説明

物質の一部の熱物性測定方法

【課題】非常に薄い又は厚い部材、高い異方性を有する部材、及び高い熱伝導性を有する部材のうち少なくとも1つの熱伝導度を測定することができる方法を提供する。
【解決手段】(a)第2物質部分の熱物性R(T)が測定される。(b)第2物質部分の端部間に角振動数ωの電流が流され、かつ、さまざまな値のωについて当該端部間の電圧の3ω高調波成分が測定される。(c)3ω高調波成分及び熱物性R(T)のそれぞれの当該測定値に基づいて第1物質部分の熱伝導係数が計算される。第2物質部分の幅Lに対して前記第1物質部分の幅が0.9〜1.1Lである。断熱要素により前記第1物質部分が包囲されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質の熱物性に関する。本発明は、特に、物質の一部の熱伝導度を含む熱物性の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3ω法によれば、物質層の熱伝導度を測定することにより当該物質層の熱物性が測定される(非特許文献1参照)。
【0003】
3ω法によれば、物質の薄い層の熱伝導度の測定に際して、図1に示されている試験片が準備される。試験片は、測定対象である試料としての物質層8の上に堆積された、金属素材からなる幅2bのマイクロワイヤ4(「b」は当該マイクロワイヤの幅の半分に相当する。)を備えている。試料は基板2の上に配置される。
【0004】
3ω法の実行に当たり、まず、メタルライン4のTCR(抵抗熱係数)が測定される。具体的には、試験片が加熱基板に載置され、試験片のさまざまな温度Tにおけるメタルライン4の電気抵抗値が測定される。
【0005】
得られた熱物性R(T)が2次多項式に適用され、メタルライン4の抵抗熱係数αRが関係式(1)にしたがって計算される。
【0006】
【数1】

【0007】
続いて、メタルライン4において角振動数ω及び振幅I0を有する正弦波電流i(t)を循環させる。
【0008】
当該電流は角振動数2ωを有するジュール熱を生じさせ、その熱エネルギーは関係式(2)により表現される。
【0009】
【数2】

【0010】
当該熱は、関係式(3)で表わされる角振動数2ωの温度変化ΔTを生じさせる。
【0011】
【数3】

【0012】
当該温度変化ΔTは、関係式(4)で表わされるメタルライン4の電気抵抗値Rを角振動数2ωで変化させる。
【0013】
【数4】

【0014】
関係式(5)により表現される、メタルライン4の端部における電位の3ω成分Vが測定される。
【0015】
【数5】

【0016】
0は室温におけるメタルライン4の抵抗値である。ΔT0は温度波の振幅である。
【0017】
以下に述べるいくつかの仮定が成立することを要件として、温度波振幅ΔT0が試料8の熱伝導度に対して関連付けられることにより、試料8の熱伝導係数λFの値を決定することが可能になる。
【0018】
温度波(図1の符号6参照)の基板2に対する浸透深さ1/qSは関係式(6)により表現される。
【0019】
【数6】

【0020】
「λS」は基板2の熱伝導度である。「ρS」は基板2の密度である。「cpS」は基板2の比熱容量である。
【0021】
前記要件は次のとおりである。
【0022】
(要件1)基板2が等質であり、等方性があり、かつ、深さ方向に準無限であること(1/qS<<dS(基板2の厚さ)であること。)。
【0023】
(要件2)メタルライン4の熱源が線状、すなわち、メタルライン4の幅2bが温度波の浸透深さ1/qSと比較して無視しうる程度に小さいこと(b<<1/qSであること。)。
【0024】
(要件3)試料8の構成素材が、試料8を構成する層の面に対して垂直な方向(図1の(X,Z)平面に対して平行な方向)について熱流を貫通させうるものであること。
【0025】
(要件4)λF<<λSであること。
【0026】
(要件5)メタルライン4の幅2bが試料8の厚さdFよりも著しく大きいこと。
【0027】
基板2における温度上昇分ΔTSは関係式(7)を用いて求められる。
【0028】
【数7】

【0029】
「Pl」はメタルライン4の単位長さ当たりの線状熱パワー密度である。
【0030】
前記要件の存在により、熱流が試料8を構成する層の面に対して垂直な方向について1次元的に流れ、かつ、試料8に依存する温度振幅ΔTFが角振動数ωに依存せずに関係式(8)により定義されると考えることができる。
【0031】
【数8】

【0032】
ΔT0=ΔTS+ΔTFである。
【0033】
ΔT0及びRe(ΔTS)のそれぞれの直線を描き、かつ、ΔTFに相当する、当該2つの直線の縦座標の偏差を計測することにより、試料8の熱伝導度λFの値が決定されうる。
【0034】
試料8が電気伝導性の薄膜である場合、適当な厚さのSiO2等の電気絶縁層が、メタルライン4及び試料8の電気的短絡を防止するために介装される。
【0035】
3ω法の実行要件を勘案すると、当該方法は、試料8が過剰に薄い若しくは厚い層状である場合、高い熱導電性を有する場合、又は層の面に沿って高い熱伝導性(熱異方性)を有する場合には必ずしも適切なものではないように思われる。
【0036】
異方性薄膜における熱の流れは1次元的ではなく、試料を構成する層の面に対して垂直でもなく、メタルワイヤ4により覆われていない箇所において試料8の横方向(図1のx軸に対して平行な方向)に拡散する。このため、異方性薄膜の形態であって準無限の等方性の基板上に配置されている試料について、1/qF>>dFであるという仮定下で、薄膜由来の温度変化は関係式(9)により表わされる(非特許文献2参照)。
【0037】
【数9】

【0038】
「C」は関係式(10)により表わされる試料及び基板の間の熱伝導度の対比因子である。「S」は関係式(11)(12)により表わされる横方向の熱拡散効率である。
【0039】
【数10】

【0040】
【数11】

【0041】
【数12】

【0042】
「kFx」及び「kFy」のそれぞれは、x方向及びy方向のそれぞれについて試料における温度波の空間角振動数を表わす。「λFx」及び「λFy」のそれぞれは、x方向及びy方向のそれぞれについて試料の熱伝導度を表わす。「λ」は積分変数を表わす。
【0043】
したがって、1次元の熱伝達の理論モデルは、C及びSの両方がほぼ1である場合のみ有効であると考えられる。Cがほぼ1であることはλF<<λSであるという要件と等価である。Sがほぼ1であることはβF<<1であるという要件と等価である。
【0044】
1次元的熱流という要件が充足されている場合、TF1DがTFの表現であるとすると、TF1D及びTFのそれぞれは関係式(13)及び(14)により表わされる。
【0045】
【数13】

【0046】
【数14】

【0047】
したがって、3ω法を用いて測定された異方性薄膜を通じた温度変化は因子(1−CS)だけ過小評価される。
【0048】
関係式(15)が成立する場合、基板が準無限でありかつ熱源が線状であるという近似が用いられても測定結果が1%未満の誤差しか伴わない(非特許文献2参照)。
【0049】
【数15】

【0050】
所定のbに関して当該2つの不等式(15)を確認する1つの方法は、角振動数ω(1/qsの計算に含まれている。)を調節することである。
【0051】
当該調節は、b<ds/25(例えば標準的なシリコン基板については20μm)である限り可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0052】
【非特許文献1】“Thermal conductivity of amorphous solids above the plateau”, D.G.Cahill and R.O. Pohl, Physical Review B, vol.35, March 1987, page 4067.
【非特許文献2】“Data reduction in 3 omega method for thin-film thermal conductivity determination”, T. Borca-Tasciuc et al., Review of Scientific Instruments, vol.72, April 2001, pages 2139-2147.
【非特許文献3】“Data reduction in 3 omega method for thin-film thermal conductivity determination”, T. Borca-Tasciuc et al., Review of Scientific Instruments, vol.72, April 2001, pages 2139-2147.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0053】
もしそうでない場合、いかなる角振動数であっても当該不等式が成立しない。しかし、当該制限の下では、βFの値を小さくし、その結果としてSの値を大きくするためにbの値を大きくすることは不可能であるように思われる。bの値が大きいほど、角振動数ωの範囲が狭小化する(例えば、b=1μmである場合、10000Hz程度にまで及ぶ周波数を用いることができる一方、b=15μmである場合、角振動数ωに相当する周波数は600〜1000Hzの範囲に収まっている必要がある。)。
【0054】
その他の主な制限はTFがbに反比例するという事実に関連する。bが大きくなるとTFが小さくなり、その結果、信号が、高い熱導電性を有する薄膜の測定が困難なものになる可能性がある。
【0055】
パラメータbと同様に、βFの値を小さくするためにパラメータdFの値を小さくする(ひいてはSの値を大きくする)ことは困難である。これは、パラメータdFの値を小さくすると、3ω信号の微弱化によって1次元モデルに内在する測定誤差を間接的に大きくすることになるからである。
【0056】
そこで、本発明は、非常に薄い又は厚い部材、高い異方性を有する部材、及び高い熱伝導性を有する部材のうち少なくとも1つの熱伝導度を測定することができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0057】
本発明は、細長形状の電気伝導性の第2物質の少なくとも一部である第2物質部分上に配置されている細長形状の第1物質の一部である第1物質部分の熱物性を測定する方法であって、
(a)前記第2物質部分の温度Tの関数として前記第2物質部分の電気抵抗値Rの変化に応じた前記第2物質部分の熱物性R(T)を測定する過程と、
(b)前記第2物質部分の端部間に角振動数ωの電流を流し、かつ、さまざまな値のωについて当該端部間の電圧の3ω高調波成分を測定する過程と、
(c)3ω高調波成分及び熱物性R(T)のそれぞれの当該測定値に基づいて前記第1物質部分の熱伝導係数を計算する過程と、を含み、
前記第2物質部分の幅Lに対して前記第1物質部分の幅が0.9〜1.1Lである。断熱要素により前記第1物質部分が包囲されている。
【0058】
本発明の方法によれば、CSが1とは異なる値を有する物質である限り、3ω法の原理を適用することができる。当該物質としては、熱伝導度が約60W/m/Kであるゲルマニウム、熱伝導度が約46W/m/Kであるチタニウム、又は熱伝導度が約72W/m/Kであるプラチナなど、熱伝導度及び異方性のうち一方又は両方が高すぎるために従来の3ω法が適用されえない物質が挙げられる。伝導度との対比において過度に薄い又は厚い物質部分も従来の3ω法が適用されえない。
【0059】
第1物質により構成されている層とは異なり、第1物質の全体にわたって第1物質部分を通過する熱流が1次元的である、すなわち同一方向(第1物質部分の厚さ方向)を向いており、過度の誤差を含まない測定信号の取得のためには幅2bを狭めること等で足りるため、従来の3ω法が適用されうる物質について、本発明の方法により、熱伝導度の測定精度の向上が図られる。第1物質部分を厚さ全体にわたり通過する熱流の1次元的性質は、第1物質部分が少なくとも1つの断熱要素により取り囲まれている、すなわち第2物質部分から放出される熱が第1物質部分の周囲において横方向に拡散することが防止されることにより実現される。
【0060】
第1物質部分及び第2物質部分は細長形状、すなわち長さが幅よりも例えば10倍以上も大きい形状である。細長形状は例えば平行六面体形状に相当し、一定幅の線状(wire)、筒状又は一般的には実質的に直線状である。
【0061】
前記第2物質部分の厚さが0.1L以上であり、付加的又は代替的に前記第2物質部分の長さが10L以上である。
【0062】
前記第1物質部分の長さが幅の10倍以上であり、付加的又は代替的に前記第1物質部分の厚さが前記(b)過程において前記第1物質部分に生じる熱流の浸透深さより小さい。熱流が到達する基板はヒートシンクとみなされてもよい。
【0063】
前記第1物質部分及び前記第2物質部分のうち一方又は両方が平行六面体形状である。
【0064】
前記第1物質部分が前記第2物質部分と基板との間に配置されている。基板は少なくとも1種の半導体により構成されていてもよい。
【0065】
前記基板の厚さが前記(b)過程において前記基板に生じる熱流の浸透深さの10倍以上であり、付加的又は代替的に前記第1物質部分の幅の10倍以上である。
【0066】
前記第2物質が金属であってもよい。
【0067】
前記第1物質が電気伝導性である場合、前記第1物質部分と前記第2物質部分との間に誘電物質が配置されている。
【0068】
前記第1物質部分の熱伝導係数を計算する過程が、
前記第2物質部分の抵抗温度係数αR=(1/R)(dR(T)/R)を計算する過程と、
角振動数ωの電流により生成される温度波の振幅ΔT0=2V/(R00αR)(「V」は前記第2物質部分の前記端部間の電圧の3ω高調波成分を表わす。「R0」は雰囲気温度における前記第2物質部分の電気抵抗値を表わす。「I0」は角振動数ωの電流振幅を表わす。)を計算する過程と、
前記第1物質部分が前記第2物質部分と前記基板との間に配置されている状態で、前記基板の温度上昇分ΔTS=(Pl/πλS)[−(1/2)ln(2ω)+(1/2)ln{λS/(ρSpS2)}+ln(2)−iπ/4](「Pl」は前記第2物質部分の単位長さあたりの加熱量を表わす。「λS」は前記基板の熱伝導係数を表わす。「cpS」は前記基板(102)の比熱容量を表わす。「2b」は前記第2物質部分の幅を表わす。)を計算する過程と、
前記第1物質部分の熱伝導係数λF=dF/(ΔTF2b)Pl(「dF」は前記第1物質部分の厚さを表わす。「ΔTF」はΔT0−ΔTSを表わす。)を計算する過程と、を含む。
【0069】
基板の上に第1物質からなる第1物質層を堆積させる過程と、電気伝導性の第2物質からなる第2物質層を前記第1物質層に堆積させる過程と、細長形状パターンを有するエッチングマスクを形成する過程と、前記エッチングマスクのパターンにしたがった前記第1物質層及び前記第2物質層のフォトリソグラフィ及びエッチング処理により前記第1物質部分及び前記第2物質部分を形成する過程と、前記エッチングマスクを除去する過程と、を経て前記第1物質部分及び前記第2物質部分が構成される。
【0070】
前記第1物質が電気伝導性である場合、前記第1物質層の上に誘電物質からなる誘電物質層が堆積され、前記誘電物質層の上に前記第2物質層が堆積され、前記誘電物質層も前記第1物質層及び前記第2物質層と同様に、前記エッチングマスクのパターンにしたがってエッチング処理される。
【0071】
前記第1物質部分を包囲する前記断熱要素の熱伝導係数の値が前記第1物質部分の熱伝導係数の値の1/10以下である。
【0072】
前記第1物質部分を包囲する前記断熱要素の熱伝導係数の値が前記第1物質部分の熱伝導係数の値以下であり、前記断熱要素の厚さが前記第1物質部分の厚さの1/10以下である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】従来技術である3ω法による薄い層の熱伝導度の測定に際して用いられる試験片の断面図。
【図2】本発明の一実施形態としての物質の一部の熱物性測定方法の実行に際して用いられる試験片の断面図。
【図3】本発明の一実施形態としての物質の一部の熱物性測定方法の実行に際して用いられる試験片の上面図。
【発明を実施するための形態】
【0074】
本発明は、添付図面を参照しながら、発明の概念を限定するものではない各実施形態の説明を読むことによってより深く理解されることになる。
【0075】
異なる図面であっても同一、類似又は同等の構成については、図面の対比の便宜のため同じ符号を用いる。図面に記載されている構成は見易さのために実際の寸法比とは必ずしも合致していない。さまざまな実施形態(変形例及び実施例)は相互に排他的なものではなく組み合わせられてもよい。
【0076】
図2Aは、本発明の一実施形態としての熱物性測定方法の実施に際して用いられる試験片100を示している。
【0077】
試験片100は、例えば100μm〜1cmの厚さdSのシリコンからなる基板102を備え、その上には例えば100nm〜10μmの厚さdFの第1物質部分(104)が配置されている。当該第1物質部分の熱伝導度が測定対象となる。
【0078】
金属(例えば、アルミニウム、ニッケル及び金のうち少なくとも1つ)等の電気伝導性物質の第2物質部分106が、第1物質部分104の上に配置されている。第2物質部分106は、(図2Aに示されているx軸に沿って)一定幅2bを有する(bは第2物質部分106の幅の半分である。)。第1物質部分104及び第2物質部分106は細長形状、すなわち(図2Aに示されているx軸に対して垂直なz軸に沿った)長さが幅の10倍以上であるような形状を有している。第1物質部分104及び第2物質部分106の幅2bは例えば1μm〜30μmの範囲に含まれ、長さは例えば10μm〜1cmの範囲に含まれる。
【0079】
従来技術である3ω法とは異なり、熱伝導度が測定対象とされる第1物質部分104は薄膜状ではなく、(x軸方向について)幅2b、すなわち第2物質部分106と同じ幅を有する形状である。第2物質部分106は「試料」と呼ばれる第1物質部分104の上に配置されているメタルラインを構成する。メタルライン106及び試料104は、メサ型構造を形成し図2Aにおける(X,Z)平面に対して平行な平面(試料104及びメタルライン106が形成される基板102の表面に対して平行な平面)における、試料104の形状が、同平面におけるメタルライン106の形状と実質的に同一である。
【0080】
メタルライン106の幅と実質的に同一の幅の試料104を形成することにより、試料104の物性とは無関係に、すなわち物質の厚さ又は種類とは無関係にメタルライン106から放出される熱の横方向への拡散が防止される。さらに、第1物質部分104がその周囲に対する断熱要素112によって囲まれていることによっても、メタルライン106から放出される熱の横方向への拡散が防止される。この場合、当該断熱要素112(本実施形態では空気)の熱伝導係数の値は、第1物質部分104の熱伝導係数の値の1/10以下である。このため、試料104を取り囲んでいる空気112は高い断熱性を実現する。図2Aに示されているように、メタルライン106において生じて試料104を通過する熱流108は1次元的であり、試料104及びメタルライン106が形成される基板102の面に対して垂直な一の方向(図2Aに示されているy軸に対して平行な方向)に向かう。
【0081】
図3には試験片100の上面図が示されている。図3において、4つの電気接点110a、110bがメタルライン106の端部に電気的に接続されている。接点110aはメタルライン106において循環する電流を生じさせるために用いられ、これに対して接点110bはメタルライン106の端部間の電圧を測定するために用いられる。メタルライン106の厚さは400nm等、例えば100nm〜1μmの範囲に含まれている。当該厚さとして、メタルライン106の構成要素としての物質層によって接点110a、110bが構成されている場合、メタルライン106に電流を循環させ、メタルライン106の端部間の電圧を測定することができる程度に十分な厚さが選定されている。当該厚さとして、メタルライン106において電流が循環した場合、メタルライン106及び接点110a、110bのうち一方又は両方に熱が蓄積されない程度に十分な厚さが選定される。一般的に、試験片100の形状は四点(four-poin)法又はファン・デア・パウ(Van der Pauw)法が適用可能なさまざまな構成にしたがって準備されうる。
【0082】
F<<1/qFであると仮定した場合、試料104が関係式(16)により表わされる熱抵抗として機能する。
【0083】
【数16】

【0084】
したがって、bの値が小さくなるほど、RFの値、ひいてはTFの値が大きくなる。このため、TFの値を可及的に大きくするために幅2bが可及的に狭く選定され、その結果、TFの値の誤差、ひいては熱伝導度λFの値の誤差が低減される。
【0085】
試料104が電気伝導性物質により構成されている場合、メタルライン106及び試料104の間の短絡を防止するように、メタルライン106及び試料104の間にSiO2等の誘電物質により構成されている部材が介装される。図3に示されている(X,Z)平面に対して平行な断面において、誘電物質部材は、例えば同断面における試料104及びメタルライン106の一方又は両方の形状と同様である。
【0086】
試験片100は次の手順にしたがって得られる。まず、基板102の上に試料104を構成する第1物質からなる第1物質層を堆積させる。続いて、試料104が電気伝導性物質により構成されている場合には誘電層を堆積させ、その後、メタルライン106を構成する電気伝導性物質により構成される第2物質層を堆積させる。さらに、樹脂等よりなるエッチングマスクが第2物質層の上に形成される。
【0087】
エッチングマスクパターンは、例えば、図3に示されているメタルライン106及び接点110a、110bのパターンに相当する。基板2に対して先に堆積された層がエッチングマスクのパターンにしたがってエッチングされることにより、試料104及びメタルライン106並びに接点110a、110bが形成される。その後、エッチングマスクが除去される。
【0088】
基板102の表面で正確にエッチングをとどめるのは困難であるため、基板102における熱流108の浸透深さと比較してエッチング深さが微小であり、かつ、試料104の下に配置されている基板102の残り体積の測定信号に与える影響が、試料104に由来する信号と比較して無視できる程度である限り、基板102がエッチングされてもよい。
【0089】
第1物質部分104を取り囲む断熱要素112は真空、空気若しくは不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウムなど)等の気体、又は合成樹脂、ゴム、エポキシ、ポリスチレン若しくは熱伝導係数の値が第1物質の熱伝導係数の値の1/10以下である物質からなる固体であってもよい。
【0090】
試験片100の変形例が図2Bに示されている。熱伝導係数の値が第1物質部分104の熱伝導係数の値以下である断熱要素114により第1物質部分104が包囲されている。第1物質部分104を取り囲む断熱要素114の(図2Bに示されているy軸方向の)厚さは、第1物質部分104の(同じくy軸方向の)厚さの1/10以下である。図2Bに示されている変形例において、第1物質部分104を部分的に取り囲んでいる断熱要素114はシリコン層又は窒化珪素層である。当該断熱要素114は、熱流108が第1物質部分104を実質的に1次元的に通過するための、厚さ及び熱伝導係数の当該条件を満たしている。第1物質部分104の残りの部分は空気等の周囲との熱の遮断を実現する断熱要素により取り囲まれている。
【0091】
試験片100を用いて、3ω法の原理に基づき、試料104の熱物性が測定される。
【0092】
当該方法を実施するための機器は「”Thermal conductivity measurement from 30 to 750 K: the 3 omega method”, D.G. Cahill, Rev. Sci. Instrum. 61(2), February 1990, pages 802-808」に記載されている。
【0093】
したがって、試料104の熱伝導度を測定するため、試験片100のさまざまな温度におけるメタルライン106の電気抵抗値が測定される。当該測定結果から、メタルライン106の熱物性R(T)を取得することが可能になる。
【0094】
接点110aを通じて角振動数ω及び振幅I0を有する電流i(t)(=I0cos(ωt))がメタルライン106に流され、さまざまな値のωについて3ω高調波成分(3ω angular frequency harmonic)Vがメタルライン106の端部、すなわち接点110bの間で測定される。
【0095】
メタルライン106の3ω高調波成分及び熱物性R(T)の測定値を用いて、第1物質部分104の熱伝導係数の値が計算される。以下に当該計算例を示す。
【0096】
メタルライン106の抵抗温度係数αRが関係式(17)を用いて計算される。
【0097】
【数17】

【0098】
また、メタルライン106の温度波振幅ΔT0が関係式(18)にしたがって計算される。
【0099】
【数18】

【0100】
「R0」は室温(ambient temperature)におけるメタルライン106の電気抵抗値である。
【0101】
続いて、基板102の温度上昇分ΔTSが前記関係式(19)を用いて計算される。
【0102】
【数19】

【0103】
「Pl」はメタルライン106の単位長さ当たりの加熱量である。「λS」は基板102の熱伝導係数である。「ρS」は基板102の密度である。「cpS」は基板102の比熱容量である。
【0104】
ln(2ω)に対するRe(ΔTS)及びΔT0のそれぞれの関係を表わす直線が描かれる。ΔTF=ΔT0−ΔTSなので、当該2つの直線の縦軸方向の偏差が測定されることにより、試料104の熱伝導係数λFが関係式(20)にしたがって計算されうる。
【0105】
【数20】

【0106】
よって、本発明の方法により、非常に薄い又は厚い部材、高い異方性を有する部材又は高い熱伝導性を有する部材等、従来の3ω法を用いては熱物性測定が不可能であった物質の全領域にわたる熱物性の測定が可能になる。さらに、3ω法により熱物性の測定が可能な物質について、本発明の方法は熱伝導度の測定精度の向上が図られる。
【0107】
試料104と同様の形態(すなわち幅2bの細長形状の部分の形態)における高熱伝導性の物質の熱伝導度の測定結果と、従来技術である3ω法を用いた薄膜状の同一物質の熱伝導度の測定結果との対比について説明する。
【0108】
試料及び薄膜のそれぞれが、シリコン基板を有する2つの別個の試験片に配置された。シリコン基板の物性は、ρS=2330kg/m3、cpS=710J/kg/K、λS=150W/m/K、dS=525μmである。
【0109】
試料及び薄膜のそれぞれの熱伝導度は30W/m/Kである。資料及び薄膜のそれぞれの厚さは1μmである。両試験片におけるメタルラインの構成は同じである。単位長さ当たりの電力密度は30W/mである。
【0110】
異なるbの値に応じた試料の温度変化量(TF1D)及び薄膜の温度変化量(TFlayer)が表1に示されている。
【0111】
【表1】

【0112】
当該結果から、幅2μmのメタルラインに関して、薄膜の測定結果TFlayerは、測定対象である物質の熱伝導度の真値である30W/m/Kを導出しうる試料の測定結果TF1Dから約57%相違していることがわかる。
【0113】
この偏差は高熱伝導度(30W/m/K)の物質に由来する、薄膜における高い熱拡散性に顕著に依存している。また、メタルラインの幅が大きくなるにつれ、薄膜の測定結果TFlayer及び試料の測定結果TF1Dの偏差が小さくなることがわかる。しかし、メタルラインの幅の増大は測定温度の低下を招来し、結果として測定誤差の確度向上が困難になる。
【0114】
試料104と同様に薄膜状の形態とされた高い異方性を有する物質の試料について、3ω法を用いた熱伝導度の測定結果の対比が以下に示されている。
【0115】
採用されたシリコン基板は前述したものと同様である。薄膜を構成する物質の熱伝導度は50W/m/Kである。試料を構成する物質の熱伝導度は10W/m/Kである。
【0116】
薄膜及び試料の厚さは1μmである。印加する線状電力は30W/mである。
【0117】
異なるbの値に応じた試料の温度変化量(TF1D)及び薄膜の温度変化量(TFlayer)が表2に示されている。
【0118】
【表2】

【0119】
b=1μmの場合、TF1D及びTFlayerの測定値がなおも大きい偏差(112%)が確認された。メタルラインを厚くするほど、TF1D及びTFlayerの測定値の偏差が小さくなるが、金属の幅を広くするほど温度が低下するという問題が再び生じる。
【0120】
さらに、試料及び薄膜が1μmではなく3μmの厚さを有する場合、表3に示されている値が得られた。
【0121】
【表3】

【0122】
熱伝導度の測定対象である物質が厚くなるほど値の分散現象がより顕著になることがわかる。
【0123】
前記のように異なる比較によって本発明が従来技術である3ω法と比較した場合の利点が明確化された。すなわち、非常に薄い又は厚い物質、高い異方性を有する可能性がある物質及び高い熱伝導性を有する物質のそれぞれの熱伝導度を正確に測定することができる。
【符号の説明】
【0124】
102‥基板、104‥第1物質部分、106‥第2物質部分、108‥熱流、112、114‥断熱要素。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細長形状の電気伝導性の第2物質の少なくとも一部である第2物質部分(106)上に配置されている細長形状の第1物質の一部である第1物質部分(104)の熱物性を測定する方法であって、
(a)前記第2物質部分(106)の温度Tの関数として前記第2物質部分の電気抵抗値Rの変化に応じた前記第2物質部分の熱物性R(T)を測定する過程と、
(b)前記第2物質部分の端部間に角振動数ωの電流を流し、かつ、さまざまな値のωについて当該端部間の電圧の3ω高調波成分を測定する過程と、
(c)3ω高調波成分及び熱物性R(T)のそれぞれの当該測定値に基づいて前記第1物質部分(104)の熱伝導係数を計算する過程と、を含み、
前記第2物質部分(106)の幅Lに対して前記第1物質部分(104)の幅が0.9〜1.1Lであり、断熱要素(112)(114)により前記第1物質部分(104)が包囲されていることを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
前記第2物質部分(106)の厚さが0.1L以上であり、付加的又は代替的に前記第2物質部分(106)の長さが10L以上であることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の方法において、
前記第1物質部分(104)の長さが幅の10倍以上であり、付加的又は代替的に前記第1物質部分(104)の厚さが前記(b)過程において前記第1物質部分(104)に生じる熱流(108)の浸透深さより小さいことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第1物質部分(104)及び前記第2物質部分(106)のうち一方又は両方が平行六面体形状であることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1〜4のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第1物質部分(104)が前記第2物質部分(106)と基板(102)との間に配置されていることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項5記載の方法において、
前記基板(102)の厚さが前記(b)過程において前記基板(102)に生じる熱流(108)の浸透深さの10倍以上であり、付加的又は代替的に前記第1物質部分(104)の幅の10倍以上であることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1〜6のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第2物質が金属であることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1〜7のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第1物質が電気伝導性である場合、前記第1物質部分(104)と前記第2物質部分(106)との間に誘電物質が配置されていることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1〜8のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第1物質部分(104)の熱伝導係数を計算する過程が、
前記第2物質部分(106)の抵抗温度係数αR=(1/R)(dR(T)/R)を計算する過程と、
角振動数ωの電流により生成される温度波の振幅ΔT0=2V/(R00αR)(「V」は前記第2物質部分(106)の前記端部間の電圧の3ω高調波成分を表わす。「R0」は雰囲気温度における前記第2物質部分(106)の電気抵抗値を表わす。「I0」は角振動数ωの電流振幅を表わす。)を計算する過程と、
前記第1物質部分(104)が前記第2物質部分(106)と前記基板(102)との間に配置されている状態で、前記基板(102)の温度上昇分ΔTS=(Pl/πλS)[−(1/2)ln(2ω)+(1/2)ln{λS/(ρSpS2)}+ln(2)−iπ/4](「Pl」は前記第2物質部分(106)の単位長さあたりの加熱量を表わす。「λS」は前記基板(102)の熱伝導係数を表わす。「cpS」は前記基板(102)の比熱容量を表わす。「2b」は前記第2物質部分(106)の幅を表わす。)を計算する過程と、
前記第1物質部分(104)の熱伝導係数λF=dF/(ΔTF2b)Pl(「dF」は前記第1物質部分(104)の厚さを表わす。「ΔTF」はΔT0−ΔTSを表わす。)を計算する過程と、を含むことを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1〜9のうちいずれか1つに記載の方法において、
基板(102)の上に第1物質からなる第1物質層を堆積させる過程と、
電気伝導性の第2物質からなる第2物質層を前記第1物質層に堆積させる過程と、
細長形状パターンを有するエッチングマスクを形成する過程と、
前記エッチングマスクのパターンにしたがった前記第1物質層及び前記第2物質層のフォトリソグラフィ及びエッチング処理により前記第1物質部分(104)及び前記第2物質部分(106)を形成する過程と、
前記エッチングマスクを除去する過程と、を経て前記第1物質部分(104)及び前記第2物質部分(106)が構成されることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項10記載の方法において、
前記第1物質が電気伝導性である場合に前記第1物質層の上に誘電物質からなる誘電物質層が堆積され、
前記誘電物質層の上に前記第2物質層が堆積され、
前記誘電物質層も前記第1物質層及び前記第2物質層と同様に、前記エッチングマスクのパターンにしたがってエッチング処理されることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1〜11のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第1物質部分(104)を包囲する前記断熱要素(112)の熱伝導係数の値が前記第1物質部分(104)の熱伝導係数の値の1/10以下であることを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項1〜11のうちいずれか1つに記載の方法において、
前記第1物質部分(104)を包囲する前記断熱要素(114)の熱伝導係数の値が前記第1物質部分(104)の熱伝導係数の値以下であり、前記断熱要素(114)の厚さが前記第1物質部分(104)の厚さの1/10以下であることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2013−509575(P2013−509575A)
【公表日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−535822(P2012−535822)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際出願番号】PCT/EP2010/066326
【国際公開番号】WO2011/051376
【国際公開日】平成23年5月5日(2011.5.5)
【出願人】(510225292)コミサリア ア レネルジー アトミック エ オ ゼネルジー アルテルナティブ (97)
【氏名又は名称原語表記】COMMISSARIAT A L’ENERGIE ATOMIQUE ET AUX ENERGIES ALTERNATIVES
【住所又は居所原語表記】Batiment Le Ponant D,25 rue Leblanc,F−75015 Paris, FRANCE
【Fターム(参考)】