説明

皮膚断面生組織スライス組成物、その調製方法及びこれを用いる皮膚刺激の評価方法

【課題】 動物個体から採取された皮膚断面生組織片を皮膚組織の複数の層を含むように切断して、潅流培養下で刺激に対する応答をリアルタイムで検出することが可能な皮膚断面生組織スライスを調製する方法と、該生組織スライスを用いて皮膚刺激を評価する方法とを開発する。
【解決手段】 固定処理及び凍結処理を施さないで、皮膚表面からの深さが異なる複数の層を含むように薄切された皮膚断面生組織スライス組成物と、皮膚断面生組織片を動物個体から採取するステップと、固定処理を施さずに前記皮膚断面生組織片を10%アガロースに包埋するステップと、前記10%アガロースに包埋された前記皮膚断面生組織片を凍結処理を施さずに皮膚表面からの深さが異なる複数の層を含むように薄切して、皮膚断面生組織スライス組成物を得るステップとを含む、皮膚断面生組織スライス組成物の調製方法とを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚断面生組織スライス組成物と、その調製方法と、これを用いる皮膚刺激の評価方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚組織は、主に上皮細胞及び真皮繊維芽細胞から構成される。皮膚組織は、皮下脂肪及び筋肉に裏打ちされ、皮膚組織には、毛細血管、体毛、体表感覚器及びこれに接続する神経も含まれる。皮膚組織は皮膚表面に平行な複数の層を形成しており、真皮繊維芽細胞の層と、該真皮繊維芽細胞と基底膜で隔てられた上皮細胞の層とに大きく分けられる。真皮繊維芽細胞の層は上皮細胞の層より深い位置にある。上皮細胞の層は、皮膚の深いほうから順に、基底膜に近い基底層と、有棘層と、顆粒層とからなる。上皮細胞の幹細胞は基底層にあり、上皮細胞は分化の進行とともに皮膚の表面に近づき、角質層に入ると細胞は死に、皮膚表面に達すると剥離除去される。
【0003】
皮膚の疾患の治療、美観の保持及び老化の抑制等に有効な製剤及び方法を開発するためには、皮膚組織の機能をリアルタイムで観察し定性的及び/又は定量的に皮膚刺激を評価する方法が必要である。しかし、従来技術ではこのような層状の組織構築を保持したままそれぞれの層の細胞の機能を同時に観察することはできなかった。例えば、皮膚組織を試験管内で培養しても、各層の細胞を同時に観察することはできない。かかる層状の組織のそれぞれの層を含む生組織スライスを作成して、得られた生組織を切断面が顕微鏡の視野面と平行になるように静置し、培養液を潅流しながら、前記生組織スライスに刺激を与え、顕微鏡下で組織の各層の細胞の応答を検出する技術は、哺乳類の脳については既に実用化されている(非特許文献1)
【非特許文献1】Iijima, T.ら、Science, 272: 1176 - 1179 (1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし動物の皮膚組織は、角質と、角質以外の組織との間で、弾性、剛性その他の組織切断と関係する物理的特性が大きく異なる。そのため、脳組織のスライス作成技術のプロトコールによって皮膚の生組織スライスを作成することはできない。そこで、動物個体から採取された皮膚断面生組織片を皮膚組織の複数の層を含むように切断して、潅流培養下で刺激に対する応答をリアルタイムで検出することが可能な皮膚断面生組織スライスを調製する方法と、該生組織スライスを用いて皮膚刺激を評価する方法とを開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、固定処理及び凍結処理を施さないで、皮膚表面からの深さが異なる複数の層を含むように薄切された皮膚断面生組織スライス組成物を提供する。
【0006】
本発明の皮膚断面生組織スライス組成物は、哺乳類の皮膚に由来する場合がある。
【0007】
本発明の皮膚断面生組織スライス組成物は、哺乳類の足裏の皮膚に由来する場合がある。
【0008】
本発明は、皮膚断面生組織片を動物個体から採取するステップと、固定処理を施さずに前記皮膚断面生組織片を10%アガロースに包埋するステップと、前記10%アガロースに包埋された前記皮膚断面生組織片を凍結処理を施さずに皮膚表面からの深さが異なる複数の層を含むように薄切して、皮膚断面生組織スライス組成物を得るステップとを含む、皮膚断面生組織スライス組成物の調製方法を提供する。
【0009】
本発明の皮膚断面生組織スライス組成物の調製方法においては、前記皮膚断面生組織片が哺乳類の足裏の皮膚から採取される場合がある。
【0010】
本発明は、本発明の皮膚断面生組織スライス組成物の調製方法によって調製される皮膚断面生組織スライス組成物を提供する。
【0011】
本発明は、潅流培養条件下で、本発明の皮膚断面生組織スライス組成物に刺激を与えるステップと、前記刺激に対する前記皮膚断面生組織スライス組成物の応答を光学的にリアルタイムで検出するステップとを含む、皮膚刺激の評価方法を提供する。
【0012】
本発明の皮膚刺激の評価方法は、前記皮膚断面生組織スライス内の皮膚表面からの深さが異なる複数の層に属する細胞における応答を比較するステップを含む場合がある。
【0013】
本発明の皮膚刺激の評価方法において、前記刺激は、化学的刺激、機械的刺激、熱刺激、侵害性刺激、皮膚バリア機能の喪失、病原体の感染による刺激及び免疫学的刺激からなるグループから選択される少なくとも1つの刺激の場合がある。
【0014】
本発明の皮膚刺激の評価方法において、前記応答は前記皮膚断面組織スライス内のイオン分布の時間的及び/又は空間的な変化の場合がある。
【0015】
本発明の皮膚刺激の評価方法において、前記イオン分布の変化は前記イオンに対する蛍光プローブの蛍光特性の変化によって検出される場合がある。
【0016】
本発明において皮膚とは、動物、特に、哺乳類の皮膚をいう。好ましい哺乳類は、げっ歯類及び霊長類を含む。本発明の皮膚は、卵生動物の場合には孵化前、胎生動物の場合には出産前の胚又は胎児と、孵化又は出産から繁殖可能な成熟までの発達段階の個体と、繁殖可能な成熟した個体と、繁殖能力を喪失した老齢個体とのいずれかに由来する場合がある。本発明の皮膚は、野外で自由に生活しているか、ケージ内又は首輪その他の拘束具によって自由な移動を制限された状態で飼育されているか、健康状態が良好であるか、何らかの疾病を罹患しているかのいずれかの状態にある動物に由来する場合がある。
【0017】
本発明の皮膚は、哺乳類の足裏の皮膚の場合が好ましい。本明細書で用いられるところの用語「足裏」とは、哺乳類の四肢のうち、体重を支える肢部の皮膚であって、体重の負荷が加わる部分か、地上生活の場合には歩行又は走行のために地面に接する部分か、樹上生活の場合には植物の枝、茎又は蔓を把持する部分かを指す。4足歩行をする動物では、足裏は、前肢及び後肢の指、掌及びフットパッドを含む。2足歩行をする動物では、足裏は、足の接地面側の踵から指先までのいずれかの部分を指す。
【0018】
本発明の皮膚は、機械的刺激、熱・冷刺激、化学的刺激等の侵害性刺激に対する感覚過敏や、皮膚保湿性や、免疫反応や、皮膚バリヤー機能や、シワ形成及びその抑制や、皮膚の日焼け又は美白や、肌荒れ、皮膚炎その他の皮膚の疾患又は美容上の問題に関する試験に用いられる部位が好ましい。例えば、10週齢ウィスターラットの後肢足裏は、前記侵害性刺激に対する感覚過敏の試験に用いられる。
【0019】
皮膚表面に近い角質層にはコラーゲンが多く含まれるため、皮膚のより深い層に比べて硬い。そのため、本発明の皮膚断面組織片は、薄切に関する弾性、剛性その他の物理的特性が不均一な組織である。本発明の生組織スライス組成物の調製方法は、かかる物理的特性が不均一な組織を薄切することができる。本発明の生組織スライス組成物の調製方法は、生体から採取した組織片から細胞を殺す処理を施すことなくスライス組成物を調製することができる。ここで細胞を殺す処理とは、組織の固定処理と、樹脂その他の物質を細胞内に浸透させる包埋処理と、凍結処理とを含むがこれらに限られない。
【0020】
本発明の皮膚は、得られる皮膚断面生組織スライスに含まれる細胞が生理反応を示す、すなわち、潅流培養下で刺激に応答することができることを条件として、いかなる処理によって採取されてもかまわない。例えば、皮膚表面を殺菌消毒する処理や、酵素その他の化学的方法や、加温、加湿その他の物理的方法を用いて皮膚の角質を軟化する処理が施されてもかまわない。
【0021】
本明細書で用いられるところの用語「皮膚表面からの深さが異なる複数の層」とは、皮膚の表面と、角質層と、顆粒層と、有棘層と、基底層と、皮下繊維芽細胞層とからなるグループのうち2つまたは3つ以上の層をいう。
【0022】
本発明の皮膚断面組織片は、皮膚の表面と、角質層と、顆粒層と、有棘層と、基底層と、皮下繊維芽細胞層とからなるグループのうち2つまたは3つ以上の層を含むように、皮膚の表面から皮下に向けて皮膚組織を切断することによって採取される場合がある。代替的には、本発明の皮膚断面組織片は、皮膚組織から採取された皮膚の上皮細胞と真皮の繊維芽細胞とを試験管内で混合培養して得られた組織片の場合がある。
【0023】
本発明の皮膚断面生組織スライス組成物は、皮膚表面からの深さ(以下、「X軸方向」という。)が異なる複数の層が1つのスライス片に含まれることを条件として、皮膚表面と交差するいかなる面で皮膚断面生組織片が薄切されてもかまわない。本発明の皮膚断面生組織片が皮膚の上皮細胞と真皮の繊維芽細胞とを試験管内で混合培養して得られた組織片の場合には、前記上皮細胞と前記繊維芽細胞とが1つのスライス片に含まれることを条件として、いかなる面で皮膚断面生組織片が薄切されてもかまわない。本発明の皮膚断面生組織スライス組成物は、皮膚の表面と、角質層と、顆粒層と、有棘層と、基底層と、皮下繊維芽細胞層との全ての層を含むことが好ましい。
【0024】
本発明の皮膚断面生組織片は、10%アガロースに包埋してから薄切される。本発明の皮膚断面生組織スライス組成物の調製方法においては、前記皮膚断面生組織片は、固定処理を施さないで10%アガロースに包埋される。ここで固定処理とは、採取された皮膚断面生組織片の中の細胞を殺す全ての処理を含む。代表的な固定処理は、アルコール、アルデヒドその他の有機溶剤に前記組織片を曝露する処理である。
【0025】
本発明の皮膚組織断面スライス組成物の調製方法において、10%アガロースに包埋するとは、予め固化した10%アガロースゲルに前記皮膚組織断面生組織片を挟むか、前記ゲルに前記生組織片の寸法と適合する凹陥部を設けて前記生組織片を埋め込むか、あるいはその他の方法によって、包み込むことをいう。例えば、予め加熱して溶解した10%アガロースを固化させたアガロースゲル塊と、加熱して溶解した10%アガロース液であって、固化しないように40°C以下に保温されたアガロース液とを用意し、前記アガロースゲル塊の上に、前記皮膚組織断面生組織片を静置し、該生組織片の上から前記40°C以下に保温されたアガロース液を注いで固化させる場合がある。前記生組織片を含むアガロースゲルブロックを微小振動する刃で薄切することによって、本発明の皮膚断面生組織スライス組成物を得ることができる。
【0026】
本発明の生組織のスライス組成物の厚さは、光学顕微鏡によってスライス組成物内の生きた細胞が観察できることを条件として、どのような厚さであってもかまわない。例えば共焦点効果及びデコンボリューション効果を含むがこれらに限定されない光学的効果を奏する機能を有する光学顕微鏡は、顕微鏡の視野面に垂直な方向(以下、「Z軸方向」という。また、視野面に平行でX軸及びZ軸に対してともに垂直な方向を「Y軸方向」という。)に数個又は数十個の細胞が配置された厚いスライスであっても蛍光プローブその他の発光光源の位置を分離して記録することができる。本発明のスライス組成物は、かかる光学顕微鏡によって蛍光プローブその他の発光光源の位置を分離することができることを条件として、どのような厚さであってもかまわない。好ましい厚さは、100ないし400μmであり、より好ましい厚さは300ないし400μmである。
【0027】
本発明の皮膚断面生組織片を包埋した10%アガロースブロックを薄切するには、低温槽を備え、氷冷された作業液中で切断用の刃が微小振動しながら薄切する振動刃ミクロトームを用いることが好ましい。
【0028】
本発明の皮膚刺激の評価方法における皮膚に対する刺激とは、機械的刺激、熱・冷刺激、化学的刺激等の侵害性刺激や、皮膚保湿性の変化による刺激や、免疫反応による刺激や、皮膚バリヤー機能の喪失をもたらす刺激や、シワ形成及びその抑制と、皮膚の日焼け又は美白と、肌荒れ、皮膚炎その他の皮膚の疾患又は美容上の問題と関係する要因による刺激をいう。例えば、侵害性刺激の受容体に対するアゴニストであるカプサイシン、ATP(アデノシン5’三リン酸等を潅流培養下の本発明の生組織スライス組成物に投与することによって、生体内(in vivo)での皮膚に対する侵害性刺激を試験管内(in vitro)で再現又は模倣することができる。
【0029】
本発明の皮膚刺激の評価方法における評価の対象となる皮膚組織の刺激に対する応答は、潅流培養下の本発明の生組織スライス組成物における遺伝子発現やシグナル伝達経路の変化と、細胞増殖活性の変化と、細胞の形態の変化と、組織の構築状態の変化と、組織内での生体高分子の量及び分布パターンの変化と、リン酸化、メチル化、糖鎖結合その他の生体高分子の共有結合による修飾状態の変化と、呼吸その他の組織内の細胞の代謝経路の変化と、代謝産物を含む低分子化合物の量及び分布パターンの変化と、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、水素イオンを含むが、これらに限定されないさまざまなイオンの量及び分布パターンの変化とを含むが、これらに限定されない。前記生体高分子、低分子、イオン等の量及び分布パターンの変化は、時間的な変化及び/又は空間的な変化の場合がある。
【0030】
本発明の皮膚刺激の評価方法では、組織及び/又は細胞の形態的な変化と、位相差特性、微分干渉特性その他の光学的な特性の変化と、緑蛍光タンパク質(GFP)その他の発光タンパク質を利用した融合タンパク質の発光特性及び/又は発光部位の変化と、特定のタンパク質の相互作用が生じるときに発光特性が変化する融合タンパク質の発光特性及び/又は発光部位の変化と、特定のイオンとの特異的な結合が起こるときに発光特性が変化する蛍光その他の発光原子団を有する発光プローブの発光特性及び/又は発光部位の変化とを含むが、これらに限定されない、光学的な特性の変化が、光学顕微鏡を用いて検出される。蛍光タンパク質及び/又は蛍光プローブの発光特性には、励起波及び蛍光の波長及び/又は強度の変化が含まれるが、これらに限定されない。
【0031】
本発明の皮膚刺激の評価方法は、皮膚刺激の応答を検出するために生組織スライスに含まれる細胞を殺す必要がなく、また、潅流培養下の前記生組織スライスを物理的に処理する必要がないという点で、非侵襲的である。また、本発明の生組織スライス組成物は、顕微鏡の視野面をZ軸に沿って移動させながら、視野面(すなわちX軸及びY軸を含む平面)の画像データをリアルタイムで記録及び/又は画像処理することによって、本発明の皮膚生組織スライス組成物における前記刺激に対する応答をリアルタイムで検出することができる。
【0032】
本発明の皮膚刺激の評価方法では、皮膚表面と皮内とを結ぶ方向(X軸方向)と、潅流培養下で培養液に接する生組織スライス組成物の表面と、該生組織スライス組成物の内部とを結ぶ方向(Y軸又はZ軸方向)とのそれぞれに対して異なる場所にある細胞の応答を検出することができる。そこで例えば、X軸方向について異なる場所にある、すなわち、皮膚表面からの深さが異なる層に属する細胞の応答を比較することによって、ある特定の層に特異的な刺激及び/又は応答を評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によって限定されるものであって、本発明の実施例は例示にすぎない。
【実施例1】
【0034】
1.皮膚断面生組織片の調製
10週齢のメスのウィスター系ラットにエーテル麻酔を施して、後肢の足裏をアルコール消毒したうえで皮膚組織を採取した。前記皮膚組織を氷冷したダルベッコ変法Ca・Mg不含リン酸緩衝生理食塩水の入った容器の中で使い捨て式のメス又はカミソリを用いてトリミングし、皮膚組織の断面に沿って薄切されるように形を整えて、皮膚断面生組織片を得た。
【0035】
2.皮膚断面生組織片を包埋したアガロースブロックの調製
生理食塩水中に細菌培地用アガロース(栄研化学株式会社 E−MJ00)を10%(w/v)添加して、電子レンジで加熱して溶解させ、容器に注いで冷却固化させて、10%アガロースゲルを得た。該アガロースゲルに前記皮膚断面生組織片が挟まれたゲルブロックを作成し、氷冷した作業液(136mM NaCl、5mM KCl、1.25mM NaHPO、22mM NaHCO、30mM ブドウ糖、170mM ショ糖、1.8mM CaCl及び1.0mM MgCl)でステージチャンバーの底に前記ゲルブロックを固定した。
【0036】
3.皮膚断面生組織スライス組成物の調製
振動刃ミクロトーム(Leica社 VT1200S)の製造者による操作マニュアルにしたがって、氷冷した作業液中で、前記皮膚断面生組織片が挟まれたゲルブロックを厚さ300μmで薄切した。
【実施例2】
【0037】
1.皮膚断面生組織スライス組成物へのカルシウムイオン蛍光プローブのローディング
前記作業液中に50μMのFura2又はRhod−2を溶解したローディング溶液中で前記皮膚断面生組織スライス組成物を室温で2時間インキュベーションし、さらに37°Cで30分間インキュベーションして、Fura2を細胞内にローディングした。
【0038】
2.ATP刺激に対する皮膚細胞の応答
Fura2をローディングした前記皮膚断面生組織スライス組成物は、室温に保たれた潅流液(組成:150mM NaCl、5mM KCl、1.8mM CaCl、1.2 mM MgCl、25mM HEPES及び10mM ブドウ糖、pH.7.4)を灌流しながら100μMのATPを含む培養液を滴下することによって刺激された。刺激に対する前記生組織スライス中の各細胞の細胞内カルシウムイオン濃度の変化は、蛍光顕微鏡の合焦視野面をZ軸方向に高速で移動させることによって立体的かつ経時的に記録された。得られたデータは浜松フォトニクス社製AQUACOSMOS(登録商標)基本ソフトウェア(U7501、バージョン2.6.1)を用いて記録された。
【0039】
3.結果
図1Aは、Fura2をローディングした前記皮膚断面生組織スライス組成物の蛍光顕微鏡写真である。顆粒層と、有棘層と、基底層との位置と、皮膚表面からの深さが異なる複数の細胞(1ないし4)の位置とが示される。図1Bは、細胞(1ないし4)に由来するFura2蛍光の変化の波形図である。各波形図の横軸は計測開始後の時間経過(分)を示す。1目盛りが2.5分である。各波形図の縦軸は、380nmでの蛍光強度を分母とし、340nmでの蛍光強度を分子とする蛍光強度の比である。比の値が大きいほど、カルシウムイオン濃度が高いことを表す。いずれの波形図でも、ATPを投与した2.5分及び7.5分の直後にカルシウムイオン濃度の急激な上昇が観察された。しかし、カルシウムイオン濃度の変化は、皮膚の基底膜に近い深部の細胞ほど応答が大きく、皮膚表面に近い浅い細胞ほど応答は小さい傾向が認められた。なお、ATP投与による刺激の前と、ATP投与に対する応答が終わった後の基線状態での細胞内カルシウムイオンの濃度は、皮膚の基底膜に近い深部の細胞ほど濃度が低く、皮膚表面に近い浅い細胞ほど濃度が高い傾向が認められた。
【0040】
図2は、Rhod−2をローディングした前記皮膚断面生組織スライス組成物の蛍光を共焦点顕微鏡によって観察して得られた光学的な断面画像(A及びB)と、カルシウムイオン蛍光観察実験終了後に前記皮膚断面生組織スライス組成物を通常の組織標本にして、ヘマトキシリンエオジン染色したもの(C)である。共焦点顕微鏡を用いて特定の焦点視野面での蛍光分布パターンを観察することによって、前記皮膚断面生組織スライス組成物の中の生きた細胞層ごとのカルシウムイオン濃度分布を解析することができた。
【0041】
図3は、Rhod−2をローディングした前記皮膚断面生組織スライス組成物の蛍光を共焦点顕微鏡を用いて視野面に垂直な方向(Z軸方向)に視野面を移動させながら記録することによって、ほぼ同一時点におけるカルシウムイオン濃度の3次元的な分布を立体的に表示した画像である。ATP投与刺激によるカルシウムイオン濃度の3次元的な分布を経時的に記録することによって、前記皮膚断面生組織スライス組成物の中で、カルシウムイオン濃度変化のピークがX,Y及びZ軸方向にどのように伝播するかを解析することができた。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1A】ATP投与による刺激に応答した細胞内カルシウムイオン濃度変化を定量的に解析した皮膚断面生組織スライスの異なる層の細胞1ないし4の位置を示す蛍光顕微鏡写真。
【図1B】細胞1ないし4におけるATP投与による刺激に応答した細胞内カルシウムイオン濃度変化を示す波形図。
【図2】ATP投与による刺激に応答した細胞内カルシウムイオン濃度分布を示す共焦点断面画像(A及びB)と、組織標本顕微鏡写真(C)。
【図3】ATP投与による刺激に応答した細胞内カルシウムイオン濃度分布を示す立体的表示画像。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定処理及び凍結処理を施さないで、皮膚表面からの深さが異なる複数の層を含むように薄切された皮膚断面生組織スライス組成物。
【請求項2】
前記皮膚は哺乳類の皮膚である、請求項1に記載の皮膚断面生組織スライス組成物。
【請求項3】
前記皮膚は哺乳類の足裏の皮膚である、請求項2に記載の皮膚断面生組織スライス組成物。
【請求項4】
皮膚断面生組織片を動物個体から採取するステップと、
固定処理を施さずに前記皮膚断面生組織片を10%アガロースに包埋するステップと、
前記10%アガロースに包埋された前記皮膚断面生組織片を凍結処理を施さずに皮膚表面からの深さが異なる複数の層を含むように薄切して、皮膚断面生組織スライス組成物を得るステップとを含む、皮膚断面生組織スライス組成物の調製方法。
【請求項5】
前記皮膚は哺乳類の足裏の皮膚である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項4ないし5のいずれかの方法によって調製される皮膚断面生組織スライス組成物。
【請求項7】
潅流培養条件下で、請求項1、2、3又は6のいずれかに記載の皮膚断面生組織スライス組成物に刺激を与えるステップと、
前記刺激に対する前記皮膚断面生組織スライス組成物の応答を光学的にリアルタイムで検出するステップとを含む、皮膚刺激の評価方法。
【請求項8】
前記皮膚断面生組織スライス内の皮膚表面からの深さが異なる複数の層に属する細胞における応答を比較するステップを含む、請求項7に記載の皮膚刺激の評価方法。
【請求項9】
前記刺激は、化学的刺激、機械的刺激、熱刺激、侵害性刺激、皮膚バリア機能の喪失、病原体の感染による刺激及び免疫学的刺激からなるグループから選択される少なくとも1つの刺激である、請求項7又は8に記載の皮膚刺激の評価方法。
【請求項10】
前記応答は前記皮膚断面組織スライス内のイオン分布の時間的及び/又は空間的な変化である、請求項7ないし9のいずれかに記載の皮膚刺激の評価方法。
【請求項11】
前記イオン分布の変化は前記イオンに対する蛍光プローブの蛍光特性の変化によって検出される、請求項10に記載の皮膚刺激の評価方法。

【図1B】
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【図1A】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−210433(P2009−210433A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−53954(P2008−53954)
【出願日】平成20年3月4日(2008.3.4)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】