説明

生体接着剤組成物及びその使用方法

【課題】紫外線もしくは可視光線の照射によって光硬化することにより速やかな生体接着性と充分な被膜強度を発揮すると共に、光重合反応時に生じる発熱を極力抑えて、生体組織へのダメージを少なくできる生体接着剤組成物、及びその使用方法を提供すること。
【解決手段】式(I):


(式中、l、m、nはそれぞれ独立して、0<l<1、0<m<1、0<n<1であって、l+m+n=1であり、Acはアセチル基を、R1は光重合性官能基を示す)
で表される3成分ユニットを含むキチン・キトサン誘導体と、反応性二重結合を2個もしくは3個含有し、反応性二重結合1個当たりの分子量が300〜1500である多官能光重合性単量体と、光重合開始剤とを含有してなる生体接着剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体に使用される生体接着剤組成物、及びその使用方法に関し、詳しくは特定のキチン・キトサン誘導体に多官能光重合性単量体及び光重合開始剤を配合した生体接着剤組成物、ならびに上記接着剤を創傷部もしくは切開部に塗布適用した後、紫外線もしくは可視光線を照射して光硬化させ、創傷部もしくは切開部を接着及び/又は被覆する使用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然資源としてのキチンは、エビやカニをはじめ、昆虫や貝、キノコなどにも含まれている生物資源であり、従来からその工業的な有効利用方法が検討されているが、基本骨格としてN−アセチル−D−グルコサミン骨格を有しているために、汎用溶剤には溶解しにくいという難点を有するものである。また、キチンをアルカリ処理することによって脱アセチル化して得られるキトサンは、グルコサミン骨格内にアミノ基ができるので、酸性溶剤に対して溶解性を呈するようになり、キチンよりも取扱性の点で優位になるため、各種用途への利用も期待されるものである。
【0003】
一方、キチンは一般的に生体毒性が低いので生体適合性を有する材料として有用であり、その安全性の点から医薬品や化粧品、食品などの分野への利用も種々検討が行なわれている。これらの検討の中で、創傷・外科手術部位の処置に用いる天然物由来の接着剤の原材料としてキチン系材料やキトサン系材料の利用が注目されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−154477号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来から創傷・外科手術部位の処置に使用されている合成接着剤としてのシアノアクリレート系の接着剤では、生体適合性や可撓性に乏しく、使用箇所によっては血管閉塞などの血管病変が認められたり、炎症反応が激しいなどの副作用が生じたりする場合もあり、使用箇所や使用方法に制限がある。また、天然物由来の接着剤としてのゼラチン−ホルムアルデヒド系の接着剤の場合は生体適合性には優れるが、接着完了までの時間が長いと共に、架橋反応にホルムアルデヒドを使用しているので安全性の点でも充分とは云えない。さらに、フィブリングリュー系接着剤も接着完了までの時間が長いと共に、血清由来の原料であるために感染症や拒絶反応の恐れも拭えないものである。
【0005】
このような従来からの各種生体接着剤の問題点を解消できるものとして、前記したキチン・キトサン系の生体接着剤が注目されるようになっているが、適用部位に塗布した後の硬化時間において未だ充分ではなく、また硬化後の被膜強度の点においても充分なものではない。
【0006】
本発明の課題は、紫外線もしくは可視光線の照射によって光硬化することにより速やかな生体接着性と充分な被膜強度を発揮すると共に、光重合反応時に生じる発熱を極力抑えて、生体組織へのダメージを少なくできる生体接着剤組成物、及びその使用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、キチンユニットと、キトサンユニットと、光重合性官能基を有するキトサン誘導体ユニットとを含むキチン・キトサン誘導体と特定の光重合性単量体とを含有する組成物を用いることによって、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、
〔1〕 式(I):
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、l、m、nはそれぞれ独立して、0<l<1、0<m<1、0<n<1であって、l+m+n=1であり、Acはアセチル基を、R1は光重合性官能基を示す)
で表される3成分ユニットを含むキチン・キトサン誘導体と、反応性二重結合を2個もしくは3個含有し、反応性二重結合1個当たりの分子量が300〜1500である多官能光重合性単量体と、光重合開始剤とを含有してなる生体接着剤組成物、
〔2〕 式(I)において、l、m、nがそれぞれ独立して、0<l<0.8、0<m<0.8、0.2<n<0.8である、前記〔1〕記載の生体接着剤組成物、
〔3〕 R1が、(メタ)アクリロイル基を有する一価の有機基である、前記〔1〕又は〔2〕記載の生体接着剤組成物、
〔4〕 R1が、式(II):
【0011】
【化2】

【0012】
(式中、R2は水素原子、又は炭素数1〜3のアルキル基を示す)
で表される、前記〔1〕〜〔3〕いずれか記載の生体接着剤組成物、
〔5〕 キチン・キトサン誘導体の重量平均分子量が、20,000〜200,000である、前記〔1〕〜〔4〕いずれか記載の生体接着剤組成物、
〔6〕 多官能光重合性単量体が、ジ(メタ)アクリレート系単量体もしくはトリ(メタ)アクリレート系単量体である、前記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の生体接着剤組成物、
〔7〕 多官能性光重合性単量体が、HLB13以上である、前記〔1〕〜〔6〕いずれか記載の生体接着剤組成物、
〔8〕 多官能性光重合性単量体が、ポリアルキレングリコールジ(メタ)アクリレート、アルコキシ化グリセリントリ(メタ)アクリレート、アルコキシ化ビスフェノールAジ(メタ)アクリレートからなる群より選ばれる少なくとも一種である、前記〔1〕〜〔7〕いずれか記載の生体接着剤組成物、
〔9〕 硬化させる前の組成物の含水率が1〜40重量%である、前記〔1〕〜〔8〕いずれか記載の生体接着剤組成物、
〔10〕 光照射した後の硬化被膜中の含水率が0〜30重量%である、前記〔1〕〜〔9〕いずれか記載の生体接着剤組成物、ならびに
〔11〕 前記〔1〕〜〔10〕いずれか記載の生体接着剤組成物を創傷部もしくは切開部に塗布適用した後、紫外線もしくは可視光線を照射して光硬化させ、創傷部もしくは切開部を接着及び/又は被覆することを特徴とする生体接着剤組成物の使用方法
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の生体接着剤組成物は、生体面に対する優れた接着性や被膜強度、生体適合性、良好な取扱い性を発揮するという優れた効果を奏する。また、本発明の生体接着剤組成物は、その構成成分として特定の多官能光重合性単量体を採用しているので、光重合反応時に発熱温度が高くならず、適用する生体組織に対して熱ダメージを与えることがないという優れた効果を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の生体接着剤組成物は、特定の構造を有するキチン・キトサン誘導体と、特定の多官能光重合性単量体と、光重合開始剤とを含有するものであり、光照射によって前記単量体がキチン・キトサン誘導体を分子内に取り込んだ状態で光重合して被膜を形成するものである。なお、本発明で光照射する際の光とは、主として可視光線、紫外線などの光線を包含するものであるが、生体に対する安全性の点からは可視光線を用いることが好ましい。
【0015】
本発明におけるキチン・キトサン誘導体は、下記式(I):
【0016】
【化3】

【0017】
(式中、l、m、nはそれぞれ独立して、0<l<1、0<m<1、0<n<1であって、l+m+n=1であり、Acはアセチル基を、R1は光重合性官能基を示す)
で表されるキチン・キトサン誘導体であって、所謂キトサン(繰り返し単位:l)と、キチンユニット(繰り返し単位:m)と、光重合性官能基置換キトサンユニット(繰り返し単位:n)の3成分ユニットを含むブロックもしくはランダム重合体であり、好ましくは、これらの3成分ユニットからなる重合体である。
【0018】
上記式(I)における光重合性官能基(R1)としては、可視光線や紫外線などの照射によって光重合反応を起こす官能基であれば特に制限されない。具体的には、(メタ)アクリロイル基、ビニルエーテル基、シンナモイル基、アジド基、マレイミド基などを有する有機基が挙げられる。これらのうち、生体に対する低毒性の点から、(メタ)アクリロイル基を有する一価の有機基が好ましく、なかでも、R1が、バニリンを原料とする式(II):
【0019】
【化4】

【0020】
(式中、R2は水素原子、又は炭素数1〜3のアルキル基を示す)
で示される光重合性官能基がより好ましい。なお、本明細書において「(メタ)アクリロイル」とは、アクリロイル及びメタクリロイルの総称のことである。
【0021】
なお、上記式(II)で表される光重合性官能基以外の官能基(R1)としては、例えば、3−メトキシ−4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリロイロキシプロポキシ)ベンジル、3,4−ビス(2−ヒドロキシ−3−メタクリロイロキシプロポキシ)ベンジル、3,5−ビス(2−ヒドロキシ−3−メタクリロイロキシプロポキシ)ベンジル、3−メトキシ−4−メタクリロイロキシベンジル、3,4−ジメタクリロイロキシベンジル、3,5−ジメタクリロイロキシベンジル基などが挙げられる。
【0022】
さらに、上記式(I)にて表されるキチン・キトサン誘導体のうち、各ユニットの繰り返し単位としてのl、m、nは、本発明の組成物中の溶媒への良溶解性や低生体毒性、光重合性などの点から、0<l<0.8、0<m<0.8、0.2<n<0.8の範囲になるように調整することが好ましい。l、m、nの調整は、各ユニットの合成方法が化学量論的に起こるものであるので、当業者は容易に行うことが出来るものであり、具体的な方法としては、後述する実施例の方法が挙げられる。
【0023】
また、本発明において用いるキチン・キトサン誘導体は、本発明の組成物の溶媒への良溶解性や取扱い性良好な溶液粘度、被膜強度の点から、その重量平均分子量を好ましくは20,000〜200,000、より好ましくは40,000〜100,000の範囲のものを用いることが望ましい。
【0024】
以下に、上記キチン・キトサン誘導体の具体例についてさらに詳細に説明するが、これらに限定されるものでないことは云うまでもない。
【0025】
本発明におけるキチン・キトサン誘導体は、キトサンの糖残基におけるアミノ基に光重合官能基を有するものであり、通常、糖残基の2位に存在するアミノ基の窒素原子に光重合性官能基を結合させたものである。糖残基の2位の窒素原子に結合する光重合性官能基(R1)は、可視光線や紫外線の照射によって重合反応を起こすものであれば何れの基であってもよく限定されるものではないが、本発明の生体接着剤組成物の性質上、生体に対して低毒性もしくは無毒性であるような(メタ)アクリロイル基などの官能基であることが好ましい。また、キトサンの糖残基の2位に位置するアミノ基と反応させて光重合性官能基を結合させるために、(メタ)アクリロイル基を分子内に有するアルデヒドとしての(メタ)アクリル酸誘導体を合成原料に用いることが好ましい。
【0026】
上記(メタ)アクリル酸誘導体は、光照射によって硬化するアクリロイル基やメタクリロイル基を含有するものであれば限定されないが、光官能性が良好であるという点から、アクリロイル基やメタクリロイル基を有する芳香族アルデヒド類が好ましい。このような芳香族アルデヒド類の合成は、公知の方法(例えば、J.Polym.S.,Part A:Polym.Chem.,Vol.25,3063−3077(1987)や、特開2005−154477号公報の実施例に記載の方法など)に従って行うことができる。
【0027】
上記のようにして合成した芳香族アルデヒド類を合成原料として用いることによって、光重合性官能基が結合した本発明のキチン・キトサン誘導体が得られるのである。キチン・キトサン誘導体への光重合性官能基(R1)の付加反応の一例を以下に示す。
【0028】
本発明の組成物におけるキチン・キトサン誘導体の基本となるキトサンは、例えば公知の方法によりキチンの一部を脱アセチル化して得ることもできるが、キチン成分が含まれる市販のキトサンを用いてもよい。なお、キチン成分とキトサン成分を含むキチン・キトサン誘導体は、上記のようにキチンを出発物質として調製するだけでなく、キトサンを出発物質としてこれに無水酢酸を反応させて一部をアセチル化して調製することもできる。
【0029】
さらに、本発明における3成分ユニットを含むキチン・キトサン誘導体は、上記のようにして得られた2成分系のキチン・キトサン誘導体中のキトサン成分の一部のキトサンにおけるアミノ基に光重合性官能基を結合させることによって得られるのである。具体的には、まずキチン成分を含む2成分系のキチン・キトサン誘導体をギ酸又は酢酸などの希有機酸水溶液に溶解し、メタノールなどの親水性溶媒を添加し、次いでこれに光重合性官能基を付加するために(メタ)アクリル酸誘導体の溶液を添加する。その後6〜12時間程度攪拌した後、水素化ホウ素ナトリウムのような還元剤の溶液を添加し、さらに6〜12時間程度攪拌する。これらの反応温度は0℃〜室温程度で行なう。
【0030】
上記反応においてキトサン成分に付加させる(メタ)アクリル酸誘導体の割合は、目的とする光重合性官能基の置換度による。例えば、目的とする前記式(I)におけるnの値が0.6である場合には、キトサン成分と(メタ)アクリル酸誘導体とのモル比を1:0.6とすればよい。これらの反応は略化学量論的な反応であるので、略仕込み比で反応させることができる。
【0031】
前記式(II)においてR2が水素原子又はメチル基である光重合性官能基を有するキチン・キトサン誘導体を合成するには、アルデヒド基を有する(メタ)アクリル酸誘導体として2−ヒドロキシ−3−(4−ホルミル−2−メトキシ)フェノキシプロピルアクリレート、又は2−ヒドロキシ−3−(4−ホルミル−2−メトキシ)フェノキシプロピルメタクリレートを用いればよい。
【0032】
本発明の生体接着剤組成物におけるキチン・キトサン誘導体としては、上記のようにして合成したものを1種類もしくは2種類以上を含有させてもよいが、生体適合性や被膜強度の点から、後述する多官能光重合性単量体や光重合開始剤、溶媒などを含む本発明の生体接着剤組成物中に好ましくは0.5〜15重量%、より好ましくは2〜12重量%の範囲とすることがよい。キチン・キトサン誘導体の含有量が多くなると、生体適合性は良好となるが溶媒に対する溶解性に乏しくなったり被膜強度が低下したりする傾向を示し、含有量が少なくなると、溶媒に対する溶解性や被膜強度は向上するが生体適合性が低下する傾向を示すのである。
【0033】
本発明の生体接着剤組成物では、上記したキチン・キトサン誘導体に加えて多官能光重合性単量体を配合することが重要である。つまり、本発明の組成物には、被膜形成性や生体接着性を向上させると共に、光照射した際に反応熱を極力抑制しながら光重合させるために、反応性二重結合を2個もしくは3個含有し、反応性二重結合1個当たりの分子量が300〜1500である多官能光重合性単量体を用いるのである。本発明ではこのような多官能光重合性単量体を用いることで反応熱を45℃以下に制御できるので、生体への適
用においても生体組織への熱ダメージを防ぐことができる。反応性二重結合が2個又は3個の光重合性単量体の場合は、キチン・キトサン誘導体を分子内に取り込んだ状態でも光重合反応が充分に進行し、その結果として被膜強度も良好になる。さらに、反応性二重結合1個あたりの分子量が300以上であると、光重合反応時の発熱を充分に抑制でき、また1500以下であると光重合反応が充分に進行し、その結果、被膜強度を低下させることがないので好ましい。なお、本明細書において、「反応性二重結合」とは、反応性に富む二重結合を有する官能基のことを意味し、具体的にはカルボニル基、(メタ)アクリロイル基、ビニル基等のエチレン性不飽和二重結合を有する官能基が例示される。
【0034】
このような多官能光重合性単量体としては、光照射によって重合反応を生じる反応性二重結合、例えば、不飽和二重結合を2個もしくは3個有する多官能性の単量体であれば特に制限はないが、例えばジ(メタ)アクリレート系単量体や、トリ(メタ)アクリレート系単量体を用いることが光重合反応性の点から好ましい。具体的にはポリアルキレングリコールジ(メタ)アクリレート、アルコキシ化グリセリントリ(メタ)アクリレート、アルコキシ化ビスフェノールAジ(メタ)アクリレートからなる群より選ばれる少なくとも一種を用いることができ、これらの中でもポリエチレングリコールジメタクリレートや、エトキシ化グリセリントリアクリレートやエトキシ化ビスフェノールAジメタクリレートを用いることがより好ましい。なお、上記ジ(メタ)アクリレートやトリ(メタ)アクリレートにおいては、分子内にエチレンオキサイドなどのアルキレンオキサイドユニットの繰り返し単位を有するが、重合反応熱の制御のためには反応性二重結合1個当たりの分子量が300〜1500となるように、これらの繰り返し単位数を調整する必要がある。
【0035】
さらに、上記多官能光重合性単量体は、HLB(Hydrophile Lipophile Balance)を好ましくは13以上にすることで、酸性溶媒に溶解したキチン・キトサン誘導体溶液中への混合性が良好となるので望ましい。なお、本発明におけるHLBは、所謂有機概念図を利用したものであって、化学構造から有機概念図上で有機性値(OV)と無機性値(IV)を算出し、下記式(A)、(B)に代入して求めた値である。
無機性値(IV)/有機性値(OV)=IOB (A)
HLB=IOB×10 (B)
【0036】
なお、有機概念図は、藤田穆氏の『有機定性分析』などに一般的に知られている指標であって、一般に提供されている有機概念図計算シートを利用して有機性値や無機性値を簡単に計算することができるものである。
【0037】
本発明の生体接着剤組成物における多官能光重合性単量体は、1種類もしくは2種類以上を含有させることが出来るが、光重合後の充分な被膜強度の点から、前述したキチン・キトサン誘導体や光重合開始剤、溶媒などを含む本発明の生体接着剤組成物中に好ましくは20〜95.7重量%、より好ましくは40〜90重量%の範囲で含有させる。多官能光重合性単量体の含有量が多くなると、被膜強度の向上は見られるが光照射時の発熱が強くなりすぎて適用する生体組織に熱ダメージを与えやすくなる。一方、多官能光重合性単量体の含有量が少なすぎると、実用上充分な被膜強度が得られにくくなるのである。
【0038】
本発明の生体接着剤組成物においては、上記キチン・キトサン誘導体や多官能光重合性単量体と共に、光重合させる際に通常使用される光重合開始剤を含有させる。光重合開始剤としては光照射によってラジカル種を発生する化合物であれば特に制限されるものではない。例えばヒドロキシケトン系、アミノケトン系、ビスアシルホスフィンオキシド系などが挙げられ、具体例としてはベンゾフェノン、ベンゾインエチルエーテル、アセトフェノン、ベンゾインメチルエーテル、ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−ヒドロキシ−2−メチルフェニルプロパノン、1−[4−(2−ヒロドキシエトキシ)フェニル]2−ヒドロキシ−2−メチルプロパノン、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノンなどが挙げられる。これらの光重合開始剤のうち、生体に対する低毒性や低刺激性の観点からは、例えば市販品としてチバ・スペシャリティ・ケミカルズ社製のIrgacure2959、Irgacure1000、Irgacure819、Irgacure184、ソート社製のSB−PI718、アルベマール(Albemarle)社製のFirstcure BDKなどを用いることが好ましい。
【0039】
また、可視光線による光重合開始剤としては、例えばエオジンY、クマリン、ローズベンガル、エリスロシン、カンファーキノン、9−フルオレノン、メタロセン系化合物、チタノセン化合物、例えばビスシクロペンタジエニル−ビス(ジフルオロ−ピリル−フェニル)チタニウムなどが挙げられる。これらのうち生体に対し低毒性もしくは低刺激性であるカンファーキノン、9−フルオレノンなどの可視光重合開始剤を用いることが好ましい。
【0040】
本発明の組成物において上記光重合開始剤は、1種類もしくは2種類以上を含有させることができるが、安定した光重合を行なうためには、キチン・キトサン誘導体と多官能光重合性単量体の合計量100重量部に対して、0.01〜4重量部の範囲で含有させればよい。光重合開始剤の含有量が多くなりすぎると、本発明の生体接着剤組成物を溶液状態で保存した場合にゲルか反応が起こりやすくなるので、保存安定性に劣る傾向を示すのである。
【0041】
本発明の生体接着剤組成物においては、前記したキチン・キトサン誘導体は溶解性の点でやや難点がある。即ち、キチンは汎用溶剤に対する溶解性に乏しく、キトサンは酸性溶剤には溶解する。従って、本発明におけるキチン・キトサン誘導体はキチンユニット、キトサンユニット及び光重合性官能基置換キトサンユニットの3ユニットを含んでいるので、汎用溶剤には溶解しにくいが酸性溶剤に溶解性を呈する。また、低皮膚刺激性や低毒性、重合時の反応熱の抑制の点からは有機溶剤を使用せずに、水溶液とすることが好ましい。このような観点から、本発明においては酢酸水溶液や(メタ)アクリル酸水溶液、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸などの酸性水溶液の組成物とすることが好ましい。これらのうち2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(以下、AMPSという)を用いることが、低皮膚刺激性や低毒性の点からより好ましいものである。
【0042】
AMPS含有水溶液を本発明のキチン・キトサン誘導体を溶解させる溶剤として使用する場合、例えば3重量%水溶液のAMPS水溶液を用いてキチン・キトサン誘導体を溶解させればよい。なお、AMPS水溶液は比較的強酸性の水溶液であるので、低皮膚刺激性の点からはキチン・キトサン誘導体と混合した際に中和されて混合溶液のpHが4〜8程度、さらには6〜7程度になるように配合することが好ましく、この場合、本発明の生体接着剤組成物中に3重量%のAMPS水溶液を3.8〜45重量%の範囲で配合することが好ましい。なお、これらの配合量はキチン・キトサン誘導体を溶解させるための酸性水溶液としてAMPS水溶液を用いた場合の値であって、本発明ではキチン・キトサン誘導体を充分に溶解できるものであれば上記範囲に限定されるものではないことは云うまでもない。
【0043】
本発明の生体接着剤組成物には上記各成分以外に、例えば水や各種アルコール、DMSOなどの水性又は非水性溶媒などを含んでいてもよい。さらに、消毒薬や局所麻酔剤、創傷治療剤、上皮成長因子、その他の薬効成分などを適宜含有させてもよい。なかでも、光照射して光重合させた場合の反応熱を除去するためには、水を含有させることが好ましく、本発明の生体接着剤組成物の含水率、即ち、硬化する前の組成物の含水率を好ましくは1〜40重量%、より好ましくは3〜35重量%程度に調整する。また、光照射した後の硬化被膜の含水率は、被膜への柔軟性や生体適合性の点から、好ましくは0〜30重量%、より好ましくは2〜27重量%程度であることが望ましい。
【0044】
本発明の生体接着剤組成物は所謂、医療用のものとして使用することができ、例えば生体の外皮表面や内部の切開箇所などの所望の箇所に適用することができる。従って、本発明は、本発明の生体接着剤組成物を創傷部もしくは切開部に塗布適用した後、紫外線もしくは可視光線を照射して光硬化させ、創傷部もしくは切開部を接着及び/又は被覆する生体接着剤組成物の使用方法を提供する。なお、ここで医療用という場合には、ヒトに対する医療用途のみならず、獣医学的用途をも包含するものである。本発明の生体接着剤組成物は皮膚などの生体に用いた場合に実用に耐える生体接着力又は被覆性能能を発揮し、しかも光硬化後には適度な可撓性を有し、密封性にも優れている。また、本発明の生体接着剤組成物は止血効果にも優れているが、なかでも皮膚の接着や被覆に対して優れた効果を発揮するものである。
【0045】
本発明の生体接着剤組成物の上記した特性に鑑みると、医療用被覆材としても好適に用いることができ、好ましい用途としては創傷保護剤としての用途が挙げられる。このような創傷保護剤として用いる場合には、マーキュロクロム、ヨードチンキ、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、アルキルジアミノエチルグリシンなどの消毒薬、ペニシリン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、ネオマイシンなどの抗生物質又は抗菌剤、リドカイン、キシロカイン、マーカイン、カルボカインなどの局所麻酔剤などが含まれていてもよく、インドメタシンなどの局所性消炎鎮痛剤や上皮成長因子(EGF)などの増殖因子を含んでいてもよい。当業者であればこれらの薬剤を適宜選択し、任意の量で配合することができるのである。
【0046】
本発明の生体接着剤組成物は種々の形態に処方することができる。例えば、本発明の組成物を水や各種アルコール、DMSOなどで溶解してチューブに入れて処方してもよい。なお、本発明の生体接着剤組成物は光硬化性であるので、遮光性の密封容器に入れて処方するのが好ましい。
【0047】
本発明の生体接着剤組成物は通常の光照射装置を用いて可視光線もしくは紫外線を照射して光重合させて硬化被膜を得ることができる。例えば、通常の紫外線照射装置を用いて紫外線照射する場合には、適用面に本発明の生体接着剤組成物を適用し、出力1kWのUVランプにより10mmの距離からUV照射を行い、数秒以内のUV照射により充分な被膜強度を有する被膜を作製することができる。
【0048】
以上のように、本発明の生体接着剤組成物は、特定のキチン・キトサン誘導体に、特定の多官能光重合性単量体、光重合開始剤、及び任意成分を配合して得られるものであって、創傷部もしくは切開部に塗布適用した後、紫外線もしくは可視光線を照射して光硬化させ、創傷部もしくは切開部を接着及び/又は被覆するようにして使用するものである。
【実施例】
【0049】
以下に本発明の実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、何らこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。なお、以下において「部」及び「%」は「重量部」及び「重量%」を示す。
【0050】
<光重合性のキチン・キトサン誘導体の合成>
キトサン800mgを緩衝液(pH4.5)60mLに溶解し、メタノール40mLにて希釈し、0℃まで冷却した。この溶液にキトサンのグルコサミン残基当たり0.4モル当量の無水酢酸を加え、室温で一晩反応させて、キトサン中のアミノ基の一部をアセチル化した。
【0051】
次いで、残存するキトサン中のアミノ基に光重合性官能基導入用のアルデヒドとして、光重合性官能基導入キトサン量が0.4モル当量となるように3−メトキシ−4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリロイロキシプロポキシ)ベンズアルデヒド(別名:2−ヒドロキシ−3−(4−ホルミル−2−メトキシ)フェノキシプロピルメタクリレート)をテトラヒドロフラン20mLに溶解した溶液を室温下で上記溶液に滴下し、室温で一晩反応させ、再び0℃まで冷却し、水10mLに溶解した水素化シアノホウ素化ナトリウムをゆっくり加えた。
【0052】
反応液を室温で一晩攪拌した後、10%水酸化ナトリウム溶液で中和し、生じた沈殿物を遠心分離により回収、エタノールを加えて遠心洗浄を繰り返したのち透析によって脱塩処理を行なった。その後、凍結乾燥を行って本発明における光重合性のキチン・キトサン誘導体の精製物を得た。得られたキチン・キトサン誘導体中のキトサンユニット(GlcN、繰り返し単位:l)と、キチンユニット(GlcNAc、繰り返し単位:m)と、光重合性官能基置換キトサンユニット(GlcNPs、繰り返し単位:n)の3成分ユニットの比率は、l:m:n=0.2:0.4:0.4であり、重量平均分子量は50,000であった。上記にて得られたキチン・キトサン誘導体について元素分析を行ったところ、配合時の計算値と反応後の測定値がよく一致していた。なお、合成反応における誘導体の収率は約60〜86%であり、所望の構造の誘導体が得られているか否かは、各反応後に、上記元素分析の他、FT/IRスペクトルを用いて同定した。
【0053】
なお、上記反応は化学量論的に起こるので、添加する無水酢酸及びアルデヒドの添加量をキトサンのグルコサミン残基当たり0〜1モル当量の間で調整することによって、それぞれの官能基の置換度(DS)が異なるGlcN(繰り返し単位:l)と、GlcNAc(繰り返し単位:m)と、GlcNPs(繰り返し単位:n)の繰返単位の比率を調整することができる。
【0054】
<実施例1〜4>
上記にて得られたキチン・キトサン誘導体を用い、下記表1に記載の配合組成に従って多官能光重合性単量体を配合した本発明の生体接着剤組成物溶液を調製した。
【0055】
【表1】

【0056】
なお、表1における多官能光重合性単量体としては、下記の単量体をそれぞれ用いた。
実施例1 ポリエチレングリコールジメタクリレート〔エチレンオキサイド鎖の繰返し数(a):14、反応性二重結合1個当たりの分子量:361、HLB:20.7〕
H2C=C(CH3)COO-(C2H40)a-COC(CH3)=CH2
実施例2 エトキシ化グリセリントリアクリレート〔エチレンオキサイド鎖の繰返し数合計(b+c+d):20、反応性二重結合1個当たりの分子量:378、HLB:17.4〕
【0057】
【化5】

【0058】
実施例3 エトキシ化ビスフェノールAジメタクリレート〔エチレンオキサイド鎖の繰返し数合計(e+f):17、反応性二重結合1個当たりの分子量:557、HLB:13.2〕
【0059】
【化6】

【0060】
実施例4 エトキシ化ビスフェノールAジメタクリレート〔エチレンオキサイド鎖の繰返し数合計(e+f):30、反応性二重結合1個当たりの分子量:843、HLB:15.2〕
〔構造式は上記(3)と同じ〕
【0061】
<比較例1>
上記にて得られたキチン・キトサン誘導体を用い、下記表2に記載の配合組成に従って多官能光重合性単量体を含まない生体接着剤組成物溶液を調製した。
【0062】
【表2】

【0063】
<比較例2>
上記にて得られたキチン・キトサン誘導体を用い、下記表3に記載の配合組成に従ってモノ官能光重合性単量体を配合した生体接着剤組成物溶液を調製した。なお、グリセリンモノメタクリレートのHLBは、22.1であった。
【0064】
【表3】

【0065】
<比較例3>
上記にて得られたキチン・キトサン誘導体を用い、前記表1に記載の配合組成における多官能光重合性単量体として、下記構造のエトキシ化グリセリントリアクリレートを配合した生体接着剤組成物溶液を調製した。
(5)エトキシ化グリセリントリアクリレート〔エチレンオキサイド鎖の繰返し数合計(b+c+d):9、反応性二重結合1個当たりの分子量:217、HLB:15.7〕
【0066】
【化7】

【0067】
上記の各実施例及び比較例にて得られた生体接着剤組成物溶液を用い、試験例1に示す紫外線照射を行なって、光重合による発熱状態、光照射前後の含水率の変化を調べた。なお、調製された各生体接着剤組成物溶液の状態を観察したところ、各実施例品及び比較例品における多官能光重合性単量体は溶液中に完全に溶解していたが、実施例3及び実施例4の多官能光重合性単量体については、やや懸濁状態であったが分離しなかったので溶解性良好と判断した。
【0068】
<試験例1>
光照射に先立って、各実施例及び比較例にて得られた生体接着剤組成物溶液を、ポリエチレンテレフタレートフィルム上に約15mg滴下し、その中に温度センサーを挿入した。
【0069】
紫外線照射処理は、紫外線照射装置として、浜松ホトニクス社製のスポット高原L9588−01−02を用い、UVランプとして200W高安定水銀キセノンランプを用い、波長365nmフィルターを使用し、照射距離2cmで波長365nmのUV−Aを200mW/cmの条件で60秒間照射した。
【0070】
各実施例品及び比較例品に紫外線照射した際の発熱カーブを図1に示す。
図1から明らかなように、本発明品については照射直後に光重合が開始した際に発生する温度上昇が少なく、比較例2及び比較例3の生体接着剤組成物では皮膚に熱ダメージを与えるような50℃以上の発熱が見られた。なお、実施例3及び実施例4については、他のサンプルと比べて発熱が少なかった(実施例4については、図示省略)。これは、光重合反応が他のサンプルと比べて弱いため、光照射中のみ光重合が徐々に進行していると推定されるので、このような場合は照射時間を延長すれば良いことが分かる。
【0071】
光照射前後の各実施例品及び比較例品の含水率を測定した結果、表4に示す結果となった。
【0072】
【表4】

【0073】
光照射後の被膜形成性については、各実施例品及び比較例品共に良好であったが、比較例1は単量体を配合していないので充分な被膜強度は得られなかった。また、被膜中の含水率が高いものほど触感ではあるが適用面に追従する柔軟性を有するものであり、実用に耐える接着強度も有していた。さらに、生体適合性に関しては、各実施例品及び比較例品は、組成物自体による適用皮膚面への激しい炎症反応が見られなかった。しかし、光照射による硬化の際の発熱により比較例品では炎症反応が見られたが、実施例品では全く見られず、実用的な生体適合性を有するものであることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の生体接着剤組成物は、適用する生体組織に対して熱ダメージを与えることがなく、生体面に対する優れた接着性や被膜強度を発揮することから、創傷部もしくは切開部に好適に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】各実施例及び比較例にて得られた生体接着剤組成物に対して紫外線照射した際に生じる発熱曲線を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】

(式中、l、m、nはそれぞれ独立して、0<l<1、0<m<1、0<n<1であって、l+m+n=1であり、Acはアセチル基を、R1は光重合性官能基を示す)
で表される3成分ユニットを含むキチン・キトサン誘導体と、反応性二重結合を2個もしくは3個含有し、反応性二重結合1個当たりの分子量が300〜1500である多官能光重合性単量体と、光重合開始剤とを含有してなる生体接着剤組成物。
【請求項2】
式(I)において、l、m、nがそれぞれ独立して、0<l<0.8、0<m<0.8、0.2<n<0.8である、請求項1記載の生体接着剤組成物。
【請求項3】
R1が、(メタ)アクリロイル基を有する一価の有機基である、請求項1又は2記載の生体接着剤組成物。
【請求項4】
R1が、式(II):
【化2】

(式中、R2は水素原子、又は炭素数1〜3のアルキル基を示す)
で表される、請求項1〜3いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項5】
キチン・キトサン誘導体の重量平均分子量が、20,000〜200,000である、請求項1〜4いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項6】
多官能光重合性単量体が、ジ(メタ)アクリレート系単量体もしくはトリ(メタ)アクリレート系単量体である、請求項1〜5いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項7】
多官能性光重合性単量体が、HLB13以上である、請求項1〜6いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項8】
多官能性光重合性単量体が、ポリアルキレングリコールジ(メタ)アクリレート、アルコキシ化グリセリントリ(メタ)アクリレート、アルコキシ化ビスフェノールAジ(メタ)アクリレートからなる群より選ばれる少なくとも一種である、請求項1〜7いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項9】
硬化させる前の組成物の含水率が1〜40重量%である、請求項1〜8いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項10】
光照射した後の硬化被膜中の含水率が0〜30重量%である、請求項1〜9いずれか記載の生体接着剤組成物。
【請求項11】
請求項1〜10いずれか記載の生体接着剤組成物を創傷部もしくは切開部に塗布適用した後、紫外線もしくは可視光線を照射して光硬化させ、創傷部もしくは切開部を接着及び/又は被覆することを特徴とする生体接着剤組成物の使用方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−247437(P2009−247437A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−96123(P2008−96123)
【出願日】平成20年4月2日(2008.4.2)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(595004849)大村塗料株式会社 (5)
【Fターム(参考)】