説明

生体リズム情報取得方法

【課題】遺伝子の経時的な発現量変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法の提供。
【解決手段】Gm129遺伝子発現量の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法。この生体リズム取得方法では、前記経時的変化を示す変動曲線を、生体リズムを推定するための分子時計表として利用する。例えば、複数回作製した前記分子時計表を照合することにより、生体リズムの位相のずれを検出することができる。あるいは、所定時刻におけるGm129遺伝子の発現量を、前記分子時計表と照合することにより、生体リズムの位相のずれを検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体リズム情報取得方法に関する。より詳しくは、Gm129遺伝子の発現量の経時的変化に基づいて、特に概日リズムに関わる情報を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物個体の様々な生体現象は、自立的に振動する「周期的なリズム」を示す。この周期的なリズムは「生体リズム」と呼ばれている。特に、約一日を周期とする「概日リズム(サーカディアンリズム)」は、睡眠覚醒リズムや、体温・血圧・ホルモン分泌量等の日内変動リズムなどの生体現象にみられるリズムを広く支配している。また、概日リズムは、心身の活動度や運動能力、薬剤感受性等にも関与することが知られている。
【0003】
生体リズムは、「時計遺伝子(クロックジーン)」と呼ばれる遺伝子群によって制御されている。時計遺伝子は、その発現や活性、局在等を自律的に周期変動(振動)させることにより「体内時計」として機能している。
【0004】
時計遺伝子の遺伝子多型や遺伝子変異は、癌や糖尿病、血管系疾患、神経変性疾患などの発症要因となることが明らかにされている。さらに、近年、双極性障害や鬱病のような精神疾患についても、時計遺伝子の遺伝子多型や変異が発症に関与していることが指摘されている。これらの疾患を治療するため、時計遺伝子の遺伝子多型や変異によって変調した体内時計を光照射によってリセットする試みもなされてきている。
【0005】
一方、生体リズムは、体内時計による自律的な制御だけでなく、社会生活による制約も受けている。例えば、睡眠覚醒リズムでは、日々の就寝時刻や起床時刻の変化によって、「実生活の就寝起床サイクル」と「体内時計による睡眠覚醒リズム」との間にリズムのずれ(位相のずれ)が生じる場合がある。このような生体リズムのずれは、いわゆる「時差ぼけ」や睡眠障害を引き起こし、さらには上述のような精神疾患の原因ともなると考えられている。
【0006】
さらに、生体リズムを利用して、薬剤治療効果の最大化を図る試みも始まっている。薬剤の標的となる分子(薬剤標的分子)の発現量や、薬剤を代謝する酵素(薬物代謝酵素)の活性が、概日リズムに従って変動すると、薬剤による治療効果も日内変動すると考えられる。そこで、薬剤ごとに最適な投薬時刻を定めて、治療効果を最大化しようとする「時間医療」という考え方が提唱されてきている。
【0007】
また、より身近には、心身の活動度や運動能力の概日リズムを利用して、学習やトレーニングにおいて自己の能力を最大限に引き出すための活動時刻や、太りにくい摂食時刻が検討され始めている。
【0008】
本発明に関連して、特許文献1には、生物個体から採取した標準検体の遺伝子発現産物量測定データに基づき体内時刻を推定する方法などが開示されている。この体内時計推定方法では、遺伝子発現産物量(すなわち、mRNA)の発現量に基づいて、体内時計を推定するための分子時計表を作成するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2004/012128号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
体内時計による生体リズムを正確に知ることは、種々の疾患の予防、時差ぼけなどの体調不良の改善、時間医療の実現、自己能力の発揮、ダイエットなどに非常に有益と考えられる。特許文献1には、遺伝子発現量に基づいて体内時刻を推定する方法が開示されているが、具体的な測定対象遺伝子は記載されていない。
【0011】
そこで、本発明は、概日リズムに従った発現量変化を示すことが新たに明らかになった遺伝子を測定対象遺伝子として、この遺伝子の経時的な発現量変化に基づいて生体リズムに関わる情報を取得する方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題解決のため、本発明は、Gm129遺伝子発現量の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法を提供する。
この生体リズム取得方法では、前記経時的変化を示す変動曲線を、生体リズムを推定するための分子時計表として利用する。
この生体リズム取得方法によれば、例えば、複数回作製した前記分子時計表を照合することにより、生体リズムの位相のずれを検出することができる。あるいは、所定時刻におけるGm129遺伝子の発現量を、前記分子時計表と照合することにより、生体リズムの位相のずれを検出することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、概日リズムに従った発現量変化を示すことが新たに明らかになった遺伝子を測定対象遺伝子として、この遺伝子の経時的な発現量変化に基づいて生体リズムに関わる情報を取得する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】Gm129遺伝子の経時的な発現量変化の一例を説明する図である。
【図2】Gm129遺伝子の経時的な発現量変化を示す変動曲線の位相の変化を説明する図である。
【図3】リアルタイムPCRによってマウス肝臓におけるGm129遺伝子発現量の経時的変化を測定した結果を示す図である(実施例3)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。説明は以下の順序で行う。

1.生体リズム情報取得方法
2.分子時計表
3.生体リズムのずれの検出

【0016】
1.生体リズム情報取得方法
Bmal1(Mop3)遺伝子は、概日リズムの制御に不可欠な遺伝子の1つである。Bmal1は、bHLH(basic helix-loop-helix)−PAS(Per-Ahr/Arnt-Sim)ドメインを持つ転写因子であり、CLOCK又はNPAS2とヘテロ複合体を形成し、ゲノムDNA上のE‐box配列に結合することで、他の時計遺伝子の発現を正に制御している。
【0017】
本発明者らは、ChIP‐on‐chip法及びChIP‐Sequencing法を用いて、Bmal1のDNA結合領域についてゲノムワイドな網羅的解析を行った。その結果、Bmal1によって発現が制御される遺伝子として、新たにGm129遺伝子を同定した。そして、Gm129遺伝子の経時的な発現量変化が概日リズムを示すことを明らかにし、本発明を完成させるにいたった。
【0018】
すなわち、本発明は、Gm129遺伝子の発現量の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法である。マウスGm129遺伝子の塩基配列及びマウスGm129のアミノ酸配列を、配列番号1及び2にそれぞれ示す。本発明に係る生体リズム情報取得方法において、Gm129遺伝子は、生体リズム情報の取得対象とする生物個体の種に応じて、該種における上記マウスGm129遺伝子の相同遺伝子とされる。
【0019】
本発明に係る生体リズム情報取得方法において、Gm129遺伝子の遺伝子発現産物(mRNA)は、生体リズムに関わる情報の取得対象となる生物個体から細胞を採取し、細胞からRNAを抽出することよって得ることができる。
【0020】
生物個体から採取する細胞は、特に限定されないが、体表面の細胞又は体表面近くに存在する細胞が容易かつ低侵襲に採取できるために好ましい。体表面の細胞としては、例えば、皮膚細胞や口腔粘膜細胞が用いられる。また、体表面近くに存在する細胞としては、例えば、毛根細胞が挙がられる。毛根細胞は、頭髪や髭、腕や足の毛を抜去することで、抜去した毛の毛根部に付着した細胞を簡単に得ることができる。
【0021】
細胞からのRNA抽出及びGm129遺伝子mRNAの定量は、従来公知の方法によって行うことができる。細胞からのRNA抽出には、例えば、市販のRNA抽出キットを使用できる。また、Gm129遺伝子mRNAの定量は、例えば、リアルタイムPCR法により行うことができる。経時的な遺伝子量発現の変化を測定する場合には、細胞の採取及びRNAの抽出は、例えば数時間おきに複数回行われる。
【0022】
本発明に係る生体リズム情報取得方法では、Gm129遺伝子に加えて、現在までに同定されている一群の時計遺伝子についても同時に発現量の定量を行うことができる。時計遺伝子としては、Bmal1遺伝子(配列番号3及び4参照)、Per3遺伝子(配列番号5及び6参照)、Per2遺伝子(配列番号7及び8参照)、Npas2遺伝子(配列番号9及び10参照)、Nr1d1遺伝子(配列番号11及び12参照)、Nr1d2遺伝子(配列番号13及び14参照)、Dbp遺伝子(配列番号15及び16参照)等がある。これらの遺伝子についても、生体リズム情報の取得対象とする生物個体の種に応じて、該種における相同遺伝子を適切に選択する。
【0023】
時計遺伝子は複数を測定対象としてもよい。異なる日内変動パターンを示す複数の時計遺伝子の発現量とGm129遺伝子の発現量とに基づいて生体リズムの推定を行なうことにより、正確な推定が可能となる。特にBmal1遺伝子は、Gm129遺伝子の発現量変化が示す概日リズムに対して逆位相を有する概日リズムを示す。従って、Bmal1遺伝子とGm129遺伝子の発現量変化に基づけば、一層正確に生体リズムを推定することができる。
【0024】
2.分子時計表
図1は、Gm129遺伝子の経時的な発現量変化の一例を説明する図である。図は、1日間、所定時間ごとにGm129遺伝子の発現量を測定し、プロットして得られた変動曲線の一例を示している。図中、横軸は時刻、縦軸は発現量を示す。
【0025】
変動曲線は、発現量のプロットから視察によって求めることがきる。また、より正確な曲線を求めるためには、自己相関法(コレログラム)、パワースペクトル法、コサイナー法、ペリオドグラム法などの周期計算法を用いることもできる。
【0026】
図1(A)では、一例として、0:00が最小値(l)、12:00が最大値(h)として測定された場合を示した。以下、この「0:00」、「12:00」といった通常の時刻を「客観的時刻」というものとする。
【0027】
また、図1(B)に示すように、この被験個体においてGm129遺伝子発現量が最小値(l)となる時刻を「T」、最大値(h)となる時刻を「T」、中間値(m)となる時刻を「Tm1・Tm2」とし、このT,T,Tを「被験個体のGm129遺伝子発現量の経時的変化に基づいて決定される時刻」という意味で、「主観的時刻」と定義するものとする。Gm129遺伝子発現量は各被験個体に固有の経時的変化を示すことから、この主観的時刻は被験個体に固有の時刻となる。
【0028】
図のように、Gm129遺伝子の発現量は日内変動し、概日リズムを示す。従って、Gm129遺伝子発現量の経時的変化を示す変動曲線を「分子時計表」として用いることで、被験個体の生体リズムの状態を把握することが可能となる。
【0029】
例えば、図1の変動曲線(以下、「分子時計表」と同義に用いる)を有することが分かっている被験個体について、所定時刻に測定された発現量がhであったとする。この場合、図1(A)及び(B)の変動曲線に基づけば、被験個体の概日リズムは客観的時刻で12:00、主観的時刻ではTにあると推定できる。また、発現量がlである場合、被験個体の概日リズムは客観的時刻で0:00、主観的時刻ではTであると推定される。そして、発現量がmである場合には、客観的時刻は6:00又は18:00、主観的時刻はTm1又はTm2であると推定することができる。
【0030】
また、同一の被験個体について、例えば3時間間隔で2回測定された発現量がそれぞれp,qであったとする。このとき、pに比べqが高い(p<q)場合には、被験個体の概日リズムは、発現量の上昇局面である客観的時刻で0:00〜12:00にあると推定できる。また、主観的時刻ではT〜Tにあると推定される。一方、pに比べqが低い(q<p)場合には、被験個体の概日リズムは、発現量の減少局面である客観的時刻で12:00〜24:00、主観的時刻でT〜Tにあると推定できる。さらに、p及びqの変動率(q/p)を求め、変動曲線の接線の傾きと照合することにより、概日リズムにおける客観的・主観的時刻をより正確に推定することも可能である。
【0031】
このように、Gm129遺伝子発現量の経時的変化を示す変動曲線に基づいて被験個体の主観的時刻を知ることにより、最適な投薬時刻や活動時刻、摂食時刻を設定することが可能となる。先に述べた通り、生体リズムは、睡眠覚醒サイクルや体温・血圧・ホルモン分泌量、心身の活動度や運動能力、薬剤感受性などの生体現象(生理状態)を広く支配している。従って、主体的時刻に基づいてこれらの生理状態を推定すれば、最適な就寝・睡眠時刻や投薬時刻、活動時刻、摂食時刻等を設定することができる。
【0032】
3.生体リズムのずれの検出
また、分子時計表に基づいて客観的・主観的時刻を知ることにより、被験個体の生体リズムに生じたずれを検出することができる。以下、被験個体の生体リズムのずれを検出する方法について、具体的に説明する。
【0033】
変動曲線は、その最大値(又は最小値)、最大値(又は最小値)の観察時刻、最大値から最小値(又は最小値から最大値)への傾き等によって形状を特徴付けることができる。本発明では、この変動曲線(分子時計表)の形状を「位相」というものとする。また、変動曲線により特定される被験個体の概日リズムの形状についても「位相」という。具体的には、図1(A)に示した変動曲線では、最小値l、最大値h、最小値の客観的時刻0:00、最大値の客観的時刻12:00によって特徴付けられる形状、すなわち「位相」を有している。
【0034】
生体リズムのずれは、変動曲線の位相の変化によって検出することができる。図2は、変動曲線の位相の変化を説明する図である。図2(A)中、点線で示す変動曲線は図1(A)に示した曲線であり(以下、「分子時計表1」ともいう)、実線は同一被験個体について、異なる測定日に同様の測定を行って得た変動曲線(以下、「分子時計表2」ともいう)の一例を表している。図中、横軸は時刻、縦軸は発現量を示す。
【0035】
分子時計表1は、最小値(l)の客観的時刻を0:00、最大値(h)の客観的時刻を12:00とする位相を有しているのに対して、分子時計表2では、最小値(l)の客観的時刻が6:00、最大値(h)の客観的時刻が18:00となり、位相が変化している。これは、被験個体の主観的時刻(T,T)の変化としてみることもできる。
【0036】
すなわち、分子時計表1の作製時点と分子時計表2の作製時点とで、被験個体の活動変動曲線の位相にずれが生じ、分子時計表2の作製時点における被験個体の生体リズムは、分子時計表1の作製時点から客観的時刻で6時間遅れた(又は18時間進んだ)ことになる。このように、同一被験個体について複数回分子時計表を作製し、これらを互いに照合することによって、被験個体の生体リズムの位相のずれを検出することができる。
【0037】
また、生体リズムの位相のずれを検出するための別法として、以下のような方法も考えられる。図2(B)は、図2(A)において、分子時計表1(図1も参照)を点線から実線に、分子時計表2を実線から点線に換えて示した図である。
【0038】
先に説明したように、図1(A)の変動曲線を有することが分かっている被験個体について、所定時刻に測定された発現量がmであった場合、分子時計表1に基づいて、被験個体の概日リズムは客観的時刻で6:00又は18:00と推定できる。
【0039】
ここで、同一被験個体について、異なる測定日の6:00に測定を行って得た発現量がmからlに変化していたと仮定する(図2(B)中、丸印参照)。この場合、被験個体の概日リズムは客観的時刻で6時間遅れて(又は18時間進んで)、分子時計表2で示される概日リズムに変化したと推定することができる。これは、被験個体の主観的時刻(T)の変化としてみることもできる。
【0040】
このように、所定時刻における発現量を、予め作製した分時計表と照合することよって、より簡便に被験個体の生体リズムの位相のずれを検出することも可能である。
【0041】
以上の通り、本発明に係る生体リズム情報取得方法によれば、Gm129遺伝子発現量の経時的変化を示す変動曲線を分子時計表として利用することで、各被験個体に固有の生体リズムを推定し、生体リズムのずれを検出することが可能である。
【0042】
従って、本発明に係る生体リズム情報取得方法は、生体リズムの異常(ずれ)に起因する種々の疾患の予防や、時差ぼけなどの体調不良の診断・治療に役立てることができる。また、被験個体の主観的時刻と体温や血圧、ホルモン分泌量などの生理状態を示す各種指標との相関関係が明らかになれば、主観的時刻に基づいてこれらの指標を測定し、生体リズムの異常に起因する疾患の診断・治療に活用することができると考えられる。
【実施例】
【0043】
<実施例1>
1.ChIP‐on‐chip法
実施例1では、クロマチン免疫沈降法(Chromatin immunoprecipitation:ChIP)とタイリングマイクロアレイを組み合わせたChIP‐on‐chip法を用いて、Bmal1のDNA結合領域についてゲノムワイドな網羅的解析を行った。
【0044】
細胞(WI38、1.5×106個)を10cmプレート5枚に播種し、培養した。培養後の細胞を1%ホルムアルデヒドで15分間、室温にて固定した。次に、グリシンを最終濃度0.125Mになるように添加し、15分間、室温にてインキュベートした。
【0045】
細胞をリン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄した後、1プレートにつき500μlの細胞溶解バッファー(5 mM PIPES(pH8.0), 85 mM KCl, 0.5% NP40, protease inhibitors)を添加した。スクレイパーにより細胞を懸濁、回収した後、氷上で20分間静置した。
【0046】
細胞懸濁液を3000rpm, 5分, 4℃にて遠心分離し、上清を取り除いた後、1mLの核溶解バッファー(50 mM Tris-HCl(pH8.0), 10 mM EDTA, 1% SDS, protease inhibitors)で再懸濁し、4℃で15分間、氷上で20分間静置した。
【0047】
超音波細胞破砕装置を用い、氷上にて細胞懸濁液を超音波処理した(ソニケーション10秒, インターバル50秒間, 10サイクル)。超音波処理後の細胞懸濁液を15,000rpm, 10分, 4℃にて遠心分離し、上清を回収した。回収した上清を、ChIPバッファー(50 mM Tris-HCl(pH8.0), 167 mM NaCl, 1.1% TritonX-100, 0.11% Sodium deoxycholate、protease inhibitor)で10倍希釈し、可溶性分画とした。
【0048】
可溶性分画に50μlの50%Protein A Agarose/salmon sperm DNA RIPA Buffer Slurryを加え、4℃、2時間攪拌した後、2000rpm, 2分, 4℃にて遠心分離し、上清を回収した。回収した上清にnormal rabbit IgG及び抗Bmal抗体を3μgずつ加え、4℃、一晩攪拌し、免疫沈降させた。翌日、さらに70μlのProtein A Agarose/salmon sperm DNA 50% slurryを加えて4℃、3時間攪拌した後、5000rpm, 10秒, 4℃にて遠心分離し、Agaroseビーズを回収した。
【0049】
回収したAgaroseビーズを洗浄し、200μlのDirect elution bufferを加え、室温、15分攪拌した後、65℃にて一晩静置してクロスリンクを外した。翌日、DNAをフェノール・クロロホルム抽出し、エタノール沈殿を行って精製した。
【0050】
抗Bmal抗体による免疫沈降で得られたDNAを2サイクルのin vitro transcriptionにより増幅し、DNAチップ(Affymetrix, Human promoter 1.0R array)とのハイブリダイゼーション反応を行なった。対照(コントロール)として、DNAチップに同梱のinputDNAを同様に増幅し、ハイブリダイゼーション反応を行なった。その結果、抗Bmal抗体による免疫沈降で得られたDNAにおいて、コントロールに比べて5倍以上のシグナル強度を示す32個のBmal1結合領域が同定された。
【0051】
<実施例2>
1.ChIP‐Sequencing法
実施例2では、クロマチン免疫沈降法(Chromatin immunoprecipitation:ChIP)とシークエンシングを組み合わせたChIP‐Sequencingを用いて、Bmal1のDNA結合領域についてゲノムワイドな網羅的解析を行った。
【0052】
細胞(NIH3T3、1.5×107個)を10cmプレート10枚に播種、培養した。培養後の細胞を用いて、実施例1と同様にして、抗Bmal抗体による免疫沈降を行った。
【0053】
免疫沈降で得られたDNAについて、Taq polymerase存在下で、ポリヌクレオチドキナーゼとクレノー酵素による3’末端へのアデニン付加を行った。次に、3’末端にアダプターをライゲーションした後、アダプタープライマーを用いて、DNAをPCR増幅(17サイクル)した。増幅後のDNAをアガロースゲルを用いた電気泳動により分離し、220bpのフラグメントを抽出し、Solexa 1G Genome Analyzerで解析した。その結果、連続して10 Tag以上のシグナル強度を示す20個のBmal1結合領域が同定された。
【0054】
<実施例3>
3.Gm129遺伝子発現量の定量
実施例1のChIP‐on‐chip法により、32個のBmal1結合領域が同定された。また、実施例2のChIP‐Sequencing法により、20個のBmal1結合領域が同定された。これらの結果を併せて解析することにより、Bmal1により発現が制御される遺伝子として合計8つの遺伝子を同定した。8遺伝子のうち、7遺伝子は既知の時計遺伝子であり、Per1遺伝子、Per2遺伝子、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、DBP遺伝子、Nr1d1遺伝子、Tef遺伝子であった。そして、残る1遺伝子として、Gm129遺伝子が同定された。
【0055】
Gm129遺伝子について、マウス肝臓での経時的な遺伝子発現量変化をリアルタイムPCRにより測定した。Balb/c系統のマウス72匹を用い、4時間おきに3匹を実験殺し(n=3)、肝臓の細胞を採取した。採取した肝細胞からRNAを抽出し、「表1」に示すプライマーを用いてリアルタイムPCRによりmRNA量を測定した。
【0056】
【表1】

【0057】
リアルタイムPCRによる測定結果を、図3に示す。(A)はBmal1遺伝子、(B)はPer2遺伝子、(C)はGm129遺伝子の発現量の測定結果を示す。
【0058】
代表的な時計遺伝子であり、かつその発現がBmal1遺伝子によって制御されることが分かっているPer2遺伝子は、概日リズムに従った経時的な発現量変化を示した(図3(B)参照)。そして、概日リズムに従った発現量変化は、Gm129遺伝子についても認められた(図3(C)参照)。
【0059】
また、Bmal1遺伝子の発現量変化にみられる概日リズム(図3(A)参照)では、20:00〜0:00の時間帯に発現量のピークが認められ、8:00〜12:00の時間帯に発現量のボトムが認められた。これに対しいて、Gm129遺伝子発現量変化にみられる概日リズム(図3(C)参照)では、0:00〜0:00の時間帯が発現量のボトムであり、8:00〜12:00の時間帯が発現量のピークとなっていた。このことから、Gm129遺伝子は、Bmal1遺伝子の発現量変化が示す概日リズムに対して逆位相を有する概日リズムを示すことが明らかになった。
【0060】
<実施例4>
4.Bmal1結合塩基配列の同定
実施例2のChIP‐Sequencing法により得られた20個のBmal1結合領域について、MEME(Multiple Em for Motif Elicitation)を用いてコンセンサス配列を検索し、Bmal1結合塩基配列を解析した。
【0061】
その結果、従来知られているE-box配列(塩基配列:CACGTG)に加えて、新たなBmal1転写制御配列(塩基配列:CCAATG)を同定した。この2つのコンセンサス配列は、哺乳類において非常によく保存されていることから、生物にとって重要なDNA配列であることが予測される。
【0062】
今回得られた新規Bmal1結合塩基配列について、ゲノム上での分布領域を調べたところ、36%がプロモーター領域、25%がイントロン領域、30%がインタージェニック領域、9%がエクソン領域であった。これらのゲノム上に位置する新規Bmal1結合塩基配列を指標として、該配列の下流に位置する遺伝子をスクリーニングすることにより、Bmal1によって発現が制御される遺伝子を新たに見出すことが可能と考えられる。
【0063】
さらに、新規Bmal1結合塩基配列は、特にDNAポリメラーゼIIの結合領域や、ヒストンH3リジン4(H3K4)のメチル化の分布位置、ゲノム上のCpGアイランドに位置していた。このことから、Bmal1が主に転写開始点付近においてクロマチン構造の変化に伴う正の転写制御を支配していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に係る生体リズム情報取得方法によれば、各人が自己の生体リズムを知り、最適な投薬時刻や活動時刻、摂食時刻を設定することが可能となる。そのため、本発明は、時間医療の実現や、自己能力の発揮、ダイエットに寄与できる。さらに、本発明に係る生体リズム情報取得方法によって生体リズムの位相のずれを検出すれば、生体リズムのずれを原因とする種々の疾患の予防や、時差ぼけなどの体調不良の改善に役立てることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Gm129遺伝子の発現量の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法。
【請求項2】
前記経時的変化を示す変動曲線を、前記生体リズムを推定するための分子時計表として利用する請求項1記載の方法。
【請求項3】
複数回作製した前記分子時計表を照合することにより、生体リズムの位相のずれを検出する請求項2記載の方法。
【請求項4】
所定時刻におけるGm129遺伝子の発現量を、前記分子時計表と照合することにより、生体リズムの位相のずれを検出することを特徴とする請求項2記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−227029(P2010−227029A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−78953(P2009−78953)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】