説明

生体観察装置

【課題】生体表面に存在するグリコーゲン顆粒の有無に関して感度の高い長波長光を用いた生体メージングを実現できる生体観察装置を提供することである。
【解決手段】生体観察装置100は、照明光照射手段10と、撮像手段53と、濃度測定手段20と、を有する。照明光照射手段10は、特定物質の光吸収ピークを少なくとも有する照明光を生体組織に照射する。撮像手段53は、生体組織からの戻り光を撮像した撮像信号を出力する。濃度測定手段20は、望ましくは前記光吸収ピークを有する長波長帯域において、生体組織表層からの戻り光により生成された前記撮像信号に基づいて生体組織に含まれる前記特定物質の濃度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体観察装置に係り、特に生体光計測技術を用いて正常組織とは異なった癌等の病変組織を観察する生体観察装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織の癌化、特に食道扁平上皮癌は罹患数と死亡数は年々増加する傾向にある。食道扁平上皮癌は痛みや腫れなどがなく内視鏡での直接的な観察では見つけにくい。
【0003】
従来、食道扁平上皮癌の検出には、グリコーゲンに反応するヨウ素液(ヨード液)を用いた手法(ヨード染色法)が実施されている。正常組織はグリコーゲンを多く含み、癌組織はグリコーゲンの含有量が少ないため、ヨード染色により正常部は茶褐色、病変部は染まらない領域(不染色)となる。ヨード染色法は食道扁平上皮癌の検出感度が最も高いスクリーニング技術である。
【0004】
また、食道癌ハイリスク群(飲酒、喫煙、50歳以上、男性)に該当する人は内視鏡下の病変部可視化が困難な症状であるため、ヨード染色法が必要である。
【0005】
しかしながら、ヨード染色法はヨード刺激症状を生じ、痛みやアレルギーなどの副作用があり、かつヨウ素液及びその検査コストが高く、手技の手間がかかる。
【0006】
ところで、生体組織の癌化に伴う組織異型や血管増生は、光の散乱特性や吸収特性に反映されるため、生体光計測技術は生体組織の状態を認識することにおいて非常に有用である。
【0007】
近赤外光を用いた生体光計測技術は盛んに研究されており、近赤外光脳機能イメージング装置として製品化されている。近赤外光は可視光と比べて波長が長いため生体組織の深くまで到達する。生体粘膜表層の注目箇所を観測したい場合には、例えば近赤外光ではなく、より波長の短い光を利用することが求められる。
【0008】
一方、食道の正常組織と食道異型及び癌の組織学的変化部とでは、食道上皮付近におけるグリコーゲン顆粒(多糖類)の含有量が大きく変化することが知られている。正常組織ではグリコーゲン濃度が高く、癌部では低濃度化する。従って、グリコーゲンを検出することで、食道異型及び癌を癌として再現できる。
【0009】
グリコーゲンに特異的な光吸収ピーク波長は、長波長光である860〜880nm付近に存在する。 つまり、グリコーゲンを光学的に検出するためには、生体深くまで深達する長波長光を利用することが必要となる。
【0010】
グリコーゲンは食道粘膜の上皮付近に存在するため、長波長光を照射後に観測される光の中に含まれるグリコーゲンの情報は、粘膜表面以外の深部組織の情報にマスクされてしまい、グリコーゲン検出感度が十分でない可能性がある。つまり、長波長光を利用するだけでは、生体表面に存在する注目物質(グリコーゲン)の検出感度が低い。
【0011】
一方、光の生体組織への深達度を考慮して、観察光の分光透過率特性を調整することによって、観察機能の向上を図る狭帯域化イメージング(以下、NBIという)を用いる方法も考えられる。しかしながら、食道癌ハイリスク群に対して、NBIは見落としのリスクがあり、ヨウ素液による検出感度の方が感度が高い。
【0012】
生体光計測技術を用いた生体観察の先行技術として、特開平11-178799号公報、特開2000-041942号公報、特開平10-127585号公報、特開2007-264410号公報、特開2007-313286号公報、特開2006-192009号公報などに開示されているものがある。
【0013】
特開平11-178799号公報は、光源として、分光分析に用いる波長範囲は1.3〜2.5μmの波長範囲さらに好ましくは1.4〜1.8μmあるいは2.0〜2.4μmの波長範囲の赤外光を用いる([0017]参照)。検出すべき対象物質はグルコースであり([0023]参照)、体外観察である。検量式は、予め本体実施例の分析装置を用いた実験より得られ、複数の被験者の皮膚組織から測定した吸収スペクトルを説明量とし、実測した真皮細胞中のグルコース濃度を目的変量として分析を実施する([0025]参照)。
【0014】
特開2000-041942号公報は、光源として、誘導体標識抗体での最大吸収ピークである805nm付近の波長の光と、比較的吸収率の低い930nm付近の波長の光を用いる([0140]参照)。対象物質は人間の組織であり、内視鏡下での観察である。2つの波長帯域を用いて物質濃度が高い部分と低い部分を色ではっきり区別できる技術を開示している([0155]参照)。
【0015】
特開平10-127585号公報は、光源として、波長400〜500nm、500〜600nm、600〜800nm、800〜1500nmの3つ以上の波長帯域の光を用いる。対象物質は、酸化型ヘモグロビン、還元型ヘモグロビン、メラニンであり([0035]参照)、体外観察である。2種類以上の波長帯域の吸光度を用いて物質濃度を算出する。
【0016】
特開2007-264410号公報は、光源として、シアン系の白色光を用いる。対象物質はシミであり、体外観察である。偏光手段を用いて、肌の浅いシミを観察する手段が開示されている。第1の光源から出射して第2の偏光フィルタを透過した光を肌にあてると、肌表面に正反射が増えるため、深いシミは見え難くなる。その結果として、浅い領域に存在するシミのコントラストが高まる。物質の濃度を測定する手段は開示されていない。
【0017】
特開2007-313286号公報は、光源として、600nm〜2000nmの波長の光を用いる。対象物質は生体情報、たとえば血液中のグルコース濃度であり([0016]参照)、体外観察である。吸光度の変化から光の到達深達度が表皮になっているか真皮部分になっているか皮下組織になっているかを解析し、その解析結果として真皮部分に相当する偏光角を算出する。偏光手段を用いて真皮部分に相当する偏光角を出力し、生体情報を求める演算を行う。
【0018】
特開2006-192009号公報は、光源として、レーザー光源を用いる([0026]参照)。対象物質は血管である。生体組織内壁及び生体組織内壁面から深い位置にある血管等が表示される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開平11-178799号公報
【特許文献2】特開2000-041942号公報
【特許文献3】特開平10-127585号公報
【特許文献4】特開2007-264410号公報
【特許文献5】特開2007-313286号公報
【特許文献6】特開2006-192009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
そこで、本発明は上記のような問題に鑑み、生体組織表層に存在するグリコーゲン顆粒の有無に対して感度の高い長波長光を用いた生体イメージングを実現できる生体観察装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明の生体観察装置は、特定物質の光吸収特性に応じた照明光を生体組織に照射する照明光照射手段と、前記生体組織からの戻り光を撮像した撮像信号を出力する撮像手段と、長波長帯域において、前記生体組織表層からの戻り光により生成された前記撮像信号に基づいて前記生体組織に含まれる前記特定物質の濃度を測定する濃度測定手段と、を有するものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、生体組織表層に存在するグリコーゲン顆粒の有無に対して感度の高い長波長光を用いた生体イメージングを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る生体観察装置の基本構成を示す図。
【図2】グリコーゲン(Glycogen)の吸収係数波長依存特性を示す図。
【図3】2つの波長490nm,870nmの照明光に基づく2つのモノクロ画像入力に対してマトリクス演算を行って得られた3つの出力を、R,G,Bの何れかのチャンネルに割り当て、正常部,癌部,及び炎症部を区別可能にカラー画像表示するフローの一例を示す概略図。
【図4】内視鏡による生体観察装置(内視鏡観察装置)の構成例を示す図。
【図5】光源装置の回転フィルタの分光透過率の一例を示す図。
【図6】図5に対応した回転フィルタの実施例を示す図。
【図7】正常粘膜と癌に可視光(例えば血液に吸収しやすい可視短波長光)を照射したときの光伝搬の様子を示す図。
【図8】正常粘膜と癌にグリコーゲン吸収波長を含む光を照射したときの光伝搬の様子を示す図。
【図9】粘膜下腫瘍と炎症(出血)に可視光とグリコーゲン吸収波長を含む長波長光を照射したときの光伝搬の様子を示す図。
【図10】正常、食道癌、粘膜下腫瘍、炎症(出血)の可視光及び長波長光の反射光強度を示す図。
【図11】本発明の第1の実施形態の生体観察装置の構成を示す模式図。
【図12】本発明の第2の実施形態の生体観察装置における信号処理装置の機能の一例を示す図。
【図13】図12の動作を説明する図。
【図14】本発明の第3の実施形態の生体観察装置における光源装置及び信号処理装置の機能の一例を示すもので、カラーCCDを用いたときの分光推定による画像表示のフローを示す図。
【図15】第3の実施形態における、モノクロCCDを用いたときの分光推定による画像表示のフローを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
図1は本発明に係る生体観察装置の基本構成を示している。
図1において、生体観察装置100は、照明光照射手段としての光源装置10と、撮像装置としての光検出器53と、濃度に相関する物理情報を算出することにより濃度を測定する濃度測定部20を有する信号処理装置30と、画像表示装置40とを備える。
【0025】
光源装置10は、望ましくは特定物質の光吸収ピークを少なくとも有する照明光を生体組織に照射するものである。光源装置10は、キセノンなどの熱光源と、この熱光源からの照明光の波長帯域を選択するためのフィルタとを備えてもよいし、或いは、LEDやSLD(Super Luminescence Diode)レーザーなどのコヒーレント光源などで構成してもよい。
【0026】
光検出器53は、照明光が照射された前記生体組織からの反射光である戻り光を撮像した撮像信号を出力する。
信号処理装置30における濃度測定部20は、望ましくは前記光吸収ピークを有する長波長帯域において、生体組織表層からの戻り光により生成された前記撮像信号に基づいて前記生体組織表層に含まれる前記特定物質の濃度に相関する物理情報を算出することにより濃度を測定する。
【0027】
上記の構成において、光源装置10から発生する照明光は被写体1へ照射される。被写体1からの反射光は光検出器53で観測された後、信号処理装置30にて特定物質の含有量に関する情報を検出し、特定物質の含有量を強調した画像を生成するための演算が実施される。信号処理装置30における濃度測定部20は、特定物質としてグリコーゲンの濃度に相関する物理情報を算出することで濃度を測定する。この結果は画像表示装置40で画像として表示される。
【0028】
図2はグリコーゲン(Glycogen)の光に対する吸収特性を示す図である。すなわち、図2はグリコーゲン吸収度スペクトル測定の結果を示している。横軸に光の波長、縦軸にグリコーゲンの吸収係数をとってある。粉末のグリコーゲンを水に溶かし水溶液としたものに対して、分光的に透過光を測定することによって吸収スペクトルを得ている。3本の曲線は、グリコーゲンの水溶液に含まれるグリコーゲンの重量%を表しており、実線はグリコーゲン濃度が5%、一点鎖線はグリコーゲン濃度1%、点線はグリコーゲン濃度0.5%の場合を示している。これら3本のグリコーゲン量の異なった曲線は、例えば生体組織の異なった3つの領域又は異なった被検体の特定箇所に含まれるグリコーゲン量の違いに相当するものとして考えることができる。
【0029】
図2のグリコーゲン吸収度スペクトルの測定結果から分かることは、3つの異なったグリコーゲン濃度に応じて吸収係数(吸収率)の異なった3つの曲線が描かれ、これら複数の曲線に共通していることは光の特定の光波長(略850nm〜870nm)での吸収率が何れも持ち上がった特性となっていることである。従って、望ましくは略850nm〜870nmの波長の光を含む照明光を生体組織(例えば食道扁平上皮の表面から300~500μmまでの薄い表層)中のグリコーゲンに適用し、望ましくは光吸収ピークを有する長波長光を生体組織に照射し、その反射光(戻り光)を撮像すると、長波長帯域において、上層組織からの戻り光により生成された前記撮像信号に基づいて生体組織に含まれる特定物質としてのグリコーゲンの濃度に関連する物理量を測定することが可能となる。なお、長波長光は、赤色波長光及び近赤外光である。
【0030】
一方、生体組織(例えば食道扁平上皮の表層)中のグリコーゲンは正常部ではグリコーゲン量が多く、癌部ではグリコーゲンが消失しているためグリコーゲン量が少ない。それ故、グリコーゲンの存在する正常領域に対して前記光吸収ピークを含む光を照射し、その戻り光を撮像(光検出)し観察すると、光吸収ピークの波長光が特にグリコーゲンで吸収されているため暗く観測される。逆に、グリコーゲンがほとんどない癌領域では、前記光吸収ピークを含む波長光は吸収されないため明るく観測されることになる。
【0031】
図1の構成と図2のグリコーゲンの光に対する吸収特性とから、光吸収ピークの波長光を含む照明光の照射によって、被写体からの反射光を検出すれば、グリコーゲンが多く含まれる正常部からの反射光は弱く、グリコーゲンがない癌部からの反射光は強くなる。したがって、肉眼では判別しにくい食道扁平上皮癌に光を照射だけで患者に苦痛を与えることなく容易に癌部を見つけることが可能となる。
【0032】
図3は2つの波長490nm,870nmを含む照明光に基づく2つのモノクロ画像入力に対してマトリクス演算を行って得られた3つの出力を、1つの画素を構成するR,G,Bのチャンネルに割り当てることにより、正常部,癌部,及び炎症部を区別可能とするフローの一例を示している。
【0033】
可視光に相当する490nmを含む照明光と上記870nmを含む照明光を被写体1に照射し、反射光を光検出器53にて検出し、この結果得られる電気信号を信号処理装置30で3×2のマトリクス演算処理をしてカラー画像表示している。各々のモノクロ画像では、癌部と炎症部(若しくは出血部)、また、正常と炎症(若しくは出血部)の区別はつかないが、マトリクス演算をすることにより、正常、癌、炎症の区別がつきやすいカラー画像を提供することが可能である。
【0034】
図4は内視鏡による生体観察装置(即ち内視鏡観察装置)の例を示している。この装置の構成は図1とほぼ類似するが、光源装置(光源,フィルタ)10、撮像装置としての光検出器53、信号処理装置30、及び画像表示装置40の構成に、内視鏡50が追加されている。
【0035】
光源装置10は、ランプ11と、レンズ12,14と、異なった波長帯域の照明光を作成するために透過波長の異なったフィルタを照明光路に配置する回転フィルタ13と、光源装置10及び信号処理装置30を制御するための制御装置15とを備えている。
【0036】
信号処理装置30は、相関二重サンプリング回路(CDS回路)31と、A/D変換回路32と、色バランス調整回路33と、マルチプレクサ34と、信号メモリ35と、信号処理回路36と、RGBの各色チャンネルに割り当てた信号をD/A変換するD/A変換回路37a〜37cとを備えている。
【0037】
光源装置10から発生する照明光は内視鏡50のライドガイド54に導かれて被写体1へ照射される。被写体1からの反射光は光検出器53で観測された後、信号処理装置30の内部の信号処理回路にて特定物質の含有量に関する情報を検出し、特定物質の含有量を強調した画像を生成するための演算が行われる。処理結果は画像表示装置40にて画像として表示される。
【0038】
図5は光源装置10の回転フィルタの分光透過率の一例を示し、図6は回転フィルタの実施例を示す。F1はグリコーゲンの光吸収波長を含まない第2の照明光を作り出す第2の照明光照射手段を構成するフィルタ、F2はグリコーゲンの吸収波長を含む第1の照明光を作り出す第1の照明光照射手段を構成するフィルタとして機能する。光源装置10の照明光の光路に適宜にフィルタF1またはF2を配置して用いられる。
【0039】
図7乃至図10は、グリコーゲン吸収波長を含む照明光と吸収波長以外の照明光(例:可視光)の2つの波長光を用いて、それらの光による観測強度の相対関係を調べたものである。
【0040】
図7(a)及び(b)は、490nmを含む可視光(散乱は強く血液の吸収はそれほど強くない。Hbやモル吸光係数は、415nmの1/25、540nmの1/2)を食道の正常組織と癌組織に照射したときの光伝搬の様子を示した図である。図7(a)は正常組織の場合を、図7(b)は癌組織の場合を示している。
【0041】
図7(a)に示すように、正常上皮には豊富なグリコーゲン顆粒が分布しているため、入射光はグリコーゲン顆粒により散乱され、強い反射光として観測される。つまり、この波長帯において、グリコーゲン顆粒は散乱体として機能する。一方、図7(b)に示すように、癌部にはグリコーゲン顆粒はほとんど存在していないため、正常部と比べて相対的に散乱イベント回数は減少する。また、癌周辺には新生血管が増生している場合が多い。したがって、癌部からの反射光強度は正常よりも弱くなる。
【0042】
図8(a)及び(b)は、グリコーゲンの吸収ピーク波長を含む長波長光を、食道の正常組織と癌組織に照射したときの光伝搬の様子を示した図である。図8(a)は正常組織の場合を、図8(b)は癌組織の場合を示している。
【0043】
図8(a)に示すように、正常部ではグリコーゲン顆粒において前記照明光は強く吸収されるため反射光強度は弱くなる。図8(b)に示すように、癌部では、グリコーゲン顆粒がほぼ消失しているため、後方散乱する反射光強度は相対的に強まる。
【0044】
図9(a)及び(b)は、粘膜下腫瘍(GIST、スキルス癌など)及び炎症や出血部位へ、可視光(点線)とグリコーゲンの吸収ピーク波長を含む長波長光(実線)を照射したときの光伝搬の様子を示した図である。図9(a)は粘膜下腫瘍のある場合を、図9(b)は炎症のある場合を示している。
【0045】
まず、図9(a)に示すように、粘膜下腫瘍周辺のグリコーゲンを腫瘍が取り込むため、上皮のグリコーゲン顆粒密度が減少する。つまり、可視光はその光散乱は弱まるため、反射光強度はやや減弱する。一方、長波長光はグリコーゲン顆粒や粘膜下腫瘍の腫瘍血管により強い吸収を受けるため、反射光強度は弱い。
また、図9(b)に示すように、炎症部や出血部位において可視光及び長波長光は共に強く吸収されるため、反射光は弱い。
【0046】
図10は、正常、食道上皮癌、粘膜下腫瘍、炎症(出血部)に対する可視光及び近赤外光の反射光強度の関係を示した表である。
【0047】
図10から、グリコーゲン吸収波長を含む照明光と吸収波長以外の照明光(例:可視光)の2波長の光を使用し、それらの観測強度の相対関係を取得することにより、癌に関連するグリコーゲン含有量変化を様々な組織変化に対してロバスト性を担保して画像化することが可能である。
【0048】
望ましくはグリコーゲン吸収ピークを有する長波長(例えば870nm)のほかに、もう1つの波長(例えば490nm)で表層にあるグリコーゲンの光散乱特性を捉える。もう1つの波長は、グリコーゲンがあることによって散乱が強くなる特性を有する。従って、グリコーゲン顆粒散乱特性による光散乱特性と吸収特性に関する2枚の画像を測定することにより、図10に示すような4つの組織状態を識別することができる。
【0049】
図10によれば、長波長光(例えば870nm)及び/又は可視光(例えば490nm)を被写体に照射し、その反射光の強弱から被写体のグリコーゲン量を測定することによって、癌か否かを検出する際の確実性を高めることができる。このように、異なる2つの波長を使用して、反射光の強度を測定し、2つの測定結果を組み合わせることによって、癌判定の確実さをより高めることが可能となる。
【0050】
具体的には、図1において、光源装置10は糖類の光吸収ピーク波長を含む第1の照明光と糖類の光吸収ピーク波長を含まない第2の照明光を被写体へ照射し、撮像手段としての光検出器53にて異なる波長帯の反射光を順次検出し、信号処理装置30の濃度測定部20は検出された分光強度情報の相対変化量を基に、被写体に含まれる糖類の濃度に相関する物理情報を計算することによって糖類の濃度を測定できる。
【0051】
[第1の実施形態]
図11は本発明の第1の実施形態の生体観察装置の構成を示す模式図である。第1の実施形態は内視鏡先端の構成を示している。
図11において、照明手段としての光源装置10と被写体1の間に第1の偏光手段である偏光子51を設けることで、偏光制御された糖類の光吸収ピーク波長を含む照明光を被写体1へ照射する。
被写体1と撮像手段としての光検出器53の間に前記照明光の偏光方向とほぼ同一の偏光方向である第2の偏光手段である検光子52を設ける。
信号処理装置30の濃度測定部は、検光子52の後面に配設した光検出器53の検出信号に基づいて、被写体1に含まれる糖類の濃度に相関する物理情報を算出することによって糖類の濃度を測定する。測定結果は、表示手段としての画像表示装置40に画像として表示する。
【0052】
このような構成では、照明光導光ファイバ54の先端に偏光子51、光検出器53の前面に検光子52を配置することで、偏光制御されたグリコーゲンの画像化を実施可能としている。但し、偏光子51と検光子52の偏光方向はほぼ等しいものとする。ここで、散乱回数の少ない、被写体表面を伝搬する“光伝搬a1”の光は光検出器53にて観測され、深部まで到達する“光伝搬a2”の光は偏光方向がランダム化するため、ほとんどは検光子52にてブロックされ、検出器53に検出されない(図11で×印で示される)。“光伝搬a1”の光は比較的被写体の表面から浅いところを通って反射してきたものであり、散乱などのイベントが少ない分、偏光面が保存されやすい。従って、検光子52の偏光方向を偏光子51と略同一であることによって、浅いところを通ってきた光を光検出器53で検出して観測し易くなる。つまり、照明光と検出光の偏光方向を制御することで、食道上皮に存在するグリコーゲン量の違いを捉えやすくなり食道癌検出感度が向上する。
【0053】
なお、波長帯の異なる偏光照明光を2つ以上用いてもよく、また、偏光照明光と無偏光照明光を順次照射しても良い。
【0054】
この第1の実施形態によれば、偏光子51、及び、検光子52の偏光方向をそろえることで、粘膜表面にフォーカスした反射光を検出することができる。したがって、望ましくはグリコーゲン光吸収ピークを有する波長(例えば870nm)を含む長波長光を照射して、粘膜表層に存在するグリコーゲンに感度の高い画像化を行うことによって、グリコーゲンを多量に含む正常部とグリコーゲンが消失している癌部とを区別できる粘膜表層の画像化を実現することができる。
【0055】
[第2の実施形態]
図12及び図13は本発明の第2の実施形態の生体観察装置における信号処理装置の機能の一例を示している。
図12は図1の生体観察装置で被検体(例えば食道扁平上皮)におけるグリコーゲンの多少を画像化することによって、癌部を正常部に対して識別可能とするためにグリコーゲンが少ないという特徴を有している癌部からの反射光情報を強調表示する例を示している。
【0056】
信号処理装置30において、糖類の光吸収ピーク波長を含む少なくとも1つの照明光を被写体1へ照射する。撮像手段である光検出器53にて被写体1からの反射光を画像として検出し、検出画像の画像分布に対する処理を信号処理装置30の濃度測定部20で行うことにより、被写体1に含まれる糖類(例えばグリコーゲン)の濃度に相関する物理情報を算出する。
【0057】
図13は図12の信号処理装置30の画像強調処理の機能を示している。信号処理装置30の内部に濃度測定手段としてモノクロ画像に対してコントラスト強調処理を行う“画像強調処理手段”を備える。一例として、信号処理装置30の内部にモノクロ画像に対してコントラスト強調処理を行う‘ヒストグラム拡大化’及び‘ヒストグラム平坦化’の機能を搭載することで実現する。
【0058】
ヒストグラム拡大化は、画素値がある範囲に偏って分布しているような画像に対して、より広範囲に画素値の分布を拡げる濃度変換である。このようなヒストグラム拡大化をすることで、画像に使われている画素値の幅を広くし、画像の明暗が分かり易くなる。
【0059】
ヒストグラム平坦化は、ヒストグラムを平坦にすることで、より画素のコントラストを強調する濃度変換を指している。
【0060】
このような画像強調処理は、1枚の観測画像に実施してもよいし、複数の観測画像すべてに対して実施しても良い。
【0061】
第2の実施形態によれば、所定の光波長帯域の光を照射し、グリコーゲンの有無を示す画像により癌部を判別する際に、信号処理により画像の明暗を明確にして、見分けにくい食道上皮癌のような病変部の判別を効率化することが可能となる。
【0062】
[第3の実施形態]
図14及び図15は本発明の第3の実施形態の生体観察装置における光源装置及び信号処理装置の機能の一例を示している。
図14では、糖類の光吸収ピーク波長を含む少なくとも1つの照明光を被写体1へ照射し、撮像手段としての光検出器53にて反射光を画像として検出し、この検出撮像信号に対する分光推定を信号処理装置30で行うことにより、被写体1に含まれる糖類の濃度に相関する物理情報を算出する。
【0063】
照明光としては、赤色波長帯域および近赤外帯域からなる長波長帯域を含むブロードバンド光を使用する。撮像手段には複数の色を有するグリコーゲンの光吸収ピーク波長帯域を含む色フィルタ(補色フィルタ、もしくは、原色フィルタ)を貼り付けたカラーCCDを採用し、例えばR,G,Bなどの各色の画素ごとに取り出された信号に基づいてR,G,B3枚の観測画像を得る。観測画像は、カラーCCDからの複数の波長の信号を検出し、画像検出信号として出力されるものであり、図4の内視鏡観察装置の例で言えば、信号処理装置30内の符号31〜35に相当する回路部分(画像検出手段)から出力されるものである。
【0064】
信号処理装置30は、分光推定手段としての分光推定処理部21と、先験的分光情報(分光データ)を保有する先験情報部24と、波長選択部22と、画像合成部23と、を備える。分光推定処理部21と、波長選択部22と、画像合成部23と、先験情報部24とは、図4の内視鏡観察装置の例で言えば、信号処理装置30内の信号処理回路36に相当する部分に構成されるものである。
【0065】
分光推定処理部21は、観測画像に対して、あらかじめ分光推定に必要な先験的分光情報とWiener推定に代表される信号処理手法により、可視域から近赤外域にわたる波長域で分光反射率を推定する。その後、波長選択部22において画像表示で使用する適切な波長帯を選択し、画像合成部23では選択された波長帯を合成し、最終的にカラー画像を表示装置40に表示する。
【0066】
先験情報部24は、例えばグリコーゲン、癌部組織、正常組織など、色々な物質スペクトル特性が波長情報として格納されている。
【0067】
分光推定処理部21は、撮像手段からの例えばR,G,B3つの観測情報を入力し、全ての画素に対してスペクトル方向の情報を持つデータを演算的に推定する。
例えば、先験情報部24に蓄積されている先験情報と、実際に観測した観測データとを対比することで、ある位置の画素の分光反射率を推定できる。分光推定処理部21を通った後は、スペクトル方向のどこの位置であっても波長情報を持っていて、波長的には例えばグリコーゲンのスペクトル状態を含むようなところまでカバーしているので、波長選択部22にて各画素に対して波長選択することができる。
【0068】
波長選択部22でどこの波長を選択するかは、どのような情報を知りたいかに依存する。例えば、グリコーゲンを検知したい場合には、例えば870nm付近の波長情報を取り出して画像化すれば良い。
【0069】
波長選択部22では、どこの波長を画像の情報として使うかを選択していて、波長を2つ選ぶと、それをR,G,Bのカラー画像で表示することができる。例えば、490nmと870nmの2つの波長を選択すると、この2つを合成して1つの画像にすることができる。このとき、画像合成部23には2つのモノクロ画像が入力される。そして、例えば490nmのものをブルー(以下、B)のチャンネルに割り当て、870nmのものをレッド(以下、R)とグリーン(以下、G)のチャンネルに割り当てるとする。ある画素が正常だとすると、490nmの反射率が高く、870nmで反射率が低いため、青色に表示される。逆に、その画素が食道癌のものになると、870nmが反射率が高いため、食道癌の領域は黄色く映出される。従って、この場合黄色が癌部で、青色が正常部となる。炎症や出血部だとR,G,B何れも0となり、真っ黒に映出され、粘膜下腫瘍の場合は濃い青色に映出される。
【0070】
なお、前述したNBI技術は、血管に吸収され易い特定の波長光(波長415nmと540nm)を用いている。NBIは、癌化に伴って増生する粘膜表層の毛細血管を強調できる点で(ローリスク群の人に対しては)有用であるが、食道癌ハイリスク群の人に対しては見落とす不具合を生じる危険性がある。なお、図14に示すカラーCCDと図11に示す偏光制御手段を君合わせても良いし、図14の分光推定部21、波長選択部22、画像合成部23、先験情報部24を図13の処理に置き換えても良い。
【0071】
図15は、図14の色フィルタの付いたカラーCCDの代わりに、モノクロCCDを使用し、光源装置10にて複数の波長の異なる照明光を被写体へ照射する実施例である。光源装置10には回転フィルタを用いればよい。
撮像手段としてモノクロCDDを採用し、複数の異なる波長の照明光を光源装置10から順次に照射し、異なった波長の画素ごとに取り出された信号に基づいて複数枚の観測画像を得る。ここで、異なった波長の光とは、赤色波長帯域および近赤外帯域からなる長波長帯域の狭帯域(例えば870nm)を含む第1の照明光と、前記第1の照明光の波長帯域以外(例えば870nm以外)の少なくとも1つの波長帯(例えば490nm)を含む第2の照明光とを意味する。その他の構成及び動作は図14と同様である。
【0072】
なお、モノクロCCDを使用しても図14の場合と同様の効果が得られるが、この場合は光源装置10にて複数の波長の異なる照明光を被写体へ照射する点で、図14とは異なる。
第3の実施形態によれば、カラーCCD又はモノクロCCDを使用した場合における分光推定による画像表示が可能となる。
【0073】
本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変えない範
囲において、種々の変更、改変等ができる。
【符号の説明】
【0074】
1…被写体
10…光源装置(照明光照射手段)
20…濃度測定部(濃度測定手段)
21…分光推定処理部(分光推定手段)
22…波長選択部
23…画像合成部
24…先験情報部
30…信号処理装置
40…画像表示装置
51…偏光子(第1の偏光手段)
52…検光子(第2の偏光手段)
53…光検出器(撮像手段)
100…生体観察装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定物質の光吸収特性に応じた照明光を生体組織に照射する照明光照射手段と、
前記生体組織からの戻り光を撮像した撮像信号を出力する撮像手段と、
長波長帯域において、前記生体組織表層からの戻り光により生成された前記撮像信号に基づいて前記生体組織に含まれる前記特定物質の濃度を測定する濃度測定手段と、
を有する生体観察装置。
【請求項2】
前記特定物質は、糖類であることを特徴とする請求項1に記載の生体観察装置。
【請求項3】
前記糖類は、グリコーゲンであることを特徴とする請求項2に記載の生体観察装置。
【請求項4】
前記照明光照射手段は特定物質の光吸収ピークを少なくとも有するとともに、前記濃度測定手段は、前記光吸収ピークを有する波長帯域において、前記生体組織表層からの戻り光により生成された前記撮像信号に基づいて前記生体組織に含まれる前記特定物質の濃度を測定するものであることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の生体観察装置。
【請求項5】
前記濃度測定手段は、
前記生体組織と前記照明光照射手段との間に配置された第1の偏光手段と、
前記生体組織と前記撮像手段との間に配置された第2の偏光手段と、
を更に有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体観察装置。
【請求項6】
前記照明光照射手段は、
前記特定物質の光吸収ピーク波長帯域を含む第1の照明光を照射する第1の照明光照射手段と、
前記特定物質の光吸収ピーク波長帯域を含まない第2の照明光を照射する第2の照明光照射手段と、
を更に有し、
前記濃度測定手段は、前記第1の照明光及び前記第2の照明光の分光強度情報を算出し前記生体組織に含まれる前記特定の物質の濃度を測定することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体観察装置。
【請求項7】
前記濃度測定手段は、
前記撮像信号に基づいた画素分布に対して画素値の分布の拡大縮小化の信号処理を行う画像強調処理手段
を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体観察装置。
【請求項8】
前記濃度測定手段は、
前記撮像信号に基づいた画素分布に対して画素値の分布の平坦化の信号処理を行う画像強調処理手段
を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体観察装置。
【請求項9】
前記濃度測定手段は、
前記照明光照射手段から前記撮像手段に至る光路上に配置可能に配設された、前記長波長帯域を狭めるように前記照明光の波長帯域を制限したフィルタを更に有し、
前記撮像手段は、前記フィルタを介して前記撮像手段に導光された狭帯域光の前記撮像信号を出力することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体観察装置。
【請求項10】
前記濃度測定手段は、
前記撮像信号に基づいて複数の波長領域を有する前記戻り光を検出し画像検出信号を出力する画像検出手段と、
前記画像検出信号に基づいて前記波長領域の分光推定を行った画像信号を出力する分光推定手段と、
を更に有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生体観察装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−87762(P2011−87762A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−243733(P2009−243733)
【出願日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【出願人】(304050923)オリンパスメディカルシステムズ株式会社 (1,905)
【Fターム(参考)】