説明

物質の細胞内導入法

【課題】
多種類の細胞に多種類の細胞内導入物質を簡便な方法で連続的に導入できる方法、並びにこの方法を用いて細胞内導入物質を取り込ませた細胞及びこの方法を用いた細胞への物質導入装置を提供する。
【解決手段】
細胞と細胞内導入物質を接触させた状態で、細胞内導入物質を含まない液体を動物細胞にエレクトロスプレーするか、細胞内導入物質を含まない液体を細胞にエレクトロスプレーした後に、細胞と細胞内導入物質を接触させる方法を用いることによって、上記課題が達成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に細胞内導入物質を連続的かつ簡便に導入できる方法、並びにその方法を用いる事によって得られる細胞内導入物質を導入した細胞及びその方法を用いた細胞内導入物質の細胞内導入装置に関する。更に、詳しくは、細胞内導入物質を細胞内に取り込ませるに当たって、細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーする事によって液滴を生成させ、その液滴を細胞内導入物質の共存下に細胞に噴霧するか、又はその液滴を細胞に噴霧した後、はじめて細胞内導入物質を細胞に接触させて細胞内に取り込ませる物質の細胞内導入方法、並びにその方法を用いることによって得られる細胞内導入物質を取り込ませた細胞及びその方法を用いた物質の細胞内導入装置に関する。
細胞内に、DNAやRNA等の遺伝子、酵素や抗体等の蛋白、又は医薬品等の化学物質を導入する方法、並びにその方法によって得られる細胞及び装置は、医学、薬学、農学等のバイオ関連分野における研究開発場面で有用な手段となる。
【背景技術】
【0002】
細胞内に細胞内導入物質を導入する操作、特にDNAやRNA等の遺伝子を細胞内に導入する遺伝子組換え操作に供するため、多くの方法や装置が開発されている。
例えば、ペプチドグルカンやセルロース等を含む細胞壁を有する細菌類や酵母ではコンピテントセルがよく使用される(例えば、非特許文献1参照)。この方法は、物質が取り込まれ易いように細胞を変化させた後、細胞に熱ショック等を与え物質を取り込ませる方法である。しかし、この方法では、使用する細胞の培養条件を厳密に制御する必要があり、しかも、致死させることなく凍結処理や金属イオンを含む溶液で細胞を処理しなければならないという煩雑で時間を要する問題点を有している(例えば、非特許文献2、3参照)。また、使用する試薬が高価であるうえ、用量によっては細胞に致死的に働く場合があり、使用できる濃度範囲に制限があるという問題点も有している。これら以外にウイルスを利用して細胞に物質を導入する方法がある(例えば、非特許文献4参照)。しかしながら、このウイルスを使用する方法も、使用に当たって煩雑な精製操作を取らなければならず、しかもウイルスであるために意図していない組織に物質が導入される危険がある。また、ウイルスであるため、バイオハザードの危険性も考慮する必要がある。
【0003】
細胞内に細胞内導入物質を取り込ませる方法としてよく知られているものにエレクトロポレーションがある(例えば、特許文献1参照)。この方法は遺伝子と細胞の懸濁した溶液に高電圧をパルス状にかけ、溶液中に含まれる遺伝子を細胞内に取り込ませる方法である。この方法は適用範囲が広く遺伝子導入効率が高い方法であるが、遺伝子の導入効率と細胞の致死率との間に比例関係があるため、細胞の致死と無関係に導入することができない。すなわち、パルス条件が不適切であると細胞内に目的とする物質が導入されにくいだけではなく、細胞が死んでしまう欠点がある。また、トーイングといわれる溶液内への放電を防ぐため、電圧をかける際に細胞懸濁溶液の電気伝導度を下げなければならない。そのため、遠心分離等を用いて細胞を分離し洗浄する操作が必要であり、またその操作の際に細胞が死んで行く可能性がある。
【0004】
また、細胞内へ物質を入れる方法としてパーティクルガンがある(例えば、特許文献2参照)。この方法は遺伝子を付着させた金、タングステンのような微粒子を細胞に打ち込む方法である。細胞内導入物質を微粒子に担持させ全体の質量を増加させることによって、高いエネルギーで細胞に衝突させ細胞膜を通過させる。この方法は微粒子が当たった細胞に対しては高い導入効率を示すが、多くの細胞がある場合、微粒子が均一に当たる訳ではなく全体としての導入効率は上がりにくい欠点がある。また、この方法は遺伝子を微粒子等に付着させる操作が必要である他、担持用の微粒子や圧力開放のための破裂板等の消耗品が高価である欠点がある。また更には、微粒子を打ち込むためにプラズマ爆発や火薬・ボンベガスを使用する必要があり装置が大掛かりになる、ガスの勢いで細胞が飛散する、パーティクルが細胞内に残存するため細胞へのダメージが生じ易く、繰り返し打ち込むとパーティクルが細胞内に蓄積する欠点等もある。特に遺伝子治療のような場面では、細胞内に微粒子が残存蓄積することは細胞致死の可能性が高まる点で好ましくない。また、使用する微粒子のサイズが0.5から3μmであるため、植物や動物のような10から100μmと比較的大型な細胞の場合は問題になりにくいが、例えば、細菌類のように1μm前後の微少な細胞の場合、適用するのが非常に困難である。
【0005】
液体を高速でスプレーする方法にエレクトロスプレー法がある。エレクトロスプレー法はスプレー用のチューブに高電圧を印加することでチューブ先端に電荷を集め、その電荷が集まったチューブ先端部分を介して液体を通液させることにより、液体を帯電した微細な液滴となし、標的に対して高速でスプレーする方法である。なお、この方法は、特に質量分析のイオン化法として使用されている方法である(例えば、非特許文献5,6参照)。
このエレクトロスプレーを使用したパーティクルガンの一つとして、キャピラリーの先端を通してパーティクルを含む懸濁液に高電圧を印加し、細胞にスプレーする方法がある。(例えば、特許文献3参照)。この方法は、細胞内導入物質を付着させたパーティクル、又は細胞内導入物質とパーティクルを含む混合液をエレクトロスプレーで加速する方法であるが、いずれにせよこの方法ではパーティクルを含む懸濁液を使用するため、キャピラリーの先端にパーティクルによる詰まりが生じる欠点がある。また、通常のパーティクルガンと同様に固体が細胞内に残留する等の欠点がある。さらには、同一種類の細胞内導入物質を導入しようする場合には特に問題とならないが、細胞内導入物質を変更しようとした場合、細胞内導入物質ごとに担持操作を行う必要性がある。また、懸濁液の通液系をその都度洗浄置換する必要があり、煩雑な操作と時間を要するという問題は解決できていない。また、導入する物質を含んだ懸濁液をスプレーするため、装置内部が汚染される可能性がある。さらには、スプレー溶液中に含まれる溶質量が多くなるに従って、チューブと細胞間で火花放電が起こる危険性が増す。
【0006】
このような技術的事情背景から、細胞内導入物質をパーティクル等の担体に担持させる必要がなく、物質をそのままの形で、しかも多種類の細胞内導入物質を多種類の細胞に連続的に短時間で導入することが可能になる方法及び装置の提供が望まれて来た。
【0007】
【特許文献1】米国特許第4945050号明細書
【特許文献2】特許第2606856号公報
【特許文献3】米国特許第6093557号明細書
【非特許文献1】H. Inoue, H. Nojima, H. Okayama, Gene, 1990, vol. 96(1), p23-28.
【非特許文献2】J. Haensler, F. C. Szoka Jr, Bioconjugate Chem., 1993, vol. 4, p374-379.
【非特許文献3】P. L. Felgner, T. R. Gadek, M. Holm, R. Roman, H. W. Chan, M. Wenz, J. P. Northrop, G. M. Ringold, and M. Danielsen, 1147766570484_0.'); 1987 vol. 84(21), p7413-7.
【非特許文献4】D. Yu, T. Shioda, A. Kato, M. K. Hasan, Y. Sakai, Y. Nagai, 1147766570484_1.');1997 vol.2(7), p457-66
【非特許文献5】J. B. Fenn, M. Mann, C. K. Meng, S. F. Wong, C. M. Whitehouse, Science, 1989, vol.246, p64-71.
【非特許文献6】Z. Takats, J. M. Wiseman, B. Gologan, R. G. Cooks, Science, 2004, vol.306, p471-473.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、高分子量の生理活性物質、例えばDNAやRNA等の遺伝子を細胞内に導入するに当たって、煩雑な担持操作やパーティクルとの混合操作を行う必要がなく、しかも導入遺伝子を変えるごとに送液系を洗浄置換するような操作を必要としない、連続的かつ簡便に物質を細胞内に導入できるようにする方法、並びにこの方法を用いることによって得られる細胞及びこの方法を用いた物質の細胞内導入装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、簡便な方法で多種類の細胞内導入物質を多種類の細胞に連続的に導入する方法を確立すべく鋭意検討した結果、意外にも、細胞内導入物質を含まない液体を用いて、細胞と細胞内導入物質の共存下でエレクトロスプレーする処理を行うか、或いは細胞のみの存在下でエレクトロスプレーする処理を行った後に細胞内導入物質と接触させることによって、効率的に多種類の細胞導入物質を多種類の細胞に導入できることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下の(1)〜(9)に示す、細胞内導入物質を細胞に導入する際、当該物質を含まない液体をエレクトロスプレーする事によって液滴を生成させ、その液滴を細胞に接触させる処理を施すことを特徴とする細胞への物質導入方法、並びにその方法によって得られた細胞及びその方法を用いた物質の細胞内導入装置に関する。
(1)細胞内導入物質を細胞内に導入する際、当該物質を含まない液体をエレクトロスプレーする事によって液滴を生成させ、その液滴を細胞に接触させる事を特徴とする、細胞への物質導入方法。
(2)細胞と細胞内導入物質の共存下に液滴を細胞に接触させる、(1)に記載の細胞への物質導入方法。
(3)液滴を細胞に接触させた後、はじめて細胞と細胞内導入物質を接触させる、(1)に記載の細胞への物質導入方法。
(4)液滴を細胞に接触させた後、はじめて細胞と細胞内導入物質を接触させるまでの時間が30分以内である、(3)に記載の細胞への物質導入方法。
(5)液体と細胞の電位差が0.1kVから100kVである、(1)に記載の細胞への物質導入方法。
(6)エレクトロスプレーする液体が、細胞内導入物質を含まない水又は水溶液である、(1)に記載の細胞への物質導入方法。
(7)細胞内導入物質が遺伝子である、(1)に記載の細胞への物質導入方法。
(8)(1)から(7)の何れかに記載の方法を用いて細胞内導入物質を導入した細胞。
(9)(1)から(7)の何れかに記載の方法を用いた細胞への物質導入装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明により複雑な前処理を必要とせず細胞内へ導入したい物質、特に遺伝子を導入することができる。すなわち、導入したい物質を予め担体に担時させるような煩雑な前処理操作を施すことなく直接細胞に導入することができ、しかも、担体が細胞内に残留することもない。また、担体粒経による支配を受けないので、細菌のようなサブミクロンから数ミクロンの小さな細胞にも適用可能となる。
また、本発明の装置は高価な金属微粒子や破裂板が必要でなく、1回あたりの処理費用が下がる。さらにはスプレーする液体の交換等が必要でなくなるため多種類の遺伝子を多種類の細胞に連続的に短時間で導入することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明は、細胞内導入物質を含まない液体をエレクトロスプレーする事を特徴とする、物質の細胞内導入方法である。本発明で使用するエレクトロスプレーは、高電圧を印加したチューブの先端部分より液体を放出させることによって液体を帯電させ、その表面電荷の反発によって、液体が微細な液滴となり噴霧される現象を利用したものである。本発明の模式的な実施形態を図1に示す。細胞(Cell)と細胞内導入物質(Material A)が共存している。ここに液体(Material B)をエレクトロスプレーする。これにより導入物質が導入された細胞(Material A in Cell)が得られる。液体が細胞と細胞内導入物質の共存下にエレクトロスプレーされることで細胞内に物質が導入される。液体は直接細胞に導入するのを目的とせず、スプレーするために使用する。
【0012】
また、本発明では細胞に液体をエレクトロスプレーした後、細胞内導入物質を加え、該導入物質の細胞内への導入方法でもある。まず細胞に液体(material B)より形成された液滴をスプレーし、その後に細胞内導入物質を加える。これにより導入物質が細胞内に導入することができる。スプレー後、短時間に接触させるほうがより導入されやすい。細胞の状態、種類、スプレーの条件によって変わるが30分以内、好ましくは15分以内、より好ましくは3分以内に接触させるのが望ましい。なお、細胞内導入物質は溶液の形で細胞に接触させるのが好ましいが、粉末等の形状でも問題はない。本発明の模式的な実施形態を図2に示す。
【0013】
チューブ先端に印加する電圧は細胞との距離、チューブの大きさ、エレクトロスプレーする液体の流量や性状等から最適値を求めて使用すれば良い。電圧はチューブ先端の液体と細胞との電位差で0.1kVから100kVが好ましく、1kVから20kVの範囲がより好ましい。0.1kVより電圧が低いと細胞内への目的物質の導入効率が低下する。また、100kV以上高電圧にしても、物質の細胞内への導入効率に大きな差は認められず、逆に細胞を致死に至らしめる危険性が増し好ましくない。
【0014】
チューブ先端の内径は0.01μmから10mmが好ましく、1μmから5mmがより好ましい。チューブ先端が0.01μmよりも小さい場合には流路が狭くなり過ぎるため通液に過大な圧力を要することとなり好ましくない。一方、内径が10mmよりも大きい場合には、スプレーする液体が液滴化せずエレクトロスプレーにならない場合がある。
チューブ先端と細胞との距離は0.1μmから2000mmでエレクトロスプレーを行うのが好ましい。これより距離が短いと絶縁破壊しやすく、これより距離が大きいと印加する電圧が高くなり現実的ではない。より好ましくは1μmから500mmである。
【0015】
細胞にスプレーする液体の量は細胞の量、形状、種類に応じて変えればよい。またこれに伴い、スプレーの時間は変化する。
具体的な例を挙げると直径6cmのシャーレ内にあるコロニーにスプレーする場合、スプレーする液体の量は1μlから8mlの範囲の量をスプレーすればよく、より好ましくは10μlから4mlスプレーするのが望ましい。
【0016】
本発明の目的を達成するための条件はエレクトロスプレーする液体が細胞に悪影響を与えず取り扱い易い液体であれば何れでもよい。その意味で水又は水溶液が好ましい。水はイオン交換水、蒸留水、滅菌水の形で使用できる。また、水溶液が金属イオン水溶液、有機溶媒水溶液、高分子水溶液、培地、平衡緩衝液であることが好ましい。さらに詳細な例を示すと水、水溶液としては、金属イオンの水溶液の例として1から15族の金属イオンが好ましく、1から3族および6から12族の金属イオンが好ましい。とくにLi,Na,K,Cs,Mg,Ca,La,Cr,Mo,W,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Znのイオンの水溶液は生化学実験によく使用され使用しやすい。これらの金属イオンはハロゲン化物、有機酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、ほう酸塩、炭酸塩、ケイ酸塩等のどの形態で提供されても良い。
【0017】
エレクトロスプレーする液体に含まれる有機溶媒の例としてはメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、アセトン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、ジメチルスルホキシド、スルホラン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、プロパノールアミン、ジプロパノールアミン、トリプロパノールアミン、クロロホルム、エンカメチレン、アセトアミド、メチルアセトアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、ホルムアミド、メチルホルムアミド、ジメチルホルムアミド、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ヘキサン、トリアセチン等が挙げられる。
【0018】
高分子化合物の例としては、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、スペルミジン、アガロース、でんぷん、セルロース、ポリビニルピロリドン、アルギン酸、カラギーナン等が使用できる。
【0019】
スプレーする液体に含まれる培地としては、LB培地、Sauton培地、SOB培地、ハム培地、イーグル培地、モディファイドイーグル培地、RPMI培地、フィシャー培地、MCDB培地、ホワイト培地、ムラシゲ−スクーグ培地が挙げられる。これらの他に培地成分として使用されるアミノ酸、ショ糖、ソルビトール、ペプトン、酵母エキス、界面活性剤、血清等を含んだ水溶液も使用可能である。
【0020】
平衡緩衝液としてはEDTA水溶液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン塩酸バッファー(トリスバッファー)、トリス−EDTAバッファー(TEバッファー)、リン酸緩衝液(PBS)、トリス-酢酸−EDTAバッファー(TAEバッファー)、ハンクス平衡塩溶液(HBSS)、イーグル平衡塩溶液(EBSS)等生化学実験で使用する混合物が使用できる。
【0021】
本発明で使用する水溶液の濃度は特に制限がない。ただし、使用する細胞の浸透圧と大きく異なり悪影響が出る場合は調製したほうが良い。また、導入効率を上げるために標的細胞に対して共通に使用できるリポソーム、塩基性ポリマーのような遺伝子導入試薬を共存させることは好ましい。
【0022】
本発明において細胞内に導入する物質は特に限定されるものではないが、特に有用性が高い例を示すとすれば遺伝子が挙げられる。具体的にはDNA若しくはRNA、又はこれらの類似化合物、誘導体が挙げられる。これらはプラスミド、ファージ、ウイルス、ウイロイド、オリゴDNA、オリゴRNA、マイクロRNA等の形態で提供される。塩基配列の大きさは特に断りがない。塩基は二本鎖、一本鎖どちらでもかまわない。
また、本発明において遺伝子より小さな物質は一般的により容易に取り込ませることができる。その様な例としては蛋白、ペプチド、糖、脂質、農薬、抗菌剤、金属イオン、蛍光標識試薬、同位体標識試薬等が挙げられる。
【0023】
本発明の方法により物質が細胞内へ導入される機構は明らかでないが以下のように予想される。液体がエレクトロスプレー状態になると大量の微細な帯電液滴が生じる。これが細胞にスプレーされ衝突する。これにより細胞内と外部で電界が不均衡になるために細胞の膜上に穴が生じ、この穴を通して近傍に存在する細胞内導入物質が細胞内に取り込まれるものと思われる。また、この穴はエレクトロスプレー後、時間経過とともに閉じ約30分程度で元に復するものと思われる。
【0024】
本発明で使用する細胞は特に制限がなく、動物、植物、又は微生物の細胞何れでもよい。また、細胞だけでなく組織、臓器、生体であってもかまわない。また、卵、精子、花粉、胞子、種子のような生殖細胞類を対象にすることも当然可能である。
細菌、酵母、糸状菌、古細菌細胞、植物等の細胞壁がある細胞の場合、細胞壁に傷をつけたもの、若しくは細胞壁を除去し原形質膜を露呈させたものを使用すれば導入の効率は上がることは予想できる。また、前記の状態をつくる物質共存でスプレーする方法をとってもよい。具体的にはコンピテントセル、プロトプラストのような細胞壁を弱くした細胞であり、これらの細胞を作るためのCaイオン、Liイオン、Rbイオン、Csイオン、Mgイオン、Mnイオン、Znイオン等、又はセルラーゼ、ペクチナーゼ等を共存させてもよい。また、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリスペルミン、ポリリシン、ポリエチレングリコール等のポリマー、リポソーム、ミセル等の界面活性物質を共存させても良い。共存させる方法としてはこれら物質をスプレーされる細胞溶液内に予め添加するか、スプレー段階で混合させる方法を適宜選択すればよい。
【0025】
液体をスプレーする際の雰囲気は空気、窒素、二酸化炭素、アルゴン、SF6等で、細胞に対する致死作用がなく爆発等の危険性を有さないガスが使用できる。その意味で空気、窒素は一般的で容易に使用できる。
圧力は細胞が死なせずに処理できる条件であればよく特に制限はないが、使用しやすいのは1paから1Mpaの範囲で特に大気圧である。
スプレーする際に他の菌の混入などの汚染を防ぐために無菌状態で行うことは非常に重要である。具体的には、スプレーをケース内で行うか、或いはクリーンブース等を使用して行うことによって汚染を防止することができる。また、本方法によれば重力と逆方向に液体をスプレーすることもできるので、スプレーされる細胞を上部に置いて落ちてくる汚染源の進入を防ぎながら操作を行うこともできる。
エレクトロスプレーする際の温度には特に制限がない。細胞が死なない温度であれば良く、室温が使用しやすい。
【0026】
図3に、本発明の細胞への物質導入方法を用いた物質の細胞内導入装置の模式的な構造を、細胞と細胞内導入物質の共存下でエレクトロスプレーする場合を例に挙げて示す。装置は、高電圧発生装置(high voltage power supply)1、チューブ2、液体(Material B)3、細胞と細胞内導入物質(Cell +Material A)4で構成される。電圧を印加される液体3はチューブ2を通って細胞と細胞内導入物質4にスプレーされる。この時、高電圧発生装置1によって電圧が液体3に印加される。これにより液体3は帯電状態になりチューブ2から細胞と細胞内導入物質4にスプレーされる。より具体的な機構の説明をすると、液体3に電圧を印加するための高電圧発生装置1は、チューブ2にケーブル等で接続している。またチューブは、細胞と細胞内導入物質4にスプレーできるような位置に存在する。
【0027】
エレクトロスプレー状態を作るために高電圧発生装置により電圧を印加されたチューブ先端で、液体が帯電し液滴になる。電圧が印加されると液滴の表面張力より表面の電荷の反発が大きくなり液滴が微細化されるとともに、帯電した液滴が電場により高速で細胞に向かってスプレーされる。なお、エレクトロスプレーは電圧、細胞との距離、チューブの大きさ、液体流量、液体性状等により形成され方が変化するので、目的に適うように適宜調整できる装置構造になっている。
【0028】
本装置は、ポンプを有することで液体を定量的にチューブに送ることが出来る。ポンプを有しない場合、重力、圧力を利用して物質をチューブに送られるがポンプを有することでより容易に定量的に送液できる。ポンプはチューブポンプ、プランジャーポンプ、ダイヤフラムポンプ、シリンジポンプ等が使用でき、使用目的に合わせて選択すればよい。
【0029】
さらに装置の構造を具体的に説明する。高圧電源はスプレーする液体と細胞に電位差を発生させる。本発明において流れる電流量は僅かであり特に制限がない。最大でも1mAあれば十分である。高圧電源とチューブは接続されている。接続は高電圧ケーブルで行えばよい。スプレーする液体に印加する電圧はプラス、マイナスどちらでも良い。なお、本発明では、液滴を細胞にスプレーする際に放電を伴ってもかまわないが、細胞に障害が発生するような長時間にわたる放電は当然ながら好ましくない。
【0030】
チューブの材料は金属、プラスチック、ガラス、セラミック等特に制限がない。ただし電気伝導性のない材料できたチューブを使用する場合には、液体に接触する電極を内部に備えたチューブや導電物質を表面にコーティングしたチューブを用いる必要がある。図4に、チューブと高圧電源との接続例を模式的に示す。
Aに示す金属のような導電性材料をチューブに使用した場合は、チューブに電極を接続して内部に来る液体に帯電することができる。Bはガラスのような絶縁体を使用したチューブの場合である。この場合、内部に金属のような導電性電極を入れ、液体を帯電させる。Cは電極内部に導電対コートしてある場合でチューブ内部が高圧電源と接続して液体が帯電する。
チューブ先端の形状はストレートだけでなく、テーパーを持つ形状でもよく、特に制限されない。また、チューブは二重管構造でもよく、液体と共にガスを流しても良い。チューブは質量分析等で使用するエレクトロスプレー用のものを使用しても良い。さらに微量量の液体を流せるようにナノスプレーを使用しても良い。
スプレーするためのチューブは最低1本あればよく、多数のチューブがあればより広く細胞の表面に液体をスプレーすることができる。また、同時に複数個の検体を処理することも可能となる。
【0031】
細胞と細胞内導入物質を入れる容器は、チューブからスプレーした液体がかかるようにされたものであれば特に制限はなくコロニー、組織、個体等の細胞集合体にスプレーする場合も同様である。例えば、細胞を対象とする場合には、シャーレ、テストチューブ等の容器が使用しやすい。
細胞に物質が効率よく導入できるように液体をスプレーするためには、細胞と容器との間の電位差が好ましい範囲に取れるように、グランドに接続して帯電を除去すればよい。具体的にはシャーレ等に入った細胞と細胞内導入物質にスプレーする場合には、シャーレ内部の細胞が接触する溶液又はゲルを介してグランドと接続していることが好ましい。細胞は液体の液滴スプレーを均一に受けるために回転又は位置選択ができるようにステージに乗って移動してもなんら問題がない。
【0032】
装置に電磁気的な光学系を導入することでスプレーの場所、液滴の散布面積の広がりを制御できる。例えばスプレーする位置より前にマスク、レンズ、コリメーター機能を有する部品を置くことで、より局所的に液滴をスプレーすることができる。さらには、四重極レンズ等でスプレーの位置、スキャニング等を可能にすることも可能になる。マスク機能としては有機高分子材料、金属、セラミックでできたスプレー範囲を決める板状(フィルム)部品が使用できる。また、レンズ、コリメーター機能としては帯電した金属マスク、誘電体マスク部品が使用できる。
【0033】
本発明は細胞の種類、導入する物質を変更する場合、エレクトロスプレーする液体を変更する必要がなく、同一の液体で行うことができる。
つまり96穴プレートのような容器を使用して異なる細胞、異なる遺伝子を入れておけば短時間で効率的な遺伝子導入を行うことが可能になる。
具体的には例えばエレクトロスプレー用のチューブをXY移動できるアームに取り付けることで多数のサンプルを連続的に処理することが可能になる。また、細胞の方を移動できるようにXYステージに乗せて移動させることも可能である。さらにはチューブがX軸、ステージがY軸に移動するように組み合わせて使用することも可能である。なお、移動機構はXY型、スカラー型どちらの機構でも良く、この移動の動力は電気、エアー、人力どれを使用しても良い。また、これらに機械的な位置制御機能を付与することによって自動化し、処理操作の省力化をはかることも可能になる。
図5は具体的な移動機構である。DはステージがXY方向に移動する機構、EはチューブがXY方向に移動する機構、FはチューブがX方向でステージがY方向に移動する機構である。
【0034】
本発明はエレクトロスプレーする液体を変更することなしに、細胞内に導入する物質、あるいは導入対象とする細胞の種類を変更することが可能である。また、上記のような機構を導入することでよりその変更を効率的に行うことができる。また、細胞を変えてもエレクトロスプレーする液体は変える必要がなく、効率的な導入を行うことができる。さらには本発明の消耗品はエレクトロスプレーする液体が主たるものであり、水であっても良いことから非常に安価に物質導入を行うことができる。
また、煩雑な操作を必要とせず、液体をエレクトロスプレーし細胞と細胞内導入物質を接触させるだけで、細胞内に遺伝子等の生物化学的に重要な物質を容易に導入することが可能となる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例及び比較例を以て本発明の内容を詳しく示すが、これらの例のみに本発明は限定されない。
実施例1
1.実験装置
実験に使用する装置図を図6に示す。高圧電源1はチューブ2に高電圧ケーブルで接続している。また、同時にグランドへ接続されている。チューブ2はステンレス製で外径0.36mm、内径0.18mmのルアーロック型である。これがサンプル注入口6と接続している。スプレーする液体3はこのサンプル注入口より導入される。ポンプ5はチューブポンプで空気を送っている。この空気の圧力で帯電する液体3はチューブまで押される。この時、空気は酢酸セルロース製のフィルター8をとおして供給される。使用する高圧電源1は短絡防止装置がついており、1mAの電流制限になっている。細胞と細胞内導入物質4は60mmのポリスチレンシャーレに入っている。シャーレはジャッキ10の上に設置されている。ジャッキはグランドと接続されている。シャーレの内部がグランドと接続されるようにステンレスリボン9で内部とジャッキがつながっている。スプレーを行う部分は内部サイズ272×260×370mmのアルミニュウム枠アクリル製の容器内に設置され、容器の上部には約0.25m/sの吹出風速で0.5m3/minの吹出風量のHEPAクリーンユニット7が設置されている。クリーンな空気は上部より下部に流れ容器底には吹出し口が設けてある。
2.細胞内導入物質の導入実験
直径6cmのポリスチレンシャーレに1.5%のアガロース−B培地を入れ、これに大腸菌HB101株を一面に撒き25℃で2日間培養し、シャーレ一面にコロニーを生成させた。
これにアンピシリン耐性遺伝子をもつプラスミドpUC19のTEバッファー溶液(105μg/ml)を100μl加えた。次いで、シャーレ内の寒天培地にグランドなるようにステンレスリボンを接続し、高さ2.5cmから水100μlを大腸菌コロニーに対してスプレーした。この時、マイナス7kVをチューブに印加した。
スプレー後、シャーレ上のコロニー細胞を掻き取りLB培地に加え遠心分離した。得られた菌体の沈殿物を、アンピシリン入りの1.5%のアガロース−LB培地に撒き30℃で2日培養したところ、コロニーが生成し大腸菌がアンピシリン耐性を獲得したことが示された。
【0036】
実施例2
スプレー時に電圧をマイナス18kVに印加した以外は実施例1と同様に操作し、得られた遠心分離菌体をアンピシリン入りの1.5%のアガロース−LB培地に撒き30℃で2日培養したところコロニーが形成されて大腸菌がアンピシリン耐性を獲得したことが示された。
【0037】
実施例3
電気泳動実験
実施例1及び2で得られたアンピシリン耐性の大腸菌とスプレーに使用したHB101株からキアゲン社製プラスミド精製キットでプラスミドを取り出した後、これをアガロースゲルにのせ電気泳動させた。
その結果、実施例1及び2で得られたアンピシリン耐性株プラスミドの泳動位置は、遺伝子導入に使用したpUC19と同じ位置にあり、本発明の方法を用いることによって細胞内導入物質が細胞内へ導入されたことがわかった。なお、HB101株にはプラスミドはなかった。
【0038】
実施例4
スプレー位置の移動機構を備えた小型ディスペンサロボットのノズル部分をエレクトロスプレー用のチューブに変更した。このロボットは、X軸方向にノズルの位置変更でき、Y軸方向にステージが移動できる機構を有しており、二次元的に位置制御してスプレーできる。4個の穴を有するチップ状のプレートに金属線でアースを取り付け、スプレーを行った。スプレー用のチューブが移動することで4穴全てにスプレーできた。
【0039】
比較例1
スプレー処理を行わなかったこと以外は実施例1と同様に操作し、得られた遠心分離菌体をアンピシリン入りの1.5%のアガロース−LB培地に撒き30℃で2日培養したが、コロニー形成は全く認められなかった。
【0040】
比較例2
スプレー時に電圧を印加しなかったこと以外は実施例1と同様に操作し、得られた遠心分離菌体をアンピシリン入りの1.5%のアガロース−LB培地に撒き30℃で2日培養したが、コロニー形成は全く認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】細胞と細胞内導入物質を接触させた状態でエレクトロスプレーする場合の模式図
【図2】エレクトロスプレーした後、細胞と細胞内導入物質を接触させる場合の模式図。
【図3】物質の細胞内導入装置の模式図
【図4】物質の細胞内導入装置用チューブの模式図
【図5】移動機構を有する物質の細胞内導入装置の模式図
【図6】実験に使用した物質の細胞内導入装置の模式図
【図7】アンピシリン耐性株プラスミドの電気泳動写真
【符号の説明】
【0042】
Material A:細胞内導入物質
Material B:細胞内導入物質を含まない液体
Material A in Cell:細胞内導入物質が導入された細胞
1:高電圧発生装置(High voltage power supply)
2:チューブ
3:細胞内導入物質を含まない液体(Material B)
4:動物細胞(Cell)と細胞内導入物質(Material A)
5:チューブポンプ
6:液体(Material B)注入口
7:クリーンユニット(Clean Unit)
8:酢酸セルロース製のフィルター
9:グランド用のステンレスリボン
10:ジャッキ
A:導電性材料をチューブに使用した場合
B:ガラスのような絶縁体を使用した場合
C:電極内部に導電対コートしてある場合
D:ステージがXY方向に移動する機構を有する場合
E:チューブがXY方向に移動する機構を有する場合
F:チューブがX方向、ステージがY方向に移動する機構を有する場合
レーンa:サイズマーカー
レーンb:pUC19
レーンc:HB101株
レーンd:実施例1
レーンe:実施例2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内導入物質を細胞内に導入する際、当該物質を含まない液体をエレクトロスプレーする事によって液滴を生成させ、その液滴を細胞に接触させる事を特徴とする、細胞への物質導入方法。
【請求項2】
細胞と細胞内導入物質の共存下に液滴を細胞に接触させる、請求項1に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項3】
液滴を細胞に接触させた後、はじめて細胞と細胞内導入物質を接触させる、請求項1に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項4】
液滴を細胞に接触させた後、はじめて細胞と細胞内導入物質を接触させるまでの時間が30分以内である、請求項3に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項5】
液体と細胞の電位差が0.1kVから100kVである、請求項1に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項6】
エレクトロスプレーする液体が、細胞内導入物質を含まない水又は水溶液である、請求項1に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項7】
細胞内導入物質が遺伝子である、請求項1に記載の細胞への物質導入方法。
【請求項8】
請求項1から7の何れかに記載の方法を用いて細胞内導入物質を導入した細胞。
【請求項9】
請求項1から7の何れかに記載の方法を用いた細胞への物質導入装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−136151(P2009−136151A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−136856(P2006−136856)
【出願日】平成18年5月16日(2006.5.16)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】