説明

疲労特性に優れた構造物

【課題】 鋼部材の溶接継手を有する構造物の使用中に、ピーニング処理により溶接止端部に導入した圧縮残留応力が喪失することを抑制する。
【解決手段】 1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径Rを有し、且つ、溶接止端部の表面からの厚さ方向の深さとして1.0mm以下の深さDを有する打撃痕202a、202bを溶接止端部に形成する。また、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成するそれぞれの鋼板について、それぞれの鋼板の降伏応力が、溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上となるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労特性に優れた構造物に関し、特に、構造物を構成する鋼部材の溶接継手の疲労特性を向上するために用いて好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、構造物を構成する鋼部材の溶接継手の疲労特性を向上するために、溶接継手の止端部(以下「溶接止端部」と称する)に対してピーニング処理が行われている。特許文献1及び非特許文献1には、空気圧式工具を用いたハンマーピーニング処理を行うことが記載されている。また、非特許文献2には、UIT(Ultrasonic Impact Treatment)装置を用いた超音波ピーニング処理(超音波衝撃処理)を行うことが記載されている。
【0003】
これらのピーニング処理は、1mm〜10mm程度の曲率半径を有する硬質の先端を持つ振動端子で溶接止端部を繰り返し打撃して塑性加工させることにより実施される。一般に、溶接止端部には溶接の際の局所的な加熱・冷却により引張残留応力が発生している。そこで、溶接止端部に対してこのようなピーニング処理を行うと、溶接止端部の近傍に圧縮残留応力を導入すると共に、溶接止端部の表面の形状を滑らかにすることができる。これにより溶接止端部における応力集中を緩和することができ、溶接継手の疲労強度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−21717号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】IIW Commission XIII, IIW recommendation Post Weld Improvement of Steel and Aluminum Structures, Revised March 2009, p.20〜27
【非特許文献2】野瀬哲郎著、「疲労強度向上向け超音波ピーニング方法」、溶接学会誌、第77巻(2008)、第3号、p.210〜213
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、構造物の使用中に溶接継手に大きな圧縮応力が作用すると、溶接止端部で局所的に圧縮降伏し、ピーニング処理によって導入された圧縮残留応力が解放されるため、ピーニング処理による疲労強度向上効果が低下する可能性がある。特に、二重底構造を有する船舶の内底板と、下部スツール斜板、ビルジホッパ斜板、又は縦通隔壁との取り合い溶接部は非常に構造的応力集中が大きいため、荒天時に材料の降伏点に近い圧縮応力が作用することがある。さらに、平均応力が積み付けの状態によって大きく変動する。例えば、積荷が満載に近いときには、当該溶接部の平均応力が引張となるのに対し、積荷が空の状態(バラスト状態)では、当該溶接部の平均応力は圧縮となる。したがって、船舶に前述した従来の技術を適用しても、平均応力が圧縮かつ荒天時の大きな圧縮応力が作用するとピーニング処理によって導入された圧縮残留応力が低下し、その後平均応力が引張の状態で変動荷重が作用すると疲労破壊が生じる可能性が高い。
以上のように、従来の技術では、鋼部材の溶接継手を有する構造物の使用中に、ピーニング処理により溶接止端部に導入した圧縮残留応力が低下、喪失する虞があるという問題点があった。
【0007】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、鋼部材の溶接継手を有する構造物の使用中に、ピーニング処理により溶接止端部に導入した圧縮残留応力が喪失することを抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の疲労特性に優れた構造物は、鋼部材の溶接継手を有する疲労特性に優れた構造物であって、前記溶接継手の溶接止端部の少なくとも一部には、1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径を有し、且つ、当該溶接止端部を有する鋼部材の表面からの厚み方向の深さとして1.0mm以下の深さを有する打撃痕が形成されており、前記打撃痕が形成されている溶接止端部を有する鋼部材の降伏応力は、前記構造物に作用すると想定される荷重に対して算定される当該溶接止端部でのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溶接継手の溶接止端部の少なくとも一部に、1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径を有し、且つ、当該溶接止端部を有する鋼部材の表面からの厚み方向の深さとして1.0mm以下の深さを有する打撃痕を形成することにより、溶接止端部に圧縮残留応力を導入することができる。また、打撃痕が形成されている溶接止端部を有する鋼部材の降伏応力を、構造物に作用すると想定される荷重に対して算定される当該溶接止端部でのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上にすることにより、鋼部材の溶接継手を有する構造物の使用中に、溶接止端部に導入した圧縮残留応力が喪失することを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施形態を示し、船舶の船底付近の一部の一例を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施形態を示し、内底板と下部スツール斜板との交差部の形状の一例を示す断面図である。
【図3】本発明の実施形態を示し、ピーニング処理の方法の一例を説明する図である。
【図4】本発明の実施形態を示し、ホットスポット応力の一例を説明する図である。
【図5】本発明の実施例を示し、梁型試験体の構成の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施例を示し、梁型試験体に使用される鋼板の属性を表形式で示す図である。
【図7】本発明の実施例を示し、梁型試験体に対して行った荷重載荷の方法を説明する図である。
【図8】本発明の実施例を示し、試験結果(実施例と比較例)を表形式で示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態を説明する。
図1は、船舶の船底付近の一部の一例を示す斜視図である。尚、各図では、説明の都合上、構成の一部を簡略化又は省略して示している。
図1において、船底は、船底外板101と内底板102とにより二重船底となっている。このように本実施形態では、構造物として、二重底構造を有する船舶(具体的にはバルクキャリア)を例に挙げて説明する。
【0012】
図1に示す例では、内底板102は、降伏応力が異なる2つの内底板102a、102bにより構成されている。まず、内底板102aとして、その降伏応力が390MPa級以上である鋼板を使用している。一方、内底板102bとして、その降伏応力が355MPa級以下である鋼板を使用している。内底板102a、102bは、それらが略面一になるように溶接されている。
【0013】
内底板102aには、下部スツール斜板103が溶接されている。下部スツール斜板103も、降伏応力が異なる2つの下部スツール斜板103a、103bにより構成されている。まず、下部スツール斜板103aとして、その降伏応力が390MPa級以上である鋼板を使用している。一方、下部スツール斜板103bとして、その降伏応力が355MPa級以下である鋼板を使用している。下部スツール斜板103a、103bは、それらが略面一になるように溶接されている。
【0014】
このように、内底板102a、102b及び下部スツール斜板103a、103bのうち、内底板102と下部スツール斜板103との交差部110に位置する内底板102a及び下部スツール斜板103aに、降伏応力が390MPa級以上の鋼板を使用している。尚、390MPa級や355MPa級といった規格は、例えば、「財団法人日本海事協会」等の「船級協会規格」により定められている。また、JIS規格によれば、降伏応力が390MPa級以上の鋼板とは、SM570よりも高強度の鋼材を指す。
【0015】
本実施形態では、内底板102a及び下部スツール斜板103aの交差部110に形成されている溶接継手の溶接止端部に対してピーニング処理を行い、当該溶接止端部に対して打撃痕を形成するようにしている。
図2は、内底板102aと下部スツール斜板103aとの交差部の形状の一例を示す断面図である。図2に示す断面図は、溶接線に垂直な方向の断面図である。
図2において、本実施形態では、内底板102aと下部スツール斜板103aとの溶接継手201の溶接止端部の少なくとも一部に打撃痕202a、202bを形成する。打撃痕202a、202bは、1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径Rを有し、且つ、打撃痕202a、202bを有する溶接止端部の表面からの厚さ方向の深さとして1.0mm以下の深さDを有する。
【0016】
打撃痕202の断面における曲率半径Rが1.0mm未満であると、溶接止端部への応力集中を緩和することが不十分であり、耐疲労特性の向上を期待できない。一方、曲率半径Rが10.0mmを超えても、応力集中を緩和する効果は飽和し、耐疲労特性のさらなる向上は得られず、また処理時間もより長く必要となる。よって、打撃痕202の曲率半径Rは、1.0mm以上10.0mm以下とし、1.5mm以上5.0mm以下とするのが、耐疲労特性の向上を期待できる観点から好ましい。
尚、打撃痕202は、溶接止端部を中心として形成するが、溶接金属部及び熱影響部の一部を含むように形成することが好ましく、これを勘案して打撃位置と、打撃痕202の曲率半径を選定することも好ましい。
【0017】
また、打撃痕202の厚み方向の深さDが1.0mmを超えても、溶接止端部近傍の引張残留応力を解放する効果と、更なる圧縮残留応力を付与する効果との何れもが略飽和し、耐疲労特性の大幅な向上は期待できない。また、打撃痕202の厚み方向の深さDを大きくするには、打撃痕202を形成するための時間を要することから効率的ではない。よって、打撃痕202の厚み方向の深さDは1.0mm以下とし、0.5mm以下とするのが、耐疲労特性の向上の観点から好ましい。
このような打撃痕202が施された溶接止端部では、溶接止端部の線は消滅する。これにより、疲労き裂の起点となり難くなり、耐疲労特性が向上する。
【0018】
図3は、ピーニング処理の方法の一例を説明する図である。
図3(a)に示すようにして、内底板102aと下部スツール斜板103aとを溶接して溶接継手301を形成する。本実施形態では、内底板102aと下部スツール斜板103aとのなす角度の大きい側、すなわち貨物倉側の溶接止端部302a、302bの溶接止端部に対してピーニング処理を行う。
【0019】
図3(b)に示すように、ピーニング処理を行う打撃装置310は、振動端子311と、振動装置312とを備える。この打撃装置310は、溶接線方向(図3(b)の白抜きの矢印の方向)に沿って移動しながら、溶接継手301の溶接止端部302a、302bに対して打撃を行い、前述した形状を有する打撃痕202a、202bを個別に形成する(図3(c)を参照)。ピーニング処理の方法は、前述した形状を有する打撃痕202a、202bを形成することができれば、どのような方法であってもよい。例えば、ハンマーピーニング法、ニードルピーニング法、超音波ピーニング法等の方法を採用することができる。
【0020】
このとき、打撃装置310により振動端子311を、10Hz以上50kHz以下の範囲の振動周波数で振動させ、且つ、0.01kW以上4kW以下の範囲の仕事率(出力)で打撃処理を施すことが好ましい。このような範囲で打撃処理を施すことによって、溶接止端部の表面の金属が塑性流動し、溶接の際の局所的な加熱・冷却に伴って形成されていた引張残留応力を解放し、圧縮残留応力場を形成することができるからである。さらに、このような範囲で打撃処理を施すことによって、溶接止端部の表面が加工発熱し、この加工発熱が散逸しない断熱状態で繰り返し打撃処理を与えることにより、熱間鍛造と同じような作用を溶接止端部の近傍に及ぼすことができ、結晶組織を微細化することができるからである。
【0021】
ここで、振動端子311の振動周波数を10Hz以上とするのは、振動周波数が10Hz未満であると、打撃による断熱効果が得られないからである。一方、振動周波数を50kHz以下とするのは超音波等、工業的に適用できる振動装置によって得られる周波数が一般に50kHz以下であるからである。
また、振動端子311の仕事率を0.01kW以上とするのは、仕事率が0.01kW未満であると、打撃処理に要する時間が長くかかり過ぎるからである。一方、仕事率を4kW以下とするのは、これを超える仕事率で打撃処理をしても効果が飽和するため経済性が低下するからである。
【0022】
本実施形態では、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成する鋼板それぞれの降伏応力が、これらが適用される船舶に作用すると想定される荷重に対して算定される溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上となるようにしている。言い換えると、内底板102a及び下部スツール斜板103aが適用される船舶に作用すると想定される荷重、すなわち静水中荷重と変動荷重の両方を考慮して算定される溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値が、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成する鋼板それぞれの降伏応力の90%以下となるようにしている。
以下に、「船舶に作用すると想定される荷重」、「ホットスポット応力」「ホットスポット応力の圧縮応力の最大値」、及び「鋼板の降伏応力」について説明する。
【0023】
まず、「船舶に作用すると想定される荷重」は、船舶を設計する際に考慮する必要がある全ての荷重であり、各船級協会により設計規格として規定されるものである。例えば、国際船級連合(IACS)の「共通構造規則(CSR;Common Structural Rules)」に基づいて、船舶に作用すると想定される荷重を定めることができる。このように、構造物の設計に際し使用される規格や指針を基に、構造物に作用すると想定される荷重を定めることができる。
【0024】
次に、「ホットスポット応力」は、溶接ビード形状の影響を無視し、構造的不連続の影響による応力の上昇を考慮した溶接止端位置における応力である。ホットスポット応力の算定に際し、二次的な曲げ応力の影響を無視することができない場合には、この影響を考慮する。ホットスポット応力は、有限要素法による直接解析や、公称応力に応力集中係数を乗じることにより求めることができる。
【0025】
図4は、ホットスポット応力の一例を説明する図である。
図4において、まず、内底板102aの応力分布401(内底板102aの位置と応力との関係)を得る。次に、溶接継手301の溶接止端部のうち、内底板102a側の溶接止端部302aから、内底板102aの板厚(厚みt)の0.5倍及び1.5倍離れた位置での応力値403、404を相互に結ぶ直線を引く。次に、この直線を、溶接止端部302aの位置まで外挿する。このようにして外挿した位置における応力値405がホットスポット応力となる。このようなホットスポット応力が、船舶に作用すると想定される様々な荷重に対して算出される。尚、ホットスポット応力は、「財団法人日本海事協会、疲労強度評価ガイドライン、2002年8月」や「CSR−B(Common Structural Rules for Bulk Carriers)のSection4」や「International Institue of Welding、Fatigue design of welded joints and components」等に記載されているので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
【0026】
次に、「ホットスポット応力の圧縮応力の最大値」は、船舶に作用すると想定される様々な静水中荷重と変動荷重の組み合わせに対して算出されるホットスポット応力のうち、圧縮の最大値である。この圧縮応力の最大値は、以下の(1)式のようにして計算される。
圧縮応力の最大値=(平均応力)−(10-8超過確率レベルの応力振幅) ・・・(1)
【0027】
ここで、平均応力とは、静水中荷重に対して計算される溶接止端部302aや302bの平均応力である。静水中荷重は、「財団法人日本海事協会、疲労強度評価ガイドライン、2002年8月」に記載されているので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
また、10-8超過確率レベルの応力振幅とは、船舶に作用すると想定される「変動荷重(波浪荷重)」が1回作用した際に、溶接止端部302aや302bにおいて10-8[−]の確率で発生(超過)する応力振幅である。例えば、溶接継手301の10-8超過確率レベルの応力振幅がxであるということは、108回の波浪荷重に対してx以上の応力振幅が1回だけ溶接止端部302aに作用するということを意味する。このように、10-8超過確率レベルの応力振幅は、船舶の生涯で作用する荷重のくり返し数を108回であると仮定して、108回に1回だけ発生する最大の応力振幅(すなわち、船舶の生涯で作用する最大の応力振幅)を意味する。この10-8超過確率レベルの応力振幅は、「財団法人日本海事協会、疲労強度評価ガイドライン、2002年8月」等の指針・規格によるものである。
【0028】
次に、「鋼板の降伏応力」は、内底板102a及び下部スツール斜板103aの母材鋼板の実際の降伏応力である。この鋼板の降伏応力は、母材鋼板より試験片を採取して引張試験を行うことで測定できる他、母材鋼板のミルシートに記載された引張試験データより得ることができる。
【0029】
従来は、溶接止端部に作用するホットスポット応力の圧縮応力が大きくなり、局所的に材料が降伏したとしても、座屈が生じない限り構造の健全性には問題がないと考えられていた。これに対し、本発明者らは、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成するそれぞれの鋼板の降伏応力が、溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍未満になると、ピーニング処理で溶接止端部302a及び302bに導入された圧縮残留応力が喪失し、疲労特性が急激に低下するという新たな知見を得た。
そこで、本実施形態では、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成するそれぞれの鋼板の降伏応力が、内底板102a及び下部スツール斜板103aが適用される船舶に作用すると想定される荷重、すなわち静水中荷重と変動荷重の両方を考慮して算定される溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上となるようにする。これにより、ピーニング処理で溶接継手301aに導入された圧縮残留応力が、船舶の使用中に喪失することを抑制することができる。
また、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成するそれぞれの鋼板の降伏応力が、溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(5/3)倍未満になると、ピーニング処理で溶接止端部302a及び302bに導入された圧縮残留応力が徐々に低下し始める。
そのため、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成するそれぞれの鋼板の降伏応力が、溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(5/3)倍以上となるようにすると、ピーニング処理で溶接止端部302a及び302bに導入された圧縮残留応力が持続するため、より効果的である。
【0030】
本実施形態のように、内底板102a及び下部スツール斜板103aを構成するそれぞれの鋼板について、それぞれの鋼板の降伏応力が、溶接止端部302a及び302bでのそれぞれのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上となるようにすれば、ピーニング処理により溶接止端部302a及び302bに導入された圧縮残留応力の低下の抑制効果が大きくなるので好ましい。
また、例えば、溶接止端部302a、302bのうち、溶接止端部302aのみに打撃痕202aを形成する場合、内底板102aの降伏応力を、溶接止端部302aでのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上となるようにし、打撃痕を形成しない溶接止端部302bでは、内底板102bの降伏応力を、ホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上には、なるようにしてもならないようにしてもよい。
【0031】
また、本実施形態では、内底板102a及び下部スツール斜板103aに、降伏応力が390MPa級以上の鋼板を使用している。このようにする理由は、薄い板厚であっても、溶接止端部302a及び302bでのホットスポット応力の圧縮応力の最大値を、前記の範囲内にすることができるからである。薄い板厚の鋼板を使用することで重量を軽くすることができる。また、同じ板厚とした場合は、降伏応力が390MPa以上の鋼板を使用した方が耐疲労特性が向上し、構造物の耐用寿命を長くできる。ただし、降伏応力が390MPa級未満の鋼板であっても、溶接止端部302a及び302bでのホットスポット応力の圧縮応力の最大値を、前記の範囲内にすることができれば、当該鋼板を適用してもよい。
【0032】
また、ピーニング処理により溶接継手301に導入された圧縮残留応力の低下を抑制する観点から、本実施形態では、打撃痕202が形成されている鋼板に、降伏応力が390MPa級以上の鋼板を使用し、打撃痕202が形成されていない鋼板には、降伏応力が355MPa級以下の鋼板を使用してもよい。例えば、溶接止端部302a及び302bのうち、溶接止端部302aにのみ打撃痕202aを形成する場合には、内底板102aに、降伏応力が390MPa級以上の鋼板を使用し、下部スツール斜板103aに、降伏応力が355MPa級以下の鋼板を使用してもよい。
【0033】
また、本実施形態では、内底板102a、102b及び下部スツール斜板103a、103bのうち、内底板102と下部スツール斜板103との交差部110に位置する内底板102a及び下部スツール斜板103aに、降伏応力が390MPa級以上の鋼板を使用する。このようにする理由は、コストの高い鋼板の使用量を少なくするためである。ただし、内底板102全体、下部スツール斜板103全体に、降伏応力が390MPa級以上の鋼板を使用してもよい。
尚、内底板102a及び下部スツール斜板103aに使用する鋼板の降伏応力は、高ければ高いほど耐疲労性能は向上するが、通常、溶接構造用厚鋼板の降伏応力は最大でも1000MPa程度である。また、降伏応力が高いほど、鋼板の重量当たりの価格は高くなるため、経済性と耐疲労性能のバランスを鑑みて使用する鋼板の降伏応力を選択するとよい。
【0034】
尚、本実施形態では、船舶としてバルクキャリアを例に挙げて説明したが、本実施形態は、バルクキャリア以外の船舶(例えば、船舶コンテナ船、鉱石運搬船、油タンカー、LNG船、LPG船、ケミカルタンカー)にも適用することができる。
【0035】
また、本実施形態では、内底板102と下部スツール斜板103との取り合い溶接部に対してピーニング処理を施すと共に、当該溶接部に位置する内底板102a及び下部スツール斜板103aが、390MPa級以上降伏応力を有するようにした。内底板102と下部スツール斜板103との取り合い溶接部は非常に構造的応力集中が大きいため、荒天時に材料の降伏点に近い圧縮応力が作用することがあり、さらに、平均応力が積み付けの状態によって大きく変動するため、当該溶接部における疲労特性の低下が著しいからである。しかしながら、(構造物の使用中に)疲労特性の低下が著しくなる箇所であれば、どのような箇所に本実施形態の手法を適用してもよい。例えば、「内底板102と下部スツール斜板103との交差部」に代えて又は加えて、「内底板102とビルジホッパ斜板との交差部」及び「内底板102と縦通隔壁(L.BHD)との交差部」の少なくとも何れか一方の交差部に、本実施形態の手法を適用することができる。内底板102とこれらの交差部の溶接継手も非常に構造的応力集中が大きく、作用する平均応力が積み付けの状態によって大きく変動するからである。ここで、下部スツール斜板やビルジホッパ斜板には、板面が内底板の板面に対し垂直となるように内底板に接続(溶接)されるものも含まれる。
【0036】
さらに、構造物は船舶に限定されない。例えば、橋梁、海洋構造物、建設・産業機械等、溶接継手を有する様々な構造物に適用することができる。
【0037】
(実施例)
次に、本発明の実施例について説明する。
図5は、本実施例の梁型試験体の構成の一例を示す図である。図6は、図5に示す梁型試験体に使用される鋼板の属性を表形式で示す図である。
図5において、部材Aには、図6に示す3種類の鋼板1〜3を使用した。鋼板1〜3のそれぞれについて、板厚が16mm、19mm、21mmのものを使用した。その他の部材B〜K(部材Jについては図6を参照)には、それぞれ板厚が16mmの鋼板1を使用した。尚、図5において、両矢印に対して示されている数字は、寸法(mm)を表す。
【0038】
部材Kは完全溶け込み角回し溶接により部材A取り付けた。溶接条件は、次の通りである。
溶接材料:フラックス入りワイヤ(JIS Z 3313 YFW-C50DR、ワイヤ径=1.2mm)
溶接方法:半自動ガスシールドアーク溶接
入熱量:約15000J/cm
シールドガス:炭酸ガス(CO2:100%)
【0039】
部材Aと部材Kとの溶接部の溶接止端部のうち、部材A側の溶接止端部501に対して超音波ピーニング処理とハンマーピーニング処理を個別に施した。ピーニング条件は、次の通りである。
<超音波ピーニング条件>
打撃ピンの先端部の曲率半径:3mm
打撃ピンの直径:3mmφ
振動周波数:27kHz
出力:約1000kW
【0040】
<ハンマーピーニング条件>
空気圧式のリベッティングハンマー(打撃数=2800B.P.M、ピストン径=14.3mm、ストローク38mm)の振動端子を、先端の曲率半径が6mm又は10mmのピーニングハンマーに付け替えたハンマーピーニング装置を使用した。ハンマーピーニングを行う際のハンマーピーニング装置の空気圧は、約0.4MPa〜0.6MPaである。
【0041】
以上のようにして部材A側の溶接止端部501に対してピーニング処理が施された梁型試験体に対して荷重載荷を実施した。図7は、梁型試験体に対して行った荷重載荷の方法を説明する図である。図7に示すように、ここでは、4点曲げ載荷を実施した。溶接止端部501では非常に構造的応力集中が大きく、このように荷重を載荷することで当該部より疲労き裂が発生することが予想される。繰返し荷重を載荷する疲労試験を行う前に、ピーニング処理を施した溶接止端部501に圧縮の応力が作用するように、梁型試験体に対して900kNの荷重を(図7の上側の矢印の方向に)1回だけ負荷した(900kNの予荷重を負荷した)。
【0042】
その後、梁型試験体に対して繰返し荷重を(図7の下側の矢印の方向に)負荷し、疲労試験を実施した。疲労試験の条件は、次の通りである。
溶接止端部501のホットスポット応力の応力範囲:150MPa
応力比:0.1
周波数:2Hz
溶接止端部501のホットスポット応力範囲は、国際船級連合(IACS)の共通構造規則(CSR)に記載の方法に従い、シェル要素による弾性有限要素法の直接解析を実施することで算定した。
【0043】
図8は、試験結果(実施例と比較例)を表形式で示す図である。
図8において、「予荷重によるホットスポット応力」が、「構造物に作用すると想定される荷重に対して算定される溶接継手でのホットスポット応力の圧縮応力の最大値」に対応する。また、溶接止端部から5mmだけ離れた位置にひずみゲージを張り付け、このひずみゲージの出力値が、初期のひずみ範囲から5%低下したときの荷重の繰返し数を、き裂発生繰返し数とした。
【0044】
図8において、番号「1」又は「6」と番号「9」、番号「2」又は「7」と番号「10」、並びに、番号「3」又は「8」と番号「11」、を比較すると、部材Aとして、同じ板厚の同じ鋼種の鋼板を使った場合、1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径Rを有し、且つ、打撃痕202a、202bを有する溶接止端部の表面からの厚さ方向の深さとして1.0mm以下の深さDを有する打撃痕202を形成すると、疲労特性が向上することが分かる。
【0045】
また、番号「3」と番号「12」又は「13」、並びに、番号「8」と番号「14」又は「15」を比較すると、部材Aとして同じ板厚(16mmの板厚)の鋼板を使用し、且つ、同じ方法で略同じ形状の打撃痕202を形成した場合、部材Aとして鋼1、2を使用すると、鋼1、2の降伏応力(図6の降伏応力の値を参照)が、予荷重によるホットスポット応力の(10/9)倍以上にならなくなり、疲労特性が低下しているのに対し、部材Aとして鋼3を使用すると、鋼3の降伏応力が、予荷重によるホットスポット応力の(10/9)倍以上になり、疲労特性が向上することが分かる。
【0046】
また、番号「2」、「3」、「7」、「8」と、番号「1」、「6」とを比較すると、降伏応力が390MPa級以上の鋼2、3を部材Aに使用することで、同程度の疲労特性を維持しつつ板厚を薄くできることが分かる。
また、番号「4」、「5」と、番号「1」とを比較すると、同じ板厚である場合には、降伏応力が390MPa級以上の鋼2、3を部材Aに使用することで、疲労特性を一層向上させることができることが分かる。
また、番号「16」を参照すると、1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径Rを有し、且つ、打撃痕202a、202bを有する溶接止端部の表面からの厚さ方向の深さとして1.0mm以下の深さDを有する打撃痕202を形成しないと、鋼3の降伏応力が予荷重によるホットスポット応力の(10/9)倍以上であっても、打撃痕の部分での応力集中が大きくなるため、疲労特性が低下することが分かる。
【0047】
尚、以上説明した本発明の実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【符号の説明】
【0048】
101 船底外板
102 内底板
103 下部スツール斜板
110 内底板と下部スツール斜板との交差部
201 溶接継手
202 打撃痕
301 溶接継手
310 打撃装置
311 振動端子
312 振動装置
401 応力分布
402 溶接止端部
403 溶接止端部から内底板の板厚の0.5倍離れた位置での応力値
404 溶接止端部から内底板の板厚の1.5倍離れた位置での応力値
405 応力値(ホットスポット応力)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼部材の溶接継手を有する疲労特性に優れた構造物であって、
前記溶接継手の溶接止端部の少なくとも一部には、1.0mm以上10.0mm以下の曲率半径を有し、且つ、当該溶接止端部を有する鋼部材の表面からの厚み方向の深さとして1.0mm以下の深さを有する打撃痕が形成されており、
前記打撃痕が形成されている溶接止端部を有する鋼部材の降伏応力は、前記構造物に作用すると想定される荷重に対して算定される当該溶接止端部でのホットスポット応力の圧縮応力の最大値の(10/9)倍以上であることを特徴とする疲労特性に優れた構造物。
【請求項2】
前記溶接継手を構成する前記鋼部材のうち、前記打撃痕が形成されている側の鋼部材は、降伏応力が390Mpa級以上の鋼部材であり、前記打撃痕が形成されていない側の鋼部材は、降伏応力が355Mpa級以下の鋼部材であることを特徴とする請求項1に記載の疲労特性に優れた構造物。
【請求項3】
前記構造物は、船舶であり、
前記構造物に作用すると想定される荷重に対して算定される前記溶接止端部でのホットスポット応力の圧縮応力の最大値は、下記(1)式より算定されることを特徴とする請求項1又は2に記載の疲労特性に優れた構造物。
圧縮応力の最大値=(平均応力)−(10-8超過確率レベルの応力振幅)・・・(1)
但し、(1)式において、平均応力は、静水中荷重に対して計算される前記溶接止端部の平均応力であり、10-8超過確率レベルの応力振幅は、変動荷重が1回作用した際に前記溶接止端部において10-8[−]の確率で発生する応力振幅である。
【請求項4】
前記溶接継手は、内底板と、下部スツール斜板、ビルジホッパ斜板、又は縦通隔壁と、の交差部の溶接継手であることを特徴とする請求項3に記載の疲労特性に優れた構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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