説明

発光素子及び表示装置

【課題】強磁性体を含む金属材料から有機材料に効率良くスピン偏極した正孔や電子を注入でき、発光効率の高い発光素子を提供する。
【解決手段】発光素子1は、通電によって発光し、強磁性陽極(陽極)12及び強磁性陰極(陰極)16と、強磁性陽極12及び強磁性陰極16間に形成された有機エレクトロルミネッセンスにより発光する有機物層14と、絶縁体からなる絶縁体層13、15とを備え、強磁性陽極12と強磁性陰極16とが、強磁性体を含む強磁性体層12b、16aを有し、絶縁体層13、15が、MgOからなる層を有し、強磁性体層12b、16aと有機物層14との間に形成されることを特徴とする。更に、発光素子1Cは、絶縁体層13、15と有機物層14との間に導電性ポリマを含む導電性ポリマ層18C、19Cを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス(有機EL;organic electroluminescence)により発光する発光素子及び表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、映像等の表示装置において、有機ELディスプレイの開発が盛んに行われている。この有機ELディスプレイでは、基板に、陽極及び陰極の2つの電極に挟まれた有機物層を形成してサブピクセル(発光素子)を構成し、陽極及び陰極の間を通電することで、各々のサブピクセルの有機物層が有機ELによって発光する。
【0003】
ここで、図4を参照して、従来の有機ELを用いた発光素子について説明する。図4は、従来の発光素子の構成を模式的に示す拡大断面図、(a)は、従来の一般的な発光素子の拡大断面図、(b)は、従来の強磁性体層を有する発光素子の拡大断面図である。
【0004】
図4(a)に示すように、発光素子100は、基板110上に積層された、陽極111と、ホール輸送層112a、発光層112b及び電子輸送層112cからなる有機物層112と、陰極113とを順に備えている。陽極111は透明な導電体から形成され、また、陰極113は導電体から形成されている。
【0005】
そして、この陽極111と陰極113との間を通電すると、陽極111からは正孔がホール輸送層112aに注入され、一方、陰極113からは電子が電子輸送層112cに注入される。そうすると、正孔及び電子はそれぞれホール輸送層112a及び電子輸送層112c内を輸送されて発光層112bに注入される。そして、注入された正孔と電子とは、発光層112bの内部において再結合する。この再結合が起こった際のエネルギで周りの分子が励起され、励起された励起子(エキシトン)が励起状態から再び基底状態に戻る際に光が発生する。この光は、ホール輸送層112a、陽極111及び基板110を透過して外部に出射する。
【0006】
また、図4(b)に示すように、発光素子100Aは、図4(a)に発光素子100の構成に加えて、陽極111及び有機物層112の間に強磁性体層114Aと、有機物層112及び陰極113の間に強磁性体層115Aとを備えている。そして、陽極111と陰極113との間を通電すると、強磁性体層114Aからは正孔がホール輸送層112aに注入され、また、強磁性体層115Aからは電子が電子輸送層112cに注入される。そして、発光層112bが発光する。
【0007】
このとき、強磁性体層114A、115Aの磁化の方向と注入される電子のスピン偏極率とによって、発光層112bにおいて励起されるシングレットエキシトン(一重項励起子)とトリプレットエキシトン(三重項励起子)の発生確率が変化する(非特許文献1参照)。そのため、強磁性体層114A、115Aを有する発光素子100Aでは、発光効率を向上させられるとともに、磁界によって発光を制御することができる。
【0008】
更に、電子輸送層に電子を注入する陰極に、電子輸送層側にAlからなる絶縁体の層の形成されたAl膜を用いることで、Alの層を介してトンネル現象によって電子が電子輸送層に注入され、電流注入効率が向上することが開示されている(非特許文献2参照)。
【非特許文献1】A. H. Davis, et al, "Organic luminescent devices and magnetoelectronics", Journal of Applied Physics, May 15, 2003, Volume 93, Issue 10, pp. 7358-7360
【非特許文献2】H. Tang, et al, "Bright high efficiency blue organic light-emitting diodes with Al2O3/Al cathodes", Applied Physics Letters, November 3, 1997, Volume 71, Issue 18, pp. 2560-2562
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1によれば、強磁性体等のスピン偏極した材料から有機材料にスピン偏極した正孔及び電子(キャリア)を注入することで、発光素子の発光効率を向上させられることが理論的に予測されるが、強磁性体やそれらを含む金属材料から有機材料に対しては、その仕事関数の違いから効率の良い正孔や電子の注入が困難であった。そして、非特許文献2に記載されるように、絶縁体の層を介して正孔や電子を注入することで金属材料から有機材料への正孔及び電子の注入効率を向上させることができるものの、強磁性体を含む金属材料から有機材料に効率良く正孔や電子を注入できる絶縁体がないため、発光効率の大変低いものしか得られなかった。
【0010】
本発明は、前記従来技術の問題を解決するために成されたもので、強磁性体を含む金属材料から有機材料に効率良くスピン偏極した正孔や電子を注入でき、発光効率の高い発光素子及び表示装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記問題を解決するために、本発明者らは、発光素子の発光効率を向上させるため、強磁性体を含む層と、発光層を含む有機材料からなる層との間に介在させる絶縁体の層において、正孔や電子の注入効率を向上させられる成分について鋭意検討を行った。その結果、絶縁体層の材料としてMgOを用いるとトンネル電流が流れやすくなり、強磁性体を含む層と有機材料からなる層との間で高効率に正孔や電子を注入できることを見出して本発明を創作するに至った。
【0012】
前記課題を解決するため、請求項1に記載の発光素子は、通電によって発光する発光素子であって、陽極と、陰極と、前記陽極及び前記陰極間に形成された有機エレクトロルミネッセンスにより発光する有機物層と、絶縁体からなる絶縁体層とを備え、前記陽極、又は、前記陰極が、強磁性体を含む強磁性体層を有し、前記絶縁体層が、MgOからなる層を有し、前記強磁性体層と前記有機物層との間に形成される構成とした。
【0013】
かかる構成によれば、発光素子は、陽極及び陰極間を通電すると、強磁性体層が陽極にある場合にはスピン偏極正孔が、強磁性体層が陰極にある場合にはスピン偏極電子が、強磁性体層から有機物層に注入される。そして、絶縁体層が、MgOからなる層を有するため、この絶縁体層を介して強磁性体層から有機物層への高効率のキャリアのトンネル注入が可能となる。ここで、絶縁体層にMgOを用いると、ショットキーバリアが減少し、強磁性体層から有機物層へトンネル電流が流れやすくなると考えられる。これによって、発光素子は、強磁性体層から有機物層へ効率的にキャリアを注入することができる。
【0014】
また、請求項2に記載の発光素子は、通電によって発光する発光素子であって、陽極と、陰極と、前記陽極及び前記陰極間に形成された有機エレクトロルミネッセンスにより発光する有機物層と、絶縁体からなる絶縁体層とを備え、前記陽極、及び、前記陰極が、強磁性体を含む強磁性体層を有し、前記絶縁体層が、MgOからなる層を有し、少なくとも一方の前記強磁性体層と、前記有機物層との間に形成される構成とした。
【0015】
かかる構成によれば、発光素子は、陽極及び陰極間を通電すると、陽極側ではスピン偏極正孔が、陰極側ではスピン偏極電子が、強磁性体層から有機物層に注入される。そして、絶縁体層が、MgOからなる層を有するため、この絶縁体層を介して強磁性体層から有機物層への高効率のキャリアのトンネル注入が可能となる。これによって、発光素子は、強磁性体層から有機物層へ効率的にキャリアを注入することができる。
【0016】
更に、陽極及び陰極との両方が強磁性体層を有することで、強磁性体層の磁化の方向によって、有機物層に注入するスピンの向きを調整することが可能になる。そのため、発光素子は、2つの強磁性体層の磁化の方向を調整することによって、発生する光の量をコントロールすることが可能になる。
【0017】
更に、請求項3に記載の発光素子は、請求項1又は請求項2に記載の発光素子において、前記絶縁体層と前記有機物層との間に更に導電性ポリマを含む導電性ポリマ層を備える構成とした。かかる構成によれば、発光素子は、導電性ポリマ層によって絶縁体層と有機物層との間のエネルギ障壁を低下させて、効率的にキャリアを注入することができる。
【0018】
また、請求項4に記載の発光素子は、請求項1又は請求項2に記載の発光素子において、前記MgOからなる層が、前記有機物層と隣接する構成とした。かかる構成によれば、MgOからなる層は有機物層との密着性が高く、また、バンド構造に起因して電子スピンを注入しやすくなるため、発光素子は更に効率的に強磁性体層から有機物層にキャリアを注入することができる。
【0019】
また、請求項5に記載の表示装置は、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の発光素子を含む構成とした。かかる構成によれば、表示装置は、発光効率の高い発光素子によって表示することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る発光素子及び表示装置では、以下のような優れた効果を奏する。請求項1に記載の発明によれば、強磁性体層から有機物層へ効率的にスピン偏極したキャリアを注入することができるため、発光効率の高い発光素子を提供することができる。そのため、低電圧で駆動でき、かつ、消費電力の低い発光素子とすることができる。
【0021】
請求項2に記載の発明によれば、強磁性体層から有機物層へスピン偏極したキャリアを効率的に注入することができるとともに、強磁性体層の磁化の方向によって、注入する電子のスピンの向きを調整することができ、有機物層において光を発生する一重項のエキシトンを多く発生させることで、発光効率の更に高い発光素子を提供することができる。そのため、低電圧で駆動でき、かつ、消費電力の低い発光素子とすることができる。
【0022】
請求項3に記載の発明によれば、エネルギ障壁を低下させて強磁性体層から有機物層へ更に効率的にキャリアを注入することができ、より発光効率の高い発光素子を提供することができる。請求項4に記載の発明によれば、絶縁体層と有機物層との密着性を高めることで強磁性体層から有機物層へ更に効率的にキャリアを注入することができ、より発光効率の高い発光素子を提供することができる。
【0023】
請求項5に記載の発明によれば、発光効率の高い表示装置となり、低電圧で駆動でき、かつ、消費電力を低下させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
[発光素子の構成]
まず、図1を参照して、本発明における発光素子1、1A、1B、1Cの構成について説明する。図1は、本発明における発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(a)は、強磁性体層及び絶縁体層をそれぞれ陽極側と陰極側とに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(b)は、強磁性体層をそれぞれ陽極側と陰極側とに、絶縁体層を陽極側のみに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(c)は、強磁性体層及び絶縁体層を陰極側のみに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(d)は、強磁性体層、絶縁体層及び導電性ポリマ層をそれぞれ陽極側と陰極側とに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図である。
【0025】
図1(a)に示すように、発光素子1は、強磁性陽極12と強磁性陰極16との間を通電することで、有機エレクトロルミネッセンスにより発光するものである。ここで、発光素子1は、基板11の表面に複数の層が積層された積層構造を有し、この基板11上に、強磁性陽極12と、絶縁体層13と、有機物層14と、絶縁体層15と、強磁性陰極16とを順に備えている。
【0026】
なお、本発明における発光素子1に使用する基板11は、当該技術分野において用いられる様々な透明な板やフィルムから適宜選択できる。例えば、本発明における発光素子1に使用する基板11の具体例として、ガラス、ポリカーボネイト等を挙げることができる。また、基板11の厚みも最終製品である発光素子1の用途に応じて適宜選択されるが、一般的には0.01〜2mm程度が好ましい。以下、発光素子1を構成する各層について説明する。
【0027】
(強磁性陽極)
強磁性陽極(陽極)12は、強磁性体を含む強磁性体層12bを有する陽極である。ここでは、強磁性陽極12は、陽極層12a及び強磁性体層12bから構成される。このように、陽極を強磁性体層12bを有する強磁性陽極12とすることで、有機物層14にスピン偏極正孔を注入することができる。
【0028】
(陽極層)
陽極層12aは、図示しない電源と電気的に接続される、透明な電子伝導体又は半導体からなる層である。この陽極層12aは、本発明の作用効果を損なわないものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ITO(Indium Tin Oxide;インジウムドープ酸化スズ)や酸化スズ(SnO)等によって形成することができる。なお、陽極層12aの形成方法は、当該技術分野における様々な方法、例えば真空蒸着法やスパッタリング法等によって行うことができる。
【0029】
(強磁性体層)
強磁性体層12b、16aは、強磁性体を含む膜であり、スピン偏極正孔及びスピン偏極電子の供給源となるものである。そして、強磁性体層12b、16aから有機物層14にスピン偏極正孔及びスピン偏極電子を注入することで、発光層14bの発光効率を向上させることができる。
【0030】
この強磁性体層12b、16aは、金属系の強磁性体、例えば、Co単体、Fe単体、Ni単体や、NiFe等のNiとFeとの合金、CoFe等のCoとFeとの合金、Coを含む磁性合金、Niを含む磁性合金、Feを含む磁性合金、導電性のある酸化物磁性材料であるフェライト(Fe等)、Crを含む酸化物磁性材料(CrO等)、透明磁性半導体であるTiO−Co(CoドープTiO)、ホイスラ合金等を含んで形成することができる。なお、ホイスラ合金とは、組成がXYZもしくはXYZで表される金属材料であり、ここで、X及びYは遷移金属、Zは半導体もしくは非磁性金属である。
【0031】
特に、スピン偏極率の高いFe、CrO、Coを含むホイスラ合金、特にCoYZ(Yは、Mn、Fe及びCrのうちの少なくとも1つであり、Zは、Al、Si、Ga、Ge、In及びSnのうちの少なくとも1つである)で表されるホイスラ合金や、CoFeBは、スピン偏極正孔及びスピン偏極電子の供給源として効果が高いため好ましい。また、透明磁性半導体であるTiO−Coは、発光層14bにおいて発光した光を吸収することなく取り出すことができるため、透明でない強磁性材料と比べて光の取り出し効率が高くなる。なお、強磁性体層12bの形成方法は、当該技術分野における様々な方法、例えば真空蒸着法やスパッタリング法等によって行うことができる。
【0032】
ここで、強磁性体層12bは、陽極層12aに隣接して形成され、スピン偏極した正孔の供給源となる。また、強磁性体層16aは、陰極層16bに隣接して形成され、スピン偏極した電子の供給源となる。このように、陽極層12aと有機物層14との間、及び、有機物層14と陰極層16bとの間の両方に強磁性体層12b、16aを形成することで、強磁性体層12b、16aの磁化の方向によって、有機物層14に注入するスピンの向きを調整して、発光効率を向上させることが可能になる。
【0033】
ここで、発光に関わるエキシトンは、そのスピン状態によって、以下の状態(1)〜(4)の4種類ある。なお、“|>”は量子状態を表すケットベクトルである。また、“↓”は下向きのスピン、“↑”は上向きのスピンを表し、陰極の電子のスピン状態を“|↑>”及び“|↓>”、陽極の正孔のスピン状態を“|↑>”及び“|↓>”とする。
【0034】
【数1】

【0035】
蛍光発光材料の場合は一重項のエキシトンのみが発光することが知られている。ここで、非特許文献1によれば、注入される電子及び正孔がスピン偏極し、かつ、陽極と陰極の磁化方向が角度φをなしている場合には、一重項のエキシトンの発生確率wは、以下の式(5)のように表され、両極の磁化方向の相対角である角度φに依存する。この角度φによって、発生確率wを0%〜50%と変えることができるようになる。なお、Pは、電子のスピン偏極率、Pは、正孔のスピン偏極率である。
=(1/4)・[1−Pcos(φ)] …(5)
【0036】
そして、強磁性を持たない陽陰極からの電子及び正孔の注入では、通常、一重項のエキシトンの発生確率wは25%までしか大きくならないが、強磁性陰極16及び強磁性陽極12からそれぞれ電子及び正孔を注入することで、発生確率wを変化させることができるだけでなく、大幅に発光効率を向上させることができるようになる。
【0037】
なお、強磁性体層12b、16aの磁性材料の膜厚を変えることで、磁化方向を制御することができる。例えば、強磁性体層12b、16aを構成する磁性材料としてCoFeを用いる場合、強磁性陽極12側の強磁性体層12bを膜厚3nm、強磁性陰極16の強磁性体層16aを10nmとすることで、強磁性体層12bのみ磁化方向を反転させることが可能となる。これによって、強磁性体層12b、16aを、磁化方向が逆向きになるように形成することができる。
【0038】
(絶縁体層)
絶縁体層13、15は、絶縁体からなる層で、トンネル効果により強磁性体層12b、16aからのキャリアを効率良くホール輸送層14a及び電子輸送層14cに注入するためのものである。強磁性体層12b、16aから直接有機物層14に対しては、仕事関数の違いから効率良くキャリアを注入することが困難であるが、これらの層の間に絶縁体層13、15を介在させることで、トンネル効果によりキャリアを効率良く注入することができる。この絶縁体層13、15は、絶縁体からなり、かつ、MgOからなる層を含んで形成されている。
【0039】
ここで、MgOからなる層を強磁性体層12bと有機物層14との間、及び、有機物層14と強磁性体層16aとの間に介在させると、ショットキーバリアが減少しトンネル電流が流れやすくなる。そのため、絶縁体層13、15が、MgOからなる層を含んで形成されることで、高効率のキャリアのトンネル注入が可能となる。また、MgOは、有機物層14との密着性が高く、更に、MgOの層の上に隣接して有機物層14を形成する場合には、MgOの表面エネルギが有機材料の成長に良い影響を与え、MgOの層と有機物層14との密着性をより高めるとともに、有機物層14の膜質を向上させることができる。そのため、このMgOからなる層が有機物層14に隣接して形成されることで、更に高効率にキャリアを注入することが可能になり、より好ましい。
【0040】
この絶縁体層13、15は、各々MgO単層のみから形成されていてもよいし、MgOからなる層と、それ以外の絶縁体からなる層とを積層して形成されていてもよい。そして、絶縁体層13、15がMgOからなる層と、それ以外の絶縁体からなる層とを積層して形成される場合にMgOとともに積層構造を形成するMgO以外の絶縁体としては、本発明の作用効果を損なわないものであれば特に限定されるものではないが、例えば、Al、SiO、AlN、HfO、ZrO及びTiO等の材料が、緻密な絶縁体層を形成できてピンホールのないトンネル注入が可能となるため好ましく、Alは熱伝導が高く熱拡散層として機能することで、発光素子1の寿命を延ばすことができるため、より好ましい。しかしながら、絶縁体層13、15が、MgOのみによって形成されていることが更に好ましい。
【0041】
絶縁体層13、15の形成方法は、所望の膜厚のMgOからなる絶縁体層を形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、所定の厚みのMgO層を容易に成膜できるという観点からスパッタリング法もしくは真空蒸着法が好ましい。スパッタリングの場合の条件は、例えば高周波電力30〜2000W、ガス圧0.07〜5Paである。また、
真空蒸着法の場合の条件は、抵抗加熱式では100〜500W程度、電子銃方式では100〜300mA程度である。更に、絶縁体層13、15は、膜厚が0.3〜4nmに形成されていることが好ましい。特に、有機物層14を成膜した以降の成膜、ここでは、絶縁体層15、強磁性体層16a及び陰極層16bの成膜は、スパッタリングではなく真空蒸着によって行うことが望ましい。これは、条件によっては、スパッタリングで発生するプラズマが有機物層14にダメージを与える可能性があるためである。
【0042】
ここで、絶縁体層13は、強磁性体層12bに隣接して形成され、強磁性体層12bから供給された正孔をトンネル効果によりホール輸送層14aに注入する。一方、絶縁体層15は、強磁性体層16aに隣接して形成され、強磁性体層16aから供給された電子をトンネル効果により電子輸送層14cに注入する。このように、発光素子1が、強磁性体層12bと有機物層14との間、及び、有機物層14と強磁性体層16aとの間のそれぞれに絶縁体層13、15を備えることで、正孔と電子との両方の注入効率を向上させられ、発光素子1の発光効率を大きく向上させることができる。
【0043】
(有機物層)
有機物層14は、絶縁体層13と絶縁体層15との間に形成され、正孔注入を絶縁体層13を介して強磁性体層12bから、電子注入を絶縁体層15を介して強磁性体層16aから受けて有機エレクトロルミネッセンスにより発光するものである。有機物層14は、ホール輸送層14aと、発光層14bと、電子輸送層14cとを備えている。
【0044】
ホール輸送層14aは、絶縁体層13を介して強磁性体層12bから正孔注入を受けて、この正孔を発光層14bに輸送するものである。このホール輸送層14aは、例えば、芳香族3級アミンであるα−NPD(ジフェニルナフチルジアミン)等からなる。
【0045】
発光層14bは、ホール輸送層14aと電子輸送層14cとの間に形成され、ホール輸送層14aからの正孔と、電子輸送層14cからの電子とを再結合させることで、励起子を生成して発光するものである。この発光層14bは、例えば、キノリノールアルミ錯体(Alq3)等のホスト材料に微量(例えば、0.1〜1質量%)のドーパントを添加した材料から形成することができる。このドーパント材料には、Coumarin6(クマリン6)や、DCJTB[4-(dicyanomethylene)-2-t-butyl-6-(1,1,7,7-tetramethyljulolidyl-9-enyl)-4H-pyran]などを用いることができる。
【0046】
電子輸送層14cは、絶縁体層15を介して強磁性体層16aから電子注入を受けて、電子を発光層14bに輸送するものである。この電子輸送層14cは、例えば、キノリノールアルミ錯体(Alq3)や、シロール誘導体(PyPySPyPy)から形成することができる。
【0047】
なお、ここでは、有機物層14が、ホール輸送層14aと、発光層14bと、電子輸送層14cとを備えていることとしたが、本発明の発光素子1の有機物層14は、少なくとも発光層14bを備えていればよい。なお、この有機物層14は、当該技術分野における様々な方法、例えば、真空蒸着法や塗布法により成膜することができる。
【0048】
(強磁性陰極)
強磁性陰極(陰極)16は、強磁性体を含む強磁性体層16aを有する陰極である。ここでは、強磁性陰極16は、強磁性体層16a及び陰極層16bから構成される。このように、陰極を強磁性体層16aを有する強磁性陰極16とすることで、有機物層14にスピン偏極電子を注入することができる。
【0049】
(陰極層)
陰極層16bは、図示しない電源と電気的に接続される、電子伝導体又は半導体からなる層である。この陰極層16bは、例えば、Al、Cu、Au、Pt、Hf又はWや、これらのうちの2種類以上を組み合わせた合金によって形成することができる。なお、陰極層16bの形成方法は、当該技術分野における様々な方法、例えば真空蒸着法やスパッタリング法等によって行うことができる。
【0050】
なお、この発光素子1は、基板11の表面に、陽極層12aと、強磁性体層12bと、絶縁体層13と、有機物層14と、絶縁体層15と、強磁性体層16aと、陰極層16bとを順に積層することにより作製することができる。
【0051】
また、ここでは、陽極層12a側に強磁性体層12b及び絶縁体層13を、陰極層16b側に絶縁体層15及び強磁性体層16aを備える発光素子1について説明したが、図1(b)に示すような、陽極層12a側のみに絶縁体層13を備え、絶縁体層15を備えない発光素子1Aとしてもよいし、図1(c)に示すような、陰極層16b側のみに絶縁体層15及び強磁性体層16aを備え、強磁性陽極12の代わりに陽極12Bを備え、絶縁体層13を備えない発光素子1Bとしてもよい。そして、発光素子1と同様に、発光素子1Aは、強磁性体層12bから有機物層14に絶縁体層13を介して効率良くスピン偏極正孔を注入することができ、また、発光素子1Bは、強磁性体層16aから有機物層14に絶縁体層15を介して効率良くスピン偏極電子を注入することができ、発光層14bの発光効率を向上させることができる。なお、陽極12Bは、陽極層12aと同様のもので構成することができる。
【0052】
更に、図1(d)に示すように、発光素子1[図1(a)参照]の絶縁体層13と有機物層14との間に導電性ポリマ層18Cを、絶縁体層15と有機物層14との間に導電性ポリマ層19Cを更に備える発光素子1Cとしてもよい。以下、発光素子1Cに含まれる導電性ポリマ層18C、19Cについて説明する。なお、発光素子1C内の導電性ポリマ層18C、19C以外の層は、図1(a)に示したものと同一であるので、同一の符号を付し、説明を省略する。
【0053】
(導電性ポリマ層)
導電性ポリマ層18C、19Cは、絶縁体層13と有機物層14との間、及び、絶縁体層15と有機物層14との間に形成され、導電性ポリマからなる層である。導電性ポリマ層18C、19Cは、絶縁体層13と有機物層14との間、及び、絶縁体層15と有機物層14との間のエネルギ障壁を低下させるバッファ層として機能する。これによって、ホール輸送層14a及び電子輸送層14cに対して、更に効率的にキャリアを注入することができる。
【0054】
この導電性ポリマ層18C、19Cは、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)や、プリチオフェン等によって形成することができる。この導電性ポリマ層18C、19Cは、当該技術分野における様々な方法、例えば塗布法や真空蒸着法等によって行うことができる。
【0055】
なお、本発明の発光素子は、陽極層12a側及び陰極層16b側の一方のみに強磁性体層(12b又は16a)、絶縁体層(13又は15)及び導電性ポリマ層(18C又は19C)を備える構成としてもよい。更に、ここでは、強磁性陽極12が陽極層12a及び強磁性体層12bから構成され、強磁性陰極16が強磁性体層16a及び陰極層16bから構成されることとしたが、本発明の発光素子の強磁性陽極及び強磁性陰極は、強磁性体層を有していればよく、例えば、強磁性体層のみから構成されることとしてもよい。また、本発明の発光素子は、図1(a)〜(d)に示した発光素子1〜1Cの各層の間にバッファ層(図示せず)や、導電体からなる層(図示せず)を更に備える構成としてもよいし、基板11と陽極層12aの間や陰極層16bの上に、更に保護層等を備えることとしてもよい。また、ここでは、発光素子1〜1Cは、基板11上に陽極層12aから順に積層された構成としたが、順番を逆にして基板11上に陰極層16bから順に積層された構成としてもよい。
【0056】
[表示装置の構成]
次に、本発明の表示装置(図示せず)の構成について説明する。本発明の表示装置は、本発明の発光素子(1、1A、1B又は1C)を有する。本発明の表示装置は、例えば、基板11上に2次元方向に発光素子(1、1A、1B又は1C)を複数配列して複数のサブピクセルを形成することで、有機ELディスプレイとして構成することとしてもよい。そして、発光素子(1、1A、1B又は1C)を備える構成とすることで、本発明の表示装置は、発光効率の高い表示装置となる。
【0057】
[発光素子の動作]
続いて、図1(a)を参照して、本発明における発光素子1の発光の動作について説明する。なお、発光素子1A〜1Cも同様の動作であるため、ここでは発光素子1の場合についてのみ説明することとする。
【0058】
まず、陽極層12aと陰極層16bとの間を通電すると、強磁性体層12bから供給されたスピン偏極正孔は、絶縁体層13をトンネル効果により通過してホール輸送層14aに注入され、ホール輸送層14aから発光層14bに輸送される。同時に、強磁性体層16aから供給されたスピン偏極電子は、絶縁体層15をトンネル効果により通過して電子輸送層14cに注入され、電子輸送層14cから発光層14bに輸送される。そして、発光層14bにおいて、ホール輸送層14aからの正孔と、電子輸送層14cからの電子とが再結合し、励起子が生成されて発光する。
【実施例】
【0059】
以下、図2を参照して、本発明に係る実施例について具体的に説明する。図2は、本発明における実施例の発光素子及び比較例の発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図である。
【0060】
(表示装置の作製)
まず、図2に示すような発光素子1Dを作製した。ここでは、発光素子1Dをサブピクセルとして基板11上に2次元方向に複数配列した有機ELディスプレイ(表示装置、図示せず)を作製した。
【0061】
まず、ガラスからなる基板11上に、スパッタリング法によってITOを150nmの膜厚で成膜し、短冊状にパターニングして陽極層12aを形成した。続いて、陽極層12aと同じ形状のメタルマスク(図示せず)を基板11上に設置した。
【0062】
そして、陽極層12a及びメタルマスクの上に強磁性体層12bを形成した。このとき、表1に示すように、実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2については、スパッタリング法によってCoFeを膜厚3nmに成膜し、比較例3については、Feを膜厚3nmに成膜した。なお、ここでは成膜時に磁界を印加することで、強磁性体層12bはその磁界の方向に磁化されている。
【0063】
その後、絶縁体層13を形成した。このとき、表1に示すように、実施例1、実施例2については、イオンビームスパッタリング法によってMgOを膜厚2nmに成膜し、比較例1及び比較例2については、Alを膜厚1.5nmに成膜した。このとき、室温で、ビーム電圧850V、電流100mA、ガス圧0.02PaでMgO及びAlのスパッタリングを行った。また、比較例3については、絶縁体層13を形成しなかった。
【0064】
続いて、導電性ポリマ層18Cを形成した。このとき、表1に示すように、実施例1、比較例1及び比較例3については、導電性ポリマ層18Cを形成せず、実施例2及び比較例2については、塗布法によってPEDOTを膜厚20nmに成膜した。
【0065】
そして、真空蒸着法によってα−NPDを成膜してホール輸送層14aとし、更にAlq3を成膜して発光層14bとした。その後、陽極層12aに直交するメタルマスク(図示せず)を基板11上に設け、バッファ層20DとしてLiFと、陰極層16bとしてAlとを順に真空蒸着して成膜した。
【0066】
【表1】

【0067】
実施例1及び実施例2は、いずれも本発明で規制した条件を満足するものである。一方、比較例1から比較例3はMgOからなる絶縁体層13を備えないものである。
【0068】
(発光素子の評価)
このように作製された本発明に係る実施例1及び実施例2と、本発明で規制した条件を満足しない比較例1〜3の発光素子1Dを有する表示装置に電流を通電し、電圧・発光特性、外部量子効率、電流・発光特性及び電流・電圧特性を調べた。測定結果を図3に示す。図3は、実施例及び比較例の発光素子の発光特性を示すグラフ、(a)は、電圧と輝度の関係を示すグラフ、(b)は、電流密度と輝度の関係を示すグラフ、(c)は、電流密度と外部量子効率特性の関係を示すグラフ、(d)は、電圧と電流密度の関係を示すグラフである。
【0069】
図3(a)の比較例1における電圧と輝度の関係33を見ると、発光しはじめる電圧である閾値電圧が15Vと大変高いが、実施例1における電圧と輝度の関係31を見ると、閾値電圧が10V以下に低減しており、実施例1では比較例1に比べて効率良く発光層14bにスピン偏極正孔の注入ができていることが分かった。更に、それぞれ導電性ポリマ層18Cを有する実施例2における電圧と輝度の関係32と、比較例2における電圧と輝度の関係34とを比較すると、実施例2は比較例2に比べて低電圧化が図れることが分かった。
【0070】
なお、比較例3における電圧と輝度の関係35と、実施例1における電圧と輝度の関係31とを比較すると、閾値電圧に大差がないものの、図3(b)の実施例1、比較例1及び比較例3における電流密度と輝度の関係41、43及び45に示すように、実施例1では、比較例1及び比較例3に比べて、流した電流に対して輝度が大きいことが確認された。そのため、図3(c)の実施例1、比較例1及び比較例3における電流密度と外部量子効率の関係51、53及び55に示すように、実施例1では、比較例1及び比較例3に比べて外部量子効率が大きく向上することが確認された。
【0071】
一方で、図3(d)の実施例1及び比較例3における電圧と電流密度の関係61及び65に示すように、実施例1に比べて比較例3は、低電圧において電流密度は高いものの、図3(b)の比較例3における電流密度と輝度の関係45に示すように電流密度あたりの輝度が低い。このことから比較例3では正孔が効率よく注入されていないことが分かる。すなわち、電子が陰極層16bから陽極層12aに一方的に流れているだけで正孔の生成がないことが分かる。
【0072】
また、実施例2及び比較例2における電流密度と外部量子効率の関係52、54に示すように、実施例2についても、比較例2に比べて外部量子効率が向上することが確認された。
【0073】
更に、導電性ポリマ層18Cを備えない実施例1と導電性ポリマ層18Cを備える実施例2とを比較すると、図3(a)に示すように、実施例2は、実施例1に比べて閾値電圧が大きく低下し、また、図3(b)に示すように、流した電流に対して輝度が大きく、そのため、図3(c)に示すように、外部量子効率が大きく向上した。
【0074】
なお、比較例3は強磁性体層12bをFeにより形成したが、CoとFeとでは仕事関数が近い(Coは4.41、Feは4.47)ことから、強磁性体層12bがCoFeからなる場合と同様の結果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明における発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(a)は、強磁性体層及び絶縁体層をそれぞれ陽極側と陰極側とに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(b)は、強磁性体層をそれぞれ陽極側と陰極側とに、絶縁体層を陽極側のみに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(c)は、強磁性体層及び絶縁体層を陰極側のみに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図、(d)は、強磁性体層、絶縁体層及び導電性ポリマ層をそれぞれ陽極側と陰極側とに備える発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図である。
【図2】本発明における実施例の発光素子及び比較例の発光素子の構成を模式的に示した拡大断面図である。
【図3】本発明における実施例の発光素子及び比較例の発光素子の発光特性を示すグラフ、(a)は、電圧と輝度の関係を示すグラフ、(b)は、電流密度と輝度の関係を示すグラフ、(c)は、電流密度と外部量子効率特性の関係を示すグラフ、(d)は、電圧と電流密度の関係を示すグラフである。
【図4】従来の発光素子の構成を模式的に示す拡大断面図、(a)は、従来の一般的な発光素子の拡大断面図、(b)は、従来の強磁性体層を有する発光素子の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0076】
1、1A、1B、1C、1D 発光素子
11 基板
12a 陽極層
12b、16a 強磁性体層
13、15 絶縁体層
14 有機物層
14a ホール輸送層
14b 発光層
14c 電子輸送層
16b 陰極層
18C、19C 導電性ポリマ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
通電によって発光する発光素子であって、
陽極と、
陰極と、
前記陽極及び前記陰極間に形成された有機エレクトロルミネッセンスにより発光する有機物層と、
絶縁体からなる絶縁体層と、
を備え、
前記陽極、又は、前記陰極が、強磁性体を含む強磁性体層を有し、
前記絶縁体層が、MgOからなる層を有し、前記強磁性体層と前記有機物層との間に形成されることを特徴とする発光素子。
【請求項2】
通電によって発光する発光素子であって、
陽極と、
陰極と、
前記陽極及び前記陰極間に形成された有機エレクトロルミネッセンスにより発光する有機物層と、
絶縁体からなる絶縁体層と、
を備え、
前記陽極、及び、前記陰極が、強磁性体を含む強磁性体層を有し、
前記絶縁体層が、MgOからなる層を有し、少なくとも一方の前記強磁性体層と、前記有機物層との間に形成されることを特徴とする発光素子。
【請求項3】
前記絶縁体層と前記有機物層との間に更に導電性ポリマを含む導電性ポリマ層を備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の発光素子。
【請求項4】
前記MgOからなる層が、前記有機物層と隣接することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の発光素子。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の発光素子を含む表示装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2008−166034(P2008−166034A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−351953(P2006−351953)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】