説明

生体試料を凍結保存するための凍結保存用具

【課題】生体試料が小さくても凍結させることが可能であり、かつ窒素ガスによる断熱効果を防止して生体試料をより速やかに凍結させることができる凍結保存用具を提供すること。
【解決手段】本発明の凍結保存用具は、組織片や細胞などの生体試料を凍結保存するための凍結保存用具であって、生体試料を載置されるグラファイトシートを含む試料載置部と、試料載置部の基端部に固定された保持部とを有する。グラファイトシートの少なくとも生体試料を載置される領域には、貫通孔が設けられていない。グラファイトシートは、凍結溶液の液膜で被覆されていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織片や細胞などの生体試料を凍結保存するための凍結保存用具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、がんに対する集学的治療の進歩に伴い、がん患者の治療後の生存率が向上している。その一方で、治療寛解後の若年女性がん患者において、治療によって引き起こされる卵巣機能の廃絶が問題となっている。すなわち、化学療法や、外科手術、放射線療法などにより卵巣の機能が失われてしまい、妊孕性消失や早発閉経、更年期障害または骨粗鬆症の発症などにより女性としてのQOLが低下することが問題となっている。若年女性がん患者に対して治療を行う場合、卵巣の機能を維持することは、妊孕性温存という観点だけではなく、女性としてのQOLを維持するためにも重要である。
【0003】
治療後も卵巣機能を維持する方法として、治療前に卵巣組織を体外に摘出して凍結保存し、治療寛解後に融解した卵巣組織を自家移植することが提案されている。2004年には、この方法により卵巣機能を維持した女性から生児を得られたことが報告されている(非特許文献1参照)。その後も、欧州を中心に卵巣組織を凍結保存する試みがなされており、自家移植後に生児を得たとする報告が相次いでいる。しかしながら、この技術による生児獲得率は高いとはいえず、生児獲得率の向上に向けて解決すべき課題は山積している。
【0004】
卵巣組織の凍結保存法は、緩慢凍結法とガラス化凍結法とに大別される。緩慢凍結法は、プログラムフリーザーを用いて卵巣組織をゆっくりと時間をかけて凍結する方法である。現時点では、緩慢凍結法が標準的な凍結保存法であると認識されている。しかしながら、緩慢凍結法では、細胞内外に形成される氷晶による物理的傷害や、溶液中の水が氷結して塩濃度が高くなることによる塩害などにより卵巣組織の細胞がダメージを受けてしまうことが指摘されている。その結果、緩慢凍結法で凍結保存した卵巣組織では、融解後の卵胞発育過程における卵母細胞の発育と顆粒膜細胞の成熟とのバランスが損なわれている可能性がある。
【0005】
一方、ガラス化凍結法は、氷晶の形成を抑制するために、凍結保護剤を高濃度で含む凍結溶液中に浸漬した卵巣組織を急速に凍結する方法である(例えば、特許文献1参照)。ガラス化凍結法は、プログラムフリーザーや植氷操作を必要とせず、緩慢凍結法に比べて簡便な方法である。また、ヒト卵巣組織を用いた基礎的な実験報告もあり、形態学的に正常な原子卵胞の割合が緩慢凍結法とガラス化凍結法とでほぼ同様であったと報告されている。ガラス化凍結法は、卵巣組織に与えるダメージが小さく、かつ簡便に行える手法であることから、緩慢凍結法に代わる凍結保存法として期待されている。
【0006】
ガラス化凍結法では、凍結溶液中に浸漬した卵巣組織を液体窒素に直接浸漬して急速に凍結させる。現在、卵巣組織を液体窒素に浸漬させる際に用いられる凍結保存用具としては、多数の貫通孔を設けられた金属板が用いられている(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
図1は、現在用いられている凍結保存用具(特許文献2に記載されている組織片凍結保存用プレートと実質的に同じもの)を示す模式図である。図1Aに示されるように、従来の凍結保存用具10は、多数の貫通孔22を設けられた金属板からなる試料載置部20と、試料載置部20の基端部に固定された保持部30と、チューブ本体40とを有する。保持部30には、チューブ本体40を密封しうるスクリューキャップ32が設けられている。図1Bに示されるように、凍結保存する卵巣組織50は、試料載置部20の上に載置された状態で液体窒素中に浸漬される。凍結された卵巣組織50は、試料載置部20の上に載置された状態でチューブ本体40内に収容され、保存される。
【0008】
図1Aに示されるように、従来の凍結保存用具10では、卵巣組織を載置される金属板(試料載置部20)に多数の貫通孔22が設けられている。特許文献2では、このように多数の貫通孔22を設けることで、液体窒素が卵巣組織の裏側(卵巣組織と金属板との接触面側)にも直接接触できるようになり、かつ金属板自体も冷却されやすくなるので、卵巣組織をより急速に凍結できると説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−284546号公報
【特許文献2】特開2008−222640号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Donnez, J., et al., "Livebirth after orthotopictransplantation of cryopreserved ovarian tissue", Lancet, Vol.364, pp.1405-1410.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献2に記載の従来の凍結保存用具では、ガラス化凍結法で生体試料を凍結保存する際に、生体試料の冷却速度を十分に上げられないことがある。
【0012】
前述の通り、従来の凍結保存用具は、生体試料と液体窒素との接触面積を増やすために金属板(試料載置部)に多数の貫通孔を設けている。このように貫通孔を設けられた金属板を液体窒素中に浸漬すると、液体窒素中で常時発生している窒素ガス(気泡)がこの貫通孔にトラップされてしまうことがある。このように窒素ガスが貫通孔にトラップされてしまうと、凍結保存する生体試料と液体窒素との間に窒素ガスが介在してしまうことになる。その結果、−196℃の液体窒素で生体試料から直接熱エネルギーを奪うことができなくなることになる。また、窒素ガスなどの気体は熱伝導度が極めて低いことから、冷却速度は顕著に低下してしまう。このように生体試料の冷却速度が不十分な場合、凍結させる際に生体試料がダメージを受けてしまうおそれがある。
【0013】
また、特許文献2に記載の従来の凍結保存用具には、貫通孔よりも小さい生体試料(例えば、細胞)を凍結させることができないという問題もある。
【0014】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、生体試料が小さくても凍結させることが可能であり、かつ窒素ガスなどの気体による断熱効果を防止して生体試料をより速やかに凍結させることができる凍結保存用具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、貫通孔を設けられていないグラファイトシートを試料載置部として利用することで、窒素ガスなどの気体による断熱効果を防止しつつ生体試料をより速やかに凍結させうることを見出し、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本発明は、以下の凍結保存用具に関する。
[1]生体試料を凍結保存するための凍結保存用具であって:生体試料を載置されるグラファイトシートを含む試料載置部と、前記試料載置部の基端部に固定された保持部とを有し;前記グラファイトシートの生体試料を載置される領域は貫通孔を有していない、凍結保存用具。
[2]前記グラファイトシートは、貫通孔を有していない、[1]に記載の凍結保存用具。
[3]前記グラファイトシートは、細胞膜透過型耐凍結剤を2〜6mol/L、細胞保護剤を0〜100g/L、および細胞膜非透過型耐凍結剤を0〜1mol/L含有する溶液の液膜で被覆されている、[1]または[2]に記載の凍結保存用具。
[4]前記細胞膜透過型耐凍結剤は、エチレングリコール、ジメチルスルフォキシド、グリセロール、プロパンジオール、アセトアミド、プロピレングリコール、ブタンジオールまたはこれらの組み合わせである、[3]に記載の凍結保存用具。
[5]前記細胞保護剤は、ポリビニルピロリドン、ヒアルロナン、ポリビニルアルコール、フィブロネクチン、不凍タンパク質、不凍アミノ酸またはこれらの組み合わせである、[3]または[4]に記載の凍結保存用具。
[6]前記細胞膜非透過型耐凍結剤は、スクロース、トレハロース、ラクトース、ラフィノースまたはこれらの組み合わせである、[3]〜[5]のいずれか一項に記載の凍結保存用具。
[7]前記試料載置部は、前記グラファイトシートを支持する補強部材をさらに有する、[1]〜[6]のいずれか一項に記載の凍結保存用具。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、組織片や細胞などの生体試料をより速やかに凍結させうる凍結保存用具を提供することができる。本発明の凍結保存用具を用いれば、組織片や細胞などの生体試料をより簡便かつ確実に凍結保存することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】従来の凍結保存用具を示す模式図
【図2】本発明の一実施の形態に係る凍結保存用具を示す模式図
【図3】本発明の一実施の形態に係る凍結保存用具の使用態様を示す模式図
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の凍結保存用具は、組織片や細胞などの生体試料をガラス化凍結法(急速ガラス化凍結法および超急速ガラス化凍結法を含む)で凍結させるための凍結保存用具である。本発明の凍結保存用具は、グラファイトシートを含む試料載置部と、試料載置部の基端部に固定された保持部とを有する。
【0020】
本発明の凍結保存用具は、1)試料載置部(グラファイトシート)の生体試料が載置される領域に貫通孔が設けられていないこと、および2)試料載置部としてグラファイトシートを用いることを主たる特徴とする。以下、本発明の凍結保存用具の各構成要素について説明する。
【0021】
試料載置部は、生体試料(例えば、組織片や細胞など)を載置されるグラファイトシートを有する。グラファイトシートは、グラファイト(黒鉛)をシート状に加工したものであり、非常に高い熱伝導率を有する。本発明の凍結保存用具では、生体試料をより速やかに凍結させるために、試料載置部としてグラファイトシートを採用する。
【0022】
グラファイトシートは、その製造方法により天然グラファイトシートと人工グラファイトシートとに大別される。天然グラファイトシートは、天然のグラファイトを化学処理した後、加圧してシート状にしたものである。一方、人工グラファイトシートは、高分子フィルムを熱分解してグラファイト化したものである。試料載置部に使用するグラファイトシートは、天然グラファイトおよび人工グラファイトのいずれでもよいが、生体試料をより速やかに凍結させるという観点からは、配向性の低い天然グラファイトシートよりも、単結晶に近い構造を有する人工グラファイトシートの方がより好ましい。単結晶に近い構造を有する人工グラファイトシートは、例えば700〜1600W/(m・K)と非常に高い熱伝導率を有する。この熱伝導率の値は、熱伝導率が高い材料として知られている銅の熱伝導率の約2〜4倍である。また、単結晶に近い構造を有する人工グラファイトシートは、高い強度を有しつつ軽量であり(銅の約1/10〜1/4倍)、耐低温性にも優れている。
【0023】
窒素ガスなどの気体のトラップを防止するため、グラファイトシートの生体試料を載置される領域には、貫通孔が設けられていない。このように貫通孔が設けられていない平板(シート)を試料載置部とすることで、試料載置部において窒素ガスなどの気体がトラップされることを防止し、窒素ガスなどの気体の断熱効果による冷却速度の低下を防止することができる。その一方で、貫通孔が設けられていない平板(シート)を試料載置部とすると、生体試料の裏側(生体試料と試料載置部との接触面側)において生体試料が液体窒素などの冷却媒体と接触することができず、冷却速度が低下してしまうことが危惧される。しかしながら、本発明の凍結保存用具では、試料載置部として熱伝導率が非常に高いグラファイトシートを使用することで、この問題を解消している。
【0024】
前述の通り、グラファイトシートは、生体試料を載置される領域に貫通孔が設けられていなければよい。したがって、生体試料を載置される領域以外の領域には貫通孔が設けられていてもよいし、設けられていなくてもよい。後者の場合は、グラファイトシート全体に貫通孔が設けられていないことになる。
【0025】
グラファイトシートの大きさは、凍結させる生体試料の大きさなどに応じて適宜設定すればよい。グラファイトシートの厚さは、生体試料を保持しうる強度を確保するためにはある程度の厚さが必要であるが、熱伝導性の観点からはより薄い方が好ましい。たとえば、グラファイトシートの厚さは、10〜100μmの範囲内であればよい。
【0026】
グラファイトシートの表面は、平滑であることが好ましい。後述するように、本発明の凍結保存用具を用いて生体試料を凍結させる際には、試料載置部を液体窒素などの冷却媒体に浸漬するが、グラファイトシートの表面に凹凸が存在すると、冷却媒体中で発生した気体(例えば、窒素ガス)がグラファイトシートの表面に付着しやすくなるおそれがある。生体試料の周囲において気体がグラファイトシートの表面に付着してしまうと、気体の断熱効果により生体試料の冷却速度を低下させてしまうおそれがある。グラファイトシートの表面を平滑にする方法は、特に限定されない。たとえば、グラファイトシートの表面を凍結溶液の液膜で被覆して、グラファイトシート表面の凹凸を無くせばよい。
【0027】
グラファイトシートの表面を被覆する凍結溶液の種類は、グラファイトシート表面における気体(例えば、窒素ガス)の滑りをよくする溶液であれば特に限定されず、ガラス化凍結法で使用される公知の凍結溶液を使用してもよい。たとえば、グラファイトシートを被覆する凍結溶液としては、細胞膜透過型耐凍結剤を2〜6mol/L、細胞保護剤を0〜100g/L、および細胞膜非透過型耐凍結剤を0〜1mol/L含有する水溶液を使用することができる。細胞膜透過型耐凍結剤の例には、エチレングリコールやジメチルスルフォキシド、グリセロール、プロパンジオール、アセトアミド、プロピレングリコール、ブタンジオールなどが含まれる。これらの細胞膜透過型耐凍結剤は、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。細胞保護剤の例には、ポリビニルピロリドンやヒアルロナン、ポリビニルアルコール、フィブロネクチン、不凍タンパク質、不凍アミノ酸などが含まれる。これらの細胞保護剤は、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。細胞膜非透過型耐凍結剤の例には、スクロースやトレハロース、ラクトース、ラフィノースなどが含まれる。これらの細胞膜非透過型耐凍結剤は、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0028】
グラファイトシートは柔軟なため、そのままでは生体試料を同じ位置に保持できないことがある。そこで、試料載置部は、グラファイトシートが生体試料を同じ位置に保持できるようにグラファイトシートを支持する補強部材を有していてもよい。補強部材の形状および補強部材を構成する材料は、生体試料の冷却速度を低下させなければ特に限定されない。たとえば、補強部材は、グラファイトシートの周囲に固定された金属細線である(実施の形態参照)。
【0029】
保持部は、試料載置部の基端部に固定されたグリップである。ユーザ(例えば、医療従事者)は、手で直接またはピンセットなどの器具を用いてこの保持部を保持して、生体試料を載置された試料載置部を液体窒素などの冷却媒体に浸漬する。保持部の大きさおよび形状は特に限定されず、ユーザが保持しやすい大きさおよび形状であればよい。
【0030】
本発明の凍結保存用具を用いて生体試料を凍結させる方法は、特に限定されないが、例えば、1)試料載置部のグラファイトシート(貫通孔が設けられていない領域)上に凍結させる生体試料を載置し、2)生体試料を載置された試料載置部を冷却媒体(例えば、液体窒素やスラッシュ窒素、液体ヘリウム、液体プロパン、エタンスラッシュなど)に静かに浸漬させればよい。ガラス化凍結法で生体試料を凍結保存する場合、凍結保存する生体試料は凍結溶液に浸漬されている。したがって、1)のステップでグラファイトシート上に載置される生体試料は、凍結溶液に浸漬された生体試料である。また、前述の通り、1)のステップで生体試料をグラファイトシートの上に載置する前に、グラファイトシートを凍結溶液の液膜で被覆してもよい。
【0031】
以上のように、本発明の凍結保存用具は、生体試料を載置する部分に貫通孔が設けられていないため、生体試料の裏面に気体(例えば、窒素ガスなど)がトラップされることがなく、かつ小さい試料も載置することができる。また、本発明の凍結保存用具は、生体試料の裏面に気体がトラップされないことに加えて、生体試料を載置するグラファイトシートの熱伝導度が非常に高いため、生体試料をより速やかに凍結することができる。
【0032】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。ここでは、インナーキャップ型のクライオチューブと一体化された本発明の凍結保存用具の例を示す。
【0033】
図2は、本発明の一実施の形態に係る凍結保存用具を示す模式図である。図2に示されるように、本発明の凍結保存用具100は、試料載置部110、保持部120およびチューブ本体130を含む。
【0034】
試料載置部110は、グラファイトシート112および補強部材114を有する。グラファイトシート112は、凍結させる生体試料(例えば、組織片や細胞など)を載置される。グラファイトシート112には、貫通孔は設けられていない。たとえば、グラファイトシート112は、幅8mm、長さ20mm、厚さ25〜100μmのグラファイトシートである。一方、補強部材114は、グラファイトシート112の両端(対向する長辺)に設けられた金属板(金属細線)である。たとえば、補強部材114は、幅1mm、長さ20mm、厚さ1mm以下の金属板(銅板、金板または銀板)である。
【0035】
保持部120は、試料載置部110の基端部に固定された樹脂成型品(グリップ)である。保持部120はチューブ本体130を密閉するインナーキャップとしても機能する。保持部120を構成する樹脂の種類は、特に限定されず、一般的なクライオチューブで用いられている樹脂(例えば、ポリプロピレンなど)から選択すればよい。
【0036】
チューブ本体130は、一般的なクライオチューブと同じ形状の、樹脂からなる容器である。チューブ本体130の形状は、特に限定されず、例えば丸底タイプ、コニカル底タイプまたは自立タイプのいずれであってもよい。チューブ本体を構成する樹脂の種類は、特に限定されず、一般的なクライオチューブで用いられている樹脂(例えば、ポリプロピレンなど)から選択すればよい。
【0037】
図3は、本実施の形態の凍結保存用具100の使用態様を示す模式図である。
【0038】
図3Aに示されるように、凍結させる生体試料200(例えば、凍結溶液に浸漬した卵巣組織)は、試料載置部110のグラファイトシート112の上に載置される。このとき、試料200を載置する前に、試料載置部110の表面を凍結溶液の液膜で被覆しておいてもよい。
【0039】
次に、ユーザは保持部120を保持して、試料載置部110を液体窒素などの冷却媒体に浸漬させる。このとき、保持部120をピンセットなどで保持して、試料載置部110だけでなく保持部120も冷却媒体に浸漬させてもよい。試料載置部110を冷却媒体に浸漬させることにより、生体試料200も冷却媒体に浸漬され、凍結する。生体試料200の表面のうちグラファイトシート112と接触していない面は、冷却媒体と直接接触する。一方、グラファイトシート112と接触している面は、グラファイトシート112と接触する。本実施の形態の凍結保存用具100では、グラファイトシート112に貫通孔が設けられていないため、生体試料200とグラファイトシート112との間に気体(例えば、窒素ガス)がトラップされることはなく、生体試料200とグラファイトシート112とは直接接触している。また、グラファイトシート112の熱伝導度が非常に高いため、生体試料200は速やかに冷却される。
【0040】
図3Bに示されるように、凍結された生体試料200は、試料載置部110(グラファイトシート112)の上に載置された状態でチューブ本体130内に収容され、保存される。
【0041】
[参考実験]
以下、参考実験として、グラファイトシート(本発明の凍結保存用具で使用)および金属板(従来の凍結保存用具で使用)の冷却速度および加温速度の測定結果を示す。
【0042】
グラファイトシートは、厚さ100μmの結晶性グラファイトシート(PGSグラファイトシート;パナソニック)を使用した。金属板は、厚さ100μmの銅板(泰豊トレーディング株式会社)を使用した。グラファイトシートおよび銅板は、いずれも0.8cm×2cmに切断したものを使用した。冷却速度および加温速度の測定には、表面温度センサを接続した記録計(EB2205;株式会社チノー)を使用した。
【0043】
まず、表面温度センサを直接液体窒素中に浸漬して、0℃から−100℃になるまでの時間を計測したところ、冷却速度は26500℃/分であった。この表面温度センサを液体窒素から大気雰囲気中に取り出して、−100℃から0℃になるまでの時間を計測したところ、加温速度は64500℃であった。
【0044】
次に、表面温度センサを2枚のグラファイトシートの間または2枚の銅板の間に挟んで固定した上で液体窒素中に浸漬して、0℃から−100℃になるまでの時間を計測した。その結果、銅板に固定した表面温度センサでは、冷却速度が2524℃/分であったのに対し、グラファイトシートに固定した表面温度センサでは、冷却速度が10021℃/分であった。また、表面温度センサを固定されたグラファイトシートまたは銅板を液体窒素から大気雰囲気中に取り出して、−100℃から0℃になるまでの時間を計測した。その結果、銅板に固定した表面温度センサでは、加温速度は4957℃/分であったのに対し、グラファイトシートに固定した表面温度センサでは、加温速度は34667℃/分であった。測定結果を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
以上の結果から、試料載置部としてグラファイトシートを使用する本発明の凍結保存用デバイスは、試料載置部として金属板を使用する従来の凍結保存用デバイスよりも熱伝導度に優れており、組織片や細胞などの生体試料の凍結保存により好適であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の凍結保存用具は、組織片や細胞などの生体試料をより簡便かつ確実に凍結させることができる。たとえば、本発明の凍結保存用具は、卵巣組織や、人工多能性幹(iPS)細胞、胚性幹(ES)細胞などを凍結保存する際に有用である。
【符号の説明】
【0048】
10 凍結保存用具
20 試料載置部
22 貫通孔
30 保持部
32 スクリューキャップ
40 チューブ本体
50 卵巣組織
100 凍結保存用具
110 試料載置部
112 グラファイトシート
114 補強部材
120 保持部
130 チューブ本体
200 生体試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料を凍結保存するための凍結保存用具であって、
生体試料を載置されるグラファイトシートを含む試料載置部と、
前記試料載置部の基端部に固定された保持部と、を有し、
前記グラファイトシートの生体試料を載置される領域は、貫通孔を有していない、
凍結保存用具。
【請求項2】
前記グラファイトシートは、貫通孔を有していない、請求項1に記載の凍結保存用具。
【請求項3】
前記グラファイトシートは、細胞膜透過型耐凍結剤を2〜6mol/L、細胞保護剤を0〜100g/L、および細胞膜非透過型耐凍結剤を0〜1mol/L含有する溶液の液膜で被覆されている、請求項1に記載の凍結保存用具。
【請求項4】
前記細胞膜透過型耐凍結剤は、エチレングリコール、ジメチルスルフォキシド、グリセロール、プロパンジオール、アセトアミド、プロピレングリコール、ブタンジオールまたはこれらの組み合わせである、請求項3に記載の凍結保存用具。
【請求項5】
前記細胞保護剤は、ポリビニルピロリドン、ヒアルロナン、ポリビニルアルコール、フィブロネクチン、不凍タンパク質、不凍アミノ酸またはこれらの組み合わせである、請求項3に記載の凍結保存用具。
【請求項6】
前記細胞膜非透過型耐凍結剤は、スクロース、トレハロース、ラクトース、ラフィノースまたはこれらの組み合わせである、請求項3に記載の凍結保存用具。
【請求項7】
前記試料載置部は、前記グラファイトシートを支持する補強部材をさらに有する、請求項1に記載の凍結保存用具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−219017(P2012−219017A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82642(P2011−82642)
【出願日】平成23年4月4日(2011.4.4)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【出願人】(511085253)医療法人三慧会 IVFなんばクリニック (1)
【Fターム(参考)】