説明

石炭中の窒素低減方法

【課題】石炭中の窒素含有量を低減することによって、石炭燃焼時のNOx発生量が少ない炭材を製造する方法を提供する。
【解決手段】石炭中の窒素を低減する技術において、石炭をpHが2以下の酸性水溶液に浸漬することにより石炭中の窒素含有量低減し、石炭燃焼時のNOx発生量が少ない炭材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭中の窒素の低減に関し、詳しくは燃焼時に窒素酸化物の発生量を減少させるための石炭中の窒素低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃焼に伴って生成する窒素酸化物は、大気汚染を引き起こす原因の一つとなる物質であり、1973年8月に制定された大気汚染防止法第3条により環境基準、排出基準が設定され、ボイラーや加熱炉などの固定発生源における窒素酸化物の発生量を抑制するための技術開発が進められている。窒素酸化物は、多種類の化学形態があるが、燃焼排出物として問題となるのは主にNOとNO2であり、NOとNO2の和がNOxと定義されている。通常、燃焼排出NOxの90%以上はNOであると言われている。NOには、空気中の窒素分子が高温において酸素と結合して生成するthermal NOと、燃料中に含まれる窒素化合物が燃焼時に酸化されて生成するfuel NOがあり、1600℃以上の高温では、thermal NOの割合が急激に増加する(非特許文献1、2)。
【0003】
製鉄プロセスにおける焼結鉱製造工程では、粒径が10mm以下の粉鉱石と石灰石や硅石等の副原料と共に、コークス粉や無煙炭を燃料(凝結剤)として混合して擬似粒子化し、グレート型焼結機(下方に空気を吸引する方式)にて1200〜1300℃で焼成して、10〜30mmの焼結鉱を製造する。この工程でも、コークス粉や無煙炭を燃焼させるためにNOxが発生し、この場合は焼成温度が1200〜1300℃でthermal NOの発生割合が増加する温度より低いために、発生するNOはfuel NOが主体であると言われている(非特許文献3)。
【0004】
固定発生源のNOx排出量低減技術としては、次の三つがある。
(1)燃焼改善技術
(2)燃料中の窒素低減技術
(3)燃焼排ガスの脱硝技術
燃焼改善技術は、燃焼過程におけるNOxの発生を抑制する技術であり、thermal NO、fuel NOの何れに対しても有効な技術である。燃料中の窒素低減技術は、fuel NOにのみ有効なNOx発生量低減技術である。燃焼排ガスの脱硝技術は、燃焼時に発生したNOxを排ガスから除去する技術である。通常、ボイラーなどの高温燃焼では、(1)燃焼改善技術と(3)燃焼排ガスの脱硝技術を組み合わせてNOx排出量の低減を行っている。高温燃焼時に発生するthermal NOは、空気中の窒素分子から生成するため、高温燃焼を利用するボイラーやタービンでは、thermal NOの発生抑制が非常に重要である。一方、焼結鉱製造工程では、燃料である炭材に含まれる窒素が酸化されて生成するfuel NOが主体であり、fuel NOの発生を抑制するには、(1)燃焼改善技術と(2)燃料中の窒素低減技術による抑制が有効である。この内、(1)燃焼改善技術としては、特許文献1に示されるようなアンモニアまたはアンモニアを発生するような物質を焼結配合原料に添加する方法、特許文献2に示されるようなコークスにMgOやCaOを添加する方法、特許文献3に示されるようなCaO−FetO系複合酸化物をコークス表面に被覆あるいはコークスと混合して擬似粒子化する方法などが知られている。一方、(2)炭材(燃料)中の窒素含有量を低減する方法は進展が遅れており(非特許文献4)、熱分解処理、水素化による脱窒素、微生物を用いる方法(特許文献4)などが知られているが、実用的には熱分解処理(非特許文献3)が検討されているに過ぎない。
【0005】
本発明が対象とする石炭は、無水・無灰ベースのC含有率が65〜70%の褐炭、70〜90%の瀝青炭、90%以上の無煙炭であり、これらは、燃料としても利用されている(非特許文献5)。
【0006】
石炭に含まれる窒素化合物は、根源植物および根源バクテリア中の蛋白質の分解生成物とされ、熱に不安定なアミノ化合物と熱に安定なピロールやピリジン、キノリンのような複素環化合物に大別される(非特許文献6)。窒素化合物の例を図2に示す。
【0007】
従来、石炭中の窒素の低減方法としては、乾留のような熱分解処理によるものが実用的であったが、石炭を乾留すると、熱分解によって石炭中の揮発分(VM)も除かれるため、石炭に含まれる炭素や水素をロスしてしまう問題があった。また、特許文献4に示される微生物を用いる方法では、爆砕処理という特殊な粉砕方法によって石炭の表面積を増大すること、バイオリアクター内で微生物に分解させる際に添加剤(補助基質)を加えること、さらに複数の中和剤を加えるなど操作が非常に煩雑であるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭52−38403号公報
【特許文献2】特開昭52−147601号公報
【特許文献3】特開平8−60257号公報
【特許文献4】特開平8−100185号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】環境圏の新しい燃焼工学,pp.326−327,フジ・テクノシステム(1999)
【非特許文献2】産業燃焼技術 JFRC20周年記念出版,pp153−155,(財)省エネルギーセンター(2000)
【非特許文献3】鉄と鋼,Vol.61,No.13,(1975)pp.3−11
【非特許文献4】最近の化学工学:石炭化学工学,pp.90−92,(社)化学工学会関東支部(1986)
【非特許文献5】石炭 化学と工業,p.5,三共出版株式会社(1979)
【非特許文献6】燃焼生成物の発生と抑制技術,pp.57−58,(株)テクノシステム(1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記従来技術の現状を鑑みて、石炭中の窒素含有量を低減することにより、石炭燃焼時のNOx発生量が少ない炭材を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その本発明の要旨とするところは、以下の通りである。
(1)石炭中の窒素を低減する方法であって、前記石炭をpHが2以下の酸性水溶液に浸漬することを特徴とする石炭中の窒素含有量低減方法。
(2)前記酸性水溶液は塩酸、硫酸、フッ化水素酸、カルボン酸の内の1種または2種以上の混合物の水溶液であることを特徴とする上記(1)に記載の石炭中の窒素含有量低減方法。
(3)前記石炭は、褐炭、瀝青炭、無煙炭の何れかであることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の石炭中の窒素含有量低減方法。
(4)前記石炭を酸性水溶液に浸漬する時間が5時間以上30時間以内であることを特徴とする前記(1)〜(3)の何れか1項に記載の石炭中窒素含有量低減方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、
1)従来技術に比べ、簡便に石炭から窒素を低減できる。
2)石炭から窒素のみを選択的に低減できる。
3)石炭を燃焼させた際に発生するfuel NOを抑制することができる。
4)非加熱で処理するため、石炭中の揮発分(VM)を損なわず、石炭を燃料として有効に利用できる。
以上により、本発明によって石炭中の窒素含有量を低減することは、工業的に非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】石炭の窒素低減プロセスの概略を示す図である。
【図2】石炭中に含まれていると予想される窒素の化学構造である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の詳細を説明する。
本発明が対象とする石炭は、無水・無灰ベースのC含有率が65〜70%の褐炭、70〜90%の瀝青炭、90%以上の無煙炭であり、これらは、背景技術で述べた通り、燃料としても利用されている。
【0015】
次に、実際の処理方法を説明する。図1は石炭の窒素低減プロセスの概略を示す図である。pHが2以下の酸性水溶液2は、pHを2以下、好ましくは1以下にできる酸や酸の混合物であればよく、例えば、塩酸、硫酸、フッ化水素酸、およびシュウ酸、ギ酸などのカルボン酸の内の1種、または2種以上の混合物の水溶液でも良い。これらの酸は、窒素を含まないため、石炭1の窒素低減に有効である。酸性水溶液の温度は、室温で十分であるが、酸性水溶液を温めても良い。温める温度は60℃以下が好ましく、60℃以上では容器の材質などが制約され、また安全上の観点から酸性水溶液が扱いにくくなる。
【0016】
石炭1は、酸性水溶液との接触面積が大きい方が優位なため、予め使用に適する粒径に粉砕しておいた方が良い。好ましい粒径は1.0mm以下、より好ましくは0.5mm以下、特に0.25mm以下である。粉砕方法はハンマークラッシャー、インパクトクラッシャーなど公知の方法から適宜採用できる。石炭1と酸性水溶液2は、撹拌羽根4を装着した脱窒素槽3で混合するが、混合後は静置あるいは撹拌しても良い。脱窒素を行う時間は、5時間以上30時間以下、さらには10時間以上30時間以下、特に12時間以上24時間以下が良い。5時間未満では、酸性水溶液が石炭に十分浸透しないために脱窒素効果が低く、また、30時間を越えても、脱窒素効果に実質的な変化はない。脱窒素槽3で窒素を除去した後は、石炭/酸性水溶液分離槽5で石炭と酸性水溶液を分離する。分離方法は、石炭/酸性水溶液を静置した後に上澄みを除く傾斜法、あるいは濾過法、遠心分離法の何れでも良い。分離した石炭は、中和・洗浄槽6で付着している酸を洗浄し、脱窒素後の石炭10として回収する。中和剤8を用いると、洗浄水7の使用量を削減できる。使用した洗浄水は洗浄廃液11として回収する。中和剤8としては、窒素を含まない塩基性物質が望ましく、水酸化カルシウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムの希薄溶液が良い。石炭/酸性水溶液分離槽5で分離した脱窒素後の酸性水溶液9は、pHが2以下であれば再度脱窒素に用いても良い。石炭中の窒素は、有機系と考えられており、C−N結合でつながっている。石炭の脱窒素は、C−N結合を切断しなければならず、そのためにはpH<2の強い酸でなければ効果が出ないと考えられる。
【実施例】
【0017】
(実施例1)
0.25mm以下に粉砕した石炭(瀝青炭A〜E,褐炭A, B,無煙炭A)10gをガラス容器(発明例13はポリエチレン容器)に入れ、中性りん酸緩衝液を含む表1に記載の各種酸性水溶液100mLを室温で加えて撹拌した後に24時間静置し、その後、ろ過して石炭を回収し、水洗したものの元素分析を行った。その結果得られたN濃度を原炭のN濃度と併せて表1に示す。pHが2以下の酸に浸漬したものは、何れも原炭に比べて処理炭の窒素濃度は低く、(1)式より算出した窒素除去率は10mass%以上であった。これに対し、pHが2を超えるフタル酸塩緩衝液および中性りん酸緩衝液に浸漬したものは、窒素除去率が1mass%以下で、窒素低減効果はなかった。褐炭A, Bに対するpHが4.01のフタル酸塩緩衝液では、窒素除去率がマイナスであるが、これは石炭中の灰分や炭化水素など窒素以外の成分が酸によって僅かながら減少したため、相対的に窒素濃度が上昇したためである。pHが2以下の酸でも灰分や炭化水素が酸の作用を受けるが、酸が強いと窒素がより作用を受け、窒素除去率が上昇する。
窒素除去率=[{(原炭のN濃度)−(処理炭のN濃度)}/(原炭のN濃度)]×100 (1)
【0018】
【表1】

【0019】
(実施例2)
酸処理を行った石炭と乾留した石炭の回収率を比較した。酸処理は、0.25mm以下に粉砕した瀝青炭Aと褐炭A10gをガラス容器に入れ、6N−HCl 100mLを室温で加えて撹拌した後に24時間静置し、その後、ろ過して石炭を回収し、水洗した。乾留は、石英ボートに0.25mm以下に粉砕した瀝青炭Aと褐炭A1.0gを入れ、環状炉を用いてHeガス気流中で1000℃まで6℃/分で昇温することによって行った。回収率は、酸処理の場合は、原炭重量と酸処理した後に洗浄し、乾燥した回収石炭の重量の差、乾留は、原炭重量と乾留後に室温まで冷却したチャーの重量より求めた。表2にその結果を示す。発明例の場合は何れも95mass%以上の高い回収率が得られたが、乾留した石炭の回収率は瀝青炭Aが66mass%、褐炭Aが48mass%であった。表3に原炭の元素分析値と工業分析値、表4に処理炭の元素分析値と工業分析値を示す。N/Cは窒素と炭素の原子数比である。乾留後のチャー中の窒素は、瀝青炭A、褐炭Aとも原炭に比べて減少しているが、瀝青炭Aの場合は酸処理より窒素低減効果は少ない。また、酸処理の発明例1、発明例6は、原炭と揮発分、灰分量がほとんど変わらないが、比較例として示した乾留後のチャーは揮発分がほとんどなくなっている。乾留処理も、石炭中の窒素を低減する効果があるが、乾留では揮発分が除去されるため、燃料として使える揮発分に含まれる炭素や水素はロスしたことになる。
【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
(実施例3)
0.25mm以下に粉砕した瀝青炭A10gをガラス容器に入れ、室温で6N−HClを100mL加えて撹拌した後に静置時間変えて石炭を回収し、分析した結果を表5に示す。6N−HClに浸漬する時間を6、12、24時間と長くするに従って、処理炭の窒素濃度は低下し、窒素除去率も高くなるが、48時間浸漬すると、窒素以外の構造が酸の影響を受けて加水分解し、24時間浸漬に比べて窒素濃度が高くなる。また、3時間ではほとんど窒素濃度は下がらず、分析の誤差範囲内であった。
【0024】
【表5】

【符号の説明】
【0025】
1 石炭
2 pHが2以下の酸性水溶液
3 脱窒素槽
4 撹拌羽根
5 石炭/酸性水溶液分離槽
6 石炭中和・洗浄槽
7 洗浄水
8 中和剤
9 脱窒素後の酸性水溶液
10 脱窒素後の石炭
11 洗浄廃液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭中の窒素を低減する方法であって、前記石炭をpHが2以下の酸性水溶液に浸漬することを特徴とする石炭中の窒素含有量低減方法。
【請求項2】
前記酸性水溶液は、塩酸、硫酸、フッ化水素酸、カルボン酸の内の1種または2種以上の混合物の水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の石炭中の窒素含有量低減方法。
【請求項3】
前記石炭は、褐炭、瀝青炭、無煙炭の何れかであることを特徴とする請求項1または2に記載の石炭中の窒素含有量低減方法。
【請求項4】
前記石炭を酸性水溶液に浸漬する時間が5時間以上30時間以内であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の石炭中窒素含有量低減方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−246436(P2012−246436A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−120733(P2011−120733)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】