説明

生分解性を制御された生分解性芳香族ポリエステルを製造する方法

【課題】ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に代表される生分解性芳香族ポリエステルの生分解性を一層向上させること。
【解決手段】ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に電離放射線を照射し、分子構造に橋かけ反応に優先して分解反応を起させる。いっそう具体的には、真空中において、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に電子線を照射し、分子構造に分解反応を起こさせることによって、生分解性芳香族ポリエステルを製造する。あるいは、空気中において、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体にγ線を照射し、分子構造に分解反応を起こさせることによって、生分解性芳香族ポリエステルを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌中や海洋などにおいて半永久的蓄積を引き起こすことのない、環境に優しく用途によって高いレベルの生分解性を持つ芳香族ポリエステルを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、生産されている石油合成系プラスチックは、我々の日常生活全般において不可欠な材料である。一方、安定で分解し難い性質から、土壌中や海洋などでの半永久的蓄積を引き起こすなど、環境問題に直結するデメリットも併せ持つ。このような背景から、環境を配慮した材料として、生分解性プラスチックが開発され、実用化が進められている。生分解性プラスチックは、主として脂肪族ポリエステルを中心に研究開発、市場開拓が行われてきたが、近年、ポリエチレンテレフタレートの原料ともなっているテレフタル酸を主体とした生分解性を有する芳香族ポリエステルが開発され、代表的な生分解性芳香族ポリエステルとして、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体(商品名:バイオマックス(登録商標)、Du Pont社製)、ポリブチレンテレフタレート・アジペート共重合体(商品名:エコフレックス(登録商標)、BASF社製)などがある。中でも、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体は、芳香族環を有していることから熱的に安定しており、優れた耐熱性(融点200℃)、耐久性を持っている。
【0003】
【非特許文献1】「生分解性芳香族ポリエステル:バイオマックスについて」月刊エコインダストリー、12頁、酒井修司著、2003年9月25日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ポリエチレンテレフタレートを基本骨格として、その分子構造に生分解性の特徴を持たせるようにしたポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体は、優れた耐熱性、耐久性を有することから、生分解性に加え機械的強度も兼ね備えた次世代の分解性マテリアルとして期待されている。しかしながら、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体は芳香族環を有するため、脂肪族ポリエステルと比較して生分解速度が遅く、生分解性の制御が重要な技術課題となっている。
【0005】
これまでに、生分解性脂肪族ポリエステルの生分解性制御に関しては、放射線照射による分解反応ないしは橋かけ反応が有効であることを示してきた。すなわち、放射線照射による分解反応により生分解性が向上し、また橋かけ反応により酵素が架橋部位の存在によって試料内部に浸透しにくくなり生分解性が低下することを見出しており、放射線照射により生分解性を自在に制御できることを国内外においてすでに公に報告してきた。この手法は、添加剤や開始剤が不要で、かつ液体や固体など加工する材料の形状や寸法を選ばない手法としても有効である。しかしながら、芳香族系のポリエステルの放射線照射による生分解性の制御についてはまだ未解決であり、まだ公開された文献も見当たらない。また芳香族ポリエステルの放射線照射挙動についてもまったく未知の状態にある。
【0006】
そこで、本発明の目的は、優れた生分解性を持つ、生分解性が制御された生分解性芳香族ポリエステルを製造する方法を提供することにある。より具体的には、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体(バイオマックス(登録商標),Du Pont社製)に代表される生分解性芳香族ポリエステルの生分解性を一層向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の目的を達成するため、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の放射線照射挙動を詳細に検討し、照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の生分解性の評価を行った。その結果、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に電離放射線を照射することによって、分子構造に橋かけ反応に優先して、分解反応が起こることが確認された。従って、本発明の生分解性芳香族ポリエステルを製造する方法は、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に電離放射線を照射することによって、分子構造に分解反応を起こさせることにある。
【0008】
より好ましい方法では、上述の分解反応を、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に電子線を照射することで起こさせるか、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体にγ線を照射することで起こさせることによって、生分解性芳香族ポリエステルを製造する。さらに一層好ましい方法では、酸化分解反応を伴う空気中において、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体にγ線を照射することで起こさせることによって、生分解性芳香族ポリエステルを製造する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、生分解性芳香族ポリエステル、例えばポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体が本来持っている特性を損なうことなく、これまでより格段に生分解性に優れた生分解性芳香族ポリエステルを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1及び図2を用いて、本発明の好適な実施例について説明する。
具体的な実施例について説明する前に、実施例において使用された試料及び試薬の内容、放射線照射の方法、及び照射後の試料の測定方法について説明する。
(1)試料及び試薬
【0011】
ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体はデュポン(株)により提供されたバイオマックス(登録商標)(WA101A型)をホットプレス機[池田機械工業(株)]を用いて厚さ0.5mmのフィルムを作製し、短冊状(20×150×0.5 mm)にしたものを用いた。また、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体を溶解させるための、m−クレゾール[和光純薬工業(株)]は市販品をそのまま用いた。
(2)放射線照射
【0012】
ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の電子線照射にあたって、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体のフィルム(20×150×0.5 mm)4枚をポリエチレン/ナイロンバックに入れ、脱気してヒートシールした。次いで、その試料にコッククロフトウォルトン型電子加速器を用いて、電子線 (最大加速電圧:2 MeV、電流:2mA)を室温(25 ℃)で所定線量 (100、200、500、700、1000 kGy)照射した。
【0013】
一方、γ線照射は、室温で真空中と空気中で行い、真空中では電子線照射の場合と同様に、フィルム(20×150×0.5 mm)4枚をポリエチレン/ナイロンバックに入れ、脱気した後、同研究所コバルト第2照射棟第6セルでCo-60を線源としたγ線(線量率:10 kGy/h)を200 kGy照射した。空気中では、フィルムにγ線(線量率10 kGy/h)を所定線量(100、200、500、900 kGy)照射した。
(3)測定
【0014】
照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の粘度測定は、m−クレゾールを溶媒として、濃度0.5 g/dL、30 ℃でオストワルド型粘度計を用いて行った。示差走査熱量測定(DSC)[(株)島津製作所製、DSC-60]は、以下の温度プログラムで行った。窒素雰囲気下で、まず10 ℃/minで30 ℃から250 ℃まで加熱し5分間保持した後、20 ℃/minで30 ℃まで冷却し20分間保持した。その後再び10 ℃/minで30 ℃から250 ℃まで加熱し、この過程を観測した。熱重量分析 (TGA) [(株)島津製作所製、TGA-60]は昇温速度を10 ℃/minとして窒素雰囲気下で行い、10%重量減少温度(Td10)を測定した。
(4)生分解性試験
【0015】
群馬県高崎市の土壌0.6 gと豚糞3 gを微生物接種源として、pH7.5のLB培地[100 mL (NaCl 5.0 g/L、 Yeast Extract 5.0 g/L、 Polypepton 10.0 g/L)]にポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体フィルム(10×10×0.5 mm)を入れ、50 ℃で14日から28日間振とうした。分解後のフィルムをメタノール、蒸留水で洗浄し、凍結乾燥した。フィルムの初期重量から分解後のフィルムの重量を減算し、重量減少率を算出した。また、コントロール実験として、微生物を摂取しないものも同様に処理した。
(5)走査型電子顕微鏡(SEM)による観察
【0016】
生分解前後のポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体フィルム表面をイオンスパッタリング装置(JEOL社製、Quick auto coater JFC-1500)を用いて真空中、金蒸着し、試料表面をSEM (JEOL社製、JSM-6700FS)を用い、加速電圧20 kVで観察した。
(具体例)
1.ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の放射線照射挙動
【0017】
上述のようにして調製したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に対し、電子線またはγ線を照射した。そこで得られたサンプルをm−クレゾールに溶かし粘度測定を行った。図1に、照射した試料の固有の粘度(ηinh(g/dL))を示す。その結果、電子線の吸収線量が増加するに従いポリマーの粘度が減少した。一方、空気中でγ線を照射したところ、真空中の場合に比べ粘度の大きな低下がみられた。したがって、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に放射線を照射することにより、分解反応が進行することが明らかとなった。
【0018】
この真空中と空気中で照射したサンプルの分解度の差は、空気中の酸素による酸化分解反応が関係していると考えられる。また、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の放射線照射において分解反応が優先的に進行した理由として、グリコール部位のメチレン鎖の数が挙げられる。活性種(ラジカル)ができる部位であるメチレン鎖の数が2と少ないため分解反応が優先的に進行したものと考えられる。
2.照射ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の熱的性質
【0019】
放射線照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の熱的性質を評価するため、DSC測定を行った。その結果、照射線量の増加に伴い融点(Tm)および融解熱 (ΔHm)の低下が確認された。真空中で放射線照射した試料よりも空気中で照射した試料の方が、融点および融解熱が低くなる傾向がみられた。これらのことから、放射線照射による分解反応が、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の結晶性を低下させることがわかる。
【0020】
ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の放射線照射による分解反応が、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の熱安定性に与える影響を確かめるために、熱重量分析(TGA)測定により10%熱分解したときの温度(Td10)を求めたところ、未照射のポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体、照射したサンプルともにTd10は418℃で同じであったことから、照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体は高い耐熱分解性を維持していることがわかる。
3.照射ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の生分解性試験
【0021】
上記の結果より、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に放射線を照射することにより分子量および結晶性が低下することが分かった。これはポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の放射線照射による柔軟性の向上を示唆するものであり、生分解性の向上が期待できる。空気中でγ線照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体(0、200、900 kGy)の生分解性試験を群馬県高崎市の土壌と豚糞を微生物接種源として14日から28日間行った。図2でも分かるように、未照射のポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の重量減少率は1 %未満であったのに対し、吸収線量の増加に伴い、生分解による重量減少率が増加し、900 kGy照射のポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体では28日間で最大8.3 %の重量減少率が得られた。これらの結果より、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に放射線を照射することにより、生分解性が向上することが明らかとなった。
4.SEMによる試料表面の観察
【0022】
分解前と分解28日後のサンプルのフィルム表面をSEMで観察した。分解前のフィルム表面は比較的滑らかであったのに対し、照射線量の増加に伴い表面が粗くなり、フィルム内部まで侵食されていることが観察された。この結果からも、照射線量の増加に伴い生分解性が高くなっていることが支持され、また全ての場合においてフィルム表面から分解が進行していることが分かった。
【0023】
ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の放射線照射挙動を詳細に検討した結果、分解反応が優先的に進行することが明らかとなり、照射線量の増加に伴い分解度が向上することが分かった。また、真空中で放射線照射するよりも空気中で照射した方が、空気中の酸素による酸化分解反応が促進することが明らかとなった。照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の熱的性質をDSC測定により評価した結果、照射線量の増加に伴い結晶性が低下することが確認された。さらに、照射ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の生分解性試験の結果から、照射線量の増加に伴い生分解性が向上することが分かり、ポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体に放射線を照射することにより生分解性を制御できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
以上のようにして生分解性を制御できた生分解性芳香族ポリエステルは、工業、農業、医療、食品等の広範囲の分野において利用可能である。以下にその一例を挙げるが、これらに限定されるものではない。本発明に係る製造方法によって製造された生分解性芳香族ポリエステルは、生分解性に極めて優れた環境保全型の材料である。現在、農業マルチフィルムに利用されている材料は生分解性を有しない石油合成の塩化ビニル系の材料であり、個別処理による焼却処分されているが、本発明によって製造された生分解性芳香族ポリエステルをそれらに利用することによって、焼却処分せずに直接土壌に廃棄することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】真空中で電子線を照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体試料の固有の粘性と、真空中と空気中でγ線を照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体試料の固有の粘性を示す図である。
【図2】空気中でγ線照射したポリエチレンテレフタレート・アジペート共重合体の生分解性試験の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0026】
Dose 吸収線量
Weight loss 重量損失

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族を有する生分解性ポリエステルに電離放射線を照射し、分子鎖切断を伴う分解反応を起こすことによって、生分解性を制御された生分解性芳香族ポリエステルを製造する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法において、前記分解反応を、空気中において起こさせることを特徴とする生分解性を制御された生分解性芳香族ポリエステルを製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−308571(P2008−308571A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−157099(P2007−157099)
【出願日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】