癒着防止材
【課題】取扱性に優れ、細胞接着抑制効果及び縫合に対する強度に優れる癒着防止材を提供する。
【解決手段】シルクフィブロイン多孔質体を用いた癒着防止材である。
【解決手段】シルクフィブロイン多孔質体を用いた癒着防止材である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癒着防止材に関し、詳しくは、取扱性に優れ、細胞接着抑制効果及び強度に優れる癒着防止材に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓外科、脳神経外科、整形外科、腹部外科等の臨床分野における外科手術において、切開により臓器を含む組織が空気に露出するが、この際、これらの組織が乾燥、酸化され、その結果損傷を受けることがある。該損傷は、手術後に組織の癒着、治癒の遅延等の問題が発生する原因と考えられる。臓器組織の癒着は手術後に発生する合併症の典型である。組織間の癒着が起こると、本来臓器が持つ機能低下が発生する場合や、強い痛みに患者が悩まされることになる。
また、腹腔内手術後の臓器癒着は、イレウスや疼痛、不妊などの合併症の原因となり、時には次回手術が非常に困難になるなどの問題を起こす可能性がある。その発生頻度も腹部手術では非常に高く、患者にとって慢性的な腹部痛、腸閉塞、不妊症など深刻な病状が持続することになる。
したがって、手術中の臓器を含む組織の乾燥及び酸化を抑制し、また術後の生体組織間の癒着を防止するために、癒着が発生する可能性がある組織を覆い、保護する目的で、従来から癒着防止膜が実用化されている。
【0003】
現在、手術後の組織癒着、治癒の遅延を避けるための処置の例として、外科手術中に、生理食塩液に浸漬したガーゼで臓器等の組織を被覆する処置が行われている。しかし、乾燥・酸化ストレスを受け得る露出環境から保護するよう、十分な被覆状態に保つことが困難であり、また、ガーゼが手術操作の障害になるという問題がある。
一方、生体組織を物理的に分離するために、シリコン、テフロン、ポリウレタン、酸化セルロース等を癒着防止膜として用いる方法が行われている。しかし、これらの材料は非吸収性材料であるために、生体組織面に残存し、組織の修復を遅らせるばかりではなく、感染、炎症の発生原因となっている。
【0004】
このような問題を解決するため、生体吸収性が期待できるゼラチンやコラーゲンを用いた癒着防止材料が報告されている(特許文献1及び2参照)。しかしながら、ゼラチンやコラーゲンを用いた場合には、抗原性を有するテロペプチド部分の除去が困難であるという問題があり、また、プリオン混入など動物由来の感染症の危険性があるため、生体に使用することは避けたほうがよい。さらに、強度を得るためや分解性を制御するために加える架橋剤が、生体内での使用に好ましくない場合が多い。
一方、天然高分子では皮膚への親和性が高いが、強度が低い等の問題があった。そのため、天然高分子では、架橋剤による架橋体や、強度補強材の使用やガーゼ等で包むことで、強度を確保する必要があった。強度補強材を使用した場合には、構造が複雑になることが多く実用的でない。
また、感染症の危険がない多糖類を使用した癒着防止材についても報告がある(特許文献3)。しかしながら、多糖類を使用した材料では強度が足りず、術後に体内に残すために縫合したい場合に、強度不足で縫合がしにくいという問題がある。また縫合できたとしても、縫合状態をある程度の期間維持することは難しい。
【0005】
このように、組織の癒着防止に関する材料に関しての報告は数多いが、癒着防止材料として十分な性能を有する材料は得られていない。すなわち、上記のような問題を生じさせずに、組織が修復するまでの期間癒着を防止し、組織修復するまで強度が維持される材料が求められている。
【0006】
【特許文献1】特許4295482号公報
【特許文献2】特許4378442号公報
【特許文献3】特許3796165号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、取扱性に優れ、細胞接着抑制効果及び縫合に対する強度に優れる癒着防止材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、シルクフィブロイン多孔質体がその材料として好適であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち本発明は、
(1)シルクフィブロイン多孔質体を用いた癒着防止材、
(2)前記多孔質体が、多孔質層と該多孔質層の一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有する上記(1)に記載の癒着防止材、
(3)前記多孔質体が、多孔質層とその両面に細孔を有しないフィルム層を有する上記(1)に記載の癒着防止材、
(4)前記多孔質体が、多孔質層のみからなる上記(1)に記載の癒着防止材、及び
(5)前記多孔質体の引張り強度が1〜400kPaである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の癒着防止材、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の癒着防止材を用いることで、術中の安全性を確保し、術後の生体組織間の癒着を防止することができる。また、本癒着防止材は、強度に優れるために縫合できること、必要な部位に固定化でき、かつ熱安定性に優れるためにオートクレーブによる滅菌を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図4】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図10】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図11】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図12】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図13】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図14】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図15】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図16】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図17】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図18】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図19】平面培養していた線維芽細胞培養ディッシュにシルクフィブロイン多孔質体を静置した様子を示す図である。
【図20】シルクフィブロイン多孔質体表面に線維芽細胞を播種し、細胞を2週間培養した後の様子を示す図である。
【図21】ゼラチンスポンジに線維芽細胞を播種し、細胞を2週間培養した後の様子を示す図である。
【図22】本発明のシルクフィブロイン多孔質体を(シルクスポンジディスク)を植埋した際の癒着性試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の癒着防止材は、シルクフィブロイン多孔質体を用いることを特徴とする。
ここで、シルクフィブロイン多孔質体とは、シルクフィブロインを含む、好ましくは、10〜300μmの平均細孔径を有する多孔質体をいう。
【0012】
該シルクフィブロイン多孔質体の引張り強度は、1kPa〜400kPaであることが好ましい。1kPa以上であれば、十分な強度があり、癒着防止材として取扱いが容易である。一方、400kPa以下であれば、臓器への密着性が保たれる。以上の観点から、引張り強度は40kPa〜300kPaであることがより好ましく、80kPa〜200kPaであることがさらに好ましい。
【0013】
また、本発明の癒着防止材は、吸水した水分を保持する保水率が高いことが好ましい。保水率が高いことで、吸収した滲出液が流出することが無い。より具体的には、保水率が85〜100%であることが好ましい。保水率が85%以上であれば、滲出液を保持して、漏出液が流れ出すことが少ない。以上の点から、シルクフィブロイン多孔質体の保水率は、87〜100%がより好ましく、90〜100%がさらに好ましい。
(保水率の算出方法)
なお、保水率は次のように測定した。多孔質体を60×30×20mmに成形し、測定試料とし、純水中に十分浸漬した試料の重さを測定する(Wc)。これを再度純水中に十分浸漬し、表面を純水で濡らしたガラス製の平板(松浪ガラス製MSAコートマイクロスライドガラス、76×52mm)を45度傾けて設置し、その上に一番広い面(60×30mm面)を下にして長尺方向を上下になるように載せ、10分間静置する。その後、試料の重さを測定する(Wd)。
保水率(%)=100−(Wc−Wd)×100/(Wc)
【0014】
多孔質層の吸水速度は0.1〜1000μl/sであることが好ましく、1〜100μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは20〜30μl/sである。吸水速度が0.1μl/s以上であれば、滲出液を速やかに吸収して、癒着防止材の外に漏らすことが少ない。吸水速度が1000μl/s以下であれば、滲出液を過剰に癒着防止材に吸収するの防ぎ、患部の湿潤状態を保てる。また、蒸発速度は0.01〜0.2g/m2・sであることが好ましく、0.03〜0.15g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.06〜0.1g/m2・sである。蒸発速度が0.01以上であれば、漏出液を継続的に癒着防止材が吸収できる状態に保てる。蒸発速度が0.2g/m2・s以下であれば、患部を効率的に湿潤状態に保てる。ここで、吸水速度及び蒸発速度は以下のようにして得られる値である。多孔質層の吸水速度及び蒸発速度が上記範囲内であると、本発明の効果が良好となる。
【0015】
(吸水速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層)に純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間を測定した。吸水速度は、測定した時間を用いて、下記の式より算出した値である。測定は5回行い、その平均値を吸水速度とした。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
(蒸発速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層)を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定し、その変化を水の蒸発量の変化とした。蒸発速度は、静置して1分後から30分までの蒸発量の変化から下記の式より算出した値である。
蒸発速度(g/m2・s)=(蒸発量の変化)/多孔質体表面積
【0016】
本発明の癒着防止材はシート状であることが好ましく、シートの形状は、患部に合わせて、その大きさ、形を任意に設定することができる。また、シートの厚さについても、傷面の深さや滲出液の量に応じて、任意の厚さを設定することができる。
また、本発明におけるシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質層と、その一方の面又は両面に細孔を有しないフィルム層を有していてもよく、一方、シルクフィブロイン多孔質体が多孔質層のみからなっていてもよい。
【0017】
上記細孔を有しないフィルム層は、実質的に細孔を有しない層であって、細孔を有しない、又は多孔質層と比較して極めて細孔の少ない層である。このようなフィルム層を有することにより、細孔を経由して滲出液等の液体が移動する速度、及び拡散する速度が遅くなるため、液透過性が低くなる。この滲出液中に含まれる活性物質が癒着原因であることが多いため、これらの物質の移動拡散を抑えるフィルム層は重要である。
フィルム層は表面が面積比で10%以下の細孔を有し、多孔質層は表面が面積比で50〜98%の細孔を有するものであると好ましい。また、フィルム層は、その細孔直径が0.5μm以上の細孔が20個/mm2以下(より好ましくは、10個/mm2以下)であると好ましい。ここで、表面の細孔の面積比、細孔の個数及び細孔直径は、走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで測定したものである。
また、フィルム層の吸水速度は、0.1〜3.5μl/sであることが好ましく、1.5〜3.5μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは2〜3.5μl/sである。
さらに、フィルム層の蒸発速度は、0.03〜0.07g/m2・sであることが好ましく、0.03〜0.06g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.03〜0.05g/m2・sである。吸水速度及び蒸発速度が上記範囲内であると、本発明の効果が良好となる。
【0018】
本発明の癒着防止材としては、多孔質層と、その一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有するシルクフィブロイン多孔質体が好ましい。その使用方法としては、患部側に多孔質層が接し、患部とは反対側の対向面にフィルム層を有することが好ましい。また、フィルム層の細孔の数は制御することができ、必要に応じて少量の細孔を有するフィルム層とすることもできる。
また、フィルム層は、細孔が極めて少ないために、表面が平滑であり、細胞接着性等が低く、他の生体組織との癒着を抑えることや、フィルム層の液透過性を制御することで薬剤の放出速度を制御することが可能である。また、患部面に多孔質層があるために、患部からの滲出液を吸収することができる。
また、本発明の癒着防止材は、上述のようにその多孔質層が滲出液を保持する機能を持つが、さらに、これに薬剤を含ませることで、創傷の治癒を促進する機能を持たせることができる。例えば、殺菌剤、抗生物質、生理活性物質などを、多孔質層に含浸もしくは塗布することで、治癒を促進させることができる。
【0019】
一方、本発明の癒着防止材が、多孔質層とその両面に細孔を有しないフィルム層を有する多孔質体で構成される場合には、上述のような患部からの滲出液を吸収する機能及び薬剤を含ませる機能を付与することはできないが、他の臓器等との癒着防止効果は十分にあるため、患部からの滲出液が少ない場合などには、本発明の効果を十分に奏し得るものである。
一方、本発明の癒着防止材が、多孔質層のみからなる多孔質体により構成される場合には、患部からの滲出液が該多孔質層を通過して、反対側に滲出することが想定されるが、該癒着防止材は多孔質層自体でも、十分な保水性を有するので、本発明の効果を十分に奏するものである。
【0020】
本発明の癒着防止材は、粘着テープ等で固定することもできるが、シルクフィブロイン多孔質体自身に十分な強度があるので、縫合糸を用いて固定することが可能である。
また、シルクフィブロイン多孔質体は、乾燥することで、硬く、脆くなるが、体内で使用した場合には体液が存在し乾燥することがないので、この点については問題が発生しない。
【0021】
次に、シルクフィブロイン多孔質体の製造方法について説明する。
本発明で用いられるシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液に特定の添加剤を加えて、該水溶液を凍結させ、次いで融解させることにより製造することができる。
ここで用いられるシルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕等の蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。本発明におけるシルクフィブロイン多孔質体の製造においては、シルクフィブロイン水溶液として用いるが、シルクフィブロインは溶解性が悪く、直接水に溶解することが困難である。シルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、高濃度の臭化リチウム水溶液にシルクフィブロインを溶解後、透析による脱塩、風乾による濃縮を経る手法が簡便である。
シルクフィブロイン多孔質体の製造方法において、シルクフィブロインの濃度は、脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液中で0.1〜40質量%であることが好ましく、0.5〜20質量%であることがより好ましく、1〜12質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を効率的に製造することができる。
【0022】
前記添加剤としては、水溶性有機溶媒や、脂肪族カルボン酸、アミノ酸が挙げられる。添加剤としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましい。また、シルクフィブロイン多孔質体の製造において用いられる脂肪族カルボン酸としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
【0023】
水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、グリセロール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリル等が挙げられる。
【0024】
脂肪族カルボン酸としては、たとえば、炭素数1〜6の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、コハク酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸等が挙げられる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0025】
アミノ酸としては、特に制限はないが、例えば、バリン、ロイシン、イソロイシン、グリシン、アラニン、セリン、スレオニン、メチオニン等のモノアミノカルボン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等のモノアミノジカルボン酸(酸性アミノ酸)などの脂肪族アミノ酸、フェニルアラニン等の芳香族アミノ酸、ヒドロキシプロリン等の複素環を有するアミノ酸などがあげられ、中でも形状の調整が容易な観点から酸性アミノ酸や、ヒドロキシプロリン、セリン、スレオニン等のオキシアミノ酸が好ましい。同様な観点で、酸性アミノ酸の中でもモノアミノカルボン酸がより好ましく、アスパラギン酸やグルタミン酸が特に好ましく、オキシアミノ酸の中でもヒドロキシプロリンがより好ましい。これらのアミノ酸は、いずれか1種を単独で、あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
なお、アミノ酸には、L型とD型の光学異性体があるが、L型とD型を用いた場合に、得られる多孔質体に違いが見られないため、どちらのアミン酸を用いてもよい。
【0026】
シルクフィブロイン水溶液に添加する水溶性添加剤の量は、0.01〜18.0質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1〜5.0質量%であり、さらに好ましくは0.5〜4.0質量%である。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を製造することができる。また、18.0質量%以下であれば、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を静置する際、該溶液がゲル化しにくく、安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。また、アミノ酸の配合量は、フィブロインに対して、1〜500質量%であることが好ましく、5〜50質量%であることがより好ましく、10〜30質量%であることがさらに好ましい。
【0027】
次に、上記添加剤が加えられたシルクフィブロイン水溶液を型あるいは容器に流し込み、低温恒温槽中に入れて凍結させ、次いで融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体を製造する。凍結温度は、添加剤を含有させたシルクフィブロイン溶液が凍結する温度であれば特に制限されないが、−10〜−30℃程度が好ましい。また、凍結時間は、十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、所定の凍結温度で4時間以上であることが好ましい。なお、凍結の方法としては、シルクフィブロイン溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、一旦、−5℃程度に2時間程度保持して過冷却状態とし、その後、凍結温度まで下げて凍結することが、力学的強度の高い多孔質体を得る上で好ましい。−5℃から凍結温度までにかける時間を調整することで、多孔質体の構造や強度をある程度制御することが可能である。
その後に、凍結したシルクフィブロイン溶液を、融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法は特に制限はないが、自然融解のほか、恒温槽内に保持する方法などが挙げられる。
【0028】
得られた多孔質体には添加剤が含まれるが、用途に応じて、添加剤を除去する必要がある場合には、適当な方法で多孔質体から添加剤を除去して用いることができる。たとえば、多孔質体を、純水中に浸漬して、添加剤を除去することが最も簡便な方法として挙げられる。あるいは、多孔質体を凍結乾燥することによって、添加剤と水分を同時に除去することが可能である。
【0029】
シルクフィブロイン多孔質体は、スポンジ状の多孔質構造を有しており、通常この多孔質体には凍結乾燥等により水除去を行わなければ水が含まれ、含水状態で堅い構造物である。また、多孔質体を凍結乾燥することにより、シルクフィブロイン多孔質体の乾燥品を得ることができる。
【0030】
このシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質体作製時の型や容器を適宜選択することにより、フィルム状、ブロック状、管状、球状等、目的に応じた形状とすることができる。型や容器としては、シルクフィブロイン溶液が流出しない形状・形態のものであれば制限はなく、その素材としては、鉄、ステンレス、アルミニウム、金、銀、銅などの熱伝導率が高い素材を用いることが、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得る観点から好ましい。また、型や容器の壁の厚さは、その機能と凍結の際の膨張などによる変形などを防止する観点から、0.5mm以上であることが好ましく、取り扱いが容易で、冷却効率的な観点から、より好ましくは1〜3mmである。
【0031】
また、ここで用いられる型や容器は、前記フィルム層の構造や厚さを制御することを目的として、その内側のシルクフィブロイン溶液と接する内壁面に、シートを設けることができる。
該シートとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などのフッ素樹脂からなるシート、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)やポリプロピレン(PP)などからなる離型処理されたシートなどが好ましく挙げられる。これらのシートを用いた場合、細孔が少なく平滑なフィルム層を得ることができる。これらのシートの採用については、多孔質体の用途に応じて、適宜選択すればよい。
また、シートは、熱伝導を阻害しにくい厚さ1mm以下のものを用いることが好ましい。
【0032】
このシルクフィブロイン多孔質体は、上記した融解する工程に次いで、切削工程を経て得られる。また、本発明の癒着防止材として好適なシート形状において、一面のみにテフロンシートなどのシートをその内壁面に設け、その他の面の内壁面にろ紙を設けた型あるいは容器を用い、一面のみにフィルム層を有する多孔質体を得ることもできる。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
実施例1
シルクフィブロイン水溶液は、フィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去したのち、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に蟻酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が5質量%、蟻酸濃度が2質量%であるシルクフィブロイン溶液を調製した。
このシルクフィブロイン溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)に流し込み、低温恒温槽(EYELA社製NCB−3300)に入れて凍結保存した。
凍結は、予め低温恒温槽を−5℃に冷却しておいて低温恒温槽中にシルクフィブロイン溶液を入れた型を投入して2時間保持し、その後−20℃に冷却後5時間保持した。凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した蟻酸を除去した。さらに、型の側面に接していた4面のフィルム層を切削して取り除き、多孔質層の部分で切断して、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有するシルクフィブロイン多孔質体を得た。
【0034】
(力学特性の測定方法)
得られたシルクフィブロイン多孔質体の力学的特性を、INSTRON社マイクロテスター5548型を用いて評価した。作製したシルクフィブロイン多孔質体から40mm×4mm×4mmの試験片を切り出し、この試験片を2mm/minの条件で引っ張った際の最大破断強度(引っ張り強度)と最大ひずみ(伸び)を測定した。また、強度とひずみをグラフ化した時の傾きから弾性率を求めた。その結果を表1に示す。なお、測定結果は、作製した多孔質体から5点の試験片を作製し、さらに異なる日に作製した多孔質体から5点の試験片を切り出し、それら10点について測定を行った平均値を示している。
【0035】
また、得られたシルクフィブロイン多孔質体の構造を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。走査型電子顕微鏡は、Philips社製XL30−FEGを使用して、低真空無蒸着モード、加速電圧10kVで測定を行った。なお、シルクフィブロイン多孔質体の構造は、多孔質体の表面ではなく、多孔質体を切断して露出させた内部を観察した。得られた多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真を図1に示す。
【0036】
実施例2〜18
実施例1において、蟻酸に代えて、それぞれ表1〜3に記載する添加剤を用いたこと以外は実施例1同様にして、シルクフィブロイン多孔質体を得た。その力学的特性、保水率、吸水速度及び蒸発速度の評価結果を表1〜3に示す。また、得られた多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真を、それぞれ図2〜18に示す。
尚、保水率、吸水速度及び蒸発速度は、前述のようにして測定した。
【0037】
実施例19〜20
実施例1において、それぞれ表2に記載する材質の型を用いたこと以外は実施例1同様にして、シルクフィブロイン多孔質体を得た。その吸水速度の測定結果を表2に示す。
【0038】
比較例1
市販のポリウレタンスポンジ(住友スリーエム社製)を用い、測定用サンプル(60mm×30mm×20mm)に切り出し、保水率を測定した。その結果を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
[型の材質]
A:アルミニウム板(テフロンシートあり)
B:鏡面仕上げアクリル板(テフロンシートなし)
C:鏡面仕上げポリスチレン板(テフロンシートなし)
【0043】
図1から、実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体を構成する多孔質層は、比較的薄い壁と数十μmの空孔を有することがわかる。実施例2〜18で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(図2〜18)についても、ほぼ同様の走査型電子顕微鏡写真が得られた。
また、実施例2、5、6及び11で作製したシルクフィブロイン多孔質体の保水率は、98%〜99%の範囲にあることが分かった。
【0044】
実施例21
アルミ板で作製した型のサイズを130mm×80mm×12mm(内側サイズ)としたこと以外、実施例6と同様にして、シルクフィブロイン多孔質体を製造した。
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の安全性に関する非臨床試験の一環として、皮内反応試験、皮膚一次刺激性試験及び皮膚感作性試験を行った。なお、本試験は、「申請資料の信頼性の基準」(薬事法施行規則第43号)を基準として、「医療用具の製造(輸入)承認申請に必要な生物学的安全性試験の基本的考え方について」(2003年2月13日付医薬審発第0213001号)と、「生物学的安全性試験の基本的考え方に関する参考資料について」(2003年3月19日付医療機器審査No.36)に従い行った。
【0045】
(皮内反応試験)
実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体を5mm×5mm×5mmのサイズに切り出して試験片とした(多孔質層のみからなるフィブロイン多孔質体)。
次に、シルクフィブロイン多孔質体シートの生理食塩液抽出液及びゴマ油抽出物をウサギ3匹の背部に皮内投与し、局所刺激性(組織障害性および炎症誘起性)の有無について検討した。具体的には、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体から切り出された上記試験片に生理食塩液又はゴマ抽を加え、オートクレーブ内で120℃、1時間の条件で抽出し、各試験液とした。また、抽出溶媒(生理食塩液又はゴマ油液)のみを同様な条件で処理し、対象液とした。ウサギ1匹につき、試験液及び対照液をそれぞれ0.2mLずつ背部の5ヶ所に皮内投与した。生理食塩液抽出による試験液では、全例で皮内反応は認められず、「刺激性無し」と判断された。一方、ゴマ油抽出による試験液では、3例中2例に投与後24時間からごく軽微な紅斑が認められた。この紅斑は対照液であるゴマ油でも見られ、対照液と同等であった。一次刺激係数は0.0以下を示し、「無視できる程度の刺激性」と判断された。
【0046】
(皮膚一次刺激性試験)
上記皮内反応試験で用いられた各試験液及び対象液を用いて、局所刺激性(組織障害及び炎症誘起性)の有無について検討した。投与は、1溶媒あたり雄ウサギ6匹を用い、1匹につき、試験液及び対象液をそれぞれ背部の無傷皮膚、擦過傷皮膚に0.5mLずつ投与した。
生理食塩液抽出による試験液では、6例中3例で投与後1時間からごく軽度または軽微な紅斑が認められた。この紅斑は対象液である生理食塩液でもみられ、対象液と同等であった。なお、一次刺激性指数は0.3であり、「無視できる程度の刺激性」と判断された。
ゴマ油液による抽出液では、6例中4例で投与後1時間からごく軽度な紅斑が認められた。この紅斑は対象液であるゴマ油液でもみられ、対象液と同等であった。なお、一次刺激性指数は0.1であり、「無視できる程度の刺激性」と判断された。
【0047】
(皮膚感作性試験)
Maximization Test法により、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体のメタノール抽出液について、雄性モルモット10匹を用いて、モルモット皮膚に対する感作性の有無を検討した。
皮膚感作性試験前に、適切な抽出溶媒を決めるために、アセトンとメタノールを用いて抽出率を算出した。その結果、アセトンよりもメタノールの方が高い抽出率を示したために、皮膚感作性試験に用いる抽出溶媒をメタノールとした。
実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体から切り出された上記試験片に、メタノール10mLを加え、室温で恒温浸とう培養機を用いて抽出した。抽出は24時間以上行った。対照群として、オリーブ油で感作する陰性対照群、及び1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼンで感作する陽性対照群を設けた。各対照群の動物数はそれぞれ5匹とした。
試験液投与群及び陰性対照群とも、抽出液の6.25、12.5、25、50、100%液並びにアセトンで惹起した結果、惹起後24、48及び72時間のいずれの観察時期においても皮膚反応は見られなかった。
一方、陽性対照群では、0.1%1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼンの惹起により、5例全例で惹起後、24,48及び72時間後に明らかな陽性反応が認められた。
この試験結果から、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体には、皮膚感作性を示す物質は存在しないと判断された。
このように、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体は、「無視できる程度の皮膚刺激性」と「皮膚感作性を示す物質は存在しない」ことにより、安全性が高く、本発明の癒着防止材として好適に使用できることが確認された。
【0048】
実施例22
シルクフィブロイン多孔質体の細胞に対する有害性の無いことを確認するために、あらかじめ平面培養していた線維芽細胞培養ディッシュにシルクフィブロイン多孔質体を静置した。シルクフィブロイン多孔質体自身またはシルクフィブロイン多孔質体から溶出する成分が細胞に対して毒性がある場合、シルクフィブロイン多孔質体を中心とした線維芽細胞の脱離、もしくは培養された細胞全体の脱落が生じるはずである。
しかしながら、図19に示したように、シルクフィブロイン多孔質体の表面自身に細胞毒性を持つことが無く、静置されたシルクフィブロイン多孔質体の周囲にまで細胞が遊走・接近し、阻止円を作る様な現象は認められなかった。なお、図中上部(濃色部分)がシルクフィブロイン多孔質体側である。
【0049】
毒性の無いことを確認した上で、次にシルクフィブロイン多孔質体表面に線維芽細胞を播種し、常法に従って細胞を2週間培養した。シルク表面に播種された細胞は、一定期間後にディッシュまで遊走し、ディッシュ表面が線維芽細胞で培養されたことを確認の上で、シルクフィブロイン多孔質体を取り出し組織染色を行った。先の検討の様に毒性を持たないこのような本素材は、細胞親和性に優れ、本素材の多孔質体の細孔中やシルクフィブロイン多孔質体の表面に細胞が遊走・伸展・増殖することが予想されたが、図20に示す様に、シルクフィブロイン多孔質体表面には線維芽細胞の接着とそれに伴う増殖、多孔質体の孔中への遊走と増殖は認められなかった。なお、図中色の濃い部分が線維芽細胞である。
【0050】
そこで、シルクフィブロイン多孔質体と同等の空隙率を持つブタコラーゲンから精製して得た止血材料であるゼラチンスポンジ(アステラス製薬、スポンゼル)に対しても同様の比較実験を行った。図21に示したように、その細胞親和性は極めて高く、空隙内に細胞が遊走伸展して、増殖していた。この場合、ゼラチンスポンジは創傷面の止血、欠損部位への充填には用いることはできるが、その細胞接着性から創傷部周囲との癒着を避けることができない。
一方、シルクフィブロイン多孔質体は細胞毒性が無く、同時に組織親和性に富んでいるにも拘らず細胞接着性に乏しいために、周囲組織との相互作用を持つこと無く損傷部位の組織修復に伴った周囲健常組織との相互作用(癒着)を防止できる。このことは、シルクフィブロイン多孔質体が優れた癒着防止材としての機能を果たすメカニズムである。なお、ゼラチンフィルムと称される癒着防止フィルムが市販されているが、該ゼラチンフィルムも細胞接着性が高く、ゼラチンフィルム自身が介在して両側組織を癒着に導く。
【0051】
これらの結果を踏まえ、マウス皮下に、本発明の癒着防止材(シルクスポンジディスク化したもの)を植埋し異物ならびに癒着性試験について検討した。図22に示したように、本発明の癒着防止材は、動物実験に於いて、植埋部位の片側側への接着を認めるが、両側粘膜への接着(癒着)を認めず、優れた癒着防止効果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の癒着防止材によれば、外科手術中の生体組織の保護や術後の生体組織間の癒着を抑えることができ、取り扱いが容易であり、強度が高く、患部を安定的に保護することが可能となる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、癒着防止材に関し、詳しくは、取扱性に優れ、細胞接着抑制効果及び強度に優れる癒着防止材に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓外科、脳神経外科、整形外科、腹部外科等の臨床分野における外科手術において、切開により臓器を含む組織が空気に露出するが、この際、これらの組織が乾燥、酸化され、その結果損傷を受けることがある。該損傷は、手術後に組織の癒着、治癒の遅延等の問題が発生する原因と考えられる。臓器組織の癒着は手術後に発生する合併症の典型である。組織間の癒着が起こると、本来臓器が持つ機能低下が発生する場合や、強い痛みに患者が悩まされることになる。
また、腹腔内手術後の臓器癒着は、イレウスや疼痛、不妊などの合併症の原因となり、時には次回手術が非常に困難になるなどの問題を起こす可能性がある。その発生頻度も腹部手術では非常に高く、患者にとって慢性的な腹部痛、腸閉塞、不妊症など深刻な病状が持続することになる。
したがって、手術中の臓器を含む組織の乾燥及び酸化を抑制し、また術後の生体組織間の癒着を防止するために、癒着が発生する可能性がある組織を覆い、保護する目的で、従来から癒着防止膜が実用化されている。
【0003】
現在、手術後の組織癒着、治癒の遅延を避けるための処置の例として、外科手術中に、生理食塩液に浸漬したガーゼで臓器等の組織を被覆する処置が行われている。しかし、乾燥・酸化ストレスを受け得る露出環境から保護するよう、十分な被覆状態に保つことが困難であり、また、ガーゼが手術操作の障害になるという問題がある。
一方、生体組織を物理的に分離するために、シリコン、テフロン、ポリウレタン、酸化セルロース等を癒着防止膜として用いる方法が行われている。しかし、これらの材料は非吸収性材料であるために、生体組織面に残存し、組織の修復を遅らせるばかりではなく、感染、炎症の発生原因となっている。
【0004】
このような問題を解決するため、生体吸収性が期待できるゼラチンやコラーゲンを用いた癒着防止材料が報告されている(特許文献1及び2参照)。しかしながら、ゼラチンやコラーゲンを用いた場合には、抗原性を有するテロペプチド部分の除去が困難であるという問題があり、また、プリオン混入など動物由来の感染症の危険性があるため、生体に使用することは避けたほうがよい。さらに、強度を得るためや分解性を制御するために加える架橋剤が、生体内での使用に好ましくない場合が多い。
一方、天然高分子では皮膚への親和性が高いが、強度が低い等の問題があった。そのため、天然高分子では、架橋剤による架橋体や、強度補強材の使用やガーゼ等で包むことで、強度を確保する必要があった。強度補強材を使用した場合には、構造が複雑になることが多く実用的でない。
また、感染症の危険がない多糖類を使用した癒着防止材についても報告がある(特許文献3)。しかしながら、多糖類を使用した材料では強度が足りず、術後に体内に残すために縫合したい場合に、強度不足で縫合がしにくいという問題がある。また縫合できたとしても、縫合状態をある程度の期間維持することは難しい。
【0005】
このように、組織の癒着防止に関する材料に関しての報告は数多いが、癒着防止材料として十分な性能を有する材料は得られていない。すなわち、上記のような問題を生じさせずに、組織が修復するまでの期間癒着を防止し、組織修復するまで強度が維持される材料が求められている。
【0006】
【特許文献1】特許4295482号公報
【特許文献2】特許4378442号公報
【特許文献3】特許3796165号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、取扱性に優れ、細胞接着抑制効果及び縫合に対する強度に優れる癒着防止材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、シルクフィブロイン多孔質体がその材料として好適であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち本発明は、
(1)シルクフィブロイン多孔質体を用いた癒着防止材、
(2)前記多孔質体が、多孔質層と該多孔質層の一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有する上記(1)に記載の癒着防止材、
(3)前記多孔質体が、多孔質層とその両面に細孔を有しないフィルム層を有する上記(1)に記載の癒着防止材、
(4)前記多孔質体が、多孔質層のみからなる上記(1)に記載の癒着防止材、及び
(5)前記多孔質体の引張り強度が1〜400kPaである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の癒着防止材、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の癒着防止材を用いることで、術中の安全性を確保し、術後の生体組織間の癒着を防止することができる。また、本癒着防止材は、強度に優れるために縫合できること、必要な部位に固定化でき、かつ熱安定性に優れるためにオートクレーブによる滅菌を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図4】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図10】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図11】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図12】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図13】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図14】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図15】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図16】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図17】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図18】本発明の多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図19】平面培養していた線維芽細胞培養ディッシュにシルクフィブロイン多孔質体を静置した様子を示す図である。
【図20】シルクフィブロイン多孔質体表面に線維芽細胞を播種し、細胞を2週間培養した後の様子を示す図である。
【図21】ゼラチンスポンジに線維芽細胞を播種し、細胞を2週間培養した後の様子を示す図である。
【図22】本発明のシルクフィブロイン多孔質体を(シルクスポンジディスク)を植埋した際の癒着性試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の癒着防止材は、シルクフィブロイン多孔質体を用いることを特徴とする。
ここで、シルクフィブロイン多孔質体とは、シルクフィブロインを含む、好ましくは、10〜300μmの平均細孔径を有する多孔質体をいう。
【0012】
該シルクフィブロイン多孔質体の引張り強度は、1kPa〜400kPaであることが好ましい。1kPa以上であれば、十分な強度があり、癒着防止材として取扱いが容易である。一方、400kPa以下であれば、臓器への密着性が保たれる。以上の観点から、引張り強度は40kPa〜300kPaであることがより好ましく、80kPa〜200kPaであることがさらに好ましい。
【0013】
また、本発明の癒着防止材は、吸水した水分を保持する保水率が高いことが好ましい。保水率が高いことで、吸収した滲出液が流出することが無い。より具体的には、保水率が85〜100%であることが好ましい。保水率が85%以上であれば、滲出液を保持して、漏出液が流れ出すことが少ない。以上の点から、シルクフィブロイン多孔質体の保水率は、87〜100%がより好ましく、90〜100%がさらに好ましい。
(保水率の算出方法)
なお、保水率は次のように測定した。多孔質体を60×30×20mmに成形し、測定試料とし、純水中に十分浸漬した試料の重さを測定する(Wc)。これを再度純水中に十分浸漬し、表面を純水で濡らしたガラス製の平板(松浪ガラス製MSAコートマイクロスライドガラス、76×52mm)を45度傾けて設置し、その上に一番広い面(60×30mm面)を下にして長尺方向を上下になるように載せ、10分間静置する。その後、試料の重さを測定する(Wd)。
保水率(%)=100−(Wc−Wd)×100/(Wc)
【0014】
多孔質層の吸水速度は0.1〜1000μl/sであることが好ましく、1〜100μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは20〜30μl/sである。吸水速度が0.1μl/s以上であれば、滲出液を速やかに吸収して、癒着防止材の外に漏らすことが少ない。吸水速度が1000μl/s以下であれば、滲出液を過剰に癒着防止材に吸収するの防ぎ、患部の湿潤状態を保てる。また、蒸発速度は0.01〜0.2g/m2・sであることが好ましく、0.03〜0.15g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.06〜0.1g/m2・sである。蒸発速度が0.01以上であれば、漏出液を継続的に癒着防止材が吸収できる状態に保てる。蒸発速度が0.2g/m2・s以下であれば、患部を効率的に湿潤状態に保てる。ここで、吸水速度及び蒸発速度は以下のようにして得られる値である。多孔質層の吸水速度及び蒸発速度が上記範囲内であると、本発明の効果が良好となる。
【0015】
(吸水速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層)に純水を100μl滴下し、吸収されるまでの時間を測定した。吸水速度は、測定した時間を用いて、下記の式より算出した値である。測定は5回行い、その平均値を吸水速度とした。
吸水速度(μl/s)=純水滴下量/吸水に要した時間
(蒸発速度の算出方法)
シルクフィブロイン多孔質体(多孔質層)を48時間純水中に浸漬し、完全に吸水させた後、温度:40℃、相対湿度:50%の条件に設定した恒温恒湿槽中で金網上に静置し、10分経過までは1分ごとに、10分以降は2分ごとにその重量を測定し、その変化を水の蒸発量の変化とした。蒸発速度は、静置して1分後から30分までの蒸発量の変化から下記の式より算出した値である。
蒸発速度(g/m2・s)=(蒸発量の変化)/多孔質体表面積
【0016】
本発明の癒着防止材はシート状であることが好ましく、シートの形状は、患部に合わせて、その大きさ、形を任意に設定することができる。また、シートの厚さについても、傷面の深さや滲出液の量に応じて、任意の厚さを設定することができる。
また、本発明におけるシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質層と、その一方の面又は両面に細孔を有しないフィルム層を有していてもよく、一方、シルクフィブロイン多孔質体が多孔質層のみからなっていてもよい。
【0017】
上記細孔を有しないフィルム層は、実質的に細孔を有しない層であって、細孔を有しない、又は多孔質層と比較して極めて細孔の少ない層である。このようなフィルム層を有することにより、細孔を経由して滲出液等の液体が移動する速度、及び拡散する速度が遅くなるため、液透過性が低くなる。この滲出液中に含まれる活性物質が癒着原因であることが多いため、これらの物質の移動拡散を抑えるフィルム層は重要である。
フィルム層は表面が面積比で10%以下の細孔を有し、多孔質層は表面が面積比で50〜98%の細孔を有するものであると好ましい。また、フィルム層は、その細孔直径が0.5μm以上の細孔が20個/mm2以下(より好ましくは、10個/mm2以下)であると好ましい。ここで、表面の細孔の面積比、細孔の個数及び細孔直径は、走査型電子顕微鏡写真を画像解析ソフトImageJ(アメリカ国立衛生研究所製)を用いて画像処理することで測定したものである。
また、フィルム層の吸水速度は、0.1〜3.5μl/sであることが好ましく、1.5〜3.5μl/sであることがより好ましく、さらに好ましくは2〜3.5μl/sである。
さらに、フィルム層の蒸発速度は、0.03〜0.07g/m2・sであることが好ましく、0.03〜0.06g/m2・sであることがより好ましく、さらに好ましくは0.03〜0.05g/m2・sである。吸水速度及び蒸発速度が上記範囲内であると、本発明の効果が良好となる。
【0018】
本発明の癒着防止材としては、多孔質層と、その一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有するシルクフィブロイン多孔質体が好ましい。その使用方法としては、患部側に多孔質層が接し、患部とは反対側の対向面にフィルム層を有することが好ましい。また、フィルム層の細孔の数は制御することができ、必要に応じて少量の細孔を有するフィルム層とすることもできる。
また、フィルム層は、細孔が極めて少ないために、表面が平滑であり、細胞接着性等が低く、他の生体組織との癒着を抑えることや、フィルム層の液透過性を制御することで薬剤の放出速度を制御することが可能である。また、患部面に多孔質層があるために、患部からの滲出液を吸収することができる。
また、本発明の癒着防止材は、上述のようにその多孔質層が滲出液を保持する機能を持つが、さらに、これに薬剤を含ませることで、創傷の治癒を促進する機能を持たせることができる。例えば、殺菌剤、抗生物質、生理活性物質などを、多孔質層に含浸もしくは塗布することで、治癒を促進させることができる。
【0019】
一方、本発明の癒着防止材が、多孔質層とその両面に細孔を有しないフィルム層を有する多孔質体で構成される場合には、上述のような患部からの滲出液を吸収する機能及び薬剤を含ませる機能を付与することはできないが、他の臓器等との癒着防止効果は十分にあるため、患部からの滲出液が少ない場合などには、本発明の効果を十分に奏し得るものである。
一方、本発明の癒着防止材が、多孔質層のみからなる多孔質体により構成される場合には、患部からの滲出液が該多孔質層を通過して、反対側に滲出することが想定されるが、該癒着防止材は多孔質層自体でも、十分な保水性を有するので、本発明の効果を十分に奏するものである。
【0020】
本発明の癒着防止材は、粘着テープ等で固定することもできるが、シルクフィブロイン多孔質体自身に十分な強度があるので、縫合糸を用いて固定することが可能である。
また、シルクフィブロイン多孔質体は、乾燥することで、硬く、脆くなるが、体内で使用した場合には体液が存在し乾燥することがないので、この点については問題が発生しない。
【0021】
次に、シルクフィブロイン多孔質体の製造方法について説明する。
本発明で用いられるシルクフィブロイン多孔質体は、シルクフィブロイン水溶液に特定の添加剤を加えて、該水溶液を凍結させ、次いで融解させることにより製造することができる。
ここで用いられるシルクフィブロインは、家蚕、野蚕、天蚕等の蚕から産生されるものであればいずれでもよく、その製造方法も問わない。本発明におけるシルクフィブロイン多孔質体の製造においては、シルクフィブロイン水溶液として用いるが、シルクフィブロインは溶解性が悪く、直接水に溶解することが困難である。シルクフィブロイン水溶液を得る方法としては、公知のいかなる手法を用いてもよいが、高濃度の臭化リチウム水溶液にシルクフィブロインを溶解後、透析による脱塩、風乾による濃縮を経る手法が簡便である。
シルクフィブロイン多孔質体の製造方法において、シルクフィブロインの濃度は、脂肪族カルボン酸を添加したシルクフィブロイン溶液中で0.1〜40質量%であることが好ましく、0.5〜20質量%であることがより好ましく、1〜12質量%であることがさらに好ましい。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を効率的に製造することができる。
【0022】
前記添加剤としては、水溶性有機溶媒や、脂肪族カルボン酸、アミノ酸が挙げられる。添加剤としては、特に制限はないが、水溶性のものが好ましい。また、シルクフィブロイン多孔質体の製造において用いられる脂肪族カルボン酸としては、pKaが、5.0以下のものが好ましく、3.0〜5.0のものがより好ましく、3.5〜5.0のものがさらに好ましい。
【0023】
水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール、グリセロール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、アセトン、アセトニトリル等が挙げられる。
【0024】
脂肪族カルボン酸としては、たとえば、炭素数1〜6の飽和または不飽和のモノカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸を好ましく用いることができ、例えば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、コハク酸、乳酸、アクリル酸、2−ブテン酸、3−ブテン酸等が挙げられる。これらの脂肪族カルボン酸は、単独あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
【0025】
アミノ酸としては、特に制限はないが、例えば、バリン、ロイシン、イソロイシン、グリシン、アラニン、セリン、スレオニン、メチオニン等のモノアミノカルボン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸等のモノアミノジカルボン酸(酸性アミノ酸)などの脂肪族アミノ酸、フェニルアラニン等の芳香族アミノ酸、ヒドロキシプロリン等の複素環を有するアミノ酸などがあげられ、中でも形状の調整が容易な観点から酸性アミノ酸や、ヒドロキシプロリン、セリン、スレオニン等のオキシアミノ酸が好ましい。同様な観点で、酸性アミノ酸の中でもモノアミノカルボン酸がより好ましく、アスパラギン酸やグルタミン酸が特に好ましく、オキシアミノ酸の中でもヒドロキシプロリンがより好ましい。これらのアミノ酸は、いずれか1種を単独で、あるいは2種以上組み合わせて使用することができる。
なお、アミノ酸には、L型とD型の光学異性体があるが、L型とD型を用いた場合に、得られる多孔質体に違いが見られないため、どちらのアミン酸を用いてもよい。
【0026】
シルクフィブロイン水溶液に添加する水溶性添加剤の量は、0.01〜18.0質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1〜5.0質量%であり、さらに好ましくは0.5〜4.0質量%である。この範囲内に設定することで、十分な強度を持った多孔質体を製造することができる。また、18.0質量%以下であれば、シルクフィブロイン水溶液に添加剤を添加したシルクフィブロイン溶液を静置する際、該溶液がゲル化しにくく、安定して均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体が得られる。また、アミノ酸の配合量は、フィブロインに対して、1〜500質量%であることが好ましく、5〜50質量%であることがより好ましく、10〜30質量%であることがさらに好ましい。
【0027】
次に、上記添加剤が加えられたシルクフィブロイン水溶液を型あるいは容器に流し込み、低温恒温槽中に入れて凍結させ、次いで融解することによって、シルクフィブロイン多孔質体を製造する。凍結温度は、添加剤を含有させたシルクフィブロイン溶液が凍結する温度であれば特に制限されないが、−10〜−30℃程度が好ましい。また、凍結時間は、十分に凍結し、かつ凍結状態を一定時間保持できるよう、所定の凍結温度で4時間以上であることが好ましい。なお、凍結の方法としては、シルクフィブロイン溶液を一気に凍結温度まで下げて凍結してもよいが、一旦、−5℃程度に2時間程度保持して過冷却状態とし、その後、凍結温度まで下げて凍結することが、力学的強度の高い多孔質体を得る上で好ましい。−5℃から凍結温度までにかける時間を調整することで、多孔質体の構造や強度をある程度制御することが可能である。
その後に、凍結したシルクフィブロイン溶液を、融解することによってシルクフィブロイン多孔質体が得られる。融解の方法は特に制限はないが、自然融解のほか、恒温槽内に保持する方法などが挙げられる。
【0028】
得られた多孔質体には添加剤が含まれるが、用途に応じて、添加剤を除去する必要がある場合には、適当な方法で多孔質体から添加剤を除去して用いることができる。たとえば、多孔質体を、純水中に浸漬して、添加剤を除去することが最も簡便な方法として挙げられる。あるいは、多孔質体を凍結乾燥することによって、添加剤と水分を同時に除去することが可能である。
【0029】
シルクフィブロイン多孔質体は、スポンジ状の多孔質構造を有しており、通常この多孔質体には凍結乾燥等により水除去を行わなければ水が含まれ、含水状態で堅い構造物である。また、多孔質体を凍結乾燥することにより、シルクフィブロイン多孔質体の乾燥品を得ることができる。
【0030】
このシルクフィブロイン多孔質体は、多孔質体作製時の型や容器を適宜選択することにより、フィルム状、ブロック状、管状、球状等、目的に応じた形状とすることができる。型や容器としては、シルクフィブロイン溶液が流出しない形状・形態のものであれば制限はなく、その素材としては、鉄、ステンレス、アルミニウム、金、銀、銅などの熱伝導率が高い素材を用いることが、均一な構造のシルクフィブロイン多孔質体を得る観点から好ましい。また、型や容器の壁の厚さは、その機能と凍結の際の膨張などによる変形などを防止する観点から、0.5mm以上であることが好ましく、取り扱いが容易で、冷却効率的な観点から、より好ましくは1〜3mmである。
【0031】
また、ここで用いられる型や容器は、前記フィルム層の構造や厚さを制御することを目的として、その内側のシルクフィブロイン溶液と接する内壁面に、シートを設けることができる。
該シートとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などのフッ素樹脂からなるシート、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)やポリプロピレン(PP)などからなる離型処理されたシートなどが好ましく挙げられる。これらのシートを用いた場合、細孔が少なく平滑なフィルム層を得ることができる。これらのシートの採用については、多孔質体の用途に応じて、適宜選択すればよい。
また、シートは、熱伝導を阻害しにくい厚さ1mm以下のものを用いることが好ましい。
【0032】
このシルクフィブロイン多孔質体は、上記した融解する工程に次いで、切削工程を経て得られる。また、本発明の癒着防止材として好適なシート形状において、一面のみにテフロンシートなどのシートをその内壁面に設け、その他の面の内壁面にろ紙を設けた型あるいは容器を用い、一面のみにフィルム層を有する多孔質体を得ることもできる。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
実施例1
シルクフィブロイン水溶液は、フィブロイン粉末(KBセーレン社製、商品名:「フィブロインIM」)を9M臭化リチウム水溶液に溶解し、遠心分離で不溶物を除去したのち、超純水に対して透析を繰り返すことによって得た。得られたシルクフィブロイン水溶液を透析チューブ中で風乾し濃縮した。この濃縮液に蟻酸水溶液を添加し、シルクフィブロイン濃度が5質量%、蟻酸濃度が2質量%であるシルクフィブロイン溶液を調製した。
このシルクフィブロイン溶液をアルミ板で作製した型(内側サイズ;80mm×40mm×4mm)に流し込み、低温恒温槽(EYELA社製NCB−3300)に入れて凍結保存した。
凍結は、予め低温恒温槽を−5℃に冷却しておいて低温恒温槽中にシルクフィブロイン溶液を入れた型を投入して2時間保持し、その後−20℃に冷却後5時間保持した。凍結した試料を自然解凍で室温に戻してから、型から取り出し、超純水に浸漬し、超純水を1日2回、3日間交換することによって、使用した蟻酸を除去した。さらに、型の側面に接していた4面のフィルム層を切削して取り除き、多孔質層の部分で切断して、多孔質層の一方の面のみにフィルム層を有するシルクフィブロイン多孔質体を得た。
【0034】
(力学特性の測定方法)
得られたシルクフィブロイン多孔質体の力学的特性を、INSTRON社マイクロテスター5548型を用いて評価した。作製したシルクフィブロイン多孔質体から40mm×4mm×4mmの試験片を切り出し、この試験片を2mm/minの条件で引っ張った際の最大破断強度(引っ張り強度)と最大ひずみ(伸び)を測定した。また、強度とひずみをグラフ化した時の傾きから弾性率を求めた。その結果を表1に示す。なお、測定結果は、作製した多孔質体から5点の試験片を作製し、さらに異なる日に作製した多孔質体から5点の試験片を切り出し、それら10点について測定を行った平均値を示している。
【0035】
また、得られたシルクフィブロイン多孔質体の構造を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。走査型電子顕微鏡は、Philips社製XL30−FEGを使用して、低真空無蒸着モード、加速電圧10kVで測定を行った。なお、シルクフィブロイン多孔質体の構造は、多孔質体の表面ではなく、多孔質体を切断して露出させた内部を観察した。得られた多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真を図1に示す。
【0036】
実施例2〜18
実施例1において、蟻酸に代えて、それぞれ表1〜3に記載する添加剤を用いたこと以外は実施例1同様にして、シルクフィブロイン多孔質体を得た。その力学的特性、保水率、吸水速度及び蒸発速度の評価結果を表1〜3に示す。また、得られた多孔質体の断面の走査型電子顕微鏡写真を、それぞれ図2〜18に示す。
尚、保水率、吸水速度及び蒸発速度は、前述のようにして測定した。
【0037】
実施例19〜20
実施例1において、それぞれ表2に記載する材質の型を用いたこと以外は実施例1同様にして、シルクフィブロイン多孔質体を得た。その吸水速度の測定結果を表2に示す。
【0038】
比較例1
市販のポリウレタンスポンジ(住友スリーエム社製)を用い、測定用サンプル(60mm×30mm×20mm)に切り出し、保水率を測定した。その結果を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
[型の材質]
A:アルミニウム板(テフロンシートあり)
B:鏡面仕上げアクリル板(テフロンシートなし)
C:鏡面仕上げポリスチレン板(テフロンシートなし)
【0043】
図1から、実施例1で作製したシルクフィブロイン多孔質体を構成する多孔質層は、比較的薄い壁と数十μmの空孔を有することがわかる。実施例2〜18で作製したシルクフィブロイン多孔質体の断面(図2〜18)についても、ほぼ同様の走査型電子顕微鏡写真が得られた。
また、実施例2、5、6及び11で作製したシルクフィブロイン多孔質体の保水率は、98%〜99%の範囲にあることが分かった。
【0044】
実施例21
アルミ板で作製した型のサイズを130mm×80mm×12mm(内側サイズ)としたこと以外、実施例6と同様にして、シルクフィブロイン多孔質体を製造した。
本発明のシルクフィブロイン多孔質体の安全性に関する非臨床試験の一環として、皮内反応試験、皮膚一次刺激性試験及び皮膚感作性試験を行った。なお、本試験は、「申請資料の信頼性の基準」(薬事法施行規則第43号)を基準として、「医療用具の製造(輸入)承認申請に必要な生物学的安全性試験の基本的考え方について」(2003年2月13日付医薬審発第0213001号)と、「生物学的安全性試験の基本的考え方に関する参考資料について」(2003年3月19日付医療機器審査No.36)に従い行った。
【0045】
(皮内反応試験)
実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体を5mm×5mm×5mmのサイズに切り出して試験片とした(多孔質層のみからなるフィブロイン多孔質体)。
次に、シルクフィブロイン多孔質体シートの生理食塩液抽出液及びゴマ油抽出物をウサギ3匹の背部に皮内投与し、局所刺激性(組織障害性および炎症誘起性)の有無について検討した。具体的には、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体から切り出された上記試験片に生理食塩液又はゴマ抽を加え、オートクレーブ内で120℃、1時間の条件で抽出し、各試験液とした。また、抽出溶媒(生理食塩液又はゴマ油液)のみを同様な条件で処理し、対象液とした。ウサギ1匹につき、試験液及び対照液をそれぞれ0.2mLずつ背部の5ヶ所に皮内投与した。生理食塩液抽出による試験液では、全例で皮内反応は認められず、「刺激性無し」と判断された。一方、ゴマ油抽出による試験液では、3例中2例に投与後24時間からごく軽微な紅斑が認められた。この紅斑は対照液であるゴマ油でも見られ、対照液と同等であった。一次刺激係数は0.0以下を示し、「無視できる程度の刺激性」と判断された。
【0046】
(皮膚一次刺激性試験)
上記皮内反応試験で用いられた各試験液及び対象液を用いて、局所刺激性(組織障害及び炎症誘起性)の有無について検討した。投与は、1溶媒あたり雄ウサギ6匹を用い、1匹につき、試験液及び対象液をそれぞれ背部の無傷皮膚、擦過傷皮膚に0.5mLずつ投与した。
生理食塩液抽出による試験液では、6例中3例で投与後1時間からごく軽度または軽微な紅斑が認められた。この紅斑は対象液である生理食塩液でもみられ、対象液と同等であった。なお、一次刺激性指数は0.3であり、「無視できる程度の刺激性」と判断された。
ゴマ油液による抽出液では、6例中4例で投与後1時間からごく軽度な紅斑が認められた。この紅斑は対象液であるゴマ油液でもみられ、対象液と同等であった。なお、一次刺激性指数は0.1であり、「無視できる程度の刺激性」と判断された。
【0047】
(皮膚感作性試験)
Maximization Test法により、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体のメタノール抽出液について、雄性モルモット10匹を用いて、モルモット皮膚に対する感作性の有無を検討した。
皮膚感作性試験前に、適切な抽出溶媒を決めるために、アセトンとメタノールを用いて抽出率を算出した。その結果、アセトンよりもメタノールの方が高い抽出率を示したために、皮膚感作性試験に用いる抽出溶媒をメタノールとした。
実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体から切り出された上記試験片に、メタノール10mLを加え、室温で恒温浸とう培養機を用いて抽出した。抽出は24時間以上行った。対照群として、オリーブ油で感作する陰性対照群、及び1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼンで感作する陽性対照群を設けた。各対照群の動物数はそれぞれ5匹とした。
試験液投与群及び陰性対照群とも、抽出液の6.25、12.5、25、50、100%液並びにアセトンで惹起した結果、惹起後24、48及び72時間のいずれの観察時期においても皮膚反応は見られなかった。
一方、陽性対照群では、0.1%1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼンの惹起により、5例全例で惹起後、24,48及び72時間後に明らかな陽性反応が認められた。
この試験結果から、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体には、皮膚感作性を示す物質は存在しないと判断された。
このように、実施例21により製造されたシルクフィブロイン多孔質体は、「無視できる程度の皮膚刺激性」と「皮膚感作性を示す物質は存在しない」ことにより、安全性が高く、本発明の癒着防止材として好適に使用できることが確認された。
【0048】
実施例22
シルクフィブロイン多孔質体の細胞に対する有害性の無いことを確認するために、あらかじめ平面培養していた線維芽細胞培養ディッシュにシルクフィブロイン多孔質体を静置した。シルクフィブロイン多孔質体自身またはシルクフィブロイン多孔質体から溶出する成分が細胞に対して毒性がある場合、シルクフィブロイン多孔質体を中心とした線維芽細胞の脱離、もしくは培養された細胞全体の脱落が生じるはずである。
しかしながら、図19に示したように、シルクフィブロイン多孔質体の表面自身に細胞毒性を持つことが無く、静置されたシルクフィブロイン多孔質体の周囲にまで細胞が遊走・接近し、阻止円を作る様な現象は認められなかった。なお、図中上部(濃色部分)がシルクフィブロイン多孔質体側である。
【0049】
毒性の無いことを確認した上で、次にシルクフィブロイン多孔質体表面に線維芽細胞を播種し、常法に従って細胞を2週間培養した。シルク表面に播種された細胞は、一定期間後にディッシュまで遊走し、ディッシュ表面が線維芽細胞で培養されたことを確認の上で、シルクフィブロイン多孔質体を取り出し組織染色を行った。先の検討の様に毒性を持たないこのような本素材は、細胞親和性に優れ、本素材の多孔質体の細孔中やシルクフィブロイン多孔質体の表面に細胞が遊走・伸展・増殖することが予想されたが、図20に示す様に、シルクフィブロイン多孔質体表面には線維芽細胞の接着とそれに伴う増殖、多孔質体の孔中への遊走と増殖は認められなかった。なお、図中色の濃い部分が線維芽細胞である。
【0050】
そこで、シルクフィブロイン多孔質体と同等の空隙率を持つブタコラーゲンから精製して得た止血材料であるゼラチンスポンジ(アステラス製薬、スポンゼル)に対しても同様の比較実験を行った。図21に示したように、その細胞親和性は極めて高く、空隙内に細胞が遊走伸展して、増殖していた。この場合、ゼラチンスポンジは創傷面の止血、欠損部位への充填には用いることはできるが、その細胞接着性から創傷部周囲との癒着を避けることができない。
一方、シルクフィブロイン多孔質体は細胞毒性が無く、同時に組織親和性に富んでいるにも拘らず細胞接着性に乏しいために、周囲組織との相互作用を持つこと無く損傷部位の組織修復に伴った周囲健常組織との相互作用(癒着)を防止できる。このことは、シルクフィブロイン多孔質体が優れた癒着防止材としての機能を果たすメカニズムである。なお、ゼラチンフィルムと称される癒着防止フィルムが市販されているが、該ゼラチンフィルムも細胞接着性が高く、ゼラチンフィルム自身が介在して両側組織を癒着に導く。
【0051】
これらの結果を踏まえ、マウス皮下に、本発明の癒着防止材(シルクスポンジディスク化したもの)を植埋し異物ならびに癒着性試験について検討した。図22に示したように、本発明の癒着防止材は、動物実験に於いて、植埋部位の片側側への接着を認めるが、両側粘膜への接着(癒着)を認めず、優れた癒着防止効果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の癒着防止材によれば、外科手術中の生体組織の保護や術後の生体組織間の癒着を抑えることができ、取り扱いが容易であり、強度が高く、患部を安定的に保護することが可能となる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シルクフィブロイン多孔質体を用いた癒着防止材。
【請求項2】
前記多孔質体が、多孔質層と該多孔質層の一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有する請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項3】
前記多孔質体が、多孔質層とその両面に細孔を有しないフィルム層を有する請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項4】
前記多孔質体が、多孔質層のみからなる請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項5】
前記多孔質体の引張り強度が1〜400kPaである請求項1〜4のいずれか1項に記載の癒着防止材。
【請求項1】
シルクフィブロイン多孔質体を用いた癒着防止材。
【請求項2】
前記多孔質体が、多孔質層と該多孔質層の一方の面のみに細孔を有しないフィルム層を有する請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項3】
前記多孔質体が、多孔質層とその両面に細孔を有しないフィルム層を有する請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項4】
前記多孔質体が、多孔質層のみからなる請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項5】
前記多孔質体の引張り強度が1〜400kPaである請求項1〜4のいずれか1項に記載の癒着防止材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2012−80917(P2012−80917A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227043(P2010−227043)
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月6日(2010.10.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【Fターム(参考)】
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