説明

発光分光分析方法

【課題】スパーク放電式発光分光分析方法を用い、鋼材中に分散しているアルミナ介在物の粒径分布を従来よりも簡便に測定する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】不活性ガス雰囲気中で、金属試料と対電極との間で多数回のスパーク放電を起こして発光を分光測定し、放電ごとにO、Al、Feの固有スペクトル線の発光強度を測定して、O/Fe、Al/Fe発光強度比を計算し、O/Fe発光強度比の統計値である標準偏差(σ)および全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を求め、O/Fe発光強度比の3σ以上の放電であって、かつ、Al/Fe発光強度比から全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値が正になる放電をアルミナに起因する放電とみなして、前記Al/Fe発光強度比からAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値によりアルミナ介在物の粒径を求め、金属試料中に存在するアルミナ介在物の粒径分布を得ることを特徴とする金属中のアルミナ介在物の粒径分布測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物系介在物(以下、単に介在物という)の粒径分布測定方法に関し、特に、発光分光分析法を利用して、簡便、迅速、正確に測定する鋼材の品質管理用試験及び検査に好適な金属中に存在する介在物の粒径分布測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造で作られる鋼材鋳片は、内部に種々の粒径の介在物が存在しており、その介在物の粒径は鋼材の品質特性に大きく影響するので、当該粒径分布を評価することは非常に重要である。特に、軸受用鋼材、深絞り用鋼材等の鋼製品では、例えば粒径1μm以上の比較的大きい介在物が鋼材中に多量に存在すると、それを起点に割れが生じ易く、また、これらを用いた鋼製品の疲労特性が著しく低下する。
【0003】
そのため、これら鋼製品は高い清浄度が要求され、製鋼段階の各工程において、鋼中介在物の組成と粒径分布とを正確、且つ迅速に把握し、評価する必要がある。
【0004】
従来、鋼中介在物の存在状態の評価方法としては、(1)顕微鏡試験方法(JIS G0555)、(2)レーザー回折法(臭素−メタノール法や温硝酸法などのように化学分析手法によって介在物を鋼中から抽出した後、試料にレーザー光を照射し、その回折像から粒径分布を求める方法)、(3)電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いる方法などが知られていたが、いずれも測定の迅速性に欠けるという大きな欠点があった。
【0005】
そこで、鋼材中の介在物の粒径分布を迅速に評価するために、スパーク放電式発光分光分析法が提案されており、種々の改良法が検討されている(例えば特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−156520号公報
【特許文献2】特開2005−265544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、2においては、アルミナ介在物の粒径を求める際に、アルミナ介在物からの発光強度比をアルミナの質量に変換する必要があり、そのためには1放電あたりの金属試料の蒸発質量を求めることが必要であった。
【0008】
さらに、この1放電当たりの金属試料の蒸発質量を知るには、多数回の放電を実施することにより放電前後の質量差を放電数で除して求めることが必要であった。しかしながら、この方法では、多数回の放電後でもその質量差が数mgと非常に小さく質量差の測定誤差が生じやすいという問題があった。さらに、装置の日間変動により、蒸発量が変動する可能性があるため、介在物の正確な粒径の導出を工程的に管理する場合、定期的な蒸発量の測定による校正が必要となり、このことは、新たな作業工程の増加の原因および分析効率化を阻害する要因となる。
【0009】
本発明は、上記問題を解決し、スパーク放電式発光分光分析方法を用い、鋼材中に分散しているアルミナ介在物の粒径分布を従来よりも簡便に測定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上述の課題は、以下の構成により解決されることを見出した。
すなわち、本発明に係る鋼材中のアルミナ介在物の粒径分布測定方法とは、(1)不活性ガス雰囲気中で、金属試料と対電極との間で多数回のスパーク放電を起こして発光を分光測定し、放電ごとにO、Al、Feの固有スペクトル線の発光強度を測定して、O/Fe、Al/Fe発光強度比を計算し、O/Fe発光強度比の統計値である標準偏差(σ)および全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を求め、O/Fe発光強度比の3σ以上の放電であって、かつ、Al/Fe発光強度比から全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値が正になる放電をアルミナに起因する放電とみなして、前記Al/Fe発光強度比からAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値によりアルミナ介在物の粒径を求め、金属試料中に存在するアルミナ介在物の粒径分布を得ることを特徴とする金属中のアルミナ介在物の粒径分布測定方法。
【0011】
さらに、(2)アルミナ介在物の粒径を求める際に、Al/Fe発光強度比(I)とAl濃度(N)の関係式、I=aN+bでのa,bを用い、アルミナ介在物の粒径が(I/a−b/a)1/3に比例することを用いて、前記アルミナ介在物の粒径を求めることを特徴とする前記(1)に記載の金属中のアルミナ介在物の粒径分布測定方法、である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、スパーク放電式発光分析法を用いて、金属中の介在物の粒径分布を従来法よりも正確かつ迅速に測定できる。ひいては、分析業務の効率化、精錬工程での歩留まりの向上、製造コスト低減に大きな効果が期待できる。さらには、アルミナ介在物の粒径分布を求めるにあたり、1放電当たりの金属試料の蒸発質量を求めることなく、鋼材中に存在するアルミナ介在物の粒径分布を、簡便に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明方法の一実施形態である測定装置の模式図。
【図2】本発明法及びレーザー回折法により測定したアルミナ介在物の粒径分布。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明にかかる発光分光分析方法について、詳細に説明する。
まず、鉄と、アルミナ介在物と、鉄に固溶したアルミニウムとを含有する鋼材を用意し、不活性ガス雰囲気中で前記鋼材と対電極との間で多数回にわたってスパーク放電を起こして発光を分光測定して、各回の放電ごとに鉄およびアルミニウムの固有スペクトル線強度を測定する。
【0015】
不活性ガス雰囲気中としたのは外乱を極力防ぎ、大気中の酸素の影響を排除し、酸素および、その他元素の発光強度を正確に測定するためであり、スパーク放電を用いたのは高感度で迅速分析に適しているからである。
【0016】
本発明方法は、光電子増倍管を具備し複数元素を同時に測定する形式(マルチチャンネル型)の固体発光分光分析装置を用いて実施される。多数回(たとえば2000回)の放電の周波数としては200から600ヘルツ程度が好ましい。
【0017】
このとき、1回の放電で得られるアルミニウムの固有スペクトル線強度には、アルミナ介在物に起因するものと、マトリクスである鉄に固溶しているアルミニウムに起因するものとが含まれる。したがって、アルミニウムの固有スペクトル線強度から固溶アルミニウムによる寄与分を除外し、アルミナ介在物による寄与分とする必要がある。
【0018】
そこで、まず、O、Al、Feの固有スペクトル線の発光強度を測定して、O/Fe、Al/Fe強度比を計算し、O/Fe、Al/Fe発光強度比を計算し、O/Fe発光強度比の統計値である標準偏差(σ)および全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を求める。
【0019】
ここで、O/Fe発光強度比の統計値である標準偏差(σ)は、各放電について、各O/Fe発光強度比と全O/Fe発光強度比の平均値との差を求め、それらの差を二乗し算術平均した値の平方根として求めることができる。全放電のAl/Fe発光強度比の中央値は、各放電のAl/Fe発光強度比の値を高低順に並べ、その順番が中央にくる値として求めた。
O/Fe発光強度比の3σ以上の放電はアルミナに起因する放電であるとみなしたのは、アルミナ介在物が存在しない鋼中領域からの放電の約99.7%が統計的に3σ以内に入るためである。
【0020】
また、Al/Fe発光強度比から全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値が正になる放電をアルミナに起因する放電とみなした。ここで、Al/Fe発光強度比の中央値をアルミナの存在しないマトリックス領域のA1/Fe発光強度比としている。アルミナの存在しないマトリックス領域のAl/Fe発光強度比として、Al/Fe発光強度比の平均値でなく中央値を用いた理由として、Al/Fe発光強度比の平均値はアルミナ介在物の量によって変動するが、中央値の場合は、Al/Fe発光強度比順の順番が中央の値であるので、介在物量の影響を受けず、介在物の存在しないマトリックス領域を代表するAl/Fe発光強度比を得ることができるため、各放電から中央値を引いた値が正になる放電は介在物からの発光を含むとしてよいと判断した。
【0021】
アルミナ介在物の粒径を計算するのは次の手順による。まず、アルミナ介在物とする抽出放電のAl/Fe発光強度比に対して、全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を引きアルミナ介在物とみなした分からのAl/Fe発光強度比を求め、検量線によりアルミニウム蒸発重量に換算する。そのアルミニウム蒸発重量をアルミナ蒸発重量相当に換算し、アルミナ蒸発重量をアルミナの密度で除すことによって1個のアルミナ介在物の体積を算出し、アルミナ介在物を球形とみなしてその体積から粒径を算出する。
【0022】
ここで、アルミナ介在物の体積は、アルミナ質量と比例関係にあり、アルミナ質量はアルミニウム質量と比例関係にある。また、アルミニウム質量(M)は、1放電あたりの蒸発量(m)にアルミニウム濃度(N)を乗ずることにより求められる。さらに、Al/Fe発光強度比(I)は、検量線によりI=a×N+b(a:傾き、b:切片)の関係で表されるので、N=(I−b)/aの関係となる。よって、アルミニウム質量(M)は、M=m×N=m×(I/a−b/a)となり、アルミナ介在物の体積とアルミニウム質量(M)は比例関係にあることから、アルミナ介在物の体積は、(I/a−b/a)に比例することがわかる。
【0023】
よって、アルミナ介在物を球形とみなした時のアルミナ介在物の粒径(r)は、(I/a−b/a)1/3に比例することになり、kを定数としてr=k×(I/a−b/a)1/3の式で表すことができる。
【0024】
ここで検量線のa、bは標準試料などを用いて、アルミニウム濃度とAl/Fe発光強度比の関係から求めることができる。また、定数kは、予めレーザー回折法などにより粒径既知の試料を測定してそのAl/Fe強度比分布を求め、検量線のa、bを用いて、アルミナ介在物の粒径分布とAl/Fe強度比分布が一致するようにkを求めることができる。
【0025】
さらに測定装置の日間変動によって、検量線の変動や金属試料の蒸発質量の変動があったとしても、測定するのに時間と労力を多く要する1放電当たりの金属試料の蒸発質量を求める必要がなく、さらにa、b、kは簡単に求めることができるので、工業的に、精度良く安定した測定が可能となる。
【0026】
これにより、アルミナ介在物の粒径分布を求めるにあたり、1放電当たりの金属試料の蒸発質量を求めることなく、鋼材中に存在するアルミナ介在物の粒径分布を、簡便に求めることができる。
【実施例】
【0027】
図1は、本発明の実施例において用いたスパーク放電式発光分光分析装置の概略的な構成図である。図1に示されるように、放電装置1によって、金属試料2と対電極3との間にスパーク放電を起こして発光を生じさせる。発光はスリット8を通り、回折格子7によって回折(分光)され、複数の検出器6によって各元素に対応する固有スペクトル線が検出される。測光装置4によって、スパーク放電ごとに固有スペクトル線強度のアナログ値がデジタル値に変換される。さらに、演算処理装置5により、本発明の方法に従って演算が行われ、鋼材中のアルミナ介在物の粒径分布が求められる。演算処理装置5には、各装置の操作指示や測定結果が出力される表示装置9が接続されている。
【0028】
金属試料として、普通鋼を用意しこの鋼材中に分散しているアルミナ介在物の粒径分布を本発明法で評価した。始めに、アルミナ介在物として抽出した放電のAl/Fe発光強度比を粒径に変換する際に必要な定数kを、レーザー回折によるアルミナ介在物の粒径分布と、本発明での測定の結果が一致するように次の手順で求めた。
【0029】
まず、試料中のアルミナ介在物の粒径分布をレーザー回折法により測定した。
その後、試料を、本発明法で測定し、検量線の傾きa、切片bを用いて、アルミナ介在物として抽出した放電について、Al/Fe発光強度比(I)を用いて(I/a−b/a)1/3を計算し、抽出放電のその値の分布がレーザー回折法での分布に合致するようにkの値を求めた。
【0030】
このとき、傾きa、切片bは標準試料を用いてAl/Fe発光強度比とアルミニウム濃度の検量線から求め、a=3.5335、b=0.1095であった。ここで、アルミニウム濃度は質量%で計算する。
以上より、k=10.7が得られた。
【0031】
次に、このkの値を用いて、アルミナ介在物が未知の試料について、本発明法により測定したアルミナ介在物の粒径分布と、同一試料についてレーザー回折法で測定したアルミナ介在物の粒径分布を図2に示す。
【0032】
図2から明らかなように、本発明法によるアルミナ介在物の粒径分布は、信頼度の高いレーザー回折法の結果と良く一致しており、本発明で正確にアルミナ介在物の粒径分布の測定ができることがわかる。これにより、スパーク放電での1放電当たりの金属試料の蒸発質量を測定することなく、簡便に正確な測定することが可能となった。
【符号の説明】
【0033】
1 放電装置
2 金属試料
3 対電極
4 測光装置
5 演算処理装置
6 検出器
7 回折格子
8 スリット
9 表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガス雰囲気中で、金属試料と対電極との間で多数回のスパーク放電を起こして発光を分光測定し、放電ごとにO、Al、Feの固有スペクトル線の発光強度を測定して、O/Fe、Al/Fe発光強度比を計算し、O/Fe発光強度比の統計値である標準偏差(σ)および全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を求め、O/Fe発光強度比の3σ以上の放電と、Al/Fe発光強度比から全放電のAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値が正になる放電をアルミナに起因する放電とみなして、前記Al/Fe発光強度比からAl/Fe発光強度比の中央値を引いた値によりアルミナ介在物の粒径を求め、金属試料中に存在するアルミナ介在物の粒径分布を得ることを特徴とする金属中のアルミナ介在物の粒径分布測定方法。
【請求項2】
前記アルミナ介在物の粒径を求める際に、Al/Fe発光強度比(I)とAl濃度(N)の関係式、I=aN+bでのa,bを用い、前記アルミナ介在物の粒径が(I/a−b/a)1/3に比例することを用いて、前記アルミナ介在物の粒径を求めることを特徴とする請求項1に記載の金属中のアルミナ介在物の粒径分布測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate