説明

生物由来製品の偽薬

【課題】生物由来製品とほぼ同じ外観を有し、医薬的に安全であるが、生物由来製品と同じ薬効は有しない、二重盲検法等における被験薬と同じ扱いが可能な偽薬を提供する。
【解決手段】界面活性作用を有する物質を含有する、生物由来製品の偽薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床試験で用いる生物由来製品の偽薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
薬効を臨床上正しく評価する方法の一つである二重盲検法は、特に心理的影響を避けるために行われている。すなわち患者および医者の双方に被験薬と偽薬の区別を知らせずに第三者である成績判定者だけがその区別を知った上で行う。従って被験薬および偽薬は、外観、味、臭い等の点で区別がつかないことが必須条件である。
【0003】
現在、例えばグロブリン製剤などのための偽薬に代わるものとしては生理食塩液等が使用されているが、血漿分画製剤等は泡立つ外観を有しているため、外観の相違する生理食塩液は偽薬としては適当ではなかった。すなわち臨床試験中はブラインド性を確保するために、該製剤の調製や希釈等は別室で行い、さらに製剤の容器にはカバー等を施すといった煩雑な手順を強いられていた。加えて、投薬者と効果判定者もそれぞれ薬剤調製者とは別々にすることが必要であった。またグロブリン製剤の偽薬としてアルブミン含有偽薬を使用する場合もあるが、外観上はよく似ているが着色する場合があり、さらに薬効や安全性の点で適当な偽薬とはいえなかった。
【0004】
しかしながら、外観上相違のない、安全で偽薬としての条件を備えた生物由来製品の偽薬は知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、生物由来製品とほぼ同じ外観を有し、医薬的に安全であるが、薬効は有さず、二重盲検法等における被験薬と同じ扱いが可能な偽薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題の解決について研究を重ねた結果、界面活性作用を有する物質を含有させた組成物が生物由来製品と同じ外観を有し、安全で安定な品質を有する生物由来製品の偽薬として利用できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)界面活性作用を有する物質を含有する、生物由来製品の偽薬。
(2)界面活性作用を有する物質が界面活性剤である、(1)に記載の偽薬。
(3)界面活性剤の含有量が0.00001〜0.010w/w%である(2)に記載の偽薬。
(4)界面活性作用を有する物質が多糖類である、(1)に記載の偽薬。
(5)多糖類の含有量が20〜0.1w/v%である(4)に記載の偽薬。
(6)生物由来製品が血漿分画製剤である(1)〜(5)のいずれかに記載の偽薬。
(7)血漿分画製剤が、グロブリンまたはアルブミン製剤である(6)に記載の偽薬。
(8)さらに等張化剤を含有する(1)〜(7)のいずれかに記載の偽薬。
(9)界面活性作用を有する物質を含有する、生物由来製品の偽薬を用いる二重盲検方法。
(10)界面活性作用を有する物質が界面活性剤である(9)に記載の二重盲検方法。
(11)界面活性作用を有する物質が多糖類である(9)に記載の二重盲検方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の偽薬によれば、臨床試験において、被験薬と外観上識別不可能で、被験薬と同様に扱うことができるため臨床試験、特に二重盲検法に使用した場合に試験の信頼性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明における生物由来製品の偽薬とは、当該製品とほぼ同じ外観を有し、有効成分は含まないものをいう。本発明における偽薬の対象となる生物由来製品としては、血漿分画製剤、ワクチン製剤、毒素製剤、トキソイド製剤、抗毒素製剤、レプトスピラ血清製剤、血液製剤、遺伝子組換えタンパク製剤、培養細胞由来タンパク製剤、モノクローナル抗体タンパク製剤、ヘパリン製剤等が挙げられる。
好ましくは血漿分画製剤、ワクチン製剤、遺伝子組換えタンパク製剤、培養細胞由来タンパク製剤、モノクローナル抗体タンパク製剤、ヘパリン製剤等である。
【0009】
本発明における血漿分画製剤としては、アルブミン製剤、免疫グロブリン製剤、凝固因子製剤、アンチトロンビン−III製剤、フィブリノゲン製剤、トロンビン製剤等が挙げられる。好ましくは免疫グロブリン製剤、アンチトロンビン−III製剤、凝固因子製剤、フィブリノゲン製剤であり、さらに好ましくは免疫グロブリン製剤である。
【0010】
本発明の偽薬は、外観上被験薬である生物由来製品と区別がないものであれば特に限定はされない。また本発明の偽薬の対照となる被験薬は液体状であっても、粉末状であってもよい。したがって、本発明の偽薬は被験薬の態様に合わせていずれを選択してもよい。特に被験薬が液状製剤である場合、液状偽薬は調製・希釈時にも区別なく治験が行えるので、二重盲検法用として好適である。
【0011】
本発明の偽薬は、液状になった場合に生物由来製品と同等の発泡性を有するために界面活性作用を有する物質を含有する。界面活性作用とは、二つの相が接するとき、その界面に一つ又は二つの相に溶けている物質が強く吸着することで界面張力を減少させる作用をいう。本発明においては、特に液中に溶解している物質が気−液界面に作用する場合を意味する。界面活性作用を有する物質とは、疎水基と親水基という相反した性質の部分をその分子内にもち、両親媒性物質と称されることもある。さらに少量で著しい界面活性を示す物質は界面活性剤と称される。
【0012】
界面活性作用を有する物質としては、界面活性剤および多糖類等が挙げられる。本発明において、界面活性剤及び多糖類は、組み合わせて使用してもよく、医薬的に許容可能なものであれば特に限定されない。
【0013】
界面活性剤としては、セスキオレイン酸ソルビタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硫化ヒマシ油60、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコール、ポリソルベート20、ポリソルベート80、マクロゴール400等が挙げられ、好ましくはポリソルベート20、ポリソルベート80、マクロゴール400であり、さらに好ましくは、ポリソルベート20、ポリソルベート80である。これらの界面活性剤は単独でまたは2種以上組み合わせて使用してもよい。また、多糖類としては、好ましくはデキストラン40が挙げられる。
【0014】
本発明における界面活性剤は、偽薬全量に対して通常0.00001〜0.010w/v%、好ましくは0.00001〜0.004w/v%含まれる。
本発明における多糖類は、偽薬全量に対して通常20〜0.1w/v%、好ましくは10〜1w/v%含まれる。
【0015】
本発明の偽薬は、生物由来製品と同等の浸透圧とするためには、等張化剤を含有することが望ましい。等張化剤は、医薬的に許容可能なものであれば特に限定されない。被験薬と同じ等張化剤であってもよくまた異なっていてもよい。等張化剤としては、グリシンなどのアミノ酸、D−ソルビトール、D-マンニトールなどの糖アルコール、乳糖、マルト−ス、ブドウ糖などの糖類、その他として塩化ナトリウム(生理食塩液)、炭酸水素ナトリウム、クエン酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、乳酸ナトリウム、リン酸、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム等が挙げられ、好ましくはD-ソルビトール、グリシン、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸ナトリウム、D-マンニトール、乳糖、水酸化ナトリウム、塩化ナトリウム(生理食塩液)、ブドウ糖、乳酸ナトリウム、リン酸、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム等が挙げられる。これらの等張化剤は単独でまたは2種以上組み合わせて使用してもよい。
【0016】
本発明における等張化剤の濃度は、静注可能な浸透圧に適宜調製しうる。一般には、浸透圧比にして0.25〜4の範囲内において静注可能とされる。等張化剤の濃度は、例えばソルビトール1〜20w/v%(好ましくは2〜10w/v%)である。
【0017】
本発明の偽薬はpH緩衝剤を含有していてもよい。pH緩衝剤は、医薬的に許容可能なものであれば特に限定されない。pH緩衝剤としては、水酸化ナトリウム、塩酸、リン酸、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸二ナトリウム、グリシン、L−グルタミン酸ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム、無水クエン酸、無水クエン酸ナトリウム、無水酢酸ナトリウム等が挙げられ、好ましくはリン酸、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸二ナトリウム、グリシン、L−グルタミン酸ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム、無水クエン酸が挙げられる。これらのpH緩衝剤を単独でまたは2種以上組み合わせて使用してもよい。
【0018】
本発明の偽薬はpH緩衝剤の添加により、対照薬のpHにあわせることが好ましい。一般に静注可能な製剤としては、中性付近が好ましいpH範囲である。本発明において、好ましいpHの範囲は、はpH=3〜7.5であり、更に好ましくはpH=3.5〜6.0である。
【0019】
本発明の偽薬には、本発明の目的に反しない範囲で通常医薬品に用いられる薬理的に許容される、安定化剤、分散剤、保存剤、溶解剤、溶解補助剤、無痛化剤、着色剤等の添加剤を適宜配合することができる。これらの添加剤は通常医薬品に用いられる割合で配合される。
【0020】
本発明の偽薬の投与方法は、静脈注射用または筋肉注射用など、被験薬と同じ投与方法であれば特に限定されない。1回量、1日の投与回数、投与期間等は被験薬と同様であれば特に限定されない。例えば1日あたりの投与量は被験者の体重に基づき算出し、投与速度も添付文書等に記載されている使用上の注意に留意して投与することができる。
【0021】
本発明の偽薬は、例えば以下のように製造することができる。
注射用水に必要量の界面活性作用を有する物質を添加し、攪拌する。必要であれば、適当量の等張化剤若しくはpH緩衝剤を添加・攪拌し、浸透圧若しくはpHを確認する。得られた溶液を除菌工程に付する。除菌工程として好ましい態様としては、フィルター濾過を挙げることができる。除菌後の溶液を分注し、巻締した後、必要であれば滅菌工程に付することができる。滅菌工程として好ましい方法は、高圧蒸気滅菌を挙げることができる。
【0022】
本発明の偽薬は、「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」にしたがって使用しうる。従来生理食塩液を偽薬として使用していた場合には、上述したように外観が被験薬と異なるため被験薬と同じ手順で投与できない。従って、従来であると治験実施計画書には、例えば、「治験時には投薬者及び効果判定者の目に触れないところで、調製および希釈等を行い、生理食塩液の容器にはカバーをする」等の、盲検性の維持のために具体的な方法を記載する必要があった。しかしながら本発明における偽薬を使用した臨床試験においては、被験薬と同様の操作で試験を行うことができるので、治験実施計画書には対照薬名に本偽薬名を記載するのみでよく、二重盲検性を担保するための煩雑な手順を行う必要がない。従って、本発明の偽薬を用いることで試験を簡便に行うことができ、臨床試験(特に二重盲検性における試験)の信頼性が向上する。
【0023】
本発明はまた、界面活性作用を有する物質を含有する、生物由来製品の偽薬を用いる二重盲検方法を提供し、該方法は被験薬と全く同じ手順で偽薬を投与する工程を含む。
【実施例】
【0024】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0025】
(実施例1)免疫グロブリン製剤のプラセボの調製
室温の注射用水20LにNa2HPO4・12H2O(関東化学)を10.53g添加した溶液と、室温の注射用水12LにNaH2PO4・2H2O(キシダ化学)を8.29g添加した溶液を混和した。混和後の溶液のpHが6.5〜7.5であることを確認後、ソルビトール(日研化学)を1600g添加した。この溶液を溶液1とする。
溶液1から1L採取し、ポリソルベート80(Tween80)(三洋化成工業)を2g添加し、攪拌した。この溶液を溶液2とする。
冷所において、溶液1:溶液2=99:1(容量比)の割合で混和し、攪拌した。この溶液を0.22μmフィルター(日本ミリポア)にて濾過滅菌した。その後、50mLずつ分注し、施栓・巻き締めを行い、プラセボを調製した(表1)。
【0026】
【表1】

【0027】
(実施例2)保存安定性試験
実施例1で調製したプラセボについて加速試験を行い、保存安定性を検討した。
保存条件は25℃で保存し、保存期間は6ヶ月とした。
試験項目は、性状および識別不能試験、pH試験、不溶性異物検査、不溶性微粒子を行った(n=3)。
被験薬である免疫グロブリン製剤は、献血ヴェノグロブリン−IHヨシトミ(株式会社ベネシス)を選択した。
【0028】
(1)性状および識別不能試験
実施例1で調製した偽薬と献血ヴェノグロブリン−IHヨシトミについて、生物学的製剤基準「ポリエチレングリコール処理人免疫グロブリン」の1.本質および性状に準拠し、性状の確認をおこなうとともに、約2秒で1往復の速度で10回転倒混和した時の外観を観察することにより試験を行った。
【0029】
(2)pH試験
生物学的製剤基準のpH測定法に準拠し試験を行った。
【0030】
(3)不溶性異物検査
日本薬局方(第十四改正)・一般試験法、注射剤の不溶性異物検査法第1法を準用して試験を行った。判定基準は「澄明で、たやすく検出される不溶性異物を認めてはならない。」とした。
【0031】
(4)不溶性微粒子試験
日本薬局方(第十四改正)・製剤総則・注射剤の不溶性微粒子試験法第1法および一般試験法の注射剤の不溶性微粒子試験法第1法を準用し試験を行った。
【0032】
(5)使用機器
試験に使用した主な機器は、pHメーター(F−14、堀場製作所)、浸透圧計(OM−6030、アークレイ)および微粒子測定装置(8000A型、HIAC/Royco)等である。
【0033】
(6)結果
実施例1で調製したプラセボは、表2に示すように25℃、6ヶ月において、外観変化も認められず、被験薬との識別不能性も担保された。また、25℃、6ヶ月において、表3に示すように大きなpH変動も認められず、不溶性異物の発生、不溶性微粒子の増加も認められなかった。従って、医薬品としての安全性も担保された結果となった。
【0034】
【表2】

【0035】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性作用を有する物質を含有する、生物由来製品の偽薬。
【請求項2】
界面活性作用を有する物質が界面活性剤である、請求項1に記載の偽薬。
【請求項3】
界面活性剤の含有量が0.00001〜0.010w/w%である請求項2に記載の偽薬。
【請求項4】
界面活性作用を有する物質が多糖類である、請求項1に記載の偽薬。
【請求項5】
多糖類の含有量が20〜0.1w/v%である請求項4に記載の偽薬。
【請求項6】
生物由来製品が血漿分画製剤である請求項1〜5のいずれか1項に記載の偽薬。
【請求項7】
血漿分画製剤が、グロブリンまたはアルブミン製剤である請求項6記載の偽薬。
【請求項8】
さらに等張化剤を含有する請求項1〜7のいずれか1項に記載の偽薬。
【請求項9】
界面活性作用を有する物質を含有する、生物由来製品の偽薬を用いる二重盲検方法。
【請求項10】
界面活性作用を有する物質が界面活性剤である請求項9に記載の二重盲検方法。
【請求項11】
界面活性作用を有する物質が多糖類である請求項9に記載の二重盲検方法。

【公開番号】特開2008−120722(P2008−120722A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−305703(P2006−305703)
【出願日】平成18年11月10日(2006.11.10)
【出願人】(504194719)株式会社ベネシス (8)
【Fターム(参考)】