説明

生体光イメージング用プローブ

【課題】
高品質な生体光イメージング用プローブを提供すること。
【解決手段】
(i)標的認識ユニットと、(ii)リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体とを含んでなる、生体光イメージング用プローブ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な生体光イメージング用プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
生物個体中で機能する生体分子の反応や動的過程を分子レベルで理解することは、現在の生命科学研究の最も重要な課題である。近年、生物個体が生きた状態で生体分子を可視化する「生体分子イメージング」が盛んに利用されるようになっている。生体分子イメージングの手法としては、PET、SPECT、MRIなどとともに、生体光イメージングの手法がある。この方法は、他の分子イメージング法と比べて高いS/N比が得られると共に簡便性や安全性、コスト面で優位にあるため、その研究が盛んになされている。また生体分子イメージングにおいては、分子イメージングに用いる機器もさることながら、用いるイメージングプローブの選択が非常に重要である。すなわち、生体分子イメージングの進展においては、有用なイメージングプローブの開発が大きな鍵であるといえる。
【0003】
一方、虚血状態をはじめとした低酸素状態を的確に診断することは、初期段階でしか有効な治療法が存在しない心筋梗塞や脳梗塞といった疾患を治療するために極めて重要なことである。また難治性のがんに至るまでに、細胞の異常増殖による低酸素部位について迅速かつ的確に判断することが可能であれば、がんの早期の臨床診断や病態解明などに非常に有用である。
【0004】
しかしながら、蛍光色素を化学標識した蛋白質や低分子化合物などを利用した従来のイメージングプローブは、組織への浸透性や細胞内到達度が低いことから、特に低酸素領域や虚血組織をはじめとした血液循環の悪い部位への運搬効率が極めて悪かった。従って従来のイメージングプローブでは、低酸素領域や虚血組織のイメージングを行うことが困難であった。
また従来のイメージングプローブでは、組織での蛍光色素の滞留時間の長さから、シグナルノイズ比が低下し、得られるイメージの精度も高いものではなかった。さらに蛍光標識することによりプローブ自体の機能が抑制される場合があった。さらに生体光イメージングにおいて従来のプローブを用いた場合、腎臓や肝臓での色素排出が遅いことから高いバックグラウンドが長時間続き、体幹部をイメージングすることが困難であった。従って、より効果的な生体光イメージングプローブが望まれていた。
【0005】
低酸素誘導因子−1(ypoxia−nducible actor−1 complex,以下HIF−1)は、有酸素条件下で積極的に分解され、低酸素条件下でのみ安定に存在する蛋白質である。この安定性の制御にはHIF−1αタンパク質の401AA〜603AAに渡る特定の領域が必要であり(非特許文献1参照)、この領域はODDドメイン(xygen ependent egradation domain)と呼ばれる。ODDドメインは細胞の酸素センサーによって制御されており、ODDタンパク質が安定化する低酸素状態は、その細胞の至適酸素濃度を病的に下回る濃度である。ODDタンパク質が安定化する細胞は、少なくともその細胞にとって異常な低酸素状態になっているといえる(特許文献1参照)。
【0006】
ODDドメインを任意の蛋白質に融合してなる融合タンパク質は、HIF−1タンパク質と同様の酵素依存的安定性の制御を受けるようになることが知られている(非特許文献2参照)。ODDを融合したタンパク質は、正常細胞内では酸素特異的な分解を受けるので、結果的に虚血巣特異的なマーカーとして機能することが期待される。
【0007】
これまで脳梗塞急性期の脳保護薬単独では、脳における虚血巣への薬物送達は困難であった。その理由は、単独では正常血液脳関門(lood−rain arrier;以下BBB)を透過することが不可能な薬物であっても、虚血後期(3時間以降)ではBBBが崩壊するため透過できるが、虚血初期(3時間以内)ではBBBが保たれたままであって薬物の脳組織移行に乏しいからである(非特許文献3および4参照)。
【0008】
虚血脳組織へ脳保護薬を送達する目的で、脳保護作用のある脳由来神経栄養因子(rain−erived eurotrophic actor;以下BDNF)にトランスフェリン受容体に対する抗体を結合させ、血管内皮細胞のトランスフェリン受容体を介したBBB通過をラット中大脳動脈閉塞モデルにおいて実現している報告がある(非特許文献3参照)。しかしこれはBBBは透過するものの、虚血組織内細胞選択的な薬物送達ができないので、副作用を抑制することが期待できない。
【0009】
一方で、ヒト免疫不全ウイルスTATタンパク質由来の膜透過ドメインを融合したタンパク質が、レセプターに依存することなく細胞膜を透過し、全身の細胞内にタンパク質を運ぶことできることが報告された。しかも当該融合タンパク質は、BBBをも透過し、脳にまでデリバリーできることが示された(非特許文献5および6参照)。
【特許文献1】国際公開2002/099104号パンフレット
【非特許文献1】Huang LE et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.95;7987−7992
【非特許文献2】Harada et al.,Cancer Res.,62,2013−2018,2002
【非特許文献3】Zhang Y.et al.,Stroke,2001 Jun;32(6):1378−84
【非特許文献4】Belayev L.et al.,Brain Res.,1996;739,88−96
【非特許文献5】Schwarze S.et al.,Science,285:1569−1572,1999
【非特許文献6】大田茂男、J.Nippon Med.Sch.2003;70(5)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
高品質な生体光イメージング用プローブが望まれている。特に、腎臓、肝臓からの蛍光色素の排出が速やかに行われると共に、虚血組織をはじめとした血流運搬が困難な組織へ速やかに浸透・到達することが可能であるような生体光イメージング用プローブが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、生体光イメージングに適したプローブについて種々の検討を行った。その結果驚くべきことに、タンパク質リガンド結合を利用して間接的に蛍光色素を標識した場合に、肝臓や腎臓などにおける滞留時間が極めて短い、高品質な生体光イメージング用プローブを再現よく調製することができることを初めて見いだした。
本発明者らはこれらの知見に基づいてさらに鋭意研究を行った結果、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は、
[1](i)標的認識ユニットと、(ii)リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体とを含んでなる、生体光イメージング用プローブ;
[2]標的認識ユニットが、配列番号1のアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチドを含むことを特徴とする、[1]記載のプローブ;
[3]標的認識ユニットが、細胞膜透過機能を有するポリペプチドと、配列番号1のアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチドとを含むことを特徴とする、[1]記載のプローブ;
[4]細胞膜透過機能を有するポリペプチドにさらにシステインが付加していることを特徴とする、[3]記載のプローブ;
[5]リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体が、HaloTag(登録商標)タンパク質と蛍光標識したHaloTag(登録商標)リガンドとの複合体であることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載のプローブ;
[6][2]〜[5]のいずれか一項に記載のプローブを用いることを特徴とする、低酸素領域を生体光イメージングする方法;
[7][2]〜[5]のいずれか一項に記載のプローブを用いて対象が虚血性疾患または難治性がんに羅患しているか否かを判別する方法であって、虚血部位を生体光イメージングすることを特徴とする、方法;
[8]虚血性疾患が、虚血性脳血管傷害、虚血性心疾患および閉塞性末梢動脈硬化症である、[7]記載の方法;
[9][2]〜[5]のいずれか一項に記載のプローブを含んでなる、虚血性疾患または難治性がんの診断用キット;
[10][2]〜[5]のいずれか一項に記載のプローブを用いることを特徴とする、虚血性疾患または難治性がんに影響を及ぼす物質をスクリーニングする方法;
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の生体光イメージングプローブは、生体光イメージングにおいて肝臓、腎臓などでの蛍光色素の排出が著しく促進されるので、高いバックグラウンドが長時間続くことがない。従って従来のプローブでは困難であった体幹部の生体光イメージングが可能である。
また本発明のプローブは、タンパク質リガンド結合を利用して標的認識ユニットを標識しているので、標識効率を容易に制御することができるとともに、特定の位置に効率よく蛍光色素を導入することもできる。そのため高品質の生体光イメージングプローブを安定に調製することが可能である。
さらに本発明のプローブは、組織浸透性が高いため、血液循環の悪い組織や脳組織などのイメージングも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
1.生体光イメージング用プローブ
本発明は、(i)標的認識ユニットと、(ii)リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体とを含んでなる、生体光イメージング用プローブを提供する。
すなわち、本発明のプローブは、図1で示される構造を有する。以下で各部位ごとの詳細な説明を行う。
【0016】
(i)標的認識ユニット
本明細書中「標的認識ユニット」とは、対象の生体内において生体光イメージングする場合の標的となる組織・細胞など(以下、「標的組織」と記載する場合がある)に直接作用する部分であり、プローブの特異性を決定する重要な部位である。そして「標的認識ユニット」は、標的組織において特異的に機能する分子のことをいう。
ここで「対象」とは、本発明のプローブを用いて生体組織のイメージングをする対象となりうる生物全てのことをいい、本明細書中で特に限定されない。このような生物体の例としては、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類および魚類などの脊椎動物が挙げられる。なかでも好ましくは哺乳類であり、より好ましくはヒトまたは実験動物(マウス、ラット、ハムスター、ウサギなど)である。
【0017】
標的認識ユニットには、標的組織特異的に発現するタンパク質・遺伝子など、標的組織特異的に安定化するタンパク質・遺伝子など、標的組織特異的に機能するタンパク質・遺伝子など、標的組織特異的に存在する生体物質に特異的に結合するタンパク質・遺伝子などといった、発現過程、機能メカニズム等における標的組織での「特異性」が認められるタンパク質、遺伝子その他の物質全般が含まれる(以下、これらを「標的組織特異的に機能する物質」などと記載する場合がある)。
なお本明細書中、「標的組織特異的に機能する」における「特異的な機能」としては、標的組織における特異性が認められる上記物質の機能全般(例、標的組織特異的な発現、標的組織特異的な機能、標的組織における特異的な結合など)が挙げられる。
従って「標的認識ユニット」は、標的組織における特異性が認められる自体公知のタンパク質や遺伝子などの物質であればどのようなものであってもよく、また、マイクロアレイなど種々の方法によって生体組織中で特異的な発現や組織特異的な機能などが新たに確認されたタンパク質・遺伝子などであってもよい。
【0018】
本発明における「標的組織」としては、対象の生体内におけるあらゆる組織が含まれるが、特にがん組織、虚血組織をはじめとした低酸素条件下にある組織であることが好ましい。すなわち、本発明のプローブの「標的認識ユニット」は、低酸素条件下で特異的に機能する物質を含むことが好ましい。
【0019】
このような低酸素条件下で特異的に機能する物質としては、例えば、配列番号:1で表されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチド(以下、「ODD由来のポリペプチド」と称する場合がある)が挙げられる。
該ポリペプチドは他のタンパク質と融合した場合であっても、当該融合タンパク質を保持する細胞内において、融合した他のタンパク質に対して細胞内の酸素濃度に依存した安定性を付与する。そして当該融合タンパク質は、当該融合タンパク質を保持する細胞が低酸素条件下にあるときは、有酸素条件下に比べて安定に保持される。一方で有酸素条件下の細胞内においては、低酸素条件下に比べて速やかに分解される。
ここで「他のタンパク質」としては、本発明のプローブを構成し得る他のタンパク質、ポリペプチドなどが挙げられ、具体的には、後述する細胞膜透過機能を有するポリペプチドやリガンド結合タンパク質、および標識のためのタンパク質などが挙げられる。またこれらの他のタンパク質には、種々の低分子化合物(薬物)や遺伝子などが結合していてもよい。
【0020】
なお本明細書中、「低酸素条件」とは、具体的にはHIF−1αタンパク質が発現し、安定に存在できる条件のことをいう。HIF−1αが発現している細胞は異常な低酸素状態になっており、これが細胞の悪性度の指標(例えば、血管新生の亢進、解糖系酵素の発現、転位・浸潤関連分子誘導など)となり得る。一方「有酸素条件」とは、HIF−1αタンパク質が安定に存在し得ない条件のことをいう。
この低酸素が生じる原因としては、細胞増殖と血管新生の不均衡、血管の梗塞や壊死などによる血液循環の低下などが挙げられる。低酸素条件にある細胞が数多く生じることで、難治性のがんや虚血性疾患等の傷害に繋がることが予想される。
【0021】
本発明の標的認識ユニットは、好ましくは配列番号:1で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチド(ODD由来のポリペプチド)を含む。
ここで、配列番号:1で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列としては、例えば配列番号:1で表されるアミノ酸配列と約40%以上、好ましくは約60%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。
「配列番号:1で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチド」としては、配列番号:1で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を有し、かつ配列番号:1で表されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドと、実質的に同質の活性を有するような標的認識ユニットであることが好ましい。
「実質的に同質の活性」としては、前記のような、融合した他の蛋白質に対して細胞内の酸素濃度に依存した安定性を付与する活性などが挙げられる。「実質的に同質」とは、それらの活性が性質的に同質であることを示す。
【0022】
また「配列番号:1で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチド」は、当該ポリペプチドを含む融合タンパク質に、前記のような細胞内の酸素濃度に依存した安定性を付与することができる限り、当該アミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜9個、さらに好ましくは数個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、配列番号:1で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜9個、さらに好ましくは数個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、配列番号:1で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜9個、さらに好ましくは数個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換したアミノ酸配列で表されるポリペプチドであってもよい。
なお上記のようにアミノ酸配列が欠失、付加、置換されている場合、その欠失、付加、置換の位置としては特に限定されないが、配列番号:1で表されるアミノ酸配列中、アミノ酸番号9のチロシン残基は保存されていることが望ましい。置換、付加、欠失は、当業者であれば適宜自体公知の方法を適用することが可能であるが、例えばペプチド合成機を用いる場合には保護アミノ酸の種類を変えることで容易に行うことができる。
【0023】
さらに本発明における「配列番号:1で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチド」は、当該ポリペプチドを含む融合タンパク質に前記のような細胞内の酸素濃度に依存した安定性を付与することができる限り、当該アミノ酸配列で表されるポリペプチドの一部分であってもよい。
具体的には、当該アミノ酸配列のうち、少なくとも連続する16個以上、好ましくは17個以上のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を有するポリペプチドが挙げられる。より具体的には、配列番号:1のアミノ酸番号1〜16からなるアミノ酸配列、または配列番号:1のアミノ酸番号3〜18からなるアミノ酸配列を有するポリペプチドが挙げられる。
【0024】
ODD由来のポリペプチドの製造方法としては、特に限定されない。例えば配列番号:1のポリペプチドを作成する場合、自体公知の方法で化学的に合成することで製造することもできるし、自然界に存在するHIF−1αタンパク質を発現している細胞から遺伝子を得て、自体公知の遺伝学的手法を用いて製造することもできる。化学的に合成する方法としては、例えばペプチド合成機を用いて固相合成法により合成する方法が挙げられる。
またODD由来のポリペプチドは、ホスホルアミダイト法またはトリエステル法を適用することによって製造することができるし、あるいは市販のオリゴヌクレオチド合成装置を用いることによって得られた当該ポリペプチドをコードするDNAを適当な発現ベクターに組み込むことによっても製造することができる。このようにして当該ポリペプチドをコードするDNAを得ることによって、ODD由来のポリペプチドは、後述の「細胞膜透過機能を有するポリペプチド」や「リガンド結合タンパク質」などの本発明のプローブの構成要素と一緒に、遺伝学的手法を用いて製造することもできる。
【0025】
ODD由来のポリペプチドは、対象の組織内、特に細胞内に導入されることによって、当該ポリペプチドを含む融合タンパク質に、前記したような細胞内の酸素濃度に依存した安定性を付与する。
従って、本発明のプローブを細胞内に導入し、低酸素条件下にある細胞を検出する観点から、本発明のプローブにおける標的認識ユニットは、ODD由来のポリペプチドに加えて、細胞膜透過機能を有するポリペプチドを含んでなることが好ましい。このような標的認識ユニットを含んでなる本発明のプローブは、対象内に投与された場合細胞内に速やかに浸透して低酸素条件下にある細胞内で安定に存在するので、低酸素領域を生体光イメージングするのに有用である。
【0026】
「細胞膜透過機能を有するポリペプチド」としては、前記ODD由来のポリペプチドをはじめとした本発明のプローブを構成する他のタンパク質と融合したときに、当該融合タンパク質に細胞膜を透過する活性を付与するポリペプチドであれば特に制限されず、自体公知の細胞膜透過機能を有するポリペプチドであればどのようなものであってもよい。このようなポリペプチドとしては、例えばTATタンパク質由来の膜透過ドメイン、当該ドメインに由来するポリペプチド(以下、「TAT由来のポリペプチド」と記載する)、the third alpha−helix of Antennapedia homeodomain由来のポリペプチド、VP22 protein from herpes simplex virus由来のポリペプチドなどが挙げられる。
また当業者であれば、塩基性配列や疎水性配列の割合を調整し、かつ各ポリペプチドの三次元構造などを検討することで、細胞膜透過機能を有する新たなポリペプチドを製造することが可能である。本発明の「細胞膜透過機能を有するポリペプチド」は、そのようにして製造された合成ポリペプチドであってもよい。
本明細書中の以下において、上記で説明したように、細胞膜透過機能を有し、かつ融合した蛋白質に膜透過機能を付与するポリペプチドのことを総称して「PTD(Protein Transduction Domain)」と記載する場合がある。
【0027】
TATとは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来の細胞膜透過機能を有するタンパク質である。TAT由来のポリペプチドを融合したタンパク質は、融合したタンパク質自体の機能を保持したまま全身の組織細胞内にデリバリーされるので、TAT由来のポリペプチドの適用はインビボデリバリーの有効な手法となり得る。TAT由来のポリペプチドとしては、例えば、配列番号:2で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチドが挙げられる。ここで配列番号:2で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列としては、例えば配列番号:2で表されるアミノ酸配列と約40%以上、好ましくは約60%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。
【0028】
TAT由来のポリペプチドとしては、配列番号:2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を有し、かつ配列番号:2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列と実質的に同質の活性を有することが好ましい。実質的に同質の活性としては、前記のような細胞膜透過活性や融合蛋白質への細胞膜透過機能の付与活性などが挙げられる。実質的に同質とは、それらの活性が性質的に同質であることを示す。
【0029】
また上記で例示した合成ポリペプチドとしては、配列番号:3で表されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドが挙げられる。当該ポリペプチドもまた、細胞膜透過機能を有すると共に、それと融合した融合蛋白質に細胞膜透過機能を付与することができる。また当業者であれば、塩基性アミノ酸や疎水性アミノ酸の種類を適宜選択することで、適切な細胞膜透過機能を有するポリペプチドを合成することが可能である。例えば塩基性アミノ酸であるアルギニンが7つ連続してなるポリペプチドや8つ連続してなるポリペプチド、またリジンが9つ連続してなるポリペプチドも、本発明の細胞膜透過機能を有するポリペプチドに含まれる。さらに、Ming Zhao and Ralph Weissleder,Intracellular cargo delivery using Tat peptide and derivatives.Medicinal Research Reviews,Vol.24,No.1−12,2004の表1に記載されているアミノ酸配列も、本発明の細胞膜透過機能を有するポリペプチドに含まれる。
【0030】
また細胞膜透過機能を有するポリペプチドは、当該ポリペプチドを含む融合タンパク質に、前記のような細胞膜透過活性を付与することができる限り、当該アミノ酸配列中の1または2個以上のアミノ酸が欠失、付加、置換等されていてもよい。アミノ酸配列が欠失、付加、置換されている場合、その欠失、付加、置換の位置としては特に限定されない。
【0031】
細胞膜透過機能を有するポリペプチドとしては、なかでも当該ポリペプチドに対してさらに1〜数個、好ましくは1〜3個のシステインが付加したポリペプチドであることが好ましい。システインが付加することにより当該ポリペプチドの細胞膜透過機能がさらに向上するので、本発明のプローブの細胞膜透過活性をさらに向上させることができる。システインを付加させる位置としては特に限定されないが、当該ポリペプチドのN末端であることが好ましい。システインをN末端に付加することで、細胞膜透過機能を有するポリペプチドの細胞膜透過機能を著しく向上させることができる。
置換、付加、欠失は、当業者であれば適宜自体公知の方法を適用することが可能であるが、例えばペプチド合成機を用いる場合には保護アミノ酸の種類を変えることによって容易に行うことができる。
【0032】
さらに細胞膜透過機能を有するポリペプチドは、当該ポリペプチドを含む融合タンパク質に前記のような細胞膜透過活性を付与することができる限り、当該アミノ酸配列で表されるポリペプチドの一部分であってもよい。具体的には、例えばTAT由来のポリペプチドの場合、配列番号:2のアミノ酸番号3〜11からなるアミノ酸配列などが挙げられる。
【0033】
細胞膜透過機能を有するポリペプチドの製造方法としては特に限定されない。例えば配列番号:2のポリペプチドを作成する場合、自体公知の方法により化学的に合成して製造することもできるし、自然界に存在するPTDとなり得るポリペプチドを発現している細胞などから遺伝子を得て、自体公知の遺伝学的手法を用いて製造することもできる。またこれらのポリペプチドは、自体公知の方法により化学的に合成してもよく化学的に合成する方法としては、例えばペプチド合成機を用いて固相合成法により合成する方法が挙げられる。
あるいは細胞膜透過機能を有するポリペプチドは、ホスホルアミダイト法またはトリエステル法を適用することによって、また市販のオリゴヌクレオチド合成装置を用いることによって得られた目的のアミノ酸配列をコードするDNAを適当な発現ベクターに組み込むことによっても製造することができる。このようにして目的のアミノ酸配列をコードするDNAを得ることによって、細胞膜透過機能を有するポリペプチドは、前記「ODD由来のポリペプチド」や、後述の「リガンド結合タンパク質」などの本発明のプローブの構成要素と一緒に、遺伝学的手法を用いて製造することもできる。
【0034】
本発明のプローブとしては、「標的認識ユニット」においてODD由来のポリペプチドと細胞膜透過機能を有するポリペプチドを含んでなるプローブであることが好ましく、このようなプローブは細胞膜透過機能を有すると共に酸素濃度に依存した安定性を有する。具体的に本発明のプローブは、低酸素条件下にあるとき有酸素条件下に比べて安定に保持され、有酸素条件下の細胞内において速やかに分解されるプローブである。
また本発明のプローブは、細胞膜透過機能を有することに加えて血液脳関門(BBB)をも透過する機能を有する。従って本発明のプローブを適用することで、これまで困難であった脳虚血部位などの血液を介した送達が困難な部位でさえも、生体光イメージングすることが可能となる。
【0035】
(ii)リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体
本明細書中「リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体(以下、単に「リガンド複合体」または「蛍光標識したリガンド複合体」と記載する場合がある)とは、「リガンド結合タンパク質部分」と「リガンド部分」との複合体であって、リガンド部分が蛍光標識されているものをいう。この複合体は、本発明のプローブにおいて上述した「標的認識ユニット」を可視化するために重要な部位である。
特に本発明のプローブは、標的認識ユニットを直接的に蛍光標識するのではなく、標的認識ユニットが、リガンド複合体を用いて間接的に蛍光標識されていることを特徴とする。本発明のプローブを適用することによって、肝臓、腎臓などにおける蛍光色素の滞留が極めて短い、高品質な生体光イメージングが可能となる。
【0036】
「リガンド結合タンパク質」としては、特定の「リガンド」と特異的に相互作用することでリガンド複合体を形成し得るタンパク質であれば、特に限定されない。また逆に「リガンド」としては、特定の「リガンド結合タンパク質」と特異的に相互作用することでリガンド結合体を形成し得る物質であって蛍光標識可能なものであれば、特に限定されない。
なおリガンドはタンパク質であってもよいし、ポリペプチドや遺伝子であってもよく、また低分子化合物であってもよい。
【0037】
本発明のプローブにおけるリガンド複合体としては、好ましくはHaloTag(登録商標、プロメガ社製)タンパク質とHaloTag(登録商標)リガンドの複合体が挙げられる。
HaloTag(登録商標)タンパク質は、標的認識ユニットとの複合体として遺伝学的手法を用いて調製されうる。具体的には、HaloTag(登録商標)キットに添付の説明書に記載の方法で調製することができる。
【0038】
リガンド複合体において標識される蛍光色素は、特に限定されることなく自体公知の蛍光色素が適用可能である。特に生体光イメージングに最適な蛍光色素を選択する観点から、簡便性に優れ、かつ組織透過性が高いとされている波長領域約650〜約900nmの近赤外蛍光イメージングにおいて適用可能な蛍光色素が好ましく用いられる。このような蛍光色素は、当業者であれば適宜選択することが可能である。
蛍光色素の具体例として好ましくは、Alexa Fluor(登録商標)660、Alexa Fluor(登録商標)750などが挙げられる。また、既に臨床に用いられている蛍光色素インドシアニングリーン(ICG)を用いることも可能である。ICGは既に臨床的に用いられているので、速やかに臨床適用することが可能である。これらの蛍光色素を適切に選択することで、組織への滞留時間が短く、バックグラウンドの低いプローブを製造することが可能である。
【0039】
蛍光色素のリガンドへの標識は、当業者であれば自体公知の方法を適用して行うことが可能である。HaloTag(登録商標)リガンドへ蛍光色素を標識する場合は、例えばHaloTag(登録商標)キットに添付の説明書に記載の方法で標識することができる。
【0040】
なお本発明のプローブは、リガンド部分が蛍光標識されていることを特徴とし、生体光イメージング用途に用いられるものであるが、蛍光色素以外の他の標識物質で標識することによって、生体光イメージング以外の他のイメージング方法に適したプローブとしても転用可能である。
例えばリガンド部分を各種放射性同位体(18O、15O、13Nなど)で標識することで、本発明のプローブはPET診断用のプローブとしても利用することができる。同様にSPECT、MRI、近赤外光などを使用した診断用プローブとしても適用することが可能である。それぞれの手法に適した標識方法は、当業者であれば適宜決定することができる。
すなわち本発明により、生体光イメージング用途に限らず、生体イメージング用途全般に適用可能なプローブを提供することができる。本発明のプローブはリガンド複合体を用いて標的認識ユニットを間接的に標識しているため、組織滞留の少ない高品質なイメージングプローブを得ることができる。
【0041】
さらに本発明のプローブは、標的認識ユニットとリガンド複合体とを含むことを特徴とするが、リガンド複合体を他の物質に置換することで、標的認識ユニットが目的とする標的へ当該物質を輸送するデリバリータンパク質としても転用可能である。
例えば、細胞膜透過機能を有するポリペプチドとODD由来のポリペプチドとからなる低酸素領域への標的認識ユニットに、細胞死を誘導するCaspaseの阻害機能を有するペプチドを付加した融合タンパク質は、一過性の脳虚血再潅流モデルマウスにおける虚血脳にデリバリーされ、かつ虚血領域を縮小させることができる。また当該標的認識ユニットにCaspase−3の前駆体Procaspase−3を付加した融合タンパク質は、低酸素細胞特異性を有する抗癌剤として適用することができる。
【0042】
2.生体光イメージング方法
本発明は、本発明のプローブを用いることを特徴とする、低酸素領域を生体光イメージングする方法を提供する。
【0043】
本明細書中、「低酸素領域」とは、対象の生体内において低酸素条件にある細胞が集まった領域のことをいい、より具体的には、HIF−1αタンパク質が発現すると共に、HIF−1αタンパク質が安定に存在できるような細胞が集まった領域のことをいう。HIF−1αタンパク質が発現している細胞は異常な低酸素状態になっており、これが細胞の悪性度の指標(例えば、血管新生の亢進、解糖系酵素の発現、転位・浸潤関連分子誘導など)となり得る。
低酸素領域が生じる原因としては、当該領域における細胞増殖と血管新生の不均衡、血管の梗塞や壊死などによる血液循環の低下などが挙げられる。低酸素領域が生じることで、難治性のがんや虚血性疾患等の傷害に繋がることが予想される。
【0044】
本発明の生体光イメージング方法によれば、ODDの活性を利用して低酸素領域を非侵襲的に生体光イメージングすることができるので、難治性がんに繋がりうる低酸素癌細胞を発見したり、虚血部位を発見することが可能である。即ち本発明は、対象が虚血性疾患または難治性がんに羅患しているか否かを判別する方法であって、疾患部位を生体光イメージングすることを特徴とする方法を提供することができる。
本明細書中、「虚血性疾患」としては、虚血に基づいて生じる疾患のことをいい、具体的には、虚血性脳血管障害(例、脳塞栓症、脳血栓症、脳梗塞)、虚血性心疾患(例、狭心症、心筋梗塞)および閉塞性末梢動脈硬化症といった疾患のことをいう。また上記虚血性疾患には、血管が詰まった状態のみならず、糖尿病の合併症による末梢循環障害、糖尿病性腎症、動脈硬化に関連する疾患、血管の結紮あるいは組織の圧迫などによる人工的な虚血、血管内皮細胞の肥厚などによる血流の低下など、全身的あるいは局所的に虚血状態に陥る全ての病態が含まれる。
【0045】
また本発明は、本発明のプローブを用いて、HIF−1αタンパク質の発現上昇が関与する疾患に羅患しているか否かを判別する方法であって、疾患部位を生体光イメージングすることを特徴とする方法を提供する。
ここで、「HIF−1αタンパク質の発現上昇が関与する疾患」としては、例えば、癌以外に、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞などの虚血性疾患、糖尿病の合併症の末梢循環障害或いは糖尿病性腎症、動脈硬化に関連する疾患、血管の結紮或いは組織の圧迫などによる人工的な虚血或いは血流の低下などの虚血に関与する病態、(胃潰瘍、十二指腸潰瘍、呼吸器系の慢性炎症モデル(例えば、タバコ或いはディーゼル、ガソリンの排気ガスの強制吸入により引き起こすことができる)、或いは各種臓器、組織に対し起炎物質を投与することによる炎症性の病態、外傷)などの広範な病態が挙げられる。
【0046】
さらに本発明は、低酸素領域が発生する疾患(例えば、難治性がん)に羅患しているか否かを判別する方法であって、疾患部位を生体光イメージングすることを特徴とする方法も提供することができる。
【0047】
また本発明は、上記疾患の物理的治療法(例えば、手術、放射線療法、温熱療法)の評価系としても有用であるし、下記のスクリーニング方法に適用する実験系としても有用である。
【0048】
本発明の生体光イメージング方法は、具体的には、例えば以下の工程を経て行うことができる。
【0049】
(1)プローブを調製する工程
本工程は、生体光イメージングに適用するプローブを調製する工程である。本発明におけるプローブは、上記の製造方法と同様の方法を適用することで調製することができる。
当該プローブに標識する蛍光色素としては、後の工程で用いる光イメージング装置に適した蛍光色素を選択することができ、そのような蛍光色素としては上記で挙げた蛍光色素が挙げられる。
【0050】
(2)対象へプローブを投与する工程
本工程は、被検対象へプローブを投与する工程である。被検対象としては低酸素状態に陥っている領域、例えば腫瘍や低酸素領域の存在が推認される対象や、虚血性疾患に羅患していることが推認される対象が挙げられる。対象となる具体的な動物種は特に限定されることなく、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類および魚類などの脊椎動物が挙げられるが、好ましくは哺乳類であり、より好ましくはヒトもしくは実験動物(マウス、ラット、ハムスター、ウサギなど)である。
対象へプローブを投与する方法についても特に限定されることはなく、経口投与、非経口投与のいずれであってもよい。
【0051】
(3)プローブの体内動態を観察する工程
本工程は、生体内に投与されたプローブの投与後の動態を観察して、低酸素領域を生体光イメージングする工程である。蛍光を励起する光源と特定の波長の光を通すフィルターと微弱な光でも感度良く感知することができる冷却超高感度CCDカメラを装備した暗室装置の中に、麻酔で動かないように配置された観察対象を置き、蛍光を観察する。
【0052】
3.虚血性疾患または難治性がんの診断用キット
本発明は、標的認識ユニットにODD由来のポリペプチドを含むことを特徴とする本発明のプローブを含んでなる、虚血性疾患または難治性がんの診断用キットを提供する。本発明における虚血性疾患としては、上記したものと同様の疾患が挙げられる。
【0053】
また本発明のキットには、プローブを作製する工程、プローブを対象に投与する工程、プローブの体内動態を観察する工程において必要な試薬等であって、本発明を実施する上で必要なものを含んでいてもよい。そのような試薬としては、例えばISOGENなどのRNA精製試薬、逆転写酵素、RNaseフリー水などの逆転写反応試薬、遺伝子増幅用プライマー、エタノール、フェノールおよびトリクロロメタンなどの遺伝子精製試薬、DNAポリメラーゼ、dNTP、塩化マグネシウム水溶液、トリス緩衝液などの遺伝子増幅反応用試薬、タンパク質分解酵素、蛍光色素、遺伝子発現ベクターなどが挙げられる。さらに本キット中に1またはそれ以上の異なるキットを同梱してもよく、該キットは既存のキットであっても、将来販売されるキットであってもよい。例えば、従来公知のMRI検査用キットや、PET診断用キットなどと組み合わせることで更に精密に対象が虚血性疾患または難治性がんに羅患しているか否かを判別することができる。
【0054】
なお本発明において採用され得る各種の操作、例えば、RNAの抽出、DNAまたはDNA断片の合成、切断、削除、付加または結合を目的とする酵素処理、RNAまたはDNAの単離、精製、複製、選択、増幅などで、特に本明細書に記載されていない操作はいずれも常法に従うことができる(分子遺伝学実験法、共立出版(株)1983年発行;PCRテクノロジー、宝酒造(株)1990年発行など参照)。またこれらのDNAなどは必要に応じて適宜常法に従い修飾して用いることもできる。
【0055】
なお、本明細書において、アミノ酸、ペプチド、塩基配列、核酸、制限酵素、その他に関する略号による表示は、IUPACおよびIUPAC−IUBによる命名法またはその規定、および「塩基配列またはアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(平成9年3月、特許庁調整課審査基準室)に従うものとする。
【0056】
4.虚血性疾患または難治性がんに影響を及ぼす物質をスクリーニングする方法
本発明は、標的認識ユニットにODD由来のポリペプチドを含むことを特徴とする本発明のプローブを用いることを特徴とする、虚血性疾患または難治性がんに影響を及ぼす物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明における虚血性疾患としては、上記したものと同様の疾患が挙げられる。
【0057】
標的認識ユニットにODD由来のポリペプチドを含むことを特徴とする本発明のプローブは、低酸素条件下で安定に存在することができる。従って当該プローブと候補物質を同時に対象に投与して低酸素条件下にある組織や細胞を観察することにより、候補物質の、虚血性疾患または難治性がんに対する有効性を判定することができる。これを利用して、虚血性疾患または難治性がんに影響を及ぼす物質をスクリーニングすることが可能である。
【0058】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0059】
実施例1:プローブの作製
PTD−ODDにリガンド結合タンパク質を連結した融合タンパク質は、次の方法で調製した。
(1)PTD−ODD−HaloTag融合タンパク質の調製
まず、PTD−ODD−HaloTag融合タンパク質を、GSTアフィニティータグを利用して調製した。PTD−ODD−HaloTag融合タンパク質をコードする遺伝子は、最初に各ドメインのポリペプチドをコードするcDNAをcDNA末端が互いに結合しうるように制限酵素サイトを有した状態に構築した。
【0060】
PTD(配列番号:3)のcDNAは、下の2つの遺伝子配列:PTDセンスオリゴマー(AATTCGTGCAAGAAGAAGAAGAAGAAGAAGAAGAAGGAAACGTGGTGGGAAACGTGGTGGACGGAATGGA:配列番号4)とPTDアンチセンスオリゴマー(GATCTCCATTCCGTCCACCACGTTTCCCACCACGTTTCCTTCTTCTTCTTCTTCTTCTTCTTCTTGCACG:配列番号5)をそれぞれ合成し、これらを相補的に融合(アニール)させて作成した。当該cDNAは、EcoRI制限酵素サイト、BglII制限酵素サイトをそれぞれ5’側、3’側に持つ。
【0061】
ODD(配列番号:2)のcDNAはヒトHIF−1αをコードした遺伝子からODDを増幅するプライマー[(1)BglIIセンスプライマー:GGAGATCTAACCCATTTCTACTCAGGACACA:配列番号6および(2)SalIアンチセンスプライマー:GCTTGTCGACCTGCTGGAATACTGTAAC:配列番号7]を用いてPCRを行い作成した。当該cDNAは、BglII制限酵素サイト、SalI制限酵素切断サイトをそれぞれ5’側、3’側に持つ。
【0062】
HaloTagタンパク質のcDNAは、HaloTag protein 7遺伝子を保持しているpFC14K CMV Flexi vector (Promega社製品)を鋳型に、HaloTagセンスプライマー:GCAAGTCGACGGATCTGAAATCGGTACTGGCTTTCCA(配列番号8)とHalo−Tagアンチセンスプライマー:AAGCGGCCGCTTAACCGGAAATCTCCAGAG(配列番号9)を用いてPCRを行い作成した。当該cDNAは、SalI、NotI制限酵素切断サイトをそれぞれ5’側、3’側に持つ。
【0063】
これら遺伝子断片を、遺伝子結合酵素(リガーゼ)により一つのcDNAとし、これをpGEX6P3ベクター(GE Healthcare社製品)のEcoRIとNotIサイトに挿入することで、プラスミドpGEX/PTD−ODD−HaloTagを調製した。
このプラスミドを、大腸菌株BL21(DE3)codonplus(Strategene社製品)に形質転換した。次に寒天培地にて形質転換株を培養してコロニーを形成させ、500mLのTB培地に植菌、37℃で振とう培養した。8時間培養した後、20℃に変更し、終濃度で0.5mMとなるようIPTGを添加し、融合タンパク質の発現を誘導した。合計で18時間培養した後、遠心集菌した。菌体は、50mM Tris−HCl(pH8.0)、0.1M NaCl、1mM EDTA、1mM PMSF、1%(v/v)TritonX−100からなる組成の溶液(以下Lysis bufferと呼ぶ)20mLに懸濁し、−80℃で凍結融解を行った。その後超音波処理して菌体を破砕、再度遠心し、可溶性画分を回収した。これに、Lysis bufferで平衡化しておいたGlutatione sepharose(GE Healthcare社製品)を2mL添加し、氷上で1時間緩やかに振とうし、ゲルに吸着させた。振とう後、Glutatione sepharoseを15mLのLysis bufferで洗浄し、さらにLysis bufferよりTritonX−100を除いた溶液15mLで洗浄した。その後、カラムに溶出液(Lysis bufferに還元型グルタチオンを30mMとなるよう加え、pH8.0としたもの)を2mLずつ加え、GST融合タンパクとしてPTD−ODD−HaloTag融合タンパク質を溶出した。この溶液に10μLのPrecision Proteaseを添加、混和した。さらに溶液を10kDaの透析膜に移し、PBS(pH8.0)で透析した(終夜、4℃、1L×3、緩やかに撹拌)。透析終了後、Precision Protease消化で遊離したGSTを、PBS(pH8.0)で平衡化したGlutatione sepharose(GE Healthcare社製品)に再度通すことで除去した。通過液は限外ろ過により2mLまで濃縮し、タンパク質濃度を定量した。また、SDS−PAGEにより純度を評価した。
【0064】
(2)蛍光色素標識リガンドの調製
次に、リガンドに蛍光色素を化学的に標識させた。標識は、以下の方法を用いて行った。
HaloTag(登録商標)リガンド1mgを100μLのDMFに溶解した。さらにAlexa Fluor 660(1mg)を1mLの(DMF:0.1Mホウ酸バッファー(pH 8.5)=9:1)に溶解した。両者を混合、遮光下室温で終夜反応させた。その際ローテーターで穏やかに混和した。反応後50μLの1M Tris−HCl pH8.0を加え、更に1時間反応させ、未反応の蛍光色素をブロッキングした。反応液を等分し、各々をSep−Pak C18カラムに供じ、標識化リガンドを分離した。
【0065】
Sep−Pak C18カラム(Waters社製品)には水−アセトニトリル−トリフルオロ酢酸溶液を用いた。あらかじめアセトニトリル0%溶液で平行化しておいたSep−Pak C18カラムに、やはりアセトニトリル0%溶液で5mLにメスアップした標識反応後リガンド溶液(前述)の半量をアプライし、10mLのアセトニトリル0%溶液でカラムを洗浄した。引き続き10mLのアセトニトリル10%溶液、10mLのアセトニトリル20%溶液で洗浄した。この過程で夾雑成分は除かれた。その後アセトニトリル40%溶液で、標識化HaloTagリガンドを溶出した。得られた溶出液は減圧乾燥にて溶媒を除き、乾固した状態で−80℃で保管した。
【0066】
(3)プローブの作製
次いで、PTD−ODD−HaloTag融合タンパク質の溶液中に蛍光色素を化学的に標識したHaloTagリガンドを加え、結合させてプローブを調製した。反応は以下の方法で行った。
PBS(pH8.0)で平衡化したPTD−ODD−HaloTag融合タンパク質溶液1mg分を分注し、ここに500μLの1M Tris−HCl(pH8.0)および1mLの50%(w/v)硫酸アンモニウム水溶液を加え、蒸留水で5mLにメスアップした。これに25μLの蛍光標識化リガンド溶液を混合し、遮光下、室温で1時間以上反応させた。反応後、溶液を限外ろ過で1mLに濃縮し、脱塩カラムで未反応の蛍光標識化リガンドを除くとともに、PBS(pH8.0)に溶媒交換した。この後、A280およびA668の吸収を測定し、Alexa Fluor 660の付属説明書どおりにタンパク質濃度、蛍光色素濃度、標識効率を算出した。場合によっては再度限外ろ過を行い、任意の濃度に調製した。調製されたサンプルは1mMとなるようEDTAを加え、氷上で遮光保管した。
【0067】
実施例2:PTDのアミノ酸配列の改変による組織浸透性の向上
システインおよび他のアミノ酸(セリン、メチオニン、グリシン、フェニルアラニン)を、遺伝子工学的にPTDのN末端に配置してEGFPとの融合タンパク質を調製した。
各々は実施例1記載のPTD−ODD−HaloTag融合タンパク質と同様の方法にて、ベクターとしてpGEX6P3ベクター(GE Healthcare社製品)を用い、EGFPとの融合タンパク質として調製した。mol濃度あたりのEGFPの蛍光強度は、サンプル間で差異は認められなかった。
【0068】
次いで、各PTD−EGFPを培養細胞に取り込ませ、EGFPの蛍光強度をフローサイトメトリーを用いて測定することで、細胞への取り込み量を調べた。HeLa細胞をDMEM培地で24穴プレートで70%コンフルエントまで培養し、培地を交換した後、各PTD−EGFPを1.25nmol加えた。30分間インキュベートした後、細胞をPBS−EDTAで3回洗浄し、トリプシン処理を行い細胞を回収した。細胞内に取り込まれずに細胞表層に留まっているPTD−EGFPは、この処理により除かれた。この細胞を300μLのPBSに浮遊させた後、フローサイトメトリー(CELLQuest、Becton−Dickinson社製品)に供し、EGFPの蛍光を測定するとともに蛍光強度毎の細胞数の分布を観測することで、各種アミノ酸付加PTDの取込み能力を評価した。その結果、システインを配置したPTD−EGFPは、他のアミノ酸を取り込ませた場合に比べて、著しく細胞取り込み量が増大していることが分かった(図2)。
システインを配置することで、細胞への吸着性が増し、より多くのPTD−ODD融合タンパク質が取り込まれるようになったと考えられる。
【0069】
実施例3:組織滞留性の低い蛍光色素の選定
PTD−ODD融合タンパク質によるイメージングをより高感度に行うために、最適な色素を選出することを試みた。蛍光色素の組織滞留性が高い(滞留時間が長い)と、バックグラウンドの増大につながり、腫瘍イメージの得られる時間が遅延するとともに、シグナルノイズ比が悪いイメージとなる(図3)。そこで市販の種々の蛍光色素を検討した。
まず、各々の蛍光色素自体の組織滞留性を観察した。ヌードマウスの左大腿部皮下に人為的に腫瘍を作り、実験モデルとした。尾静脈より蛍光色素を投与し、全身的な蛍光シグナルの推移を経時的に観察したところ、蛍光色素によっては、それ自身のみで腫瘍に長時間(〜数日)滞留してしまうものもあれば、全身的に強いシグナルが長時間(〜1日)持続するものもあった。この中で、Alexa Fluor 660およびAlexa Fluor 750は、腫瘍集積性が無く、迅速な排出が観察されたので、生体光イメージングに適した蛍光色素であると判断した。
【0070】
実施例4:タンパク質リガンド結合の適用による排出時間の短縮化
PTD−ODD−HaloTag融合タンパク質に、リガンド結合を利用してAlexa Fluor 660を標識することでプローブを調製した。左大腿部皮下に人為的に腫瘍を作らせたヌードマウスを実験モデルとし、当該プローブを尾静脈より投与し、全身的な蛍光シグナルの推移を経時的に観察した。同時に、化学標識(チオール基に導入)によりAlexa Fluor 660を標識した本発明のプローブも試験した。
それぞれ1nmolを投与したところ、タンパク質リガンド結合により蛍光標識した本発明のプローブを適用した場合は、腎臓組織や肝臓組織(図4中、丸で囲んだ部分)から投与後3時間後には蛍光色素が迅速にクリアランスされ、かつ腫瘍組織(図4中、矢印および鏃の部分)へ速やかにシグナルが集積していた(図4、上段)。一方で化学的に標識した場合は、高いシグナルが全身的に観察されたのみならず、肝臓における蛍光シグナルが、投与後12時間においても高いままであり、滞留の軽減は認められなかった(図4、下段)。これは、リガンドを連結することで、色素の遊離が行われやすくなり、臓器からの排出が促進されるようになったためであると考えられる。本発明のプローブを用いることによって、従来困難であった体幹部の生体光イメージングが可能になる。
【0071】
実施例5:インドシアニングリーン(ICG)を用いた場合のイメージング
ICGは眼底検査薬として臨床に用いられ既に40年以上が経過しており、安全性が認知されている蛍光色素である。そこで、PTD−ODD−HaloTag融合タンパク質に、リガンド結合を利用してICGを標識することでプローブを調製した。左大腿部皮下に人為的に腫瘍を作らせたヌードマウスを実験モデルとし、当該プローブを尾静脈より投与し、全身的な蛍光シグナルの推移を経時的に観察した。
1nmolを投与したところ、実施例4と比較して腎臓組織や肝臓組織(図5中、丸で囲んだ部分)での蛍光シグナルが比較的高かったものの、腫瘍組織(図5中、矢印)への速やかなシグナルの集積が確認された(図5中、鏃の部分)。
【0072】
実施例6:脳虚血部位のイメージング
実験モデルマウス(有毛)は、シリコンコートされたフィラメントを右中大脳動脈へ挿入することにより右半球のみ人為的に梗塞を起こさせた。中大脳動脈閉塞を30分間行った後、フィラメントを抜去し再灌流させた。再灌流後、直後3時間に尾静脈よりプローブを投与し、経時的にIVIS(r) Imaging System(Xenogen社)を用いて観察した。プローブ投与後3〜4日目の観察において、虚血部に一致する右半球にシグナル集積を確認した(図6)。この結果本発明のプローブは、腫瘍低酸素細胞のみならず、虚血組織をも描出することが可能であることが分かった。
【0073】
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法で実施され得ることを意図する。したがって、本発明は添付の「特許請求の範囲」の精神および範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の生体光イメージングプローブは、タンパク質リガンド結合を蛍光標識に適用したために腎臓や肝臓での蛍光色素の排出が著しく促進されているので、これまで困難であった体幹部を生体イメージングすることが可能である。
また本発明の生体光イメージングプローブは、細胞膜透過性に優れるだけでなくBBBをも透過することができる。またシグナルノイズ比が高いので高感度に検出が可能である。従って、本発明のプローブを用いることで、これまで困難であった虚血組織や脳組織などを生体イメージングすることが可能である。
さらに本発明のイメージングプローブは、タンパク質リガンド結合を蛍光標識に適用したため、任意の機能性分子をリガンドと結合させることで、同一のタンパク質プローブに、様々な機能分子を連結させることが可能である。例えば、蛍光色素の代わりにPETやMR造影剤を連結することで、異なる検出機器用のイメージングプローブに転用することも可能である。さらに、低酸素領域への薬物などの運搬体としての適用も容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明のプローブを模式的に示した図である。
【図2】PTDのN末端に異なるアミノ酸残基を付加した場合の、PTDの細胞への取り込みを比較した図である。
【図3】種々の蛍光色素で標識したプローブの、生体腫瘍イメージングの比較を示す図である。矢印および矢じりは腫瘍組織を示す。
【図4】蛍光色素の標識方法が異なるプローブの、排出時間の相違を示す図である。矢印および矢じりは腫瘍組織を示す。
【図5】ICGで標識したプローブの、生体腫瘍イメージングの比較を示す図である。矢印および矢じりは腫瘍組織を示す。
【図6】マウスの脳虚血部を生体光イメージングした図である。
【配列表フリーテキスト】
【0076】
〔配列番号1〕人工配列の記載:合成DNAによりコードされるポリペプチド
〔配列番号2〕人工配列の記載:合成DNAによりコードされるポリペプチド
〔配列番号3〕人工配列の記載:合成DNAによりコードされるポリペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)標的認識ユニットと、(ii)リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体とを含んでなる、生体光イメージング用プローブ。
【請求項2】
標的認識ユニットが、配列番号1のアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチドを含むことを特徴とする、請求項1記載のプローブ。
【請求項3】
標的認識ユニットが、細胞膜透過機能を有するポリペプチドと、配列番号1のアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列で表されるポリペプチドとを含むことを特徴とする、請求項1記載のプローブ。
【請求項4】
細胞膜透過機能を有するポリペプチドにさらにシステインが付加していることを特徴とする、請求項3記載のプローブ。
【請求項5】
リガンド結合タンパク質と蛍光標識したリガンドとの複合体が、HaloTag(登録商標)タンパク質と蛍光標識したHaloTag(登録商標)リガンドとの複合体であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載のプローブ。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか一項に記載のプローブを用いることを特徴とする、低酸素領域を生体光イメージングする方法。
【請求項7】
請求項2〜5のいずれか一項に記載のプローブを用いて対象が虚血性疾患または難治性がんに羅患しているか否かを判別する方法であって、虚血部位を生体光イメージングすることを特徴とする、方法。
【請求項8】
虚血性疾患が、虚血性脳血管傷害、虚血性心疾患および閉塞性末梢動脈硬化症である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項2〜5のいずれか一項に記載のプローブを含んでなる、虚血性疾患または難治性がんの診断用キット。
【請求項10】
請求項2〜5のいずれか一項に記載のプローブを用いることを特徴とする、虚血性疾患または難治性がんに影響を及ぼす物質をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−85108(P2010−85108A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−251351(P2008−251351)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(508142701)有限会社ナノファクトリー (1)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】