説明

目薬、及びその製造方法

【課題】近視度数の上昇を抑制する効果を有し、かつ点眼後、羞明性を呈する現象を改善しく、散瞳する時間を短縮するとともに、全身性副作用のない目薬、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アトロピン(atropine)を含む目薬および人体に無害な液体で希釈して該アトロピン濃度を0.1%以下、好ましくは0.05%以下に調整するステップを含むことを特徴とする製造方法であって、該液体が蒸留水または生理食塩水であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は目薬に関し、特近視度の上昇を抑制する作用を有するアトロピンを含む目薬とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近視は目の深刻な疾患の一つである。特に、ディオプター値がマイナス方向に大きくなるにつれて若年性白内障、緑内障などが発生しやすくなり、また、網膜剥離、黄斑部の出血、網膜退化などが発生する恐れがあり、甚だしくは失明に至る場合もある。台湾では、近視が老人の失明の原因の第2位となっているため、近視を予防することが非常に重要になってきている。
【0003】
近視の予防は子供の頃から始める必要がある。統計によれば、アジアでは子供の近視度数が毎年平均75〜100度上昇し、ヨーロッパでは子供の近視度数が毎年平均50度上昇している。子供が近視になると、近視度数はたゆまず上昇し、思春期が終わる頃になって近視度数の上昇が止まる。子供が近視になると、成年した後、強度の近視になる確立が非常に高い。よって、近視度数の上昇をいかにして有効に抑えるかが重要な課題になっている。
【0004】
子供の近視度数の上昇を改善するための治療と、強度の近視に至らないようにするための予防手段は重要な課題である。従来の研究論文では、近視度数の上昇を抑えるためアトロピン(atropine)が有効であると紹介している。
【0005】
台湾大学の施永豊医師などの研究論文(非特許文献1)によれば、0.5%のアトロピンが最も有効であると紹介している。
【0006】
目下、多くの国では、アトロピン濃度が1%の目薬を使用している。台湾ではアトロピン濃度が0.5%の目薬が使用されている。しかしながら、これらアトロピンを含む目薬は在る程度の効果を有するが、臨床上継続して使用することが難しい状況にある。その主な原因は、点眼後、羞明を呈するためである。このため、例えば小学校児童であれば、体育の授業に参加することができなくなる。また、点眼後に発生する散瞳の時間も長い。よって、目薬に対して順応することができなくなり、結果として治療を放棄する比率が高くなる。従って、羞明を呈したり、散瞳が長時間継続したりするなどの副作用を効率よく抑制できる目薬の開発が望まれている。
【非特許文献1】1999年、台湾大学の研究論文(Shih YF、Chen CH、Chou AC、et al. Effects of different concentrations of atropine on controlling myopia in myopic children. J Ocul Pharmacol Ther1999;15:85−90.)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明は、近視度数の上昇を抑制する効果を有し、かつ点眼後、羞明性を呈する現象を改善しく、散瞳する時間を短縮するとともに、全身性副作用のない目薬、及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者は従来の技術に見られる欠点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、人体に無害な液体でアトロピンを希釈して含有量を0.1%以下に制御し、好ましくはアトロピンの濃度を0.05%とした目薬と、及びその製造方法によって課題を解決できる点に着眼し、かかる知見に基づいて本発明を完成させた。
【0009】
以下、この発明について具体的に説明する。
請求項1に記載する目薬は、アトロピン(atropine)を含む目薬であって、該アトロピンの濃度を0.1%以下に調整する。
【0010】
請求項2に記載する目薬は、請求項1におけるアトロピンの濃度が0.05%である。
【0011】
請求項3に記載する目薬の製造方法は、アトロピンを含む目薬の製造方法であって、人体に無害な液体で該アトロピンを0.1%以下の濃度に希釈する。
【0012】
請求項4に記載する目薬の製造方法は、請求項3におけるアトロピンを希釈する人体に無害な液体が、蒸留水である。
【0013】
請求項5に記載する薬の製造方法は、請求項3におけるアトロピンを希釈する人体に無害な液体が、生理食塩水である。
【発明の効果】
【0014】
この発明は、近視度数の上昇を抑制する効果を有し、かつ点眼後の羞明を呈する現象を改善し、散瞳する時間を短縮することができ、さらには全身性副作用が発生しないため、目薬に対する好ましい順応性が得られ、長期にわたり治療を継続させるために有効であり、という利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
この発明は、近視度数の上昇を効率よく抑制するとともに、羞明を呈することなく、かつ散瞳する時間を短縮する目薬と、その製造方法を提供するものであって、係る目的を達成するために、アトロピンを含む目薬において、アトロピンの濃度を低くする。
【0016】
目薬におけるアトロピンの濃度は、上述する施永豊医師の研究発表以来、0.5%の含有量が最も有効であるという学説が略定説となっている。このため、アトロピンの濃度が0.1%以下でも有効であるということは誰も考えつかなかった。しかしながら、発明人は、アトロピンの濃度を0.1%以下に調整しても好ましい効果が得られることを発見した。即ち、アトロピンを含む目薬は、本来近視度数の上昇を効率よく抑制する効果を有するが、アトロピンの濃度を0.1%以下に調整した場合、同様に好ましい近視度数抑制の効果が得られるのみならず、点眼後に発生する羞明、散瞳などの現象を効率よく抑えることができ、全身性副作用も発生しない。即ち、患者の目薬に対する好ましい順応性が得られる。さらには、アトロピンの濃度を0.05%にした場合、濃度が0.1%、0.25%に比して更に好ましい順応性が得られることが実験によって明らかになった。かかる目薬、及びその製造方法の特徴を詳述するために具体的な実施例を挙げ、以下に説明する。
【実施例】
【0017】
この発明による目薬は、蒸留水もしくは生理食塩水などの人体に無害な液体でアトロピン(aropine)を希釈して、濃度を0.1%以下に調整する。好ましくはアトロピンの濃度を0.05%にする。
【0018】
この発明による目薬は、近視度数の上昇を抑えるとともに、点眼後に発生する羞明、散瞳などの現象を改善することを目的とする。即ち、使用者の目薬に対する順応性を改善する。この点について、図1に開示するように、臨床実験によれば、アトロピンの濃度が0.1%であっても、やはり羞明を呈し、目薬に対する順応性も好ましくない。しかしながら、アトロピンの濃度が0.05%の場合、0.1%に比べて瞳孔の拡大、及び羞明を呈する現象が顕著に改善される。但し、近視度数の上昇を抑制する効果については、アトロピンの濃度を0.1%とした場合と、0.25%とした場合とを比較しても、その差は大きくない。
【0019】
次に掲げる表1は、上述する施永豊医師が1999年に、アトロピンの濃度と、近視度の増加を抑制する効果との関係について行った臨床実験の結果である。この試験において、アトロピンの濃度がそれぞれ0.5%、0.25%、0.1%の目薬を三つに分けた実験群にそれぞれ継続して点眼するとともに、別途、対照群に対してアトロピンを含まない目薬を点眼して、1年後の近視度と比較した。その結果、表1に開示するようにアトロピン濃度が0.5%の場合、最も好ましい結果が得られた。
【表1】

【0020】
そこで、本発明者は、アトロピン濃度が0.05の目薬についても、同様の臨床実験を行い、上述する表1の結果と比較した。該臨床実験は、6歳から12歳の近視患者21名を実験群し、アトロピン濃度が0.05%の目薬で一日2回点眼し、これを一年間続けた。また、同じく6歳から12歳の近視患者36名を対照群としてアトロピンを含まない目薬で同様に一日2回点眼し、これを一年間続けた。実験群の平均年齢は8.38歳で、男女の比例は男子8名、女子12名だった。対照群の平均年齢は8.11歳で、男女の比例は女子18名、男子18名だった。一年後に近視度を測定した結果を表2に開示する。
【表2】

【0021】
上述する表1の実験結果と、表2の実験結果とを比較した場合、アトロピン濃度を0.05%としても、やはり好ましい近視度抑制の効果が得られることが分かる。
【0022】
また、本願発明者は、上述の表2の実験における実験群に対して実験を3年間継続して行い1年毎に視度の増加率を測定した。
【表3】

【0023】
表3から明らかなように、アトロピン濃度が0.05%の目薬を継続して長期した場合、好ましい近視度の増加抑制効果が得られる。
【0024】
また、近距離の物を見る場合は、水晶体の厚さを調整する調整力を使う。調整力の作用が長時間継続することは、近視度数を悪化させる要因となる。例えば、近距離で物を見て仕事をする場合などは、調整力の過度の作用を緩和させる必要がある。
【0025】
そこで、発明者はアトロピン濃度と調整力緩和作用との関係を明らかにするために、近視患者21名を第1実験群としてアトロピン濃度が0.05%の目薬を一日2回点眼し、1年間経過した後、調整力を検査した。また、近視患者9名を第2実験群としてアトロピン濃度が0.1%の目薬を一日2回点眼し、1年間経過した後、調整力を検査した。別途、近視患者6名を対照群としてアトロピンを含まない目薬を一日2回点眼し、1年間経過した後、調整力を検査した。第1実験群の平均年齢は9.4歳で、男女の比例は男子12名、女子10名であった。第2実験群の平均年齢は11歳で、男女の比例は男子5名、女子4名であった。対照群の平均年齢は10歳で、男女の比例は男子3名、女子3名であった。その結果を表4に開示する。調整力の検査は、いずれも点眼後から2時間を経過するまでの時間を観察時間とした。
【表4】

【0026】
表4の結果から分かるように、アトロピン濃度が0.05%の場合と、0.1の場合とを比較して見ると、明らかな差は見られないが、対照群については、第1実験群と比較しても、第2実験群と比較しても、いずれもP(probability)=0.001(P<0.05)となった。これは、統計学的に有意であって、調整力を緩和する作用を有することを表わす。よって、アトロピン濃度が0.05%の目薬は、調整力を緩和する好ましい作用を有するといえる。
【0027】
また、表4の実験において、調整力を検査すると同時に、瞳孔を検査して、アトロピン濃度と散瞳との関係についても調べた。その結果を表5に開示する。
【表5】

【0028】
表5から分かるように、アトロピン濃度が0.05%の場合、散瞳の効果はアトロピン濃度が0.1%の場合に比して統計学的に効果が明らかに低い(P<0.05)。
【0029】
さらに、発明人は表4の実験における第1実験群と第2実験群に対して羞明に関する検査を行った、その結果を表6に開示する。
【表6】

【0030】
図6から分かるように、アトロピンの濃度が0.1%の目薬は羞明を呈する確率が高く、目薬に対する順応性が好ましくないといえる。しかしながら、アトロピンの濃度が0.05%の目薬は濃度が0.1%のものに比べて羞明を呈する確率が低い。
【0031】
アトロピンの濃度と散瞳時間との関係について実験した結果を次の表に掲げる。アトロピンの濃度が1%の目薬を点眼した場合、散瞳時間が約7〜14日間であった。塩酸シクロペントラート(Cyclopentolate Hydrochloride)を含有する目薬を点眼した場合、散瞳は約2日であった。トロピカミド(Tropicamide)を含有する目薬を点眼した場合、散瞳時間は6時間であった。これら3種の薬物を近視の治療用薬剤として試験した結果、アトロピン(atropine)だけが有効だった。次に掲げる表に示すように、この発明においてはアトロピンの濃度を0.05%とする。この場合、散瞳時が約12〜18時間であって、アトロピンの濃度が1%の目薬より好ましい散瞳の効果が得られる。
【表7】

【0032】
上述するそれぞれの実験と、その結果から明らかなように、アトロピンの濃度を0.1%以下にした場合、近視度の上昇を効率よく抑制できるとともに、羞明を呈したり、散瞳が長時間継続するなどといった症状を改善することができる。さらには、全身性副作用も発生することがなかった。よって、目薬に対して好ましい順応性が得られ、長期にわたって治療を継続させる上で有利である。また、アトロピン濃度は、好ましく0.05%とする。
【0033】
また、この発明における目薬は、好ましくはアトロピン濃度を0.05%とする。
【0034】
以上は、この発明の好ましい実施例であって、この発明の実施の範囲を限定するものではない。よって、当業者のなし得る修正、もしくは変更であって、この発明の精神の下においてなされ、この発明に対して均等の効果を有するものは、いずれもこの発明の特許請求の範囲に属するものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アトロピン(atropine)を含む目薬であって、該アトロピンの濃度を0.1%以下に調整してなることを特徴とする目薬。
【請求項2】
前記目薬において、該アトロピンの濃度が0.05%であることを特徴とする請求項1に記載の目薬。
【請求項3】
アトロピン(atropine)を含む目薬の製造方法であって、人体に無害な液体で該アトロピンを0.1%以下の濃度に希釈するステップを含むことを特徴とする目薬の製造方法。
【請求項4】
前記アトロピンを希釈する人体に無害な液体が、蒸留水であることを特徴とする請求項3に記載の目薬の製造方法。
【請求項5】
前記アトロピンを希釈する人体に無害な液体が、生理食塩水であることを特徴とする請求項3に記載の目薬の製造方法。

【公開番号】特開2007−308398(P2007−308398A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−137197(P2006−137197)
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(506168288)財團法人長庚紀念醫院 (1)
【Fターム(参考)】