説明

病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置

【課題】簡便性とコンパクト性を備え、生体の病態時及び/又は正常時の電気現象を培養細胞に簡単に供給することができる電気刺激装置を提供すること。
【解決手段】(1)パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報が、電気刺激プロトコールとしてデータベース化されて保存されているデジタルICを少なくとも含む電流発生手段であって、上記デジタルICからの電気現象情報に基づいて上記電気刺激プロトコールとしてパルス電気信号を培養培地内に出力するための電流発生手段と、(2)前記電流発生手段を固着するためのキャップと、(3)前記キャップから懸垂され、かつパルス電流を電気刺激として培養容器内の培地に出力するために前記電流発生手段に連結された1対の電極とを有する、病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体細胞又は組織等のための電気刺激装置、及び上記電気刺激装置を用いたモデル細胞の作成方法に関する。より詳しくは、本発明は、研究所等において実験で用いられる生体細胞又は組織等に特定の電気刺激を与えることによって、変性疾患モデルを形成したり、又は細胞の機能や形態を修飾することができる電気刺激装置に関する。
【背景技術】
【0002】
てんかん性痴呆や低酸素脳症のように神経細胞の過剰興奮がその直接的原因とされる変性疾患の治療法開発においては、効果的なin vitro病態モデルの開発は重要である。同様に、不整脈患者の心筋内で起る長期的変化、特に生化学的諸成分の合成に関わる遺伝子の発現等を簡便に調べられるin vitro モデルの開発も重要である。
【0003】
従来、生体の培養細胞や組織に興奮性神経伝達物質を大量投与する試みや通常の電気刺激装置を用いた電気刺激が行われてきた。しかしながら、興奮性神経伝達物質の大量投与では、刺激を受ける受容体の種類が興奮性神経伝達物質受容体に限定されてしまい、生体内での過剰興奮時に起こり得る多様な情報伝達分子に対する細胞応答が興奮性神経伝達物質受容体応答に偏った様式で表現される可能性がある。
【0004】
一方、電気刺激によって惹起された過剰興奮は、より生理的に近いと考えられるが、従来の電気刺激装置では、電極の装着や狭いインキュベーター内での刺激の実行には煩雑さが伴い、電気生理実験を専門としていない生化学者やゲノム科学者など、多くの研究者にとっては困難を伴うものであった。また、培養環境下で比較的長時間の電気刺激を必要とするその他の基礎研究及び応用研究の分野においては、より簡便でコンパクトな電気刺激機能の付いた培養装置は、研究遂行上の強力な武器となり得る。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、簡便性とコンパクト性を備え、生体の病態時及び/又は正常時の電気現象を培養細胞に簡単に供給することができる電気刺激装置を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、生体細胞又は生体組織(以下、「生体細胞等」ともいう)の成長過程において、生体細胞等に電気刺激を与え、細胞や組織の機能及び形態を修飾し、変性疾患モデルを作製することができる電気刺激装置を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、パルス電気信号を組み合わせることにより作成した生体の病態時及び/又は正常時の電気現象を、電気刺激プロトコールとして、データベース化して、デジタルICに保存し、上記デジタルICからの情報に基づいて上記電気刺激プロトコールとして電気信号を培養培地内に出力することによって、in vitroの脱髄性疾患モデル並びに高頻度刺激応答性を長期にわたって保持した心筋組織を作成することに成功した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0007】
即ち、本発明によれば、(1)パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報が、電気刺激プロトコールとしてデータベース化されて保存されているデジタルICを少なくとも含む電流発生手段であって、上記デジタルICからの電気現象情報に基づいて上記電気刺激プロトコールとしてパルス電気信号を培養培地内に出力するための電流発生手段と、(2)前記電流発生手段を固着するためのキャップと、(3)前記キャップから懸垂され、かつパルス電流を電気刺激として培養容器内の培地に出力するために前記電流発生手段に連結された1対の電極とを有する、病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置が提供される。
【0008】
好ましくは、デジタルICは、ロジックIC、メモリーIC及びマイクロプロセッサから構成される。
好ましくは、生体の病態時の電気現象は、不整脈、てんかん、又は異常筋電図の電気現象である。
【0009】
好ましくは、電流発生手段は、デジタルIC、マイクロスイッチ及び電源から構成されている。
好ましくは、異なる電気現象情報は、異なる電気刺激プロトコールとしてデジタルICに保存されており、電流発生手段の複数個の出力端子を並列に接続することにより、複数の電気刺激パターンの組み合わせを培養培地内に出力することができる。
【0010】
好ましくは、電流発生手段は、キャップに一体形成されている。
好ましくは、キャップは、培養皿の形態に対応した形態を有する。
好ましくは、キャップは、マルチウェルプレートのウェル配列に対応した構造を有する。
【0011】
好ましくは、キャップを培養容器の標本配置部に嵌着することにより、前記培養容器内の培地に装入された生体細胞又は生体組織に前記電極からパルス電流が電気刺激として与えられる。
【0012】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の電気刺激装置を用いて、培養容器内に培養されている細胞に生体の病態時及び/又は正常時の電気現象を供給し、病態時及び/又は正常時のモデル細胞を作成することを含む、モデル細胞の作成方法が提供される。
【0013】
好ましくは、培養した有髄神経の髄鞘構築細胞を選択的に変性させることによって、in vitroの脱髄性疾患モデルを作成する。
好ましくは、培養した中枢神経細胞に、てんかん発作時の脳波やシナプス活動に類似したパターンの電気刺激を出力しながら培養することによって、てんかん焦点の神経組織モデル標本を作成する。
【0014】
好ましくは、培養した心筋細胞又は心筋組織に、不整脈のペーシング電気活動に類似したパターンの電気刺激を出力しながら培養することによって、不整脈発生時の病態心筋モデル標本を作成する。
好ましくは、培養した心筋細胞や心筋組織に、正常なペーシング電気活動に類似したパターンの電気刺激を出力しながら培養することによって、高頻度刺激応答性を長期にわたって保持した心筋組織を作成する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の電気刺激装置は、培養容器の主要回路搭載部である容器キャップに、デジタルICを含む電流発生手段と1対の電極を有する構造からなる。このため、本発明の電気刺激装置によれば、装置の作製が容易であると共に、同キャップの培養容器からの着脱が簡便である。また、本発明の電気刺激装置はキャップを交換するだけで、簡単に培養容器内の生体細胞等に任意の強度、波形を有するパルス電流を設定して与えることができ、培養過程において生体細胞等の機能と形態を適宜調整することができる。即ち、本発明の電気刺激装置は、所望のパルス電流を培養容器内の培地に電気刺激として与える装置としては、構造が簡単で製作が容易で安価である。また本発明の電気刺激装置のキャップは、簡便に脱着が可能である。
【0016】
また、本発明の電気刺激装置を用いれば、病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生することができ、これにより生体細胞等の機能と形態の修飾や変性疾患モデルを作製することが可能である。本発明の細胞用電気刺激装置は、生理学、薬理学、生化学の分野のみならず、再生医学やゲノム科学の分野において有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の電気刺激装置、及びこの電気刺激装置を用いたモデル細胞の作成方法について詳細に説明する。
【0018】
本発明の電気刺激装置は、病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生することができる装置であって、具体的には、(1)パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報が、電気刺激プロトコールとしてデータベース化されて保存されているデジタルICを少なくとも含む電流発生手段であって、上記デジタルICからの電気現象情報に基づいて上記電気刺激プロトコールとしてパルス電気信号を培養培地内に出力するための電流発生手段と、(2)前記電流発生手段を固着するためのキャップと、(3)前記キャップから懸垂され、かつパルス電流を電気刺激として培養容器内の培地に出力するために前記電流発生手段に連結された1対の電極とを有することを特徴とする。先ず、本発明の電気刺激装置10の構成について、図面を参酌しながら以下に説明する。
【0019】
図1は、本発明の電気刺激装置の好適な一実施例を示した概略図である。図1において、符号1は、デジタルICを含む電流発生手段を固着するためのキャップ(以下、単に「キャップ」という)、符号2は培養容器標本配置部をそれぞれ表す。図1(A)に示されるように、キャップ1上にはプリント基板3がキャップ1と一体的に装着されている。プリント基板3上には電気回路4が形成されている。
【0020】
図1における電気回路4は、ロジックIC、メモリーICならびにマイクロプロセッサ等を含むデジタルIC5と、ボタン電池6、マイクロスイッチ7及び発光素子(LED)8で構成されている。電極9,9’は、陽極と陰極とからなり、キャップ1を貫通してキャップ1内に吊り下げられて配置されている。
【0021】
図2は、市販の35mmペトリディッシュの形状に適合させて製作した本発明の電気刺激装置の例である。
【0022】
次に、本発明の電気刺激装置について具体的に説明する。
【0023】
本発明の電気刺激装置10は、キャップ1上に電流発生手段を有する。電流発生手段は、キャップ1に固着でき、かつ電気刺激パルスを発生させ、電気刺激パルスの強度、サイクル等を調整できるものであれば特に制限はない。電流発生手段は、好ましくは、図1に示されるようボタン電池6、マイクロスイッチ7及びLED8を含む電気回路4である。
【0024】
電流発生手段から供給される電気刺激パルスの波形、強度、サイクル等については、電気刺激を与える生体細胞等の種類、培養目的(成長促進又は成長抑制、さらには変性疾患モデル作製や機能と形態の修飾)に応じて適宜調整することができる。例えば、電気刺激パルスの波形については、三角形、矩形、その他の各種関数波形(例えば、サイン波形、指数関数波形など)などを挙げることができ、中でも矩形であることが好ましい。また、電気刺激パルスの強度は、生体細胞等の成長促進と成長抑制(損傷)の二つの培養目的に応じて適宜調整することができる。例えば、生体細胞等の成長促進や機能と形態の修飾を目的として培養する場合、電気刺激パルスの強度は0.1〜100mV/mmであり、0.5〜50mV/mmであることが好ましく、1〜25mV/mmであることがさらに好ましい。一方、生体細胞等の成長抑制や変性を目的として培養する場合、電気刺激パルスの強度は5〜500mV/mmであり、75〜250mV/mmであることが好ましく、50〜150mV/mmであることがさらに好ましい。また、電気刺激パルスのサイクルについては、例えば、0.001〜1000Hzであり、0.005〜100Hzであることが好ましく、0.01〜50Hzであることがさらに好ましい。また、電気刺激パルスの通電時間は、例えば、0.1μ秒〜10秒であり、0.5μ秒〜1秒であることが好ましく、1μ秒〜0.1秒であることがさらに好ましい。
【0025】
キャップ1は、嵌着する培養容器標本配置部2のサイズ及び形状に対応させてサイズ及び形状を自由に選択することができる。例えば、キャップ1は、市販の35mm、60mm、90mm、150mmのペトリデイッシュ、6穴〜384穴マルチウェルプレート、及び直径10〜30mmの組織培養チューブに対応した円形キャップや、各種スクエアデイッシュに対応した方形キャップを用いることができる。好ましくは、キャップ1は、マルチウェルプレートのウェル配列に対応したキャップである。
【0026】
キャップ1の材質は、金属、ガラス、プラスチック等、種々の材料が使用可能であるが、培養物を観察しやすいよう透明性に優れ、取り扱いの際に破損しにくいプラスチック製であることが好ましく、特に高透明で剛性に優れたアクリル樹脂製であることが好ましい。
【0027】
キャップ1は、本発明の電気刺激装置10においてはプリント基板3と一体的に装着されていることが好ましい。プリント基板3は、耐熱性のあるプラスチック製又はガラス繊維等の繊維強化プラスチック製の基板上に電気回路4がプリントされている公知の材料を用いて作製することができる。プリント基板3の形状は特に限定されないが、電気回路4の形状に合わせたものであることが好ましい。
【0028】
電気回路4は、ロジックIC、メモリーICならびにマイクロプロセッサ等を含むデジタルIC5と電源6及びマイクロスイッチ7で構成され、さらに後述する発光素子8を有することが好ましい。電気回路4を形成する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、常法に従い、銅薄膜のエッチングによりプリント基板を形成する方法、プリント基板上に導電性塗料を塗布してプリント基板上にプリント印刷する方法、あるいは細い導線等を溶接する方法などを挙げることができる。中でもエッチングによる方法と基板上にプリント印刷する方法が回路をコンパクトにできる観点から好ましい。
【0029】
電気回路4を構成するデジタルIC5は、汎用ロジックIC、およびメモリーICの一種のプログラマブルICやマイクロプロセッサのように、一連の作業指示が設定され又はプログラムの書き込みにより一連の作業指示を与え得る集積回路を用いることができる。本発明の電気刺激装置では、デジタルIC5は、パルス電流の大きさ、頻度、パターンを時間軸で変化させる役割を有する。
【0030】
ロジックICとしては、例えば、汎用ロジックIC、PLD(プログラマブル ロジック ディバイス)、CPLD(コンプレックス プログラム ロジック ディバイス)、FPGA(フィールド プログラマブル ゲート アレイ)、カスタムICや各種マイクロプロセッサ等の公知のものを挙げることができる。汎用ロジックICにはCMOS系のものとバイポーラ系のものとがあるが、CMOS系のものであることが好ましい。デジタルIC5は市場で容易に入手できる。デジタルIC5は、さらにコンデンサー等の周辺素子を有していてもよい。
【0031】
メモリーICとしては、マスクROM,PROM,EROM,EEPROMを含む各種ROM(read-only memory)とDRAM,SRAMを含むRAM(read-write memory)のランダムアクセスメモリ、またCCD(charge coupled devices)などのシーケンシャルアクセスメモリなどの公知のものを挙げることができる。
【0032】
本発明で用いるデジタルICには、パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報が、電気刺激プロトコールとして、データベース化されて保存されている。本発明では、パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報は、メモリーICに保管されていることが好ましい。
【0033】
パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報としては、不整脈、てんかん、又は異常筋電図の電気現象などを挙げることができる。具体的には、実施例として、図4に示した異所性トリガー活動および振戦時筋電図のように病態として特徴的な出現パターンを示すものや、単に頻度として定義される頻拍(100〜250/分),粗動(250〜350/分),細動(350/分以上)などが挙げられる。
【0034】
「生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報が、電気刺激プロトコールとして、データベース化されて保存されている」とは、下記の2つの作業のことを示す。
(1)病態時及び/又は正常時の電気信号が、一定した公知の特異的基本波形の出現頻度と出現パターンを持っている場合、その頻度とパターンを電流パルスの定形出力パターンとして、データベース化し保存する。
(2)病態時及び/又は正常時の電気信号が、公知の特異的基本波形ではなく、一定の範囲内で多様な形態をとる場合には、源生体電気信号を一度データレコーダに保存し、データの主要波形を、市販の電気刺激装置または電気刺激実験ソフトウェアのトリガー機能を用いて波高選別し、主要波形の出現頻度と出現パターンを決定し、(1)と同じくデータベース化し保存する。その際、主要波形の判別が容易なものは、人によるモニター観察によって判定するが、判別の難しいものは、源生体電気信号をフーリエ変換後の周波数解析を行い、パワースペクトラム上、最もパワーデンシティの大きなものを主要波形とする場合もある。また、源生体電気信号を構成する基本波形を全てとりあげ、個々の基本波形について、定形出力パターンとして、データベース化し、保存する場合や、基本波形の網羅的組み合わせとしてデータベース化し、保存する場合もある。
【0035】
図4は、公知の病態電気信号の例と、それをもとに本発明の電気刺激装置により作られた病態電気信号の実例を示す。即ち、図4は、本発明の電気刺激装置を用いて作られた病態電気信号の例として、不整脈のペーシングリズムと関連した異所性トリガー活動およびパーキンソン症振戦やクローヌス振戦時の異常筋電図類似信号を示す。その他、期外収縮、頻拍、粗動、細動や、てんかん様電気信号等も、公知の原波形パターンをもとに再現できるが、パルス化した時の特徴は顕著でないので省略する。
【0036】
本発明の電気刺激装置では、ロジックIC、メモリーICならびにマイクロプロセッサ等を含むデジタルIC5により調整されたパルス電流を電気回路4に流すように設定されている。このパルス電流は、デジタルICにより実験の目的に応じて、電圧(強度)、発生の頻度(サイクル)、発生パターン(波形)等を一連のプロトコールとして変更可能であることが好ましい。このような変更可能な刺激のプロトコールを実現する方法としては、デジタルICへのプロトコールやプログラムの書き込みと消去があり、それらのプロトコールやプログラムをデータベース化することができる。
【0037】
本発明の電気刺激装置における電源は、電池又は外部より電気を供給するための電気供給装置であることが好ましい。電源が電池である場合、電池はキャップ1上に装着する必要があるため、できるだけ小型であることが好ましく、ボタン型であることがさらに好ましい。電池に必要な性能としては、10V以下、好ましくは1.5〜6V程度の電位差の電圧を有していることが好ましい。また、平均10μAのパルス電流を2時間以上、好ましくは5時間以上、さらに好ましくは24時間以上、培地に流し得る容量を有していることが望ましい。
【0038】
本発明の電気刺激装置の好適な実施例では、電源はボタン電池6が使用されている(図1(A)参照)。ボタン電池6は、水銀電池又はリチウムのような使い捨て型の電池はもちろん、ニッケル−カドミニウム電池、電気二重層コンデンサー、リチウム蓄電池等の再充電可能な蓄電池であってもよい。
【0039】
一方、本発明の電気刺激装置における電源が電気供給装置である場合、電気供給装置はACアダプター、AC/DCスイッチング電源、AC/DCコンバーター、各種電源トランス製品のような直流電源であってもよい。
【0040】
本発明の電気刺激装置10におけるマイクロスイッチ7は、通常のスイッチと同様、刺激装置の回路におけるパルス電流をオン/オフ制御する装置である。マイクロスイッチ7は、人が操作することにより機械的に切り替わるスイッチであってもよいし、圧力により電流が自動的にオン/オフ制御可能な、例えば圧電素子を用いたスイッチであってもよい。マイクロスイッチ7は、操作が可能である限りできるだけ小型で軽量であることが望ましい。
【0041】
本発明の電気刺激装置では、電気回路4が培養容器2内の培地11へ供給されるパルス電流の供給状況を監視するためのモニタリング装置をさらに有することができる。モニタリング装置として、例えば本発明の好適な実施例で示されるように発光素子(LED)8などが設けられていることが好ましい。
【0042】
本発明の電気刺激装置における電極9,9’は、パルス電流を培養容器内の培地に電気刺激として与えるための端子である。図1では、電極9,9’は、電気回路4の両端に連結され、キャップ1を貫通してキャップ1内に吊り下げされている。電極9,9’は、1対の陽極と陰極とで構成されている。電極9,9’の形状は、図1ではT字形状であるが、本発明の電気刺激装置における電極はこの形状に限定されるものではなく、その他の形状(例えば、格子あるいは同心円または半円の形状)であってもよい。さらに、電極9,9’の端子の長さは、培養容器2の深さ(高さ)に応じて適宜決定することができる。また、電極9,9’は互いに平行に吊り下げられてもよく、例えば、互いに向かい合ったときにハの字形又は逆ハの字形になるように吊り下げられていてもよい。さらに、電極9,9’は電気発生手段(電気回路4)の両端に連結されていれば、電気発生手段(電気回路4)に連結される位置はキャップ1及び培養容器2の形状に合わせて適宜決定することができる。電極9,9’の材料としては、例えば、銀、銀−塩化銀、白金、チタン、窒化チタン、カーボン、金、ガラス等を挙げることができる。
【0043】
図1(B)に示されるように、本発明の電気刺激装置10におけるキャップを嵌合するための培養容器標本配置部2は、その中に培地11を充填できるようになっている。培地11は、通常は、Na、Mg、Ca等の金属イオンを含んだ生理食塩水に各種アミノ酸、例えばL-Arg, L-Cys, L-Gln, L-His及び各種ビタミン、例えば、葉酸、パントテン酸、ニコチンアミド、ピリドキサール、リボフラビン等を含んだ培地等を用いることができる。
【0044】
培地11には従来から組織の培養において提案されている各種サイトカイン類や増殖因子類、例えばインターロイキン類、ニューロトロピン類、血小板由来成長因子、上皮成長因子、線維芽細胞成長因子を0.01ng/mlから100μg/mlの範囲の量で配合することが好ましい。また培地11は、固体培地及び液体培地のいずれであってもよい。
【0045】
本発明の電気刺激装置10を用いて生体細胞等の成長を促進又は抑制、さらに機能と形態の修飾や変性疾患モデル作製を実現するように培養する場合、培地11には、生体細胞又は生体組織12(以下「原組織等」という。)を培地表面又は培地中に装入する。この原組織等としては、公知の細胞又は組織として用いられている各種の原組織等を使用することが可能である。例えば、原組織等を構成する細胞(群)及びその幹細胞(群)、原組織等を培養すべき組織の一部、培養すべき組織に類似した組織、胚細胞、ES細胞等であってもよい。
【0046】
本発明の電気刺激装置により刺激が与えられる生体細胞等の「生体」とは、人間をはじめ、犬、ねこ、馬、豚、羊、マウス、ラット等の哺乳動物のほか、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、細菌、ウイルス等の微生物、植物をも包含する概念である。
【0047】
また、本発明の電気刺激装置により刺激を与える「組織」には、生体のあらゆる組織、臓器、それらの一部が包含される。例えば、中枢神経、末梢神経、骨、軟骨、関節、リンパ管、血管、心臓(心筋、弁)、肺、肝臓、脾臓、すい臓、食道、胃、小腸、大腸、腎臓、膀胱、子宮、卵巣、精巣、横隔膜、筋肉、腱、皮膚、眼、鼻、気管、舌、唇、爪、毛髪等それらの1部をいう。本発明の電気装置で用いられる組織は、これらの臓器、組織の中でも生体内で興奮性の電気刺激が常在する組織、例えば心臓、骨格筋、平滑筋、末梢神経、脳等の中枢神経等の組織を主な対象とすることができる。
【0048】
本発明の電気刺激装置における電気回路4のデジタルIC5、電源(6)、マイクロスイッチ、モニタリング装置(8)及び電極9,9’の回路配置は特に限定されるものではなく、キャップ1の形状、大きさ等に応じて適宜決定することができる。例えば、本発明の電気刺激装置では、図3(A)〜(C)に示されるような回路配置をとることが可能である。
【0049】
図3(A)は、デジタルIC5がCMOS系のロジックIC(74HC)である場合の回路配置を示す。電源(6)から発生した電流はCMOS系ICにおいて、所望の波形のパルス電流に変換され、さらに周辺素子であるコンデンサーや抵抗により所望の電流強度、サイクル、通電時間に調整される。調整されたパルス電流は、発光素子(LED)8でモニタリングされながら電極へ供給される。
【0050】
図3(B)は、さらなる集積化により周辺素子がすべてデジタルIC5の中に盛り込まれている場合の回路配置を示す。図3(B)で示される回路配置では、周辺素子の占有スペースが省けるため、装置の小型化に寄与できるというメリットがある。
【0051】
また図3(B)は、周辺素子機能をすべて刺激信号とともにプログラマブル ロジックデバイスにプログラムとして書き込んで、出力するための回路配置も代表している。
【0052】
図3(C)は、マイクロプロセッサに任意の刺激パターン形成のプログラムを書き込んで、出力するための回路配置の一例を示す。
【0053】
本発明の電気刺激装置の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、通常の単一容器適用の電極と、刺激回路及びマルチウェルプレート適用の電極配列と、刺激回路とを半導体技術により一つのマイクロチップとして一体形成し、懸垂電極を追加して構築することができる。
【0054】
以下に、本発明の好適な実施例を示す。なお、下の実施例に示される材料、使用量、割合、手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【実施例】
【0055】
(実施例1)
温度37℃、湿度99%、CO2濃度5%の条件下で、本発明の図1及び図2に記載した電気刺激装置を用いて、知覚神経細胞とシュワン細胞の混合標本に成長抑制(細胞障害付与)を目的とした条件の電気刺激(150mV/mm, 持続時間5msec, 2Hz)を5時間印加し、さらに2日間培養した。結果を図5に示す。
【0056】
図5に示されるように、電気刺激前の状態(図5の(A))と比べて、電気刺激後には神経突起を中心に遅発性のネクローシス(壊死)が見られた(図5の(B))。また電気刺激の強度を下げて(10mV/mm, 持続時間20μsec, 10Hz)3日間の刺激を行うと、髄鞘を形成していたシュワン細胞にのみ選択的にネクローシス(壊死)を起こさせることが可能で、神経突起を露出した状態すなわち脱髄現象を起こさせることに成功した(図5の(C))。
【0057】
(実施例2)
《機能馴化細胞の観察》
以下における機能馴化心筋の電気刺激に対する応答性の変化と電気刺激による機能回復については、位相差顕微鏡に取り付けたデジタルムービーカメラを用いて1例ごとに35秒間の動画データを取得保存し、心拍数の測定と集計を行った。
【0058】
《心筋組織の摘出/活性化》
BALB/cマウス(3〜4 週令)より心臓を摘出し、カナマイシン(100mg/l)を含む無カルシウム・リン酸緩衝生理食塩水(PBS(-))にて2-3回洗浄後、3 mg/mlコラゲナーゼ (type1, Sigma) を含む同PBS(-) にて 37℃, 30min、ランゲンドルフ法による灌流処置を行った。
【0059】
コラゲナーゼ処置した心臓切片を同PBS(-)にて2-3回洗浄後、先端径をバーナー炎で小さくした(200 〜400μm)パスツールピペットを用いて、ピペツテイングにより細胞を単離した。 そのようにして作った細胞懸濁液を遠心分離し、沈降した細胞塊を、カルシウムを含む通常のPBSに懸濁し、適量をプレインキュベーション済みの培養用 dishに2000〜3000/dishの細胞数で播いて温度37℃、湿度99%、CO2濃度5%の条件下で培養を開始した。培養開始24h 後、EAGLEs培地を交換し培養をつづけた。なお、プレインキュベーションは、10% ウシ胎児血清を含むEAGLEs 培地(日本水産)1.5 mlを、35mm カルチャー dish (FALCON, 3801) に入れ、0.5〜1時間行った。
【0060】
《機能馴化結果》
培養の時間経過とともに、活性化心筋の心拍数が、本来のマウスの心拍数(486〜738回/分、すなわち8.1〜12.3Hz)から低下し、さらに培養二週間目には電気刺激(強度3V, 持続3msec)に対する刺激応答性、すなわち培養した心筋細胞の追従可能な刺激頻度が2〜5Hzにまで低下した。
【0061】
《移植前機能馴化操作》
上記活性化二週間目の心筋細胞で構成された組織に対し、本発明の図1及び図2に記載の電気刺激装置を用いて、150mV/mmの電気刺激を応答性の強さに応じて1〜10Hzの頻度で3日間与えた。12例全ての刺激応答性が回復し、7Hzの上記電気刺激に追従可能であった(図6C及びD)。
【0062】
また、比較例として、電気刺激を与えない以外は、上記と同様にして、二週間の心筋細胞の培養を行った。刺激応答性を検討した結果、培養14日目の心筋組織の電気刺激(強度3V, 持続3msec)に対する追従可能な頻度は、検討した全例(11例)において僅か2〜3Hzであり、7Hz以上の刺激に対する応答性の回復は全く見られなかった(図6D)
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、本発明の電気刺激装置の一実施例を示す概要図を示す。
【図2】図2は、市販の35mmペトリディッシュの形状に適合させて製作した本発明の電気刺激装置の例を示す。
【図3】図3は、本発明の電気刺激装置における電気回路の回路配置を示す説明図である。
【図4】図4は、本発明の電気刺激装置を用いて作られた病態電気信号の例として、不整脈のペーシングリズムと関連した異所性トリガー活動およびパーキンソン症振戦やクローヌス振戦時の異常筋電図類似信号を示す。
【図5】図5は、本発明の電気刺激装置を用いて神経細胞に電気刺激を与え、成長を抑制した場合の状態を表す写真である。(A)電気刺激を与える前の神経細胞の状態を示す写真である。(B)電気刺激を与えた後の神経細胞の状態を示す写真である。(C)電気刺激の強度を下げて3日間の刺激を行うことにより脱髄現象を生じている神経細胞の状態を示す写真である。
【図6】図6は、本発明の電気刺激装置を用いて、1〜10Hzのペーシング刺激を3日間与えた時のマウス培養心室筋の高頻度刺激応答性の回復を示す。
【符号の説明】
【0064】
1 キャップ
2 培養容器標本配置部
3 プリント基板
4 電気回路(電流発生手段)
5 デジタルIC
6 ボタン電池(電源)
7 マイクロスイッチ
8 発光素子(モニタリング装置)
9,9’ 電極
10 電気刺激装置
11 培地
12 生体細胞又は生体組織

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)パルス電気信号の組み合わせからなる生体の病態時及び/又は正常時の電気現象情報が、電気刺激プロトコールとしてデータベース化されて保存されているデジタルICを少なくとも含む電流発生手段であって、上記デジタルICからの電気現象情報に基づいて上記電気刺激プロトコールとしてパルス電気信号を培養培地内に出力するための電流発生手段と、(2)前記電流発生手段を固着するためのキャップと、(3)前記キャップから懸垂され、かつパルス電流を電気刺激として培養容器内の培地に出力するために前記電流発生手段に連結された1対の電極とを有する、病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項2】
デジタルICが、ロジックIC、メモリーIC及びマイクロプロセッサから構成される、請求項1に記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項3】
生体の病態時の電気現象が、不整脈、てんかん、又は異常筋電図の電気現象である、請求項1又は2に記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項4】
上記電流発生手段が、デジタルIC、マイクロスイッチ及び電源から構成されている、請求項1から3の何れかに記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項5】
異なる電気現象情報が、異なる電気刺激プロトコールとしてデジタルICに保存されており、電流発生手段の複数個の出力端子を並列に接続することにより、複数の電気刺激パターンの組み合わせを培養培地内に出力することができる、請求項1から4の何れかに記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項6】
上記電流発生手段が、上記キャップに一体形成されている、請求項1から5の何れかに記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項7】
上記キャップが、培養皿の形態に対応した形態を有する、請求項1から6の何れかに記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項8】
上記キャップが、マルチウェルプレートのウェル配列に対応した構造を有する、請求項1から6の何れかに記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項9】
上記キャップを培養容器の標本配置部に嵌着することにより、前記培養容器内の培地に装入された生体細胞又は生体組織に前記電極からパルス電流が電気刺激として与えられる、請求項1から8の何れかに記載の病態電気信号及び/又は生体電気信号を発生する電気刺激装置。
【請求項10】
請求項1から9の何れかに記載の電気刺激装置を用いて、培養容器内に培養されている細胞に生体の病態時及び/又は正常時の電気現象を供給し、病態時及び/又は正常時のモデル細胞を作成することを含む、モデル細胞の作成方法。
【請求項11】
培養した有髄神経の髄鞘構築細胞を選択的に変性させることによって、in vitroの脱髄性疾患モデルを作成する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
培養した中枢神経細胞に、てんかん発作時の脳波やシナプス活動に類似したパターンの電気刺激を出力しながら培養することによって、てんかん焦点の神経組織モデル標本を作成する、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
培養した心筋細胞又は心筋組織に、不整脈のペーシング電気活動に類似したパターンの電気刺激を出力しながら培養することによって、不整脈発生時の病態心筋モデル標本を作成する、請求項10に記載の方法。
【請求項14】
培養した心筋細胞や心筋組織に、正常なペーシング電気活動に類似したパターンの電気刺激を出力しながら培養することによって、高頻度刺激応答性を長期にわたって保持した心筋組織を作成する、請求項10に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図2】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2007−209233(P2007−209233A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−30870(P2006−30870)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(801000050)財団法人くまもとテクノ産業財団 (38)
【Fターム(参考)】