説明

白血病阻害因子に由来するレトロ−インベルソなペプチド

【課題】天然LIF(白血病阻害因子)と同じ活性を有し、神経栄養活性を有するペプチドを提供する。
【解決手段】18〜約40アミノ酸を有する白血病阻害因子(LIF)由来のレトロ−インベルソなペプチドであって、特定のアミノ配列を含み、前記ペプチドにおけるD−アミノ酸結合のため、in vivoにおいてタンパク質分解にたいして感受性が低く、安定である前記レトロ−インベルソなペプチド。前記レトロ−インベルソなペプチド、及び医薬上容認される担体を含んでなる組成物。前記組成物を哺乳動物に投与する過程を含んでなる、神経突起の成長又はミエリン形成を促進するための方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白血病阻害因子(LIF)に由来するレトロ−インベルソ(retro−inverso)なペプチドに関する。当該ペプチドは、天然の親タンパク質と類似した活性、及びまた神経栄養活性を有する。
【背景技術】
【0002】
サイトカインは、自然免疫及び特異的免疫の効果器相の間に生産され、そして免疫及び炎症応答を仲介及び制御するために働くタンパク質である。サイトカインは、その他のポリペプチドホルモンと同様に、標的細胞の表面上の特異的受容体との結合により、その作用を開始する。最も良く知られているサイトカインファミリーの1つは自然免疫を仲介するインターロイキンである。インターロイキンの構造及び機能の詳細に関して、Abbas et al. Cellular and Molecular Immunology, W.B. Saunders Company, Philadelphia, pp. 225-243, 1991を参照されたい。
【0003】
分化誘導することにより骨髄性白血病細胞株の増殖を阻害する活性にちなんで命名された白血病阻害因子(LIF)は、IL−6、オンコスタチンM、毛様体神経栄養因子(CNTF)及びカルジオトロフィン−1を含むリガンドファミリーの一員である(Gearing, Adv. Immunol. 53 : 31-58, 1993; Pennica et al., J. Biol. Chem. 270 : 10915-10922, 1995; Patterson, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 91 : 7833-7835, 1994)。これらのサイトカインは、非常に限られた配列相同性しか有さないが、種々の組織に対して非常に類似した効果を発揮する。例えば、LIFを含むいくつかの前記タンパク質は、肝臓において同一セットの急性相応答タンパク質を誘導し、培養した胚幹細胞の自律再生を支援し、脂質生合成を阻害し、そして培養した運動神経細胞の生存を促進することができる。LIFは、種々の細胞群、例えばマクロファージ、滑膜細胞及び軟骨細胞により生産される。インビボで末梢神経に適用した場合、LIFは、逆方向性に輸送され、そして損傷した感覚神経細胞を助ける(Hendry et al., J. Neurosci. 12 : 3427-3434, 1992; Cheema et al., J. Neurosci. Res. 37 : 213-218, 1994)。LIFはまた骨芽細胞及び内皮細胞の増殖及び分化を制御する。排卵期あたりで小胞内液のLIFレベルが増加することは、LIFが、排卵、初期胚発生及び着床において役割を果しうることを示す(Senturk et al., Am. J. Reprod. Immunol. 39 : 144-151, 1998; Stewart, Annals N.Y. Acad. Sci. 157-165)。
【0004】
ニューロトロフィン及び神経栄養因子は、神経細胞群の生存、標的への神経接続及び/又は機能に影響することができるタンパク質又はペプチドである(Barde, Neuron, 2 : 1525-1534, 1989)。インビボ及びインビトロの両方でのニューロトロフィンの効果は十分に報告されている。例えば、毛様体神経栄養因子(CNTF)は、インビトロでニワトリ胚の毛様体神経節の生存を促進し、そして培養した交感神経細胞、感覚神経細胞及び脊髄運動神経細胞の生存を支援する(Ip et al., J. Physiol. Paris, 85 : 123-130, 1991)。
【0005】
ペプチドのインビトロでの治療的使用に対する主な障害は、それらがタンパク質分解を受けやすいことである。レトロ−インベルソなペプチドとは、その配列方向が反対であり(レトロ)、かつ各アミノ酸のキラリティー、D又はLが逆である(インベルソ)線状ペプチドの異性体のことである。いくつかのペプチド結合だけが反対方向であり、かつその反対方向部分のアミノ酸残基のキラリティーが逆であるという、部分的に改変された線状ペプチドの異性体もまた存在する。この様なペプチドの主な利点は、タンパク質分解に対する耐性の増加により、インビボでの活性が強化されることである(論説として、Chorev et al., Trends Biotech., 13 : 438-445, 1995)。この様なレトロ−インベルソなアナログは、代謝安定性の増加を示すが、その生物活性はしばしば大きく低下する(Guichard et al., Proc. Natl. Acad, Sci. U.S.A., 91 : 9765-9769, 1994)。
【0006】
例えば、Richmanら(J. Peptide Protein Res., 25 : 648-662)は、Gly3 −Phe4 のアミド結合が改変された線状及び環状ロイ−エンケファリンアナログは、天然ロイ−エンケファリンの6〜14%の活性を有することを決定した。Chorevら(前出)は、ビトロネクチンとその受容体との結合を阻害するペプチドのレトロ−インベルソ化により、親異性体よりも50000倍低い活性を示す1つのペプチド、及び親の環状ペプチドよりも4000倍高い活性を有するもう1つのペプチドが得られたことを示した。Guichardら(TIBTECH 14, 1996)は、レトロ−インベルソ(全てD−レトロ)体の抗原擬態は、ランダムコイル、ループ又は環状構造のペプチドにおいてのみ起こりうることを述べている。「らせん形の」ペプチドの場合、抗原擬態を評価するために用いた溶媒条件下で、そのらせん性が事実上無くなる場合にのみ、適切で機能的な擬態が期待されるであろう。
【発明の概要】
【0007】
LIF由来であり、かつ神経栄養活性を有するペプチドであって、代謝安定性が増加しているが、生物学的な活性が保持されている前記ペプチドが求められている。本発明は、この要求を解決する。
【0008】
本発明の1つの態様は、18〜約40個のアミノ酸を有し、そして配列番号1に示す配列を含んでいる、単離されたレトロ−インベルソなペプチドである。一つの好ましい態様では、当該配列内の少なくとも1つの塩基性荷電アミノ酸を、異なる塩基性荷電アミノ酸により置換する。別の好ましい態様では、前記配列内の少なくとも1つの酸性荷電アミノ酸を、異なる酸性荷電アミノ酸により置換する。有利には、前記配列内の少なくとも1つの非極性アミノ酸を、異なる非極性アミノ酸により置換する。好ましくは、当該配列内の少なくとも1つの非荷電アミノ酸を異なる非荷電アミノ酸により置換する。別の好ましい態様では、前記配列内の少なくとも1つの芳香族アミノ酸を、異なる芳香族アミノ酸により置換する。有利には、当該ペプチドを、そのアミノ末端、カルボキシ末端、又はそれらの両末端で、CH3 CO,CH3 (CH2n CO,C65 CH2 CO及びH2 N(CH2n CO、ただしn=1〜10、から成る群から独立に選択される部分により修飾する。好ましくは、当該ペプチドをグリコシル化する。別の好ましい態様では、当該ペプチドの1又は複数のアミド結合を還元する。好ましくは、前記ペプチドの1又は複数の窒素をメチル化する。更に別の好ましい態様では、当該ペプチドの1又は複数のカルボン酸基をエステル化する。好ましくは、当該ペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列を有する。
【0009】
本発明の別の態様は、18〜約40個のアミノ酸を有し、そして配列番号1の配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチド、及び医薬上容認される担体を含んでなる組成物である。
本発明はまた、その必要のある哺乳動物において神経突起の成長又はミエリン形成を促進するための方法を提供する。この方法は、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるペプチドを含んでなる組成物を、有効量、すなわち神経突起の成長又はミエリン形成を促進する量で、その哺乳動物に投与する過程を含んでなる。好ましくは、当該ペプチドは配列番号1のアミノ酸配列を有する。有利には、当該哺乳動物は人間である。1つの好ましい態様では、当該投与過程は、直接的な局所注射、全身性、頭蓋内、脳脊髄内、局所的又は経口投与である。
【0010】
本発明の別の態様は、その必要のある哺乳動物において神経突起の成長又はミエリン形成を促進する際に用いるための、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチドである。好ましくは、当該ペプチドは配列番号1のアミノ酸配列を有する。有利には、当該哺乳動物は人間である。
本発明はまた、その必要のある哺乳動物において神経突起の成長又はミエリン形成を促進するための薬剤を調製するための、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチドの使用を提供する。配列番号1のアミノ酸配列を有する請求項21のペプチドが有益である。好ましくは、当該哺乳動物は人間である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、白血病阻害因子(LIF)に由来するレトロ−インベルソ(RI)なペプチドであって、天然のLIFに類似する効果、例えば骨芽細胞及び内皮細胞の増殖及び分化の制御、を仲介する前記ペプチドを提供する。前記の用語「由来する」とは、当該ペプチドが、インターロイキン6の活性領域又は下記に定義する通りのそのアナログを含んでいることを意味する。これらのRIなLIF由来ペプチドは、肝臓による急性相応答タンパク質の生産を誘導し、培養した胚幹細胞の自己再生を支援し、脂質生合成を阻害し、培養した運動神経細胞の生存を促進し、そして骨芽細胞及び内皮細胞の増殖及び分化を制御する。ある特定のLIF由来レトロ−インベルソなペプチドにおける、その親ペプチドに類似する効果を仲介する能力は、標準的なLIF検査、例えば実施例10に記載した検査により、当業者により決定することができる。
【0012】
これらのRIなLIF由来ペプチドはまた、末梢及び中枢の神経系に対する毒による、損傷による、虚血による、変性による傷害、及び遺伝性の傷害の後の機能回復を促進することにおいて治療的に適用される。これらのペプチドはまた、ミエリン形成の増加を促進するために、及び脱髄性疾患の効果を打ち消すために有用である。任意のこの様なペプチドにおける、神経突起の成長及びミエリン形成を刺激する能力、及び神経細胞死を抑制する能力は、実施例1〜9に記載の方法により、当業者により容易に決定することができる。これらのペプチドの使用は、それらが、天然又は組換えのサイトカインのいずれよりも安定であり、かつ合成しやすいので、種々の疾患の治療を促進するであろう。
【0013】
本発明のある特定のRIなLIF由来ペプチド、及びその由来となる親タンパク質を表1に示す。その対応する天然の(レトロ−インベルソでない)ペプチドは米国特許5,700,909に開示されている。
【0014】
【表1】

【0015】
前記の通り、これらのRIなLIF由来ペプチドは、対応する完全長のLIFと同じ活性を有し、かつまた神経栄養的及びミエリン栄養的な活性を有する。本発明の一つの態様は、分化した、又は未分化の神経細胞の神経突起の成長を促進する方法であり、この方法は、12〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1に示すRIなLIF由来ペプチドを含んでいるRIなペプチド、又は同様の活性を有するそのアナログを、有効量、すなわち神経突起の成長を促進する量で、その細胞に投与することによる。前記のアナログには、例えば、当該ペプチド内で、1又は複数のリシン及び/又はアルギニン残基を、アラニン又は別のアミノ酸で置換したもの;1又は複数のリシン及び/又はアルギニン残基を欠失したもの;1又は複数のチロシン及び/又はフェニルアラニン残基を置換したもの、1又は複数のフェニルアラニン残基を欠失したもの、及び、1又は複数のアミノ酸を保存的置換したものが含まれる。リシン/アルギニン及びチロシン/フェニルアラニン残基の置換又は欠失は、各々、トリプシン及びキモトリプシンによるペプチド分解の感受性を低下させるだろう。
【0016】
本発明に用いられうるこれらのペプチド配列の更なる変種には、微少な挿入や欠失も考えられる。保存的アミノ酸置換が考えられる。この様な置換は、例えば、側鎖の化学的性質において関連のあるアミノ酸群の中で行なわれる置換である。アミノ酸群には、塩基性荷電アミノ酸(リシン、アルギニン、ヒスチジン);酸性荷電アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸);非極性アミノ酸(アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン);非荷電極性アミノ酸(グリシン、アスパラギン、グルタミン、システイン、セリン、スレオニン、チロシン);及び、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン)が含まれる。特には、イソロイシン又はバリンによるロイシンの、グルタミン酸によるアスパラギン酸の、又はセリンによるスレオニンの単独置換からなる保存的アミノ酸置換、あるいは構造的に関連するアミノ酸によるあるアミノ酸の同様な保存的置換は、当該ペプチドの特性に重大な影響を与えないであろうことが一般的に容認されている。配列番号1の配列、あるいは挿入、欠失又は置換を有するその配列を含んでなる任意のRIなペプチドにおける、神経突起の成長、ミエリン形成を促進し、脱髄を抑制回復し、そして神経細胞死を抑制する能力を、下記実施例に示す検査により決定することができる。
【0017】
種々の標準的な化学修飾は、当該ペプチドの安定性、生物活性、及び脳血液関門を通過する能力を改善するであろう。その様な修飾の一つは、アミド結合を作るための、脂肪族又は芳香族の酸の誘導体による脂肪族アミノ末端修飾である。前記誘導体には、例えば、CH3 CO,CH3 (CH2n CO(n=1〜10),C65 CH2 CO,H2 N−(CH2n CO(n=1〜10)が含まれる。別の修飾は、アミド/エステル結合を介して当該ペプチドに連結される脂肪族又は芳香族のアミン/アルコールの誘導体によるカルボキシ末端の修飾である。この様な誘導体には前記に列挙したものが含まれる。当該ペプチドはまた、アミノ末端及びカルボキシ末端の両修飾を有してもよく、その場合、当該誘導体は、前記に列挙したものの中から独立に選択される。当該ペプチドはグリコシル化されてもよく、ここでは、アルファアミノ基又はD−Asnのいずれか、あるいは両方がグルコース又はガラクトースにより修飾される。別の考えられる修飾では、選択した骨格のアミド結合を還元する(−NH−CH2 )。その他の修飾には、アミド結合内の選択された窒素のN−メチル化、及び当該ペプチド内の酸の基の少なくとも一つを芳香族又は脂肪族エステルとして修飾するというエステル化が含まれる。前記修飾の任意の組み合せもまた考えられる。
【0018】
細胞増殖培地中におけるLIF活性又は神経栄養活性のために必要な、本発明のRIなペプチドの典型的な最小量は、通常、少なくとも約5ng/mlである。インビトロでの使用のためには、この量又はそれ以上の量の本発明のRIなペプチドが考えられる。典型的には、0.1g/ml〜約10g/mlの濃度の当該ペプチドが用いられるだろう。ある特定の組織における有効量を、実施例1に従って決定することができる。
【0019】
本発明のRIなペプチドを直接細胞に投与することにより、細胞を、インビトロ又はエキソビボで処理することができる。これを、例えば、その特定の細胞タイプに適する増殖培地中で細胞を培養し、次に当該ペプチドをその培地に添加することにより行うことができる。処置する細胞がインビボであり、典型的には脊椎動物、好ましくは哺乳動物内である場合、当該組成物を、いくつかの方法により投与することができる。最も好ましくは、当該組成物を、希望する局所ペプチド濃度を得るために十分な量で血液中に直接注射する。これらのRIなペプチドは、そのDペプチド結合のために、インビボでより長く存在する。リシン及びアルギニン残査を欠失したペプチドでは、そのタンパク質分解が低下する。より小さなペプチド(すなわち50アミノ酸以下)は、中枢神経系疾患の治療のために、最も良く脳血液関門を通過し、そして中枢神経系に進入するであろう(Banks et al., Peptides, 13 : 1289-1294, 1992)。
【0020】
神経疾患の治療のために、ニューロトロフィンの希望する局所濃度を得るために十分な量で、頭蓋内への、又は脳脊髄液への直接的な注射を行ってもよい。両方の場合で、医薬上容認される注射可能な担体が用いられる。この様な担体には、例えば、リン酸緩衝食塩水及びリンガー溶液が含まれる。あるいは、当該組成物を、直接的な局所注射により、又は全身性の投与により、末梢神経組織に投与することができる。種々の伝統的な投与方法、例えば静脈内、肺内、筋肉内、皮内、皮下、頭蓋内、硬膜上、硬膜下腔内、局所的、及び経口投与、が考えられる。
【0021】
本発明のペプチド組成物を製剤化して、注射用組成物又は局所製剤などの単位投与剤として、患者に一日に投与される用量に相当する投与量で、あるいは調節的に放出される組成物として投与することができる。PBS溶液又は凍結乾燥品のいずれかの形で、当該活性成分の一日の投与量を含んでいる無菌的に密封されたバイアルは、単位投与剤の一つの例である。好ましい態様では、LIFにより誘導される行程の促進、神経変性疾患又は脱髄疾患の治療のために必要な、脊椎動物の体重に基づく、本発明のRIなペプチドの一日の全身投与量は、約0.01〜約10000g/kgの範囲である。より好ましくは、一日全身投与量は約0.1〜1000g/kgである。最も好ましくは、一日全身投与量は約10〜100g/kgである。局所投与剤の一日投与量はほぼ一ケタ少ないであろう。胃腸系におけるタンパク質分解に対する当該ペプチドの耐性のために、経口投与は特に好ましい。
【0022】
本発明の一つの好ましい態様では、当該ペプチドを、移植により、インビボで神経細胞に局所的に投与する。例えば、ポリ乳酸、ポリガラクチック(polygalactic)酸、再生コラーゲン、多薄層性リポソーム及びその他の多くの慣習的な滞留性製剤は、生物学的に活性な神経栄養ペプチド組成物と共に調合することのできる生物侵食性又は生物分解性物質を含んでなる。これらの物質は、移植されると、徐々に分解され、そして活性物質が周囲の組織に放出される。本発明では、生物侵食性、生物分解性及びその他の滞留性製剤が明かに考えられる。注入ポンプ、マトリックス捕捉系、及び経皮的供給装置との組み合せもまた考えられる。当該ペプチドを、移植の前に、米国特許5,529,914に記載の通りに、ポリエチレングリコールによる構造皮膜内に封入することもできる。
【0023】
本発明のRIなLIF由来ペプチドをミセル又はリポソーム内に密閉することもできる。リポソーム封入技術は周知である。リポソームを、特定の組織に、例えば神経組織に、その標的組織に結合できる受容体、リガンド又は抗体の使用を介して、標的指向的に供給することができる。これらの組成物の調製は当分野に周知である(Radin et al., Meth. Enzymol., 98 : 613-618, 1983)。
【0024】
現在、神経系の完全な機能再生及び構造回復を促進することができる利用可能な医薬は存在しない。これは、中枢神経系において特に当てはまる。当該神経栄養因子の使用を介した末梢神経の再生は、本発明の範囲に含まれる。更に、脳内の神経群又は特定の領域の変性に関係する神経変性疾患の治療において、神経栄養因子を治療的に用いることができる。パーキンソン病の主原因は、黒質のドーパミン性神経細胞の変性である。抗プロサポシン(prosaposin)抗体は、人間の脳切片において黒質のドーパミン性神経細胞を免疫組織化学的に染色することができるので、パーキンソン病の治療において、本発明のRIなペプチドは治療上有用であろう。高齢者において視覚喪失を招く眼の神経変性疾患である網膜神経障害もまた、本発明のRIなペプチドにより治療されうる。
【0025】
長い間、神経栄養因子は、脳血液関門を通過しないので、脳内の神経細胞群に到達するために、それを大脳内に投与するべきであろうと信じられていた。米国特許5,571,787は、サポシン(saposin)Cに由来する神経栄養性の18量体断片のヨード化物が脳血液関門を通過することを開示している。従って、約22個以下のアミノ酸を有するRIなペプチドもまたこの関門を通過するであろう。従ってそれを静脈内に投与することができる。その他の神経細胞群、例えば運動神経細胞を、静脈内注射によっても処置することができる。ただし、代りの経路として、脳脊髄液への直接的な注射も考えられる。
【0026】
インビボ、エキソビボ又はインビトロで、前記の方法で、ミエリン形成を促進するために、又は脱髄を抑制するために細胞を処置することができる。神経線維の脱髄に至る疾患、例えば、MS、急性流行性白質脳炎、脳及び/又は脊髄への外傷、進行性多病巣性白質脳炎、異染性白質萎縮症、副腎性白質萎縮症、及び未成熟乳児における白質発達障害(脳室周囲の白質軟化症)を、当該疾患にかかった細胞に、本発明の神経栄養性ペプチドを投与することにより、遅延又は停止することができる。
【0027】
本発明のRIなLIF由来ペプチドの組成物を、また、培養した胚幹細胞の自己再生を支援するために、培養した運動神経細胞の生存を促進するために、そして神経栄養因子及びミエリン促進性物質の効果を決定するために用いることもできる。しかし、より実際的には、それらは、インビトロで増殖を促進するために、そして神経細胞及び幹細胞を維持するために、研究試薬及び細胞増殖用培地の成分として即座に有用である。
本発明のペプチドを、当分野に周知の自動固相方法により合成する。全てのペプチドを、使用する前に、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)により、約95%超の程度にまで精製する。
【実施例】
【0028】
下記実施例を、限定のためでなく、単に説明のために示す。
【0029】
実施例1:神経突起の成長の刺激
NS20Y神経芽細胞を、10%ウシ胎児血清(FCS)を含有するDMEM中で培養する。トリプシンにより細胞を取り出し、そして30mmペトリ皿内のカバーガラス上にまく。20〜24時間後、その培地を、0.5%FCSと、0,0.5,1,2,4又は8ng/mlの、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドとを含有する2mlのDMEMにより置換する。細胞を更に24時間培養し、PBSで洗浄し、そしてBouin溶液(飽和水性ピクリン酸/ホルマリン/酢酸15:5:1)により30分間固定した。固定液をPBSにより取り除き、そして位相差顕微鏡下で神経突起の成長を評価した。細胞の直径に等しいか、又はそれより長い明確に特定される神経突起を1又は複数個有する細胞を陽性と評価した。神経突起を有する細胞の割合を決定するために、各皿の異なる部分で、少なくとも200個の細胞を評価した。検査を2回ずつ行った。
【0030】
実施例2:細胞死の抑制
NS20Y細胞を、実施例1の記載通りにまき、そして8ng/mlの、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドの存在下又は非存在下で、0.5%ウシ胎児血清中で2日間、カバーグラス上で培養する。培地を取り除き、そして各ウエルに、0.2%トリパンブルー/PBSを加える。倒立顕微鏡上で、各ウエル上の4つの領域において400個の細胞を計数することにより、青色に染色されている死亡した細胞を、総数に対する割合として評価する。2回測定の平均誤差は5%であった。
【0031】
実施例3:エキソビボでの神経突起の成長の促進
成熟ラットから後根神経節を取り出し、そしてKuffler et al. J. Neurobiol. 25 : 1267-1282, 1994 の記載通りに、感覚神経細胞を調製した。神経細胞を、0.5ng/mlの、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドにより処理する。処理の3日後に、ミクロメーター格子上で、最長の神経突起の長さを測定する。RIなペプチドにより処理した神経細胞における最長の神経突起は、コントロール(非RI)ペプチドにより処理した細胞又は未処理のコントロール細胞に比べて約3倍長い。処理の48時間後には、多数の枝分れが認められるという点で、全ての細胞は、神経成長因子(NGF)に対するのと同様に応答する。これらの結果は、当該LIF由来ペプチドが感覚神経細胞の分化を促進することを意味する。
【0032】
実施例5:ラットモデルにおける脱髄の回復
実験上のアレルギー性脳脊髄炎(EAE)は、人間の多発性硬化症(MS)のラットモデルである。ラットでは、外来タンパク質(モルモット脊髄)の注射によりEAEが誘発され、その結果、11日後に、白質の炎症と脱髄が生じる。この脱髄症は、活発に脱髄が起きる人間のMS損傷に見られるものに似ている(Liu et al., Multiple Sclerosis 1 : 2-9, 1995)。
Lewis系ラットにおいて、モルモットの脊髄及び完全フロイントアジュバント(CFA)の乳濁液を注射することにより、EAEを誘導する。14日目に、衰弱が明白になってから、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドによる処置を開始し(筋肉内に200g/kg)、そして8日間毎日この処置を続ける。6匹のラットには担体のみを注射する。筋肉の衰弱の測定として、歩幅の長さを14日目及び22日目に評価する。更に、22日目に、脊髄において1mm2 あたりの脱髄損傷(斑)の数と大きさを評価する。最後に、22日目に、ミエリン分解のマーカーとして、脳内のコレステロールエステルの量を評価する。
【0033】
14日目に、両群の歩幅の長さは減少するが、8日間の処置後には、LIF由来ペプチドにより処置した動物は正常に回復し、一方担体により処置した動物は回復しない。ペプチド処置群の脳において、コレステロールエステル含量の有意な低下が認められる。更に、LIF由来ペプチドによる10日間の処置後には、脊髄の損傷数は有意に低下する。最後に、損傷の平均サイズは有意に低下する。コントロール動物と実験動物との間で、体重の喪失の差はない。これらの結果は、LIF由来ペプチドによる全身的処置の後における、臨床上、生化学上、及び形態学上有意なEAEの回復を示す。この作用は、ミエリン修復に対して直接的に作用しない現在のMS薬剤の抗炎症性効果とは異なる。
【0034】
実施例6:エキソビボでのミエリン形成の検査
新生マウスの小脳の外植試料を、Satomi, Zool. Sci. 9 : 127-137, 1992に従って調製する。その培養において22日間、神経突起の成長及びミエリン形成を観察する。その間には、その新生マウスの小脳は正常に神経細胞分化及びミエリン形成を開始する。18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドを、その外植試料を調製した後2日目に加え(3つのコントロール及び3つの処置外植試料)、そしてビデオカメラ付きの明視野顕微鏡下で、神経突起の成長及びミエリン形成を評価する。約1〜10g/mlの濃度のサポシンCを、ポジティブコントロールとして用いる。LIF由来ペプチドにより、サポシンCの場合と同程度にミエリン形成が刺激される。
あるいは、下記の通りに、ミエリンに限局するスルホ脂質への35Sの取り込みにより、ミエリン形成を検査してもよい。
【0035】
実施例7:スルホ脂質への35Sの取り込み
ミエリンを形成するシュワン細胞の初代培養細胞を、0.5%胎児ウシ血清(FBS)を含有する低硫酸培地(DMEM)中でインキュベーションし、次に、35Sメチオニン、及び18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドを48時間添加する。サポシンCをポジティブコントロールとして用いる。細胞をPBSによりリンスし、採取し、そして100lの蒸留水中で超音波処理する。タンパク質分析のため、一定量の細胞溶解液を取り出し、そして残りを、5mlのクロロホルム/メタノール(2:1、v/v)により抽出する。Hiraiwa et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 94 : 4778-4781の記載通りに、脂質抽出物をクロマトグラフィーにかけ、そして抗スルファチドモノクローナル抗体により免疫染色する。ペプチド及びサポシンCの処置後に、同様な量のスルファチドが認められる。
【0036】
実施例8:外傷性虚血性CNS損傷の治療におけるRIなペプチドの使用
脳又は脊髄に外傷性損傷を有する人間に対して、約100g/kgの、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドを、無菌塩水溶液の形で全身性の注射により、又は滞留形で与える。感覚神経又は運動神経の機能の増加(すなわち四肢の運動性の向上)により、改善の程度を評価する。更なる改善が認められなくなるまで、治療を続ける。
【0037】
実施例9:脱髄疾患の治療におけるRIなペプチドの使用
初期段階のMSであると診断された患者に、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドを、実施例8の記載と同一の投与量を用いて、全身性の注射により与える。投与を毎日又は毎週繰り返し、そして筋肉の強さ、筋骨格の協調及びミエリン形成(MRIにより決定する)の向上を観察する。慢性的に再発するMSを有する患者を、次の再発が起きる時に、同様な方法で治療する。
【0038】
実施例10:LIFによる細胞増殖検査
18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1の配列を含んでいるRIなペプチドにおけるLIF活性を、培養したTF−1細胞(ATCC)とのインキュベーションにより、そしてTF−1細胞の増殖の測定により検査する。TF−1細胞はヒトのT細胞であり、コロニー刺激因子(CSF)の存在下でのその増殖がLIFに応答して阻害される。供給(feeding)の2〜3日後にTF−1細胞を洗浄し、そして5%FCSを含有するRPMI1640中に1×106 細胞/mlの最終濃度に再懸濁する。LIFによる基準の滴定を容量100l中で3回ずつ行う。その基準の滴定を1ng/mlから開始し、そして0.1pg/mlまで連続的に2倍ずつ希釈する。RIなLIF由来ペプチドの適当な希釈を、容量100l中で3回ずつ行う。培地単独を、ネガティブコントロールとして用いる。
【0039】
細胞懸濁液(100l)を各ウエルに加え、そしてそのプレートを、保湿したCO2 インキュベーター内で37℃で約44時間インキュベーションする。トリチウム化したチミジン(0.5Ci)を各ウエルに加え、そしてそのプレートを約4時間インキュベーションする。各ウエルの内容物をフィルターマット上に採取し、そして液体シンチレーション計数により放射性標識の量を決定する。吸光度対基準濃度の標準曲線をプロットする。その標準曲線との比較により、RIなLIF由来ペプチドのLIF活性を推定する。
【0040】
本発明は、詳細な説明に記載した前記実施態様に限定されるものではない。本発明の意図を保持するいずれの態様も、本発明の範囲に含まれる。しかし、本発明は特許請求の範囲によってのみ限定される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
18〜約40個のアミノ酸を有する単離されたレトロ−インベルソなペプチドであって、配列番号1に示す配列を含んでいる前記ペプチド。
【請求項2】
前記配列内の少なくとも1つの塩基性荷電アミノ酸が、異なる塩基性荷電アミノ酸により置換されている、請求項1のペプチド。
【請求項3】
前記配列内の少なくとも1つの酸性荷電アミノ酸が、異なる酸性荷電アミノ酸により置換されている、請求項1又は2のペプチド。
【請求項4】
前記配列内の少なくとも1つの非極性アミノ酸が、異なる非極性アミノ酸により置換されている、請求項1〜3のいずれかのペプチド。
【請求項5】
前記配列内の少なくとも1つの非荷電アミノ酸が、異なる非荷電アミノ酸により置換されている、請求項1〜4のいずれかのペプチド。
【請求項6】
前記配列内の少なくとも1つの芳香族アミノ酸が、異なる芳香族アミノ酸により置換されている、請求項1〜5のいずれかのペプチド。
【請求項7】
前記ペプチドが、そのアミノ末端で、カルボキシ末端で、又はアミノ末端及びカルボキシ末端の両方で、CH3CO,CH3(CH2nCO,C65CH2CO及びH2N(CH2nCO、ただしn=1〜10、から成る群から独立に選択された部分により修飾されている、請求項1〜6のいずれかのペプチド。
【請求項8】
前記ペプチドがグリコシル化されている、請求項1〜7のいずれかのペプチド。
【請求項9】
前記ペプチド内の1又は複数のアミド結合が還元されている、請求項1〜8のいずれかのペプチド。
【請求項10】
前記ペプチド内の1又は複数の窒素がメチル化されている、請求項1〜9のいずれかのペプチド。
【請求項11】
前記ペプチド内の1又は複数のカルボン酸基がエステル化されている、請求項1〜10のいずれかのペプチド。
【請求項12】
前記ペプチドが、配列番号1に示すアミノ酸配列を有する、請求項1〜11のいずれかのペプチド。
【請求項13】
18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1に示す配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチド、及び医薬上容認される担体を含んでなる組成物。
【請求項14】
その必要のある哺乳動物において神経突起の成長又はミエリン形成を促進するための方法であって、神経突起の成長又はミエリン形成を促進するために有効な量の、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1に示す配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチドを含んでなる組成物を前記哺乳動物に投与する過程を含んでなる、前記方法。
【請求項15】
前記ペプチドが、配列番号1に示すアミノ酸配列を有する、請求項14の方法。
【請求項16】
前記哺乳動物が人間である、請求項14又は15の方法。
【請求項17】
前記の投与過程が、直接的な局所注射、全身性、頭蓋内、脳脊髄内、局所及び経口投与からなる群から選択される、請求項14〜16のいずれかの方法。
【請求項18】
その必要のある哺乳動物において神経突起の成長又はミエリン形成を促進する際に用いるための、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1に示す配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチド。
【請求項19】
前記ペプチドが、配列番号1に示すアミノ酸配列を有する、請求項18のペプチド。
【請求項20】
前記哺乳動物が人間である、請求項18又は19のペプチド。
【請求項21】
その必要のある哺乳動物において神経突起の成長又はミエリン形成を促進するための薬物を調製することにおける、18〜約40個のアミノ酸を有し、かつ配列番号1に示す配列を含んでいるレトロ−インベルソなペプチドの使用。
【請求項22】
前記ペプチドが、配列番号1に示すアミノ酸配列を有する、請求項21のペプチド。
【請求項23】
前記哺乳動物が人間である、請求項21又は22のペプチド。

【公開番号】特開2011−144184(P2011−144184A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−33594(P2011−33594)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【分割の表示】特願2001−503886(P2001−503886)の分割
【原出願日】平成12年6月16日(2000.6.16)
【出願人】(502031119)マイアロス コーポレイション (2)
【Fターム(参考)】