疾患判定装置および疾患判定方法
【課題】既存の超音波画像形成装置を活用して臓器等の画像を形成し、該画像から特徴量を抽出し、抽出した特徴量を解析することにより、非侵襲でありながら疾患の有無の判定が可能となる疾患判定装置及び疾患判定方法。
【解決手段】
対象とする臓器に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動によるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析することにより臓器疾患の有無を判定する。
【解決手段】
対象とする臓器に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動によるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析することにより臓器疾患の有無を判定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波画像を使用した人の臓器疾患判定装置、および該装置を用いた判定方法に関する。より詳細には、超音波画像を用いて非侵襲で個人を診断し、得られた画像に対して画像処理を施すことにより、心臓内膜の運動を総合的に評価する指標を定義し、心臓の拡張・収縮機能に障害のある症例に対する疾患を判定する装置と、この装置を用いた判定方法と(以下、この装置と方法とを纏めてシステムと記すこともある)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の医療技術の進歩は著しく、人体の体内の状態を詳細に検査できる技術が発達している。中でも超音波を用いる超音波検査装置は、X線等と比較すると人体に対する負荷が極めて低いこと、装置自体が小型で安価であること、そして何よりも低侵襲であるなどの長所を有する。反面、MRIやX線CTなどと比較して分解能が低く画像自体が粗いこと、それゆえに画像の判定には経験・専門的知識を要することなどの問題もあった。
【0003】
超音波診断技術について以下説明する。
超音波診断法は検査そのものが無痛で、診断の際にはベッドで寝ているだけでいいので患者に対しての負担も他の画像診断に比べるとはるかに低い。また、超音波を用いているため低侵襲的であり、プローブ(探触子)と呼ばれる器具を体表に押し当て人間の可聴範囲をはるかに超える高周波音波を利用することで、体内組織の構造と動きの様子が2次元断層像としてリアルタイムに観察できる。加えて他の診断機に比べ低コストで、ノート型PC程度の大きさも存在し可搬性にも優れているため、被災地などでの初期診断や、在宅医療におけるベッドサイドでの手軽な計測が行える。超音波診断法に用いられる超音波は、音波の一種であり、音波の性質をそのまま持っている。超音波診断法の最大の利点は安全かつ、臓器運動のリアルタイム観察が可能であり、胎児の観察、泌尿器や消化器の組織診断等、幅広く医療分野で一般化され利用されている。さらに臓器の中でも心臓は特に運動速度が速く1分間に60〜70回の拍動運動をしている。従って、心臓の運動を正確に捉えるためには動画像観察が可能な超音波診断法が最も適している。心疾患の発症は高齢者に多くみられ、超高齢化社会を向かえる今日、医師一人当たりの患者数が増加されることが予想されるため手軽に検査が行える超音波診断法は今後も重要な診断法であることは間違いない。
【0004】
次に本発明の対象である超音波画像による心臓疾患判定技術の現状を説明する。現在、心臓内膜認識手法には様々な手法があり内膜認識による定量的評価システムも研究されている。以下、関連する研究を列挙し、その概要を述べる。
(A) 動的輪郭モデルを用いたColor Kinesis画像からの心臓内膜輪郭抽出
(B) Snakes法を用いた左心室輪郭認識システム
(C) パターンマッチングによる二次元運動解析
(D) 心臓内膜の運動ベクトルによる交点可視化アルゴリズム
【0005】
(A)の動的輪郭モデルを用いたColor Kinesis画像からの心臓内膜輪郭抽出を行うColor Kinesis法は、超音波の反射波強度から各時刻毎の左室の心臓内膜の位置を推定し、その位置を異なった色で表現する表示法である。Color Kinesis画像により得られた超音波心エコー画像は、1枚の画像の中に収縮初期から収縮末期までの左室の心臓内膜の動きの情報を含んでおり、心室壁運動異常の診断に有効である。しかし、Color Kinesis画像は心臓内膜中の弁や乳頭筋などの運動評価の対象にならない部位まで認識してしまうため、そのような部位が写されていない断層像に限られ、更に手動による初期設定が必要なため、あらかじめ撮像した断層像のデータから心臓内膜の部分を手動で何点かプロットしてから内膜抽出処理を行うため、撮像された断層像動画に対してリアルタイムに心臓内膜を認識できないといった問題点がある。
【0006】
(B)は、動的輪郭認識法であるSnakes法を用いた左心室形状の認識手法である。本手法により、初期の輪郭を手動でトレースするだけで左心室の動きを自動的に追跡可能となった。しかし本手法は、初期の輪郭を手動で設定するため抽出結果の精度が検査者に依存する。また、撮像された左心室壁に欠損がある場合や、断層像に僧帽弁が写りこんでいる場合には正確に輪郭を認識できないため、解析結果が撮像手技に大きく依存することが問題視されてきた。
【0007】
(C)は、画像中の移動物体のトラッキングを可能とするパターンパッチングを発展させ、心室壁が同心円的に収縮・拡張する運動を2次元解析する手法である。現在、各医療機器メーカーで異なる名称で、ほぼ同様の機能が開発されている。本手法は手動による初期設定をするだけで心室壁の各部位ごとに、どのタイミングでどの方向へ運動しているのかを解析し、心室壁の収縮・拡張運動の同期性を評価することができる。しかし、手動による初期設定を要するため、解析結果が検査者に依存するという欠点がある。
【0008】
以上のように既存の(A)〜(C)の技術では手動での初期設定を必要性や、診断結果の撮像技術に対する依存性、評価値が心臓の局所的な評価に留まっていると言った欠点がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】吉永 崇、宮崎 航、田口 侑人、酒井 太郎、桝田 晃司、「ポータブル超音波診断装置に搭載可能な臓器の3次元計測システムの開発」、生体医工学、2010年2月、vol.48、No.1、pp.33-41
【非特許文献2】酒井 太郎、吉永 崇、今井 崇雄、桝田 晃司、「動画像からの左心室壁形状抽出による超音波画像取得補助システムの開発」、電気学会論文誌C、vol.129、No.12、pp.2180-2188、2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、心臓内膜の運動ベクトルによる交点可視化アルゴリズムを発展させ、
従来の交点可視化アルゴリズムでは心臓内膜の運動ベクトルをx、yの2次元平面上の運動評価のみであったものを、z方向への3次元空間に拡張することで、実際の臓器の運動をよりリアルに評価し、精確な診断が可能な手法を考案し、疾患判定システム(すなわち、疾患の判定装置および判定方法)として提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の疾患判定装置は、
(1) 計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定装置。
(2) 疾患判定の対象とする臓器として心臓内膜疾患の判定を行う、(1)に記載の疾患判定装置。
(3) プローブから検出された信号に基づいて患者の体内の超音波断層画像を表示する超音波画像表示部を備えた超音波画像形成装置と、
前記画像表示部の超音波画像から心臓の内膜を自動認識する内膜認識部と、前記認識された心臓内膜の運動指標としての速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部と、前記速度ベクトル算出部により算出された速度ベクトルから特徴量を定義する特徴量抽出部とを備える画像解析装置から構成される(1)に記載の疾患判定装置。である。
(4) 計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定方法。
であり、心臓の1心拍分の超音波動画像から、心臓内膜の自動抽出を行い、内膜運動による内膜速度ベクトルを求め、三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、心臓内壁の拡張・収縮機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を定義し、定義された指標を解析することで心臓疾患の有無を判定するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、心臓の運動パターンを正確に解析することが可能となり、様々な特徴量から疾患の運動パターンを解析することで疾患の種類や程度を自動的に特定することができる。本システムは既存の簡易な超音波画像撮像装置とPCで構成されるため、専門の医師がいない場所においても予備判定装置としての利用が見込まれる。また診断経験の浅い医師に対しての研修用ソフトとして本システムを用いることもできる。このような自動診断システムによって客観的な情報をセカンドオピニオンとして検査者にフィードバックすることで、医師の負担を軽減し、これまで医師の主観によって判断されていた診断格差の改善が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の疾患判定装置の概略図である。
【図2】内膜領域抽出アルゴリズムを説明する図である。
【図3】内膜ベクトルの抽出方法を説明する図である。
【図4】正常心及び異常心の内膜ベクトル状態を説明する図である。
【図5】心臓の状態別内膜ベクトルの模式図である。
【図6】相殺移動量を説明する図である。
【図7】駆出方向の運動ベクトルを説明する図である。
【図8】駆出方向の運動能の概略図である。
【図9】相殺移動量を用いた評価指標を説明する図である。
【図10】駆出量を用いた評価指標を説明する図である。
【図11】相殺総移動量の分布を説明する図である。
【図12】総駆出量の分布を説明する図である。
【図13】疾患別の内膜移動量分布を説明する図である。
【図14】疾患別の総駆出量分布を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態について説明する。
本実施形態の疾患判定システムの構成を図1の模式図で示す。
本発明は、患者の体表に押し付けられて操作されるプローブ2と、
プローブで探索された信号に基づいて患者の体内の超音波断層画像を表示する超音波画像表示部10と、
前記画像表示部10の超音波画像から心臓の内膜を自動認識する内膜認識部、前記認識された心臓内膜の運動指標としての速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部及び、前記速度ベクトル算出部により算出された速度ベクトルから特徴量を定義する特徴量抽出部とを備える画像解析部50から構成される。
【0015】
次に本発明の実施形態を順次説明する。
【0016】
一般的に心臓の超音波診断では、3つの基準断面が用いられる.体軸方向の断面である長軸断面、横方向の短軸断面、左心室・右心室・左心房・右心房を同時に観察できる四腔断面の3種類である。医師はこれらの断面を複合的に用いることで心機能や疾患の程度を評価する。本発明では3種類の内の短軸断面に注目して拡張・収縮機能を評価するものである。
本実施形態のうち超音波画像表示部10では、作業者は、超音波プローブを患者の体表面に押し当てて診断することにより、心臓の輪郭を取得する。超音波画像表示部10は、患者の体内に超音波を照射して反響データを取得する。そして、超音波プローブによって取得される反響データに基づいて心臓の短軸断層画像(以下断層画像という)を生成する。
【0017】
内膜認識部では、超音波画像表示部10で取得された断層画像を元に、当該断層画像内に存在する心臓の内膜の輪郭を取得する。
【0018】
撮像した超音波心臓動画像に対して、リアルタイムに初期設定が不要な心臓内膜の認識フローチャートを図2に示す。
(a);画像処理の関心領域ROIAを設定する。
(b);楕円近似処理によってその内側領域をROIBに設定する。
(c);ROIB内をコントラスト調整する。
(d);コントラスト調整された画像を画像全体の輝度分布を用いて閾値を決定する(大津の手法として知られている)手法を用いてROIB内を二値化する。
(e);(d)の画像を膨張処理した画像を別のフレームに格納する。
(f);(d)の画像をclosing処理した画像を(e)とは別のフレームに格納する。
(g);(e)から(f)を差分した画像を生成する。
(h);(g)の画像に凸包アルゴリズムを用いる。
(i);(h)の画像を断層像中に重畳表示し、1フレーム間の内膜抽出処理が終了。
前半の処理として、まず初めのループのみ、断層内の全ての領域から算出したベクトル解析を行い、その交点の重心座標を楕円近似処理の初期座標とする。このとき輝度走査範囲とROIAが設定され、2ループ以降は輪郭の重心を楕円近似処理の初期座標としている。得られた楕円の内側をROIBとし、ROIBに対してコントラスト調整や二値化、膨張・収縮画像の差分をとり、凸包処理を行うと乳頭筋や弁を除いた内膜領域をリアルタイムに抽出することができる。
【0019】
次に、抽出した内膜領域上にあらたな関心領域を設けて心臓内膜の部分的なベクトルV(以下、内膜速度ベクトル)を算出する。
【0020】
内膜速度ベクトルVの算出に関する概要を図3に示し、その手順を以下に説明する。
(ア)手順1:抽出した内膜からその円周長V.length[pixel]を求める。
(イ)手順2:内膜上に設置するROIの数ROI.numで円周長を割り、ROI間の間隔V.Int(Vector Interval)[pixel]を求める。
(ウ)手順3:新たに設定した大きさWsize[pixel]の正方形のROIを定め、その中心点が認識した内膜上に来るようにV.length間隔で設置する。
(エ)手順4:前フレームで設置したROIと現在のROI間においてOF法を適用し、運動ベクトルを一画素ごとに算出する.そのベクトルをROI内で平均化し、それを抽出した内膜の速度ベクトルVとする。
【0021】
上記手順によって抽出した内膜の速度ベクトルを求める。次にこのアルゴリズムを実際に病院で臨床に使用されていた超音波断層像に適用させた結果を図4に示す。使用した動画は正常心(図4A)と疾患心(図4B)を超音波診断器で短軸を撮像したAVI動画である。正常心の動画は、解像度が956×860、フレームレートは60[frame/sec]、1.78[sec]の動画で、被験者は69歳男性である。疾患心の動画は、解像度が956×860、フレームレートは30[frame/sec]、1.9[sec]の動画で被験者は49歳男性、疾患名は拡張型心筋症である。図4Aの正常心の方は短軸の形状や拡張・収縮機能が正常であるため、大きさや方向が分かりやすく内膜上に分布している。1〜5枚目までは収縮期であり、内膜の中心方向にベクトルが向かっていることが分かる。また、6〜9枚目は拡張期に変わるため内腔の外側にベクトルが向かっている。一方、図4Bの疾患心は、拡張型心筋症によって短軸の形状が異なり、また拡張・収縮機能が衰弱している.そのため内膜ベクトルは小さく、心筋の同期性が損なわれてる部分も多くみられる。この動画も1〜5枚目までは収縮期であり、 6〜9枚目は拡張期となっている。
【0022】
次に、心臓内膜運動指標の抽出の手順を説明する。
時間的に変化する内膜運動を速度ベクトルとして抽出し、この速度ベクトルの分布を図5に示す。健常者の心臓(1)の場合、1フレームに出力される内膜ベクトルは内膜上に分布し、収縮期は心臓の短軸方向に向かい、拡張期は逆の外側に向かう。また、心筋の同期がとれているため理想的には同じ大きさのベクトルが算出されると考えられる。それに対して心疾患を持つ患者の場合[(2)〜(4)]は、心筋の梗塞部や非同期によるベクトルの大きさの差異、全体的な壁運動の低下や内壁形状の変化によるベクトルの分布の異常が観測されると考える。尚、このベクトルの単位は[pixel/sec]となっており、その大きさは入力画像サイズに対する相対的な大きさである.そのため超音波動画像を撮像したときの診断器で設定した超音波を受信する深さ(depth)と、1フレームあたりの時間 [sec]を用いて実際の内膜移動量T[mm]に変換する必要がある。この変換式を(式1)に示す。
【数1】
【0023】
上記移動量分布や大きさの違いを用いて内膜運動能を評価する特徴量として、相殺移動量と駆出速度を定義する。これらの特徴量を一心拍分の超音波短軸動画像から毎フレーム求め、それらを総合的に分析し、心臓内膜の運動能を評価する指標とする。
【0024】
まず、相殺移動量を定義する。相殺移動量とは、1フレーム中の内膜ベクトルを総和した移動量のベクトルである。この概要を図6に示す。健康な心臓は常に一定の心拍を続けているため、内壁の運動も恒常性を持っている。この時の内膜移動量はどの部位でも収縮時に中心に向けて、拡張時に外側に向かって楕円状に分布する。また、心筋が健康ならその運動は全体的に同期がとれているため、収縮期は心臓内膜の中心方向へ、拡張期ならば心室の外側に向かってベクトルは分布する。
これらの性質から内膜移動量の総和を取れば対面する内膜移動量と相殺が起き、理想的な収縮運動であれば零に近づくと考えられる。そこで原点から総和した最後の終了点までの距離を相殺移動量Tc[mm]と定義する(式2)。このベクトルによってそのフレーム間において心臓内膜全体がどの方向に向かって運動しているかが表現される。
【数2】
【0025】
次に駆出方向の運動能である駆出速度を定義する。駆出方向運動能とは、診察断面から延長方向に血液を送り出す、或いは汲み込む運動能を内膜速度ベクトルで表現した特徴量である。この概要図を図7及び図8に示す。拡張期・収縮期それぞれの内膜速度ベクトルの方向はほとんどの場合で同じ向きである。この点に注目して、図7は抽出した内膜上に点在する内膜移動量のうち対面する一組に注目する。この一組のベクトルから、二つのROIの中心点座標を結んだ線分の成分を算出する。(Vf1,Vf2)のベクトルから駆出方向の運動能を表現する。この二つのベクトル成分の方向のパターンはROIの中心点同士が近づく場合と離れる場合、そしてそれらがそれぞれ同方向のベクトルであるか、あるいは対抗するかどうかの4つに分けられる(図8)。このうちROIの中心点が近づく場合を正の駆出量+Mとし、逆に離れる場合を負の駆出量-Mとし、三次元方向に駆出されるエネルギーとして表現する。この駆出量の大きさは同方向のベクトル同士の場合はその差分の大きさを取り、対抗するベクトル同士の場合は相殺される分の大きさを駆出量の大きさとする。これによって算出される駆出量は、図2のフローチャートに記したROIの数を用い、全部でROI.num/2組求められる。この数値を総和することで駆出される血液の体積が相対的に表現可能となる。この指標をそのフレームにおける駆出方向ベクトルMと定義する。
健康的な心臓であれば十分に大きな内膜移動量が検出され、それに伴って駆出ベクトルの数値も大きくなる。
一方で、疾患心の場合は広い梗塞部や全体的な壁運動の低下などが原因となり、この駆出方向能が低下すると考えられる。
【0026】
次に、定義した特徴量を用いて超音波診断動画像から心臓の拡張・収縮機能を評価する指標を定義する。
【0027】
相殺移動量を用いた心臓の評価の指標を述べる。この指標の概要を図9に示す。この相殺移動量は、一心拍のフレーム数N個得られる。この相殺移動量の一心拍分の総和をTc.sum、大きさの平均値をTn.aveとする。また、二次元座標系にフレーム順にプロットした際のX軸方向の移動径δx、Y軸方向の移動径δy、対角方向の移動径δzと定義する。δx、δyはそれぞれ二次元座標上にプロットしたベクトルの最大値から最小値の差分を取った大きさで、対角方向の移動径δzはそれら二つの数値から三平方の定理で求める。
【0028】
駆出ベクトルMを用いた心臓の評価の指標の算出に関し、図10を用いて説明する。この値は正負の数値しかないため、一心拍分の駆出速度の総和M.sumと駆出ベクトルの最大値と最小値の差分の大きさを求め、それを駆出径Dとする。
【0029】
〔特徴量の検証〕
正常例20名分の超音波診断像から、各指標値を分布グラフとして図11及図12に示す。被験者は19歳から75歳までの男女で、医師から正常心であると診断をうけている。これらのグラフを見ると各指標の数値が大きく分散していることが分かる。これは正常心と診断を受けたが、高齢化に伴う心機能の低下、術後の経過を診断した結果であるといった、全員が完全な健康体ではないことが挙げられる。
【0030】
次に、超音波診断像から各指標の値を症例別に分けて求めた結果を図13及図14に示す。疾患心の被験者は37歳から88歳までの男女である。症例の内訳は、正常例が20例、弁膜症が15例、心筋症が32例、虚血性心疾患が17例、肺高血圧が9例の計93例である。拡張・収縮機能が著しく低下する特徴のある症例の心筋症と虚血性疾患においては、全ての指標において正常心の分散に比べて低い値を取ることが多いことが読み取れる。
【0031】
このように本発明の疾患判定装置を使用し、超音波診断像から抽出した特徴量を解析しグラフとして表示することにより、正常心と疾患心の差異を見分けることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
心臓内膜の拡張・収縮運動を総合的に評価する特徴量と 内膜運動による三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義することにより、心臓の運動パターンを正確に解析することが可能になり、疾患の種類や程度を自動的に特定でき、医師の主観によって判断されていた診断格差の改善ができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波画像を使用した人の臓器疾患判定装置、および該装置を用いた判定方法に関する。より詳細には、超音波画像を用いて非侵襲で個人を診断し、得られた画像に対して画像処理を施すことにより、心臓内膜の運動を総合的に評価する指標を定義し、心臓の拡張・収縮機能に障害のある症例に対する疾患を判定する装置と、この装置を用いた判定方法と(以下、この装置と方法とを纏めてシステムと記すこともある)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の医療技術の進歩は著しく、人体の体内の状態を詳細に検査できる技術が発達している。中でも超音波を用いる超音波検査装置は、X線等と比較すると人体に対する負荷が極めて低いこと、装置自体が小型で安価であること、そして何よりも低侵襲であるなどの長所を有する。反面、MRIやX線CTなどと比較して分解能が低く画像自体が粗いこと、それゆえに画像の判定には経験・専門的知識を要することなどの問題もあった。
【0003】
超音波診断技術について以下説明する。
超音波診断法は検査そのものが無痛で、診断の際にはベッドで寝ているだけでいいので患者に対しての負担も他の画像診断に比べるとはるかに低い。また、超音波を用いているため低侵襲的であり、プローブ(探触子)と呼ばれる器具を体表に押し当て人間の可聴範囲をはるかに超える高周波音波を利用することで、体内組織の構造と動きの様子が2次元断層像としてリアルタイムに観察できる。加えて他の診断機に比べ低コストで、ノート型PC程度の大きさも存在し可搬性にも優れているため、被災地などでの初期診断や、在宅医療におけるベッドサイドでの手軽な計測が行える。超音波診断法に用いられる超音波は、音波の一種であり、音波の性質をそのまま持っている。超音波診断法の最大の利点は安全かつ、臓器運動のリアルタイム観察が可能であり、胎児の観察、泌尿器や消化器の組織診断等、幅広く医療分野で一般化され利用されている。さらに臓器の中でも心臓は特に運動速度が速く1分間に60〜70回の拍動運動をしている。従って、心臓の運動を正確に捉えるためには動画像観察が可能な超音波診断法が最も適している。心疾患の発症は高齢者に多くみられ、超高齢化社会を向かえる今日、医師一人当たりの患者数が増加されることが予想されるため手軽に検査が行える超音波診断法は今後も重要な診断法であることは間違いない。
【0004】
次に本発明の対象である超音波画像による心臓疾患判定技術の現状を説明する。現在、心臓内膜認識手法には様々な手法があり内膜認識による定量的評価システムも研究されている。以下、関連する研究を列挙し、その概要を述べる。
(A) 動的輪郭モデルを用いたColor Kinesis画像からの心臓内膜輪郭抽出
(B) Snakes法を用いた左心室輪郭認識システム
(C) パターンマッチングによる二次元運動解析
(D) 心臓内膜の運動ベクトルによる交点可視化アルゴリズム
【0005】
(A)の動的輪郭モデルを用いたColor Kinesis画像からの心臓内膜輪郭抽出を行うColor Kinesis法は、超音波の反射波強度から各時刻毎の左室の心臓内膜の位置を推定し、その位置を異なった色で表現する表示法である。Color Kinesis画像により得られた超音波心エコー画像は、1枚の画像の中に収縮初期から収縮末期までの左室の心臓内膜の動きの情報を含んでおり、心室壁運動異常の診断に有効である。しかし、Color Kinesis画像は心臓内膜中の弁や乳頭筋などの運動評価の対象にならない部位まで認識してしまうため、そのような部位が写されていない断層像に限られ、更に手動による初期設定が必要なため、あらかじめ撮像した断層像のデータから心臓内膜の部分を手動で何点かプロットしてから内膜抽出処理を行うため、撮像された断層像動画に対してリアルタイムに心臓内膜を認識できないといった問題点がある。
【0006】
(B)は、動的輪郭認識法であるSnakes法を用いた左心室形状の認識手法である。本手法により、初期の輪郭を手動でトレースするだけで左心室の動きを自動的に追跡可能となった。しかし本手法は、初期の輪郭を手動で設定するため抽出結果の精度が検査者に依存する。また、撮像された左心室壁に欠損がある場合や、断層像に僧帽弁が写りこんでいる場合には正確に輪郭を認識できないため、解析結果が撮像手技に大きく依存することが問題視されてきた。
【0007】
(C)は、画像中の移動物体のトラッキングを可能とするパターンパッチングを発展させ、心室壁が同心円的に収縮・拡張する運動を2次元解析する手法である。現在、各医療機器メーカーで異なる名称で、ほぼ同様の機能が開発されている。本手法は手動による初期設定をするだけで心室壁の各部位ごとに、どのタイミングでどの方向へ運動しているのかを解析し、心室壁の収縮・拡張運動の同期性を評価することができる。しかし、手動による初期設定を要するため、解析結果が検査者に依存するという欠点がある。
【0008】
以上のように既存の(A)〜(C)の技術では手動での初期設定を必要性や、診断結果の撮像技術に対する依存性、評価値が心臓の局所的な評価に留まっていると言った欠点がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】吉永 崇、宮崎 航、田口 侑人、酒井 太郎、桝田 晃司、「ポータブル超音波診断装置に搭載可能な臓器の3次元計測システムの開発」、生体医工学、2010年2月、vol.48、No.1、pp.33-41
【非特許文献2】酒井 太郎、吉永 崇、今井 崇雄、桝田 晃司、「動画像からの左心室壁形状抽出による超音波画像取得補助システムの開発」、電気学会論文誌C、vol.129、No.12、pp.2180-2188、2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、心臓内膜の運動ベクトルによる交点可視化アルゴリズムを発展させ、
従来の交点可視化アルゴリズムでは心臓内膜の運動ベクトルをx、yの2次元平面上の運動評価のみであったものを、z方向への3次元空間に拡張することで、実際の臓器の運動をよりリアルに評価し、精確な診断が可能な手法を考案し、疾患判定システム(すなわち、疾患の判定装置および判定方法)として提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の疾患判定装置は、
(1) 計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定装置。
(2) 疾患判定の対象とする臓器として心臓内膜疾患の判定を行う、(1)に記載の疾患判定装置。
(3) プローブから検出された信号に基づいて患者の体内の超音波断層画像を表示する超音波画像表示部を備えた超音波画像形成装置と、
前記画像表示部の超音波画像から心臓の内膜を自動認識する内膜認識部と、前記認識された心臓内膜の運動指標としての速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部と、前記速度ベクトル算出部により算出された速度ベクトルから特徴量を定義する特徴量抽出部とを備える画像解析装置から構成される(1)に記載の疾患判定装置。である。
(4) 計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定方法。
であり、心臓の1心拍分の超音波動画像から、心臓内膜の自動抽出を行い、内膜運動による内膜速度ベクトルを求め、三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、心臓内壁の拡張・収縮機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を定義し、定義された指標を解析することで心臓疾患の有無を判定するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、心臓の運動パターンを正確に解析することが可能となり、様々な特徴量から疾患の運動パターンを解析することで疾患の種類や程度を自動的に特定することができる。本システムは既存の簡易な超音波画像撮像装置とPCで構成されるため、専門の医師がいない場所においても予備判定装置としての利用が見込まれる。また診断経験の浅い医師に対しての研修用ソフトとして本システムを用いることもできる。このような自動診断システムによって客観的な情報をセカンドオピニオンとして検査者にフィードバックすることで、医師の負担を軽減し、これまで医師の主観によって判断されていた診断格差の改善が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の疾患判定装置の概略図である。
【図2】内膜領域抽出アルゴリズムを説明する図である。
【図3】内膜ベクトルの抽出方法を説明する図である。
【図4】正常心及び異常心の内膜ベクトル状態を説明する図である。
【図5】心臓の状態別内膜ベクトルの模式図である。
【図6】相殺移動量を説明する図である。
【図7】駆出方向の運動ベクトルを説明する図である。
【図8】駆出方向の運動能の概略図である。
【図9】相殺移動量を用いた評価指標を説明する図である。
【図10】駆出量を用いた評価指標を説明する図である。
【図11】相殺総移動量の分布を説明する図である。
【図12】総駆出量の分布を説明する図である。
【図13】疾患別の内膜移動量分布を説明する図である。
【図14】疾患別の総駆出量分布を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態について説明する。
本実施形態の疾患判定システムの構成を図1の模式図で示す。
本発明は、患者の体表に押し付けられて操作されるプローブ2と、
プローブで探索された信号に基づいて患者の体内の超音波断層画像を表示する超音波画像表示部10と、
前記画像表示部10の超音波画像から心臓の内膜を自動認識する内膜認識部、前記認識された心臓内膜の運動指標としての速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部及び、前記速度ベクトル算出部により算出された速度ベクトルから特徴量を定義する特徴量抽出部とを備える画像解析部50から構成される。
【0015】
次に本発明の実施形態を順次説明する。
【0016】
一般的に心臓の超音波診断では、3つの基準断面が用いられる.体軸方向の断面である長軸断面、横方向の短軸断面、左心室・右心室・左心房・右心房を同時に観察できる四腔断面の3種類である。医師はこれらの断面を複合的に用いることで心機能や疾患の程度を評価する。本発明では3種類の内の短軸断面に注目して拡張・収縮機能を評価するものである。
本実施形態のうち超音波画像表示部10では、作業者は、超音波プローブを患者の体表面に押し当てて診断することにより、心臓の輪郭を取得する。超音波画像表示部10は、患者の体内に超音波を照射して反響データを取得する。そして、超音波プローブによって取得される反響データに基づいて心臓の短軸断層画像(以下断層画像という)を生成する。
【0017】
内膜認識部では、超音波画像表示部10で取得された断層画像を元に、当該断層画像内に存在する心臓の内膜の輪郭を取得する。
【0018】
撮像した超音波心臓動画像に対して、リアルタイムに初期設定が不要な心臓内膜の認識フローチャートを図2に示す。
(a);画像処理の関心領域ROIAを設定する。
(b);楕円近似処理によってその内側領域をROIBに設定する。
(c);ROIB内をコントラスト調整する。
(d);コントラスト調整された画像を画像全体の輝度分布を用いて閾値を決定する(大津の手法として知られている)手法を用いてROIB内を二値化する。
(e);(d)の画像を膨張処理した画像を別のフレームに格納する。
(f);(d)の画像をclosing処理した画像を(e)とは別のフレームに格納する。
(g);(e)から(f)を差分した画像を生成する。
(h);(g)の画像に凸包アルゴリズムを用いる。
(i);(h)の画像を断層像中に重畳表示し、1フレーム間の内膜抽出処理が終了。
前半の処理として、まず初めのループのみ、断層内の全ての領域から算出したベクトル解析を行い、その交点の重心座標を楕円近似処理の初期座標とする。このとき輝度走査範囲とROIAが設定され、2ループ以降は輪郭の重心を楕円近似処理の初期座標としている。得られた楕円の内側をROIBとし、ROIBに対してコントラスト調整や二値化、膨張・収縮画像の差分をとり、凸包処理を行うと乳頭筋や弁を除いた内膜領域をリアルタイムに抽出することができる。
【0019】
次に、抽出した内膜領域上にあらたな関心領域を設けて心臓内膜の部分的なベクトルV(以下、内膜速度ベクトル)を算出する。
【0020】
内膜速度ベクトルVの算出に関する概要を図3に示し、その手順を以下に説明する。
(ア)手順1:抽出した内膜からその円周長V.length[pixel]を求める。
(イ)手順2:内膜上に設置するROIの数ROI.numで円周長を割り、ROI間の間隔V.Int(Vector Interval)[pixel]を求める。
(ウ)手順3:新たに設定した大きさWsize[pixel]の正方形のROIを定め、その中心点が認識した内膜上に来るようにV.length間隔で設置する。
(エ)手順4:前フレームで設置したROIと現在のROI間においてOF法を適用し、運動ベクトルを一画素ごとに算出する.そのベクトルをROI内で平均化し、それを抽出した内膜の速度ベクトルVとする。
【0021】
上記手順によって抽出した内膜の速度ベクトルを求める。次にこのアルゴリズムを実際に病院で臨床に使用されていた超音波断層像に適用させた結果を図4に示す。使用した動画は正常心(図4A)と疾患心(図4B)を超音波診断器で短軸を撮像したAVI動画である。正常心の動画は、解像度が956×860、フレームレートは60[frame/sec]、1.78[sec]の動画で、被験者は69歳男性である。疾患心の動画は、解像度が956×860、フレームレートは30[frame/sec]、1.9[sec]の動画で被験者は49歳男性、疾患名は拡張型心筋症である。図4Aの正常心の方は短軸の形状や拡張・収縮機能が正常であるため、大きさや方向が分かりやすく内膜上に分布している。1〜5枚目までは収縮期であり、内膜の中心方向にベクトルが向かっていることが分かる。また、6〜9枚目は拡張期に変わるため内腔の外側にベクトルが向かっている。一方、図4Bの疾患心は、拡張型心筋症によって短軸の形状が異なり、また拡張・収縮機能が衰弱している.そのため内膜ベクトルは小さく、心筋の同期性が損なわれてる部分も多くみられる。この動画も1〜5枚目までは収縮期であり、 6〜9枚目は拡張期となっている。
【0022】
次に、心臓内膜運動指標の抽出の手順を説明する。
時間的に変化する内膜運動を速度ベクトルとして抽出し、この速度ベクトルの分布を図5に示す。健常者の心臓(1)の場合、1フレームに出力される内膜ベクトルは内膜上に分布し、収縮期は心臓の短軸方向に向かい、拡張期は逆の外側に向かう。また、心筋の同期がとれているため理想的には同じ大きさのベクトルが算出されると考えられる。それに対して心疾患を持つ患者の場合[(2)〜(4)]は、心筋の梗塞部や非同期によるベクトルの大きさの差異、全体的な壁運動の低下や内壁形状の変化によるベクトルの分布の異常が観測されると考える。尚、このベクトルの単位は[pixel/sec]となっており、その大きさは入力画像サイズに対する相対的な大きさである.そのため超音波動画像を撮像したときの診断器で設定した超音波を受信する深さ(depth)と、1フレームあたりの時間 [sec]を用いて実際の内膜移動量T[mm]に変換する必要がある。この変換式を(式1)に示す。
【数1】
【0023】
上記移動量分布や大きさの違いを用いて内膜運動能を評価する特徴量として、相殺移動量と駆出速度を定義する。これらの特徴量を一心拍分の超音波短軸動画像から毎フレーム求め、それらを総合的に分析し、心臓内膜の運動能を評価する指標とする。
【0024】
まず、相殺移動量を定義する。相殺移動量とは、1フレーム中の内膜ベクトルを総和した移動量のベクトルである。この概要を図6に示す。健康な心臓は常に一定の心拍を続けているため、内壁の運動も恒常性を持っている。この時の内膜移動量はどの部位でも収縮時に中心に向けて、拡張時に外側に向かって楕円状に分布する。また、心筋が健康ならその運動は全体的に同期がとれているため、収縮期は心臓内膜の中心方向へ、拡張期ならば心室の外側に向かってベクトルは分布する。
これらの性質から内膜移動量の総和を取れば対面する内膜移動量と相殺が起き、理想的な収縮運動であれば零に近づくと考えられる。そこで原点から総和した最後の終了点までの距離を相殺移動量Tc[mm]と定義する(式2)。このベクトルによってそのフレーム間において心臓内膜全体がどの方向に向かって運動しているかが表現される。
【数2】
【0025】
次に駆出方向の運動能である駆出速度を定義する。駆出方向運動能とは、診察断面から延長方向に血液を送り出す、或いは汲み込む運動能を内膜速度ベクトルで表現した特徴量である。この概要図を図7及び図8に示す。拡張期・収縮期それぞれの内膜速度ベクトルの方向はほとんどの場合で同じ向きである。この点に注目して、図7は抽出した内膜上に点在する内膜移動量のうち対面する一組に注目する。この一組のベクトルから、二つのROIの中心点座標を結んだ線分の成分を算出する。(Vf1,Vf2)のベクトルから駆出方向の運動能を表現する。この二つのベクトル成分の方向のパターンはROIの中心点同士が近づく場合と離れる場合、そしてそれらがそれぞれ同方向のベクトルであるか、あるいは対抗するかどうかの4つに分けられる(図8)。このうちROIの中心点が近づく場合を正の駆出量+Mとし、逆に離れる場合を負の駆出量-Mとし、三次元方向に駆出されるエネルギーとして表現する。この駆出量の大きさは同方向のベクトル同士の場合はその差分の大きさを取り、対抗するベクトル同士の場合は相殺される分の大きさを駆出量の大きさとする。これによって算出される駆出量は、図2のフローチャートに記したROIの数を用い、全部でROI.num/2組求められる。この数値を総和することで駆出される血液の体積が相対的に表現可能となる。この指標をそのフレームにおける駆出方向ベクトルMと定義する。
健康的な心臓であれば十分に大きな内膜移動量が検出され、それに伴って駆出ベクトルの数値も大きくなる。
一方で、疾患心の場合は広い梗塞部や全体的な壁運動の低下などが原因となり、この駆出方向能が低下すると考えられる。
【0026】
次に、定義した特徴量を用いて超音波診断動画像から心臓の拡張・収縮機能を評価する指標を定義する。
【0027】
相殺移動量を用いた心臓の評価の指標を述べる。この指標の概要を図9に示す。この相殺移動量は、一心拍のフレーム数N個得られる。この相殺移動量の一心拍分の総和をTc.sum、大きさの平均値をTn.aveとする。また、二次元座標系にフレーム順にプロットした際のX軸方向の移動径δx、Y軸方向の移動径δy、対角方向の移動径δzと定義する。δx、δyはそれぞれ二次元座標上にプロットしたベクトルの最大値から最小値の差分を取った大きさで、対角方向の移動径δzはそれら二つの数値から三平方の定理で求める。
【0028】
駆出ベクトルMを用いた心臓の評価の指標の算出に関し、図10を用いて説明する。この値は正負の数値しかないため、一心拍分の駆出速度の総和M.sumと駆出ベクトルの最大値と最小値の差分の大きさを求め、それを駆出径Dとする。
【0029】
〔特徴量の検証〕
正常例20名分の超音波診断像から、各指標値を分布グラフとして図11及図12に示す。被験者は19歳から75歳までの男女で、医師から正常心であると診断をうけている。これらのグラフを見ると各指標の数値が大きく分散していることが分かる。これは正常心と診断を受けたが、高齢化に伴う心機能の低下、術後の経過を診断した結果であるといった、全員が完全な健康体ではないことが挙げられる。
【0030】
次に、超音波診断像から各指標の値を症例別に分けて求めた結果を図13及図14に示す。疾患心の被験者は37歳から88歳までの男女である。症例の内訳は、正常例が20例、弁膜症が15例、心筋症が32例、虚血性心疾患が17例、肺高血圧が9例の計93例である。拡張・収縮機能が著しく低下する特徴のある症例の心筋症と虚血性疾患においては、全ての指標において正常心の分散に比べて低い値を取ることが多いことが読み取れる。
【0031】
このように本発明の疾患判定装置を使用し、超音波診断像から抽出した特徴量を解析しグラフとして表示することにより、正常心と疾患心の差異を見分けることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
心臓内膜の拡張・収縮運動を総合的に評価する特徴量と 内膜運動による三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義することにより、心臓の運動パターンを正確に解析することが可能になり、疾患の種類や程度を自動的に特定でき、医師の主観によって判断されていた診断格差の改善ができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定装置。
【請求項2】
疾患判定の対象とする臓器として心臓内膜疾患の判定を行う、請求項1記載の疾患判定装置。
【請求項3】
プローブから検出された信号に基づいて患者の体内の超音波断層画像を表示する超音波画像表示部を備えた超音波画像形成装置と、
前記画像表示部の超音波画像から心臓の内膜を自動認識する内膜認識部と、前記認識された心臓内膜の運動指標としての速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部と、前記速度ベクトル算出部により算出された速度ベクトルから特徴量を定義する特徴量抽出部とを備える画像解析装置から構成される請求項1に記載の疾患判定装置。
【請求項4】
計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定方法。
【請求項1】
計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定装置。
【請求項2】
疾患判定の対象とする臓器として心臓内膜疾患の判定を行う、請求項1記載の疾患判定装置。
【請求項3】
プローブから検出された信号に基づいて患者の体内の超音波断層画像を表示する超音波画像表示部を備えた超音波画像形成装置と、
前記画像表示部の超音波画像から心臓の内膜を自動認識する内膜認識部と、前記認識された心臓内膜の運動指標としての速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部と、前記速度ベクトル算出部により算出された速度ベクトルから特徴量を定義する特徴量抽出部とを備える画像解析装置から構成される請求項1に記載の疾患判定装置。
【請求項4】
計測対象に超音波を照射して反射音の情報を得るプローブと、
前記プローブが接続されて前記計測対象の内部の断層画像を得る超音波画像形成装置と、
前記画像形成装置から得られた画像から、計測対象である臓器の輪郭の一部の抽出を行い、臓器の自律運動による運動速度ベクトルを求め、臓器の三次元方向に駆出されるエネルギーを表現する特徴量を新たに定義し、求めた特徴量を総合的に分析し、臓器機能の正常・異常を判定する運動能を表す指標を解析する超音波画像解析装置から構成され、前記解析装置の解析結果から臓器疾患の有無を判定する疾患判定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−517(P2013−517A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−137531(P2011−137531)
【出願日】平成23年6月21日(2011.6.21)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月21日(2011.6.21)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】
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