説明

発毛促進のためのヒト細胞組成物

【課題】 脱毛症、特に、典型的な男性型脱毛症において、血流改善作用を持ち、かつ頭部(禿頭部)の菲薄化を改善する治療薬又は治療方法を提供する。
【解決手段】 被験者の培養線維芽細胞と、血管増殖因子分泌細胞とを含有することを特徴とする、当該被験者の皮膚の血流を改善し及び/又は発毛を促進させるための、ヒト細胞組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞移植医療、特に頭部(禿頭部)の発毛を促進させるための細胞移植方法及びそのためのヒト細胞組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
脱毛症は、脱毛に関する疾患ないし状態に関する一般名である。脱毛には異なる複数の種類のものがあるが、最も一般的なものは男性型脱毛症(androgenetic alopecia、例えば、非特許文献1参照)、円形脱毛症(alopecia areata)、及び薬物性脱毛症等である。
【0003】
男性型脱毛症は、頭皮からの過大な量の毛髪の定型的な進行性喪失である。明確に確認可能な男性型脱毛症は、男性の50%が50歳までに発症し、女性の50%が60歳までに発症する。男性型脱毛症は、遺伝的素因及び有意な量の循環アンドロゲンの存在の両方に起因すると信じられている。毛包細胞内のアンドロゲンリセプターに男性ホルモン(アンドロゲン)が結合すると毛包に対する免疫反応を起こす物質が生成され、このために成長期にある毛包は休止期へとスイッチングされる。
【0004】
この男性ホルモンは主としてジヒドロテストステロン(DHT)で、DHTはテストステロンに5αレダクターゼという酵素が作用して作られる一種の活性型男性ホルモンである。主に遺伝的素因により、頭頂部に5αレダクターゼが多いかまたはDHT感受性が高いために、DHTが容易にリセプターと結合して、この免疫反応の繰り返しにより毛包が小型化し、軟毛化が起こると考えられている。
【0005】
現在行われている男性型脱毛症の治療法には、血管拡張剤であるミノキシジル(2,4-diamino-6-piperidino-pyrimidine-3-oxide、又は6-(1-piperidinyl)-2,4-pyrimidinediamine-3-oxide、例えば、特許文献1及び2参照)が含まれる。ミノキシジルは、そもそも降圧剤として開発されたものであり、発毛促進作用のメカニズムは明らかではないが、虚血に陥り脱毛に至った患部の血管を薬理作用で拡張し、結果として虚血を緩和し発毛を促すものと考えられる。
【0006】
しかしながら、従来の治療薬や治療方法ではいずれも効果が十分ではなく、また一過性の効果にとどまってしまうなどの問題点があり、さらなる治療薬又は治療方法の開発が望まれている。
【0007】
【特許文献1】米国特許第4,139,619号
【特許文献2】米国特許第4,596,812号
【非特許文献1】Sawaya, M.E. Seminars in Cutaneous Medicine and Surgery 17 (4):276-283, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、脱毛症、特に、典型的な男性型脱毛症においては、頭部の皮膚が顕著に菲薄化し、皮膚の厚み(ボリューム)がなくなることによって血流の低下を助長していることに着目し、このような2つの原因を同時に解決することを課題として見出した。すなわち、本発明は、血流改善作用を持ち、かつ頭部(禿頭部)の菲薄化を改善する治療薬又は治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は自己の培養線維芽細胞と血管増殖因子分泌細胞の併用による発毛又は毛髪成長を促進させる方法、及びそのためのヒト細胞組成物を提供するものである。すなわち、第一の視点において、本発明のヒト細胞組成物は、被験者の皮膚の血流を改善し及び/又は発毛を促進させるものであって、被験者の培養線維芽細胞と、血管増殖因子分泌細胞とを含有することを特徴とする。前記血管増殖因子分泌細胞としては、前記被験者の血小板又は多血小板血漿であることが好ましい。あるいは、前記血管増殖因子分泌細胞は、ヒト血管増殖因子を分泌する形質転換細胞であってもよい。さらに、前記血管増殖因子分泌細胞に代えて、ヒト血管増殖因子の発現ベクター、又はヒト血管増殖因子の徐放性薬剤を用いることができる。
【0010】
本発明の1つの実施形態において、前記培養線維芽細胞は、被験者の皮膚の生検により得られる皮膚線維芽細胞を、0.5〜20容量%の自己血清を含む培地中で継代培養し、該培養した線維芽細胞をタンパク質分解酵素に暴露して得られる線維芽細胞懸濁物である。
【0011】
別の視点において、本発明に係る発毛を促進させる方法は、被験者の培養線維芽細胞懸濁物と、前記被験者の血小板、ヒト血管増殖因子を分泌する形質転換細胞、ヒト血管増殖因子の発現ベクター及びヒト血管増殖因子の徐放性薬剤から成る群より選択される少なくとも1つと、を同時に、逐次的に、又は時間をおいて別々に当該被験者に投与することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の発毛促進方法によれば、自己の線維芽細胞の移植により皮膚の厚み(ボリューム)を増やすことができ、同時に血管増殖因子の持続的な作用による血管新生を効果的に達成することができる。このような2つの効果の相乗作用により脱毛部位、特に頭部(禿頭部)の発毛を促進することができると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の発毛促進方法は、以下の2つの手段を組み合わせて用いる。第一に、皮膚の血管を再生して皮膚の血流を改善し毛包に栄養分を供給するために、血管増殖因子分泌細胞を用いることである。創傷治療等の血管再生に関わる状況では、血小板等が重要な役割を持つことが知られている。末梢血中の血小板は骨髄に存在する巨核球が断片化して生成される。血小板は複製のための核を持たず、その寿命は約11日である。血小板は止血機序に関与し、いくつかの血液凝集因子を分泌する。血小板はまた、創傷治療に関与するいくつかのサイトカインも分泌する。このサイトカインは、血小板の分泌顆粒のうちα顆粒から放出される成長因子群(PDGF、TGF−β、VEGF、FGF、PF−4/β−TG等)であり、これらの血管増殖作用をもつサイトカインが創傷部に血管を誘導し、治療を早めるのである。本発明において、「血管増殖因子」とは、血小板及び各種細胞より分泌される上記各種の成長因子をいう。ここで、PDGFとは血小板由来増殖因子(Platelet derived growth factor)のことであり、血管新生、すなわち既に存在する微少血管から新たな血管を形成する作用を有する。PDGFは非常に相同性の高い2種のポリペプチド(PDGF−A鎖、PDGF−B鎖)から成っている。A鎖とB鎖は異なる遺伝子にコードされており、B鎖遺伝子の産物はサル肉腫ウイルスの発癌遺伝子(v−sis)産物であるp28sisと93%のホモロジーがある。A鎖、B鎖の遺伝子は約24kbといったサイズ、構造、7つのエキソンからなる点、第6エキソンの使い方など、構造的に多くの類似点がある。第6エキソンが翻訳された形のPDGFはマトリックスや細胞の近傍に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンと相互作用する形で存在し、一方第6エキソンを欠くPDGFは細胞外に分泌される。A鎖については第6エキソンを用いるか、第7エキソンを用いるかで2種のmRNAが作られ、その結果2種類のタンパク質が生成されている。しかし現在のところこれらの生物活性には差がないと考えられている。
【0014】
TGF−βとは形質転換成長因子β(Transforming growth factor)を、VEGFとは血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor)を、FGFとは線維芽細胞増殖因子(Fibroblast growth factor)のことであり、これらもすべて血管新生作用を有する。したがって、本発明においては、これらのサイトカイン類を総称して「血管増殖因子」と称する。VEGFやFGFのような血管増殖因子は内皮細胞に存在するレセプターに直接作用して血管の形成や再構成をもたらしている。例えば、VEGFは内皮細胞に対して強い特異性を持つが、これは血管内皮細胞だけがVEGFレセプターを発現しているからである。これに対してPDGFレセプターは多くの細胞に広く発現されているから、単球や線維芽細胞など、内皮細胞に直接作用する因子を分泌する他の細胞を引き寄せることで血管新生作用を発揮しているのかもしれない。なお、ヒト由来のこれらのサイトカインのヌクレオチド配列及びアミノ酸配列は全て公知であり、組換えDNA技術を用いて容易に生産することができる。
【0015】
このような血管増殖因子を分泌する細胞として、例えば、多血小板血漿(PRP:platelet rich plasma)を用いることができる。PRPとは、血小板を約10倍に濃縮した血小板に富む調整血漿である。皮膚潰瘍の治療薬としてヨーロッパを中心に多くの報告があり、良好な血流改善効果を背景にした皮膚潰瘍の創傷治療効果が得られている。本発明において、「多血小板血漿(PRP)」とは、その一般的な意味において用いられる広い範囲の用語であり、末梢血よりも高い濃度の血小板が血漿に再懸濁されたものである。典型的には50万〜120万個/mm又はそれ以上の血小板を含む。
【0016】
また、上記血管増殖因子を分泌する形質転換細胞を用いてもよい。本明細書において「形質転換細胞」とは、上記の血管増殖因子の1つ又は複数をコードする遺伝子を、宿主細胞内で発現し得るように導入することにより得られる。ここで宿主細胞とはヒト由来の培養細胞が好ましい。培養細胞への遺伝子の導入方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等がある。あるいは、前記遺伝子の発現ベクターを生体内に直接導入することもできる。この発現ベクターの導入方法としては、導入遺伝子がプラスミドDNA(naked plasmid DNA)であるか、組み換えウィルスベクター(recombinant viral vector)であるかは問わない。プラスミドDNAを用いる場合の投与方法も特に限定する必要はない。DNAを生理食塩水に溶解してそのまま注射する方法、DNAを微細金粒子に塗布したものを高圧で噴射して皮内に到達させる遺伝子銃、リポソームや種々のポリマーなどの担体を用いた方法、パウダージェクトおよび類似の高圧注入式遺伝子導入装置、電気穿孔法(electroporation)、超音波穿孔法(sonoporation)など種々の導入法を適用することができる。
【0017】
第二の手段は、脱毛部位の皮膚の菲薄化(頭皮のコラーゲン繊維の減少)に対する治療である。このための方法として、被験者から採取した生検材料を培養培地中で実質的に免疫原性タンパク質を含まないように培養し、増殖した自己の線維芽細胞懸濁物を皮下又は皮下組織に注入する方法が知られている。ここで用いられる自己の線維芽細胞とは、要するに皮膚の菲薄化を改善できるものであれば如何なる培養細胞でもよい。具体的には、口腔内由来の線維芽細胞や粘膜由来線維芽細胞、さらには培養軟骨細胞でもよい。
【0018】
好ましい実施形態において、自己の皮膚線維芽細胞を培養して増殖させた懸濁物を用いることができる。皮膚線維芽細胞培養は、例えば、被験者から採取した皮膚の3mm×5mm程度の生検材料から開始する。培養を始める前に、生検材料は、抗生物質や抗真菌剤で繰り返し洗浄する。次に、表皮及び皮下の脂肪細胞含有組織を取り、その結果得られる培養物を実質的に非線維芽細胞を含まないようにし、真皮の試料をメス又はハサミで細切する。検体片をピンセットで組織培養フラスコの乾燥表面上に1つずつ置き、5〜10分の間付着させ、次に少量の培地を付着した組織断片をはがさないように注意しながらゆっくり加える。24時間インキュベーションした後、フラスコに追加の培地を入れる。75cmの組織培養フラスコを使用して培養を開始する時は、培地の初期の量は3〜4mlである。生検検体からの細胞株の樹立には通常2〜3週間かかり、増殖するために、適切な時期に初期の培養容器から細胞をはがすことができる。
【0019】
培養の初期段階で、組織片が培養容器の底に付着していることが望ましい。付着していない組織片は新しい容器に再度植え込むべきである。当業者に公知の技術により、遺伝子組み換え技術で製造され、動物由来成分を含まないトリプシン様活性を有するセリンプロテアーゼに組織培養物を短時間暴露することにより、線維芽細胞を刺激して増殖させることができる。セリンプロテアーゼへの暴露は非常に短い時間であるため、培養容器の壁に付着した線維芽細胞は遊離しない。培養物が樹立されてコンフルエンスに近づいた後に直ちに、線維芽細胞のサンプルを凍結保存のために取り出すことができる。正常なヒト線維芽細胞の細胞培養物の継代数は制限されるため、継代数の多い線維芽細胞より継代数の少ない線維芽細胞を凍結保存することが好ましい。
【0020】
線維芽細胞は、これを保存するのに適した任意の凍結培地中で凍結することができる。70容量%の増殖培地、20容量%のヒト血清(保存する細胞と同一個体由来)および10容量%のジメチルスルホキシド(DMSO)からなる培地を使用すると良好な効果が得られる。解凍した細胞を使用して二次培養を開始すると、第二の検体を得るという不便さなしに、同じ被験者で使用するための懸濁物を得ることができる。
【0021】
生検検体からの皮膚の線維芽細胞の播種に適した任意の組織培養法を、本発明を実施するために、細胞の増殖に使用することができる。培地は初代線維芽細胞培養物の増殖に適した任意の培地である。多くの例で、この培地には0.5%〜20%(v/v)の血清を添加し、線維芽細胞の増殖を促進する。高濃度の血清は、線維芽細胞のより速い増殖を促す。好適な実施態様において、血清はヒト血清(保存する細胞と同一個体由来)であり、これは培地の10%の最終濃度になるよう加える。培地は、例えば、2mMグルタミン、110mg/Lのピルビン酸ナトリウム、10%(v/v)のヒト自己血清(保存する細胞と同一個体由来)および抗生物質を添加した、高グルコースDMEM(「完全培地」)である。細胞はセリンプロテアーゼ処理により新しいフラスコに継代される。増殖のため、各フラスコに1/3を分けて入れる。三底T−150フラスコ(総培養面積450cm)が、本発明の実施に適している。三底T−150(総培養面積450cm)は、約6×10個の細胞を接種して、約1.8×10個の細胞を産生する能力を有する。
【0022】
インキュベーションの最後に、細胞をセリンプロテアーゼによって組織培養フラスコからはがし、遠心分離でペレット化したものを生理食塩水に再懸濁する。容量いっぱいに増殖させた三底T−150フラスコからは、約10個の細胞が産生され、これは約0.3mlの懸濁物を作製するのに充分である。本発明のヒト細胞組成物は、上記線維芽細胞懸濁物と血管増殖因子分泌細胞とを適当な比率で混合して調製することができる。好ましい混合比率は細胞数換算で1:0.1〜100程度であり、より好ましくは1:1〜10程度である。すなわち、10個/ml程度の線維芽細胞懸濁物に対して、10〜10個/ml程度の血管増殖因子分泌細胞を用いることができる。
【0023】
本発明のヒト細胞組成物は、通常の外科的手法により被験者の脱毛部位、特に頭部へ注入することができる。具体的には、注入希望部位に、所望により局所麻酔薬含有テープ(例えば、ペンレス(商品名))を貼って15分程度放置する。急ぎの場合はこの過程は省略可能である。次に、上述した方法により調製した細胞懸濁物を、例えば、27ゲージの注射針を付けたシリンジで皮下に注入する。注入量の目安としては、1ml(3×10個の細胞)はおよそ皮膚表面積の6〜10cmに注入可能な量である。具体的には、片側下眼瞼全体で約0.3ml〜0.6ml使用する。該ヒト細胞組成物は、細胞移植医療に妨げとならない限りその他の添加物を含むことができ、例えば、懸濁液中の線維芽細胞の凝集を抑制するために局所麻酔薬等を添加することができる。該局所麻酔薬による細胞凝集抑制作用は、本発明者により発見されたものであり、特願2004−229466号として出願されており、その内容は参照により本願に組み込まれる。例えば、リドカイン、メピバカイン、ジブカイン、ブピバカイン、及びプロカイン等のアミド型局所麻酔剤やコカイン、プロカイン、クロロカイン、及びテトラカイン等のエステル型局所麻酔薬を0.1〜5%程度添加することにより、培養細胞懸濁液中の細胞の凝集を抑制して被験者への注入を容易にし、同時に被験者の苦痛を低減するという効果を有する。なお、本発明のヒト細胞組成物は、自己の培養細胞及び血小板などの自己由来の生物学的材料のみを含むことが好ましいが、目的に応じてその他の外来タンパク質、例えば、ゲル化させるために免疫原性を低下させたコラーゲンやフィブリン等の添加物を用いてもよいことは当然である。
【0024】
本発明は以下の実施例により、さらに具体的に説明されるが、これらは本発明の範囲を限定するものではなく、機能的に均等な方法及び成分は本発明の範囲に含まれる。
【実施例1】
【0025】
ヒト真皮由来の線維芽細胞を継代培養し、以下の2種類の培養皮膚モデルを作製した。ブタ腱由来酸可溶性I型コラーゲン(Cellmatrix−(登録商標)I−A;新田ゼラチン株式会社)8容量に対し、10倍濃度のMEM培地に懸濁した真皮線維芽細胞(3×10個/ml)を1容量加えよく混合した後、コラーゲンゲル再構成用緩衝溶液(2.2%NaHCO及び200mMのHEPESを含む0.05NのNaOH溶液)1容量を加えてpHを7.4程度にし、37℃で約30分間加温してコラーゲンゲルを作製した。ゲル化コラーゲン濃度は、最終濃度で3mg/mlとなるように調整した。この真皮線維芽細胞のコラーゲンゲル(コラーゲン真皮代用物)を培養容器に入れてPRP(真皮線維芽細胞と同程度の個数の血小板)を含む培養液(20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地α、ギブコオリエンタル社製)を添加して37℃、5%炭酸ガス存在下で培養したモデル(P群)と、コラーゲン真皮代用物を、PRPを含まない培養液で培養したモデル(C群)を作製した。
【0026】
P群及びC群の夫々について、培養後48時間の培養上清を回収し、ELISAにてVEGF量を定量した。すなわち、抗ヒトVEGFモノクローナル抗体(Quantikine(登録商標)、R&D Systems Inc.)でコートした96ウェルプレートに上記各培養上清を添加した。ウェルを洗浄した後、ペルオキシダーゼ標識抗ヒトVEGFポリクローナル抗体を加え、さらにウェルを洗浄後、基質溶液を添加してプレートを10分間室温でインキュベートし、620nmの吸光度を測定した。その結果、培養上清中のVEGF濃度は、P群では182.2±14.5pg/ml(n=4)、C群では17.8±3.7pg/ml(n=4)であった。P群において高濃度に検出されたVEGFの一部はPRPに由来すると思われるが、真皮線維芽細胞でもVEGFが発現しているか否かを確かめるために以下の実験を行った。
【0027】
上記の培養容器からコラーゲン真皮代用物を回収し、培養液を除去して実質的に血小板を含んでいないコラーゲン真皮代用物をISOGEN(日本ジーン社製)中でホモジナイズしてRNAを抽出した。Life Technologies社により合成されたVEGFプライマーを用いてRT/PCRを行い、VEGFのmRNA量を定量した。増幅反応に用いたプライマーの塩基配列は、センス鎖:5'-CCATGAACTTTCTGCTGTCTT-3'(配列番号1)及びアンチセンス鎖:5'-ATCGCATCAGGGGCACACAG-3'(配列番号2)である。0.1μg/μlの鋳型RNAをサーモサイクラーにて、変性ステップ(94℃、1分間);アニーリングステップ(55℃、1分間);伸長ステップ(72℃、2分間)を30回繰りかえしました。増幅反応を行った後、夫々の反応溶液を用いて1.5%アガロースゲル電気泳動を行い、エチジウムブロマイドで染色した。夫々のゲルを同一の露光量及び時間にて紫外線照射下で写真撮影した。その結果、図2に示したように、P群において特異的にVEGFのmRNAが発現していることが分かった。NIHのイメージソフトウェアを用いてバンドの濃さを測定し、真皮線維芽細胞内で構成的に発現しているGAPDHのmRNA量との相対的な濃度比を計算した結果、P群では2.011±0.030、C群では0.332±0.143であった。これらの結果より、血小板の存在下で真皮線維芽細胞を培養することにより、真皮線維芽細胞内におけるVEGFの発現を誘導し、VEGFの分泌能力を有するようになることが分かった。
【実施例2】
【0028】
実施例1と同様に2種類の培養皮膚モデルを作製し、48時間培養後の培養皮膚(コラーゲン真皮代用物)を免疫不全マウス(BALB/cA、nu)に移植し、誘導血管新生と真皮様構造の維持に関し組織学的検討を行った。P群及びC群の夫々を移植したマウス皮膚より凍結切片を作製し血管内皮細胞に対する免疫染色、及び比較としてヘマトキシリンエオジン染色を行った。切片は10〜50μm程度である。その結果を図3に示した。P群(PRP添加群)では皮膚の萎縮は無く血管細胞の誘導が多く認められた。図3に矢印で示した赤紫の点は血管内皮である。一方、C群では皮膚の萎縮が認められ、血管細胞の誘導は少なかった。以上の結果より、本発明の細胞組成物を移植した免疫不全マウスでは皮膚の血管新生が明らかに認められ、皮膚の血流を改善するものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】コラーゲンゲルを用いて作製した2種類の培養皮膚モデル(コラーゲン真皮代用物)を模式的に表わした図である。
【図2】培養皮膚モデル内の真皮線維芽細胞において発現するVEGFmRNA量をRT/PCRにより検出した結果である。
【図3】培養皮膚を移植した免疫不全マウスの皮膚の顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0030】
10 培養容器
20 コラーゲンゲル
30 真皮線維芽細胞
40 血小板(PRP)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の培養線維芽細胞と、血管増殖因子分泌細胞とを含有することを特徴とする、当該被験者の皮膚の血流を改善し及び/又は発毛を促進させるための、ヒト細胞組成物。
【請求項2】
前記血管増殖因子分泌細胞が、前記被験者の血小板又は多血小板血漿である請求項1に記載のヒト細胞組成物。
【請求項3】
前記血管増殖因子分泌細胞が、ヒト血管増殖因子を分泌する形質転換細胞である請求項1に記載のヒト細胞組成物。
【請求項4】
前記血管増殖因子分泌細胞に代えて、ヒト血管増殖因子の発現ベクター、又はヒト血管増殖因子の徐放性薬剤を含有する請求項1に記載のヒト細胞組成物。
【請求項5】
前記培養線維芽細胞が、被験者の皮膚の生検により得られる皮膚線維芽細胞を、0.5〜20容量%の自己血清を含む培地中で継代培養し、該培養した線維芽細胞をタンパク質分解酵素に暴露して得られる線維芽細胞懸濁物である請求項1〜4の何れか一項に記載のヒト細胞組成物。
【請求項6】
被験者の培養線維芽細胞懸濁物と、
前記被験者の血小板、ヒト血管増殖因子を分泌する形質転換細胞、ヒト血管増殖因子の発現ベクター及びヒト血管増殖因子の徐放性薬剤から成る群より選択される少なくとも1つと、を同時に、逐次的に、又は時間をおいて別々に当該被験者に投与することを特徴とする、発毛を促進させる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−131600(P2006−131600A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−325623(P2004−325623)
【出願日】平成16年11月9日(2004.11.9)
【出願人】(504268685)株式会社R&Dセルサイエンス・オプショナルメディコ (4)
【Fターム(参考)】