説明

直流用軟磁性鋼部品

【課題】直流磁界における磁気特性を劣化させることなく、高強度の直流用軟磁性鋼部品及び、部品形状に成形するときの冷間鍛造性が良好な直流用軟磁性鋼部品を提供する。
【解決手段】母相の化学成分組成が、C:0.002〜0.20%(質量%の意味。以下同じ。)、Si:1.2%以下(0%を含まない)、Mn:0.05〜2.6%、P:0.050%以下(0%を含まない)、S:0.05%以下(0%を含まない)、Cr:4%以下(0%を含まない)、Al:0.002〜2.2%、N:0.01%以下(0%を含まない)、O:0.03%以下(0%を含まない)、残部:鉄および不可避不純物である鋼部品であり、表層部に、Alを10〜30質量%含有するAl拡散層が形成されており、且つ前記Al拡散層の厚みが10〜80μmである直流用軟磁性鋼部品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性鋼部品に関し、詳細には、直流磁界中で用いられる直流用軟磁性鋼部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車には快適性向上のため多数の電装部品が用いられている。自動車電装部品等における磁気回路を構成する鋼部品(例えば、電子制御部品や電磁制御部品)には、磁気特性として直流磁界で低い外部磁界中で容易に磁化する特性(以下、直流磁気特性ということがある)に加え、保磁力が小さく、しかも消費電力が小さいという特性が要求される。鋼部品の材料としては、部品内部の磁束密度が外部磁界に応答し易い軟磁性鋼材が一般に用いられており、例えばC量が約0.01質量%以下の鋼材が通常用いられている。
【0003】
また、地球環境を保護する観点から、自動車の低燃費化が求められており、上記鋼部品を高強度化し、小型化および軽量化することによって低燃費化することが検討されている。鋼部品の強度を高めるには、上記軟磁性鋼材にCを積極的に添加することが有効であり、上記軟磁性鋼材としては、例えばC量が0.01質量%程度の鋼材が通常用いられる。しかし、Cを0.01質量%を超えて過剰に含有させると、鋼材の直流磁気特性が大幅に低下し、また保磁力が大きくなり、しかも磁気回路の抵抗を高めることが知られている。そのため直流磁気特性、低保磁力、および低消費電力を満足したうえで鋼部品の強度を高めることが求められている。
【0004】
鋼部品の磁気特性と強度の両方を改善する技術が特許文献1に提案されている。この文献には、Cuを0.3〜2.0%の範囲で添加することによって、Cuの時効硬化を利用して磁気特性と強度を改善する技術が開示されている。しかし本発明者が検討したところ、この技術で改善されている磁気特性と強度のレベルは不充分であり、更なる改善が求められている。
【0005】
また、コア用軟磁性鋼板の磁気特性を改善する技術として、特許文献2には、鋼板表面付近のαFe相の{222}面集積度を55%以上と高める技術が提案されている。この文献には、母材鋼板の表面にAlとSiの一方又は両方を主成分とする金属からなる第二相を付着させ、冷間圧延した後、熱処理することによって再結晶させて{222}面集積度を高めることが開示されている。しかしこの文献で改善している磁気特性は交流磁界で容易に磁化する特性であり、直流磁気特性ではない。また、軟磁性鋼板の強度や冷間加工性については考慮されていなかった。
【0006】
ところで上記軟磁性鋼材には、部品形状に成形するために冷間鍛造性が良好であることも求められる。冷間鍛造性としては、変形抵抗が小さく、変形能が高いことが必要である。変形抵抗を小さくすることによって鍛造時の荷重を低減できるため、冷間鍛造で使用する金型の寿命を向上させることができる。また、変形能を高くし、冷間鍛造しても割れが発生し難くすることによって軟磁性鋼部品を小型化したり、部品形状を複雑化できる。
【0007】
鋼の冷間加工性を改善する技術としては、特許文献3、4が知られている。これらのうち特許文献3には、フェライトとパーライトの混合組織を有する鋼にBおよびZrを添加することによって、フェライト結晶粒の微細化による強化を抑制し、引張強度を低減させ、室温での変形抵抗の上昇を小さくして冷間加工性を向上する技術が開示されている。また、特許文献4には、圧延材の中心〜直径/8の範囲にあるフェライト組織中のフェライト粒度番号および圧延材の最表層にあるフェライト組織中のフェライト粒度番号を夫々所定の範囲に制御することによって、フェライト結晶粒の微細化による強化を抑制して冷間加工時の引張強度を低減し、室温での変形抵抗を小さくして冷間加工性を改善する技術が開示されている。しかしこれらの文献で対象としている鋼は、冷間鍛造まま、或いは冷間鍛造後に切削加工した状態でボルトやナット等の機械部品として用いることを想定したものであり、軟磁性鋼材ではない。そのため直流磁気特性については全く考慮されていなかった。
【0008】
また、特許文献5には、電気抵抗が高く、優れた高速応答性を有し、且つ量産を可能にして製品コストの低減化を図り得る交流用の電磁弁用磁気回路部材が開示されている。この文献には、磁気回路部材の母材として電磁軟鉄あるいは低炭素鋼を用いることで切削加工性および冷間鍛造性を改善できること、磁気回路部材中にAlを含有させることにより電気抵抗が高くなり、渦電流損を低減できることが記載されている。磁気回路部材中にAlを含有させる方法としては、Al粉末とAl23粉末の混合粉にNH4Clを加えたものの中に電磁軟鉄製の磁気回路部材を埋め込み、水素気流中で900℃、3時間の加熱処理を施した後、更にArガス気流中で1000℃、20時間の拡散処理を施す方法を採用している。そして表面層で約6%Al−Fe、中心部で1%Al−Feの濃度勾配を持ったAl−Fe合金が得られたと記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−46076号公報
【特許文献2】特開2009-256758号公報
【特許文献3】特開2001−303189号公報
【特許文献4】特開2001−342544号公報
【特許文献5】特開昭63−318380号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献5に開示されているように、混合粉末中に磁気回路部材を埋め込んで磁気回路部材の表面にAlを拡散浸透させる方法では、皮膜処理と拡散処理が同時に行われるため、表層部におけるAl濃度管理を行うことが困難であった。また、上記特許文献5は、交流磁気特性の向上を狙ったもので、直流磁気特性の向上については考慮されておらず、上記特許文献5に記載されているAl拡散量では直流磁気特性を向上できなかった。さらに、上記特許文献5では、強度について全く考慮されていなかった。
【0011】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、直流磁界における磁気特性を劣化させることなく、高強度の直流用軟磁性鋼部品を提供することにある。また、本発明の他の目的は、部品形状に成形するときの冷間鍛造性が良好な直流用軟磁性鋼部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決することのできた本発明に係る直流用軟磁性鋼部品とは、母相の化学成分組成が、C:0.002〜0.20%(質量%の意味。以下同じ。)、Si:1.2%以下(0%を含まない)、Mn:0.05〜2.6%、P:0.050%以下(0%を含まない)、S:0.05%以下(0%を含まない)、Cr:4%以下(0%を含まない)、Al:0.002〜2.2%、N:0.01%以下(0%を含まない)、O:0.03%以下(0%を含まない)、残部:鉄および不可避不純物である鋼部品である。そして、表層部に、Alを10〜30質量%含有するAl拡散層が形成されており、且つ前記Al拡散層の厚みが10〜80μmである点に要旨を有している。
【0013】
上記化学成分組成は、更に、下記式(1)を満足していることが好ましい。下記式(1)中、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示している。
13×[C]+2×[Si]+[Mn]+[Cr]/5+[Al]≦2.8 ・・(1)
上記鋼部品は、更に、他の元素として、Cu:0.5%以下(0%を含まない)、および/またはNi:0.5%以下(0%を含まない)を含有してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、軟磁性鋼部品の表層部に、母材に含まれるAl量よりも高濃度のAlを含有するAl拡散層を所定の厚みで形成しているため、直流磁界における磁気特性の劣化を最小限に抑えたうえで、表面硬度を高めることができ、軟磁性鋼部品を高強度化できる。また、本発明では、上記軟磁性鋼部品の素材となる鋼材に合金元素として含有させるC、Si、Mn、CrおよびAl量の関係を適切に調整することによって、鋼材の変形抵抗を小さく、変形能を良好にできるため、部品形状に成形するときの冷間鍛造性も改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、実施例で用いた試験片について、Al拡散層の厚みと表面硬さとの関係を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例で用いた試験片について、Al拡散層の厚みと磁束密度の比との関係を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例で用いた試験片について、本発明で規定する式(1)の左辺の値(Z値)と変形抵抗との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
直流磁界中で用いられる軟磁性鋼部品の強度を高めるには、軟磁性鋼材にC、Si、Alなどを添加し、鋼中に固溶させて固溶強化することが有効である。しかしこうした元素を固溶させて鋼材全体を高強度化すると、直流磁気特性が低下する傾向がある。そこで本発明者は、軟磁性鋼部品表面の硬度を高めれば、軟磁性鋼部品を高強度化でき、しかも軟磁性鋼部品内部の硬度は高めていないため、直流磁気特性の劣化も防止できるのではないかと考え、検討を重ねてきた。その結果、
(1)固溶元素のうちAlを利用し、鋼部品の表層部にFe−Al系の固溶体および化合物を形成させれば、鋼部品表面の硬度を高めることができ、鋼部品を高強度化できること、
(2)具体的には、鋼部品の表層部にAlを10〜30質量%含有するAl拡散層を厚み10〜80μmで形成すれば、上述した強度向上効果が発揮されること、
(3)上記Al拡散層は鋼部品の表層部のみに形成しているため、鋼材内部の磁気モーメントの低下は防止され、鋼部品全体の直流磁気特性は殆ど劣化しないこと、
(4)上記Alは、熱処理によって鋼材中に容易に拡散するため、上記Al拡散層は、例えば、表面にAl皮膜を有し、且つ部品形状に加工された鋼材に熱処理を施すことによって簡単に形成できること、
(5)上記Al拡散層を設けることによって鋼部品を高強度化できるため、鋼材の強度を高めるために添加する合金元素量(例えば、C、Si、Mn等)を低減でき、鋼材の変形抵抗が小さくなり、部品形状に加工するときの冷間鍛造性を改善できることが判明した。
【0017】
以下、本発明の軟磁性鋼部品について詳細に説明する。
【0018】
本発明の軟磁性鋼部品は表層部に、Alを10〜30質量%含有するAl拡散層が形成されている。本発明ではAlを10〜30質量%含有している領域をAl拡散層と定義し、このAl拡散層を鋼部品の表層部に形成することによって軟磁性鋼部品の表面硬度を高めている。Alが10質量%未満では、表層部の硬度を高めることができない。一方、Alが30質量%を超えると延性が低下するため、割れなどが発生し易くなる。
【0019】
上記表層部とは、軟磁性鋼部品のうち最表面を含む表面近傍を意味し、具体的には、最表面から深さ200μm位置程度までの領域を指す。
【0020】
上記Al拡散層は、最表面側から中心部に向かってAl量が減少していることが好ましい。表層部におけるAl濃度を傾斜させることによって直流磁気特性を効果的に向上させることができる。
【0021】
上記Al拡散層の厚みは10〜80μmとする。上記Al拡散層の厚みを10μm以上にすることによって表層部の硬度を高めることができる。上記Al拡散層の厚みは、好ましくは15μm以上、より好ましくは20μm以上である。しかし上記Al拡散層の厚みが大きくなり過ぎると直流磁気特性が劣化する。従って上記Al拡散層の厚みは80μm以下、好ましくは70μm以下、より好ましくは60μm以下である。
【0022】
上記表層部におけるAl濃度は、鋼部品の最表面から深さ200μm位置までの領域を、例えば、電子プローブX線マイクロアナライザー(Electron Probe X-ray Micro Analyzer;EPMA)で、深さ方向に等間隔(例えば、数μm間隔)で測定すればよい。上記Al拡散層の厚みは、EPMAによる測定結果に基づいて算出できる。
【0023】
次に、本発明に係る軟磁性鋼部品の素材となる鋼材(母相)の成分組成について説明する。本発明で用いる鋼材は、C:0.002〜0.20%、Si:1.2%以下(0%を含まない)、Mn:0.05〜2.6%、P:0.050%以下(0%を含まない)、S:0.05%以下(0%を含まない)、Cr:4%以下(0%を含まない)、Al:0.002〜2.2%、N:0.01%以下(0%を含まない)、O:0.03%以下(0%を含まない)を含有し、残部:鉄および不可避不純物である。こうした範囲を規定した理由は次の通りである。
【0024】
Cは、鋼材の強度と延性をバランスよく確保するために重要な元素である。しかしCが0.20%を超えると、強度が高くなり過ぎて変形抵抗が大きくなり、冷間鍛造性が悪くなる。また、鋼中に固溶したCにより部品成形時にひずみ時効が生じ、直流磁気特性も悪くなる。従ってCは0.20%以下、好ましくは0.1%以下、より好ましくは0.08%以下である。Cは少ないほど強度が低下し、延性が向上するため冷間鍛造性が良好となる。しかしC量を低減し過ぎると鋼部品の強度が低下し過ぎる。従ってCは0.002%以上、好ましくは0.003%以上である。
【0025】
Siは、溶製時に脱酸剤として用いる元素であり、また磁気特性の向上にも作用する元素である。しかし1.2%を超えて含有すると、変形抵抗が大きくなり、冷間鍛造性が悪くなる。従ってSiは1.2%以下、好ましくは1.0%以下、より好ましくは0.8%以下である。特に、鋼材の変形抵抗を小さくして冷間鍛造性を改善するには、Siを0.7%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.1%以下である。
【0026】
Mnは、溶製時に脱酸剤として用いる元素であり、また鋼中ではSと結合してSによる脆化を抑制する作用を有している。従ってMnは0.05%以上、好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.15%以上である。しかしMnが2.6%を超えると、変形抵抗が大きくなり過ぎて冷間鍛造性が劣化する。また、Mnが過剰になると、磁気モーメントが低下し、直流磁気特性が劣化する。従ってMnは2.6%以下、好ましくは2%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.5%以下である。
【0027】
Pは、粒界に偏析して変形能を低下させ、冷間鍛造時に割れを発生させる原因となる。また、過剰に含有すると直流磁気特性も劣化する。従ってPは0.050%以下、好ましくは0.02%以下、更に好ましくは0.01%以下である。Pはできるだけ低減することが望ましい。
【0028】
Sは、Mn等と結合して硫化物を形成し、この硫化物が粒界に析出することによって変形能が低下し、冷間鍛造性が劣化する。従ってSは0.05%以下、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%以下である。
【0029】
Crは、鋼部品の強度を高めるのに作用する元素であるが、4%を超えると固溶したCrによりフェライト組織の硬度が上昇し過ぎるため変形能が低下し、冷間鍛造時に割れが発生する。従ってCrは4%以下、好ましくは2%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.5%以下である。
【0030】
Alは、鋼中の固溶NをAlNとして固定し、変形抵抗を小さくして冷間鍛造性を改善する作用を有する元素である。従ってAlは0.002%以上、好ましくは0.003%以上含有させる。しかし2.2%を超えて含有させると、鋼材の変形抵抗が大きくなり過ぎて冷間鍛造性が劣化する。従ってAlは2.2%以下、好ましくは1%以下、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下、特に好ましくは0.1%以下である。
【0031】
Nは、鋼材を時効硬化させる元素であり、0.01%を超えて含有すると鋼材の変形能が低下し、冷間鍛造時に割れが発生する原因となる。従ってNは0.01%以下、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.005%以下である。Nはできるだけ低減することが望ましい。
【0032】
O(酸素)は、鋼中に酸化物を形成し、鋼材の変形能を低下させて冷間鍛造時に割れを発生させる元素である。また、鋼中に形成された酸化物は直流磁気特性を劣化させる原因となる。従ってOは0.03%以下、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。Oはできるだけ低減することが望ましい。
【0033】
上記鋼材の残部は、鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって混入する元素が許容される。
【0034】
上記鋼材は、更に他の元素として、Cu:0.5%以下(0%を含まない)、および/またはNi:0.5%以下(0%を含まない)を含有してもよい。CuとNiは、不可避的に混入してくる元素であるが、CuまたはNiが0.5%を超えて過剰に含有すると、磁気モーメントが低下して直流磁気特性が却って劣化する。従ってCuとNiの好ましい上限は0.5%と定めた。Cuはより好ましくは0.1%以下、Niはより好ましくは0.1%以下である。
【0035】
本発明で用いる鋼材は、化学成分組成が上記範囲を満足すると共に、下記式(1)を満足していることが推奨される。下記式(1)は、鋼材に含まれる合金元素のうち、鋼材の変形抵抗に影響を及ぼす元素を抽出し、各元素の影響度合いに基づいて規定した関係式を示している。下記式(1)の左辺の値をZ値としたとき、Z値を好ましくは2.8以下に抑えることによって鋼材の変形抵抗を小さくでき、冷間鍛造性の改善が可能となる。なお、下記式(1)中、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示している。
13×[C]+2×[Si]+[Mn]+[Cr]/5+[Al]≦2.8 ・・(1)
【0036】
即ち、C、Si、Mn、Cr、Alは鋼材の強度を高め、軟磁性鋼部品の高強度化に寄与する元素であるが、これらの元素は、いずれも鋼中に固溶したり、析出物を形成して鋼材の強度を高め、鋼材の変形抵抗を大きくするのにも作用する。そのため含有量が多くなると、冷間鍛造性が劣化する傾向が認められた。
【0037】
これに対し、本発明では上述したように、軟磁性鋼部品の表層部にAl拡散層を形成することによって表層部の硬度を高め、軟磁性鋼部品を高強度化しているため、C、Si、Mn、Cr、Alの含有量を低減できる。従って本発明では、これらの元素の含有量に基づいて算出されるZ値を好ましくは2.8以下に抑えることによって鋼材の冷間鍛造性を更に向上させることができる。Z値は、より好ましくは2.5以下、更に好ましくは2以下、特に好ましくは1以下である。
【0038】
次に、本発明の軟磁性鋼部品を製造するにあたり、好適に採用できる製造方法について説明する。
【0039】
上記軟磁性鋼部品は、表面にAl皮膜を有している鋼材を熱処理することによって製造できる。即ち、鋼材の表面にAl皮膜を形成し、これを熱処理することによって、鋼材表面からAlを一様に拡散浸透させることができ、鋼部品の表層部に上記Al拡散層を形成できる。本発明では、鋼材の表面からAlを一様に拡散浸透させているため、軟磁性鋼部品の表層部にAlが局所的に濃化することを防止できる。また、本発明で用いる鋼材は、上述したように、好ましくはC、Si、Mn、Cr、Alの合金元素量に基づいて算出される上記Z値を所定値以下に抑えているため、変形抵抗を小さくでき、冷間鍛造性を一層良好にできるという作用も発揮される。
【0040】
熱処理前の上記鋼材は、表面にAl皮膜を有し、部品形状に加工されていればよく、鋼材の表面にAl皮膜を形成する工程と、鋼材を部品形状に加工する工程の順番は特に限定されない。即ち、上記鋼材を部品形状に加工してからAl皮膜を形成してもよいし、上記鋼材にAl皮膜を形成してから部品形状に加工してもよい。部品形状への加工は、例えば、冷間鍛造によって行えばよい。
【0041】
上記Al皮膜は、Al元素を含有する皮膜(Al含有皮膜)であればよく、このAl皮膜を形成する方法は特に限定されず、例えば、化学気相蒸着(CVD)法、物理気相蒸着(PVD)法、めっき法等が挙げられる。めっき法としては、溶融Alめっき法や電気Alめっき法が挙げられる。これらの中でも溶融Alめっき法によって製造することが好ましい。
【0042】
鋼材表面からAlを一様に拡散浸透させるための上記熱処理は、鋼部品の表層部にAl拡散層の厚みが10〜80μm形成されるように、加熱温度、加熱時間、Al皮膜の付着量(Al皮膜量)等を調整すればよい。例えば、加熱温度は750℃以上、加熱時間は1時間以上、Al皮膜の付着量は30g/m2以上の範囲で調整することが好ましい。
【0043】
上記加熱温度は800℃以上とすることがより好ましく、更に好ましくは850℃以上である。しかし加熱温度が高過ぎるとAlが鋼材の奥深くまで拡散し過ぎて鋼部品の表層部に所望の厚みのAl拡散層を形成することが困難となる。従って上記加熱温度の上限は1000℃とすることが好ましい。
【0044】
上記加熱時間は2時間以上とすることがより好ましく、更に好ましくは3時間以上である。しかし、加熱時間を長くし過ぎるとAlが鋼材の奥深くまで拡散し過ぎて鋼部品の表層部に所望の厚みのAl拡散層を形成することが困難となる。従って加熱時間の上限は10時間とすることが好ましい。
【0045】
上記Al皮膜の付着量は40g/m2以上とすることがより好ましく、更に好ましくは50g/m2以上である。しかし、Al皮膜の付着量を多くし過ぎるとAl拡散層が厚くなり過ぎて直流磁気特性が低下するため、上限は例えば110g/m2とすることが好ましい。
【0046】
上記加熱温度に加熱するときの昇温速度は、例えば、100〜400℃/時間とすればよい。また、熱処理後、室温まで冷却するときの降温速度は、例えば、100〜400℃/時間とすればよい。
【0047】
こうして得られる本発明に係る軟磁性鋼部品は、例えば、自動車や産業機械に実装されている鋼部品のうち、磁力を介して駆動する電装部品や電磁コイル、オルタネータの鉄心として用いられる。
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0049】
下記実験例1では軟磁性鋼部品の直流磁気特性を評価し、下記実験例2では軟磁性鋼部品の素材となる鋼材の冷間鍛造性を評価した。
【0050】
[実験例1]
下記表1に示す化学成分を含有する鋼(残部は、鉄および不可避不純物)を真空溶製して150kgの溶製材を作製した。下記表1に、参考値として、上記式(1)の左辺の値(Z値)を算出して示す。
【0051】
得られた溶製材を鍛伸加工して直径40mmの鋼材を製造し、この鋼材からリング状の試験片を切り出し、この試験片にAl拡散層を設けたときの直流磁気特性を次の手順で評価した。具体的には、上記鋼材(直径40mm)から、外径38mm、内径30mm、厚み4mmのリング状試験片を切り出し、試験片表面に溶融Alめっき法によりAl皮膜を形成した後、熱処理して試験片表面のAlを試験片内部へ拡散浸透させた。また、比較例では、粉末塗布法により試験片の表面から内部へAlを拡散浸透させた。詳細な条件は次の通りである。
【0052】
溶融Alめっき法では、上記リング状試験片を、純Alめっき浴またはSiを約10質量%含有する溶融Alめっき浴を用い、浴温は650〜700℃とし、1〜10分間浸漬してAl皮膜を形成した。リング状試験片表面に形成したAl皮膜の付着量をEPMA(日本電子株式会社製「JXA−8900RL(装置名)」)で測定し、下記表2にAl皮膜の付着量(g/m2)を示す。Al皮膜形成後、水素還元雰囲気中で、下記表2に示す温度まで昇温速度300℃/時間で加熱し、この温度で下記表2に示す時間保持して熱処理し、試験片表面のAlを試験片内部へ拡散浸透させた。熱処理後、降温速度300℃/時間で室温まで冷却した。
【0053】
粉末塗布法では、Al粉末(500g)およびAl23粉末(500g)を等量混合した混合粉に、NH4Clを10g加えたものをスレンレスケースに入れ、この中に上記リング状試験片を埋め込み、水素還元雰囲気中で、下記表2に示す温度で加熱した後、この温度で下記表2に示す時間保持して熱処理し、試験片の表面から内部へAlを拡散浸透させた。
【0054】
なお、下記表2のNo.1は、Al皮膜の形成および熱処理を行っていない比較例である。
【0055】
次に、熱処理して得られたリング状試験片の表層部におけるAl濃度をEPMA(日本電子株式会社製「JXA−8900RL(装置名)」)を用いて測定した。測定は、上記リング状試験片の厚み方向(軸方向)に平行となるように切断して露出させた切断面において、Al皮膜形成面から深さが200μm位置までの領域を、EPMAのビーム直径を1μmとし、1μm間隔で行い、Alを10〜30質量%含有するAl拡散層の厚みを測定した。測定結果を下記表2に示す。なお、リング状試験片の表面に形成したAl皮膜は、熱処理によりリング状試験片内へ拡散していた。また、熱処理して得られたリング状試験片の表層部では最表面のAl量が最も多く、中心部に向かうほどAl量は減少しており、傾斜組成であることが分かった。
【0056】
次に、熱処理して得られたリング状試験片表面硬さを測定した。
【0057】
〈表面硬さの測定〉
表面硬さは、JIS Z2244に規定されるマイクロビッカース硬さ試験に基づき、マイクロビッカース硬度計を用い、試験荷重を0.3N(30gf)としてビッカース硬さ(Hv)を測定した。測定位置は、上記リング状試験片の厚み方向(軸方向)に平行となるように切断して露出させた切断面において、Al皮膜形成面からの深さが15μm位置において測定した。測定箇所は4箇所とし、結果を平均した。また、下記表2に示すNo.1の試験片についても同じ条件でビッカース硬さ(Hv)を測定した。測定結果を下記表2に示す。また、下記表2のNo.1(Al拡散層無し)に対するビッカース硬さの増加量を算出し、結果を下記表2に併せて示す。増加量がHv240以上の場合を高硬度(合格。評価○)、Hv240未満の場合を低硬度(不合格。評価×)として評価した。増加量および評価結果を下記表2に示す。
【0058】
図1に、Al拡散層の厚みと表面硬さとの関係を示す。なお、図1には、溶融Alめっき法によりAl皮膜を形成した試験片(No.2〜10)の結果についてプロットした。
【0059】
次に、熱処理して得られたリング状試験片の直流磁気特性を評価した。
【0060】
〈直流磁気特性の評価〉
直流磁気特性は、試験片の磁束密度に基づいて評価した。磁束密度の測定方法は次の通りである。上記リング状試験片に、磁界印加用の1次コイルと磁束検出用の2次コイルを巻線し、自動磁化測定装置[理研電子株式会社製、直流磁化B−H特性自動記録装置(BHS−40)]を用いてB−H曲線を測定し、磁束密度を求めた。また、下記表2に示すNo.1の試験片(上記鋼種αから切り出したリング状の試験片)に、850℃、3時間の磁気焼鈍を行なった後、Al皮膜の形成および熱処理を行なわず、上記と同様に、磁界印加用の1次コイルと磁束検出用の2次コイルを巻線したものを作製し(以下、未処理品ということがある)、このB−H曲線を測定して磁束密度を求めた。測定結果を下記表2に示す。
【0061】
上記未処理品(表2のNo.1)の磁束密度に対する各リング状試験片の磁束密度の比(リング状試験片/未処理品)を算出し、結果を下記表2に示す。また、磁束密度の比の値に基づいて、下記基準で直流磁気特性を評価し、評価結果を下記表2に併せて示す。
【0062】
<評価基準>
○(合格) :磁束密度の比が0.94以上
×(不合格):磁束密度の比が0.94未満
また、図2に、Al拡散層の厚みと磁束密度の比との関係を示す。図2には、溶融Alめっき法によりAl皮膜を形成した試験片(No.2〜10)の結果についてプロットした。
【0063】
下記表2から次のように考察できる。No.1は、Al皮膜の形成および熱処理を行なっていない比較例(未処理品)であり、Al拡散層が形成されていないため、表面硬さはHv80と低かった。No.2と3は、いずれもAl拡散層が薄過ぎる例であり、表面硬さを改善できていなかった。No.10は、Al拡散層が厚過ぎる例であり、磁束密度が小さく、直流磁気特性が劣化していた。
【0064】
No.4〜9は、いずれも本発明で規定する要件を満足している例であり、試験片の表層部に適切な厚みのAl拡散層を形成できているため、比較材(表2のNo.1)と比べて直流磁気特性を殆ど劣化させることなく、表面硬さを高めることができている。
【0065】
No.11〜13は、粉末塗布法により形成したAl皮膜を熱処理して試験片の内部へ拡散させた比較例である。これらのうちNo.11と12は、Al拡散層が厚過ぎる例であり、磁束密度が小さく、直流磁気特性が劣化している。また、No.11と12は、Alが内部まで拡散浸透し、表層部のAl濃度が低くなっているため、表面硬さも低下している。No.13は、Alを10〜30質量%含有するAl拡散層は形成されておれず、試験片の表層部には、Al濃度が10質量%未満の領域が広範囲に亘って形成されていた。Alが広範囲に亘って拡散した結果、直流磁気特性が劣化した。また、上記Al拡散層が形成されていないため、表面硬さを改善できなかった。
【0066】
No.2〜7を比較すると、Al皮膜の付着量が同じで、熱処理条件のうち保持時間が同じ(3時間保持)場合には、熱処理温度を高くするほどAl拡散層は厚くなることが分かる。
【0067】
No.7〜10を比較すると、熱処理条件が同じ(900℃で3時間保持)場合にはAl皮膜の付着量が多くなるほどAl拡散層は厚くなることが分かる。
【0068】
図1および図2から次のように考察できる。図1から明らかなように、Al拡散層の厚みが30μm以上になると表面硬さが急激に大きくなる傾向が読み取れる。しかし図2から明らかなように、Al拡散層が厚くなると磁束密度の比が小さくなり、直流磁気特性が劣化する傾向が読み取れる。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
[実験例2]
下記表3に示す化学成分を含有する鋼(残部は、鉄および不可避不純物)を真空溶製して150kgの溶製材を作製した。下記表3に、上記式(1)の左辺の値(Z値)を算出して示す。なお、下記表3に示したNo.21の化学成分は、上記表1に示した鋼種αと同じである。
【0072】
得られた溶製材を鍛伸加工して直径40mmの鋼材を製造し、次の手順で冷間鍛造性を評価した。
【0073】
〈冷間鍛造性の評価〉
鋼材の冷間鍛造性は、試験片を50%圧縮加工したときの変形抵抗と、圧縮加工したときの変形能に基づいて評価した。具体的には、変形抵抗(N/mm2)は、上記鋼材から直径16mm×高さ24mmの試験片を切り出し、この試験片の高さが50%となるように圧縮加工して測定した。圧縮加工は、ひずみ速度10/秒で端面拘束圧縮して行った。測定した変形抵抗を下記表3に示す。本発明では、変形抵抗が580N/mm2未満を合格、580N/mm2以上を不合格として評価した。また、上記Z値と、測定した変形抵抗との関係を図3に示す。
【0074】
一方、鋼材の変形能は、上記条件で圧縮加工した後、試験片を目視および光学顕微鏡(観察倍率:40倍)で観察し、割れ発生の有無を調べて評価した。割れ発生の有無を下記表3に示す。割れが発生してない場合を合格、割れが発生している場合を不合格とする。
【0075】
本発明では、上記変形抵抗と変形能の両方が合格の場合を「冷間鍛造性に優れている」と評価し、少なくとも一方が不合格の場合を「冷間鍛造性に劣っている」と評価した。
【0076】
下記表3および図3から次のように考察できる。No.21、22、24、26、30、32、39、40〜42は、鋼材の化学成分組成が本発明で規定する要件を満足する例であり、変形抵抗が580N/mm2未満で、且つ圧縮加工時に割れが発生しておらず、冷間鍛造性に優れている。
【0077】
これに対し、No.23、25、27〜29、31、33〜38は、鋼材の化学成分組成が本発明で規定する要件を満足していない例であり、変形抵抗が580N/mm2以上であるか、圧縮加工時に割れが発生したため、冷間鍛造性に劣っている。
【0078】
詳細には、No.23、25、27は、夫々、C、Si、Mnが本発明で規定する上限値を超えている例であり、上記Z値が2.8より大きいため、変形抵抗が580N/mm2以上になった。No.28は、Pが本発明で規定する上限値を超えている例であり、Pの粒界偏析量が増加したため、圧縮加工時に割れが発生した。No.29は、Sが本発明で規定する上限値を超えている例である。硫化物が粒界に多く析出したため、圧縮加工時に割れが発生した。No.31は、Crが本発明で規定する上限値を超えている例である。固溶したCrによりフェライト組織の硬度が上昇し過ぎたため、圧縮加工時に割れが発生した。No.33は、Alが本発明で規定する上限値を超えているため、変形抵抗が580N/mm2以上になった。No.34は、Nが本発明で規定する上限値を超えている例である。過剰なNによって時効硬化し、圧縮加工時に割れが発生した。No.35は、O(酸素)が本発明で規定する上限値を超えている例である。過剰なOにより鋼中に酸化物が多く生成したため、圧縮加工時に割れが発生した。
【0079】
No.36〜38は、鋼材の化学成分組成は本発明で規定する範囲を満足しているが、上記Z値が2.8を超えているため、変形抵抗が580N/mm2以上になった。
【0080】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
母相の化学成分組成が、
C :0.002〜0.20%(質量%の意味。以下同じ。)、
Si:1.2%以下(0%を含まない)、
Mn:0.05〜2.6%、
P :0.050%以下(0%を含まない)、
S :0.05%以下(0%を含まない)、
Cr:4%以下(0%を含まない)、
Al:0.002〜2.2%、
N :0.01%以下(0%を含まない)、
O :0.03%以下(0%を含まない)、
残部:鉄および不可避不純物
である鋼部品であり、
表層部に、Alを10〜30質量%含有するAl拡散層が形成されており、且つ
前記Al拡散層の厚みが10〜80μmであることを特徴とする直流用軟磁性鋼部品。
【請求項2】
前記化学成分組成が、更に、下記式(1)を満足するものである請求項1に記載の軟磁性鋼部品。
13×[C]+2×[Si]+[Mn]+[Cr]/5+[Al]≦2.8 ・・(1)
[式(1)中、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示している。]
【請求項3】
前記鋼部品は、更に、他の元素として、
Cu:0.5%以下(0%を含まない)、および/または
Ni:0.5%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の軟磁性鋼部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−153911(P2012−153911A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11162(P2011−11162)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】