説明

生体高分子分析方法および生体高分子認識基板

【課題】タンパク質・糖類・脂質などの生体高分子の機能解析に利用可能な分子認識基板を用いる生体高分子の分析方法において、窒素由来の共雑シグナルを低減し、高感度かつ高精度の質量分析に基づく生体高分子分析を簡便に行うことができる方法、および、当該方法に使用可能な基板を提供すること。
【解決手段】(1)標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備える生体高分子認識基板を試料と接触させる工程と、(2)試料と接触後の基板を質量分析に供し、前記人工高分子に選択的に結合した生体高分子の質量分析を行う工程と、を包含する生体高分子分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体高分子分析方法および生体高分子認識基板に関するものであり、詳細には、質量分析に基づく生体高分子分析方法および質量分析用生体高分子認識基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
2001年にヒトゲノムが100%解読されて以来、人々の関心は、個体レベルでのタンパク質濃度の変動と疾患との関連性を網羅的に解析するプロテオミクスへと移っている。このため、電気泳動や質量分析装置、そしてDNA解析のデータベースによるタンパク質の解析手法が一般的に展開されてきた。しかし、実際に同定すべきタンパク質の種類と数は、異なる翻訳後修飾や生体の置かれた状況による変化まで加算すると膨大となる。また、多くの疾患に関連するバイオマーカータンパク質の発現量は極めて少量であり、DNAのように少量のタンパク質を増幅する技術は未だにない。さらにタンパク質の発現量パターンの多くは細胞の状況やシグナル分子によって敏感に変化する生物の持つ膨大な情報の解明のために研究はますます迅速高効率化が必要となってきている。
【0003】
プロテオミクスにおけるタンパク質検出においては、DNAチップと同様に多種タンパク質を一つの基板上に固定化したプロテインチップが提唱されている。プロテインチップの用途はプロテオーム解析、創薬、臨床医学や健康化学などの研究分野はもとより、迅速な診断検査による疾病の早期発見、疾病予防、環境モニター、食品や農薬などの安全性評価など、極めて広範囲である。代表的なプロテインチップは、抗体を固定化し、蛍光ラベル化した二次抗体による蛍光解析が主流となっているものの、pmolオーダーでの定量性には乏しい。質量分析法は、pmolオーダー以下のタンパク質を検出できる高感度特性を有していることから、蛍光に置き換わるプロテインチップの検出法に適用できると期待できる。しかし、プロテインチップに固定化されている抗体はアミノ酸を基本構成分子とした複雑な窒素含有化合物であるタンパク質であるため、ここにバイオマーカータンパク質が結合したとしても、同じタンパク質であり、構成成分に大きい違いがないことから、どのようなバイオマーカータンパク質が結合しているかを質量分析で精密に同定することは容易ではない。そこで、質量分析法によりバイオマーカータンパク質を高感度定量するために、抗体に置き換わる単純な組成による分子認識材料を使用する必要がある。
【0004】
本発明者らは、トレハロースを用いた水溶性架橋剤を合成し、タンパク質インプリンティングへの応用を検討したことを報告している(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】内田裕樹、大谷亨、竹内俊文、「糖誘導体を用いた親水性架橋剤の合成とタンパク質インプリンティングへの応用」日本化学会講演予稿集、Vol.89th No.2 Page.1527 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、従来のタンパク質を基板上に固定化しているプロテインチップは、捕捉したタンパク質等の生体高分子を質量分析法で解析することが困難であった。そこで、本発明は、タンパク質・糖類・脂質などの生体高分子の機能解析に利用可能な分子認識基板を用いる生体高分子の分析方法において、窒素由来の共雑シグナルを低減し、高感度かつ高精度の質量分析に基づく生体高分子分析を簡便に行うことができる方法、および、当該方法に使用可能な基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]試料中の生体高分子を分析する方法であって、(1)標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備える生体高分子認識基板を試料と接触させる工程と、(2)試料と接触後の基板を質量分析に供し、前記人工高分子に選択的に結合した生体高分子の質量分析を行う工程と、を包含することを特徴とする生体高分子分析方法。
[2]生体高分子がタンパク質である前記[1]に記載の生体高分子分析方法。
[3]人工高分子が、架橋剤に糖誘導体を使用していることを特徴とする前記[1]または[2]に記載の生体高分子分析方法。
[4]糖誘導体がトレハロース誘導体である前記[3]に記載の生体高分子分析方法。
[5]標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備えることを特徴とする質量分析用生体高分子認識基板。
[6]生体高分子がタンパク質である前記[5]に記載の質量分析用生体高分子認識基板。
[7]人工高分子が、架橋剤に糖誘導体を使用していることを特徴とする前記[5]または[6]に記載の質量分析用生体高分子認識基板。
[8]糖誘導体がトレハロース誘導体である前記[7]に記載の質量分析用生体高分子認識基板。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、窒素由来の共雑シグナルが低減された高感度かつ高精度の質量分析に基づく生体高分子分析を簡便に行うことができる。本発明は、プロテオミクス解析に代表される生体高分子機能解析に利用可能な生体高分子分析方法および当該方法に用いる生体高分子認識基板として高い有用性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】リゾチーム認識部位を有する分子インプリントポリマー薄膜が表面に形成された基板(DATlys-MIP基板)を、リゾチーム、ミオグロビンおよびHSAの混合溶液に浸漬した後、基板を洗浄せずにMALDI-TOF-MSで測定した結果を示す図である。
【図2】リゾチーム認識部位を有する分子インプリントポリマー薄膜が表面に形成された基板(DATlys-MIP基板)を、リゾチーム、ミオグロビンおよびHSAの混合溶液に浸漬した後、基板を洗浄してMALDI-TOF-MSで測定した結果を示す図である。
【図3】DATlys-MIP基板およびタンパク質認識部位を有しない分子インプリントポリマー薄膜が表面に形成された基板(DAT-NIP基板)を、リゾチーム、ミオグロビンおよびHSAの混合溶液に浸漬した後、基板を洗浄してMALDI-TOF-MSで測定した結果におけるリゾチームのピーク強度を比較した図である。
【図4】SPR用DATlys-MIP基板およびSPR用DAT-NIP基板を用いてリゾチーム、ミオグロビンおよびHSAの混合溶液のSPR測定した結果におけるピーク波長のシフト値(ΔRU)を比較した図である。
【図5】DATcyt-MIP基板およびDAT-NIP基板を、シトクロムC、ミオグロビンおよびHSAの混合溶液に浸漬した後、基板を洗浄してMALDI-TOF-MSで測定した結果におけるシトクロムCのピーク強度を比較した図である。
【図6】DATlys-MIP基板、DAT-NIP基板、MBAAcyt-MIP基板およびMBAA-NIP基板を、リゾチーム、ミオグロビンおよびHSAの混合溶液に浸漬した後、基板を洗浄してMALDI-TOF-MSで測定した結果におけるリゾチームのピーク強度を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
〔生体高分子認識基板〕
本発明の質量分析用生体高分子認識基板(以下「本発明の基板」という。)は、標的生体高分子認識部位を有する人工高分子が基板の表面に形成され、かつ、当該人工高分子は窒素を含有しないものである。人工高分子に標的生体高分子が結合または吸着した状態で、基板をそのまま質量分析に供することができるものであることが好ましい。基板表面の人工高分子が窒素を含有しないので、質量分析において窒素由来の共雑シグナルが発生せず、標的生体高分子の高感度かつ高精度な質量分析に用いることができる。特に、窒素含有生体高分子であるタンパク質の分析に用いる基板として非常に有用である。
【0011】
本発明の基板に用いられる基板は、その表面に標的生体高分子認識部位を有する人工高分子(以下「分子インプリントポリマー」という。)を形成できるものであれば特に限定されない。具体的には、金属基板、ガラス基板、シリコン基板、窒化シリコン基板、金属酸化物基板、人工高分子基板、天然高分子基板などが挙げられる。好ましくは、ガラス基板、シリコン基板である。
【0012】
基板表面に形成される分子インプリントポリマーは、窒素を含有しないものであればよい。窒素を含有しない分子インプリントポリマーは、窒素を含有しない原料(鋳型分子を除く)を用いて合成することが好ましい。
分子インプリントポリマーは、重合反応時に鋳型分子に対して相補的に相互作用する分子認識部位を、ポリマー合成と同時に構築することにより合成することができる。より詳細には、まず、標的分子あるいはその誘導体や類似化合物と結合可能な官能基および重合可能な官能基を併せ持つ機能性モノマーを標的分子と結合させて、標的分子/機能性モノマー複合体を形成させる。なお、この複合体を形成するための結合は、切断可能であれば共有結合でも非共有結合でもかまわない。次に、この標的分子/機能性モノマー複合体に架橋剤および重合開始剤を加え、重合反応を行なう。これにより鋳型分子の形状ならびに相互作用点の配置を記憶した有機高分子が得られる。最後に、得られた高分子より鋳型分子を切断除去することにより、鋳型分子と基質特異的に相互作用する分子認識部位を有する高分子(分子インプリントポリマー)が得られる。なお、分子インプリントポリマーの合成方法については、例えば、参考文献「Komiyama, M., Takeuchi, T., Mukawa, T., Asanuma, H. "Molecular Imprinting", WILEY-VCH, Weinheim, 2002.」の記載を参照すればよい。
【0013】
本発明の基板における分子インプリントポリマーは、架橋剤に糖誘導体を使用して合成することが好ましい。糖誘導体の架橋剤は親水性であるため、得られる分子インプリントポリマーと生体高分子との疎水性相互作用による非特異的吸着を抑制することができる。糖誘導体の糖としては、キシロース、リボース、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース等の単糖、スクロース、マルトース、ラクトース、セルビオース、トレハロース等の二糖、ラフィノース、マルトトリオース等の三糖、アカルボース、スタキオース等の四糖、その他のオリゴ糖などが挙げられる。好ましくは二糖、三糖および四糖であり、より好ましくは二糖であり、特に好ましくはトレハロースである。糖誘導体としては、重合可能な官能基で窒素を含まないものがエステル結合やエーテル結合で連結してあるものが好ましい。具体的には、糖のジアクリル酸エステル誘導体、ジメタクリル酸エステル誘導体、ジアリルエーテル誘導体などが挙げられる。
【0014】
本発明の基板において、異なる生体高分子を標的とする複数種類の分子インプリントポリマーを基板表面に配置したアレイ状の基板としてもよい。アレイ状の基板とすることで、多数の標的生体高分子を同一の基板で分析可能となり、生体試料の網羅的な解析(例えば、プロテオーム解析、メタボローム解析等)に好適に用いることができる。
【0015】
〔生体高分子分析方法〕
本発明の生体高分子分析方法(以下「本発明の方法」という。)は、試料中の生体高分子を分析する方法であり、以下の(1)および(2)の工程を少なくとも包含するものであればよい。
(1)標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備える生体高分子認識基板を試料と接触させる工程
(2)試料と接触後の基板を質量分析に供し、前記人工高分子に選択的に結合した生体高分子の質量分析を行う工程
本発明の方法により、試料中の標的生体高分子を高感度かつ高精度に検出および定量することができる。
【0016】
工程(1)における標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備える生体高分子認識基板として、上記本発明の基板を好適に用いることができる。
生体高分子を含む試料は特に限定されない。例えば、動物、植物、微生物等の生体構成成分を好適に用いることができる。ヒトを含む動物由来の試料としては、例えば血液、組織液、リンパ液、脳脊髄液、膿、粘液、鼻水、喀痰、尿、糞便、腹水等の体液類、皮膚、肺、腎、粘膜、各種臓器、骨等の組織、鼻腔、気管支、皮膚、各種臓器、骨等を洗浄した後の洗浄液、透析排液などを挙げることができる。なお、試料は標的分子を含み得るものであればよい。
基板を試料と接触させた後に、基板を洗浄することが好ましい。基板を洗浄することにより、非特異的な相互作用の影響を減少させることができる。
【0017】
試料に標的生体高分子が含まれていれば基板表面の分子インプリントポリマーに特異的に吸着するので、工程(2)では、基板表面に標的生体高分子が吸着した状態のままで、基板を質量分析に供試する。すなわち、基板表面に標的生体高分子が吸着した状態の基板を質量分析のサンプルとして質量分析を行う。基板に形成された分子インプリントポリマーは窒素を含有せず、質量分析において窒素由来の共雑シグナルが発生しないので、基板から標的生体高分子を分離しなくても、標的生体高分子の高感度かつ高精度な質量分析を行うことができる。特に、窒素含有生体高分子であるタンパク質の分析に用いる方法として非常に有用である。また、基板から標的生体高分子を分離してから質量分析に供することを要しないため、標的生体高分子を分離するための煩雑な工程を省略することができる点で、簡便であり、低コストである。
【0018】
質量分析法は特に限定されず、どのようなタイプの質量分析計を用いてもよい。試料のイオン化法としては、例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、高速原子衝突(FAB)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法、大気圧化学イオン化(APCI)法、大気圧光イオン化(APPI)法、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法、最近開発された大気圧直接イオン化法であるDARTTM法などが挙げられる。分析部は、例えば磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型などが挙げられる。
本発明の方法は、市販の質量分析計用いて好適に行うことができる。質量分析計の操作方法は、その取り扱い説明書に従えばよい。
【実施例】
【0019】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
〔実施例1〕
〔1〕水溶性架橋剤 6,6’-diacryloyl-trehalose (DAT) の合成
(1)Octa(trimethlsilyl)trehalose(化合物I)の合成
準備として、トレハロース2水和物を凍結乾燥した。また、ピリジン300 mlに水素化カルシウムを加え、一晩撹拌し予備乾燥を行なった。その後蒸留し、純粋なドライ−ピリジンを得た。
【0021】
以下のスキーム1に従って化合物Iを合成した。すなわち、Trehalose 5 g (14.61 mmol) をpyridine 80 ml に溶解させた。氷冷下で攪拌しながらtrimethylchlorosilane 37.5 ml (292 mmol)を滴下した。30分間氷冷下で攪拌し、2時間室温で反応させた。TLC(展開溶媒:塩化メチレン、検出:アニスアルデヒド)で原料(Rf=0.00)の消失および目的物と思われるスポット(Rf=0.81)の出現を確認したため、反応を停止するために、純水25 mlを氷水下で滴下し、1時間攪拌した。得られた溶液をジエチルエーテルと純水により抽出し、希塩酸を少しづつ加えエーテル層内のpyridineを除去した。pyridineの有無はTLC(原点付近に広がる)で確認した。得られたエーテル溶液を硫酸マグネシウムで乾燥させた後、溶媒を除去すると無色透明のオイル状の物質が得られ、これを真空乾燥させると半透明の結晶が得られた。
1H-NMR(solvent: CDCl3):δ=4.77-4.76[d,2H,H-1,1’], 3.77-3.22[m,12H], 0.19-0.00[t,72H,Si-(CH3)3]
MALDI-TOF-MS(CHCA):分子量 Mw=918.81に対して、m/z=941.86 [M+Na+]に化合物Iを確認した。収量:11.13(12.11 mmol)、収率: 82.95%
【0022】
【化1】

【0023】
(2)Hexa(trumethylsilyl)trehalose(化合物II)の合成
以下のスキーム2に従って化合物IIを合成した。すなわち、化合物I 11.13 g (12.11 mmol)を30 mlのメタノールに溶解させた。氷冷下で炭酸カリウム250 mg (1.81 mmol)を加え、3時間反応させた。TLC(展開溶媒:塩化メチレン)で原料のスポット(Rf=0.81)の消失および目的物(Rf=0.22)と思われるスポットの出現を確認したため反応を終了した。氷冷下で希塩酸を溶液のpHが中性になるまで加えた。溶媒を減圧留去させると、白色固体が得られた。これを塩化メチレンに溶解させ、飽和食塩水で抽出した。有機層を回収し、硫酸マグネシウムで乾燥させ、溶媒を減圧留去した。これを真空乾燥させると白色固体が得られた。
1H-NMR(300 MHz CDCl3):δ=4.908-4.898[d,2H,H-1,1’], 3.924-3.3.402[m,12H], 1.721[t,2H OH], 0.173-0.00[t,54H H,Si-(CH3)3]
MALDI-TOF-MS(CHCA):分子量 Mw=774.35に対して、m/z=792.47[M+Na+]に目的物IIを確認した。粗収量: 7.02(9.06 mmol)、粗収率: 74.81%
【0024】
【化2】

【0025】
(3)6-6’-diacrylhexa(trimethlsilyl)trehalose(化合物III)の合成
以下のスキーム3に従って化合物IIIを合成した。すなわち、化合物II 7.02 g (9.06 mmol)を窒素雰囲気下でTHF(80 ml)に溶解させ、氷冷下でトリエチルアミン 4.3 ml (30 mmol)をシリンジで加えた。アクリロイルクロライド 2.58 ml (30 mmol)をTHF 10 mlに混合した後、シリンジでゆっくり加えた。4時間攪拌し反応させた後、TLC(展開溶媒:塩化メチレン)にて原料スポット(Rf=0.22)の消失および目的物(Rf=0.49)と思われるスポットを確認したため反応を停止した。濾過した。得られた黄色の液体を減圧留去し黄色の固体を得た。これをジクロロメタンと飽和食塩水で抽出した。これをカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;酢酸エチル:ヘキサン=1:7)で精製し、白色固体を得た。
1H-NMR(300MHz CDCl3):δ=6.476-5.838[m,6H,-CH=CH2’], 4.947-4.936[d,2H,H-1,1’], 4.330-3.482[m,12H] 0.159-0.000[t,54H H,Si-(CH3)3]
MALDI-TOF-MS(CHCA):分子量Mw=883.02に対して、m/z=905.86[M+Na+]に目的物IIIを確認した。粗収量: 4.03 g(4.57 mmol)、粗収率: 65.01%
【0026】
【化3】

【0027】
(4)6,6’-diacryloyl-trehalose (DAT) の合成
以下のスキーム4に従ってDAT(目的物)を合成した。すなわち、化合物III 4.03 g (4.57 mmol)をメタノール 150 mlに溶解させ、水 10 mlおよび酢酸 4 mlを氷水下で滴下し攪拌した。TLCで原料のスポット(Rf=0.49)の消失、および原点に目的物と思われるスポットを確認したため、反応を終了した。溶媒を減圧留去および真空乾燥によって除去したところ白色固体を得た。
1H-NMR (solvent:D2O):δ=6.476-5.838[m,6H,-CH=CH2], 4.947-4.936[d,2H,H-1,1’], 4.330-3.482[b,-OH]
MALDI-TOF-MS(CHCA):分子量Mw=450.14に対して、m/z=473.70[M+Na+]に目的物(DAT)を確認した。収量: 1.89 g(4.20 mmol)、収率: 91.92%、原料からの最終的な収率は34.68%
【0028】
【化4】

【0029】
〔2〕MALDI-TOF-MS測定用分子インプリントポリマー薄膜基板の作製
(1)基板への重合開始剤(V-50)の導入
ガラス基板(MATSUNAMI, micro cover glass (9.7×11.7 mm))表面に金蒸着した金基板を自製した。金基板をUV−Oで30分間処理した。この基板を5 mM 11-mercapto undecanoic acid EtOH溶液に浸し、1時間冷蔵庫内(4℃)に静置し、SAM膜修飾を行った。SAM膜修飾を行った基盤をEtOHで洗浄し、真空乾燥した。次に、基板を 0.1 M WSC(含 0.2 M NHS) EtOH溶液に浸し、1時間室温にて静置し、SAM末端のカルボキシル基の活性化を行った。静置後取り出し、EtOHにて洗浄後、真空乾燥した。続いて、基板を10 mM V-50 MeOH溶液に浸し、1時間室温にて静置し、重合開始剤の導入を行った。開始剤を導入した基板をMeOHにて洗浄した後真空乾燥した。
【0030】
(2)ポリマー薄膜基板の作製
上記基板表面に、リゾチーム認識部位を有する分子インプリントポリマー薄膜(DATlys-MIP)、シトクロムC認識部位を有する分子インプリントポリマー薄膜(DATcyt-MIP)、またはタンパク質認識部位を有しないコントロール薄膜(DAT-NIP)をそれぞれ形成し、ポリマー薄膜基板を作製した。すなわち。表1のレシピに従って、各ポリマー溶液を調製し、重合開始剤を導入した基板をポリマー溶液に浸し、恒温槽にて60℃、6時間重合を行った。分子インプリントポリマーからのタンパク質の洗浄は、ドデシル硫酸ナトリウム水溶液、塩化ナトリウム水溶液、純水により行った。
以下、それぞれ「DATlys-MIP基板」、「DATcyt-MIP基板」、「DAT-NIP」基板と称する。
【0031】
【表1】

【0032】
〔3〕表面プラズモン共鳴(SPR)測定用分子インプリントポリマー薄膜基板の作製
比較のために、SPR用の金基板表面に、リゾチーム認識部位を有する分子インプリントポリマー薄膜(DATlys-MIP)またはタンパク質認識部位を有しないコントロール薄膜(DAT-NIP)を有するSPR基板を作製した。SPR用の金基板を用いた以外は、上記〔2〕と同様の方法で作製した。
【0033】
〔4〕DATlys-MIP基板による吸着タンパク質の質量分析
DATlys-MIP基板およびDAT-NIP基板を、リゾチーム、ミオグロビン、HSA(ヒト血清アルブミン)を各1μMに調整した混合タンパク質溶液に1時間浸透させ、ポリマー薄膜にタンパク質を吸着させた。Tris-HCl buffer(pH7.4)で基板を洗浄した後、または基板を洗浄せずに、マトリックス溶液(10 mMシナピン酸、0.1%TFA、アセトニトリル50%、水50%)を添加し真空乾燥させ、基板をMALDI-TOF-MS測定の基板専用のプレートであるSAMPLE PLATE BIACORE上にカーボンテープにて固定し、MALDI-TOF-MSにて測定した。MALDI-TOF-MSの測定条件を表2に示した。
【0034】
【表2】

【0035】
図1にDATlys-MIP基板洗浄前のMALDI-TOF-MS測定結果を示し、図2にDATlys-MIP基板洗浄後のMALDI-TOF-MS測定結果を示した。洗浄前の図1には、リゾチーム(Mw:14300)およびミオグロビン(Mw:17500)のピークが認められたが、洗浄後の図2には、リゾチーム(Mw:14300)のピークのみが認められた。この結果から、DATlys-MIP薄膜にリゾチームが特異的に吸着していることが明らかとなった。
【0036】
DATlys-MIP基板およびDAT-NIP基板におけるリゾチームのピーク強度を比較した結果を図3に示した。ピーク強度は、測定結果からマトリックスであるシナピン酸由来の分子量ピーク(225)の強度に対する測定サンプルの分子量ピーク(14kDa)の強度の比を取り、それを異なる測定箇所約7点からの強度比を平均化したものである。図3から明らかなように、リゾチームのピーク強度はDATlys-MIP基板の方が大きかった。この結果から、マトリックスのピークと強度比をとることにより、DATlys-MIP薄膜に特異的に吸着したリゾチームを質量分析により定量できることが示された。
【0037】
SPR用のDATlys-MIP基板およびDAT-NIP基板をそれぞれ用い、BIACORE 3000にてリゾチーム、ミオグロビン、HSAを各1μMに調整した混合タンパク質溶液に対するSPRを測定した。測定条件を表3に示した。
【0038】
【表3】

【0039】
図4にDATlys-MIP基板およびDAT-NIP基板におけるピーク波長のシフト値(ΔRU)を比較した結果を示した。図4から明らかなように、ΔRU値はDATlys-MIP基板のほうが大きかった。図3に示したMALDI-TOF-MS測定結果と図4に示したSPRの結果が同様であったことから、分子インプリントポリマーと質量分析の組み合わせによるタンパク質分析が実用可能であることが示された。
【0040】
〔5〕DATcyt-MIP基板による吸着タンパク質の質量分析
DATcyt-MIP基板およびDAT-NIP基板を、シトクロムC、ミオグロビン、HSAを各1μMに調整した混合タンパク質溶液に1時間浸透させ、ポリマー薄膜にタンパク質を吸着させた。Tris-HCl buffer(pH7.4)で基板を洗浄した後、マトリックス溶液(10 mMシナピン酸、0.1%TFA、アセトニトリル50%、水50%)を添加し真空乾燥させ、基板をMALDI-TOF-MS測定の基板専用のプレートであるSAMPLE PLATE BIACORE上にカーボンテープにて固定し、MALDI-TOF-MSにて測定した。MALDI-TOF-MSの測定条件は表2のとおりである。
【0041】
DATcyt-MIP基板およびDAT-NIP基板におけるシトクロムCのピーク強度を比較した結果を図5に示した。図5から明らかなように、DATcyt-MIP薄膜はリゾチームを特異的に吸着していることが示された。
以上の結果から、鋳型タンパク質を変更することにより、種々のタンパク質を分子インプリントポリマーに特異的に吸着させ、質量分析によりタンパク質分析を行うことが可能であることが示された。
【0042】
〔6〕架橋剤の比較
架橋剤にメチレンビスアクリルアミド(MBAA)を使用したリゾチーム認識部位を有する分子インプリントポリマー薄膜(MBAAcyt-MIP)基板、およびタンパク質認識部位を有しないコントロール薄膜(MBAA-NIP)基板を作製し、DATcyt-MIP基板およびDAT-NIP基板と比較した。MBAAcyt-MIP基板およびMBAA-NIP基板は、上記〔2〕に記載の基板作製方法において、表1のDATをMBAAに代えて作製した。上記〔5〕に記載と同様に、各基板をリゾチーム、ミオグロビンおよびHSAの混合タンパク質溶液に浸透させ、基板を洗浄後、MALDI-TOF-MSにて測定した。
【0043】
DATlys-MIP基板、DAT-NIP基板、MBAAcyt-MIP基板およびMBAA-NIP基板におけるリゾチームのピーク強度を比較した結果を図6に示した。図6から明らかなように、架橋剤にMBAAを用いた場合、MBAAcyt-MIP基板とMBAA-NIP基板との間に大きな差は認められなかった。一方、DATlys-MIP基板とDAT-NIP基板との間には大きな差が認められた。この結果から、架橋剤にDATを用いたほうが、標的タンパク質の選択性が高いことが示された。これは、DATが親水性架橋剤であるために、タンパク質の疎水性相互作用による非特異的吸着が抑制されたためと考えられた。
【0044】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の生体高分子を分析する方法であって、
(1)標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備える生体高分子認識基板を試料と接触させる工程と、
(2)試料と接触後の基板を質量分析に供し、前記人工高分子に選択的に結合した生体高分子の質量分析を行う工程と、
を包含することを特徴とする生体高分子分析方法。
【請求項2】
生体高分子がタンパク質である請求項1に記載の生体高分子分析方法。
【請求項3】
人工高分子が、架橋剤に糖誘導体を使用していることを特徴とする請求項1または2に記載の生体高分子分析方法。
【請求項4】
糖誘導体がトレハロース誘導体である請求項3に記載の生体高分子分析方法。
【請求項5】
標的生体高分子認識部位を有し、かつ窒素を含有しない人工高分子を備えることを特徴とする質量分析用生体高分子認識基板。
【請求項6】
生体高分子がタンパク質である請求項5に記載の質量分析用生体高分子認識基板。
【請求項7】
人工高分子が、架橋剤に糖誘導体を使用していることを特徴とする請求項5または6に記載の質量分析用生体高分子認識基板。
【請求項8】
糖誘導体がトレハロース誘導体である請求項7に記載の質量分析用生体高分子認識基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−32279(P2012−32279A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−172076(P2010−172076)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(392017303)システム・インスツルメンツ株式会社 (15)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】