説明

真核細胞トランスフェクションのための培養装置および方法

真核細胞をトランスフェクトするための細胞培養装置を開示する。本細胞培養/トランスフェクション装置はCaCl2などの金属塩で被覆されているマルチウェルプレートまたはスライドであることができる。本細胞培養装置を使って哺乳類細胞をトランスフェクトし、そして/または細胞トランスフェクションをモニターする方法を記載する。本細胞トランスフェクション装置、形質転換されるべき真核細胞および形質転換用の核酸を含むキットも記載する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
一態様として、本発明は、真核細胞用のトランスフェクション装置に向けられる。もう一つの態様として、本発明は、前記トランスフェクション装置に役立つ細胞トランスフェクション用のキットおよび調整物に向けられる。前記トランスフェクション装置を使った細胞トランスフェクションの方法も記載する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子トランスフェクション法は、細胞に核酸を導入するために使用することができ、遺伝子調節および遺伝子機能の研究に有用である。大量のDNAセットをスクリーニングして興味のある性質を持つ産物をコードするDNAを同定するために使用することができるハイスループットアッセイは、とりわけ有用である。遺伝子トランスフェクションとは、生物学的に機能的な核酸を、細胞(例えば真核細胞)中に、核酸がその機能を細胞内で保持するような形で送達し、導入することである。遺伝子トランスフェクションは、遺伝子調節、遺伝子機能、分子治療、シグナル伝達、薬物スクリーニング、および遺伝子治療研究に関係する研究に広く応用される。高等生物に由来する遺伝子のクローニングおよびカタログ化が続けられるなかで、研究者は遺伝子の機能を発見しようと努力し、また望ましい性質を持つ遺伝子産物を同定しようと努力する。ますます増加するこの遺伝子配列の収集には、遺伝子産物の特徴づけおよび遺伝子機能の解析、ならびに細胞生物学および分子生物学における他の研究領域に対する、体系化されたハイスループットなアプローチの開発が必要である。
【0003】
遺伝子送達にはウイルス遺伝子担体と非ウイルス遺伝子担体の両方が使用されてきた。ウイルスベクターは非ウイルス担体よりも高いトランスフェクション効率を持つことが示されているが、ウイルスベクターの安全性がその利用可能性を阻んでいる(Verma I.MおよびSomia N. Nature 389(1997), pp.239-242;Marhsall E. Science 286(2000), pp.2244-2245)。非ウイルストランスフェクション系はウイルスベクターのような効率を示していないが、ウイルスベクターと比較した場合、それらは理論的に安全なので、かなりの注目を集めてきた。そのうえ、ウイルスベクターの製造は複雑で費用のかかる工程であることも、インビトロでのウイルスベクターの応用を制限している。非ウイルス担体の製造は、ウイルス担体の製造と比較すると簡単であり費用効果も高いことから、インビトロ研究におけるトランスフェクション試薬としては合成遺伝子担体が望ましい。
【0004】
大半の非ウイルスベクターは、外来遺伝物質の侵入を防ぐためにある細胞障壁を克服するために、ウイルス細胞侵入の重要な特徴を模倣している。遺伝子担体バックボーンに基づく非ウイルス遺伝子ベクターは、a)リポプレックス、b)ポリプレックス、およびc)リポポリプレックスに分類することができる。リポプレックスは核酸と脂質成分(通常、カチオン性)との集合体である。リポプレックスによる遺伝子導入はリポフェクションと呼ばれる。ポリプレックスは核酸とカチオン性ポリマーとの複合体である。リポポリプレックスは脂質成分とポリマー成分の両方を含む。多くの場合、そのようなDNA複合体は、細胞ターゲティング部分もしくは細胞内ターゲティング部分および/または膜不安定化成分、例えばウイルスタンパク質もしくはウイルスペプチドまたは膜破壊性合成ペプチドなどを含むようにさらに修飾される。最近、細菌およびファージも、細胞内に核酸を導入するためのシャトルとして記載されている。
【0005】
大半の非ウイルストランスフェクション試薬は合成カチオン性分子であり、カチオン上のカチオン性部位と核酸上のアニオン性部位との相互作用により、核酸を「被覆する」と報告されている。正に帯電したDNA-カチオン性分子複合体は負に帯電した細胞膜と相互作用して、DNAが非特異的エンドサイトーシスによって細胞膜を通り抜けることを容易にする(Schofield, Brit. Microencapsulated. Bull, 51(1):56-71(1995))。従来の遺伝子トランスフェクションプロトコールでは、ほとんどの場合、トランスフェクションの16〜24時間前に細胞を細胞培養装置に播種する。トランスフェクション試薬(カチオン性ポリマー担体など)およびDNAは、通常、個別のチューブで調製され、個々の溶液が培地(ウシ胎仔血清または抗生物質を含有しないもの)に希釈される。次にそれらの溶液は、絶えずボルテックスしながら、一方の溶液を他方に注意深くゆっくりと加えることによって混合される。その混合物を室温で15〜45分間インキュベートすることにより、トランスフェクション試薬-DNA複合体を形成させる。トランスフェクションに先だって、細胞培養培地を除去し、血清および抗生物質の残留分を除去するために細胞を緩衝液で洗浄する。DNA-トランスフェクション試薬複合体を含有する溶液を細胞に加え、細胞を約3〜4時間インキュベートする。次に、トランスフェクション試薬を含有する培地は、新鮮な培地で置き換えられるだろう。最後に、1以上の特定時点で、細胞が解析されるだろう。これは明らかに時間のかかる手法であり、トランスフェクトすべき試料の数が非常に多い場合は、特にそうである。
【0006】
従来のトランスフェクション手法には大きな問題がいくか存在する。第1に、従来の手法には時間がかかり、トランスフェクション実験に使用すべき細胞または遺伝子試料が多い場合は、特にそうである。また、一般的なトランスフェクション手法から導かれる結果は、必要な段階数ゆえに、再現することが難しい。例えば、DNAトランスフェクション試薬の製造に際して、複合体の形成は、核酸と試薬の濃度および体積、pH、温度、使用する緩衝液のタイプ、ボルテックス操作の長さおよび速度、インキュベーション時間、ならびに他の因子による影響を受ける。同じ試薬および手法に従うことはできるが、異なる結果が得られる場合もある。多段階手法から導かれる結果は、各段階での人為的誤差もしくは機械的誤差または他のばらつきによる影響を受けることが多い。そのうえ、トランスフェクション後に細胞培養培地を新しくすると細胞が乱され、その結果、細胞の培養が行なわれている表面から細胞が剥離して、最終結果のばらつきおよび予測不能性につながることもある。上述した全ての因子のせいで、従来のトランスフェクション法では、高度に熟練した人がトランスフェクション実験またはトランスフェクションアッセイを行なう必要がある。
【0007】
Sabatini(U.S.2002/0006664A1)は、ガラススライド上に沈着させた混合物含有DNAを記載している。しかしこの系では前もって沈着させたDNAによるトランスフェクションしかできない。
【0008】
参照により本明細書に組み入れられる米国特許出願第10/341,059号には、細胞培養/トランスフェクション装置が記載されており、この場合、トランスフェクションは脂質ポリマーによって媒介される。特許出願第10/341,059号の方法の一部は、本明細書に記載するトランスフェクション調製物に応用することができる。
【0009】
本発明の一側面として、トランスフェクションアッセイのコストを削減する細胞培養/トランスフェクション装置が開示される。関心対象の分子によるトランスフェクションが簡単な手法で達成される。
【0010】
上述のように、従来のトランスフェクションは、長々しく、技術的に困難な手法である。一般に以下の3段階が必要である:1)細胞培養プレートまたは細胞培養ディッシュに細胞を播種し、十分なコンフルエンスが達成されるまでインキュベートする;2)トランスフェクション試薬/核酸複合体を調製する;そして3)関心対象の核酸をトランスフェクション試薬と一緒に加え、さらなるインキュベーションを行なう。2回のインキュベーション期間が必要であり、全ての段階を完了するには、通例、2日を超える時間がかかる。これに対して、本発明の態様は、1回のインキュベーション段階しか必要としない簡単な手法を提供する。前もってトランスフェクション試薬で被覆されている細胞培養装置が、関心対象の核酸および細胞培養物を立て続けに加えることによるトランスフェクションを可能にする。次にトランスフェクト細胞を同じ装置内で培養することができる。このように、細胞を細胞培養装置中でトランスフェクトし、培養することができ、トランスフェクション段階の直後に細胞をさらに操作する必要がない。トランスフェクション効率は通常のトランスフェクションに匹敵する。したがって本発明は容易なトランスフェクション手法を提供し、トランスフェクション手法に必要な時間を1日以上短縮する。多数の細胞を効率よくトランスフェクトすることができる。
【発明の開示】
【0011】
いくつかの態様は、少なくとも一部のウェルの底部が金属塩を含む組成物で少なくとも部分的に被覆される、真核細胞をトランスフェクトするためのマルチウェルプレートに向けられる。好ましい態様では、金属塩がカルシウム塩である。より好ましい態様では、カルシウム塩が塩化カルシウムであるか、酢酸カルシウムである。
【0012】
一部の好ましい態様では、マルチウェルプレートがマトリックス複合体を含む。好ましくは、金属塩を含む組成物がマルチウェルプレート上に保持される。より好ましくは、組成物がマトリックス複合体と共にマルチウェルプレート上に保持される。より好ましい態様では、マトリックス複合体がタンパク質、糖タンパク質、ペプチド、多糖、およびポリマーまたはそれらの組合せから選択される。一部の好ましい態様では、タンパク質がゼラチン、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、もしくはウシ血清アルブミンまたはそれらの組合せである。好ましい態様では、ポリマーがヒドロゲル、生分解性ポリマー、および生体適合性材料から選択される。
【0013】
本発明のいくつかの態様は、真核細胞をトランスフェクトするための、固体表面を含む細胞培養/トランスフェクション装置であって、その固体表面がゲルマトリックス中の塩化カルシウムで被覆されるものに向けられる。好ましい態様として、表面は連続表面、フラスコ、ディッシュ、チューブ、マルチウェルプレート、スライド、または植込み型装置であることができる。好ましい態様では、固体表面がガラス、ポリスチレンまたはエポキシ樹脂である。最も好ましい態様では、固体表面がスライドであるか、マルチウェルプレートである。
【0014】
本発明のいくつかの態様は、真核細胞をトランスフェクトするための、固体表面を含む上述の細胞培養/トランスフェクション装置であって、その固体表面がゲルマトリックス中の塩化カルシウムで被覆されるもの、形質転換されるべき真核細胞、および形質転換用の核酸を含むキットに向けられる。好ましい態様では、真核細胞が哺乳類細胞である。好ましくは、真核細胞は分裂細胞であっても、非分裂細胞であってもよい。好ましくは、真核細胞が形質転換細胞または初代細胞である。好ましくは、真核細胞が体細胞または幹細胞である。一部の好ましい態様では、真核細胞が植物細胞である。もう一つの好ましい態様では、真核細胞が昆虫細胞である。
【0015】
好ましい態様では、キットが、DNA、RNA、DNA/RNAハイブリッドおよび化学修飾核酸から選択される少なくとも1つの核酸を含む。より好ましくは、化学修飾核酸がペプチド核酸を含む。より好ましくは、DNAが環状、線状、または一本鎖オリゴヌクレオチドである。より好ましくは、RNAが一本鎖または二本鎖である。さらに好ましくは、一本鎖RNAがリボザイムである。さらに好ましくは、二本鎖RNAがsiRNAである。
【0016】
本発明のいくつかの態様は、真核細胞のトランスフェクションのための方法であって、金属塩を含む組成物で少なくも部分的に被覆された固体表面を用意する工程、真核細胞中に導入されるべき少なくとも1つの核酸または少なくとも1つのポリペプチドを固体表面上に加える工程、ならびに真核細胞への核酸またはポリペプチドの導入にとって十分な密度および適切な条件下で固体表面上に真核細胞を播種する工程を含む方法に向けられる。好ましくは、表面がフラスコ、ディッシュ、チューブ、連続表面、マルチウェルプレート、スライド、および植込み型装置から選択される。好ましくは、固体表面がガラス、ポリスチレンまたはエポキシ樹脂である。
【0017】
好ましい態様では、金属塩がカルシウム塩である。より好ましくは、カルシウム塩が塩化カルシウムまたは酢酸カルシウムである。
【0018】
好ましい態様では、金属塩を含む組成物がさらにマトリックス複合体も含む。好ましくは、組成物が固体表面上に保持される。より好ましくは、組成物がマトリックス複合体と共に固体表面上に保持される。さらに好ましい態様では、マトリックス複合体がタンパク質、糖タンパク質、ペプチド、多糖、およびポリマーまたはそれらの組合せから選択される。最も好ましくは、タンパク質がゼラチン、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、およびウシ血清アルブミンまたはそれらの組合せから選択される。最も好ましくは、ポリマーがヒドロゲル、生分解性ポリマー、および生体適合性材料から選択される。
【0019】
より好ましい態様では、固体表面がスライドであるか、マルチウェルプレートである。
【0020】
好ましい態様では、真核細胞が哺乳類細胞である。好ましい態様では、真核細胞が分裂細胞または非分裂細胞である。好ましい態様では、真核細胞が形質転換細胞または初代細胞である。好ましい態様では、真核細胞が体細胞または幹細胞である。より好ましくは、真核細胞が植物細胞である。もう一つのより好ましい態様では、真核細胞が昆虫細胞である。
【0021】
本方法の好ましい態様では、DNA、RNA、DNA/RNAハイブリッドおよび化学修飾核酸から選択される少なくとも1つの核酸が加えられる。より好ましくは、化学修飾核酸がペプチド核酸を含む。より好ましくは、DNAが環状、線状、または一本鎖オリゴヌクレオチドである。より好ましくは、RNAが一本鎖または二本鎖である。最も好ましい態様では、一本鎖RNAがリボザイムである。もう一つの最も好ましい態様では、二本鎖RNAがsiRNAである。
【0022】
本発明のいくつかの態様は、生体分子が細胞に侵入できるかどうかを決定する方法であって、
(a)該生体分子が相互作用することのできるポリマーまたは脂質で被覆された固体表面を用意する工程、
(b)生体分子が該ポリマーまたは脂質と相互作用するように、固体表面に生体分子を加える工程、
(c)細胞内への生体分子の導入にとって十分な密度および適切な条件下で、細胞を表面上に播種する工程、および
(d)生体分子が細胞に送達されたかどうかを検出する工程、
を含む方法に向けられる。
【0023】
好ましい態様では、固体表面に加えられる生体分子が核酸、タンパク質、ペプチド、糖、多糖、または有機化合物である。より好ましくは、核酸がDNA、RNA、DNA/RNAハイブリッドまたは化学修飾核酸である。最も好ましくは、化学修飾核酸がペプチド核酸を含む。最も好ましくは、DNAが環状、線状、または一本鎖オリゴヌクレオチドである。好ましくは、RNAが一本鎖または二本鎖である。最も好ましくは、一本鎖RNAがリボザイムである。最も好ましくは、二本鎖RNAがsiRNAである。
【0024】
好ましい態様では、表面上に播種される細胞が哺乳類細胞である。好ましくは、細胞が分裂細胞または非分裂細胞である。好ましくは、細胞が形質転換細胞または初代細胞である。好ましくは、細胞が体細胞または幹細胞である。より好ましくは、細胞が植物細胞である。もう一つのより好ましい態様では、細胞が昆虫細胞である。
【0025】
本発明のさらなる側面、特徴および利点は、以下に記載する好ましい態様の詳細な説明から明白になるだろう。
【0026】
本発明のこれらの特徴および他の特徴を、好ましい態様の図面を参照して以下に説明するが、これらは本発明を例示しようとするものであって、本発明を限定しようとするものではない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本明細書には、従来のトランスフェクションアッセイと比較して簡単であり、便利であり、そして効率の良い新規トランスフェクション装置および新規トランスフェクション方法を記載する。本明細書に記載する方法によれば、細胞培養装置の固体表面にトランスフェクション試薬を固着させることによって、トランスフェクション装置が作製される。この装置を使用することにより、研究者は、核酸または他の生体分子担体系を細胞培養装置の表面に加えるだけでよくなる。DNAまたは生体分子をトランスフェクション試薬と前もって混合する必要はない。これにより、従来のトランスフェクション手法には必要な、時間のかかる重要な段階が取り除かれる。10個の試料について全トランスフェクション工程を完了するのに科学者が必要とする時間は、現在の方法では2〜5時間以上であるのに対して、わずかに約40分である。これは、何百もの試料が一度に試験されるハイスループットトランスフェクションアッセイには、とりわけ有利である。
【0028】
本明細書に記載する新しい方法には、従来のトランスフェクションと比較して、いくつかの利点がある。貯蔵が著しく容易なトランスフェクション装置が提供され、生体材料/トランスフェクション試薬混合段階を必要としない簡単な生体分子送達方法または遺伝子トランスフェクション方法が提供される。本明細書に記載するトランスフェクション手法は短時間(例えば約40分)で終了することができ、多数の試料を一度にトランスフェクトすることができるハイスループットなトランスフェクション法または薬物送達法になる。
【0029】
本明細書に記載する遺伝子送達のための方法および装置の態様は、上述した従来のトランスフェクションアッセイで遭遇する共通の課題を克服するものである。トランスフェクション試薬は、容易に商品化し大量生産することができる細胞培養装置の表面に単純に被覆される。顧客、例えば研究者は、トランスフェクションに先だって装置を準備するために、生体分子、例えば関心対象の核酸を、細胞培養装置の表面に直接加えるだけでよい。次に、細胞培養装置の表面に細胞を播種し、培地を換えずにインキュベートし、細胞を解析する。トランスフェクション手法中に培地を換える必要はない。本明細書に記載する方法は、関与する段階の数を減らすことで系の一貫性および正確さを増大させることにより、誤差のリスクを劇的に低下させる。
【0030】
本明細書に記載する方法に従い、トランスフェクション試薬をスライドの表面、マルチウェルプレート、または他の表面に固着させて、トランスフェクション装置を形成させた。この装置を使用すれば、その表面にDNAまたは他の生体分子を加えて、トランスフェクション試薬にDNAまたは生体分子との複合体を形成させるだけでよい。この反応は約30分で起こる。次に、細胞を表面に播種し、細胞内への生体分子の導入にとって適切な条件下でインキュベートする。
【0031】
核酸/生体分子含有混合物をその表面に固着させるために使用することができる適切な表面であればどれでも使用することができる。例えば表面はガラス、プラスチック(例えばポリテトラフルオロエチレン、ポリビニリデンジフルオリド、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリプロピレン)、ケイ素、金属(例えば金)、膜(例えばニトロセルロース、メチルセルロース、PTFEまたはセルロース)、紙、生体材料(例えばタンパク質、ゼラチン、寒天)、組織(例えば皮膚、内皮組織、骨、軟骨)、鉱物(例えばヒドロキシルアパタイト、グラファイト)であることができる。好ましい態様によれば、表面はスライド(ガラススライドもしくはポリ-L-リジン被覆スライド)またはマルチウェルプレートのウェルであることができる。
【0032】
ポリ-L-リジン(例えばSigma, Inc.)で被覆されたガラススライドなどのスライドの場合、トランスフェクション試薬を表面上に固定し、乾燥させた後、関心対象の核酸もしくは細胞内に導入されるべき核酸、タンパク質、ペプチド、または低分子薬物を導入する。スライドを室温で30分間インキュベートして、生体分子/トランスフェクション試薬複合体をトランスフェクション装置の表面上で形成させる。生体分子/トランスフェクション試薬複合体は、何百〜何千もの核酸、タンパク質、ペプチドおよび他の小分子薬物を同時に調べるために使用することができるハイスループットマイクロアレイ用の媒質を作り出す。代替態様として、トランスフェクション試薬または薬物送達試薬を、トランスフェクション装置の表面上で、離散した所定の領域に固着させて、トランスフェクション試薬または薬物送達試薬のマイクロアレイを形成させることもできる。この態様では、細胞内に導入されるべき核酸などの分子が、トランスフェクション装置の表面上に、トランスフェクション試薬または送達試薬と一緒に拡げられる。この方法は、何千もの化合物からトランスフェクション試薬または他の送達試薬をスクリーニングする際に使用することができる。そのようなスクリーニング方法の結果はコンピュータ解析によって検査することができる。
【0033】
本発明のもう一つの態様として、マルチウェルプレートの1以上のウェルを、トランスフェクション試薬または薬物送達試薬で被覆することができる。トランスフェクションおよび薬物スクリーニングによく用いられるプレートは96ウェルプレートおよび384ウェルプレートである。トランスフェクション試薬または生体分子送達試薬はプレートの底部に均等に適用することができる。次に、何百もの核酸、タンパク質、ペプチドまたは他の生体分子を、例えばマルチチャンネルピペットまたは自動機械などによって、ウェルに加える。次に、マイクロプレートリーダーを使ってトランスフェクションの結果を決定する。マイクロプレートリーダーはほとんどの生物医学研究室で広く使用されているので、これはトランスフェクト細胞の極めて便利な解析方法である。トランスフェクション試薬または生体分子送達試薬で被覆されたマルチウェルプレートは、遺伝子調節、遺伝子機能、分子治療、およびシグナル伝達を研究するために、そしてまた薬物スクリーニングに、ほとんどの研究室で広く使用することができる。また、異なる種類のトランスフェクション試薬をマルチウェルプレートの異なるウェルに被覆すれば、そのプレートを使って、多くのトランスフェクション試薬または送達試薬を比較的効率よくスクリーニングすることができる。最近、1536ウェルプレートおよび3456ウェルプレートが開発されたが、これらも本明細書に記載する方法に従って使用することができる。
【0034】
トランスフェクション試薬または送達試薬は、好ましくは、生体分子(例えば核酸、タンパク質、ペプチド、糖、多糖、有機化合物、および他の生体分子)を細胞内に導入することができる金属塩である。好ましい態様ではカルシウム金属塩、特に塩化カルシウムまたは酢酸カルシウムを使用する。
【0035】
ある一態様によれば、トランスフェクション試薬または送達試薬を、タンパク質、ペプチド、多糖、または他のポリマーなどのマトリックスと混合することができる。タンパク質はゼラチン、コラーゲン、ウシ血清アルブミン、または表面へのタンパク質の固着に使用することができる他の任意のタンパク質であることができる。ポリマーはヒドロゲル、コポリマー、非分解性または生分解性ポリマーおよび生体適合性材料であることができる。多糖は、膜を形成し送達試薬を被覆することができる任意の化合物、例えばキトサンなどであることができる。細胞毒性低減試薬、細胞結合試薬、細胞成長試薬、細胞刺激試薬または細胞阻害試薬などの他の試薬、および特定細胞を培養するための化合物も、トランスフェクション試薬または送達試薬と一緒にトランスフェクション装置に固着させることができる。
【0036】
もう一つの態様によれば、トランスフェクション試薬(例えば塩化カルシウムなどの金属塩)と適当な溶媒(例えば水または二重脱イオン水)中に存在するゼラチンとを含むゼラチン-トランスフェクション試薬混合物を、トランスフェクション装置に固着させることができる。さらにもう一つの態様として、細胞培養試薬がゼラチン-トランスフェクション試薬混合物中に存在してもよい。その混合物をスライドおよびマルチウェルプレートなどの表面に均等に拡げることにより、ゼラチン-トランスフェクション試薬混合物を保有するトランスフェクション表面を製造する。代替態様として、トランスフェクション装置の表面上の離散した領域に、異なるトランスフェクション試薬-ゼラチン混合物をスポットすることもできる。得られた生成物を、ゼラチン-トランスフェクション試薬混合物がその混合物を適用した部位に固着するように、適切な条件下で完全に乾燥させる。例えば、得られた生成物を、特定の温度もしくは湿度で、または真空乾燥器で、乾燥させることができる。
【0037】
混合物中に存在するトランスフェクション試薬の濃度は、試薬のトランスフェクション効率および細胞毒性に依存する。通例、トランスフェクション効率と細胞毒性とが釣り合っている。細胞毒性を許容できるレベルに保ちつつ、トランスフェクション試薬が最も効率よくなる濃度にある時、トランスフェクション試薬の濃度は最適レベルにある。トランスフェクション試薬の濃度は、一般に約1〜10mM、好ましくは約2〜7mMの範囲内にあるだろう。同様に、ゼラチンまたは他のマトリックスの濃度も、行なわれるべき実験またはアッセイに依存するが、濃度は一般に、トランスフェクション試薬の0.1%〜5%の範囲内、好ましくは0.5〜2%、そして最も好ましくは約1〜2%の範囲内にあるだろう。実施例に示す態様では、ゼラチン濃度がトランスフェクション試薬の約2%である。もちろん、ゲルマトリックス中でのトランスフェクション試薬の濃度は、総反応体積中での濃度より高く、5mM〜0.1M程度、好ましくは10〜40mM程度になるだろう。好ましい態様では、マトリックス中のトランスフェクション剤をトランスフェクション装置に適用し、清浄雰囲気中で乾燥させる。好ましくは、マトリックス中のトランスフェクション剤を滅菌フード中で2時間〜終夜乾燥する。
【0038】
細胞中に導入されるべき分子は、核酸、タンパク質、ペプチド、ペプチド核酸(PNA)および他の生体分子であることができる。核酸はDNA、RNAおよびDNA/ハイブリッドなどであることができる。使用するDNAがベクター中に存在する場合、そのベクターは、プラスミド(例えばpCMV-GFP、pCMV-luc)またはウイルス系ベクター(例えばpLXSN)など、任意のタイプであることができる。DNAは、発現されるべきcDNAの5'末端にプロモーター配列(CMVプロモーターなど)を持ち、3'末端にポリA部位を持つ線状断片であることもできる。これらの遺伝子発現要素により、関心対象のcDNAを哺乳類細胞中で一過性に発現させることができる。DNAが一本鎖オリゴデオキシヌクレオチド(ODN)、例えばアンチセンスODNである場合は、標的遺伝子発現を調節するために、それを細胞中に導入することができる。RNAを使用する態様では、核酸は一本鎖(アンチセンスRNAおよびリボザイム)であってもよいし、二本鎖(RNA干渉、siRNA)であってもよい。RNAの安定性を増加させ、遺伝子発現のダウンレギュレーションにおけるその機能を改善するために、ほとんどの場合、RNAは修飾される。ペプチド核酸(PNA)では、核酸バックボーンがペプチドで置き換えられ、それによって分子の安定性が増す。特定の態様においては、さまざまな目的で、例えば分子治療、タンパク質機能研究、または分子機構研究などの目的で、タンパク質、ペプチドおよび他の分子を細胞中に導入するために、本明細書に記載する方法を使用することができる。
【0039】
適切な条件下で、トランスフェクション試薬または送達試薬で被覆されているトランスフェクション装置中に生体分子を加えて、生体分子/送達試薬複合体を形成させる。生体分子は、好ましくは、ウシ胎仔血清および抗生物質を含まない細胞培養培地、例えばダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)またはopti-MEMに溶解される。トランスフェクション試薬または送達試薬がスライド上に均等に固着している場合、生体分子はスライド上の離散した位置にスポットすることができる。もう一つの選択肢として、トランスフェクション試薬または送達試薬をスライド上の離散した位置にスポットしてもよく、その場合、生体分子は、単純に、トランスフェクション装置の表面全体を覆うように加えることができる。トランスフェクション試薬または送達試薬がマルチウェルプレートの底部に固着している場合、生体分子は、マルチチャンネルピペット、自動装置、または他の方法により、単純に、異なるウェル中に加えられる。得られた生成物(トランスフェクション試薬または送達試薬と生体分子とで被覆されたトランスフェクション装置)をインキュベートして、生体分子/トランスフェクション試薬(または送達試薬)複合体を形成させる。一部の態様ではインキュベーションが室温で約25分間行なわれる。場合によっては、例えば異なる種類の生体分子をスライド上の離散した位置にスポットし、DNA溶液をインキュベーション後に除去することによって、トランスフェクション試薬との複合体を形成した生体分子を保有する表面を製造する。別の態様として、生体分子溶液を表面上に留まらせることもできる。
【0040】
生体分子を加えた後、適切な培地中の適切な密度の細胞を表面上に蒔く。得られた生成物(生体分子および蒔かれた細胞を保有する表面)を、蒔かれた細胞内への生体分子の侵入が起こるような条件下で維持する。
【0041】
本明細書に記載する方法に従って使用するのに適した細胞には、原核細胞、酵母、または植物細胞および動物細胞、特に哺乳類細胞を含む高等真核細胞が含まれる。哺乳類細胞(例えばヒト、サル、イヌ、ネコ、ウシ、またはネズミ細胞)などの真核細胞、細菌細胞、昆虫細胞または植物細胞を、トランスフェクション試薬または送達試薬および生体分子で被覆されるトランスフェクション装置上に、真核細胞への生体分子の導入/侵入およびDNAの発現または生体分子と細胞成分との相互作用にとって十分な密度および適切な条件下で蒔く。特定の態様では、細胞を、造血細胞、ニューロン細胞、膵臓細胞、肝細胞、軟骨細胞、骨細胞、または筋細胞から選択することができる。細胞は完全に分化した細胞または前駆細胞/幹細胞であることができる。
【0042】
好ましい態様では、10%熱不活化ウシ胎仔血清(FBS)をL-グルタミンおよびペニシリン/ストレプトマイシン(pen/strep)と共に含有するダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)で、真核細胞を成長させる。一部の細胞は成長因子およびアミノ酸などの特殊な栄養を必要とするので、いくつかの細胞は特殊な培地で培養すべきであることは、当業者には理解されるだろう。細胞の最適密度は、細胞タイプおよび実験の目的に依存する。例えば、遺伝子トランスフェクションには70〜80%コンフルエントの細胞集団が好ましいが、オリゴヌクレオチド送達の場合、最適条件は30〜50%コンフルエントの細胞である。一態様例として、5×104個の293細胞/ウェルを96ウェルプレート上に播種したとすると、細胞は細胞播種の18〜24時間後に90%コンフルエントに達するだろう。HeLa705細胞の場合、96ウェルプレートで同様のコンフルエントパーセンテージに到達するには、1×104細胞/ウェルしか必要でない。
【0043】
生体分子/送達試薬を含有する表面に細胞を播種した後、細胞をその細胞タイプにとっての最適条件下(例えば37oC、5〜10%CO2)でインキュベートする。培養時間は実験の目的に依存する。遺伝子トランスフェクション実験の場合、細胞に標的遺伝子を発現させるために、通例、細胞を24〜48時間インキュベートする。生体分子の細胞内輸送の解析では、数分〜数時間のインキュベーションが要求されることがあり、所定の時点で細胞を観察することができる。
【0044】
生体分子送達の結果は異なる方法で解析することができる。遺伝子トランスフェクションおよびアンチセンス核酸送達の場合、標的遺伝子発現レベルは、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子発現、ルシフェラーゼ遺伝子発現、またはβ-ガラクトシダーゼ遺伝子発現などのレポーター遺伝子によって検出することができる。GFPのシグナルは蛍光顕微鏡下で直接観察することができ、ルシフェラーゼの活性はルミノメーターによって検出することができ、β-ガラクトシダーゼによって触媒される青色生成物は顕微鏡下で観察するか、マイクロプレートリーダーによって決定することができる。これらのレポーターがどのように機能するか、そしてそれらを遺伝子送達系にどのように導入することができるかを、当業者はよく知っている。本明細書に記載する方法に従って送達される核酸およびその産物、タンパク質、ペプチド、または他の生体分子、ならびにこれらの生体分子によって調整される標的は、例えば免疫蛍光の検出、または酵素免疫組織化学、オートラジオグラフィー、もしくはインサイチューハイブリダイゼーションなど、さまざまな方法によって決定することができる。コードされたタンパク質の発現を検出するために免疫蛍光を使用する場合は、標的タンパク質に結合する蛍光標識抗体を使用する(例えばタンパク質に対する抗体の結合に適した条件下でスライドに加える)。次に、蛍光シグナルを検出することによって、タンパク質を含有する細胞を同定する。送達された分子が遺伝子発現を調整することができる場合は、オートラジオグラフィー、インサイチューハイブリダイゼーション、およびインサイチューPCRなどの方法によって、標的遺伝子発現レベルも決定することができる。ただし同定方法は、送達された生体分子の性質、それらの発現産物、それによって調整される標的、および/または生体分子の送達がもたらす最終産物に依存する。
【0045】
実施例
実施例1
細胞培養/トランスフェクション装置の調製
インビトロで哺乳類細胞にプラスミドDNAをトランスフェクトしてトランスフェクション効率を評価するために、塩化カルシウムおよび線状ポリエチレンイミン(L-PEI)を使用した。96ウェル細胞培養プレート(Corning Costar,カタログ番号3997)のウェル底部に、トランスフェクション試薬をゼラチン(タイプB;SIGMA-ALDRICH,カタログ番号G-9391)と共に固着させた。塩化カルシウムの場合、0.5μmol/ウェルの塩化カルシウムを0.5mg/ウェルのゼラチンと共に固着させた。PEIの場合、3.5μg/ウェルのPEIを0.05mg/ウェルのゼラチンと共に固着させた。これらの試薬およびゼラチンを25μlの脱イオン水(各ウェルあたり)に溶解し、ウェルに分配した。次にウェルを風乾した。
【0046】
実施例2
293細胞に関する細胞培養/トランスフェクション装置によるトランスフェクション
opti-MEM I(Invitorgen,カタログ番号31985-070)25μl中のpCMV-GFPプラスミド50ngを各ウェルに加え、25分間室温に保った。次に、10%仔ウシ血清(Invitrogen)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)(Invitrogen,カタログ番号11965-084)100μl中の293細胞5×104個を加え、7.5%CO2中、37℃でインキュベートした。24時間のインキュベーション後に、落射蛍光顕微鏡(IX70,オリンパス)を使ってGFP蛍光を観察することにより、トランスフェクション効率を見積った。
【0047】
トランスフェクション効率を表1に示す。どちらのトランスフェクション試薬も本発明のトランスフェクション系に利用可能であり、極めて高いトランスフェクション効率を示した。
【表1】

【0048】
実施例3
293細胞に関する従来のトランスフェクション
293細胞培養物(DMEM中5×105細胞/ml)100μlを96ウェルプレートに播種し、7.5%CO2中、37℃で24時間インキュベートした。培養後に、opti-MEMに溶解したpCMV-GFPプラスミド-トランスフェクション試薬混合物(最終濃度:プラスミド;10ng/μl、トランスフェクション試薬;表2に記載のとおり)を調製し、室温で15分間インキュベートすることにより、プラスミド-トランスフェクション試薬複合体を形成させた。次に、プラスミド-トランスフェクション試薬複合体15μlを各ウェルに加え、7.5%CO2中、37℃で24時間インキュベートした。実施例2に記述したようにトランスフェクション効率を見積った。その結果、従来の方法ではL-PEIは有効だったが、塩化カルシウムは適切でなかった。従来の方法では2つのインキュベーション段階および複雑な調製が要求される。
【0049】
表2からわかるように、CaCl2は従来の方法で使用した場合には、有効なトランスフェクション剤ではなかった。L-PEIは有効な薬剤だったが、トランスフェクション効率は実施例2の実験で観察されたもの(表1)より低かった。
【表2】

【0050】
実施例4
複数細胞株アッセイ
哺乳類細胞(293細胞、COS-7細胞およびHeLa細胞)に対するトランスフェクション効率を測定した。96ウェルプレートの底部にさまざまな条件で塩化カルシウムおよびゼラチンを固着させることによって、細胞培養/トランスフェクション装置を調製した。pCMV-GFPのトランスフェクションを実施例2に記載したプロトコールに従って行なった。ただし、播種する細胞の数は、COS-7細胞およびHeLa細胞の場合は10%仔ウシ血清を含むDMEM 100μl中2×104個とし、293細胞の場合は10%仔ウシ血清を含むDMEM 100μl中5×104個とした。
【0051】
図1、2および3に、本発明の96ウェルトランスフェクションプレートを使用することによるトランスフェクション効率を示す。pCMV-GFPプラスミドは、この前処理プレートを使用することにより、どの細胞株にもトランスフェクトされた。この結果は、よく培養される一連の哺乳類細胞タイプに関して、本細胞培養/トランスフェクションプレートが応用可能であることを示している。
【0052】
実施例5
細胞培養/トランスフェクション装置を使ったsiRNA送達
siRNAは、生命科学研究領域において、特定遺伝子の役割を調査するための重要なツールである。細胞培養/トランスフェクション装置について上に説明した方法論をsiRNA送達に応用した。
【0053】
ルシフェラーゼ遺伝子GL2を持つGT2-293-LUC細胞はBD Biosciences Clonetech(米国カリフォルニア州パロアルト)から購入し、siRNAはDharmacon Inc.(米国コロラド州ラフィエット)から購入した。GL2を標的としたsiRNAの配列は以下のとおりである:
センス配列:CGUACGCGGAAUACUUCGAdTdT(配列番号1)
アンチセンス配列:UCGAAGUAUUCCGCGUACGdTdT(配列番号2)。
これら2つの断片をアニールして二本鎖を形成させた。
【0054】
細胞培養/トランスフェクション装置を以下のように調製した:25μlの2%ゼラチン・タイプB+10、20または30mM CaCl2溶液を96ウェルプレートに入れ、終夜乾燥した。したがって各ウェルの底部は0.5mgのゼラチンおよび0.25、0.50または0.75μmolのCaCl2で覆われた。次に、siRNA溶液(opti-MEM中、36nMまたは0.12μM)25μlを各ウェルに加え、25分間インキュベートした。GP2-293-LUC細胞(10%仔ウシ血清を含むDMEM中5×105細胞/ml)100μlを加え、7.5%CO2中、37℃で48時間インキュベートした。Dynex MLX Microtiter(登録商標)プレートルミノメーターおよびルシフェラーゼアッセイシステム(Promega Corp.,米国ウィスコンシン州マディソン)を使って細胞のルシフェラーゼ活性を決定した。トランスフェクト細胞のルシフェラーゼ活性を未処理細胞と比較することにより、siRNAの効果を評価した(図4)。siRNAはGP2-293-LUC細胞のルシフェラーゼ活性を70%まで妨害した。このように本発明の装置はsiRNA送達にも応用できる。
【0055】
実施例6
細胞培養/トランスフェクション装置を使った同時トランスフェクション
典型的なウイルスベクター製造では、2以上のプラスミドが細胞中にトランスフェクトされる。同時トランスフェクションによって、ウイルスベクター製造に関する細胞培養/トランスフェクション装置の有効性をシミュレートすることができる。
【0056】
ルシフェラーゼ遺伝子を保持するpCMV-lucプラスミドとpCMV-GFPとを哺乳類細胞中に同時トランスフェクトした。細胞培養/トランスフェクション装置を以下のように調製した:25μlの2%ゼラチン・タイプB+20mM CaCl2溶液を96ウェルプレートのウェルに入れ、終夜乾燥した。したがって各ウェルの底部は0.5mgのゼラチンおよび0.50μmolのCaCl2で覆われた。次に、プラスミド溶液(opti-MEM中)25μlを各ウェルに加え、25分間インキュベートした。溶液25μlあたりのプラスミド量は以下のとおりとした:(1)pCMV-GFP 500ngおよびpCMV-luc 500ng;(2)pCMV-GFP 250ngおよびpCMV-luc 250ng;(3)pCMV-GFP 500ng;(4)pCMV-GFP 250ng;(5)pCMV-luc 500ng;および(6)pCMV-luc 250ng。次に、細胞培養物100μl(10%仔ウシ血清を含むDMEM中に、293細胞:5×105細胞/ml、COS-7細胞:2×105細胞/ml、HeLa細胞:2×105細胞/ml)を加えた。24時間のインキュベーション後に、GFP蛍光を観察することおよびルシフェラーゼ活性を測定することにより、トランスフェクション効率を見積った。
【0057】
図5および6にトランスフェクション効率を示す。GFP蛍光に関して、どの細胞株でも通常(1プラスミド)トランスフェクションと同時トランスフェクションの間に明白な相違はなかった。同時トランスフェクトした293細胞およびCOS-7細胞のルシフェラーゼ活性は、普通にトランスフェクトした細胞の10分の1だったが、どちらの同時トランスフェクト細胞の活性も、依然として極めて高かった。これらの結果は、本明細書に記載する細胞培養/トランスフェクション装置は同時トランスフェクションに応用できることを示している。さらにまた、この装置はウイルスベクター製造にも極めて有望である。
【0058】
実施例7
細胞培養/トランスフェクション装置:ラージスケール応用
ラージスケール応用のための細胞培養/トランスフェクション装置の態様も調製した。24ウェルプレートおよび6ウェルプレートは常用されており、ウイルスベクター製造は、とりわけインビボ研究にとって、極めて重要である。この目的のために、例えば直径10cmまたは25cmの大きな細胞培養ディッシュで、トランスフェクションを行なうことができる。
【0059】
装置は以下のように調製した:脱イオン水中に2%ゼラチン・タイプBおよび20mM CaCl2を含有する被覆溶液を各ウェルまたは各ディッシュに入れた。加える被覆溶液の量は、1)96ウェルプレートでは25μl、2)24ウェルプレートでは100μl、3)6ウェルプレートでは500μl、そして4)10cmディッシュでは2mlとした。これらのプレートおよびディッシュを滅菌フード内で乾燥した。
【0060】
乾燥後に、opti-MEMに溶解した20μg/mlのpCMV-GFPをプレートおよびディッシュに加えた。溶液の量は1)96ウェルプレートでは25μl、2)24ウェルプレートでは100μl、3)6ウェルプレートでは500μl、そして4)10cmディッシュでは3mlとした。次に、プレートおよびディッシュを25分間室温に保った。次に、293細胞培養物をプレートおよびディッシュに加え、7.5%CO2中、37℃で24時間インキュベートした。最後に、GFP蛍光を観察することによって、トランスフェクション効率を見積った。
【0061】
トランスフェクト細胞のGFP蛍光を図7に示す。トランスフェクション効率はどのプレートまたはディッシュでも極めて高く、細胞の状態も良かった。このデータは、本明細書に記載する方法がさまざまなサイズの細胞培養装置に適合することを示している。
【0062】
本発明の趣旨から逸脱することなく、数多くのさまざまな変更を加えうることは、当業者には理解されるだろう。したがって、上述した本発明の形態は単なる例示であって、本発明の範囲を限定しようとするものではないことを、明確に理解すべきである。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】レポーターとしてGFPを使って0〜0.5mgゼラチン/ウェルおよび0.25〜1.0μmol CaCl2/ウェルでアッセイした293細胞に関するトランスフェクション効率を表す。
【図2】レポーターとしてGFPを使って0〜0.5mgゼラチン/ウェルおよび0.25〜1.0μmol CaCl2/ウェルでアッセイしたCOS-7細胞に関するトランスフェクション効率を表す。
【図3】レポーターとしてGFPを使って0〜0.5mgゼラチン/ウェルおよび0.25〜1.0μmol CaCl2/ウェルでアッセイしたHeLa細胞に関するトランスフェクション効率を表す。
【図4】0.25μmol、0.5μmol、および0.75μmolのCaCl2濃度、ならびに36nMおよび0.12μM濃度のsiRNAでの、siRNA送達によるルシフェラーゼ活性の阻害を表す。
【図5】3つの異なる細胞タイプ、すなわち293細胞、COS-7細胞、およびHeLa細胞でアッセイされた、GFPプラスミドを使った同時トランスフェクションの効率を表す。
【図6】3つの異なる細胞タイプ、すなわち293細胞、COS-7細胞、およびHeLa細胞でアッセイされたルシフェラーゼプラスミドを用いる同時トランスフェクションに関する効率を表す。
【図7】小スケール(96ウェルプレートおよび24ウェルプレート)および大スケール(6ウェルプレートおよび10cmディッシュ)の両応用例におけるトランスフェクト細胞の落射蛍光顕微鏡写真を表す。透過光を左側のパネルに示し、GFPからの蛍光を右側のパネルに示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部のウェルの底部が金属塩を含む組成物で少なくとも部分的に被覆される、真核細胞をトランスフェクトするためのマルチウェルプレート。
【請求項2】
金属塩がカルシウム塩である、請求項1のマルチウェルプレート。
【請求項3】
カルシウム塩が塩化カルシウムおよび酢酸カルシウムからなる群より選択される、請求項2のマルチウェルプレート。
【請求項4】
前記組成物がさらにマトリックス複合体を含む、請求項1のマルチウェルプレート。
【請求項5】
組成物がマルチウェルプレート上に保持される、請求項1のマルチウェルプレート。
【請求項6】
前記組成物がマトリックス複合体と共にマルチウェルプレート上に保持される、請求項5のマルチウェルプレート。
【請求項7】
前記マトリックス複合体がタンパク質、糖タンパク質、ペプチド、多糖、およびポリマーまたはそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項6のマルチウェルプレート。
【請求項8】
前記タンパク質がゼラチン、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、およびウシ血清アルブミンまたはそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項7のマルチウェルプレート。
【請求項9】
前記ポリマーがヒドロゲル、生分解性ポリマー、および生体適合性材料からなる群より選択される、請求項7のマルチウェルプレート。
【請求項10】
真核細胞をトランスフェクトするための、固体表面を含む細胞培養/トランスフェクション装置であって、該固体表面がゲルマトリックス中の塩化カルシウムで被覆される、細胞培養/トランスフェクション装置。
【請求項11】
前記表面が連続表面、フラスコ、ディッシュ、チューブ、マルチウェルプレート、スライド、および植込み型装置からなる群より選択される、請求項10の細胞培養/トランスフェクション装置。
【請求項12】
前記固体表面がガラス、ポリスチレンまたはエポキシ樹脂である、請求項10の細胞培養/トランスフェクション装置。
【請求項13】
前記固体表面がスライドおよびマルチウェルプレートからなる群より選択される、請求項10の細胞培養/トランスフェクション装置。
【請求項14】
請求項10の細胞トランスフェクション装置、
形質転換されるべき真核細胞、および
形質転換用の少なくとも1つの核酸
を含むキット。
【請求項15】
前記真核細胞が哺乳類細胞である、請求項14のキット。
【請求項16】
前記真核細胞が分裂細胞または非分裂細胞である、請求項14のキット。
【請求項17】
前記真核細胞が形質転換細胞または初代細胞である、請求項14のキット。
【請求項18】
前記真核細胞が体細胞または幹細胞である、請求項14のキット。
【請求項19】
前記真核細胞が植物細胞である、請求項14のキット。
【請求項20】
前記真核細胞が昆虫細胞である、請求項14のキット。
【請求項21】
前記少なくとも1つの核酸がDNA、RNA、DNA/RNAハイブリッドおよび化学修飾核酸からなる群より選択される、請求項14のキット。
【請求項22】
前記化学修飾核酸がペプチド核酸を含む、請求項21のキット。
【請求項23】
前記DNAが環状、線状、または一本鎖オリゴヌクレオチドである、請求項21のキット。
【請求項24】
前記RNAが一本鎖または二本鎖である、請求項21のキット。
【請求項25】
前記一本鎖RNAがリボザイムである、請求項24のキット。
【請求項26】
前記二本鎖RNAがsiRNAである、請求項24のキット。
【請求項27】
真核細胞のトランスフェクションのための方法であって、
金属塩を含む組成物で少なくとも部分的に被覆された固体表面を用意する工程、
真核細胞中に導入されるべき少なくとも1つの核酸または少なくとも1つのポリペプチドを固体表面上に加える工程、ならびに
真核細胞への核酸またはポリペプチドの導入にとって十分な密度および適切な条件下で固体表面上に真核細胞を播種する工程
を含む方法。
【請求項28】
前記表面がフラスコ、ディッシュ、チューブ、連続表面、マルチウェルプレート、スライド、および植込み型装置からなる群より選択される、請求項27の方法。
【請求項29】
前記固体表面がガラス、ポリスチレンまたはエポキシ樹脂である、請求項27の方法。
【請求項30】
前記金属塩がカルシウム塩である、請求項27の方法。
【請求項31】
カルシウム塩が塩化カルシウムおよび酢酸カルシウムからなる群より選択される、請求項30の方法。
【請求項32】
組成物がさらにマトリックス複合体を含む、請求項27の方法。
【請求項33】
組成物が固体表面上に保持される、請求項27の方法。
【請求項34】
組成物がマトリックス複合体と共に固体表面上に保持される、請求項33の方法。
【請求項35】
マトリックス複合体がタンパク質、糖タンパク質、ペプチド、多糖、およびポリマーまたはそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項34の方法。
【請求項36】
該タンパク質がゼラチン、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、およびウシ血清アルブミンまたはそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項35の方法。
【請求項37】
前記ポリマーがヒドロゲル、生分解性ポリマー、および生体適合性材料からなる群より選択される、請求項35の方法。
【請求項38】
固体表面がスライドおよびマルチウェルプレートからなる群より選択される、請求項27の方法。
【請求項39】
真核細胞が哺乳類細胞である、請求項27の方法。
【請求項40】
真核細胞が分裂細胞または非分裂細胞である、請求項27の方法。
【請求項41】
真核細胞が形質転換細胞または初代細胞である、請求項27の方法。
【請求項42】
真核細胞が体細胞または幹細胞である、請求項27の方法。
【請求項43】
真核細胞が植物細胞である、請求項27の方法。
【請求項44】
真核細胞が昆虫細胞である、請求項27の方法。
【請求項45】
少なくとも1つの核酸がDNA、RNA、DNA/RNAハイブリッドおよび化学修飾核酸からなる群より選択される、請求項27の方法。
【請求項46】
化学修飾核酸がペプチド核酸を含む、請求項45の方法。
【請求項47】
DNAが環状、線状、または一本鎖オリゴヌクレオチドである、請求項45の方法。
【請求項48】
RNAが一本鎖または二本鎖である、請求項45の方法。
【請求項49】
一本鎖RNAがリボザイムである、請求項48の方法。
【請求項50】
二本鎖RNAがsiRNAである、請求項48の方法。
【請求項51】
生体分子が細胞に侵入できるかどうかを決定する方法であって、
(a)該生体分子が相互作用することのできるポリマーまたは脂質で被覆された固体表面を用意する工程、
(b)該生体分子が該ポリマーまたは脂質と相互作用するように、固体表面に生体分子を加える工程、
(c)細胞内への生体分子の導入にとって十分な密度および適切な条件下で、細胞を表面上に播種する工程、および
(d)生体分子が細胞に送達されたかどうかを検出する工程、
を含む方法。
【請求項52】
前記生体分子が核酸、タンパク質、ペプチド、糖、多糖、および有機化合物からなる群より選択される、請求項51の方法。
【請求項53】
前記核酸がDNA、RNA、DNA/RNAハイブリッドおよび化学修飾核酸からなる群より選択される、請求項52の方法。
【請求項54】
前記化学修飾核酸がペプチド核酸を含む、請求項53の方法。
【請求項55】
前記DNAが環状、線状、または一本鎖オリゴヌクレオチドである、請求項53の方法。
【請求項56】
前記RNAが一本鎖または二本鎖である、請求項53の方法。
【請求項57】
前記一本鎖RNAがリボザイムである、請求項56の方法。
【請求項58】
前記二本鎖RNAがsiRNAである、請求項56の方法。
【請求項59】
前記細胞が哺乳類細胞である、請求項51の方法。
【請求項60】
前記細胞が分裂細胞または非分裂細胞である、請求項51の方法。
【請求項61】
前記細胞が形質転換細胞または初代細胞である、請求項51の方法。
【請求項62】
前記細胞が体細胞または幹細胞である、請求項51の方法。
【請求項63】
前記細胞が植物細胞である、請求項51の方法。
【請求項64】
前記細胞が昆虫細胞である、請求項51の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−534317(P2007−534317A)
【公表日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−554069(P2006−554069)
【出願日】平成16年2月18日(2004.2.18)
【国際出願番号】PCT/US2004/004818
【国際公開番号】WO2005/083091
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】