説明

異種染色体添加ネギに由来する抗がん性化合物及びその作製方法

【課題】
本発明は、ネギ属植物の異種間交配に由来する子孫植物が生産し、がん細胞に対して増殖抑制効果を有する化合物及びその作製方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
上記課題の解決のため、本発明は、セパ種ネギ属植物(Allium cepa)の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性を示す非セパ種ネギ属植物(ネギ属に属し、かつセパ種に属さない植物)に由来し、ケトン系有機溶媒に対して溶解性があり、がん細胞の増殖抑制効果を有することを特徴とする化合物、及びその作製方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異種染色体添加技術を用いて作製された有用ネギ属植物に由来し抗がん性を有する化合物に関し、より詳しくは、セパ種ネギ属植物(Allium cepa)の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性を示す非セパ種ネギ属植物(ネギ属に属し、かつセパ種に属さない植物と定義される。以下同じ)に由来する抗がん性の化合物及びその作製方法に関する。
本明細書及び特許請求の範囲において、セパ種ネギ属植物とは、Allium属植物のうち、以下の特徴、すなわち染色体の基本数が8で、管状の葉身部を持ち、鱗茎が発達し、垂直方向に短い茎を有するもの(Subgenus Cepa)であって、花色は緑色がかった白色で、葉は出始めのうち扁平または半円筒状で主に4−9枚、広がりのある花被片を持ち、花被片の中肋に沿って緑色を呈する繊維が走り、蜜分泌腺はポケット状で、花茎の下半分には風船状の膨らみを有する(Cepa alliance)という特徴を持った、ネギ属植物をいう(非特許文献1)。
非セパ種ネギ属植物とは、ネギ属植物のうち、上記特徴を有しないネギ属植物を総称していう。
【背景技術】
【0002】
ネギ属植物(Allium)は、タマネギやネギ、ニンニク、ラッキョウなどを含む単子葉植物のグループであり、古くから食用作物として利用されてきた。ネギ属植物の多くは細胞内にケルセチンやポリフェノール、アリイン(アリシンに変換される)などの有用物質を多く含んでおり、機能性成分を多く含む作物としても注目されている。ネギ属植物由来の有用物質を利用しまたは有用成分を高めるための発明としては、これまで、成長調節性アシルシクロヘキサンジオンで植物を処理することにより、植物のフラボノイド含有量を増加させる方法(特許文献1)、糖質が除去され、かつケルセチン、ペクチン等の有効成分の濃度が高い健康補助食品及びその製造方法(特許文献2)などが開示されている。
【0003】
ネギ属植物においては、硫黄を含む硫化アリル成分が血栓の溶解や抗がん作用などの機能性を有することが指摘されるなど、疾患、特にがん疾患に対する効果も指摘され、ネギ属植物の機能性を利用した薬剤や栄養補助食品も開示されている。これらの例として、代謝障害の治療のための薬剤の製造におけるレクチンの使用(特許文献3)、悪性疾患およびウイルス感染を処置および免疫機能を改善する栄養補助食品(特許文献4)、食用植物抽出物による選択的COX−2阻害(特許文献5)、副作用が弱く、優れた中性脂肪減少作用を呈するアリイン脂肪酸結合体(特許文献6)などがこれまでに開示されている。
しかしながら、これまでのネギ属植物に由来する抗がん作用を有する物質は、野生種・栽培種問わず原種の植物から得られるものであった。ネギ属植物は種間交配が容易であることから、雑種植物や雑種植物から派生した子孫植物において、組合せの効果を利用した新たな抗がん成分の開発が待たれていた。
【特許文献1】特開2006−052217 植物のフラボノイド及びフェノール系成分の含有量を増加させる方法
【特許文献2】特開2006−34265 タマネギ加工食品、及びその製造方法
【特許文献3】特表2001−510447 レクチン化合物およびその使用
【特許文献4】特表2003−504341 栄養補助食品を用いた悪性疾患およびウイルス感染を処置および免疫機能を改善する方法
【特許文献5】特表2004−532811 食用植物抽出物による選択的COX−2阻害
【特許文献6】特表2006−502712 植物バイオマス由来フラボノイドの抽出、精製、及び変換
【非特許文献1】Fritsch R.M.&Friesen N.2002.Evolution,Domestication and taxonomy.in:Allium Crop Science:Recent Advances.5−30.CAB International.
【非特許文献2】Shigyo M.et al.(1996):Genes Genet.Syst.71:363−371.
【非特許文献3】Masuzaki S.,Shigyo M.&Yamauchi N.(2006):Theor.Appl.Genet.112:607−617.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の現状に鑑み、本発明は、ネギ属植物の異種間交配に由来する子孫植物が生産し、がん細胞に対して増殖抑制効果を有する化合物及びその作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題の解決のため、本発明者らは、ネギ属植物においてネギ(Allium fistulosum)とシャロット(A.cepa)とを用いた異種間交配を行い、シャロットの染色体を1本持つ「単一異種染色体添加」ネギ系統を第1から第8染色体について作出してきた(非特許文献2,3)。単一異種染色体添加ネギ系統においては、アスコルビン酸含有量や多糖類の含有量がネギともシャロットとも異なる形質を示すことを見いだし、既に特許出願等で提案している。本発明者らは更に、これらの単一異種染色体添加ネギ系統について新たな効用を検討した結果、驚くべき事に、シャロット第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性を示す非セパ種ネギ属植物(ここではネギすなわちfistulosum種)の系統から得られたアセトン抽出物が、通常のネギやシャロットでは見られない、がん細胞に対する強い増殖抑制作用を有していることを見いだし、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち本発明の第1の態様は、セパ種ネギ属植物(Allium cepa)の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性の非セパ種ネギ属植物(ネギ属に属し、かつセパ種に属さない植物)に由来し、ケトン系有機溶媒に対して溶解性があり、がん細胞の増殖抑制効果を有することを特徴とする、化合物を提供する。
【0007】
本発明の第2の態様は、非セパ種ネギ属植物がネギ(Allium fistulosum)である、第1の態様に記載の化合物を提供する。
【0008】
本発明の第3の態様は、セパ種ネギ属植物がシャロット(Allium cepa aggregatum group)である、第1または第2の態様に記載の化合物を提供する。
【0009】
本発明の第4の態様は、ケトン系有機溶媒がアセトンである、第1から第3の態様のうちいずれか1つに記載の化合物を提供する。
【0010】
本発明の第5の態様は、以下の各工程からなることを特徴とする、第1から第4の態様のうちいずれか1つに記載の化合物の作製方法を提供する。
(A)非セパ種ネギ属植物とセパ種植物とを交配する工程
(B)工程(A)で得られた雑種植物細胞の染色体を倍加する工程
(C)工程(B)で得られた染色体倍加細胞を培養し、再生植物体を得る工程
(D)工程(C)で得られた再生植物体と工程(A)で用いたのと同種の非セパ種ネギ属植物とを交配し、異質3倍体植物を得る工程
(E)工程(D)で得られた異質3倍体植物と工程(A)で用いたのと同種の非セパ種ネギ属植物とを交配し、得られた子孫植物細胞の染色体を調査して、セパ種植物の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有する異種染色体添加植物を選抜する工程
(F)工程(E)で得られた異種染色体添加植物を破砕し、ケトン系有機溶媒を加えて抽出を行う工程
【発明の効果】
【0011】
本発明により、遺伝子組み換えによらず、かつこれまでの交配手法とは異なる交配技術により誕生したネギ属植物に由来する、抗がん性を持つ化合物を利用することが可能となる。この化合物は医薬化合物としてがん治療や予防に利用可能なほか、日常の食生活において、本発明者らが開発したセパ種ネギ属植物の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性を示す非セパ種ネギ属植物を食すこと等により、がんリスクを減少させるための食品用化合物として利用することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明を実施するための最良の形態を述べる。本発明の第1の態様は、セパ種ネギ属植物(Allium cepa)の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性を示す非セパ種ネギ属植物(ネギ属に属し、かつセパ種に属さない植物と定義される。以下同じ)に由来し、ケトン系有機溶媒に対して溶解性があり、がん細胞の増殖抑制効果を有することを特徴とする、化合物を提供する。本態様の化合物は単一でもよく、また主成分の誘導体等を含む複数種であってもよい。本化合物を産生する植物材料としては、非セパ種の2倍体ネギ属植物であって、セパ種の第1及び/または第8染色体、中でも第1染色体を1本、または第8染色体を1本有する植物が好適である。非セパ種ネギ属の例としては、ネギ(Allium fistulosum)、ニンニク(Allium sativum)、ニラ(Allium tuberosum)、ラッキョウ(Allium chinese)、チャイブ(Allium schoenoprasum)、アサツキ(Allium schoenoprasum var.foliosum)、ノビル(Allium grayi)、ギョウジャニンニク(Allium victoralis)、リーキ(Allium ampeloprasum)などから選択される食用のネギ属植物が好適であり、下記実施例に示す通りこの中でもネギ(A.fistulosum)がより好適である。
【0013】
また、本発明におけるセパ種ネギ属植物は、世界各地で栽培されているいわゆるタマネギのどの品種も含むものであるが、この中でも特に、熱帯地域が原産で分球性を示すシャロット(A.cepa aggregatum group)がより好ましい例である。
更に、本発明におけるケトン系有機溶媒とは、ケトンの基本構造を有し有機溶媒として用いうるいずれの化合物も含むものであるが、例としてアセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジイソブチルケトン、シクロヘキサノン、ジフェルニルケトンなどが好適であり、この中でも特に有機溶媒抽出に用いられるアセトンがより好ましい例である。
【0014】
本発明の化合物が示すがん細胞への抑制効果とは、がん化した細胞に対する増殖または生存の抑制効果であって、その種類等が本発明を限定するものではないが、好適には脳腫瘍、乳がん、子宮がん、卵巣がん、食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、胆嚢がん、膵臓がん、消化管間質腫瘍、中皮腫、喉頭がん、口腔がん、甲状腺がん、腎臓がん、肺がん、前立腺がん、膀胱がん、皮膚がんのうちいずれかより選択されるがん細胞に対して有効であると考えられ、この中でも下記実施例に示すとおり膀胱がん細胞に対して抑制効果を有しており好適である。
【0015】
本発明の化合物は、上記の条件を満たすネギ属植物中に存在するものであり、異種染色体添加ネギ属系統の作製方法などは適宜選択しうるが、好ましくは、以下の各工程、すなわち(A)非セパ種ネギ属植物とセパ種植物とを交配する工程、 (B)工程(A)で得られた雑種植物細胞の染色体を倍加する工程、 (C)工程(B)で得られた染色体倍加細胞を培養し、再生植物体を得る工程、 (D)工程(C)で得られた再生植物体と工程(A)で用いたのと同種の非セパ種ネギ属植物とを交配し、異質3倍体植物を得る工程、 (E)工程(D)で得られた異質3倍体植物と工程(A)で用いたのと同種の非セパ種ネギ属植物とを交配し、得られた子孫植物細胞の染色体を調査して、セパ種植物の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有する異種染色体添加植物を選抜する工程、 (F)工程(E)で得られた異種染色体添加植物を破砕し、ケトン系有機溶媒を加えて抽出を行う工程、からなる作製方法が適している。
上記工程のうち、工程(A)から工程(E)までは本発明の提供する化合物を産生可能なネギ属植物の作製方法に係るものであり、異種間交配と染色体の倍加、更に異質3倍体の作製と戻し交配を組み合わせて、セパ種ネギ属植物の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本、より好ましくはセパ種ネギ属植物の第1染色体を1本、または第8染色体を1本持った2倍性の非セパ種ネギ属植物を得る工程である。異種間交配の方法、染色体倍加の方法などは育種分野で通常用いられる方法の中から適宜選択すればよく、本発明を限定するものではないが、例えば成熟前に葯を取り除いたネギ(種子親)にシャロット(花粉親)から採取した花粉を人工的に受粉させ、得られた雑種子孫植物の成長点を切り出してコルヒチン処理により染色体を倍加させ、これをLS(Linsmeier−Skoog)培地やMS(Murashige−Skoog)培地などの適切な培地上で培養して再生植物体を得、成長させた再生植物にネギ(花粉親)を交配して異質3倍体を得、更に異質3倍体にネギ(花粉親)を交配して、減数分裂時におけるシャロット染色体の不均等分配を誘導し、得られた子孫から細胞を採取し、顕微鏡による観察を行ってシャロット染色体の形態学的同定を行うか、または同子孫からゲノムDNAを抽出し、特定の染色体のマーカーとなる遺伝子をPCR等で増幅させるかなどして、ゲノム中に存在するシャロットの染色体を同定し、目的とする植物を選抜する工程等が適している。
【0016】
こうして作製されたネギ属植物から本発明の提供する化合物を抽出する方法については、有機溶媒、好適にはケトン系有機溶媒にて抽出する方法のうちから適宜選択すれば良く、本発明を限定するものではないが、例えば上記の工程で作製されたネギ属植物の葉鞘部を採取して凍結乾燥させ、その後にこれを破砕して前記ケトン系有機溶媒、好ましくはアセトンを加え、抽出する方法などがあげられる。溶媒の組成、量、抽出時間、抽出温度などは実施者が適宜選択すれば良い。
以下に本発明の実施例を述べるが、本発明は実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例】
【0017】
(シャロット染色体添加ネギの作出)本発明の抗がん成分を産生する植物材料として、シャロット第1または第8染色体を1本有する2倍体ネギ系統を、非特許文献2に記載の方法で作出した。作出方法の概要を下記表1に示す。まず工程(A)として、植物材料としてネギ’九条S−3’系統(Allium fistulosum;非セパ種;ゲノム記号FF)を種子親とし、シャロット’Myanmar17−2’系統(A.cepa aggregatum group;セパ種;ゲノム記号AA)を花粉親として交配して雑種F1(AF)を得た。交配の際にはネギの花粉による自家受精が起こらないように除雄を行い、少量のシャロット花粉を手作業にてネギに受粉させてF1を得た。これらの交配で得られた果実から、成熟した種子を採取した。採取された種子の一部を、湿らせた濾紙を敷いたシャーレ上に置き、25℃、暗黒条件下で発芽させた。発芽後は25℃、照明下で緑化させ、ある程度まで成長させた後、順化させて培養土に移植し、温室内で栽培した。以後の交配についても、同様の方法を用いた。
【0018】
【表1】

【0019】
工程(B)として、前記工程(A)で得られた雑種子孫の染色体の倍加を行った。F1から茎頂部組織を切り出し、コルヒチン0.1%を含むLinsmeier−Skoog(LS)固形培地上に組織を置床して、暗黒条件下で4日間培養した。その後、組織をLSフリー培地上に移し、2ヶ月間培養した後、得られた再生植物体について根端細胞の染色体をフォイルゲン染色し、顕微鏡下で染色体調査を行った。予めネギとシャロットの染色体の形や大きさを顕微鏡下で調べておき、これと再生植物体の染色体像を形態的に比較することでどの染色体をどれだけもっているかを決定した。染色体の観察は以下の方法で行った。5−10mmに伸長した二次根を採取し、酢酸−エタノール混合液(1:3)内にて冷蔵庫内で一晩固定した。固定後の根を60℃の1規定塩酸で6分間処理し、解離・加水分解させた後、塩基性フクシンを用いてフォイルゲン染色を行った。スライドガラス上に45%酢酸を1滴落とし、その中に染色した根端を入れ、カバーガラスを載せて先の尖った棒でカバーガラス上から試料を叩き、カバーガラスを圧した。この操作により細胞や染色体を分散させ、染色体を一平面上に配列させた後、光学顕微鏡下で染色体を観察した。この観察により、再生植物体の中から、ネギの染色体とシャロットの染色体をそれぞれ2組ずつ持つもの、すなわち複2倍体(AAFF:2n=32)を選抜して次代の交配に用いた。
【0020】
工程(C)として、工程(B)で得られた複2倍体を種子親とし、ネギ’九条4−2’系統を花粉親として戻し交配を行って、異質3倍体(Allotriploid;BC)を作出した。交配の手法は上述の通りである。得られたBCのうち生育の良い’4042’系統について、工程(D)としてネギ’九条4−2’系統を花粉親として2回目の戻し交配を行い、この交配で得られた種子を採取して栽培し、工程(E)として前述の方法にてシャロット染色体の有無を確認し、更に各染色体に特異的な分子マーカーを指標とした添加染色体の同定(非特許文献1参照)を行って、シャロット染色体を1本有する「単一異種染色体添加」ネギ系統をそれぞれの染色体について(FF+1A〜FF+8A)選抜した。各染色体に特異的な分子マーカーを、下記表2に示した。
【0021】
【表2】

【0022】
(植物材料からのアセトン抽出)本発明の工程(F)として、圃場に定植したFF+1AからFF+8Aまでの各系統について、高さが30cm程度に生育した段階で採集し、外皮を剥いた葉鞘部を直ちに凍結乾燥させ、凍結乾燥試料の最終濃度が250mg/mlとなるようにケトン系有機溶媒として80%アセトンを加えて氷上で破砕し、抽出を行った。親株のFF、AA、及び異質3倍体のFFAからも同様に抽出を行った。
【0023】
(培養がん細胞を用いた抽出物のアッセイ) 前記工程(A)−(F)によって得られた異種染色体添加ネギ系統のアセトン抽出物について、培養がん細胞を用いて抗がん作用のアッセイを行った。培養がん細胞として、ヒト膀胱がん由来細胞株であるUMUC3株を用いた。培養条件は10%ウシ胎児血清、100units/ml ペニシリン、100μg/ml ストレプトマイシンを含むRPMI1640培地を用い、37℃、5%COの条件下で培養した。
UMUC3細胞を96ウェルマイクロプレート(Nunc社製)に、1ウェルあたりの細胞数が1×10細胞となるようにまき、37℃、5%COの条件下で24時間培養した。その後、終濃度が2.5,5,及び25mg/mlとなるようアセトン抽出物を各ウェルに2μlずつ添加して、同条件下で培養を続けた。抽出物の効果は、細胞増殖測定試薬であるMTS[3−(4,5−dimethylthiazol−2−yl)−5−(3− carboxymethoxyphenyl)−2−(4−sulfophenyl)−2H−tetrazolium]を用いた生存試験により評価(MTSを取り込んだ生細胞の割合を、吸光度によって評価:Promega社製 CellTiter 96 AQueous One Solution Cell Proliferation Assay使用)した。MTSを各ウェルに20μlずつ加えて、さらに4時間培養を続けた後、マイクロプレートリーダーを用いて490nmの吸光度を測定した。増殖抑制効果の比較は、アセトン抽出物の代わりに溶媒である80%アセトンのみを添加した対照群を設け、この対照群の吸光度に対する処理群の吸光度から、その値を植物材料間で比べることにより行った。くり返しは2回行い、その平均値を求めた。
【0024】
ネギ属植物由来アセトン抽出物の効果検証に先立ち、アセトンのみの添加が対照群として適切かどうかを確認するため、上記のUMUC3株培養系においてアセトン添加群と無添加群を設け、培養開始後24時間でMTSアッセイを行って490nmの吸光度を比較した。図1に、その結果を示す。グラフ縦軸は490nmの吸光度を、横軸は無添加(1回目、2回目)、80%アセトン添加(1回目、2回目)をそれぞれ表している。グラフが示すとおり、80%アセトン添加群においても無添加群と同様の細胞増殖を示し、アセトン添加群が対照として適切であることが示された。以降の実験では、80%アセトン添加群を対照群とした。
【0025】
図2に、各抽出物の培養がん細胞に対する効果を示す。グラフ縦軸は抽出物添加の24時間後における細胞の増殖を対照群との比較(% of control)で示し、横軸は各抽出物の終濃度(2.5,5,25mg/ml)を表す。グラフ…◆…はネギFF、…■…はシャロットAA、…○…は異質3倍体FFAからの抽出物の効果を表し、―▲―はFF+1A、―*―はFF+2A、―○―はFF+3A、―+―はFF+4A、―−―はFF+5A、―◇―はFF+6A、―△―はFF+7A、―■―はFF+8Aからの抽出物の効果を表している。
グラフ2.5mg/mlでの結果が示すとおり、この濃度ではほとんどの抽出物でがん細胞に対する抑制効果が見られなかったが、FF+1A、FF+8Aにのみがん細胞増殖の抑制効果が見られた。対照群に対する効果は、FF+1Aで88.1%(11.9%抑制)、FF+8Aで60.3%(39.7%抑制)であった。
【0026】
グラフ5mg/mlでの結果も2.5mg/mlと同様の傾向を示し、ほとんどの抽出物で抑制効果が見られないのに対し、FF+1AとFF+8Aで顕著な抑制効果が観察された。対照群に対する効果は、FF+1Aで55.6%(44.4%抑制)、FF+8Aで46.9%(53.1%抑制)と、強いがん細胞増殖抑制効果が見られた。
25mg/mlの濃度での添加は、対照群に対してシャロットAAで53.7%(46.3%抑制)という効果が見られた他、FF+3A、FF+6A、FF+7Aでも一定の効果が見られた。しかしながらFFでは抑制効果が見られなかった。この濃度においても、FF+1A(71.2%抑制)、FF+8A(91.1%抑制)の効果が際だって高く、特にFF+8Aでは対照の90%以上を抑制するなど非常に強いがん細胞増殖抑制効果が見られた。
これらの結果から、本発明の提供する化合物が、がん細胞の増殖に対して抑制効果を持つことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の提供する化合物を利用することで、ネギ属植物に由来する新規な抗がん成分の製造が可能となる。本発明の提供する化合物は、医薬の原料として抗がん剤などの製造に利用可能な他、化合物を産生するネギ属植物が遺伝子組換えによらず作製されることからも、通常の食生活でがんを予防する形で食品用化合物として利用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】培養がん細胞の増殖に対する、80%アセトン添加の影響を示す。
【図2】培養がん細胞の増殖に対する、本発明の提供する化合物の影響を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セパ種ネギ属植物(Allium cepa)の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有し、核ゲノムが2倍性の非セパ種ネギ属植物に由来し、ケトン系有機溶媒に対して溶解性があり、がん細胞の増殖抑制効果を有することを特徴とする、化合物。
【請求項2】
非セパ種ネギ属植物がネギ(Allium fistulosum)である、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
セパ種ネギ属植物がシャロット(Allium cepa aggregatum group)である、請求項1または請求項2に記載の化合物。
【請求項4】
ケトン系有機溶媒がアセトンである、請求項1から請求項3のうちいずれか1項に記載の化合物。
【請求項5】
以下の各工程からなることを特徴とする、請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の化合物の作製方法。
(A)非セパ種ネギ属植物とセパ種植物とを交配する工程
(B)工程(A)で得られた雑種植物細胞の染色体を倍加する工程
(C)工程(B)で得られた染色体倍加細胞を培養し、再生植物体を得る工程
(D)工程(C)で得られた再生植物体と工程(A)で用いたのと同種の非セパ種ネギ属植物とを交配し、異質3倍体植物を得る工程
(E)工程(D)で得られた異質3倍体植物と工程(A)で用いたのと同種の非セパ種ネギ属植物とを交配し、得られた子孫植物細胞の染色体を調査して、セパ種植物の第1染色体を1本、及び/または第8染色体を1本有する異種染色体添加植物を選抜する工程
(F)工程(E)で得られた異種染色体添加植物を破砕し、ケトン系有機溶媒を加えて抽出を行う工程

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−227633(P2009−227633A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−77960(P2008−77960)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】