説明

物体保持用シート、試験方法及び物体処理装置

【課題】 細胞、胚や個体などの生体、あるいはこれらと同サイズの粒子などの物体を配置して効率よく分析、分取など操作するために有用な物体の保持用シート及び物体の処理装置を提供すること。
【解決手段】2以上の貫通した空孔を有するシート部材と、前記各空孔に対応する落下防止部材とを有する、2以上の物体を保持する物体保持用シートであって、前記空孔の大きさが前記物体の1つのみを保持できる大きさであり、且つ前記落下防止部材が前記各空孔の一方の開口部の近傍に、前記各空孔で保持される前記物体が前記開口部を通過できないように配置されている、ことを特徴とする物体保持用シートである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞、胚や個体などの生体、あるいはこれらと同サイズの粒子などの物体を配置し、その物体に対して効率よく分析、分取など操作するために有用な物体保持用シート、試験方法及び物体処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発分野や病気の診断分野においては、大量でかつ迅速なバイオアッセイを行い、化学物質や生物活性物質等に対し、その影響をハイスループットで確実に評価していくシステムが求められている。
バイオアッセイシステムで大量・迅速な処理を行うためには、細胞や胚などの微小な生体に対して決められた位置に配列させ、当該生体に対して所定の物質の投与、液交換、計測や分別など所定の操作を、効率よく行わなければならない。
【0003】
従来、ピペットなどを用いる操作によって、マイクロウェルプレートの凹部に細胞、胚や個体などの生体を個別に隔離して配置するバイオアッセイシステムが知られている。一般に、細胞や胚などの生体は非常に小さいものかつ壊れやすいものであることから、慎重でかつ正確な取り扱いが必要である。
この操作には、熟練した技術を要する。また発生過程の胚などは、短時間で成育していくため処理に与えられた時間はきわめて短い。このため、マイクロウェルプレートを用いて迅速に多量の生体試料を配置する処理には限界がある。
【0004】
マイクロウェルプレートに依らないバイオアッセイシステムとして、マイクロ流体流路を用いるものが知られている。特許文献1には、流路中に設けられた凹部や、くびれによって、細胞、胚や個体などの生体を保持する方法が開示されている。また特許文献2には、テーパー付けした貫通孔アレイにマイクロスフェアーを保持する例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2007−504816号公報
【特許文献2】特表2004−510996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献に記載の従来技術では、保持された物体が流路中の液体の流れを遮るため、効率的に液体を交換することが出来ないという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の発明者は、鋭意に研究した結果、2以上の貫通した空孔を有するシート部材と、前記各空孔に対応する落下防止部材とを有する、2以上の物体を保持する物体保持用シートであって、前記空孔の大きさが前記物体の1つのみを保持できる大きさであり、且つ前記落下防止部材が前記各空孔の一方の開口部の近傍に、前記各空孔で保持される前記物体が前記開口部を通過できないように配置されている、ことを特徴とする本発明の物体保持用シートを見出した。
【0008】
また、前記貫通した空孔の中に液体と共に前記物体を保持させる工程と、前記物体に対して物質を投与する工程と、前記貫通した空孔の一方の開口部より液体を供給しながら、前記落下防止部材の設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させる工程とを含む、本発明の物体保持用シートを用いた物体に対する試験方法をも見出した。
【0009】
さらに、本発明の物体保持用シートを保持する保持手段と、前記物体保持用シートの貫通した空孔に液滴を付与するための付与手段と、前記落下防止部材の設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させる排出手段とを有し、更に、前記シート部材の貫通した空孔に物体を配置するための配置手段(手段(A))と、前記物体保持用シートの周囲環境を所定の環境に制御するための制御手段(手段(B))と、前記物体保持用シートの貫通した空孔に保持された物体の状態を観察するための観察手段(手段(C))と、前記物体保持用シートの貫通した空孔に保持された物体を前記物体保持用シートから移送するための移送手段(手段(D))と、前記物体保持用シートの貫通した空孔の位置を認識するための認識手段(手段(E))との少なくとも一つを有する物体処理装置をも見出した。
【発明の効果】
【0010】
本発明の物体保持用シートでは、貫通した空孔を有するため、液体は遮られることなく容易に液体を交換し、効果的に物体を回収したり、入れ替えしたりすることができる。さらに、本発明の物体保持用シートを用いた試験方法又は処理装置では、多数の細胞、胚や個体などの生体、あるいはこれらと同サイズの粒子などを、簡便かつ個別に配置し、効率よく試験、分析、分取することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の物体保持シートを例示する図である。
【図2】本発明の着脱可能な物体保持シートを例示する図である。
【図3】実施例で示した物体保持シートのシート部材と落下防止部材の平面図である。
【図4】実施例で撮影した卵細胞の画像である。
【図5】実施例で撮影したピン状落下防止部位の画像である。
【図6】実施例で使用した処理装置のシステム構成の概略図である。
【図7】実施例で使用した物体保持シートのシート部材の平面図である。
【図8】実施例で使用した物体保持シートのシート部材の一部分の平面寸法図である。
【図9】実施例で撮影した物体保持シートの画像である。
【図10】実施例で撮影した卵細胞の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を用いての本発明の実施形態について説明する。なお、個々に開示する実施形態は、本発明の物体保持用シート、試験方法及び物体処理装置の例であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0013】
本発明は、2以上の貫通した空孔を有するシート部材と、前記各空孔に対応する落下防止部材とを有する、2以上の物体を保持する物体保持用シートである。その特徴は、前記空孔の大きさが前記物体の1つのみを保持できる大きさであり、且つ前記落下防止部材が前記各空孔の一方の開口部の近傍に、前記各空孔で保持される前記物体が前記開口部を通過できないように配置されていることである。
【0014】
本発明でいう「物体」とは、細胞、胚や個体などの生体、あるいはこれらと同サイズの粒子を含む。
前記生体は、卵母細胞、あるいは胚の個体、孵化後の個体、または胚から生育している個体を含む。個体としては、脊椎動物が受精卵から成体になる過程をすべて含む。また、胚とは、卵の受精時から孵化するまでの時期にある個体を指す。よって、胚の個体として、卵(受精卵)が好ましい。また、胚から生育している個体とは、例えば、受精卵の状態から孵化するまでの胚発生が進行している個体、さらには受精卵から孵化後、魚類であれば稚魚(成体型とみなす)、両生類であれば幼生になった状態で存在する個体を含む。
【0015】
脊椎動物としては、ラット・マウスの小動物に加え、ブタ・イヌ・サル・ヒトなどの大動物も使用可能であるが、好ましくは、多産である両生類・魚類である。試験設備の維持管理の点からは、できるだけ小型で多産の魚類を用いることが好ましい。また、胚が透明であることが更に好ましい。また、化学物質が個体としての魚類に及ぼす影響と、ヒトに対する影響とを比較するためには、そのゲノムシークエンスが判明、或いは近い将来に判明するであろうことが分かっているものを使用することが好ましい。そのような両生類・魚類として、特に好ましいものとして、アフリカツメガエル、トラフグ、メダカ、ゼブラフィッシュを例示することができる。
【0016】
前記粒子としては、細胞、胚や個体などの生体と同サイズであれば、特に制限はなく用いることができる。好ましくは、粒径1μm以上10mm以下の粒子である。
前記粒子の材質としては、例えば有機高分子物質、無機物質等が挙げられる。有機高分子物質としては、例えばアクリル酸重合体、スチレン重合体、メタクリル酸重合体等が挙げられる。無機物質としては、シリカ、アルミナ、磁性酸化鉄等が挙げられる。
【0017】
前記粒子の素材の色は特に制限されないが、顕微鏡観察には光の反射を抑える素材、さらに蛍光顕微鏡観察などを行う場合は自家蛍光のない素材が好ましい。前記粒子の表面には、試験目的により、他の機能性分子を表面に担持させていてもよい。このような機能性分子としては、抗体、抗原、核酸、アプタマー、糖鎖、酵素などが挙げられる。
【0018】
(第一実施形態)
本発明の物体保持用シートの第一実施形態は、図1(a)で示す斜視図、図1(b)で示す断面図及び平面図からわかるように、1つ以上の貫通した空孔2を有するシート部材1と、前記各空孔2に少なくとも1つ以上の落下防止部材6とを有する。
【0019】
図2に示すように、シート部材1は、ベース(基体)7に複数(1つ以上)の貫通した空孔(開口部)2を有する。ベース7の材質は、空孔2を形成できる材料であれば如何なるものでも使用できる。例えば、鉄、銅、アルミニウム等の金属類、またはそれらを含む合金類、またガラスやアルミナ、シリコン等のセラミックス類、テフロン(登録商標)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアセタール、シリコンゴム、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ナイロン等のプラスチック樹脂、またはそれらの複合材料が使用できる。但し、ベース7の材質は、基本的に水に溶解したり、その成分が溶出したりしないものが好ましい。また、本発明の物体保持用シートの空孔2の内壁は液体が保持しやすいように、親水化処理を施したり粗面化したりすることが好ましい。シート部材1の表面の素材の色は特に限定されないが、顕微鏡観察には光の反射を抑える素材、さらに蛍光顕微鏡観察等を行う場合は自家蛍光のない素材が好ましい。
【0020】
本発明において、空孔の大きさが前記物体1つのみを保持できる大きさである。つまり、各空孔2の大きさは、前記物体を1つ保持可能であるが、2つの物体は保持できない大きさである。前記物体を1つ空孔2に効率よく安定に保持させるには、空孔2は、前記物体のサイズに比べ適当な開口面積を有し、かつ適当な厚みでなければならない。
【0021】
本発明において、「物体を保持する」とは、前記物体が液体と共に保持されることをいう。前記液体はシート部材1の空孔2の内壁に対して相互作用力(付着力)で保持され、さらに前記物体は前記液体に包み込まれる状態で前記液体の表面張力で、貫通され底を有しない空孔2から脱落されずに保持されていると推測される。よって、本発明の物体保持用シートでは、前記物体及びその周辺に液体を含んでいる状況下で、前記空孔2の大きさでは、空孔2内に保持させた液体とともに1つの物体を保持可能であり、且つ2個以上の該物体は保持できない。
【0022】
各空孔2の開口面積は、各々保持する前記物体の最大断面積の1.05倍から2.63倍の範囲であることが好ましい。また、前記物体を1つずつ空孔2に保持する確率をより高め安定的に保持させるには、より好ましくは各空孔2の開口面積は、前記物体の最大断面積の1.2〜2.25倍の範囲であることが好ましい。前記物体の最大断面積とは、卵等の球及び略球体であれば、球の重心を通る切断面の面積をいう。また、前記物体が稚魚や両生類の幼生である場合の最大断面積とは、液体と共に保持される空孔2中において安定して取り得る体勢における稚魚等の横(水平)断面積をいう。また、本発明の物体保持シートは、前記物体を保持する際は通常、水平に保たれることが好ましい。
【0023】
また、2つ以上の物体が保持できない大きさとは、少なくとも空孔2に対して2つの物体の最大断面を幾何学的配置できない大きさを示す。空孔2の開口面積が物体の最大断面積の1.05倍未満であれば空孔に液体と共に物体が配置されにくく、また2.63倍を超えると液体と共に複数個配置する場合が多くなる。また、同一のべース7に異なる複数面積の空孔2が設けられていてもよい。
【0024】
ベース7の厚みは、特に均一である必要はない。しかし、空孔2の近傍の厚みは、前記物体を一つのみ配列させる目的からすれば、保持される各々の物体の最大の厚さの0.2倍から1.9倍の厚みであることが好ましい。前記物体の最大の厚さとは、卵等の球及び略球体であれば、最大の断面積の直径を指す。また、前記物体が稚魚や両生類の幼生である場合の最大の厚さとは、液体と共に保持される空孔2中において安定して取り得る体勢における稚魚等の縦方向の厚さをいう。
【0025】
例として、直径が1mm程度の卵細胞を保持する場合、空孔2の厚さは0.2〜1.9mmの範囲であることが好ましい。物体の最大の厚さ(球体の場合は直径)の0.2倍未満であれば、前記物体に対して液体の保持量が少ないために安定的に物体を保持できない。その結果、配置する際に脱落する割合が増える。また、前記物体の最大の厚さ(球体の場合は直径)の1.9倍を超えると複数の物体が保持される割合が増えてしまう。
また、液体と共に前記物体を1つ空孔2に効率よく安定に保持させるための空孔2の開口面積を有すれば、その空孔2の形状は、図1で例示された円形以外、四角形等の多角形、楕円形、星型等いずれかの形状でも良い。
【0026】
また、本発明の物体保持用シートは、ベース7に複数の貫通した空孔2を有する。その配置は、ベース7のいかなる領域でもよいが、規則的に配列される方が後述する物体に対する試験や物体に対する処理の自動化にとって好ましい。また、1つのベース7に設けられる空孔2の個数や配置密度について何ら制限はない。操作上の観点からは、空孔2の直径がおよそ1mm程度であれば、配置密度が10個/cm〜100個/cmの範囲にあることが好ましい。すなわち10個/cm未満であれば、空孔以外の面積が広く、その領域に水滴が孤立しやすくなる。従って該水滴と共に空孔2以外の領域に物体が配置され、配列の効率が低下する。また、100個/cmを超えると、空孔2の間の距離が十分取れないために、その後の取り扱いで前記物体を保持する液体が隣の空孔の保持する液体と交じり合う等コンタミネーションしやすくなる不具合が起こりやすい。すなわち、本発明の物体保持用シートの面積と空孔2の面積の比(開口率)は、7.9%〜78.5%の範囲に入ることが好ましい。
【0027】
また、本発明の物体保持用シートの複数の空孔2に前記物体をそれぞれ1個のみ保持させるが、必ずしもすべての空孔2内に前記物体を保持させなくても良い。但し、前記物体を保持させる空孔2の割合が極端に低下すると、後で物体に対する試験を行う際に、効率が低下する。
【0028】
断面図(図1(b))から分かるように、落下防止部材6は空孔2の一方(底部)の開口部の近傍に、空孔2で保持される前記物体が前記開口部を通過できないように配置されている。ここでいう「通過」とは、保持される物体が、開口部と落下防止部材6の隙間を通り抜けることである。
【0029】
落下防止部材6の大きさ(長さ、厚み及び幅)について、落下防止部材6が配置されている開口部から前記物体を通過させない大きさであれば特に制限はない。例えば、落下防止部材6の長さの例にすれば、図1(b)、(c)及び(d)に示すように、前記開口部の直径の1/3の長さ、1/2の長さ及び直径に等しい長さ等が挙げられる。
また、本実施形態の落下防止部材6の形成方法にも制限はなく、空孔2と同時に貫通処理によって形成されてもよく、貫通した空孔2の一方の開口部に後に付加して形成させてもよい。また、落下防止部材6の材質または色彩等は、ベース7と同じであることが好ましい。
【0030】
(第二実施形態)
本発明の物体保持用シートの第二実施形態は、シート部材1と落下防止部材6とが一体になっている(着脱できない)第一実施形態に対し、着脱できる落下防止部材6を有する物体保持用シートである。具体的には図2の(b)、(e)及び(h)に示されているように、シート部材1に対して着脱可能な枠材8及び枠材8に取り付けられている複数の落下防止部位3からなる。
【0031】
枠材8の材質は、落下防止部位3を取り付けることができる材料であれば如何なるものでも使用できる。例えば、鉄、銅、アルミニウム等の金属類、またはそれらを含む合金類、またガラスやアルミナ、シリコン等のセラミックス類、テフロン(登録商標)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアセタール、シリコンゴム、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ナイロン等のプラスチック樹脂、またはそれらの複合材料が使用できる。但し、枠材8の材質は、基本的に水に溶解したり、その成分が溶出したりしないものが好ましい。また、枠材8の材質は落下防止部位3を取り付けても形が歪まないように剛性を有することが好ましい。
【0032】
該落下防止部位3は、線状、メッシュ状あるいはピン状等の形状を有し、枠材8の上に複数設けられている。図2(a)は、線状の落下防止部位3を有する物体保持用シートの一例を模式的に示す斜視図である。図2(b)は、枠材8及び線状の落下防止部位3からなる落下防止部材6とシート部材1とが着脱した状態にある物体保持用シートを模式的に示した斜視図である。図2(c)は、線状の落下防止部位3を有する物体保持用シートの空孔2と線状の落下防止部位3との位置関係を示した断面図である。
【0033】
また、図2(d)は、メッシュ状の落下防止部位3を有する物体保持用シートの一例を模式的に示す斜視図である。図2(e)は、枠材8及びメッシュ状の落下防止部位3からなる落下防止部材6とシート部材1とが着脱した状態にある物体保持用シートを模式的に示した斜視図である。図2(f)は、メッシュ状の落下防止部位3を有する物体保持用シートの空孔2とメッシュ状の落下防止部位3との位置関係を示した断面図である。
【0034】
さらに、図2(g)は、ピン状の落下防止部位3を有する物体保持用シートの一例を模式的に示す斜視図である。図2(h)は、吸水・透水性部材9を有する枠材8及びピン状の落下防止部位3からなる落下防止部材6とシート部材1とが着脱した状態にある物体保持用シートを模式的に示した斜視図である。図2(i)は、ピン状の落下防止部位3を有する物体保持用シートの空孔2とピン状の落下防止部位3との位置関係を示した断面図である。
なお、吸水・透水性部材9はここで、表示の便宜上、ピン状の落下防止部位3を支えている部材になっている。ピン状の落下防止部位3を用いる場合では、必ずししも吸水・透水性部材9のような支持体を要せず、例えば、後述の実施例2のように、各空孔2の中心部と等間隔に、枠材8で束ねた爪楊枝の先端で構成されるピン状の落下防止部位3が例として挙げられる。
【0035】
落下防止部位3が、線状、メッシュ状又はピン状である場合には、落下防止部位3と空孔2の一方の開口部との距離は、保持される物体が通過できない範囲で、可能な限り大きく空けた方が好ましい。ここで、開口部との距離とは、開口部の縁と落下防止部位とを結ぶ線分の長さを用いて、以下の様に定義される。開口部の縁を閉じた曲線と考えると、この曲線上の各点と、落下防止部位とを結ぶ距離が最短となる線分の集合を想定することができる。このうち、長さが最大となる線分の長さを「距離の最大値」として、また長さが最小となる線分の長さを「距離の最小値」として、それぞれ定義する。また、開口部から落下防止部位を射影した時、落下防止部位の影以外の部分について、その面積が最大となる部分の面積を「開口面積」として定義する。
【0036】
また保持される物体の大きさについて、以下の様に定義する。保持される物体を横切る任意の直線を想定する。これらの直線のうち、物体の最外周によって区切られる線分の長さが最大となる直線を、「物体の長軸」と定める。物体を長軸方向で射影したとき、その物体の影の面積を「物体の射影面積」として定義する。また、物体の長軸に直交する任意の直線を想定する。これらの直線のうち、物体の最外周によって区切られる線分の長さが最大となる線分の長さを「物体の厚さ」として定義する。
【0037】
保持される物体が通過できない範囲とは、落下防止部位が、線状又はピン状である場合には、前記「距離の最大値」が、前記「物体の厚さ」よりも小さいことであるとする。また、落下防止部位が、メッシュ状である場合には、保持される物体が通過できない範囲とは、前記「距離の最大値」が、前記「物体の厚さ」よりも小さく、且つ前記「開口面積」が、前記「物体の射影面積」よりも小さいことであるとする。
【0038】
保持される物体が通過できない範囲で、前記「距離の最小値」は可能な限り大きくすることが好ましい。例えば、前記「距離の最大値」は、前記「物体の厚さ」の0.1倍から0.95倍の範囲であることが好ましい。線状、メッシュ状の落下防止部位3がシート部材1に対して近すぎる(前記「距離の最小値」が前記「物体の厚さ」の0.1倍未満)と、これらの落下防止部位3とシート部材1との間に毛管力により液体が保持され、隣接する空孔2の間の液体が混合するので好ましくない。
よって、これらの落下防止部位3の材質は、隣接する空孔2の間の液体の混合を防止するため疎水性であることが好ましい。具体的には、ポリスチレン、ナイロン等のプラスチック樹脂が挙げられる。また、親水性の材質であっても疎水性加工されれば、本発明の落下防止部位3として用いることができる。
【0039】
複数の落下防止部位3の間隔は、シート部材1に設けられた空孔2の間隔と揃えられ、落下防止部材6をシート部材1の片面に隣接して配置したときに、各空孔2の一方の開口部の近傍に配置される。
具体的には、前記線状の落下防止部位3を有する物体保持用シートでは、各空孔2の一方の開口部の近傍に少なくとも一本の線状の落下防止部位3が配置されることが好ましい。また、前記メッシュ状の落下防止部位3を有する物体保持用シートでは、各空孔2の一方の開口部の近傍に少なくとも一つ交差点が配置されることが好ましい。また、前記ピン状の落下防止部位3を有する物体保持用シートでは、各空孔2の一方の開口部の近傍に少なくとも1つのピン状の落下防止部位3が配置されることが好ましい。
【0040】
また、複数の空孔2と複数の落下防止部位3がそれぞれ対応して配置されるように、シート部材1と落下防止部材6とが相対的な位置で隣接することができるように、各々に所定の部位を設けることが好ましい。例えば、シート部材1と落下防止部材6との一方に凸部、他方に凹部を、それらが嵌め込まれることで相対的な位置が規定されるように設けておくことができる。
【0041】
以下、本発明の着脱不可の物体保持用シート(第一実施形態)及び着脱可能な物体保持用シート(第二実施形態)を用いて、前記物体を保持させる保持方法、前記物体に対して所定の物質の投与方法、前記物体に対する試験方法及び液体交換方法について説明する。ここで説明する保持方法等は特に説明しない限り、前記いずれの物体保持用シートにも適応する。
【0042】
本発明による、前記物体の保持方法の1つの実施形態は、液体に分散した前記物体を前記物体保持用シート上に接触させ、前記液体と共に各空孔2に1つのみ配置して保持させる保持方法である。前記物体保持用シートに前記物体を含有する液体を接触させる方法として、前記物体保持用シートに、前記物体含有液体を上方から注ぐ方法や前記含有液体の中に前記物体保持用シートを浸漬する方法等があり、特に限定されない。前記いずれかの方法でも、その組み合わせでも良い。
【0043】
前記物体含有液体としては、多数の魚卵が水中に懸濁している懸濁液が挙げられる。また、前記物体含有液体を上方から注ぐ方法の一つとして、公知のスリット型塗布機を利用すれば、スリットダイから前記物体含有液体を前記物体保持用シート全面に均一に載せることができる。余剰の液体が複数の空孔2の液体を繋げるように存在すると空孔間でコンタミネーションを起こしやすく、また空孔2以外に物体が保持されやすくなるため、空孔2以外の部位には、できるだけ液滴を残さないようにすることが好ましい。
【0044】
そこで、接触後の過剰の物体含有液体を排除するには、前記物体保持用シートを傾けたり、その背面をブレードでふき取ったり、エアーを吹きつけたりすることで簡単に出来る。但し、エアーを吹き付ける場合は、空孔2に保持された前記物体を吹き飛ばさないように、風圧や吹き付け角度を制御する必要がある。また、前記物体保持用シートの表面は疎水性表面であることが好ましい。その表面が疎水性表面であれば、空孔2以外の領域で水性液体がはじかれるために容易に過剰の液体を取り除くことが出来る。その場合おおむね疎水性表面の液体に対する接触角が90度以上であればよい。
【0045】
前記物体保持用シートの空孔2内において前記含有液体の表面張力で前記物体を保持するためには、概ね25mN/m以上の表面張力を有する液体が好ましい。25mN/m未満であれば、前記物体が当該液体と共に空孔2内に保持されにくくなり、わずかな振動で落下することも多くなる。前記物体と共に前記物体保持用シートに保持させる当該液体は、前記物体との親和性が高くかつ空孔2の内壁に付着しやすい水性の液体が好ましい。
【0046】
前記水性の液体としては、水、あるいは、アルコール、グリコール系溶媒もしくはグリセリン等の水溶性の液体、ならびにこれらの水溶性の液体を含む水溶液等が挙げられるが、前記水溶液の場合は、特に水が50%以上含まれていることが好ましい。さらに、前記物体保持用シートから前記物体を保持する液体の蒸発を防ぐ目的あるいは、前記物体の保持を安定化する目的のために、保湿剤、表面張力調整剤または増粘剤等から少なくとも一種を選んで添加することができる。
【0047】
前記保湿剤の例としては、グリセリン、プロピレングリコール、ブチレングリコール及びソルビット等の多価アルコール類、ヒアルロン酸及びコンドロイチン硫酸等のムコ多糖質、可溶性コラーゲン、ユラスチン及びケラチン等の蛋白質加水分解物等単独または複数混合して用いることができる。
【0048】
また、前記表面張力調整剤の例としては、水溶性のアニオン性、カチオン性、両性もしくはノニオン性の界面活性剤を一種類または複数種を添加することが出来る。但し液体の表面張力が25mN/m以上になる添加量が好ましい。
また、増粘剤の例としては、例えば酸化変性澱粉、酵素変性澱粉、熱化学変性澱粉、カチオン性澱粉、両性澱粉及びエステル化澱粉等の澱粉類、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース及びエチルセルロース等のセルロース誘導体、カゼイン、ゼラチン及び大豆蛋白等の天然又は半合成高分子類、あるいは完全又は部分ケン化のポリビニルアルコール、アセトアセチル化ポリビニルアルコール、カルボキシ変性ポリビニルアルコール、オレフィン変性ポリビニルアルコール及びシリル変性ポリビニルアルコール等のポリビニルアルコール類等の水溶性高分子化合物が挙げられる。これらの中から少なくとも1種の水溶性高分子化合物を適宜選択して使用することができる。
【0049】
本発明において、使用される液体の好ましい粘度は、0.1Pa・s(パスカル秒)以上であり、必要に応じて上記の増粘剤を添加すれば良い。また、前記物体に適した塩濃度やpHに制御することも必要であれば、塩化ナトリウムのような塩類や各種pH調整剤を、また、防腐剤や抗菌剤を適宜に添加することもできる。
【0050】
本発明の物体保持用シートにおいて、前記物体を保持した後に、前記物体の各々に対して物質を投与し、前記物質と前記物体との相関試験を行うことができる。以下、前記物体保持用シートの空孔2に液体と共に保持された物体に前記物質を投与して、その作用を調べる試験方法について詳細に説明する。
【0051】
本発明の試験方法は、本発明の物体保持用シートの貫通した空孔2中に、液体と共に前記物体を保持させる工程と、前記物体に対して物質を投与する工程と、前記貫通した空孔の一方の開口部より液体を供給しながら、前記落下防止部位の設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させる工程とを含む。
【0052】
本発明の試験とは、前記物体保持用シートに保持された前記物体に対して、前記物質を投与し、前記物体に惹起される反応と、投与した前記物質との相関に関する情報を取得することをいう。具体的には、保持される物体が、細胞、胚や個体等の生体である場合には、投与した栄養物質に対する成育性試験、投与した化学物質に対する発がん性試験、投与した生理活性物質に対する催奇性や内分泌かく乱性試験、投与した薬剤候補物質の薬理活性試験等が挙げられる。また、保持される物体が粒子である場合には、投与した抗体若しくは抗原物質に対する抗原若しくは抗体を表面に担持した粒子のバインディング試験、投与した核酸配列に対する相補的配列を有する核酸を表面に担持した粒子のハイブリダイゼーション試験等が挙げられる。
【0053】
前記物体に投与する物質としては、なんら限定されるものではないが、有機、無機の化学物質、金属及びその化合物、生体の構成物質、生体由来の生理活性物質やDNA、菌、ウイルス等、またそれら化学物質との複合体や複数の化学物質の混合物等を包含する。前記物質の投与は、前記物体保持用シートの空孔2に1種類の生理活性物質もしくは複数種類の生理活性物質を含む液滴を付与することが好ましい。
【0054】
本発明においては、前記物体に投与した前記物質が作用するか否かを調べることができる。また作用する場合には投与量変化に対する作用や経時的な作用の変化を調べることができる。投与される前記物質は、水や有機溶剤等の溶媒中に物質を溶解もしくは分散状態にして液体として投与する方法が好ましい。こうした液体を液滴化して吐出することで前記物体保持用シートの空孔2に保持された物体に直接投与することができる。
【0055】
前記液体を液滴化する装置としてマイクロピペット、マイクロディスペンサーや、エネルギー発生素子を用いてノズルから液滴を吐出する装置、すなわちインクジェット法を用いた吐出装置が挙げられる。微少な液滴が吐出できる点でインクジェット法を用いた吐出装置を好適に用いることができる。さらにインクジェット法の中でも、サーマルインクジェット法とピエゾインクジェット法が好ましい。
本発明においては、前記物体に対して局在的な投与を避けるために空孔のエリア全面に分散して微小液滴を滴下することが好ましい。その場合、一つの空孔2に対して分散して100滴以上で投与するのが好ましい。そうすることで、エリア内の物体に対し物質を再現よく作用させることが出来る。このため液体1滴あたりの体積が100pl(ピコリットル)以下の液滴で投与することが好ましい。
【0056】
本発明の試験方法において、必要に応じて前記物体もしくは前記物質に伴う液体を交換することができる。本発明の物体保持用シートを用いることにより、前記物質の投与に続いて、空孔2の一方の開口部より液体を供給しながら、前記落下防止部材が設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させることにより、空孔2内に保持された液体を交換することができる。本発明の物体保持用シートは落下防止部材6を備えていることにより、空孔2の一方の開口部より液体を供給しても、空孔2内に液体と共に保持された物体が落下することは防止される。前記液体を供給する操作は、前記物質の投与と同様に、マイクロピペット、マイクロディスペンサーや、エネルギー発生素子を用いてノズルから液滴を吐出する装置、すなわちインクジェット法を用いた吐出装置により、微小液滴を滴下することにより行うことができる。
【0057】
落下防止部材6が設けられた側の空孔2の開口部から余剰の液体の排出は、図2(i)に示すように、落下防止部材6の設けられた側に、吸水・透水性部材9を該落下防止部位の近傍に配置することよって行うことができる。つまり、液体の供給に従って空孔2の開口部に懸垂した液滴を、吸水・透水性部材9により吸い取らせることができる。吸水・透水性部材9は、液体を吸水・透水する材質のものであれば制限されないが、綿、パルプ、紙、布、不織布、スポンジ等毛細管現象によって吸水するものや、高吸水性樹脂等浸透圧によって吸水するもの、珪砂、シリカゲル、多孔質メンブレン等を挙げることができる。
【0058】
液体の供給に従って空孔2の開口部に懸垂した液滴が、落下防止部材6の近傍に配置された吸水・透水性部材9に接触することによって、速やかな吸水が起こると同時に、空孔2に保持された液体が減少するが、空孔2と液体との付着力によって、空孔2に保持された液体が全て吸水されることはない。このため、引き続き液体を供給する操作を行うことによって、空孔2に保持された液体を交換することが可能になる。
【0059】
本発明の第一実施形態及び第二実施形態に示すように、シート部材1と落下防止部材6とは、一体のものとしてもよいが、互いに着脱可能なものとしてもよい。これらを着脱可能なものとすることによって、前記液体と共に空孔2内に保持された前記物体の観察が容易になると同時に、落下防止部材6が配置されている側の開口部から保持されている前記物体を回収することが可能になる。
【0060】
保持されている前記物体を観察したり、保持されている前記物体を回収したりする場合には、シート部材1と落下防止部材6とを取り外したり、落下防止部材6に設けられている複数の落下防止部位3がそれぞれ、シート部材1に設けられている複数の空孔2の周期の半分だけずらせばよい。落下防止部材6を半周期だけずらすことを可能にするために、嵌合しているシート部材1及び落下防止部材6のいずれかに設けられる凹部の長さを少なくとも半周期分だけ長くすればよい。
【0061】
本発明は、本発明の物体保持用シートを用いて、保持した物体に対する処理を行う物体処理装置をも提供する。
本発明の物体処理装置は、物体保持用シートを保持するための保持手段と、前記物体保持用シートの空孔2に液滴を付与するための付与手段と、前記落下防止部材の設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させる排出手段とを有し、更に、下記手段(A)から(E)の少なくとも一つを有する物体処理装置である。(A)前記シート部材1の空孔2に物体を配置するための配置手段、(B)前記物体保持用シートの周囲環境を所定の環境に制御するための制御手段、(C)前記物体保持用シートの空孔2に保持された物体の状態を観察するための観察手段、(D)前記物体保持用シートの空孔2に保持された物体を前記物体保持用シートから移送するための移送手段、(E)前記物体保持用シートの空孔2の位置を認識する認識手段。
【0062】
以下、本発明の物体処理装置をその構成例(図6)を通して説明する。本発明の物体処理装置の一例であり、これに限られない。
前記配置手段(A)で物体が配置された本発明の物体保持用シートのシート部材1は、シート部材可動性ホルダー12に固定する。一方、落下防止部材6は、落下防止部材可動性ホルダー13に固定する。シート部材可動性ホルダー12は、前記物体保持用シートのシート部材1をX−Yの2軸方向に可動させることが出来る。また、落下防止部材可動性ホルダー13はY方向にのみ可動させることができる。
ここで、Y方向は、図6のX方向14に対して垂直な方向(紙面に垂直な方向)を示す。前記物体保持用シートは、常に一定の環境に維持できるようにチャンバー15に囲われている。チャンバー15は、温湿度制御装置16(制御手段(B))で内部の温度、湿度が制御されている。具体的には、前記物体の水分の蒸発を防ぐために、温度を25℃から40℃までの間、相対湿度を60%から90%までの間に保つ。
【0063】
また、空孔2の開口部の上部に、一軸方向(X軸)に可動性のインクジェット装置17が設けられ、前記物体に前記所定の物質を添加することができる。一方、空孔2の開口部の下部に、廃液収集部18が設けられ、余剰の液体を排出(吸収)することができる。
具体的には、インクジェット装置17から水を滴下しながら、シート部材1の空孔2の開口部から懸垂した余剰の水を廃液収集部18(排出手段)が吸収し、廃液送出装置(ポンプ)19により吸引され排出される。よって、空孔2に含まれている液体を交換することができ、前記処理された物体を洗浄することができる。
【0064】
処理対象となる前記物体への観察は、照明部20から可視光(白色光:波長300〜900nm)をシート部材1に保持した前記物体に照射しながらシート部材1の下方に具備したCCDカメラ21(観察手段(C))で明視野画像を撮影することで行う。撮影した画像は、モニター22で確認して制御部23に保存する。制御部23は、本発明の物体保持用シートの空孔2の位置を認識するセンサー部24(認識手段(E))から位置情報を受け取り、シート部材可動性ホルダー12を介してシート部材1の空孔2位置、及び落下防止部材可動性ホルダー13を介して落下防止部材6の落下防止部位位置を制御する。
処理完了もしくは処理を行わない物体(例えば、コントロール)に対して圧縮空気供給装置25から電磁バルブ26を経由してガス噴射ノズル27(移送手段(D))から空気を噴射して、下部に設置された収集容器28に個々前記物体を落下させることができる。
【0065】
(実施例1)
(線状落下防止部位を有する物体保持用シート)
厚さ0.9mmの100mm角のステンレスシートを加工して物体保持用シートのシート部材1を以下の仕様で作成した。空孔2の形状は、図3で示すように円形で空孔2が等間隔になるように、空孔径R=1.2mm、空孔間距離L=2.25mmとして2236個の空孔を最密に形成した。
【0066】
厚さ0.9mmの100mm角のステンレスシートを加工して物体保持用シートの落下防止部材6を以下の仕様で作成した。
隅の幅を8.0mm残して92mm角の四角形を切り取り、枠材とした。枠に0.3mmの穴を等間隔に空けた。穴の間隔は、縦2.25mmとシート部材の空孔間距離と等しくし、横の穴の間隔は3.89mm(=Lの√3倍)とした。径0.2mmのテグスを枠材の縦部分に空けた穴と横部分に空けた穴とを結ぶように斜めに張った。テグスの間隔は1.94mmで、Lの(√3)/2倍になるようにした。
【0067】
落下防止部材及びシート部材の四隅には、これらの相対的な位置を決めるための凸部と穴部を設け、この凸部と穴部を嵌め込むことにより、物体保持用シートを組み立てた。落下防止部材に張ったテグスは、シート部材の各貫通孔の直下に配置されるようにして、落下防止部材に設けた凸部に厚さ0.3mmの丸型平ワッシャーを通すことでスペーサーとし、テグスがシートに接触しないようにした。
【0068】
ゼブラフィッシュの卵細胞(平均直径約1mm)の水懸濁液100ml(約20個/ml)を上記の物体保持用シートに上部から注ぎ接触させた。その後、前記シートから余剰の液体を除去することで、該空孔中に存在する液体とともに前記シートの空孔の各々に卵細胞を保持させた。物体保持用シート上の余剰の液体はシートを傾けて落とし、開口部以外の場所に水滴が残らないようにした。
【0069】
上記の方法で得られた卵細胞を配置した物体保持用シートの各開口部(空孔)を実体顕微鏡で観察して各空孔内の卵細胞の保持状態を観察した。図4に示す様に、卵細胞を明瞭に観察することができた。
90mm角に切ったろ紙を、落下防止部材の下からテグスにあてがい配置した。物体保持用シートの開口部からマイクロピペットにより蒸留水を滴下しながら、ろ紙に液体を吸水させた。蒸留水の滴下過程において卵細胞が落下しないことを確認した。
【0070】
卵細胞の水懸濁液にトルイジンブルーを加えることにより着色した後、上記と同様にして、物体保持シートに保持した。上記と同様にしてマイクロピペットにより蒸留水を滴下し、ろ紙により吸水させることにより、液交換を行った。物体保持シートに保持されている液体を回収し、吸光度を測定することにより、トルイジンブルーの残存率を計算したところ、残存率は5%以下であった。
【0071】
(実施例2)
(ピン状落下防止部位を有する物体保持用シート)
径が2.25mmの爪楊枝(まるき社製)をピン状落下防止部位として、この爪楊枝を最密に束ねることにより、ピン状落下防止部材を作製した。各々の爪楊枝の先端は、実施例1で作製したシート部材1における空孔2のピッチに一致している。このため、両方の部材をスタンドで保持することにより、落下防止部材の複数のピン状落下防止部位(爪楊枝の先端)を、それぞれシート部材1の各空孔2近傍に配置することができた。
【0072】
実施例1と同様にして、ゼブラフィッシュの卵細胞の懸濁液を物体保持用シートと接触させ、前記シートの空孔2の各々に卵細胞を保持させた。物体保持用シート上の余剰の液体はシリコンゴム製のヘラで落とし、開口部以外の場所に水滴が残らないようにした。
実体顕微鏡(ライカ社製、S8AP0)を用いて、卵細胞の保持状態を観察した。卵細胞の脱落や破砕は観察されなかった。図5に爪楊枝の先端31と、一つの空孔2(空孔径1.2mm)の拡大観察像を示す。明るい円状の空孔2に対して、爪楊枝の先端31が影として示されている。爪楊枝の先端31は平たく、卵細胞を傷つけることはないと推察された。
【0073】
実施例1と同様にして、マイクロピペットにより蒸留水を滴下しながら、空孔2中の液体の交換を試みた。爪楊枝が乾燥した状態で、蒸留水を滴下した場合、液体はシート部材1の空孔2上に盛り上がり、下方に流れることはなかった。そこで盛り上がった液滴を再びマイクロピペットで吸い上げることにより、液交換が可能であった。
次に、ピン状落下防止部材を蒸留水に浸し、爪楊枝が湿っている状態で、同様の滴下実験を行った。マイクロピペットで滴下し、空孔2上に盛り上がった蒸留水は、湿った爪楊枝を伝って下方に導かれることがわかった。落下防止部材6の下方にろ紙を接触させておくと、ろ紙の吸水により蒸留水の導出速度が増大することがわかった。この効果には爪楊枝を束ねることにより爪楊枝間の毛管力も寄与しているものと推察される。
【0074】
さらに、空孔2上に盛り上げた蒸留水の導出が進行し、保持されている液体の容量が減少した時点で、シート部材1を持ち上げ、落下防止部材と着脱したところ、卵細胞の脱落は観測されなかった。これは、空孔2に保持されている液体の、空孔2内壁に対する付着力が、落下防止部位3に対する付着力に比較して、比較的大きいためと推察される。このため、双方の付着力の割合に応じて保持されている液体が分割される場合に、落下防止部位に付着して分割される液体中に卵細胞が内包されないものと考えられる。
【0075】
(実施例3)
(物体処理装置)
本発明の物体保持用シートを使用して、物体を処理する装置のシステム構成例を図6に示す。次に、この装置の動作の例について説明する。
20個のゼブラフィッシュの卵細胞を保持した物体保持用シートのシート部材1は、シート部材可動性ホルダー12に固定された。一方、落下防止部材6は、落下防止部材可動性ホルダー13に固定された。シート部材可動性ホルダー12は、物体保持用シートのシート部材1をX−Yの2軸方向に可動させることが出来る。また、落下防止部材可動性ホルダー13はY方向にのみ可動させることができる。
【0076】
ここで、Y方向は、図6のX方向14に対して垂直な方向(紙面に垂直な方向)を示す。物体保持用シートは、常に一定の環境に維持できるようにチャンバー15に囲われている。本実施例では、温度28℃、相対湿度85%RH(Relative humidity)に制御して水分の蒸発を防ぎかつ卵細胞が生育する環境に保持している。化学物質を卵細胞に作用させる手段として、8plの液滴を吐出する一軸方向(X軸)に可動性のインクジェット装置17を備えている。本実施例では、卵細胞に対してCycloheximide溶液(10mg/ml)をそれぞれ総量として、0.8nL、8nL、80nL、800nLになるように所定量の液滴をそれぞれ3個ずつ計12個の卵細胞に付与した。ブランクとしてCycloheximide溶液を付与しない卵細胞3個と共に15個の卵細胞を生育した。
【0077】
Cycloheximide溶液を卵細胞に作用させた10分後に、液交換(洗浄)を行った。物体保持用シートにインクジェット装置17を用いて水を滴下した。多孔質セルロースメンブレンからなる廃液収集部18は、落下防止部位3に隣接している。水の滴下による供給が進行するに従って、シート部材の開口部から懸垂した液体が、多孔質メンブレンに接触すると、速やかに吸水され、さらに廃液送出装置(ポンプ)19により吸引され排出される。以上の操作により液交換(洗浄)を行った。
【0078】
卵細胞の観察は、照明部20から可視光(白色光:波長300〜900nm)をシート部材1に保持した卵細胞に照射しながらシート部材の下方に具備したCCDカメラ21(観察手段(C))で明視野画像を撮影した。また、照明部20から分光した波長480〜490nm励起光を照射してCCDカメラで蛍光画像を撮影する。化学物質を投与してから、経時的に2時間後、4時間後、8時間後、16時間後にAcridine Orange(5mg/mL)を再びインクジェット装置17を用いて総量が1nLとなるように付与し染色した。
さらに30分間静置した後、可視画像と蛍光画像を撮影した。撮影した画像は、モニター22で確認して制御部23に保存する。制御部23は、物体保持用シートの空孔位置を認識するセンサー部24(認識手段(E))から位置情報を受け取り、シート部材可動性ホルダー12を介してシート部材の空孔位置、及び落下防止部材可動性ホルダー13を介して落下防止部材の落下防止部位位置を制御する。
【0079】
また、16時間後に化学物質作用させた卵細胞と化学物質を作用させていない卵細胞に対して、圧縮空気供給装置25から電磁バルブ26を経由してガス噴射ノズル27(移送手段(D))から空気を噴射して、下部に設置された個々に収集容器28に卵細胞を落下させた。容器には、水が入っていて2日後に孵化し、さらに稚魚を成育させた。
【0080】
(実施例4)
(メッシュ状落下防止部位を有する物体保持用シート)
厚み0.7mmの100mmx150mmの大きさのテフロン(登録商標)シートを稚魚の輪郭に類似させた形状になるよう図7に示すように打ち抜き加工することによって、シート部材1を作製した。開口部を拡大した寸法を図8に示す。
ポリプロピレンメッシュ(目開き376μm、線径153μm、目開き率50%、厚み285μm)を、100mmx150mmの大きさに切りとった。厚さ0.9mm、100mmx150mmの大きさのステンレスシートの隅の幅を8.0mm残して92mmx142mm角の四角形を切り取り、枠材とした。この枠材に前記ポリプロピレンメッシュを貼り付け、落下防止部材6を作製した。
【0081】
シート部材1と落下防止部材6とを、0.3mmのスペーサーを介して対向して配置し、物体保持用シートとした。
採卵直後のゼブラフィッシュの受精卵の懸濁液50ml(20個/ml)に増粘剤としてメチルセルロースを0.03wt%になるように添加した。懸濁液には、蒸留水にアクアリウムシステムズ社製インスタントオーシャン(最終濃度60μg/mL)を溶解して使用した。さらに抗菌剤としてペニシリン5Unit/mL、ストレプトマイシン5μg/mLになるように添加した。上記の物体保持用シートに上部から該受精卵の懸濁液を注いだ。さらに前記物体保持用シートから余剰の液体を除去した。前記物体保持用シートの卵細胞保持エリアの各々に該空孔中に存在する液体とともに卵細胞を保持させた。生体保持用シート上の余剰の液体は前記物体保持用シートを傾けて落とし、開口部以外の場所に水滴が残らないようにした。
【0082】
卵細胞を保持させた物体保持用シートを実施例3で述べた処理装置に取り付けて、そのまま放置して卵細胞を孵化させた。その間、空孔内の水の蒸発を補う目的で、インクジェット装置から適宜水を吐出した。インクジェット装置から水を供給しながら、メッシュの下から脱脂綿を押し当てることにより、余分な水を吸水して排出することにより、液交換をすることができた。孵化してから3日後に明視野観察を行い、稚魚の生存を確認した。物体保持用シートで受精卵を配置後、生育、孵化させ稚魚を配置したまま孵化以降5日以上成育させることができ、この間に稚魚の脱落は観察されなかった。
【0083】
(実施例5)
(着脱不可一体型の物体保持用シート)
径0.2mmのステンレス線を、3.89mmの長さに切断し、これを実施例1で作製したシート部材に設けられた空孔の一方の開口部近傍に、次の仕様で接着することによって、落下防止部位を作製した。すなわち図9に示すように、切断したステンレス線の両端がそれぞれ空孔に半分だけかかるように、一方向に揃えて接着した。接着にはアロンアルファ(東亜合成社製、登録商標)を用いた。
実施例1と同様にして、ゼブラフィッシュの卵細胞の水懸濁液を上記の物体保持用シートに上部から注ぎ、接触させた後、前記シートから余剰の液体を除去することで、該空孔中に存在する液体とともに前記シートの空孔の各々に卵細胞を保持させた。図10に示すように、ゼブラフィッシュの卵細胞を液体と共に各空孔に保持することができた。
【0084】
90mm角に切ったろ紙を、落下防止部材の下からあてがい配置した。物体保持用シートの開口部からマイクロピペットにより蒸留水を滴下しながら、ろ紙に液体を吸水させた。蒸留水の滴下過程において卵細胞が脱落しないことを確認した。
卵細胞の水懸濁液にトルイジンブルーを加えることにより着色した後、上記と同様にして、物体保持シートに保持した。上記と同様にしてマイクロピペットにより蒸留水を滴下し、ろ紙により吸水させることにより、液交換を行った。物体保持シートに保持されている液体を回収し、吸光度を測定することにより、トルイジンブルーの残存率を計算したところ、残存率は5%以下であった。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の物体保持用シートは、細胞、胚や個体等の生体に投与した栄養物質に対する成育性試験、投与した化学物質に対する発がん性試験、投与した生理活性物質に対する催奇性や内分泌かく乱性試験、投与した薬剤候補物質の薬理活性試験等において有用なツールとして使用される。
【符号の説明】
【0086】
1: シート部材
2: 貫通孔(空孔)
3: 落下防止部位
4: 物体
5: 液体
6: 落下防止部材
7: 基体(ベース)
8: 枠材
9: 吸水・透水性部材
10: 位置合わせ用凸部
11: 位置合わせ用穴
12: シート部材可動性ホルダー
13: 落下防止部材可動性ホルダー
14: X軸方向
15: チャンバー
16: 温湿度制御装置
17: インクジェット装置
18: 廃液収集部
19: 廃液送出部
20: 照明部
21: CCDカメラ
22: モニター
23: 制御部
24: センサー
25: 圧縮空気供給装置
26: 電磁バルブ
27: ガス噴射ノズル
28: 収集容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2以上の貫通した空孔を有するシート部材と、前記各空孔に対応する落下防止部材とを有する、2以上の物体を保持する物体保持用シートであって、前記空孔の大きさが前記物体の1つのみを保持できる大きさであり、且つ前記落下防止部材が前記各空孔の一方の開口部の近傍に、前記各空孔で保持される前記物体が前記開口部を通過できないように配置されている、ことを特徴とする物体保持用シート。
【請求項2】
前記落下防止部材が、前記シート部材に対して着脱可能であることを特徴とする請求項1に記載の物体保持用シート。
【請求項3】
前記空孔が、対象となる1個の試料を保持可能であり、且つ2個以上の前記試料は保持できない大きさであることを特徴とする請求項1または2に記載の物体保持用シート。
【請求項4】
前記空孔の中に、液体と共に前記物体を保持させる工程と、
前記物体に対して物質を投与する工程と、
前記空孔の一方の開口部より液体を供給しながら、前記落下防止部材が設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させる工程と
を含む、請求項1乃至3のいずれかに記載の物体保持用シートを用いた試験方法。
【請求項5】
物体に対して処理を行う処理装置であって、
請求項1または2に記載の物体保持用シートを保持する保持手段と、
前記物体保持用シートの空孔に液滴を付与するための付与手段と、
前記落下防止部材が設けられた側の開口部から余剰の液体を排出させる排出手段とを有し、更に、以下の手段(A)から(E)の少なくとも一つを有する処理装置、
(A)前記シート部材の空孔に物体を配置するための配置手段、
(B)前記物体保持用シートの周囲環境を所定の環境に制御するための制御手段、
(C)前記物体保持用シートの空孔に保持された物体の状態を観察するための観察手段、
(D)前記物体保持用シートの空孔に保持された物体を前記物体保持用シートから移送するための移送手段、
(E)前記物体保持用シートの空孔の位置を認識するための認識手段。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−273654(P2010−273654A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131621(P2009−131621)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】