説明

真皮黄色化の評価モデル

【課題】皮膚の黄色化は、ストレスや老化等によって皮膚の色が黄変する現象として知られており、美容上の悩みの原因となっている。本発明の課題は、皮膚の黄色化を抑制する物質を簡便かつ客観的に評価・選定するための方法を提供することにある。
【解決手段】真皮モデルをカルボニル化を誘導するアルデヒドで処理することによって生体で観察される皮膚の黄色化の状態を反映させた評価モデル系を使用した、評価又はスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚の変色を引き起こす物質や、皮膚の変色を抑制する物質を評価するための方法、又は皮膚の黄色化を抑制する物質をスクリーニングするための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の色は、重要な美容要素の1つであり、皮膚を構成する組織の光学特性と皮膚組織中の様々な色素成分によって決定されることが知られている。皮膚を構成する組織の光学特性としては、皮膚が半透明の固体であることに起因する光の吸収及び散乱が挙げられる。具体的には、角層及び表皮においては主に光の吸収の寄与が大きく、また真皮においては光の散乱による寄与が大きいことが報告されている(Rerson, R.R. et al., J. Invest. Dermatol. 77: 13-19, 1981)。このため、真皮色を評価するためには、散乱の寄与を含めた評価が可能な、固体状態での評価が望まれる。これまで、真皮色の評価は、真皮を構成するタンパク質を酸やアルカリ等で可溶化し、分光光度計等で吸光度を測定するといった方法があったが、この従来の方法では、真皮成分の吸収を評価しているだけで、見た目の真皮色を十分に評価しているとは言えなかった。したがって、見た目の色を評価できる固体状態での色の評価方法が望まれる。
【0003】
皮膚の色に影響を与える主要な色素成分としてはメラニン及びヘモグロビンが挙げられる。メラニンは表皮に存在する色素細胞であるメラノサイトが産生する黒褐色の色素であり、黒色を呈するユーメラニンと赤色を呈するフェオメラニンに分類される。ヘモグロビンは血液中に存在し、真皮上部に存在する毛細管内の状態が皮膚の色に影響を与える。その色調は酸素と結合するか否かによって変化し、酸素に結合した酸化型ヘモグロビンであるオキシヘモグロビンは鮮紅色を呈し、酸素を遊離した還元型ヘモグロビンであるデオキシヘモグロビンは暗紅色を呈する。このため、メラニン色素の過剰産生は、シミとして加齢に伴い出現する典型的な老徴の要因となり、また血流の鬱滞に伴うヘモグロビン酸素飽和度の低下は眼下に発生するクマの要因の1つと考えられる。
【0004】
メラニンやヘモグロビン以外の色素としては、ヘモグロビンの分解産物であり血清中に存在して黄色を呈するビリルビンや、内出血した場合の組織に存在して黄色を呈するビリルビジンが皮膚の色に影響を与える要因として知られており、また食物由来の色素であるカロテノイドは、血中から表皮に移行して存在することが知られている。
【0005】
これらの色素の複合的な要因によって皮膚の色は決定され、加齢・ストレス等に伴う皮膚の色の変化は美容上の悩みの原因ともなっている。その1つとして、黄色化と称される皮膚の色の変化が知られており、実際に、加齢によって皮膚の色相が黄変することが測色データにより示されている(Nishimori, Y. et al., Skin Res Technol. 4:79-82, 1998)。
【0006】
皮膚の黄色化は、肌の透明感を喪失させる黄ぐすみとしても知られており、その要因としては、色素の量的又は質的な変化のほかにも、皮膚を構成するタンパク質の劣化や変性が考えられる。すなわち、皮膚組織を構成するタンパク質の修飾が、皮膚の色調に関連する吸収スペクトルの変化をもたらし、皮膚の黄色化における要因の1つとなっているものと推測される。このような吸収スペクトルの変化をもたらすタンパク質の修飾としては糖化が知られている。タンパク質の糖化は、食品分野において、食品の加熱や発酵に伴う着色現象などがよく研究されているが、皮膚においても角層を含む表皮や真皮を構成するタンパク質が実際に糖化修飾されていることが報告されており (特開2009-8460;第129年回 日本薬学会要旨. 2009, 27P-pm168-169;Mizutari K. et al., J. Invest Dermatol. 108:797-802, 1997;Jeanmaire, C. et al., Br. J Dermatol. 145:10-18, 2001)、皮膚を構成するタンパク質の糖化が皮膚の黄色化に寄与することを間接的に示した報告もある(Ohshima H. et al., Skin Res Technol. 15:496-502, 2009)。しかしながら、皮膚組織を構成するタンパク質の糖化が、皮膚の黄色化に関与していることを示す直接的な証拠は存在せず、また糖化以外のタンパク質の修飾と皮膚の黄色化の関連性についてはほとんど研究されていない。
【0007】
糖化以外のタンパク質の一般的な修飾としては、カルボニル化が考えられる。カルボニル化タンパク質は、生体内の様々な組織において検出されることが知られており、例えば、肝臓や脳などでは一般的に加齢とともに増加することが報告されている (Stadtman E.R. et al., EXS. 62:64-72, 1992)。また、加齢現象が促進されて現れる早老症などでは、カルボニル化タンパクが増加することが報告されており(Stadtman E.R. et al., J biol Chem. 262:5488-5491, 1987)、その因果関係が研究されている。皮膚においても、カルボニル化タンパク質の存在が知られており、露光部の角層や光老化部位の真皮での蓄積が報告されている (Fujita H. et al., Skin Res Tech. 13:84-90, 2007;Sander, C.S. et al., J Invest Dermatol. 118:618-25, 2002)。具体的には、露光部角層のカルボニル化タンパク質は光学的透過性を低下させるなどの物性変化をもたらすことが報告されており(Iwai I. et al., Int J Cosmet Sci. 30:41-46, 2008)、また真皮のカルボニル化タンパクは、光線性弾力線維症の重症度に応じて蓄積することが報告されている(Tanaka, N. et al., Arch Dermatol Res. 293:363-367, 2001;Sander, C.S. et al., J Invest Dermatol. 118:618-25, 2002)。しかしながら、皮膚組織を構成するタンパク質のカルボニル化と皮膚の黄色化との関連性については、これまでに一切明らかになっていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-8460
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Rerson, R.R. et al., J. Invest. Dermatol. 77: 13-19, 1981
【非特許文献2】Nishimori, Y. et al., Skin Res Technol. 4:79-82, 1998
【非特許文献3】第129年回 日本薬学会要旨. 2009, 27P-pm168-169
【非特許文献4】Mizutari K. et al., Invest Dermatol. 108:797-802, 1997
【非特許文献5】Jeanmaire, C. et al., Br. J Dermatol. 145:10-18, 2001
【非特許文献6】Ohshima H. et al., Skin Res Technol. 15:496-502, 2009
【非特許文献7】Stadtman E.R. et al., EXS. 62:64-72, 1992
【非特許文献8】Stadtman E.R. et al., J biol Chem. 262:5488-5491, 1987
【非特許文献9】Fujita H. et al., Skin Res Tech. 13:84-90, 2007
【非特許文献10】Sander, C.S. et al., J Invest Dermatol. 118:618-25, 2002
【非特許文献11】Iwai I. et al., Int J Cosmet Sci. 30:41-46, 2008
【非特許文献12】Tanaka, N. et al., Arch Dermatol Res. 293:363-367, 2001
【非特許文献13】Thiele, J.J. et al., Curr Probl Dermatol. 29:26-42, 2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
皮膚の変色はストレスや老化等に伴い生じることが知られており、とりわけ皮膚の黄色化は、肌の透明感を喪失させるため美容上の悩みの原因となっている。したがって、皮膚の変色、特に黄色化を抑制する作用を有する物質の探求は、美容業界や医薬業界において極めて重要である。本発明の課題は、皮膚の変色、特に黄色化を抑制する物質を簡便かつ客観的に評価・選定するための方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、真皮に存在するタンパク質の修飾が皮膚の変色に密接に関与しているという知見に基づき、生体皮膚の真皮を模倣する高密度コラーゲンゲル状真皮モデルを作製し、かかる真皮モデルの変色を固体の状態のまま測定することにより、生体皮膚を構成する組織の光学特性を十分に反映した皮膚の変色を評価する方法を完成した。更に驚くべきことに、真皮モデルをカルボニル化を誘導するアルデヒドで処理して実験的に真皮モデル中のタンパク質をカルボニル化した場合、これまで皮膚の黄色化の大きな要因の1つであると考えられていた糖化によって導かれた場合よりも、真皮モデルを有意に黄変させることを見出した。かかる知見に基づき、本発明者は、生体で観察される皮膚の黄色化の状態を十分に反映させた評価系を作製することに成功した。
【0012】
本願は以下の発明を包含する:
[1] 皮膚の変色の原因因子を評価するための方法であって、コラーゲンが高密度に濃縮されたゲル状真皮モデルを、候補因子に曝露させ、そして該ゲル状真皮モデルにおける色調の変化を、色差計等を用いた分光反射率の変化より評価することを特徴とする方法。
[2] 色調変化の評価に、L***表色系、又はマンセル表色系を用いることを特徴とする[1]に記載の方法。
[3] 皮膚の黄色化を抑制する物質を評価するための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルに、黄色化を起因する物質と候補物質を接触させ、そして該ゲル状真皮モデルにおける色調の変化を、色差計等を用いた分光反射率の変化より評価することを特徴とする方法。
[4] 色調変化の評価に、L***表色系のb*値、又はマンセル表色系の色相(Hue)におけるYR値もしくはY値を、皮膚の黄色化の指標とすることを特徴とする方法[3]に記載の方法。
[5]前記、黄色化を起因する物質が、カルボニル化を誘導するアルデヒドであることを特徴とする[3]又は[4]に記載の方法。
[6] 前記、カルボニル化を誘導するアルデヒドが、アクロレイン又は4−ヒドロキシ−2−ノネナールであることを特徴とする、[3]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 皮膚の黄色化を抑制する物質をスクリーニングするための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルにカルボニル化を誘導するアルデヒドと候補物質を接触させ、そして該候補物質を接触させた真皮モデル中に存在するカルボニル基の検出レベルが、該候補物質を接触させない場合と比較して低下している場合には、該候補物質を皮膚の黄色化を抑制する物質として選定することを特徴とする方法。
[8] 前記、カルボニル化を誘導するアルデヒドが、アクロレイン又は4−ヒドロキシ−2−ノネナールであることを特徴とする、[7]に記載の方法。
[9] 前記カルボニル基の検出が、ヒドラジノ基を有する標識試薬を用いて行われることを特徴とする、[7]又は[8]に記載の方法。
[10] 生体皮膚の変色を模倣する高密度コラーゲンゲル状真皮モデルの作製方法であって、酸可溶性コラーゲン溶液に線維芽細胞を含む培養液を添加して該溶液中のコラーゲンを中和ゲル化し、該コラーゲンゲルが十分に高密度化するまで該線維芽細胞を培養し、そして該高密度化したコラーゲンゲルを滅菌水に浸漬することによりゲル内に生存している線維芽細胞を死滅させることを特徴とする、方法。
[11] [10]に記載の方法により作成される、生体皮膚の変色を模倣する該高密度コラーゲンゲル状真皮モデル。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、皮膚の変色、特に皮膚の黄色化を抑制するために有効な物質を簡便かつ客観的に評価・選定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】対照(リン酸緩衝液)、D−リボース、グリオキサール、4−ヒドロキシ−2−ノネナール及びアクロレインによる真皮モデルの黄色化に対する影響を示す。
【図2】塩酸ピリドキシンによる真皮モデルの黄色化を抑制する作用を示す。
【図3】オリーブ葉エキスによる真皮モデルの黄色化を抑制する作用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の1つの実施態様においては、皮膚の変色の原因因子を評価するための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルを候補因子に曝露させ、そして該ゲル状真皮モデルにおける色調の変化を、色差計等を用いた分光反射率の変化より評価することを特徴とする方法、が提供される。
【0016】
生体で観察される皮膚の変色を十分に模倣した評価系を提供するために、使用される真皮モデルは、生体皮膚の組成を反映させるのが好ましい。真皮の90%以上はI型コラーゲンで、非常に高密度な状態で存在する。このため、本発明において使用される真皮モデルは、高密度のコラーゲンから構成されていることが好ましい。このような真皮モデルを作製するための材料としては、例えばウシ真皮由来の酢酸可溶化I型コラーゲン溶液を用いることができる。I型コラーゲンを中和希釈し、再線維化させることにより、半透明体のコラーゲンゲルを作製することができる。
【0017】
さらに、高密度に濃縮したコラーゲンゲルを作製するために、哺乳動物の真皮由来の線維芽細胞を用いることが好ましい。線維芽細胞は、いかなる哺乳動物の線維芽細胞であっても問題ないが、ヒト真皮由来の線維芽細胞が好ましい。線維芽細胞は真皮に存在する最も主要な細胞である。線維芽細胞の培養液としては特に限定されるものではないが、ウシ胎児血清含有ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)などが使用できる。線維芽細胞をI型コラーゲンゲル内で培養すると、細胞周囲にコラーゲン線維を引き寄せるため、これによりコラーゲンの密度が濃縮され、生体の真皮で見られるような高密度のコラーゲンゲルを作製することができる。また、このようにして作製したコラーゲンゲルを長期間培養すると、線維芽細胞が産生する細胞外マトリックスがゲル内に産生されるため、より生体真皮に近い組成を有する真皮モデルを作製することが可能になる。線維芽細胞は、少なくとも2日以上、好適には5日以上、より好適には1週間以上培養される。また、コラーゲンゲル中の細胞が応答する二次的な要因を排除し、タンパク質の変色をより明確に捉えるためには、このようにして得られたコラーゲンゲルを、滅菌水に浸漬し、低調処理することにより、ゲル中の生細胞を死滅させることが好ましい。かかる処理により、培地や可溶成分が十分に除去され、生細胞を含まない真皮細胞外マトリックスのみで形成された真皮モデルを作製することができる。したがって、本発明の別の観点においては、生体皮膚の変色を模倣する高密度コラーゲンゲル状真皮モデルの作製方法であって、酸可溶性コラーゲン溶液に線維芽細胞を含む培養液を添加して該溶液中のコラーゲンを中和ゲル化し、該コラーゲンゲルが十分に高密度化するまで該線維芽細胞を培養し、そして該高密度化したコラーゲンゲルを滅菌水に浸漬することによりゲル内に生存している線維芽細胞を死滅させることを特徴とする、方法、ならびにかかる方法により作製される、生体皮膚の変色を模倣する高密度コラーゲンゲル状真皮モデル、が提供される。
【0018】
このようにして、生体真皮に近い組成及び密度を有する細胞外マトリックスによって構成された生体真皮に極めて類似した真皮モデルを作製することができる。
【0019】
上記で作製した真皮モデルを候補因子に曝露させ、真皮モデルの色調を測定することにより、皮膚の変色の原因因子を評価することができる。候補因子としては、真皮モデルの変色を誘発又は抑制する可能性を有するいずれかの化学的又は物理的な因子であってよい。例えば、皮膚の変色の原因因子として、皮膚の変色を誘発する因子について評価したい場合には、真皮モデルを候補因子に曝露した後、真皮モデルの色調を直接評価することにより行われる。反対に、皮膚の変色の原因因子として、皮膚の変色を抑制する因子について評価したい場合には、候補因子に加えて、真皮モデルをタンパク質修飾因子に曝露させることにより行われる。真皮モデルをタンパク質修飾因子に曝露させると、真皮モデル中のタンパク質が修飾されることによって真皮モデルの変色が誘導される。かかるタンパク質修飾因子とは、皮膚を構成するタンパク質を修飾することにより皮膚の変色を誘導できるあらゆる因子を意味し、例えば、酸化剤や酵素等の化学的又は生物学的物質のほか、紫外線や乾燥等の物理的な因子も含むものである。タンパク質修飾因子で処理された真皮モデルは、生体で見られる皮膚の変色を十分に反映した評価系として用いることができる。具体的には、上記真皮モデルにタンパク質修飾因子と候補物質を適用させて、皮膚の変色が生じるのに十分な条件下で反応させた後、真皮モデルの色を評価することによって、候補物質の皮膚の変色の抑制作用を評価することが可能となる。
【0020】
また、このようなタンパク質修飾因子としてカルボニル化を誘導するアルデヒドを用いて処理した場合には、真皮モデルを構成するタンパク質がカルボニル化されることによって真皮モデルの黄色化が誘導される。タンパク質のカルボニル化とは、反応性の高い種々のアルデヒドによりタンパク質のアミノ酸側鎖が修飾され、タンパク質にカルボニル基が導入される現象の総称を意味する。かかるカルボニル化の導入には、タンパク質におけるLys、Arg、Proといったアミノ酸残基のNH2基が直接酸化されてカルボニル基となる場合と、脂質が酸化して過酸化脂質、更には分解して反応性の高いアルデヒドとなり、それがタンパク質と結合することで生じる場合とが考えられる。
【0021】
アルデヒドは、紫外線やストレスにより生体内で発生する脂質過酸化物質から産生され、またタバコの煙や環境汚染物質等にも含まれていることが知られている。生体内に広く分布する不飽和脂肪酸が酸化分解を受ける場合には、アクロレインや4−ヒドロキシ−2−ノネナールなどが産生される。また、皮膚内の炎症反応や皮表に分泌された皮脂の分解反応においては、これらのアルデヒドが産生することが知られている (Thiele, J.J. et al., Curr Probl Dermatol. 29:26-42, 2001;Stevens, J.F. et al., Mol Futr Food Res. 52:7-25, 2008) 。したがって、本発明において使用されるアルデヒドとしては、真皮モデル中のタンパク質のアミノ酸側鎖を修飾し、カルボニル基を導入することができる物質であれば特に限定されないが、アクロレインや4−ヒドロキシ−2−ノネナールが好ましい。
【0022】
このように、真皮モデルをアルデヒドで処理することによって、生体で見られる皮膚の黄色化を十分に反映させることができる。したがって、上記真皮モデルにアルデヒドと候補物質を適用させて、皮膚の黄色化が生じるのに十分な条件下で反応させた後、真皮モデルの色を評価することによって、候補物質の黄色化抑制作用を評価することが可能となる。
【0023】
また、上述のとおり、真皮モデルの色調の測定においては、生体皮膚の組成における光学特性を十分に反映させる必要がある。すなわち、タンパク質を酸やアルカリ等で溶解し、光度計等でタンパク質溶液の吸光度を測定するといった一般的な手法では色を正確に評価することはできない。このため、固体の状態の真皮モデルにおいて直接的に色の解析を行う必要がある。
【0024】
このような方法としては、真皮モデルにおける分光反射率を色差計(分光測色計)等によって測定し、その測定値を色の指標とすることが考えられる。分光反射率とは、物質に光を照射したときの波長ごとの反射率を意味する。反射には鏡のように入射角と反射角が同じ鏡面反射と、表面の凹凸や物体内部から様々な方向に反射される拡散反射があるが、分光反射率を測定するときには、様々な方向の光を集める機能を有する積分球を用いて、鏡面反射と拡散反射を同時に測定することが可能である。真皮モデルにおける分光反射率の測定においては、典型的には約400nm〜750nmの波長範囲の吸収スペクトルが用いられるが、黄色化を評価する場合には、かかる可視光領域の短波長側の吸収スペクトル(例えば約450nm)により評価することもできる。測定に用いることができる色差計等は特に制限されないが、日本工業規格(JIS)に準拠した色差計等が好ましい。
【0025】
また、皮膚色の表記方法としては様々な表色系を用いることができるが、代表的な表記方法として、知覚的に等色差性をもったL***表色系や、色の三属性を用いたマンセル表色系などが挙げられる。
【0026】
***表色系は、国際照明委員会(CIE)で規格化された表色系であり、皮膚の色を表す表記法として当業界に広く知られており、CIE1976(L***)表色系とも称される。L***表色系においては、明度をL*で表し、そして色相と彩度を示す色度をa*とb*で表している。a*とb*はそれぞれ色の方向を示しており、a*は赤方向、−a*は緑方向、b*は黄方向、そして−b*は青方向を示している。L*、a*及びb*の各値は、三刺激値X、Y、Zから以下の等式から得ることができる。
L* = 116 (Y/Y0)1/3 - 16;
a* = 500 [(X/X0)1/3 - (Y/Y0)1/3]; 及び
b*= 200 [(Y/Y0)1/3 - (Z/Z0)1/3]
ただし、X/X0、Y/Y0及びZ/Z0は > 0.008856であり、式中、X0、Y0及びZ0は標準光源の三刺激値を表す。
なお2つの異なる色、L*1、a*1及びb*1とL*2、a*2及びb*2との色差ΔEは次式から求めることができる。
ΔE = √(L*2-L*1)2 + (a*2-a*1)2 + (b*2-b*1)2
【0027】
***表色系による色の解析は、積分球型の分光測色計によって簡便に行うことができ、例えばコニカミノルタ製の分光測色器CM−2600dを使用することができる。
【0028】
マンセル表色系は、JISによって規格化されており、色の三属性である色相(Hue)、明度(Value)、彩度(Chroma)をそれぞれ、H、V、Cで表し、尺度化した表色系である。色相(Hue)は、R(赤)、YR(黄赤)、Y(黄)、GY(黄緑)、G(緑)、BG(青緑)、B(青)、PB(紫青)、P(紫)及びRP(赤紫)の10色相に分けられ、さらにこれらの色相を各々10分割し、合計100色相で表わされる。また明度(Value)は、完全な黒を0、完全な白を10として、この間を等間隔に11段階に分けられて表され、そして彩度(Chroma)は、無彩色を0として、色の鮮やかさの度合いにしたがい、より大きな数字で表される。例えば、皮膚色において、色相:5YR、明度:6、彩度:3.8である場合には、5YR 6/3.8として表される。
【0029】
マンセル表色系による色の解析において使用される色差計等は、特に制限されることはないが、JISに準拠しているものが好ましい。
【0030】
また、真皮モデルは生体の皮膚と同じく半透明体であるため、これらの測定においては、対象物の下にある色が測定値に反映されることを防ぐために、対象物を白色校正用タイル等上に乗せて測定を行うことが好ましい。
【0031】
また、上述のとおり、L***表色系によるb*値やマンセル表色系の色相(Hue)におけるYR値もしくはY値は、黄味を直接的に表すため、真皮モデルにおいて得られたこれらの値を黄色化の指標として用いることにより、真皮モデルの黄色化の程度を容易かつ客観的に評価することができる。例えば、L***表色系を用いた場合には、b*値が有意に低下すると、黄色化が有意に抑制されたと評価できるが、人の目には色が異なるにもかかわらず違いを識別できない範囲、色識別域が存在する。識別できる程度は色相、明度、彩度によっても異なるが、密度コラーゲンゲル状真皮モデルでは、おおよそ3程度の違いより認識が可能であった。
【0032】
したがって、本発明のより具体的な実施態様においては、皮膚の黄色化を抑制する物質を評価するための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルにアルデヒドと候補物質を接触させ、そして該ゲル状真皮モデルにおけるL***表色系のb*値、又はマンセル表色系の色相(Hue)におけるYR値もしくはY値を、皮膚の黄色化の指標とすることを特徴とする方法、が提供される。
【0033】
また、本発明の別の実施態様においては、皮膚の黄色化を抑制する物質をスクリーニングするための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルにカルボニル化を誘導するアルデヒドと候補物質を接触させ、そして該候補物質を接触させた真皮モデル中に存在するカルボニル基の検出レベルが、該候補物質を接触させない場合と比較して有意に低下している場合には、該候補物質を皮膚の黄色化を抑制する物質として選定することを特徴とする方法、が提供される。
【0034】
上述のとおり、真皮中のタンパク質のカルボニル化は、皮膚の黄色化の主要な要因の1つであることから、該候補物質を接触させた真皮モデル中に存在するカルボニル基の検出レベルが低下した場合には、該候補物質が皮膚の抑制作用を有する蓋然性が極めて高いことを意味する。したがって、上記のとおり調製した真皮モデルにカルボニル化を誘導するアルデヒドと候補物質を適用させ、皮膚の黄色化が生じるのに十分な時間反応させた後、真皮モデルに存在するタンパク質に導入されたカルボニル基を検出することにより、該候補物質の黄色化抑制作用を簡単に評価することができる。
【0035】
タンパク質のカルボニル基の検出は、カルボニル基を特異的に蛍光標識する蛍光物質によって行うことができ、このような蛍光物質としては、タンパク質のカルボニル基に結合できるヒドラジノ基(−NHNH2)を有するものが好ましい。このような蛍光物質の例としては、フルオレセイン−5−チオセミカルバジド、テキサスレッドヒドラジド、ルシファーイエローヒドラシド等が挙げられる。
【0036】
また、カルボニル化タンパク質の特異的な蛍光標識は、ビオチンヒドラジドと蛍光標識アビジンとの組み合わせを用いることもできる。ビオチンヒドラジドもヒドラジノ基を有するため、タンパク質のカルボニル基に結合できる。この場合、まずカルボニル化タンパク質にビオチンヒドラジドを結合させ、しかる後に蛍光標識アビジンをビオチン−アビジン結合を介してビオチンヒドラジドに結合させ、その結果カルボニル化タンパク質が蛍光標識される。ビオチンヒドラジドは当業界においてよく知られ、例えばピアース社から製造販売されているものを使用することができる。また、蛍光アビジンは、例えばフルオレセインアビジンなどが使用できる。
【0037】
さらに、カルボニル化タンパク質の特異的な蛍光標識は、該タンパク質のカルボニル基にジニトロフェニルヒドラジンを作用・結合させ、そのジニトロフェニル部分を蛍光色素で標識することで行うこともできる。従って、本発明の更なる好適な態様では、タンパク質のカルボニル基に結合させたジニトロフェニルヒドラジンのジニトロフェニル部分を蛍光免疫測定法等で検出することができる。
【0038】
また、上記のとおり蛍光標識されたタンパク質のカルボニル基は、蛍光顕微鏡により容易に検出することができ、任意に蛍光顕微鏡撮影してもよい。
【0039】
本発明のスクリーニング方法により、皮膚の黄色化を抑制する物質を極めて容易に選定することが可能となる。
【実施例】
【0040】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。
【0041】
例1.真皮モデルの作製
ヒト真皮より単離した真皮線維芽細胞を、10%ウシ胎児血清(FBS)を含有するダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)にて培養した。真皮線維芽細胞はトリプシン−EDTA処理によって回収した。最終濃度として、1.0×105細胞/mLの線維芽細胞を含有する0.1%I型コラーゲン溶液となるようにコラーゲン溶液(高研社)を培地で希釈して、コラーゲンを中和ゲル化させた。I型コラーゲンはウシ真皮より酢酸で抽出した溶液を用いた。中和ゲル化後、2〜3日に一度培地交換を行い、7日間培養を行った。真皮線維芽細胞は周囲のコラーゲン線維をたぐり寄せる性質があるため、培養中にコラーゲンゲルは濃縮して、元の1/3程度の大きさまで収縮した。十分に高密度化された収縮コラーゲンゲルを滅菌水に浸漬して、低張処理によってゲル中に生存している線維芽細胞を死滅させた。滅菌水は10回以上交換して、培地や可溶成分を十分に除去し、生細胞を含まない真皮細胞外マトリックス成分のみで形成されたゲルを作製し、これを真皮モデルとした。
【0042】
例2.真皮黄色化要因の検討
上記真皮モデルを使用して、真皮タンパク質における糖化及びカルボニル化による真皮モデルの黄色化に対する影響を比較した。真皮モデル中のタンパク質の糖化は、グルコースよりも反応性の高い還元糖であるD−リボース(和光純薬社)及び、グルコースの自動酸化より生じるグリオキサール(Alfa Aesar社)を用いた。カルボニル化は、皮膚に存在することが知られている、過酸化脂質由来のアルデヒドであるアクロレイン(AccuStandard社)及び、4−ヒドロキシ−2−ノネナール(Oxis international社)を用いた。リン酸緩衝液で調製した200mM D−リボース、10mM グリオキサール、10mM アクロレインと、10mM 4HNEをそれぞれ含む溶液2.5mLの中に、例1において作製した真皮モデルを浸漬して、37℃で5日間、インキュベートを行い、実験的に糖化、カルボニル化を誘導した。真皮モデルの色変化は、コニカミノルタ 分光測色器CM−2600d 拡散照明・8°方向受光φ3mmにて測定した。測定の際、真皮モデルを溶液から取り出し、リン酸緩衝液で十分に洗浄した後、白色校正用タイル(CR−A43(1849−701))上に乗せて測定した。得られた分光反射スペクトルより算出されるCIE L***表色系によるb*を黄味の指標とした。黄味の変化(黄色化)は、リン酸緩衝液に浸漬した真皮モデルを対照として評価した。
得られた結果を図1に示す。図1からもわかるとおり、真皮モデル中のタンパク質のカルボニル化を誘導した場合、これまで皮膚の黄色化の大きな要因の1つであると考えられていた糖化よりも、著しい黄変(黄色化)を誘導することが示された。
【0043】
例3.塩酸ピリドキシンによる真皮モデルの黄色化の抑制
カルボニル化の抑制によって、真皮モデル中のタンパク質の黄色化が抑制されるか検討を行った。リン酸緩衝液で調製した1mMアクロレインのみを含む溶液(対照)と、1mMアクロレインと候補物質を含む溶液2.5mLの中に、例1において作製した真皮モデルを浸漬した。候補物質としては、カルボニル化抑制効果が知られている塩酸ピリドキシン10mMを用いた。その後、上記のとおり処理した真皮モデルを37℃で5日間インキュベートを行った。溶液は1日毎に調整し直したものに交換した。真皮モデルの色の変化は、コニカミノルタ 分光測色器CM−2600d 拡散照明・8°方向受光φ3mmにて測定した。測定の際、真皮モデルを溶液から取り出し、白色校正用タイル(CR−A43(1849−701))上に乗せて測定した。得られた分光反射スペクトルより算出されるCIE L***表色系によるb*(黄味)を黄色化の指標とした。得られた結果を図2に示す。
【0044】
図2からもわかるとおり、真皮タンパク質のカルボニル化を抑制することにより、真膚の黄色化が抑制されることが示され、本モデルが、黄色化抑制を評価するモデルとして、用いることが可能であることが示された。
【0045】
例4.オリーブ葉エキスによる皮膚の黄色化抑制作用の評価
評価の一例として、オリーブ葉エキス(丸善製薬株式会社)の黄色化抑制について評価した。オリーブ(Olea europaea Linne)は、モクレン科オリーブ属に属し、現在では世界各地の比較的気温が高いところ、日本では小豆島を中心に栽培されている常緑高木である。熟した果実を絞って得たオリーブ油は食用、薬用、化粧品用途に幅広く使用されており、またオリーブ葉については防腐作用、解熱・降圧作用が知られており、近年では茶の原料とされている。しかしながら、オリーブ葉エキスがカルボニル化抑制作用を有することはこれまでに知られていない。オリーブ葉エキスはエキス自体が着色しているため、色の評価の妨げとならないよう、活性炭を用いて色素成分を取り除いたものを使用し、例3と同様の実験を行った。具体的には、リン酸緩衝液で調製した1mMアクロレインのみを含む溶液(対照)と、1mMアクロレインとオリーブ葉エキス10%を含む溶液2.5mLの中に、例1において作製した真皮モデルを浸漬した。その後、上記のとおり処理した真皮モデルを37℃で6日間インキュベートを行った。溶液は1日毎に調整し直したものに交換した。真皮モデルの色の変化は、コニカミノルタ 分光測色器CM−2600d 拡散照明・8°方向受光φ3mmにて測定した。測定の際、真皮モデルを溶液から取り出し、白色校正用タイル(CR−A43(1849−701))上に乗せて測定した。得られた分光反射スペクトルより算出されるCIE L***表色系によるb*(黄味)を黄色化の指標とした。
【0046】
図3からもわかるとおり、真皮モデルの黄色化は抑制され、b*上昇の有意な抑制が見られた。このことは、オリーブ葉エキスが、皮膚の黄色化を抑制する作用を有する可能性が極めて高いことを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚の変色の原因因子を評価するための方法であって、コラーゲンが高密度に濃縮されたゲル状真皮モデルを、候補因子に曝露させ、そして該ゲル状真皮モデルにおける色調の変化を、色差計を用いた分光反射率の変化より評価することを特徴とする方法。
【請求項2】
色調変化の評価に、L***表色系、又はマンセル表色系を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
皮膚の黄色化を抑制する物質を評価するための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルに、黄色化を起因する物質と候補物質を接触させ、そして該ゲル状真皮モデルにおける色調の変化を、色差計を用いた分光反射率の変化より評価することを特徴とする方法。
【請求項4】
色調変化の評価に、L***表色系のb*値、又はマンセル表色系の色相(Hue)におけるYR値もしくはY値を、皮膚の黄色化の指標とすることを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記黄色化を起因する物質が、カルボニル化を誘導するアルデヒドであることを特徴とする請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記カルボニル化を誘導するアルデヒドが、アクロレイン又は4−ヒドロキシ−2−ノネナールであることを特徴とする、請求項3〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
皮膚の黄色化を抑制する物質をスクリーニングするための方法であって、高密度コラーゲンゲル状真皮モデルにカルボニル化を誘導するアルデヒドと候補物質を接触させ、そして該候補物質を接触させた真皮モデル中に存在するカルボニル基の検出レベルが、該候補物質を接触させない場合と比較して低下している場合には、該候補物質を皮膚の黄色化を抑制する物質として選定することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記カルボニル化を誘導するアルデヒドが、アクロレイン又は4−ヒドロキシ−2−ノネナールであることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記カルボニル基の検出が、ヒドラジノ基を有する標識試薬を用いて行われることを特徴とする、請求項7又は8に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−32287(P2012−32287A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−172387(P2010−172387)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】