実施例として、乾湿を変化させ、触媒層にクラックが生じる際の引張強度を測定した。本発明者等は、このクラックが生じる際の引張強度をもって、各燃料電池セルの触媒層の引張耐力、もしくは電解質膜の変形に追随し得る変形性能に同定することとした。
【0042】
さらに、比較例および実施例の各燃料電池セルに対して、電流密度:1.0(A/cm)、1.5(A/cm)の際の発電電圧を計測する発電試験を実施した。
上記試験の諸条件と各試験結果を以下の表1と図3に示している。
【表1】

【0043】
表1および図3において、引張力、発電電圧のいずれも、増粘剤が添加されていない従来構造の比較例の値を1.0に正規化し、各実施例の値はこの比較例の値に対する比率で示している。
【0044】
実験結果より、まず、引張力(引張耐力)に関し、増粘剤の添加量(目付け量)をゼロから増加させていった際に、目付けが0.01mg/cmで引張力に関するグラフの変曲点を向かえ、その後は微増した後に増粘剤の添加量に関わりなくサチュレートする傾向を示すことが実証された。
【0045】
一方、増粘剤の添加量が多くなることは、ガスの透過性能、プロトン伝導性を低下させる要因となり、燃料電池セルの発電性能が低下することとなるが、1.5(A/cm)程度の高密度電流の場合に、目付け:0.05mg/cmで発電電圧低下の変曲点を向かえ、増粘剤が多くなるにつれて低下傾向が顕著になることが実証された。なお、電流密度が相対的に低い1.0(A/cm)では、その変曲点は、増粘剤の添加量がより多い領域に移行する傾向を示すものの、増粘剤の添加量の増量によって発電性能が低下傾向を示すことは、電流密度が1.5(A/cm)の場合と同様である。
【0046】
この触媒層の引張耐力に関する試験結果より、増粘剤の添加量(目付け)の上限値を0.05mg/cmに規定し、発電性能に関する試験結果より、増粘剤の添加量(目付け)の下限値を0.01mg/cmに規定するのが望ましいことが特定された。
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0047】
1…電解質膜、2…カソード側触媒層、3…アノード側触媒層、4…膜電極接合体、5…カソード側のガス拡散層(ガス透過層)、6…アノード側のガス拡散層(ガス透過層)、10…電極体、51…拡散層基材、52…集電層(MPL)、7A,7B…保護フィルム、10…電極体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜と、その両側に配された触媒層と、からなる膜電極接合体を備えた燃料電池であって、
前記電解質膜と前記触媒層は、燃料電池の発電経過においてそれらの変形量が相違するものであり、
前記触媒層が、触媒インクに増粘剤が添加された触媒溶液から形成されている、燃料電池。
【請求項2】
前記増粘剤の添加量が0.01mg/cm〜0.05mg/cmの目付け範囲である、請求項1に記載の燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−282934(P2010−282934A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−137348(P2009−137348)
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】