環状ジエン系化合物分解細菌、環状ジエン系化合物分解剤、および汚染環境の浄化装置並びに環状ジエン系化合物の分解方法
【課題】ディルドリン等の環状ジエン系化合物で汚染された土壌を浄化する方法の提供。
【解決手段】ディルドリン等の環状ジエン系化合物を分解可能な分解細菌およびこの分解細菌を含む分解剤を得た。この分解細菌や分解剤を用いて、環状ジエン系化合物であるアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートに加え、DDT、DDDやDDE、さらにPCP、α−HCH、γ−HCH、クロルデコンで汚染された土壌を浄化する。
【解決手段】ディルドリン等の環状ジエン系化合物を分解可能な分解細菌およびこの分解細菌を含む分解剤を得た。この分解細菌や分解剤を用いて、環状ジエン系化合物であるアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートに加え、DDT、DDDやDDE、さらにPCP、α−HCH、γ−HCH、クロルデコンで汚染された土壌を浄化する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ジエン系農薬、特にアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシドなどから選ばれる少なくとも1種の化合物を分解する能力を有するシュードノカルディア属に属する分解細菌に関する。そしてまた、この分解細菌を用いた環状ジエン系化合物分解剤と環状ジエン系化合物の分解方法、さらにはこうした分解細菌や分解剤を用いた汚染環境の浄化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
1970年代半ばに製造・使用が禁止された有機塩素系農薬6種類(DDT、アルドリン(図1参照)、ディルドリン(図2参照)、エンドリン、ヘプタクロル(図3参照)、ヘキサクロロベンゼン)を含む12物質がPOPs条約により難分解性有機汚染物質に指定され、各国は国際的枠組みの中でこれらの農薬に対する適正な管理・処理を進めることになった。
日本では、製造・使用禁止後、農薬メーカーや農協などにより容器ごとこれらの農薬が埋設処理されており、その後、埋設農薬を掘削・回収し、物理化学的な方法(高温焼却法、超臨界水酸化法、真空加熱法)で分解・無毒化されている。しかし長期埋設により容器が破損すれば、例えばディルドリンの土壌中の半減期は7年以上あるなど、こうした有機化学物質は分解し難いため、周辺土壌や地下水を低濃度で汚染している可能性が指摘されている。
【0003】
低濃度の有機化学物質で広範囲に汚染された土壌や地下水に対する浄化法に関しては、栄養素や酸素等を汚染現場に供給し土着の分解菌を増殖・活性化させて浄化を行うバイオスティミュレーション法や、外来から特定の機能を有する微生物を導入するバイオオーギュメンテーション法など、微生物等の生物機能(特に分解能)を利用する原位置バイオレメディエーションに期待が寄せられている。
しかしながら、ディルドリン分解に関する研究はいくつか報告されているものの、その分解の程度は限られたものであった。
【0004】
例えば、MatsumuraとBoushは、糸状菌のトリコデルマ ビリデ(Trichoderma viride)が(非特許文献1,2)、また、Andersonは、ムコール アルテルナンス(Mucor alternans)が(非特許文献3)ディルドリンを分解することを報告したが、そこでは20%ほどの分解しか示されていない。また、Wedermeyerは、アエロバクター アエロゲネス(Aerobacter aerogenes)がディルドリンをアルドリンジオールに変換することを報告しているが、脱塩素までは示されていない(非特許文献4)。また、最近では、Emikoらによりバークホルデリア属菌やカプリアビダス属菌がディルドリンを50%分解することを報告している(非特許文献5)。
【0005】
こうした状況下、本発明者らは唯一、ディルドリンを10日で90%以上分解するムコールラセモサスDDF株の取得に成功している(非特許文献6,特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Matsumura & Boush (1967), Science Vol. 156, 959-961頁
【非特許文献2】Matsumura & Boush (1968), JEE Vol. 61, 610-612頁
【非特許文献3】Anderson JPE, Lichtenstein EP, Whittingham WF (1970), JEE Vol. 63, 1595-1599頁
【非特許文献4】Wedemeyer G (1967), AEM Vol. 16, 661-662頁
【非特許文献5】Emiko M, Youhei K, Sun-Ja Yun, Hiroshi O (2008), AMB Vol. 80, 1095-1103頁
【非特許文献6】Ryota K, Kazuhiro T, Kamei I, Kiyota H, Sato Y (2010), EST, Vol. 44, 6343-6349頁
【特許文献1】特開2010-252673号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ディルドリンなどの環状ジエン系化合物は、脱塩素しなければ分解したといえども毒性は残存する場合があるため、無毒化するためには、脱塩素分解することが望まれる。しかしながら、報告されている環状ジエン系化合物分解菌に関しては、分子の左半分(炭化水素環部分)がエポキシ化されて代謝が止まる菌が殆どである。共通骨格の塩素置換基部分のCをラベルした化合物を用いて分解試験を行ったところ、無機化率が殆どの分解菌で5%以下であることから、塩素置換基をアタックし、脱塩素分解できる分解菌は殆ど存在しないと考えられるのである。
【0008】
また、本発明者らが取得に成功したムコールラセモサスDDF株のディルドリン分解能は高いが、種々の環境条件への適合性等を考慮すると、ムコールラセモサスDDF株だけに頼るのではなく他の菌株を取得することが望まれる。
【0009】
そこで本発明は、ムコールラセモサスDDF株とは別にアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド(図4参照)などの環状ジエン系農薬に含まれる化合物を分解することができる細菌と、この細菌を用いてこれらの化合物を分解する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成すべく受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株(以下「KSF27株」ともいう)を含んでなる環状ジエン系化合物分解剤、そして、受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアKSF27株でなる環状ジエン系化合物を分解する細菌を提供する。
【0011】
環状ジエン系化合物には、1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造(図5参照)を有する化合物を含み、より具体的には、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物が挙げられる。
さらに、この環状ジエン系化合物分解剤は、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)やDDD(ジクロロジフェニルジクロロエタン)、DDE(ジクロロジフェニルジクロロエチレン)の分解能を有するものである。DDTはPOPs指定された農薬であり、また、DDDやDDEはDDTが土壌中などで分解されて生じる主な代謝物であり農耕地等に長期間残留する。環状ジエン系化合物分解剤がDDTやDDD、DDE分解能をも有すれば、より効率的に汚染土壌や汚染水などの環境浄化を行うことができる。
【0012】
そして、環状ジエン系化合物分解剤は、受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株を含んでなり、環状ジエン系化合物分解細菌は、受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株であるため、ディルドリンやクロルデコンを85%以上、α−エンドスルファンやβ−エンドスルファンを95%以上、ヘプタクロルを80%以上を分解することができ、エンドスルファンスルフェートやヘプタクロルエポキシドを少なくとも50%以上分解できる。また、DDT、DDEを65%以上、DDDを60%以上分解できる。さらに、PCPを65%以上分解でき、エンドリンの分解も可能である。
【0013】
環状ジエン系化合物分解剤は、上記の環状ジエン系化合物分解細菌をその住みかとなる木質炭化素材等の多孔質材中に含まれてなるものとすることができる。木質炭化素材等の多孔質材中に環状ジエン系化合物分解細菌を含ませることとしたため、環状ジエン系化合物分解細菌の保持に優れ、安定的に環状ジエン系化合物の分解を行うことができる。また、この分解細菌の流出、希釈化から防止することができる。そして、環状ジエン系化合物分解剤をバイオレメディエーション技術に利用でき、環状ジエン系化合物で汚染された土壌や水を浄化することができる。
また、環状ジエン系化合物分解細菌をその餌となる基質に生育させ、その基質ごと木質炭化素材等の多孔質材に含まれるものとすることができる。環状ジエン系化合物分解剤が、環状ジエン系化合物分解細菌を生育させる基質ごと含むため、高密度で、長期間、環状ジエン系化合物分解細菌を生育させておくことができる。
【0014】
また、上記環状ジエン系化合物分解剤または環状ジエン系化合物分解細菌を含有してなる汚染環境の浄化装置を提供する。
上記環状ジエン系化合物分解剤または環状ジエン系化合物分解細菌を含有してなる汚染環境の浄化装置によれば、環状ジエン系化合物で汚染された土壌や水を浄化することができる。
【0015】
さらに、環状ジエン系化合物分解剤、環状ジエン系化合物分解細菌、そしてそれらを含有してなる汚染環境の浄化装置を用いてアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物に例示される1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する環状ジエン系化合物を分解する環状ジエン系化合物の分解方法を提供する。
環状ジエン系化合物分解剤、環状ジエン系化合物分解細菌、そしてそれらを含有してなる汚染環境の浄化装置を環状ジエン系化合物と接触させて、その環状ジエン系化合物を分解し、土壌や地下水など環状ジエン系化合物に汚染された環境を浄化することができる。
【0016】
加えて環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染された土壌に接種する汚染物質の浄化方法を提供する。環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染された土壌に接種することで汚染土壌を浄化することができる。
また、環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染されたウリ科植物に接種する汚染物質の浄化方法を提供する。環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染されたウリ科植物に接種し接触させることで、環状ジエン系化合物を分解しそのウリ科植物を原料とした肥料を製造することも可能となる。
【0017】
そしてまた、所定有機化合物を分解可能な分解細菌を多孔質材に集積させる分解細菌の集積方法について、前記多孔質材に所定有機化合物を分解可能な分解細菌を接種し、この分解細菌を接種した多孔質材に所定有機化合物と所定有機化合物以外の化合物を炭素源及び窒素源とする無機塩培地を還流させて、所定有機化合物以外の該有機化合物を資化するとともに所定有機化合物を共代謝して所定有機化合物を分解する共代謝菌として前記分解細菌を該多孔質材中に集積度を高めた状態で集積させることを特徴とする分解細菌の集積方法を提供する。
【0018】
所定有機化合物と所定有機化合物以外の化合物を炭素源及び窒素源とする無機塩培地を還流させることで、所定有機化合物以外の有機化合物を資化するとともに所定有機化合物を共代謝して所定有機化合物を分解する共代謝菌としての前記分解細菌を多孔質材中に集積させることができる。
所定有機化合物には、環状ジエン系化合物、好ましくは1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物、より好ましくは、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物であり、最も好ましくはディルドリンの代謝物であるアルドリントランスジオールである。また、所定化合物以外の化合物にはピルビン酸やグルコースが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の環状ジエン系化合物分解細菌および環状ジエン系化合物分解剤、そしてこれらを含有してなる汚染環境の浄化装置によれば、環状ジエン系農薬であるアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートなどの1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物を分解することができる。また、DDT、DDDおよびDDEを分解することができ、さらに、PCP、α−HCH、γ−HCHおよびクロルデコンを分解することができる。
【0020】
さらに、本発明の環状ジエン系化合物の分解方法によれば、汚染土壌や汚染水などの環境中に含まれる環状ジエン系化合物を分解してそれらの汚染環境を浄化することができる。
さらにまた、本発明の分解細菌の集積方法では、分解を目的とする所定有機化合物以外の有機化合物を資化材として、所定有機化合物も共代謝することが可能な分解細菌を集積させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】アルドリンの化学式である。
【図2】ディルドリンの化学式である。
【図3】ヘプタクロルの化学式である。
【図4】ヘプタクロルエポキシドの化学式である。
【図5】1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を示す化学式である。
【図6】還流装置の説明図である。
【図7】KSF27株のアルドリンジオール分解を示すグラフである。
【図8】KSF27株の塩基配列をもとにした分子系統樹を示す説明図である。
【図9】KSF27株によるディルドリン分解を示すグラフである。
【図10】KSF27株による種々の環状ジエン系化合物の分解を示すグラフである。
【図11】KSF27株によるDDTおよびその代謝物の分解を示すグラフである。
【図12】KSF27株による他農薬(PCP、HCB、エンドリン)の分解を示すグラフである。
【図13】KSF27株によるHCHsの分解を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤、それらを用いた汚染環境の浄化装置や、環状ジエン系化合物の分解方法、汚染土壌などの環境の浄化方法について以下に詳細に説明する。
【0023】
環状ジエン系化合物分解細菌の取得:
バイオレメディエーションを行うためには環状ジエン系化合物に対する分解菌(以下分解菌という場合には分解細菌を含む)の存在が不可欠である。この分解菌の取得に際し、土壌・木炭還流法という分解菌を迅速に集積しうる手段を用いてディルドリンの代謝物として報告のあるアルドリンジオール分解菌の探索に着手した。
現在、ディルドリンは使用が禁止されていることからその連用土壌が存在しない。そこで、本発明者らは、ディルドリン等の図5に示す1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する環状ジエン骨格を持ち、塩素置換基部分が共通であるエンドスルファンを連用した土壌には、これらの環状ジエン系化合物を分解する分解菌が生息している可能性が高いと予測してエンドスルファン連用土壌からディルドリンの分解能を有するシュードノカルディア属に属する分解細菌の単離に成功した。
【0024】
A).分解細菌の第1次集積工程(土壌・木炭還流法)
まず、2mm以下に篩分したエンドスルファン連用土壌:100gを、木質炭化素材A100:5gに対して十分に混合し、集積用土壌2を形成した。そして、図6で示す還流装置1に上記集積用土壌2を20g入れ、25℃の暗所で所定期間の間、以下の組成の還流液3:300mLを還流させた。
【0025】
木質炭化素材A100は、広葉樹を400℃〜600℃で焼成したものを4.0mm〜5.6mmの砕片としたものである。
また、還流液3となるアルドリンジオール無機塩培地の組成(1000mL:pH6.8)は、次のとおりである。
アルドリンジオール: 5mg
KH2PO4: 1.0g
Na2HPO4・12H2O: 2.4g
MgSO4・7H2O: 0.2g
NH4NO3: 0.5g
ビタミン5種ミックス(pH7): 1.0mL
Trace Element: 10.0mL
蒸留水: 残部
注)ビタミン5種ミックス:1.0mLは、シアノコバラミン:20μg、パントエン酸カルシウム25μg、p−アミノ安息香酸:500μg、ニコチン酸:100μg、ピリドキシン塩酸塩:250μgを蒸留水に溶かして1.0mLとしたものである。
【0026】
アルドリンジオールを唯一の炭素源として用いた理由としては、ディルドリンの代謝物としての報告があること、また、ディルドリンでは水溶解度が0.1〜0.25ppmと非常に低いため、分解菌が利用しにくく集積が困難であると予想されたことが挙げられる。そして、アルドリンジオールを用いたことで、水溶解度が3ppmとなり、ディルドリンよりもおよそ10倍水溶解度が高くなるので土壌中での分解菌のバイオアベイラビリティーが上昇し、分解菌の集積が期待された。
【0027】
分解細菌の集積操作における還流液中のアルドリンジオール濃度とアルドリンジカルボン酸濃度を図7で示す。アルドリンジオールの減少およびアルドリンジカルボン酸の増加は分解細菌によるアルドリンジオールの分解の程度を示していると考えられる。そこで、アルドリンジオールが無くなった段階(図7では、10日目と45日目で還流液を交換している。また、アルドリンジカルボン酸濃度に注目すると、第1回目の還流液交換以降はその濃度の増加速度が大きくなる傾向が認められ、分解細菌の集積が進行していることが確認された。このアルドリンジカルボン酸濃度の増加は、分解細菌の集積が進むことに比例して大きくなるもので、これに応じてアルドリンジオールの分解が活発になっていること意味している。アルドリンジオール濃度はHPLCを用いて測定し、60日後に分解細菌の集積を完了した。こうして分解細菌の第1次集積を行った。
【0028】
還流時の注意点として、還流液中のpHの維持が挙げられる。還流液の交換を繰り返すと分解活性が無くなってしまうことがあり、そうした場合は還流液中のpHが低下していることが判明した。そこで還流集積が成功した場合と、そうで無い場合の還流液中のpHを比較したところ、集積しなかったときのpHが4以下であるのに対して、分解細菌が集積したときはpHが4以下にはならなかった。したがって、分解細菌の集積安定化のためにはpHを中性に維持することが重要であり、このpH調整は水酸化ナトリウムを還流液中に添加することで行った。
【0029】
B).分解細菌の第2次集積工程(木炭還流法)
分解細菌集積の完了後、集積土壌2から木質炭化素材を丁寧に取出し、滅菌したリン酸バッファーで洗浄する。そして分解細菌が集積した木質炭化素材0.25gを滅菌した新たな木質炭化素材10gに接種して純化用木質炭化素材を形成した。
そして、この純化用木質炭化素材を用い、前記還流液中に200ppmとなるようにピルビン酸を添加した還流液を用いて、第1次集積と同様の方法で還流を行い分解細菌の純化を行った。こうして、アルドリンジオールを直接の炭素源としては資化しない共代謝菌である本発明の分解細菌を十分に純化、集積することに成功した。
分解細菌は第1次集積行程(土壌・木炭還流法)の時と同様に還流液を交換すればするほど分解速度は上昇し、アルドリンジカルボン酸が蓄積した。それに伴い、アルドリンジオールからアルドリンジカルボン酸に代謝する分解細菌を木質炭化素材内に集積させることに成功した。
なお、第1次集積工程で資化材としてのピルビン酸を加えなくても分解細菌が集積したのは、エンドスルファン連用土壌や木質炭化素材A100に含まれていた有機物を炭素源として生育したものと考えられる。
【0030】
C).分解細菌のスクリーニング
第2次集積工程で得られた、分解細菌が集積している木質炭化素材を破砕して、滅菌したリン酸バッファーで希釈したものをYM寒天培地(組成は、酵母抽出液4g、麦芽抽出液10g、グルコース4g、寒天20g、純水1L)に平板塗抹した。そこで生育したコロニーを純粋分離し、アルドリンジオールを5ppmとピルビン酸200ppmを含む第2次集積工程で用いた還流液と同様の還流液に接種し、20日間、25℃、暗所で振とう培養した。その後培養液中のアルドリンジオールをHPLCを用いて測定した。そして、アルドリンジオールの濃度が4割に減少している培養液から目的の環状ジエン系化合物分解細菌を取得することができた。
【0031】
この分解細菌につき、菌体の形態観察(グラム染色、形状、運動性、コロニーの形状)、菌体脂肪酸分析、キノン分析、DNA塩基組成分析(G+C含量)を行い、同定を行った。
この菌株は、コロニーサイズは0.5mm〜1.0mm、コロニーの表面形状は線状、表面(気菌糸)は白色からオレンジ色、裏面(基生菌糸)はオレンジ色、水溶性色素産生“−”、ゼラチンの液化“−”、デンプン加水分解“陽性”、硝酸還元試験“−”、脱脂粉乳のペプトン化・凝固“−”、生育温度の範囲は20℃“+”、25℃“+”、30℃“+”、37℃“+”、45℃“−”、耐塩性は4%“−”、7%“−”、10%“−”、13%“−”、炭素源の利用性はグルコース“+”、L−ラムノース“−”、D−マンニトール“+”、D−フラクトース“+”、L−アラビノース“−”、ラフィノース“−”、スクロース“−”、D−キシロース“−”、イノシトール“+”、メラニン様色素産生“−”であった。
【0032】
KSF27株は、その16S rRNAの部分塩基配列に基づく分子系統解析を行った結果、KSF27株の16S rRNAの塩基配列のうち連続した1441塩基を決定し、FASTAとBLASTを用いてDNAデータベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対して相同性検索をしたところ、シュードノカルディア アラニニフィラ YIM16303株(Pseudonocardia alaniniphila strain YIM 16303)と最も高い相同性95%を示した。この結果は表現形質による分類学的性質とほぼ矛盾がないことから、KSF27株をシュードノカルディアエスピーKSF27(Pseudonocardia sp. KSF27)と帰属した。上記1441塩基を配列番号1とした配列表に示す。KSF27株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター 〒305-8566 茨城県つくば市東1−1−1に受託番号:FERM AP−22071、受託日:2011年2月22日として寄託されている。この菌株の塩基配列を用いた分子系統樹を図8に示す。
【0033】
環状ジエン系化合物分解剤:
単離された上記環状ジエン系化合物分解細菌は、一般的な土壌で生育できると考えられるが、環状ジエン系化合物を効果的に土壌中で分解するためには、分解細菌を高密度で長期間存在させるため、分解細菌の餌となる基質とともに分解細菌が存在することが好ましい。その基質としては、ピルビン酸やグルコースが好ましい。分解細菌の住みかとなる担体としては木質炭化素材が好ましい。
【0034】
そして、環状ジエン系化合物分解剤としては、分解細菌そのものが環状ジエン系化合物分解剤となる他、環状ジエン系化合物分解細菌を含む担体が挙げられる。担体を含む環状ジエン系化合物分解剤には、木質炭化素材のような多数の細孔、高い吸着係数を有する多孔質材を基質に混ぜ込むことでより効果的な環状ジエン系化合物分解剤を製造することができる。
【0035】
汚染環境の浄化装置:
環状ジエン系化合物分解剤を通気性のある筐体内に詰め込むなどして環状ジエン系化合物分解剤の集積層を形成すれば簡単にバイオリアクターとして、環状ジエン系化合物の分解除去装置とすることができる。
該装置に環状ジエン系化合物で汚染された土壌を混入し水を還流させることでその土壌を浄化することもできる。また、該装置に環状ジエン系化合物で汚染された水を還流させることで、この汚染水を浄化することができる。
あるいはまた、この装置を、生活排水路、水田地帯の農業排水路、ゴルフ場の排水路などの水路の一部に設けることにより、水中に溶解、分散した環状ジエン系化合物を分解除去し、汚染環境を浄化する汚染環境の浄化装置として利用することができる。
【0036】
環状ジエン系化合物分解材を用いた汚染物質の浄化方法:
環状ジエン系化合物分解剤を用いて、環状ジエン系化合物によって汚染された物質を浄化するには次のような方法がある。
汚染土壌における環状ジエン系化合物の除去に関しては、環状ジエン系化合物分解剤を汚染土壌中に埋設して混和する。土壌中に埋設しておくことで、土壌中に含まれている環状ジエン系化合物は分解細菌によって分解される。この方法によれば、土壌中の環状ジエン系化合物が地下水に混入することを避けることができ、地下水汚染の防止を図ることが可能となる。
この技術の応用として、環状ジエン系化合物の存在する表層及び下層土壌への混入、ゴルフ場のグリーン面の下層土壌への混入、産業破棄物処理場の下層土壌への混入、工場等における有機廃液置き場の下層土壌への混入などが挙げられ、こうした応用により環状ジエン系化合物を処理することができる。
【0037】
また、環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物に汚染されたウリ科植物に対して接種することで、このウリ科植物中の環状ジエン系化合物を分解、無毒化することができる。無毒化されたウリ科植物は、肥料などとして利用することが可能になる。
ウリ科植物には、キュウリやスイカ、カボチャ、ヘチマ、メロン、などが挙げられる。
【0038】
分解する対象となる環状ジエン系化合物は、1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物が挙げられ、より具体的な化合物としては、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選ばれる少なくとも一の化合物である。
この環状ジエン系化合物分解剤は、環状ジエン系化合物だけでなく、DDTやDDD、DDE、さらに、PCPやHCB、エンドリンをも分解する。
【実施例】
【0039】
<実験例1:図9>
[KSF27株によるディルドリンの分解試験]
単離されたKSF27株を用いて、ディルドリンの分解試験を行った。
KSF27株をディルドリン5ppmとピルビン酸200ppmとを含有する無機塩培地10mLに5ストライク接種し、暗所30℃で10日間、50mL共栓三角フラスコで振とう培養した。
培養終了後培養液の3倍量のヘキサンで抽出し、GC/ECDにてディルドリン濃度を測定し、また、イオンクロマトグラフィーで培養液中の塩素イオンを測定した。菌体の生育は吸光度計(OD:600)で濁度を測定した。その結果を図9に示す。なお、コントロールは生きた菌体を接種する代わりに死菌体を添加したものである。
【0040】
図9のグラフの左側縦軸には培養液中のディルドリン濃度(μM)と塩素イオン濃度(μM)とを示し、右側縦軸には濁度(OD:600)を、横軸は培養時間(時間)をそれぞれ表す。
図9で示されるように、培養10日後にはディルドリンが85%分解した。なお、塩素イオン濃度に変化がないことから、ディルドリンの脱塩素までは確認できなかった。
【0041】
<実験例2:図10>
[KSF27株による種々の環状ジエン系農薬(α−エンドスルファン、β−エンドスルファン、エンドスルファンスルフェート、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、クロルデコン)の分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、α−エンドスルファン、β−エンドスルファン、エンドスルファンスルフェート、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、クロルデコンをそれぞれ所定量添加し、12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてα−エンドスルファン、β−エンドスルファン、エンドスルファンスルフェート、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、クロルデコンそれぞれの分解試験を行った。その結果を図10に示す。なお、クロルデコンの測定はGC/MSを用い、それ以外の農薬についてはGC/ECDを用いた。
【0042】
図10では、当初α−エンドスルファンが0.15mg/L、β−エンドスルファンが0.06mg/L、エンドスルファンスルフェートが1.16mg/L、ヘプタクロルが0.12mg/L、ヘプタクロルエポキシドが2.37mg/L、クロルデコンが0.18mg/L まで減少したことを示す。
図10で示されるとおり、KSF27株は、α−エンドスルファンが95%以上、β−エンドスルファンが97%以上、エンドスルファンスルフェートが75%以上、ヘプタクロルが84%以上、ヘプタクロルエポキシドが53%以上、クロルデコンが86%以上分解することを確認できた。
【0043】
<実験例3:図11>
[KSF27株によるDDTおよびその代謝物の分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、DDT、DDD、4,4’−DDE、2,4’−DDEをそれぞれ5ppm添加して12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてDDT、DDD、4,4’−DDE、2,4’−DDEそれぞれの分解試験を行った。その結果を図11に示す。濃度の測定はGC/ECDを用いた。
図11では、12日間の培養後はDDTが65%以上、DDDが63%以上、4,4’−DDEが73%以上、2,4’−DDEが69%以上分解することを確認できた。
【0044】
<実験例4:図12>
[KSF27株による他農薬(PCP、HCB、エンドリン)の分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、PCP、HCB、エンドリンをそれぞれ5ppm添加して12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてPCP、HCB、エンドリンそれぞれの分解試験を行った。その結果を図12に示す。PCP、HCBの濃度の測定はHPLCを用い、エンドリンはGC/ECDを用いた。
図12では、12日間の培養後はPCPが66%、エンドリンが26%分解することを確認できた。しかしHCBについては、分解が見られなかった。
【0045】
<実験例4:図13>
[KSF27株によるHCHsの分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、ヘキサクロロシクロヘキサンの4種の異性体α−HCH、β−HCH、γ−HCH、δ−HCHをそれぞれ5ppm添加して12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてこの4種異性体それぞれの分解試験を行った。その結果を図13に示す。濃度の測定はGC/ECDを用いた。
図13では、12日間の培養後はα−HCHが24%、γ−HCHが19%分解することを確認できた。但し、β−HCH、δ−HCHについては分解が見られなかった。
【符号の説明】
【0046】
1 還流装置
2 集積用土壌
3 還流液
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ジエン系農薬、特にアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシドなどから選ばれる少なくとも1種の化合物を分解する能力を有するシュードノカルディア属に属する分解細菌に関する。そしてまた、この分解細菌を用いた環状ジエン系化合物分解剤と環状ジエン系化合物の分解方法、さらにはこうした分解細菌や分解剤を用いた汚染環境の浄化装置に関する。
【背景技術】
【0002】
1970年代半ばに製造・使用が禁止された有機塩素系農薬6種類(DDT、アルドリン(図1参照)、ディルドリン(図2参照)、エンドリン、ヘプタクロル(図3参照)、ヘキサクロロベンゼン)を含む12物質がPOPs条約により難分解性有機汚染物質に指定され、各国は国際的枠組みの中でこれらの農薬に対する適正な管理・処理を進めることになった。
日本では、製造・使用禁止後、農薬メーカーや農協などにより容器ごとこれらの農薬が埋設処理されており、その後、埋設農薬を掘削・回収し、物理化学的な方法(高温焼却法、超臨界水酸化法、真空加熱法)で分解・無毒化されている。しかし長期埋設により容器が破損すれば、例えばディルドリンの土壌中の半減期は7年以上あるなど、こうした有機化学物質は分解し難いため、周辺土壌や地下水を低濃度で汚染している可能性が指摘されている。
【0003】
低濃度の有機化学物質で広範囲に汚染された土壌や地下水に対する浄化法に関しては、栄養素や酸素等を汚染現場に供給し土着の分解菌を増殖・活性化させて浄化を行うバイオスティミュレーション法や、外来から特定の機能を有する微生物を導入するバイオオーギュメンテーション法など、微生物等の生物機能(特に分解能)を利用する原位置バイオレメディエーションに期待が寄せられている。
しかしながら、ディルドリン分解に関する研究はいくつか報告されているものの、その分解の程度は限られたものであった。
【0004】
例えば、MatsumuraとBoushは、糸状菌のトリコデルマ ビリデ(Trichoderma viride)が(非特許文献1,2)、また、Andersonは、ムコール アルテルナンス(Mucor alternans)が(非特許文献3)ディルドリンを分解することを報告したが、そこでは20%ほどの分解しか示されていない。また、Wedermeyerは、アエロバクター アエロゲネス(Aerobacter aerogenes)がディルドリンをアルドリンジオールに変換することを報告しているが、脱塩素までは示されていない(非特許文献4)。また、最近では、Emikoらによりバークホルデリア属菌やカプリアビダス属菌がディルドリンを50%分解することを報告している(非特許文献5)。
【0005】
こうした状況下、本発明者らは唯一、ディルドリンを10日で90%以上分解するムコールラセモサスDDF株の取得に成功している(非特許文献6,特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Matsumura & Boush (1967), Science Vol. 156, 959-961頁
【非特許文献2】Matsumura & Boush (1968), JEE Vol. 61, 610-612頁
【非特許文献3】Anderson JPE, Lichtenstein EP, Whittingham WF (1970), JEE Vol. 63, 1595-1599頁
【非特許文献4】Wedemeyer G (1967), AEM Vol. 16, 661-662頁
【非特許文献5】Emiko M, Youhei K, Sun-Ja Yun, Hiroshi O (2008), AMB Vol. 80, 1095-1103頁
【非特許文献6】Ryota K, Kazuhiro T, Kamei I, Kiyota H, Sato Y (2010), EST, Vol. 44, 6343-6349頁
【特許文献1】特開2010-252673号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ディルドリンなどの環状ジエン系化合物は、脱塩素しなければ分解したといえども毒性は残存する場合があるため、無毒化するためには、脱塩素分解することが望まれる。しかしながら、報告されている環状ジエン系化合物分解菌に関しては、分子の左半分(炭化水素環部分)がエポキシ化されて代謝が止まる菌が殆どである。共通骨格の塩素置換基部分のCをラベルした化合物を用いて分解試験を行ったところ、無機化率が殆どの分解菌で5%以下であることから、塩素置換基をアタックし、脱塩素分解できる分解菌は殆ど存在しないと考えられるのである。
【0008】
また、本発明者らが取得に成功したムコールラセモサスDDF株のディルドリン分解能は高いが、種々の環境条件への適合性等を考慮すると、ムコールラセモサスDDF株だけに頼るのではなく他の菌株を取得することが望まれる。
【0009】
そこで本発明は、ムコールラセモサスDDF株とは別にアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド(図4参照)などの環状ジエン系農薬に含まれる化合物を分解することができる細菌と、この細菌を用いてこれらの化合物を分解する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成すべく受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株(以下「KSF27株」ともいう)を含んでなる環状ジエン系化合物分解剤、そして、受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアKSF27株でなる環状ジエン系化合物を分解する細菌を提供する。
【0011】
環状ジエン系化合物には、1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造(図5参照)を有する化合物を含み、より具体的には、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物が挙げられる。
さらに、この環状ジエン系化合物分解剤は、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)やDDD(ジクロロジフェニルジクロロエタン)、DDE(ジクロロジフェニルジクロロエチレン)の分解能を有するものである。DDTはPOPs指定された農薬であり、また、DDDやDDEはDDTが土壌中などで分解されて生じる主な代謝物であり農耕地等に長期間残留する。環状ジエン系化合物分解剤がDDTやDDD、DDE分解能をも有すれば、より効率的に汚染土壌や汚染水などの環境浄化を行うことができる。
【0012】
そして、環状ジエン系化合物分解剤は、受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株を含んでなり、環状ジエン系化合物分解細菌は、受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株であるため、ディルドリンやクロルデコンを85%以上、α−エンドスルファンやβ−エンドスルファンを95%以上、ヘプタクロルを80%以上を分解することができ、エンドスルファンスルフェートやヘプタクロルエポキシドを少なくとも50%以上分解できる。また、DDT、DDEを65%以上、DDDを60%以上分解できる。さらに、PCPを65%以上分解でき、エンドリンの分解も可能である。
【0013】
環状ジエン系化合物分解剤は、上記の環状ジエン系化合物分解細菌をその住みかとなる木質炭化素材等の多孔質材中に含まれてなるものとすることができる。木質炭化素材等の多孔質材中に環状ジエン系化合物分解細菌を含ませることとしたため、環状ジエン系化合物分解細菌の保持に優れ、安定的に環状ジエン系化合物の分解を行うことができる。また、この分解細菌の流出、希釈化から防止することができる。そして、環状ジエン系化合物分解剤をバイオレメディエーション技術に利用でき、環状ジエン系化合物で汚染された土壌や水を浄化することができる。
また、環状ジエン系化合物分解細菌をその餌となる基質に生育させ、その基質ごと木質炭化素材等の多孔質材に含まれるものとすることができる。環状ジエン系化合物分解剤が、環状ジエン系化合物分解細菌を生育させる基質ごと含むため、高密度で、長期間、環状ジエン系化合物分解細菌を生育させておくことができる。
【0014】
また、上記環状ジエン系化合物分解剤または環状ジエン系化合物分解細菌を含有してなる汚染環境の浄化装置を提供する。
上記環状ジエン系化合物分解剤または環状ジエン系化合物分解細菌を含有してなる汚染環境の浄化装置によれば、環状ジエン系化合物で汚染された土壌や水を浄化することができる。
【0015】
さらに、環状ジエン系化合物分解剤、環状ジエン系化合物分解細菌、そしてそれらを含有してなる汚染環境の浄化装置を用いてアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物に例示される1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する環状ジエン系化合物を分解する環状ジエン系化合物の分解方法を提供する。
環状ジエン系化合物分解剤、環状ジエン系化合物分解細菌、そしてそれらを含有してなる汚染環境の浄化装置を環状ジエン系化合物と接触させて、その環状ジエン系化合物を分解し、土壌や地下水など環状ジエン系化合物に汚染された環境を浄化することができる。
【0016】
加えて環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染された土壌に接種する汚染物質の浄化方法を提供する。環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染された土壌に接種することで汚染土壌を浄化することができる。
また、環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染されたウリ科植物に接種する汚染物質の浄化方法を提供する。環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物で汚染されたウリ科植物に接種し接触させることで、環状ジエン系化合物を分解しそのウリ科植物を原料とした肥料を製造することも可能となる。
【0017】
そしてまた、所定有機化合物を分解可能な分解細菌を多孔質材に集積させる分解細菌の集積方法について、前記多孔質材に所定有機化合物を分解可能な分解細菌を接種し、この分解細菌を接種した多孔質材に所定有機化合物と所定有機化合物以外の化合物を炭素源及び窒素源とする無機塩培地を還流させて、所定有機化合物以外の該有機化合物を資化するとともに所定有機化合物を共代謝して所定有機化合物を分解する共代謝菌として前記分解細菌を該多孔質材中に集積度を高めた状態で集積させることを特徴とする分解細菌の集積方法を提供する。
【0018】
所定有機化合物と所定有機化合物以外の化合物を炭素源及び窒素源とする無機塩培地を還流させることで、所定有機化合物以外の有機化合物を資化するとともに所定有機化合物を共代謝して所定有機化合物を分解する共代謝菌としての前記分解細菌を多孔質材中に集積させることができる。
所定有機化合物には、環状ジエン系化合物、好ましくは1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物、より好ましくは、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物であり、最も好ましくはディルドリンの代謝物であるアルドリントランスジオールである。また、所定化合物以外の化合物にはピルビン酸やグルコースが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の環状ジエン系化合物分解細菌および環状ジエン系化合物分解剤、そしてこれらを含有してなる汚染環境の浄化装置によれば、環状ジエン系農薬であるアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートなどの1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物を分解することができる。また、DDT、DDDおよびDDEを分解することができ、さらに、PCP、α−HCH、γ−HCHおよびクロルデコンを分解することができる。
【0020】
さらに、本発明の環状ジエン系化合物の分解方法によれば、汚染土壌や汚染水などの環境中に含まれる環状ジエン系化合物を分解してそれらの汚染環境を浄化することができる。
さらにまた、本発明の分解細菌の集積方法では、分解を目的とする所定有機化合物以外の有機化合物を資化材として、所定有機化合物も共代謝することが可能な分解細菌を集積させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】アルドリンの化学式である。
【図2】ディルドリンの化学式である。
【図3】ヘプタクロルの化学式である。
【図4】ヘプタクロルエポキシドの化学式である。
【図5】1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を示す化学式である。
【図6】還流装置の説明図である。
【図7】KSF27株のアルドリンジオール分解を示すグラフである。
【図8】KSF27株の塩基配列をもとにした分子系統樹を示す説明図である。
【図9】KSF27株によるディルドリン分解を示すグラフである。
【図10】KSF27株による種々の環状ジエン系化合物の分解を示すグラフである。
【図11】KSF27株によるDDTおよびその代謝物の分解を示すグラフである。
【図12】KSF27株による他農薬(PCP、HCB、エンドリン)の分解を示すグラフである。
【図13】KSF27株によるHCHsの分解を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の環状ジエン系化合物分解細菌や環状ジエン系化合物分解剤、それらを用いた汚染環境の浄化装置や、環状ジエン系化合物の分解方法、汚染土壌などの環境の浄化方法について以下に詳細に説明する。
【0023】
環状ジエン系化合物分解細菌の取得:
バイオレメディエーションを行うためには環状ジエン系化合物に対する分解菌(以下分解菌という場合には分解細菌を含む)の存在が不可欠である。この分解菌の取得に際し、土壌・木炭還流法という分解菌を迅速に集積しうる手段を用いてディルドリンの代謝物として報告のあるアルドリンジオール分解菌の探索に着手した。
現在、ディルドリンは使用が禁止されていることからその連用土壌が存在しない。そこで、本発明者らは、ディルドリン等の図5に示す1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する環状ジエン骨格を持ち、塩素置換基部分が共通であるエンドスルファンを連用した土壌には、これらの環状ジエン系化合物を分解する分解菌が生息している可能性が高いと予測してエンドスルファン連用土壌からディルドリンの分解能を有するシュードノカルディア属に属する分解細菌の単離に成功した。
【0024】
A).分解細菌の第1次集積工程(土壌・木炭還流法)
まず、2mm以下に篩分したエンドスルファン連用土壌:100gを、木質炭化素材A100:5gに対して十分に混合し、集積用土壌2を形成した。そして、図6で示す還流装置1に上記集積用土壌2を20g入れ、25℃の暗所で所定期間の間、以下の組成の還流液3:300mLを還流させた。
【0025】
木質炭化素材A100は、広葉樹を400℃〜600℃で焼成したものを4.0mm〜5.6mmの砕片としたものである。
また、還流液3となるアルドリンジオール無機塩培地の組成(1000mL:pH6.8)は、次のとおりである。
アルドリンジオール: 5mg
KH2PO4: 1.0g
Na2HPO4・12H2O: 2.4g
MgSO4・7H2O: 0.2g
NH4NO3: 0.5g
ビタミン5種ミックス(pH7): 1.0mL
Trace Element: 10.0mL
蒸留水: 残部
注)ビタミン5種ミックス:1.0mLは、シアノコバラミン:20μg、パントエン酸カルシウム25μg、p−アミノ安息香酸:500μg、ニコチン酸:100μg、ピリドキシン塩酸塩:250μgを蒸留水に溶かして1.0mLとしたものである。
【0026】
アルドリンジオールを唯一の炭素源として用いた理由としては、ディルドリンの代謝物としての報告があること、また、ディルドリンでは水溶解度が0.1〜0.25ppmと非常に低いため、分解菌が利用しにくく集積が困難であると予想されたことが挙げられる。そして、アルドリンジオールを用いたことで、水溶解度が3ppmとなり、ディルドリンよりもおよそ10倍水溶解度が高くなるので土壌中での分解菌のバイオアベイラビリティーが上昇し、分解菌の集積が期待された。
【0027】
分解細菌の集積操作における還流液中のアルドリンジオール濃度とアルドリンジカルボン酸濃度を図7で示す。アルドリンジオールの減少およびアルドリンジカルボン酸の増加は分解細菌によるアルドリンジオールの分解の程度を示していると考えられる。そこで、アルドリンジオールが無くなった段階(図7では、10日目と45日目で還流液を交換している。また、アルドリンジカルボン酸濃度に注目すると、第1回目の還流液交換以降はその濃度の増加速度が大きくなる傾向が認められ、分解細菌の集積が進行していることが確認された。このアルドリンジカルボン酸濃度の増加は、分解細菌の集積が進むことに比例して大きくなるもので、これに応じてアルドリンジオールの分解が活発になっていること意味している。アルドリンジオール濃度はHPLCを用いて測定し、60日後に分解細菌の集積を完了した。こうして分解細菌の第1次集積を行った。
【0028】
還流時の注意点として、還流液中のpHの維持が挙げられる。還流液の交換を繰り返すと分解活性が無くなってしまうことがあり、そうした場合は還流液中のpHが低下していることが判明した。そこで還流集積が成功した場合と、そうで無い場合の還流液中のpHを比較したところ、集積しなかったときのpHが4以下であるのに対して、分解細菌が集積したときはpHが4以下にはならなかった。したがって、分解細菌の集積安定化のためにはpHを中性に維持することが重要であり、このpH調整は水酸化ナトリウムを還流液中に添加することで行った。
【0029】
B).分解細菌の第2次集積工程(木炭還流法)
分解細菌集積の完了後、集積土壌2から木質炭化素材を丁寧に取出し、滅菌したリン酸バッファーで洗浄する。そして分解細菌が集積した木質炭化素材0.25gを滅菌した新たな木質炭化素材10gに接種して純化用木質炭化素材を形成した。
そして、この純化用木質炭化素材を用い、前記還流液中に200ppmとなるようにピルビン酸を添加した還流液を用いて、第1次集積と同様の方法で還流を行い分解細菌の純化を行った。こうして、アルドリンジオールを直接の炭素源としては資化しない共代謝菌である本発明の分解細菌を十分に純化、集積することに成功した。
分解細菌は第1次集積行程(土壌・木炭還流法)の時と同様に還流液を交換すればするほど分解速度は上昇し、アルドリンジカルボン酸が蓄積した。それに伴い、アルドリンジオールからアルドリンジカルボン酸に代謝する分解細菌を木質炭化素材内に集積させることに成功した。
なお、第1次集積工程で資化材としてのピルビン酸を加えなくても分解細菌が集積したのは、エンドスルファン連用土壌や木質炭化素材A100に含まれていた有機物を炭素源として生育したものと考えられる。
【0030】
C).分解細菌のスクリーニング
第2次集積工程で得られた、分解細菌が集積している木質炭化素材を破砕して、滅菌したリン酸バッファーで希釈したものをYM寒天培地(組成は、酵母抽出液4g、麦芽抽出液10g、グルコース4g、寒天20g、純水1L)に平板塗抹した。そこで生育したコロニーを純粋分離し、アルドリンジオールを5ppmとピルビン酸200ppmを含む第2次集積工程で用いた還流液と同様の還流液に接種し、20日間、25℃、暗所で振とう培養した。その後培養液中のアルドリンジオールをHPLCを用いて測定した。そして、アルドリンジオールの濃度が4割に減少している培養液から目的の環状ジエン系化合物分解細菌を取得することができた。
【0031】
この分解細菌につき、菌体の形態観察(グラム染色、形状、運動性、コロニーの形状)、菌体脂肪酸分析、キノン分析、DNA塩基組成分析(G+C含量)を行い、同定を行った。
この菌株は、コロニーサイズは0.5mm〜1.0mm、コロニーの表面形状は線状、表面(気菌糸)は白色からオレンジ色、裏面(基生菌糸)はオレンジ色、水溶性色素産生“−”、ゼラチンの液化“−”、デンプン加水分解“陽性”、硝酸還元試験“−”、脱脂粉乳のペプトン化・凝固“−”、生育温度の範囲は20℃“+”、25℃“+”、30℃“+”、37℃“+”、45℃“−”、耐塩性は4%“−”、7%“−”、10%“−”、13%“−”、炭素源の利用性はグルコース“+”、L−ラムノース“−”、D−マンニトール“+”、D−フラクトース“+”、L−アラビノース“−”、ラフィノース“−”、スクロース“−”、D−キシロース“−”、イノシトール“+”、メラニン様色素産生“−”であった。
【0032】
KSF27株は、その16S rRNAの部分塩基配列に基づく分子系統解析を行った結果、KSF27株の16S rRNAの塩基配列のうち連続した1441塩基を決定し、FASTAとBLASTを用いてDNAデータベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対して相同性検索をしたところ、シュードノカルディア アラニニフィラ YIM16303株(Pseudonocardia alaniniphila strain YIM 16303)と最も高い相同性95%を示した。この結果は表現形質による分類学的性質とほぼ矛盾がないことから、KSF27株をシュードノカルディアエスピーKSF27(Pseudonocardia sp. KSF27)と帰属した。上記1441塩基を配列番号1とした配列表に示す。KSF27株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター 〒305-8566 茨城県つくば市東1−1−1に受託番号:FERM AP−22071、受託日:2011年2月22日として寄託されている。この菌株の塩基配列を用いた分子系統樹を図8に示す。
【0033】
環状ジエン系化合物分解剤:
単離された上記環状ジエン系化合物分解細菌は、一般的な土壌で生育できると考えられるが、環状ジエン系化合物を効果的に土壌中で分解するためには、分解細菌を高密度で長期間存在させるため、分解細菌の餌となる基質とともに分解細菌が存在することが好ましい。その基質としては、ピルビン酸やグルコースが好ましい。分解細菌の住みかとなる担体としては木質炭化素材が好ましい。
【0034】
そして、環状ジエン系化合物分解剤としては、分解細菌そのものが環状ジエン系化合物分解剤となる他、環状ジエン系化合物分解細菌を含む担体が挙げられる。担体を含む環状ジエン系化合物分解剤には、木質炭化素材のような多数の細孔、高い吸着係数を有する多孔質材を基質に混ぜ込むことでより効果的な環状ジエン系化合物分解剤を製造することができる。
【0035】
汚染環境の浄化装置:
環状ジエン系化合物分解剤を通気性のある筐体内に詰め込むなどして環状ジエン系化合物分解剤の集積層を形成すれば簡単にバイオリアクターとして、環状ジエン系化合物の分解除去装置とすることができる。
該装置に環状ジエン系化合物で汚染された土壌を混入し水を還流させることでその土壌を浄化することもできる。また、該装置に環状ジエン系化合物で汚染された水を還流させることで、この汚染水を浄化することができる。
あるいはまた、この装置を、生活排水路、水田地帯の農業排水路、ゴルフ場の排水路などの水路の一部に設けることにより、水中に溶解、分散した環状ジエン系化合物を分解除去し、汚染環境を浄化する汚染環境の浄化装置として利用することができる。
【0036】
環状ジエン系化合物分解材を用いた汚染物質の浄化方法:
環状ジエン系化合物分解剤を用いて、環状ジエン系化合物によって汚染された物質を浄化するには次のような方法がある。
汚染土壌における環状ジエン系化合物の除去に関しては、環状ジエン系化合物分解剤を汚染土壌中に埋設して混和する。土壌中に埋設しておくことで、土壌中に含まれている環状ジエン系化合物は分解細菌によって分解される。この方法によれば、土壌中の環状ジエン系化合物が地下水に混入することを避けることができ、地下水汚染の防止を図ることが可能となる。
この技術の応用として、環状ジエン系化合物の存在する表層及び下層土壌への混入、ゴルフ場のグリーン面の下層土壌への混入、産業破棄物処理場の下層土壌への混入、工場等における有機廃液置き場の下層土壌への混入などが挙げられ、こうした応用により環状ジエン系化合物を処理することができる。
【0037】
また、環状ジエン系化合物分解剤を環状ジエン系化合物に汚染されたウリ科植物に対して接種することで、このウリ科植物中の環状ジエン系化合物を分解、無毒化することができる。無毒化されたウリ科植物は、肥料などとして利用することが可能になる。
ウリ科植物には、キュウリやスイカ、カボチャ、ヘチマ、メロン、などが挙げられる。
【0038】
分解する対象となる環状ジエン系化合物は、1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物が挙げられ、より具体的な化合物としては、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選ばれる少なくとも一の化合物である。
この環状ジエン系化合物分解剤は、環状ジエン系化合物だけでなく、DDTやDDD、DDE、さらに、PCPやHCB、エンドリンをも分解する。
【実施例】
【0039】
<実験例1:図9>
[KSF27株によるディルドリンの分解試験]
単離されたKSF27株を用いて、ディルドリンの分解試験を行った。
KSF27株をディルドリン5ppmとピルビン酸200ppmとを含有する無機塩培地10mLに5ストライク接種し、暗所30℃で10日間、50mL共栓三角フラスコで振とう培養した。
培養終了後培養液の3倍量のヘキサンで抽出し、GC/ECDにてディルドリン濃度を測定し、また、イオンクロマトグラフィーで培養液中の塩素イオンを測定した。菌体の生育は吸光度計(OD:600)で濁度を測定した。その結果を図9に示す。なお、コントロールは生きた菌体を接種する代わりに死菌体を添加したものである。
【0040】
図9のグラフの左側縦軸には培養液中のディルドリン濃度(μM)と塩素イオン濃度(μM)とを示し、右側縦軸には濁度(OD:600)を、横軸は培養時間(時間)をそれぞれ表す。
図9で示されるように、培養10日後にはディルドリンが85%分解した。なお、塩素イオン濃度に変化がないことから、ディルドリンの脱塩素までは確認できなかった。
【0041】
<実験例2:図10>
[KSF27株による種々の環状ジエン系農薬(α−エンドスルファン、β−エンドスルファン、エンドスルファンスルフェート、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、クロルデコン)の分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、α−エンドスルファン、β−エンドスルファン、エンドスルファンスルフェート、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、クロルデコンをそれぞれ所定量添加し、12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてα−エンドスルファン、β−エンドスルファン、エンドスルファンスルフェート、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、クロルデコンそれぞれの分解試験を行った。その結果を図10に示す。なお、クロルデコンの測定はGC/MSを用い、それ以外の農薬についてはGC/ECDを用いた。
【0042】
図10では、当初α−エンドスルファンが0.15mg/L、β−エンドスルファンが0.06mg/L、エンドスルファンスルフェートが1.16mg/L、ヘプタクロルが0.12mg/L、ヘプタクロルエポキシドが2.37mg/L、クロルデコンが0.18mg/L まで減少したことを示す。
図10で示されるとおり、KSF27株は、α−エンドスルファンが95%以上、β−エンドスルファンが97%以上、エンドスルファンスルフェートが75%以上、ヘプタクロルが84%以上、ヘプタクロルエポキシドが53%以上、クロルデコンが86%以上分解することを確認できた。
【0043】
<実験例3:図11>
[KSF27株によるDDTおよびその代謝物の分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、DDT、DDD、4,4’−DDE、2,4’−DDEをそれぞれ5ppm添加して12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてDDT、DDD、4,4’−DDE、2,4’−DDEそれぞれの分解試験を行った。その結果を図11に示す。濃度の測定はGC/ECDを用いた。
図11では、12日間の培養後はDDTが65%以上、DDDが63%以上、4,4’−DDEが73%以上、2,4’−DDEが69%以上分解することを確認できた。
【0044】
<実験例4:図12>
[KSF27株による他農薬(PCP、HCB、エンドリン)の分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、PCP、HCB、エンドリンをそれぞれ5ppm添加して12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてPCP、HCB、エンドリンそれぞれの分解試験を行った。その結果を図12に示す。PCP、HCBの濃度の測定はHPLCを用い、エンドリンはGC/ECDを用いた。
図12では、12日間の培養後はPCPが66%、エンドリンが26%分解することを確認できた。しかしHCBについては、分解が見られなかった。
【0045】
<実験例4:図13>
[KSF27株によるHCHsの分解試験]
実験例1において、ディルドリン溶液5ppmの添加に代えて、ヘキサクロロシクロヘキサンの4種の異性体α−HCH、β−HCH、γ−HCH、δ−HCHをそれぞれ5ppm添加して12日間培養した以外は、実験例1と同じ操作を行って、KSF27株についてこの4種異性体それぞれの分解試験を行った。その結果を図13に示す。濃度の測定はGC/ECDを用いた。
図13では、12日間の培養後はα−HCHが24%、γ−HCHが19%分解することを確認できた。但し、β−HCH、δ−HCHについては分解が見られなかった。
【符号の説明】
【0046】
1 還流装置
2 集積用土壌
3 還流液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株である環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項2】
環状ジエン系化合物が、1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物である請求項1記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項3】
環状ジエン系化合物が、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物である請求項1または請求項2記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項4】
DDT、DDDおよびDDEの分解能を有する請求項1〜請求項3何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項5】
PCP、α−HCH、γ−HCHおよびクロルデコンの分解能を有する請求項1〜請求項4何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項6】
請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌を含んでなる環状ジエン系化合物分解剤。
【請求項7】
前記環状ジエン系化合物分解細菌が木質炭化素材等からなる多孔質材中に含まれてなる請求項6記載の環状ジエン系化合物分解剤。
【請求項8】
請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌または請求項6または請求項7記載の環状ジエン系化合物分解剤を含有してなる汚染環境の浄化装置。
【請求項9】
請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌、請求項6または請求項7記載の環状ジエン系化合物分解剤、または請求項8記載の汚染環境の浄化装置を用いてアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物に例示される1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する環状ジエン系化合物を分解する環状ジエン系化合物の分解方法。
【請求項10】
所定有機化合物を分解可能な分解細菌を多孔質材に集積させる分解細菌の集積方法において、
前記多孔質材に所定有機化合物を分解可能な分解細菌を接種し、この分解細菌を接種した多孔質材に所定有機化合物と所定有機化合物以外の化合物を炭素源及び窒素源とする無機塩培地を還流させて、所定有機化合物以外の該有機化合物を資化するとともに所定有機化合物を共代謝して所定有機化合物を分解する共代謝菌として前記分解細菌を該多孔質材中に集積度を高めた状態で集積させることを特徴とする分解細菌の集積方法。
【請求項11】
分解細菌が請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌である請求項10記載の分解細菌の集積方法。
【請求項1】
受託番号:FERM AP−22071として寄託された環状ジエン系化合物の分解能を有するシュードノカルディアエスピーKSF27株である環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項2】
環状ジエン系化合物が、1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する化合物である請求項1記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項3】
環状ジエン系化合物が、アルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物である請求項1または請求項2記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項4】
DDT、DDDおよびDDEの分解能を有する請求項1〜請求項3何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項5】
PCP、α−HCH、γ−HCHおよびクロルデコンの分解能を有する請求項1〜請求項4何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌。
【請求項6】
請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌を含んでなる環状ジエン系化合物分解剤。
【請求項7】
前記環状ジエン系化合物分解細菌が木質炭化素材等からなる多孔質材中に含まれてなる請求項6記載の環状ジエン系化合物分解剤。
【請求項8】
請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌または請求項6または請求項7記載の環状ジエン系化合物分解剤を含有してなる汚染環境の浄化装置。
【請求項9】
請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌、請求項6または請求項7記載の環状ジエン系化合物分解剤、または請求項8記載の汚染環境の浄化装置を用いてアルドリン、ディルドリン、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキシド、エンドリン、エンドスルファン、エンドスルファンスルフェートからなる群から選択される少なくとも一の化合物に例示される1,2,3,4,7,7-ヘキサクロロビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン構造を有する環状ジエン系化合物を分解する環状ジエン系化合物の分解方法。
【請求項10】
所定有機化合物を分解可能な分解細菌を多孔質材に集積させる分解細菌の集積方法において、
前記多孔質材に所定有機化合物を分解可能な分解細菌を接種し、この分解細菌を接種した多孔質材に所定有機化合物と所定有機化合物以外の化合物を炭素源及び窒素源とする無機塩培地を還流させて、所定有機化合物以外の該有機化合物を資化するとともに所定有機化合物を共代謝して所定有機化合物を分解する共代謝菌として前記分解細菌を該多孔質材中に集積度を高めた状態で集積させることを特徴とする分解細菌の集積方法。
【請求項11】
分解細菌が請求項1〜請求項5何れか1項記載の環状ジエン系化合物分解細菌である請求項10記載の分解細菌の集積方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−200155(P2012−200155A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−64905(P2011−64905)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【Fターム(参考)】
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