説明

皮革および皮革の成型方法

【課題】皮革独自の触感や風合いが損なわれることを回避することができる皮革の成型方法を提供する。
【解決手段】皮革素材1aの網状層L3にアクリル酸系樹脂エマルジョンを浸透させる浸透工程と、アクリル酸系樹脂エマルジョンが浸透した皮革素材1aを乾燥する乾燥工程と、乾燥した皮革素材1aを湿らす湿潤工程と、湿った皮革素材1aを低温度でプレス成型するプレス成型工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮革および皮革の成型方法に係り、特に、皮革の網状層に樹脂が浸透しているものに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、皮革素材の床面に熱可塑性樹脂を塗布し、高温で前記樹脂を軟化させておいてプレス成型し、このプレス成型後に、皮革素材を冷却して所定形状の皮革を成型する方法が知られている。
【0003】
なお、従来の皮革の成型に関する文献としてたとえば特許文献1を掲げることができる。
【特許文献1】特開平9―221700号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来の皮革の成型においては、熱可塑性樹脂が軟化する温度(たとえば、90℃〜200℃)で皮革を成型しなければならない。このように高い温度でプレス成型を行なうと、皮革独自の触感や風合いが損なわれるおそれがあるという問題がある。
【0005】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、皮革独自の触感や風合いが損なわれることを回避することができる皮革の成型方法および皮革を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、皮革素材の網状層にアクリル酸系樹脂エマルジョンを浸透させる浸透工程と、前記浸透工程でアクリル酸系樹脂エマルジョンが浸透した皮革素材を乾燥する乾燥工程と、前記乾燥工程で乾燥した前記皮革素材を湿らす湿潤工程と、前記湿潤工程で湿った皮革素材を低温度でプレス成型するプレス成型工程とを有する皮革の成型方法である。
【0007】
請求項2に記載の発明は、皮革素材の網状層に界面活性剤を浸透させる第1の浸透工程と、前記第1の浸透工程で界面活性剤が浸透した皮革素材の網状層にアクリル酸系樹脂エマルジョンを浸透させる第2の浸透工程と、前記浸透工程でアクリル酸系樹脂エマルジョンが浸透した皮革素材を乾燥する乾燥工程と、前記乾燥工程で乾燥した前記皮革素材を湿らす湿潤工程と、前記湿潤工程で湿った皮革素材を低温度でプレス成型するプレス成型工程とを有する皮革の成型方法である。
【0008】
請求項3に記載の発明は、皮革素材の網状層に界面活性剤とアクリル酸系樹脂エマルジョンとを浸透させる浸透工程と、前記浸透工程で界面活性剤とアクリル酸系樹脂エマルジョンとが浸透した皮革素材を乾燥する乾燥工程と、前記乾燥工程で乾燥した前記皮革素材を湿らす湿潤工程と、前記湿潤工程で湿った皮革素材を低温度でプレス成型するプレス成型工程とを有する皮革の成型方法である。
【0009】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の皮革の成型方法において、前記プレス成型工程は、減圧プレス成型工程である皮革の成型方法である。
【0010】
請求項5に記載の発明は、プレス成型によって成型された皮革において、網状層にアクリル酸系樹脂が入り込んで、前記網状層が圧縮成型されて形態が保持されている皮革である。
【0011】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の皮革において、前記網状層には、界面活性剤が混入している皮革である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、皮革独自の触感や風合いが損なわれることを回避することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る皮革1を形成する皮革素材1a(図1(a)参照)と、皮革1(図1(b)参照)の概略構成を示す断面図である。
【0014】
皮革1は、前処理された板状の皮革素材(天然の皮革素材)1aを、プレス成型することによって所定の形状に形成されたものであり、たとえば、靴の甲体として使用されるものである。
【0015】
皮革1(皮革素材1a)は、乳頭層L1と乳頭下層L2と網状層L3とで構成されている。なお、一般的には、乳頭層L1と乳頭下層L2とを区別することなく、乳頭層L1と乳頭下層L2とを乳頭層と呼んでいる。
【0016】
また、乳頭層L1側が、銀面側(皮革が牛皮である場合は牛の表皮側)であり、網状層L3側が、床面側(皮革が牛皮である場合は牛の肉側)である。
【0017】
乳頭層L1や乳頭下層L2では、皮革素材の繊維が密になっており、網状層L3では、皮革素材の繊維が粗くなっている。皮革1では、網状層L3にアクリル酸系樹脂が入り込んで、網状層L3が圧縮成型されて、皮革1の形態(たとえば図1(b)に示すように曲がっている形態)が保持されている。
【0018】
より詳しく説明すると、プレス成型前の皮革素材1aでは、乳頭層L1の厚さがt11になっており、乳頭下層L2の厚さがt12になっており、網状層L3の厚さがt13になっている(図1(a)参照)。これに対して、プレス成型後の皮革1では、乳頭層L1の厚さがt21になっており、乳頭下層L2の厚さがt22になっており、網状層L3の厚さがt23になっている(図1(b)参照)。
【0019】
図1(a)と図1(b)とを比較すると、乳頭層L1の厚さt11と厚さt21とはお互いがほぼ等しくなっているか、厚さt11の方が僅かに厚くなっており、乳頭下層L2の厚さt12と厚さt22とはお互いがほぼ等しくなっているか、厚さt12の方が僅かに厚くなっている。その一方で、図1(b)に示す網状層L3の厚さt23は、図1(a)に示す網状層L3の厚さt13に比べて、圧縮されて薄くなっている。また、図1(b)に示す網状層L3には、界面活性剤が混入し散在している場合がある。
【0020】
ここで、皮革1の製造工程(成型工程)について詳しく説明する。
【0021】
まず、乾燥している皮革素材1aを用意する。この皮革素材1aの網状層L3が上面になるように皮革素材1aを配置し、皮革素材1aの網状層(繊維が粗い層)L3に、界面活性剤(界面活性剤の水溶液)を、皮革素材1aの上方(網状層L3側)からたとえば霧吹きによって吹き付けて浸透させる。
【0022】
ここで、界面活性剤として、ツイーン20(昭和化学工業株式会社製)、ツイーン80(株式会社エムピーバイオジャパン製;MPバイオメディカルズ社製)、トリトンX−100(ナカライテクス株式会社製)、テゴー51(株式会社和光ケミカル製)、ココアンホ酢酸Na(日光ケミカルズ株式会社)、ラウリルベタイン(日光ケミカルズ株式会社)等を採用することができる。
【0023】
続いて、界面活性剤が浸透した皮革素材1aの網状層L3に、アクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョン(一時的に乳化しているエマルジョンを含む)を、皮革素材1aの上方(網状層L3側)からたとえば霧吹きによって吹き付けて浸透させる。アクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンの吹き付けは、界面活性剤が乾燥してから行なってもよいし、界面活性剤が乾燥する前、たとえば、界面活性剤の吹き付け後ただちに行なってもよい。
【0024】
続いて、アクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンが浸透した皮革素材1aを乾燥(たとえば自然乾燥)する。この乾燥によってエマルジョンの水分がある程度蒸発し、アクリル酸系樹脂の成分同士がある程度お互いにくっつくことになる。したがって、上記乾燥後に、常温・常圧で皮革素材1aに再び水を加えても、皮革素材1aの中のアクリル酸の樹脂成分が、ただちに元の(O/W)エマルジョンに戻ることはない。そして、前記乾燥をすることにより、以後再び湿らせても、ほとんどべとつかず、成型の際に型に貼りつきにくくなる。
【0025】
続いて、プレス成型による皮革素材1aの変形を促進するために、たとえば、皮革素材1aの質量の20%〜30%の質量の水を乾燥した皮革素材1aに、たとえば霧吹きで吹き付けて湿らす。
【0026】
この湿った皮革素材1aを、湿ったまま、低温度(40℃〜70℃;好ましくは、45℃〜65℃、さらに好ましくは50℃〜60℃)で、型3(上型3Aと下型3B)を用いてプレス成型する(図2参照)。このプレス成型をすることによって、網状層L3の繊維の間等に存在しているアクリル酸系樹脂が接着剤になり、網状層L3の繊維同士をお互いにくっつける。したがって、図1(b)で示したように、プレス成型によって網状層L3が圧縮され網状層L3の厚さが薄くなり、網状層L3によって皮革1の形状が保たれる。このプレス成型後に、型3から離して、乾燥させることによって、図1(b)に示す皮革1が形成される。
【0027】
なお、プレス成型をする場合、図2に示すように、皮革素材1aが設置されるプレス型3の部位を減圧してプレス成型するようにしてもよい。このように、減圧してプレス成型する場合、皮革素材1aの網状層L3側の面と、プレス型3Bの面との間に、薄い通気性の部材(たとえば、不織布、メッシュの細かい網状体)5を挿入してあることが望ましい。薄い通気性の部材を挿入することによって、減圧プレス成型を効率良く行なうことができる。
【0028】
また、図3における凹型(3A)にかわりシリコンゴムのシートを用いて凸型(3B)下面から吸引し、凹型上面から加圧エアにより加圧する方式のプレス機を用いてもよい。この場合には、シリコンゴムが柔軟であるため皮革素材1aにしわがよりにくいという利点がある。
【0029】
上述した工程で皮革1を成型すれば、プレス成型前に湿らすことにより皮革素材1aが柔軟になり、延びやすくまた変形しやすくなる。そして、低温度でプレス成型しても、プレス成型後における皮革1の保形性がよい。
【0030】
より詳しく説明すると、エマルジョンが浸透した皮革素材1aを乾燥したままプレス成型しても、皮革素材1aの網状層L3の粗い繊維が変形しにくいので、アクリル酸系樹脂の成分(前記粗い繊維の間に存在しているかもしくは前記粗い繊維に付着している成分)が、前記粗い繊維同士をお互いに接着する接着剤として働きにくくなっている。したがって、アクリル酸系樹脂が浸透した皮革素材1aを乾燥したままプレス成型する場合には、プレスの温度を高くする必要があり、また、プレスの圧力を高くする必要がある場合がある。さらに、乾燥した皮革は伸びにくいため、プレス時の無理な変形圧力で表面に亀裂が発生する場合がある(特に型の曲がりが大きい箇所で亀裂が発生する場合がある)。
【0031】
一方、エマルジョンが浸透した皮革素材1aを乾燥し、その後、プレス成型前に湿らすことによって皮革素材1aが柔軟になり、低い温度や圧力でプレスしても、図3(湿度95%において3cm×10cmの皮革サンプルに300gの荷重をかけた場合において、湿らせた皮革素材1aの温度と伸び率との関係を示す図。)に示すように皮革素材1a網状層L3の粗い繊維が容易に変形し、アクリル酸系樹脂の成分が接着剤として働きやすくなり、プレス成型後における皮革1の保形性が良好になる。また、プレス成型時の無理な変形がなくなり、皮革1に亀裂が発生することを防止することができる。なお、図3において温度が70℃を超えると急激に伸び率が低下するのは熱変性により皮革が収縮するためである。収縮を起こした皮革は硬くなり、触感が著しく劣化する。
【0032】
このように、低温でのプレス成型が可能であるので、立体的形状に形成された皮革1の保形性(形状維持)が良くなっていることに加えて、皮革1の成型時に高温になることよる弊害(たとえば、皮革1の熱収縮、熱硬化、皮革1の触感や風合いを損なう弊害;皮革1の銀面側の塗装膜の破損)の発生を防止することができる。
【0033】
また、エマルジョンが浸透した皮革素材1aを乾燥しているので、以後再び湿らせても、前述したように、ほとんどべとつかず、プレス成型の際に皮革素材1aが型3に貼りつきにくくなっている。また、皮革素材1aの取り扱いも容易になっている。
【0034】
また、上述した工程で皮革1を成型すれば、アクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンを浸透させる前に界面活性剤を浸透させているので、皮革素材1aへのアクリル酸系(O/W)エマルジョンの浸透が促進され、効率良く皮革1の製造を行なうことができる。
【0035】
さらに、上述したように減圧プレスをすれば、皮革1の型崩れが一層発生しにくくなり、また、図4に示すように、プレス成型に要する時間を短縮することができる。
【0036】
すなわち、図4(乾燥時間と含水率との関係を示す図)に示すように、減圧プレスすることによって、皮革1の含水率を早く低下させることができ、プレス成型の時間を短縮することができる。なお、図4のグラフG1は、20℃・常圧でプレス成型したときのグラフであり、グラフG2は、20℃・減圧でプレス成型したときのグラフであり、グラフG3は、40℃・減圧でプレス成型したときのグラフである。
【0037】
ところで、界面活性剤とアクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンとの混合液を、皮革素材1aに浸透させるようにしてもよい。
【0038】
すなわち、前処理がされ乾燥している皮革素材1aの網状層L3に、界面活性剤とアクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンをとの混合液を浸透させ、界面活性剤とアクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンとが浸透した皮革素材1aを乾燥し、この乾燥した皮革素材1aを湿らした後、皮革素材1aを低温度でプレス成型して、皮革1を製造してもよい。
【0039】
また、上述したように皮革1の成型工程において、界面活性剤の使用を省略してもよい。すなわち、前処理がされ乾燥している皮革素材1aの網状層L3にアクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンを浸透させ、アクリル酸系樹脂のO/Wエマルジョンが浸透した皮革素材1aを乾燥し、この乾燥した皮革素材1aを湿らせた後、皮革素材1aを低温度でプレス成型して、皮革1を製造してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施形態に係る皮革を形成する皮革素材と、皮革の概略構成を示す断面図である。
【図2】型を用いた皮革素材のプレス成型を示す図である。
【図3】湿らせた皮革素材の温度と伸び率との関係を示す図である。
【図4】プレス成型における皮革の乾燥時間と皮革の含水率との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0041】
1 皮革
1a 皮革素材
3 型
5 通気性の部材
L1 乳頭層
L2 乳頭下層
L3 網状層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮革素材の網状層にアクリル酸系樹脂エマルジョンを浸透させる浸透工程と;
前記浸透工程でアクリル酸系樹脂エマルジョンが浸透した皮革素材を乾燥する乾燥工程と;
前記乾燥工程で乾燥した前記皮革素材を湿らす湿潤工程と;
前記湿潤工程で湿った皮革素材を低温度でプレス成型するプレス成型工程と;
を有することを特徴とする皮革の成型方法。
【請求項2】
皮革素材の網状層に界面活性剤を浸透させる第1の浸透工程と;
前記第1の浸透工程で界面活性剤が浸透した皮革素材の網状層にアクリル酸系エマルジョンを浸透させる第2の浸透工程と;
前記浸透工程でアクリル酸系樹脂エマルジョンが浸透した皮革素材を乾燥する乾燥工程と;
前記乾燥工程で乾燥した前記皮革素材を湿らす湿潤工程と;
前記湿潤工程で湿った皮革素材を低温度でプレス成型するプレス成型工程と;
を有することを特徴とする皮革の成型方法。
【請求項3】
皮革素材の網状層に界面活性剤とアクリル酸系樹脂エマルジョンとを浸透させる浸透工程と;
前記浸透工程で界面活性剤とアクリル酸系樹脂エマルジョンとが浸透した皮革素材を乾燥する乾燥工程と;
前記乾燥工程で乾燥した前記皮革素材を湿らす湿潤工程と;
前記湿潤工程で湿った皮革素材を低温度でプレス成型するプレス成型工程と;
を有することを特徴とする皮革の成型方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の皮革の成型方法において、
前記プレス成型工程は、減圧プレス成型工程であることを特徴とする皮革の成型方法。
【請求項5】
プレス成型によって成型された皮革において、
網状層にアクリル酸系樹脂が入り込んで、前記網状層が圧縮成型されて形態が保持されていることを特徴とする皮革。
【請求項6】
請求項5に記載の皮革において、
前記網状層には、界面活性剤が混入していることを特徴とする皮革。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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