説明

異常検出装置およびプログラム

【課題】検査対象信号と基準信号が異なる計測条件で得られた場合でも、検査対象の異常を精度よく検出する。
【解決手段】検査減衰量算出手段23により、正常時の検査対象における時系列信号11を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の検査対象における時系列信号11を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量33を算出し、異常判定手段24により、この検査減衰量33を所定のしきい値である基準減衰量32と比較することにより検査対象の異常有無を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常検出技術に関し、特に機械装置などの検査対象から検査時に得られた音響信号などの検査対象信号と、正常時の検査対象から得られた基準信号とを用いて、検査対象の異常を検出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
回転機などの機械装置の異常有無を検出する場合、検査対象となる機械装置から得られた音響信号など、当該機械装置の状態に応じて変化する時系列信号を検査対象信号としてマイクなどで計測し、予め正常時の機械装置から得られた時系列信号からなる基準信号と比較して、検査時に得られた検査対象信号が基準信号のばらつきの範囲内かどうかという比較結果に基づき、機械装置の異常を検出する方法がある。この方法は、機械装置の状態に何らかの異常が発生した際、多くの場合、当該機械装置から発せられる音響信号などの時系列信号に変化が認められる、という経験を利用したものである。
【0003】
機械装置から得た検査対象信号を基準信号と比較する1つの方法としては、両信号を周波数解析して得られた電力スペクトルを比較する方法がある。しかしながら、このような周波数解析には、高価な特殊機器や高速フーリエ変換などの種々の複雑な技法が用いられており、検査対象信号に対する信号処理も複雑となり、実時間的な異常検出を行うことはできない。
【0004】
従来、機械装置から得た検査対象信号を基準信号と比較する他の方法として、正常時の機械装置から得られた基準信号の逆フィルタを予め導出しておき、この逆フィルタを基準信号と検査対象信号に作用させて得られた残差信号を比較する技術が提案されている(例えば、特許文献1など参照)。
【0005】
具体的には、正常時の機械装置から得られた基準信号の逆フィルタを予め導出するとともに、この逆フィルタに元の基準信号を入力して基準残差信号を求めておき、後日、検査時に機械装置から得られた検査対象信号を逆フィルタに入力することにより検査残差信号を求め、基準残差信号と検査残差信号を比較している。この際、積分計算や対数計算など比較的容易な計算処理で、これら基準残差信号や検査残差信号を求めることができ、実時間的な異常検出を行うことが可能となる。
【0006】
【特許文献1】特開平07−043259号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、このような従来技術では、検査対象信号を基準信号と比較する場合、検査対象信号から得られた検査残差信号と基準信号から得られた基準残差信号をその大きさで比較しているため、検査対象信号と基準信号が同一計測条件で得られた場合には、その比較結果に基づき異常の有無を精度よく判定することができるものの、検査対象信号と基準信号が異なる計測条件で得られた場合には、異常の有無を精度よく判定できないという問題点があった。
【0008】
例えば、機械装置から発せられる音響信号を時系列信号としてマイクで計測する場合、機械装置とマイクの間の距離、あるいは機械装置に対するマイクの位置や向きなどの計測条件により、マイクで計測される音響信号の大きさが異なる。一方、実際の異常検出作業では、マイクを固定して計測するのではなく、作業者が機械装置の近傍まで出向いて音響信号を計測する方法が、検査コストの面から望ましく、同一計測条件を維持するのは難しい。
したがって、同一計測条件が維持されていない場合、検査対象信号得られた検査残差信号と基準信号から得られた基準残差信号の違いが、計測条件の違いによるものか機械装置の異常によるものか区別することができず、結果として異常の有無を精度よく判定できない。
【0009】
本発明はこのような課題を解決するためのものであり、検査対象信号と基準信号が異なる計測条件で得られた場合でも、検査対象の異常を精度よく検出することができる異常検出装置およびプログラムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような目的を達成するために、本発明にかかる異常検出装置は、検査対象から当該検査対象の状態に応じて変化する時系列信号を得る信号入力部と、正常時の検査対象における時系列信号を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の検査対象から信号入力部により得た時系列信号を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出する検査減衰量算出手段と、検査減衰量を所定のしきい値と比較することにより検査対象の異常有無を判定する異常判定手段とを備えている。
【0011】
この際、正常時の検査対象から信号入力部により得た時系列信号を示す基準信号から逆フィルタを生成する逆フィルタ生成手段と、逆フィルタを基準信号に作用させて得た基準残差信号と基準信号と間の減衰量を示す基準減衰量を算出する基準減衰量算出手段とをさらに備え、異常検出手段で、基準減衰量をしきい値として用いるようにしてもよい。
【0012】
また、検査減衰量算出手段で、検査対象信号の全期間を複数に分割して設けた区間ごとに、当該区間内の検査残差信号と検査対象信号と間の検査減衰量をそれぞれ算出し、異常判定手段で、区間ごとの検査減衰量をしきい値と比較することにより区間ごとに検査対象の異常有無を判定するようにしてもよい。
【0013】
また、本発明にかかるプログラムは、検査対象から当該検査対象の状態に応じて変化する時系列信号を取得し、その時系列信号に基づいて検査対象の異常を検出する異常検出装置のコンピュータに、正常時の検査対象における時系列信号を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の検査対象から信号入力部により得た時系列信号を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出する検査減衰量算出ステップと、検査減衰量を所定のしきい値と比較することにより検査対象の異常有無を判定する異常判定ステップとを実行させる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、正常時の検査対象における時系列信号を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の検査対象における時系列信号を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出し、この検査減衰量を所定のしきい値とを比較することにより検査対象の異常有無を判定するようにしたので、検査時に検査対象から検査対象信号を計測する際の計測条件に左右されることなく、正常時と検査時に検査対象から得られた時系列信号の違いを精度よく判定でき、結果として検査対象の異常を精度よく検出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
[第1の実施の形態]
まず、図1を参照して、本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置について説明する。図1は、本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置の構成を示すブロック図である。
この異常検出装置1は、機械装置などの検査対象の状態に応じて変化する時系列信号について、正常時の検査対象から得られた時系列信号からなる基準信号と、検査時に検査対象から得られた時系列信号からなる検査対象信号とを用いて、検査対象の異常を検出する電子機器である。
【0016】
本実施の形態は、正常時の検査対象における時系列信号を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の検査対象における時系列信号を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出し、この基準減衰量を所定のしきい値とを比較することにより検査対象の異常有無を判定するようにしたものである。
【0017】
以下、図1を参照して、本実施の形態にかかる異常検出装置の構成について詳細に説明する。
図1において、異常検出装置1には、信号入力部10、演算処理部20、記憶部30、操作入力部40、および画面表示部50が設けられている。
【0018】
信号入力部10は、専用の信号処理回路からなり、検査対象の状態を示す時系列信号11を得る機能と、得られた時系列信号11をA−D変換して基準信号データ12や検査対象信号データ13を生成する機能とを有している。
この際、時系列信号11が例えば空気を伝わる音響信号や各種センサからのセンサ出力信号のような任意の物理量を示すアナログ信号であれば、当該アナログ信号を検出するマイクや信号インターフェース回路などの信号検出機能を信号入力部10に設けて、時系列信号11を検出すればよい。また時系列信号11としては、他の機器により上記アナログ信号が検出されてA−D変換されたデジタル信号(デジタルデータ)であってもよく、この場合は信号検出機能やA−D変換機能を省いてもよい。
【0019】
信号入力部10に入力される時系列信号11としては、正常時の検査対象の状態を示す基準信号と、検査時の検査対象の状態を示す検査対象信号との2種類がある。このうち基準信号は、後述する逆フィルタ情報31の生成や基準減衰量32の算出に用いられる信号である。したがって、異常検出装置1でこれら逆フィルタ情報31や基準減衰量32を導出せず、データとして予め記憶しておいたものを用いる場合、基準信号を入力する必要はない。
【0020】
記憶部30は、メモリやハードディスクなどの記憶装置からなり、演算処理部20での演算処理に用いる各種処理情報やプログラム35を記憶する。記憶部30で記憶する主な処理情報としては、逆フィルタ情報31、基準減衰量32、検査減衰量33、判定結果34、およびプログラム35がある。
【0021】
逆フィルタ情報31は、入力された信号から基準信号データ12の周波数成分を低減して出力する逆フィルタを示す演算式のパラメータ情報である。基準減衰量32は、逆フィルタ情報31で示される逆フィルタを基準信号データ12に作用させて得られた基準残差信号と基準信号データ12と間の減衰量である。検査減衰量33は、逆フィルタ情報31で示される逆フィルタを検査対象信号データ13に作用させて得られた検査残差信号と検査対象信号データ13と間の減衰量である。判定結果34は、基準減衰量32と検査減衰量33の比較結果に基づき検査対象の異常有無を判定した結果を示す情報である。プログラム35は、演算処理部20に読み込まれて実行されることにより演算処理部20の各種機能手段を実現するプログラムであり、予め外部装置やネットワークを介して記録媒体から読み込まれて記憶部30に格納される。
【0022】
操作入力部40は、キーボードやマウスなどの操作入力装置からなり、作業者の操作を検出して演算処理部20へ出力する機能を有している。
画面表示部50は、LCDなどの画面表示装置からなり、演算処理部20からの指示に応じて操作メニューや判定結果34などの各種情報を画面表示する機能を有している。
【0023】
演算処理部20は、専用の演算処理回路からなり、CPUとその周辺回路を有し、記憶部30からプログラム35を読み込んで実行することにより、上記ハードウェアとプログラム35とを協働させて各種機能手段を実現する。なお、演算処理部20については、CPUを用いず、DSPなどの専用の信号処理回路を用いて実現してもよい。
演算処理部20で実現される主な機能手段としては、逆フィルタ生成手段21、基準減衰量算出手段22、検査減衰量算出手段23、および異常判定手段24がある。
【0024】
逆フィルタ生成手段21は、信号入力部10から出力された基準信号データ12から逆フィルタを生成する機能と、その逆フィルタを示す演算式のパラメータを逆フィルタ情報31として記憶部30へ格納する機能とを有している。逆フィルタは、入力された信号から基準信号データ12の信号成分を低減して出力するフィルタである。逆フィルタに元の基準信号データ12を入力した場合、基準信号データ12が低減され、逆フィルタの算出精度に起因する白色雑音すなわち基準残差信号が得られる。
【0025】
基準減衰量算出手段22は、記憶部30の逆フィルタ情報31で実現される逆フィルタを信号入力部10から出力された基準信号データ12に作用させて基準残差信号を得る機能と、この基準残差信号と基準信号データ12との間の減衰量、すなわち逆フィルタにより基準信号データ12が基準残差信号まで減衰した程度を示す減衰量を算出する機能と、算出した減衰量を基準減衰量32として記憶部30へ格納する機能とを有している。
【0026】
検査減衰量算出手段23は、記憶部30の逆フィルタ情報31で実現される逆フィルタを信号入力部10から出力された検査対象信号データ13に作用させて検査残差信号を得る機能と、この検査残差信号と検査対象信号データ13との間の減衰量、すなわち逆フィルタにより検査対象信号データ13が検査残差信号まで減衰した程度を示す減衰量を算出する機能と、算出した減衰量を検査減衰量33として記憶部30へ格納する機能とを有している。
【0027】
異常判定手段24は、記憶部30の基準減衰量32と検査減衰量33とを比較し、検査減衰量32が正常時における減衰量のしきい値である基準減衰量32の範囲内であるか否かに基づき、検査対象の異常有無を判定する機能と、その判定結果34を記憶部30および画面表示部50へ出力する機能とを有している。
【0028】
[第1の実施の形態の動作]
次に、図2および図3を参照して、本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置の動作について説明する。図2は、本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置を用いた異常検出作業を示す説明図である。図3は、本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置の異常検出処理を示すフローチャートである。
【0029】
本実施の形態にかかる異常検出装置1を用いて作業者が異常検出作業を行う場合、図2に示すように、作業者が異常検出装置1を携帯して検査対象となる機械装置3の設置場所まで出向き、異常検出装置1を操作してマイク2により機械装置3から発せられている音響信号4を検出する。以下では、異常検出装置1の記憶部30に、基準減衰量32が予め格納されている場合を例として説明する。
【0030】
異常検出装置1の演算処理部20は、操作入力部40で検出された作業者の検査開始操作に応じて、図3の異常検出処理を開始する。
まず、演算処理部20は、信号入力部10を制御して、機械装置3からの音響信号4を時系列信号11としてマイク2で検出し、この時系列信号11をA−D変換して検査対象信号データ13を生成する(ステップ100)。検査対象信号データ13は、各時刻tにおける検査対象信号の振幅値x(t)からなる時系列データであり、この検査対象信号データ13を、少なくとも機械装置3の1回転周期以上の時間長にわたり連続してサンプリングする。この際、サンプリング間隔は、音響信号4に含まれる異常音を検出可能な期間を用いる。
【0031】
続いて、演算処理部20は、検査減衰量算出手段23により、信号入力部10から出力された検査対象信号データ13から検査対象信号のパワー値を求める(ステップ101)。ここでは、各振幅値x(t)を二乗することにより各時刻tにおける検査対象信号のパワー値px(t)=x(t)2を求める。
【0032】
次に、検査減衰量算出手段23は、記憶部30の逆フィルタ情報31で実現される逆フィルタを用いて検査対象信号データ13の検査残差データを算出する(ステップ102)。逆フィルタをFで示した場合、時刻tにおける検査残差データe(t)は、e(t)=F・x(t)で求められる。
続いて、検査減衰量算出手段23は、検査残差データのパワー値を求める(ステップ103)。ここでは、各検査残差データe(t)を二乗することにより各時刻tにおける検査残差データのパワー値pe(t)=e(t)2を求める。
【0033】
このようにして、検査減衰量算出手段23は、検査対象信号のパワー値と検査残差データのパワー値を求め、これらパワー値の比から検査減衰量を算出して記憶部30へ格納する(ステップ104)。例えば、検査対象信号データ13の全期間を対象とする検査減衰量を算出する場合には、全期間における各時刻tの検査残差データのパワー値の和と、全期間における各時刻tの検査対象信号データのパワー値の和で除算することにより、両者の比Re=Σpe(t)/Σpx(t)を求め、この比Reから対数値で表現した検査減衰量αe=10Log(Re)が得られる。
【0034】
この際、基準信号を検出した時と比較して、検査時に機械装置3とマイク2との距離が近い場合、検査対象信号データx(t)の振幅値は全体的に大きくなり、そのパワー値px(t)も大きくなる。しかしながら、この検査対象信号データx(t)から得た検査残差データe(t)とそのパワー値ex(t)も同様にして大きくなるため、基準信号と検査対象信号のパワー値の比すなわち検査減衰量αeを求めることにより、両者を相対的に比較することができ、機械装置3とマイク2との距離に応じた振幅値の違いを相殺することができる。
【0035】
次に、異常検出装置1の演算処理部20は、異常判定手段24により、記憶部30に予め格納されている基準減衰量32(αd)からなるしきい値と、前述のようにして算出した検査減衰量αeとを比較する(ステップ105)。
ここで、検査減衰量αeがしきい値より小さい場合(ステップ105:YES)、基準信号データ12には含まれていない信号、すなわち正常時の機械装置3からの音響信号4にはない異音が検査対象信号データ13に含まれていることになり、機器装置3の異常ありを示す判定結果34を記憶部30さらには画面表示部50へ出力し(ステップ106)、一連の異常検出処理終了する。これにより、異常ありを示す判定結果が画面表示部50で画面表示される。
【0036】
一方、検査減衰量αeがしきい値以上の場合(ステップ105:NO)、検査対象信号データ13が基準信号データ12とほぼ等しく、正常時の機械装置3からの音響信号4にはない異音は含まれていないことになり、異常なしを示す判定結果34を出力し(ステップ107)、一連の異常検出処理終了する。これにより、異常なしを示す判定結果が画面表示部50で画面表示される。
【0037】
このように、本実施の形態は、検査減衰量算出手段23により、正常時の検査対象における時系列信号11を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の検査対象における時系列信号11を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出し、異常判定手段24により、この検査減衰量33を所定のしきい値である基準減衰量32と比較することにより検査対象の異常有無を判定するようにしたので、検査時に検査対象から検査対象信号を計測する際の計測条件に左右されることなく、正常時と検査時に検査対象から得られた時系列信号の違いを精度よく判定でき、結果として検査対象の異常を精度よく検出することが可能となる。
【0038】
図4は、基準信号の一例を示す信号波形図である。図5は、基準信号から算出した基準残差信号の一例を示す信号波形図である。図6は、検査対象信号の一例を示す信号波形図である。図7は、検査対象信号に含まれる異常信号の一例を示す信号波形図である。図8は、検査対象信号から算出した検査残差信号の一例を示す信号波形図である。なお、図4〜図8における縦軸は正規化された相対的な振幅値を示し、横軸は時間を示している。
【0039】
正常時の機械装置3から図4に示すような基準信号が得られた場合、基準信号の信号成分に応じた周波数特性を持つ逆フィルタが得られる。この逆フィルタは、入力された信号から基準信号の信号成分を低減して出力するフィルタである。逆フィルタに元の基準信号を入力した場合、基準信号が低減され、逆フィルタの算出精度に起因する白色雑音すなわち図5に示すような基準残差信号が得られる。
【0040】
一方、検査時に機械装置3から図6に示すような検査対象信号が得られたものとする。この検査信号には、図7に示すような異常信号が含まれているが、図4の基準信号と見比べても異常信号の有無は全く分からない。このような検出対象信号に逆フィルタを作用させると、図8に示すような検査残差信号が得られる。したがって、この検査残差信号と図5の基準残差信号を比較すると、図7の異常信号が検査残差信号に含まれていることが分かる。
【0041】
この際、基準残差信号や検査残差信号の大きさは、基準信号や検査対象信号の振幅に左右されるため、前出した従来技術のように、基準残差信号から得たしきい値と検査残差信号を大きさで比較しただけでは正確な判定は行えない。
例えば、図6の検査対象信号の振幅は図4の基準信号と比較して全体的に小さいため、図8の検査残差信号の振幅は、図5の基準残差信号とほぼ同じ振幅であり、基準残差信号の振幅に基づき決定したしきい値と検査残差信号の振幅値を比較した場合、両者の違いはなく異常なしと判定される可能性がある。
【0042】
本実施の形態では、逆フィルタの入出力信号間の減衰量は、入力信号の大きさによらずほぼ一定であることに着目し、検査対象信号と検査残差信号の間の検査減衰量を求めて所定のしきい値と比較するようにしたので、基準信号や検査対象信号の振幅に左右されることはない。すなわち、図4の基準信号が逆フィルタにより図5の基準残差信号まで減衰した際の基準減衰量と、図6の検査対象信号が逆フィルタにより図8の検査残差信号まで減衰した際の検査減衰量とを比較しているため、図8の検査残差信号のうち図7の異常信号に相当する部分に起因して平均的な検査減衰量が小さくなり、結果としてしきい値より検査減衰量が大きくなり、機械装置3の異常が検出される。
【0043】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態にかかる異常検出装置について説明する。
第1の実施の形態では、検査減衰量を算出してしきい値と比較する際、図3のステップ104において、検査対象信号データ13の全期間を対象として検査減衰量を算出する場合について説明した。
本実施の形態では、検査対象信号データ13の全期間を分割して設けた区間ごとに検査減衰量を算出してしきい値と比較する。例えば、図6の検査対象信号と図8の検査残差信号について、2msごとに区間を設け、これら区間ごとに検査減衰量を求めてしきい値とそれぞれ比較する。
【0044】
第1の実施の形態のように、検査対象信号データ13の全期間を対象として検査減衰量を算出する場合、突発的な異常信号の大きさは全期間で平均化されるため、検査対象信号データ13の時間長と異常信号の大きさの関係によっては、全期間を対象として検査減衰量があまり小さくならず、しきい値と比較しても異常を検出できない場合もある。
本実施の形態のように、区間ごとに検査減衰量を算出してしきい値と比較することにより、異常信号が平均化されにくくなり、いずれかの区間における検査減衰量の変化として表れやすい。したがって、本実施の形態によれば、突発的な異常信号を発する異常についても精度よく検出できる。
【0045】
[第3の実施の形態]
次に、図9を参照して、本発明の第3の実施の形態にかかる異常検出装置について説明する。図9は、本発明の第3の実施の形態にかかる異常検出装置の初期設定処理を示すフローチャートである。
第1の実施の形態では、異常検出装置1の記憶部30に、逆フィルタ情報31と基準減衰量32すなわちしきい値を予め記憶しておく場合を例として説明した。本実施の形態では、異常検出装置1の演算処理部20に設けた逆フィルタ生成手段21と基準減衰量算出手段22により、逆フィルタ情報31と基準減衰量32をそれぞれ生成する場合について説明する。
【0046】
本実施の形態にかかる異常検出装置1を用いて作業者が初期設定作業を行う場合、図2の検査時と同様にして、作業者が異常検出装置1を携帯して検査対象となる機械装置3の設置場所まで出向き、異常検出装置1を操作してマイク2により正常時の機械装置3から発せられている音響信号4を検出する。
【0047】
異常検出装置1の演算処理部20は、操作入力部40で検出された作業者の初期設定開始操作に応じて、図9の初期設定処理を開始する。
まず、演算処理部20は、信号入力部10を制御して、機械装置3からの音響信号4を時系列信号11としてマイク2で検出し、この時系列信号11をA−D変換して基準信号データ12を生成する(ステップ110)。基準信号データ12は、各時刻tにおける基準信号の振幅値y(t)からなる時系列データであり、基準信号データ12は、少なくとも機械装置3の1回転周期以上の時間長にわたり連続してサンプリングする。この際、サンプリング間隔は、音響信号4に含まれる異常音を検出可能な期間を用いる。
【0048】
次に、演算処理部20は、逆フィルタ生成手段21により、信号入力部10から出力された基準信号データ12から逆フィルタを生成し、記憶部30へ格納する(ステップ111)。逆フィルタの生成方法については、自己回帰モデルを用いるなどの公知の技術を用いればよく、ここでの詳細な説明は省略する。
続いて、演算処理部20は、基準減衰量算出手段22により、信号入力部10から出力された基準信号データ12から基準信号のパワー値を求める(ステップ112)。ここでは、各振幅値y(t)を二乗することにより各時刻tにおける検査対象信号のパワー値py(t)=y(t)2を求める。
【0049】
次に、基準減衰量算出手段22は、記憶部30の逆フィルタ情報31で実現される逆フィルタを用いて基準信号データ12の基準残差データを算出する(ステップ113)。逆フィルタをFで示した場合、時刻tにおける基準残差データd(t)は、d(t)=F・y(t)で求められる。
続いて、基準減衰量算出手段22は、基準残差データのパワー値を求める(ステップ114)。ここでは、各基準残差データd(t)を二乗することにより各時刻tにおける基準残差データのパワー値pd(t)=d(t)2を求める。
【0050】
このようにして、基準減衰量算出手段22は、基準信号のパワー値と基準残差データのパワー値を求めて、これらパワー値の比から基準減衰量を算出して記憶部30へ格納し(ステップ115)、一連の初期設定処理を終了する。例えば、基準信号データ12の全期間を対象とする基準減衰量を算出する場合には、全期間における各時刻tの基準残差データのパワー値の和と、全期間における各時刻tの基準信号データのパワー値の和で除算することにより、両者の比Rd=Σpd(t)/Σpy(t)を求め、この比Rdから対数値で表現した基準減衰量αd=10Log(Rd)が得られる。
【0051】
このように、本実施の形態は、異常検出装置1に逆フィルタ生成手段21と基準減衰量算出手段22を設けて、逆フィルタ情報31や基準減衰量32を生成するようにしたので、検査時と同様の作業で初期設定処理を容易に実行でき、作業負担を軽減できる。また、検査時と同一の信号処理回路が用いられるため、検査時とは別個の装置で逆フィルタ情報31や基準減衰量32を生成する場合と比較して、信号処理回路の特性の違いに起因する逆フィルタ情報31や基準減衰量32の誤差を抑制でき、結果として高精度な異常判定を実現できる。
【0052】
[実施の形態の拡張]
以上の各実施の形態では、異常検出装置1の検査対象が回転機などの機械装置である場合を例として説明したが、各実施の形態が適用される検査対象は、これに限定されるものではなく、周期性を持つ時系列信号が得られる検査対象については、いずれの場合も各実施の形態を適用できる。例えば、人間の体温や心電信号など、生体から得られる物理量には周期性を持つものがあり、また気温や湿度など、自然現象から得られる物理量にも周期性を持つものもある。したがって、各実施の形態を適用して、このような物理量を示す時系列信号から、当該検査対象の異常を検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置を用いた異常検出作業を示す説明図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態にかかる異常検出装置の異常検出処理を示すフローチャートである。
【図4】基準信号の一例を示す信号波形図である。
【図5】基準信号から算出した基準残差信号の一例を示す信号波形図である。
【図6】検査対象信号の一例を示す信号波形図である。
【図7】検査対象信号に含まれる異常信号の一例を示す信号波形図である。
【図8】検査対象信号から算出した検査残差信号の一例を示す信号波形図である。
【図9】本発明の第3の実施の形態にかかる異常検出装置の初期設定処理を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0054】
1…異常検出装置、10…信号入力部、11…時系列信号、12…基準信号データ、13…検査対象信号データ、20…演算処理部、21…逆フィルタ生成手段、22…基準減衰量算出手段、23…検査減衰量算出手段、24…異常判定手段、30…記憶部、31…逆フィルタ情報、32…基準減衰量、33…検査減衰量、34…判定結果、35…プログラム、40…操作入力部、50…画面表示部、2…マイク、3…機械装置、4…音響信号。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象から当該検査対象の状態に応じて変化する時系列信号を得る信号入力部と、
正常時の前記検査対象における前記時系列信号を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の前記検査対象から前記信号入力部により得た前記時系列信号を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と前記検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出する検査減衰量算出手段と、
前記検査減衰量を所定のしきい値と比較することにより前記検査対象の異常有無を判定する異常判定手段と
を備えることを特徴とする異常検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の異常検出装置において、
正常時の前記検査対象から前記信号入力部により得た前記時系列信号を示す基準信号から前記逆フィルタを生成する逆フィルタ生成手段と、
前記逆フィルタを前記基準信号に作用させて得た基準残差信号と前記基準信号と間の減衰量を示す基準減衰量を算出する基準減衰量算出手段とをさらに備え、
前記異常検出手段は、前記基準減衰量を前記しきい値として用いる
ことを特徴とする異常検出装置。
【請求項3】
請求項1に記載の異常検出装置において、
前記検査減衰量算出手段は、前記検査対象信号の全期間を複数に分割して設けた区間ごとに、当該区間内の検査残差信号と前記検査対象信号と間の検査減衰量をそれぞれ算出し、
前記異常判定手段は、前記区間ごとの検査減衰量をしきい値と比較することにより前記区間ごとに前記検査対象の異常有無を判定する
ことを特徴とする異常検出装置。
【請求項4】
検査対象から当該検査対象の状態に応じて変化する時系列信号を取得し、その時系列信号に基づいて前記検査対象の異常を検出する異常検出装置のコンピュータに、
正常時の前記検査対象における前記時系列信号を示す基準信号から求められた当該基準信号の逆フィルタを、検査時の前記検査対象から前記信号入力部により得た前記時系列信号を示す検査対象信号に作用させ、得られた検査残差信号と前記検査対象信号と間の減衰量を示す検査減衰量を算出する検査減衰量算出ステップと、
前記検査減衰量を所定のしきい値と比較することにより前記検査対象の異常有無を判定する異常判定ステップと
を実行させるプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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