説明

疾患の検査方法

【課題】 ヌーナン症候群や白血病の検査を容易に行える検査方法を提供すること。
【解決手段】 検査対象となる人体から取り出されたリンパ系細胞を培養する培養処理過程と、該培養処理過程によって培養されたリンパ系細胞を溶解する溶解処理過程と、該溶解処理過程によって得られたチロシンホスファターゼ(SHP-2)を抗SHP-2抗体によって免疫沈降させる沈降処理過程と、該沈降処理過程によって得られた免疫沈降物を基質であるリン酸化ペプチドと反応させる反応処理過程と、該反応処理過程によって遊離されたリン酸の量を解析する解析処理過程と、を含み、前記解析に基づいてヌーナン症候群または白血病の検査を行う。

【発明の詳細な説明】
【発明の開示】
【0001】
ヌーナン症候群は顔貌異常(眼瞼下垂・眼裂狭小・眼間解離など)、翼状頸、低身長、心奇形、精神遅滞等を伴う症候群で、常染色体優性遺伝形式をとる(非特許文献1、2)。発生率が1000-2500人に1人とされ極めて頻度の高い疾患であるがその臨床症状はさまざまであり臨床診断が難しい病気である。2001年にSH2 domain containing protein phosphatase SHP-2遺伝子に初めて遺伝子変異が同定されその後の報告からヌーナン症候群患者の約40%に遺伝子変異が同定された(非特許文献3〜13)。また小児白血病であるJuvenile myelomonocytic leukemia(JMML)の34%,また小児骨髄異型性症候群(MDS),急性リンパ性白血病(ALL),急性骨髄性白血病(AML)の数%にSHP-2の変異が同定された(非特許文献9,11,12)。
【0002】
【非特許文献1】Allanson JE, Hall JG, Hughes HE, Preus M, Witt RD. Noonan syndrome: the changing phenotype. Am J Med Genet. 21:507-514, 1985
【非特許文献2】Mendez HM, Opitz JM. Noonan syndrome: a review. Am J Med Genet. 21:493-506, 1985
【非特許文献3】Tartaglia M, Kalidas K, Shaw A, Song X, Musat DL, van der Burgt I, Brunner HG, Bertola DR, Crosby A, Ion A, Kucherlapati RS, Jeffery S, Patton MA, Gelb BD. PTPN11 mutations in Noonan syndrome: molecular spectrum, genotype-phenotype correlation, and phenotypic heterogeneity. Am J Hum Genet. 70:1555-1563, 2002
【非特許文献4】Maheshwari M, Belmont J, Fernbach S, Ho T, Molinari L, Yakub I, Yu F, Combes A, Towbin J, Craigen WJ, Gibbs R. PTPN11 mutations in Noonan syndrome type I: detection of recurrent mutations in exons 3 and 13. Hum Mutat. 20:298-304, 2002
【非特許文献5】Kosaki K, Suzuki T, Muroya K, Hasegawa T, Sato S, Matsuo N, Kosaki R, Nagai T, Hasegawa Y, Ogata T. PTPN11 (protein-tyrosine phosphatase, nonreceptor-type 11) mutations in seven Japanese patients with Noonan syndrome. J Clin Endocrinol Metab. 87:3529-3533, 2002
【非特許文献6】Musante L, Kehl HG, Majewski F, Meinecke P, Schweiger S, Gillessen-Kaesbach G, Wieczorek D, Hinkel GK, Tinschert S, Hoeltzenbein M, Ropers HH, Kalscheuer VM. Spectrum of mutations in PTPN11 and genotype-phenotype correlation in 96 patients with Noonan syndrome and five patients with cardio-facio-cutaneous syndrome. Eur J Hum Genet. 11:201-206, 2003
【非特許文献7】Sarkozy A, Conti E, Seripa D, Digilio MC, Grifone N, Tandoi C, Fazio VM, Di Ciommo V, Marino B, Pizzuti A, Dallapiccola B. Correlation between PTPN11 gene mutations and congenital heart defects in Noonan and LEOPARD syndromes. J Med Genet. 40:704-708, 2003
【非特許文献8】Schollen E, Matthijs G, Gewillig M, Fryns JP, Legius E. PTPN11 mutation in a large family with Noonan syndrome and dizygous twinning. Eur J Hum Genet. 11:85-88, 2003
【非特許文献9】Tartaglia M, Niemeyer CM, Fragale A, Song X, Buechner J, Jung A, Hahlen K, Hasle H, Licht JD, Gelb BD. Somatic mutations in PTPN11 in juvenile myelomonocytic leukemia, myelodysplastic syndromes and acute myeloid leukemia. Nat Genet. 34:148-150, 2003
【非特許文献10】Zenker M, Buheitel G, Rauch R, Koenig R, Bosse K, Kress W, Tietze HU, Doerr HG, Hofbeck M, Singer H, Reis A, Rauch A. Genotype-phenotype correlations in Noonan syndrome. J Pediatr. 144:368-374, 2004
【非特許文献11】Tartaglia M, Martinelli S, Cazzaniga G, Cordeddu V, Iavarone I, Spinelli M, Palmi C, Carta C, Pession A, Arico M, Masera G, Basso G, Sorcini M, Gelb BD, Biondi A. Genetic evidence for lineage- and differentiation stage-related contribution of somatic PTPN11 mutations to leukemogenesis in childhood acute leukemia. Blood2004
【非特許文献12】Loh ML, Vattikuti S, Schubbert S, Reynolds MG, Carlson E, Lieuw KH, Cheng JW, Lee CM, Stokoe D, Bonifas JM, Curtiss NP, Gotlib J, Meshinchi S, Le Beau MM, Emanuel PD, Shannon KM. Mutations in PTPN11 implicate the SHP-2 phosphatase in leukemogenesis. Blood. 103:2325-2331, 2004
【非特許文献13】Yoshida R, Hasegawa T, Hasegawa Y, Nagai T, Kinoshita E, Tanaka Y, Kanegane H, Ohyama K, Onishi T, Hanew K, Okuyama T, Horikawa R, Tanaka T, Ogata T. Protein-tyrosine phosphatase, nonreceptor type 11 mutation analysis and clinical assessment in 45 patients with noonan syndrome. J Clin Endocrinol Metab. 89:3359-3364, 2004
【非特許文献14】Feng GS. Shp-2 tyrosine phosphatase: signaling one cell or many. Exp Cell Res. 253:47-54, 1999
【非特許文献15】Neel BG, Gu H, Pao L. The 'Shp'ing news: SH2 domain-containing tyrosine phosphatases in cell signaling. Trends Biochem Sci. 28:284-293, 2003
【非特許文献16】Servidei T, Aoki Y, Lewis SE, Symes A, Fink JS, Reeves SA. Coordinate regulation of STAT signaling and c-fos expression by the tyrosine phosphatase SHP-2. J Biol Chem. 273:6233-6241, 1998
【非特許文献17】Hof P, Pluskey S, Dhe-Paganon S, Eck MJ, Shoelson SE. Crystal structure of the tyrosine phosphatase SHP-2. Cell. 92:441-450, 1998
【非特許文献18】Fragale A, Tartaglia M, Wu J, Gelb BD. Noonan syndrome-associated SHP2/PTPN11 mutants cause EGF-dependent prolonged GAB1 binding and sustained ERK2/MAPK1 activation. Hum Mutat. 23:267-277, 2004
【0003】
SHP-2 (Syp, PTP1D, SH-PTP2)は全身に発現する分子量68kDaの細胞質型チロシンホスファターゼ(PTP)である。SHP-2はさまざまな増殖因子(Epidermal growth factor (EGF)、インスリン等)やサイトカイン・細胞接着等の細胞外の刺激にて活性化され、その刺激を細胞内で伝達し核に伝える(非特許文献14〜16)。そのシグナルの下流にある主たる分子はRas/ mitogen activated protein (MAP)キナーゼ伝達系であり、一般にはその活性化をつかさどり細胞の増殖・分化に関与している(非特許文献14,15)。その分子構造はN末端にタンデムに並ぶ2つのSH2ドメインを有し、その隣に459番めのシステインを活性中心としたPTPが連なり、C末端には2つのリン酸化を受けるチロシン残基を有している(図1)。
【0004】
興味深いことに、これまでヌーナン症候群や小児白血病患者で同定されたミスセンス変異は、主に非刺激時にPTP部位に結合し活性をブロックしているN-SH2ドメインと、PTPドメインの相対するアミノ酸に集中している(非特許文献17)。同定された変異は培養細胞で発現するとホスファターゼ活性上昇を示すが(非特許文献9,18)、患者由来の細胞でその活性を測定した研究は未だない。
【0005】
私達は患者由来リンパ芽球に正常とともに変異型のSHP-2が発現していることを確認し、SHP-2蛋白を免疫沈降しホスファターゼ活性を測定したところ患者細胞で活性が上昇していることを見出した。この活性は培養細胞で発現させた活性とほぼ相関を示し、また正常人で上昇は認めなかったため診断的な価値を持つと考えられる。この方法は患者細胞のペレットがあれば1日で結果がでること、現在行われている遺伝子診断に比べて高額な機械を必要としないこと、大量検体の処理が可能なことから臨床検査として用いることが可能と思われる。今後白血病患者細胞でも活性上昇が示せればSHP-2活性化変異をもつヌーナン症候群と小児白血病について臨床的スクリーニングにきわめて有用な方法となると考えられる。
【実施例】
【0006】
本発明の実施例を、ヌーナン症候群の酵素活性測定による検査方法を例として、以下に説明する。尚、本発明はヌーナン症候群の診断に限らず、白血病やその他の疾患の検査方法にも適用できることは言うまでもない。
【0007】
先ず、lymphoprep (第一化学)、RPMI (Invitrogen)、Fetal bovine serum (Invitrogen)、ペニシリンストレプトマイシン液(Invitrogen)、抗SHP-2抗体(Santa Cruz)、protein rA sepharose (Amersham)、PTP assay kit II (Upstate biotechnology)を用意する。
【0008】
(1)リンパ芽球の培養を行う。患者血液よりリンパ芽球を樹立培養し15mlの培養液をチューブに移し、遠心して細胞ペレットにする。冷PBSで2回洗浄し、ペレットを-80度に保存する。
【0009】
(2)免疫沈降を行う。リンパ芽球のペレットを0.5 mlのlysis buffer(50mM Tris-HCl pH 7.5, 150mM NaCl, 1 mM EDTA, 1:100 protease inhibitor, and 1% Triton X)で溶解し、氷上に15分間放置する。その後150000回転、20分遠心し、上清を新しいチューブに移す。蛋白濃度を測定した後、1-2mg蛋白/500μlの濃度にlysis bufferで調整する(一人に対し4本のチューブを作る)。2.5μlの抗SHP-2抗体(Santa Cruz)を入れ、shaker上で4度で2時間振とうした。その後、50%の濃度に調節したprotein A-sepharose (Amersham)を50μl加え同じく4度で1時間振とうした。その後遠心してprotein A-sepharoseに結合した免疫沈降物を回収し、1mlのlysis bufferで2回、1mlのPTP bufferで2回洗浄する。
【0010】
(3)活性測定を行う。免疫沈降物3本に対し25μlに1xPTP bufferと基質リン酸化Src ペプチド(Upstate Biotechnology)を最終濃度500μMになるように加え30度で30分インキューベートした。1本のチューブは基質を加えずにインキュベートする。反応上清25μlをマイクロタイタープレートに分注しマラカイトグリーン液(Upstate Biotechnology) 100μlを加えピペッティングにて混和する。室温で15分静置した後にOD620nmで吸光度を測定した。また遊離リン酸を同様にマラカイトグリーン溶液に入れ、スタンダードカーブを作成した。
【0011】
(4)活性の計算を行う。それぞれのOD値からSrc0時のOD値を差し引き、遊離したリン酸の値をスタンダードカーブから遊離したリン酸の量を算出する。
【0012】
次に、結果に基づいて考察する。
(1)リンパ芽球で変異蛋白が発現しているか否かを調べるためにまずゲノムDNA上でD61N, Q79R, S502Tをヘテロ接合体でもっている患者3人のmRNAをリンパ芽球から抽出した。cDNA化しPCRをかけてシークエンスをしたところシークエンス上各変異のシークエンスの波の高さは正常と同等であり、mRNAレベルで変異遺伝子が正常遺伝子とほぼ同等に発現していることを確認した。またwestern blotでSHP-2蛋白が患者と正常人で同等に発現していることを確認した。
【0013】
(2)まず正常1人と培養細胞での発現実験で最も高い活性を持つD61N変異をもつ患者1に対して活性を測定したところ患者1で活性上昇がみられた。患者1について基質の濃度、用いる蛋白量、抗体の量について条件検討を行った。基質Srcの量は250-1000μM、蛋白量は2mgまで直線性を示した。抗体量は5μlに比べ2.5μlのほうが高い活性を示した。これは沈降した抗体が活性に影響を与えている可能性が考えられた。以上より、蛋白量1.5-2mg、基質は500μM、抗体2.5μlで残りの患者の活性測定を行うことにした。
【0014】
(3)コントロール3人と、SHP-2遺伝子変異を片方の対立遺伝子にもつヌーナン症候群患者7人の活性を免疫沈降法にて測定した(図2)。患者1はアッセイの陽性コントロールとして入れている。コントロール細胞の活性に対し、患者1,2,4,5,7では有意に上昇していた。患者3と患者6に関してはその活性はコントロールと有意差を認めなかった。
【0015】
(4)患者由来リンパ芽球の活性と、変異蛋白をCOS7細胞に導入して変異蛋白のみを免疫沈降にて単離し活性をSrcを基質にして測定したときの活性を表1に示す。COS7細胞にて活性の高かったD61N,I282V, S502T (12.1, 6.3, 5.6倍)は患者リンパ芽球でも明確に活性上昇を示した(3, 5.5, 3.2倍)。COS7細胞での上昇が小さかったY63C, Q79R, D308Nに関しては、Y63Cはリンパ芽球で有意差を示したが、Q79R, D308Nに関しては有意差を認めなかった。以上6つの変異では発現蛋白と、患者由来リンパ芽球の活性にほぼ相関を認めた。
【0016】
(5)E139D変異は唯一他の変異と違った蛋白ドメインにあり(C-SH2)、SHP-2蛋白の立体構造からもホスファターゼ活性の上昇は予測されていない(図1)。私達の発現実験では活性上昇は認められなかったが、患者由来のリンパ芽球では活性上昇を認めている。この活性の矛盾に関してはまだ解決されていないが、SHP-2の変異が異なる細胞で異なる役割を果たしていることが予想されているため、細胞によってその活性が異なる、つまり他の相互作用する分子がその活性を制御している可能性もあると考えられた。
【0017】
尚、前記実施例では、患者のリンパ芽球を用いてホスファターゼ活性の測定を行っていたが、これに限ることなく、リンパ球を用いて測定を行っても良いし、その他にも患者末梢血や、骨髄白血病細胞でアッセイを行い、活性上昇を測定することもできる。
【0018】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】SHP-2の構造と変異の位置
【図2】ヌーナン症候群患者由来リンパ芽球での活性
【図3】診断へのフローチャート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体から取り出された細胞を培養し、該細胞の酵素活性を測定することで、特定の遺伝子の変異によって発生する疾患の検査を行うことを特徴とする疾患の検査方法。
【請求項2】
前記酵素活性の測定が、ホスファターゼ活性の測定であり、前記遺伝子が、SHP-2遺伝子を対象としていることを特徴とする請求項1に記載の疾患の検査方法。
【請求項3】
前記疾患が、ヌーナン症候群または白血病を対象としていることを特徴とする請求項1または2に記載の疾患の検査方法。
【請求項4】
検査対象となる人体から取り出されたリンパ系細胞を培養する培養処理過程と、該培養処理過程によって培養されたリンパ系細胞を溶解する溶解処理過程と、該溶解処理過程によって得られたチロシンホスファターゼ(SHP-2)を抗SHP-2抗体によって免疫沈降させる沈降処理過程と、該沈降処理過程によって得られた免疫沈降物を基質であるリン酸化ペプチドと反応させる反応処理過程と、該反応処理過程によって遊離されたリン酸の量を解析する解析処理過程と、を含み、前記解析に基づいてヌーナン症候群または白血病の検査を行うことを特徴とする疾患の検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−158247(P2006−158247A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−352142(P2004−352142)
【出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】