説明

硝酸シクロヘキシルの分離方法およびクロルシクロヘキサンの製造方法

【課題】硝酸シクロヘキシルを含む有機物から水蒸気蒸留により硝酸シクロヘキシルを分離するに際し、硝酸シクロヘキシルの熱分解を防止し、硝酸シクロヘキシルを安定に分離する方法を提供する。
【解決手段】硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を水蒸気蒸留により硝酸シクロヘキシルを分離するに際し、蒸留塔1塔底の液温を182℃以下とし、塔底より抜き出される缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルの濃度で45質量%以下となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする硝酸シクロヘキシルの分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水蒸気蒸留を適用して、硝酸シクロヘキシルを含む有機物から硝酸シクロヘキシルを安全かつ効率的に分離する分離方法およびクロルシクロヘキサンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水蒸気蒸留は、非特許文献1に記載の通り、水に不溶解な原料物質に水を加えて加熱する方法、あるいは飽和水蒸気や加熱水蒸気を直接吹き込みながら加熱する方法によって、原料中の揮発性成分を水と共に留出させる蒸留方法で、留出液は水相と目的成分相に分かれるため、両者の分離は容易に行うことができる。水蒸気蒸留では、揮発性成分の蒸気は水蒸気に伴われて発生するため、気相中の揮発性成分の分圧は通常の蒸留操作より小さくなり、蒸留温度もかなり低下する。したがって、水蒸気蒸留は、通常の蒸留では極めて高温または高真空でないと留出しないような蒸気圧の小さい物質を非揮発性物質から分離したり、蒸気圧の小さい不純物を非揮発性の目的物質から除去したりする蒸留法として、工業的にも広く用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、有機物廃液からの有価物の分離回収方法として、水蒸気蒸留によりアルコール成分、芳香族炭化水素成分および水を留出させ、留出液に水を添加して、水層にアルコール成分、油層に芳香族炭化水素成分をそれぞれ回収する方法により、蒸留設備のミニマイズや熱エネルギーコストを低減することが開示されている。この際、塔底液中の水含有量を10〜80質量%に維持することで、塔底温度の上昇を抑制している。しかしながら分解爆発性である硝酸シクロヘキシルを含有する有機混合物を蒸留する際に、缶出液の水分量を単に調整するだけでは、缶出液の有機相中の硝酸シクロヘキシル濃度を制御できず、また、温度制御も不安定となる。
【0004】
特許文献2には、クロロピリジン類の分離精製方法として、塩化水素存在下で水蒸気蒸留をすることにより、塩酸塩を形成させずに2,6−ジクロロピリジンのみ留出させることで高純度品を得る方法が開示されている。すなわち不純物である2−クロロピリジンやピリジンは、気相中に共存する塩化水素と反応して塩酸塩を形成するため、蒸気圧が小さくなり、蒸留釜に残留させることでこれら不純物の留出を防止し、結果的に目的物を高純度に分離精製する方法が記載されている。この方法は、塩化水素存在下で行うため、系内が強酸性となり、設備の防食対応が必要となる点で実用上不利である。また、蒸留塔の缶出液の有機相や水相、塩酸塩との分離操作については、pHを4以下として次処理で水蒸気蒸留しているが、缶出液を再度蒸留することはエネルギーコストのアップとなる点でも実用上不利である。
【0005】
特許文献3には、2−クロルピリジンの精製法として、2−クロルピリジンの鉱酸塩を水抽出によって分離し、アルカリ中和後蒸留することで、ピリジン、2−クロルピリジンを水共沸させ、高純度の2−クロルピリジンを得る方法が開示されている。この方法では、アルカリとしてNaOH水溶液を用いて中和した後蒸留を行い、留出分は粒状のNaOHを加えて脱水している。この場合、高純度の留出成分は得られているが、蒸留塔の缶出液の有機相とアルカリが含有される水相との分離操作については何ら言及がない。
【0006】
一方、硝酸シクロヘキシルは、分子式C11NO、沸点181℃、比重1.1043(20℃)、発火点192℃であり、加熱蒸気は爆発する特性を有する。用途としては、ディーゼル燃料の発火促進剤として使用されている。硝酸シクロヘキシルは熱分解によりNOを発生し、爆発的な熱分解を生じる危険性が高い物質であるが、硝酸シクロヘキシルに関する物性情報は非常に乏しく、取り扱いには十分留意が必要である。
【0007】
硝酸シクロヘキシルは、硝酸エステルに属し、例えば、シクロヘキサノールやシクロヘキサンと硝酸との反応により生成する。あるいはシクロヘキサノールと塩化ニトロシルや無水亜硝酸との反応により亜硝酸エステルである亜硝酸シクロヘキシルとともに副生する。
【0008】
工業的な生産において、硝酸シクロヘキシルは、非特許文献2の記載のように、シクロヘキサンの塩化ニトロシルによる光ニトロソ化反応において、シクロヘキサノンオキシムの副生成物として生成する。その他、硝酸シクロヘキシルよりも低沸点であるクロルシクロヘキサンや高沸点であるジクロルシクロヘキサン等も副生する。
【0009】
クロルシクロヘキサンは、非特許文献3の記載によると、シクロヘキサンの塩素化やシクロヘキサノールと塩酸との加熱により得られるものである。また硝酸シクロヘキシルと同様に、シクロヘキサンの塩化ニトロシルによる光ニトロソ化反応によっても副生する。特許文献4によれば、光ニトロソ化反応によりシクロヘキサノンオキシムを得てカプロラクタムを製造する過程において、シクロヘキサノンオキシムが生成する際に、一定量のクロルシクロへキサンが副生する。シクロヘキサノンオキシムは、シクロヘキサンとは溶解せず比重差で分離できる。クロルシクロヘキサンのほとんどは、未反応のシクロヘキサンと共に抜き出される。未反応のシクロヘキサンは蒸留操作により回収され、原料としてリサイクルされる。
【0010】
一方、この蒸留操作の缶出液であるクロルシクロヘキサンを含む有機混合物を蒸留等の方法で精製することにより、高純度のクロルシクロヘキサンを得ることも行われている。クロルシクロヘキサンは、シクロヘキセンの合成原料として用いられる。また、クロルシクロヘキサンやシクロヘキセンはN−シクロヘキシルチオフタルイミドの原料として用いられ、合成ゴムおよび天然ゴムのスコーチ防止剤用途に使用され、工業的に非常に有益な化学原料である。
【0011】
クロルシクロヘキサンは、分子式C11Cl、沸点142℃、比重1.000(20℃)、発火点362〜365℃、水に不溶である物性を有している(非特許文献3)。クロルシクロヘキサンと該成分よりも高沸点の有機物成分を含む有機物を蒸留により精製する場合、常圧条件下では蒸留温度(蒸留塔塔頂温度)は約142℃と高温になり、クロルシクロヘキサンが熱分解により塩化水素およびシクロヘキセンに分解されることにより、蒸留塔が腐食しやすく、低沸分も増加することにより、純度が悪化するという問題があった。クロルシクロヘキサンの熱分解を抑制するためには蒸留温度を下げる必要があるが、そのための蒸留手段として減圧蒸留を採用すると、蒸留塔に加えて真空設備等が必要となり、その結果、高コストとなる。
【0012】
クロルシクロヘキサンと硝酸シクロヘキシルを含有する場合、硝酸シクロヘキシルは、クロルシクロヘキサンよりも高沸点の物質であるため、常圧条件下での蒸留では、塔底に硝酸シクロヘキシルが高濃度に濃縮されると、塔底温度は硝酸シクロヘキシルの沸点付近と高温になる。蒸留により缶出液中に含まれる硝酸シクロヘキシルは高濃度となるので、硝酸シクロヘキシルが熱分解しやすくなることにより、蒸留塔の圧力上昇、爆発の危険性が高まる。
【非特許文献1】疋田晴夫 「改訂新版 化学工学通論I」朝倉書店、1982年2月、 p140〜141
【非特許文献2】「石油学会誌」(1974)、第17巻、第11号、p52〜p56
【非特許文献3】「化学辞典」第1版、東京化学同人、1994年10月、p409
【特許文献1】特開平02−172585号公報
【特許文献2】特開平03−058971号公報
【特許文献3】特公昭60−020385号公報
【特許文献4】特開2006−052163号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上のように、水蒸気蒸留を用いた目的成分を回収、精製する方法は幅広く利用されている。しかしながら、目的成分及び不純物としての硝酸シクロヘキシルとを含有する有機混合物に対し、水蒸気蒸留を適用して、工業的に高純度の目的成分を製造しつつ、安定に硝酸シクロヘキシルを分離回収することは今まで行われていない。
【0014】
例えば、シクロヘキサンの塩化ニトロシルによる光ニトロソ化反応により得られた反応生成物に含まれる硝酸シクロヘキシルやクロルシクロヘキサンを水蒸気蒸留により分離する場合、水蒸気蒸留により得られる缶出液は、硝酸シクロヘキシルを含む有機相と水相との混合液であり、硝酸シクロヘキシルよりも高沸点不純物や炭化物、塩類、アルカリ、酸等の無機物も種々含有されおり、また、この缶出液は、混和されて乳化あるいはエマルジョンの状態に近い懸濁状態にあるので、有機相と水相を分離することが容易ではない。缶出液の有機分は廃液燃焼用の燃料として、あるいは燃焼による塩素回収用の原料として非常に有用であるので、有機相と水相とを確実に分離し、水分含有率の低い有機相を得ると共に、排水となる水相においても有機成分含有率を低減して、排水処理の負荷を低減することが求められている。
【0015】
すなわち、本発明は、硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を水蒸気蒸留により硝酸シクロヘキシルを分離するに際し、硝酸シクロヘキシルによる熱分解を防止し、硝酸シクロヘキシルを安定に分離する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
そこで、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、水蒸気蒸留を用いて、蒸留塔の塔底温度を低下させ、缶出液中の水相を分離した有機相の硝酸シクロヘキシル濃度を調整することで安定に目的成分を蒸留精製できることを見出した。さらに、缶出液を蒸留塔底部より自重で抜き出し、特定の分離温度条件で有機相と水相を分離できることを見出した。
【0017】
上記目的を達成するために、本発明は以下の構成を採用する。
(1)硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を水蒸気蒸留により硝酸シクロヘキシルを分離するに際し、蒸留塔塔底の液温を182℃以下とし、塔底より抜き出される缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルの濃度で45質量%以下となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(2)前記蒸留塔塔底の液温が90〜150℃の範囲であることを特徴とする(1)に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(3)前記蒸留塔の塔底より抜き出される缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が、水相を分離した有機相の硝酸シクロヘキシルの濃度で25質量%以上となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする(1)または(2)に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(4)前記蒸留塔の塔底より抜き出す缶出液を、蒸留塔の塔底から位置エネルギーおよび/または蒸留塔の内圧により抜き出すことを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(5)前記蒸留塔より抜き出した缶出液を、温度90℃以下で、硝酸シクロヘキシルを含む有機相と水相とに分離することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。(6)前記硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物が、シクロヘキサンと塩化ニトロシルとを、光の照射により光化学反応させて得られたものであることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(7)前記蒸留塔の塔頂から留出する有機成分を有機物(a)としたとき、塔底より抜き出された缶出液中に有機物(a)が、水相を分離した有機相の有機物(a)の濃度で55質量%以下となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(8)前記硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物が、クロルシクロヘキサンを含有することを特徴とする(1)〜(7)のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(9)前記有機物(a)がクロルシクロヘキサンであることを特徴とする(7)に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
(10)(8)または(9)に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法を用いることにより、クロルシクロヘキサンを蒸留塔の塔頂から留出させ、回収することを特徴とするクロルシクロヘキサンの製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明のように、硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物から硝酸シクロヘキシルを分離する方法において、水蒸気蒸留を適用して、塔底温度を低下させ、缶出液の硝酸シクロヘキシル濃度の上昇を抑制して、硝酸シクロヘキシルによる熱分解を防止した安定な分離操作を可能にできる。さらに、缶出液の抜き出し方法を自重抜き出しとすることにより、缶出液を有機相と水相に分離しやすい缶出液とすることができ、分離の際の温度を特定の範囲とすることにより、有機相と水相に容易に分離することが可能となり、さらに両者を水分含有率の少ない有機相と有機成分含有率の少ない水相に分離することが可能となる。
【0019】
また、上記硝酸シクロヘキシルの分離方法をシクロヘキサンと塩化ニトロシルとを、光の照射により光化学反応させて得られたものに適用する場合には、シクロヘキサノンオキシムの副生物として得られるクロルシクロヘキサンおよび硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物から、硝酸シクロヘキシルを分離回収して、クロルシクロヘキサンを製造する際に効果が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を図1を参照して説明する。図1は、本発明の硝酸シクロヘキシルの分離方法の工程の実施形態の一例を示す概念図である。
【0021】
本発明における水蒸気蒸留は、蒸留塔1内で、水蒸気あるいは水の存在下で蒸留を行うことができればいずれでも良い。例えば、蒸留塔1に原料導入ライン2から供給する原料に水を含有させて加熱する方法、蒸留塔1に水を添加して加熱する方法、あるいは飽和水蒸気や加熱水蒸気等の水蒸気を水蒸気導入ライン3から直接吹き込みながら加熱する方法やこれらを組み合わせた方法が好ましい。さらに、再沸器のような間接熱交換器を用いる場合は、サーモサイフォンによる自然循環やポンプ等による強制循環により、蒸留塔1の塔底液が混合され、缶出液ライン4から抜き出された際に、分離器5にて有機相と水相に分離し難い傾向にあるが、水蒸気を蒸留塔1に直接吹き込む方法は、有機相と水相の混和を抑制し、缶出液を分離器5にて有機相と水相に分離し易いので好ましい。蒸留塔1の塔底液に水蒸気導入ライン3から直接を吹き込むのが良い。
【0022】
本発明の水蒸気蒸留に使用する蒸留塔1は、沸点差を利用して硝酸シクロヘキシルを蒸留分離できる方法ならいずれでも良い。例えば、多孔板や泡鐘式といった棚段塔、充填物を用いた充填塔が好ましい。特に、シクロヘキサンの塩化ニトロシルによる光ニトロソ化反応の副生物として得られる硝酸シクロヘキシルを原料として用いる場合は、蒸留塔内で炭化物や粘性物による詰まりが生じやすいため、長期運転や洗浄の容易性から多孔板式の棚段塔がより好ましい。
【0023】
例えば、充填塔の充填物には、市販品の充填物を使用すれば良く、ラシヒリング、ベルルサドル、ポールルリング、インターロックサドル、テラレット、カルケードミニリングスルザーパッキン、メラパック等が挙げられ、規則充填、不規則充填方式いずれでも良い。
【0024】
本発明の蒸留塔1に供給する原料は、硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物であり、さらに硝酸シクロヘキシルは高沸点成分として蒸留塔1の缶出液となる。
【0025】
原料に水分を含有していても良いが、水分が多いと、蒸留に必要な熱エネルギーや水蒸気も増加するので、これを低減するため、あるいは、原料中の水分率が変動する場合は蒸留効率も大きく変動する可能性が高いため、水分は除去もしくは低減することが望ましい。
【0026】
本発明において原料として用いる硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物は、例えば、シクロヘキサノールやシクロヘキサンと硝酸との反応による生成物、シクロヘキサノールと塩化ニトロシルや無水亜硝酸との反応による生成物、シクロヘキサンの塩素化やシクロヘキサノールと塩酸との加熱等による微量副生物を含む混合物やこれらの光塩素化や光反応で得られる生成物、その他硝酸シクロヘキシルが生成、または副生し、硝酸シクロヘキシルを含有する反応生成物、あるいはこれら反応生成物から成分の一部を除いた残渣など、硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物であればいずれでも良い。
さらに、光ニトロソ化反応で副生する硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を原料とすることが好ましい。光ニトロソ化剤としては、例えば、塩化ニトロシル、塩化ニトロシルと塩化水素との混合ガスが好ましい。その他、一酸化窒素と塩素との混合ガス、一酸化窒素と塩素と塩化水素との混合ガス、ニトローゼガスと塩素との混合ガス等のいずれも光反応系にて、塩化ニトロシルとして作用するので、これらニトロソ化剤の供給形態に限定されるものではない。また、塩化ニトロシルとクロロホルムを光反応させて得られるようなトリクロロニトロソメタンをニトロソ化剤として用いても良い。
【0027】
特に、シクロヘキサンと塩化ニトロシルによる光ニトロソ化反応を用いて、シクロヘキサノンオキシムを生成させる際の副生成物である硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を原料とすることが望ましい。この有機混合物には、光ニトロソ化反応の反応生成物あるいは、この反応生成物からシクロヘキサノンオキシムの一部または全部を除いた残渣、あるいは、さらに別の成分の一部又は全部を除いた残渣であって、硝酸シクロヘキシルを含むものが含まれる。この有機混合物には未反応のシクロヘキサンや反応副生物であるクロルシクロヘキサン、ジクロルシクロヘキサン、シクロヘキサノン、シクロヘキサノール、シクロヘキセンや水分等が含有しても良い。カプロラクタムやクロルシクロヘキサンの製造過程で得られる上記有機混合物においては、前処理としてクロルシクロヘキサンよりも低沸分であるシクロヘキサン、シクロヘキセン、水分は予め蒸留等により分離しておくことが好ましく、特に未反応物として大量に存在するシクロヘキサンは予め分離回収しておくことが望ましい。また、この場合のクロルシクロヘキサンよりも高沸点の有機物成分は、ジクロルシクロヘキサン、硝酸シクロヘキシル、シクロヘキサノン、シクロヘキサノールが挙げられる。さらに、硝酸シクロヘキシルよりも高沸点不純物や炭化物、塩類、アルカリ、酸等の無機物を種々含有する場合もある。
【0028】
本発明で用いる硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物、すなわち原料中の硝酸シクロへキシル濃度は、熱分解量の抑制の観点から45質量%未満であることが好ましく、缶出液の硝酸シクロへキシル濃度の上昇を抑制するためには、25質量%以下であることが好ましい。
【0029】
原料において、塔頂から留出する有機成分を有機物(a)としたとき、有機物(a)の濃度は、有機物(a)に含まれる有機物の一種以上を製品として利用する場合、高純度化という観点から原料中の有機物(a)の濃度は高い方が望ましく、原料中の有機物(a)の濃度は40質量%以上が好ましく、さらに、有機物(a)の生産性を向上するには、有機物(a)の濃度は60〜90質量%が好ましい。ここで、有機物(a)は、蒸留塔の塔頂から留出されて得られる凝縮液中の水分を除く有機物成分、あるいは製品有機相ライン15中の水分を除く有機物成分である。原料としてシクロヘキサンと塩化ニトロシルとを、光の照射により光化学反応させて得られたもの(反応生成物、あるいはその反応生成物から1種以上の成分の一部又は全部を除いた残渣)を用いる場合の有機物(a)としては、シクロヘキサン、シクロヘキサノール、シクロヘキサノン、クロルシクロヘキサン等、あるいはこれらの混合物が挙げられ、この中でもクロルシクロヘキサンは、分離回収することにより製品として工業的に利用可能であることから、特にクロルシクロヘキサンを有機物(a)とみなして本発明を実施することが好ましい。
【0030】
本発明の水蒸気蒸留における蒸留塔1の塔頂温度は、硝酸シクロヘキシルの沸点以下、つまり181℃以下が好ましい。さらに常圧条件(101.3kPa(絶対圧))での蒸留温度は、硝酸シクロヘキシルの飽和蒸気圧と飽和水蒸気圧との関係から理論上98℃となるため、運転上の変動や圧力損失等を考慮して、硝酸シクロヘキシルの留出を防ぐために105℃以下、さらには100℃以下、さらには98℃以下がより好ましい。例えば、原料がクロルシクロヘキサンを含有するものである場合は、蒸留塔塔頂温度は90℃〜100℃、蒸留塔塔頂圧力は常圧〜135kPa(絶対圧)がより好ましい。
【0031】
本発明の水蒸気蒸留における蒸留塔1の塔底温度は、塔底の液温が182℃以下である。182℃を超えると、硝酸シクロヘキシルは急激な圧力上昇が生じるため、塔底温度は低温ほど好ましく、160℃以下が好ましい。さらに、常圧付近での塔頂圧力条件下では、塔底温度は90℃〜150℃が好ましい。さらに、硝酸シクロヘキシルの留出を防止し、缶出液の分離を良好に行うには塔底の液温度は100〜120℃が好ましい。蒸留塔1に直接水蒸気を投入する場合は、塔底温度を上昇させないように、水蒸気温度100℃〜182℃が好ましく、飽和水蒸気では、水蒸気圧力100kPa〜1165kPa(絶対圧)が好ましい。さらに、塔底温度の変動を抑制するには、飽和水蒸気として水蒸気圧力200〜810kPa(絶対圧)が好ましい。
【0032】
本発明において、水蒸気蒸留は、蒸留塔1の塔底より抜き出された缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルの濃度で45質量%以下となるように行うことが必要である。上記硝酸シクロヘキサン濃度が45質量%を超えると、温度上昇において最大圧力上昇値が急激に増加するため、硝酸シクロヘキシルの濃度が低い方が望ましく、上記缶出液中の水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルの濃度で40質量%以下であることが好ましい。上記硝酸シクロヘキシル濃度は、塔底より抜き出された缶出液ライン4の缶出液を分離器5にて分離し、缶出有機相ライン6より有機相を、缶出水相ライン7より水相を、得て、缶出有機相ライン6より得られる有機相中の硝酸シクロヘキシル濃度を測定するものとする。
【0033】
硝酸シクロヘキシルによる蒸留塔1の圧力上昇を抑制するために、塔底液の硝酸シクロヘキシル濃度を低くし過ぎると、缶出液の有機相と水相との分離不良が生じるため、分離器5での有機相と水相の比重差を増加するためには、塔底より抜き出された缶出液中の水相を分離した硝酸シクロヘキシルの濃度で25質量%以上であることが好ましい。
【0034】
本発明においては、このように缶出液に含まれる硝酸シクロヘキシルの濃度を制御しながら水蒸気蒸留することにより、安定に硝酸シクロヘキシルの分離を行うものである。缶出液に含まれる硝酸シクロヘキシルの濃度の制御は、缶出液中に含まれる硝酸シクロヘキシル以外の有機成分の濃度を制御することにより行う。例えば、原料中に硝酸シクロヘキシルの沸点以上の有機成分(高沸点成分)が含まれる場合、これも硝酸シクロヘキシル同様缶出液に含まれる。また、硝酸シクロヘキシルよりも低沸点の有機成分(低沸点成分、前記有機物(a)に該当)も蒸留塔塔頂温度および/または低沸点の有機物の回収率を制御することにより、缶出液に残すことが可能である。蒸留塔塔頂温度を上げると、缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度は高くなる傾向に有る。低沸点の有機物の回収率は、原料中の低沸点成分量に対する製品有機相ライン15の低沸点成分量の比率とする。低沸点成分の回収率を下げると、缶出液中の低沸点成分の濃度は高くなり、缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度は低くなる方向にある。本発明においては、上記のように缶出液中の上記高沸点成分と低沸点成分の濃度を制御することにより、硝酸シクロヘキシルの濃度を特定範囲に制御して安定に硝酸シクロヘキシルを分離するものである。
【0035】
また、上記低沸点成分(すなわち有機物(a))は、一般に硝酸シクロヘキシルよりも比重が低いので、缶出液中の有機物(a)の濃度を高くしすぎると、有機相全体の比重が、水相の比重に近づく傾向にあり、缶出液を分離しにくくなる傾向にある。また、有機物(a)を製品として利用しようとする場合、塔底液中の有機相中に当該成分が多く含まれるということは、水蒸気蒸留により留出させて分離しようとする目的成分濃度が増加することを意味し、目的成分の回収率の低下を生じることになる。したがって、塔底より抜き出された缶出液中の有機物(a)(低沸点成分)の濃度は、同缶出液中の水相を分離した有機相中の有機物(a)の濃度で55質量%以下、さらに、分離器5にて有機相と水相の比重差を増加させるという観点から、40質量%以下となるように水蒸気蒸留を行うことが好ましい。
【0036】
缶出液の組成を上記の範囲となるように制御して水蒸気蒸留するためには、製品有機相ライン15の有機物(a)の抜き出し量を制御して、原料導入ライン2の原料中の有機物(a)に対する製品有機相ライン15の有機物(a)の回収率を調整して、缶出液中の有機相中の硝酸シクロヘキシルおよび有機物(a)の濃度を制御できる。さらに、製品有機相ラインの有機物(a)の純度が目的の濃度となるように、投入水蒸気量を調整して、蒸留塔塔頂温度および還流量を制御することによって、留出液中の硝酸シクロヘキシルを制御することができる。
【0037】
本発明で用いる蒸留塔1の理論段数は2段以上が好ましい。留出蒸気ライン8から留出蒸気をコンデンサ9で凝縮し、凝縮液ライン10にて得られた凝縮液中には硝酸シクロヘキシルは含まれないことが好ましいが、実用上問題がない程度の少量であれば含まれていてもよい。この際の硝酸シクロヘキシルの濃度は、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシル濃度で0.01質量%以下とすることが好ましい。このような凝縮液を得るには、蒸留塔の濃縮部の段数(原料投入から蒸留塔頂までの段数)を2段〜45段とすることが好ましい。蒸留塔1の缶出液ライン4にて、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシル濃度で45質量%以下となるようにするためには、蒸留塔の回収部の段数(原料投入段から塔底までの段数)を1段〜30段とすることが好ましい。例えば、シクロヘキサンの塩化ニトロシルによる光ニトロソ化反応において、副生する硝酸シクロヘキシル等を含有する有機混合物を原料とした場合、蒸留塔1の缶出液ライン4あるいは缶出有機相ライン6にて、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシル濃度で25〜45質量%となるようにするには、回収部の段数を10〜20段とすることがさらに好ましい。
【0038】
本発明で行う水蒸気蒸留において、留出蒸気を凝縮させた凝縮液を得るには、留出蒸気を理論上全凝縮可能な熱交換容量を有すれば、どのようなコンデンサ9を用いても良い。例えば、コンデンサ9にはシェルアンドチューブ等の多管式熱交換器、スパイラル熱交換器、濡壁式熱交換器、プレート式熱交換器等の間接熱交換器を用いると良い。
【0039】
本発明においては、凝縮液を、凝縮液分離器11にて分離し、留出有機相ライン12と留出水相ライン13からそれぞれ有機相と水相とを得て、分離した留出有機相の一部を還流させることが好ましい。特に、目的成分をクロルシクロヘキサンとした場合に効果が高い。製品有機相ライン15中の水分を除く有機相中の目的成分濃度が95質量%以上となるようにするためには、還流液ライン14と製品有機相ライン15との還流比は0.5〜5とすることが好ましい。凝縮液分離器11は、凝縮液中の有機相と水相とを有機相の水への難溶解性を利用して分離、分液ができればいずれの装置でも良い。例えば、静置分離のような、上部に有機相、下部に水相となるようにし、分離界面が確認、管理でき、分離可能な一定の滞留時間を有した単なる分離槽や、遠心力を利用したデカンタのような遠心分離器がある。留出蒸気に、窒素、酸素や空気等のイナートガスが含まれる場合や防災上の観点からイナートガスライン16に窒素を導入する場合には、常温以下まで冷却可能な冷却器、熱交換器、スクラバー、シールポットなどを設置して、イナートガスに同伴される有機分を除去、回収することが好ましい。
【0040】
本発明の蒸留塔1の塔底より抜き出す缶出液は、分離器5で有機相と水相に分離、分液できれば、塔底からポンプ等による強制抜き出しでも、位置エネルギーを利用した自重抜き出しでもいずれでも良い。有機相と水相との混合、エマルジョン化を抑制し、分離性を向上させるには、位置エネルギーを利用した自重抜き出し抜き出しが好ましい。また、蒸留塔1の内圧を利用して、缶出液を抜き出しても良く、位置エネルギーおよび蒸留塔の内圧を利用して缶出液を抜き出しても良い。缶出液を、位置エネルギーを利用した液自重により抜き出す場合、蒸留塔1の底部液面と分離器5の液面との高さの差(ヘッド差)は蒸留塔の缶出液が位置エネルギーおよび/または蒸留塔の内圧により抜き出せるヘッド差ならいずれでも良いが、炭化物や粘性物の詰まりによる蒸留塔の底部の液面制御の変動を軽減するためには、1〜6mが好ましい。
【0041】
本発明の缶出液を分離器5にて、硝酸シクロヘキシルを含む有機相と水相に分離、分液させるために、分離温度は90℃以下として比重差を増加させるのが良い。さらに比重差を得るためには、該分離温度が15℃〜70℃が好ましい。塔底より抜き出された缶出液中の水分を除く有機相中の有機物(a)の濃度が高いと、分離器5にて水相と有機相との比重差が取れずに分離不良になり、目的成分の濃度が低いと硝酸シクロヘキシル濃度が上昇するので、原料中の有機物(a)量に対する製品有機相ラインから得られる水分を除く製品有機相中の有機物(a)量の比、つまり成分(a)の回収率は60%〜98%が好ましい。特に、有機物(a)をクロルシクロヘキサンとした場合に効果が高い。
【0042】
本発明の缶出液中の有機相と水相を分離させる温度を制御する方法は、分離器5にて外部より水冷、放冷、空冷等にて間接冷却して、分離温度を管理しても良い。また、熱交換器を用いて、缶出液を冷却しても良い。さらに好ましくは、缶出液中の水分は3〜80質量%であり、水分が少ない場合はさらに有機相と水相との分離が困難となるので、缶出液ライン4に添加水ライン17より直接水を添加して、分離器5での分離温度を下げて、かつ添加水により缶出液中の懸濁水分が洗い出され、有機相と水相との分離性を向上することができる。添加水の添加量は、分離温度が90℃以下に調整できる温度で良いが、蒸留塔1に供給する原料の質量部に対して、添加水質量部として5〜65質量%が好ましい。
【0043】
また、缶出液ライン4と原料導入ライン2とを一部または全量を間接熱交換することにより、缶出液の液温度を下げ、分離器5での分離温度を調整しても良い。熱交換器には、スパイラル熱交換器、シェルアンドチューブ等の多管式熱交換器、プレート式熱交換器等が挙げられる。
【0044】
本発明の分離器5は、缶出液中の硝酸シクロヘキシルを含む有機相と水相とに比重差を利用して分離、分液ができればいずれの装置でも良い。例えば、静置分離のような、下部に有機相、上部に水相となるように、分離界面が確認、管理でき、分離可能な一定の滞留時間を有した単なる分離槽や、遠心力を利用したデカンタのような遠心分離器がある。さらに、静置分離のような分離槽の分離器5での有機相と水相の滞留時間は、それぞれ2時間以上とすることが好ましく、より安定的な分離性を得るには、それぞれ5時間以上とすることが好ましい。さらに、静置分離のような分離槽の分離器5を用いる場合、缶出液は分離器5の液界面付近に供給することが、分離性向上のために好ましい。
【0045】
原料に塩素系の有機物が含有される場合、例えばジクロルシクロヘキサンやクロルシクロへキサン等が上げられるが、これらは熱分解により塩化水素を発生させ、塩化水素により機器材質によっては腐食の要因ともなるため、中和することが望ましい。例えば、蒸留塔1、原料導入ライン2、凝縮液ライン10、缶出液ライン4にアルカリを添加することが挙げられる。添加するアルカリ量は、缶出液を分液した缶出水相ライン7の水相のpHが10以上とすることが好ましい。添加するアルカリは、例えば、NaOH、KOH等の無機アルカリの水溶液が好ましい。さらに、安価で比較的容易に得られるので、アルカリはNaOH水溶液が好ましい。アルカリ水溶液のアルカリ濃度は50質量%以下が良く、操作性から20〜30質量%のアルカリ水溶液が好ましい。
【実施例】
【0046】
以下実施例により、本発明を具体的に説明する。
【0047】
実施例1〜4
硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物として、シクロヘキサン(20m/h)を光反応槽(150m/槽)に供給し、高圧ナトリウムランプ(50KW/本)を浸漬させて、塩化水素ガスを含む塩化ニトロシル(6000Nm/h)を供給し、光照射して、光ニトロソ化反応によりシクロヘキサノンオキシム塩酸塩が得られるカプロラクタム製造工程中で生成する光ニトロソ化反応後の反応生成物からシクロヘキサノンオキシムを分離した残渣を用いた。該シクロヘキサノンオキシムの副生物として、硝酸シクロヘキシルの他、クロルシクロヘキサンも副生する。
【0048】
光ニトロソ化反応後の反応生成物は、硝酸シクロヘキシルが未反応のシクロヘキサン中に溶解し、シクロヘキサノンオキシム塩酸塩はシクロヘキサンに溶解しないので、比重差によりシクロヘキサン相とシクロヘキサノンオキシム塩酸塩を含む相と分離を行った。シクロヘキサン相に溶存する硝酸シクロヘキシルは、NaOH水溶液を用いて、pH10にて中和後、蒸留(塔頂温度77〜80℃、塔底温度90〜98℃)によりシクロヘキサンを留出させ、缶出液として硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を得て、原料として用いた。
【0049】
原料の有機分の組成は、硝酸シクロヘキシル12.90質量%、クロルシクロヘキサン75.13質量%、シクロヘキサン検出限界以下(検出限界0.01質量%)、シクロヘキセン0.06質量%、シクロヘキサノン1.13質量%、シクロヘキサノール1.18質量%、ジクロルシクロヘキサン6.23質量%であった。
【0050】
図1に示す工程を用い、原料導入ライン2から上記原料を供給速度1.35t/hで供給し、水蒸気蒸留を行った。蒸留塔は多孔板式で、回収部の段数15段である。蒸留塔の塔頂温度を98.0℃、塔底温度109.0℃として、233kPa(絶対圧)の飽和水蒸気を蒸留塔底部より直接投入した。蒸留塔の塔頂圧力は121kPa(絶対圧)である。
【0051】
コンデンサにて留出蒸気を凝縮して、凝縮液を静置分離式の分離器にて留出水相を連続的に分液し、得られた留出クロルシクロヘキサン相を、還流比1.8として、一部を蒸留塔の塔頂より1段目に還流させた。凝縮液ライン10および製品有機相ライン15の水分を除く有機分の組成は、硝酸シクロヘキシル濃度はいずれも0.01質量%(検出限界)以下で、クロルシクロヘキサン濃度はそれぞれ98.0、97.8質量%であった。測定は凝縮液ライン10および製品有機相ライン15からそれぞれ試料を抜き出し、静置分離により有機相と水相を分液し、有機相を後述する原料および缶出液のGC分析の方法で行った。
【0052】
缶出液を位置エネルギー(自重)と蒸留塔内圧を利用して抜き出して、添加水ライン17から添加水として原料の質量に対して、添加水質量として29.6質量%を添加し、分離温度69℃で有機相と水相を分離して、有機相を得た。分離器は円筒槽を用い、エネルギーバランスから求められる缶出液量と添加水量より、有機相の滞留時間5.5時間、水相の滞留時間6.0時間となる液界面に缶出液を供給した。分離水相のpHが9以上となるように、25質量%NaOH水溶液を原料の質量部に対して4.3%蒸留塔に添加した。蒸留塔の底部液面と分離器の液面とのヘッド差は1.5mである。
【0053】
製品有機相ラインの払出量を制御することによりクロルシクロヘキサンの回収率を調整して、缶出液中の水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルとクロルシクロヘキサンの濃度を調整し、実施例1〜4の試料を得た。
【0054】
原料および缶出液から分離された有機相の有機分の組成分析は、原料試料中の浮遊物および塩基性物質等を除去するために、分液ロートにて、試料100mlを10質量%硫安水100mlにて混合して静置分液した。その有機相5mlを無水硫酸ナトリウム(試薬1級)5gで脱水し、内標準物質としてシクロペンタノール0.3gを加えて、混合してマイクロシリンジに2μl採取して、GC分析を行った。充填剤としてPEG6000液相をコーティングしたパックドカラムを装着したTCD型GC分析装置(島津製作所社製、GC−8AT)を用い、解析装置として島津クロマトパックC−R6Aを用い、カラム恒温槽温度140℃、注入口160℃、キャリヤーガスとしてHeを用いて30ml/minの条件にて測定した。各成分は、内標準物質としてシクロペンタノール(試薬特級)を用いた内部標準法で求めた。
【0055】
クロルシクロヘキサンの回収率は、原料中のクロルシクロヘキサン量に対する製品クロルシクロヘキサン中のクロルシクロヘキサン量の比(%)で求めた。
【0056】
硝酸シクロヘキシルの分解による急激な圧力上昇の温度を確認するために、蒸留塔では分解による圧力上昇の危険性が高いので、オートクレーブによる圧力容器試験にて代替して評価を行った。缶出液から得られた有機相の試料を、内容積250mlのSUS製の圧力容器内に試料5gを入れ、オイルバスに圧力容器を浸し、10℃/minで昇温した。液温温度が182℃まで昇温した(表1中昇温範囲として示した)。熱電対にて液温を、圧力計に容器圧力を連続的に測定した。
【0057】
10℃/minでの一定速度の昇温であるので、密閉容器内の圧力は昇温とともに比例的に液蒸気圧に伴い上昇する。この場合、分解無しと判断した。一方、昇温により圧力が急激に上昇し、分解の無い圧力比例推測値よりも2倍以上の圧力上昇が生じた場合、分解有りと判断した。その際の最高分解圧力(ゲージ圧)での分解による発熱温度を分解温度とした。また、分解の際には、圧力比例線と圧力急上昇線との交点を分解開始温度とした。結果を表1に示す。
【0058】
比較例1〜2
実施例1〜4と同様に、製品有機相ラインの払出量を制御することによりクロルシクロヘキサンの回収率を調整して、缶出液中の水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルとクロルシクロヘキサンの濃度を調整し、比較例1および2の試料を得た。
【0059】
試料を実施例1〜4と同様に、硝酸シクロヘキシルの分解による急激な圧力上昇の温度を確認するために、蒸留塔では分解による圧力上昇の危険性が高いので、オートクレーブによる圧力容器試験にて代替して評価を行った。昇温は182℃を超えても10℃/minで240℃まで継続した。結果を表1に示す。その結果、缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルの濃度で45質量%を越えると、缶出液の温度186℃で分解を開始し、最高分解圧力も1570kPa−Gと非常に高かった(比較例1)。また上記硝酸シクロヘキシルの濃度が45質量%以下でも、缶出液の温度185℃で分解を開始し、最高分解圧力が1145kPaと高いものであった(比較例2)ことから、蒸留塔塔底の温度が高すぎると安定して硝酸シクロヘキシルを分離することが困難であると考えられる。
【0060】
【表1】

【0061】
実施例5〜9
実施例1〜4と同様の条件で、缶出液を分離器にて有機相と水相を得た。該有機相中の硝酸シクロヘキシルとクロルシクロヘキサンの濃度は、クロルシクロヘキサンの回収率や投入蒸気量を調整して表2に記載の濃度とした。
【0062】
分離性は、分離器5により分離後の有機相と水相をそれぞれ、250mlメスシリンダーに採取し、浮子式の標準比重計にて測定し、その比重差(=水相の比重−有機相の比重)より評価した。
【0063】
分離器出の水相中に同伴されるオイル濃度(有機成分含有率に相当)から、分離器での分離性を評価した。水相中のオイル分析は、内標準物質としてクロルベンゼン(試薬特級)を添加したジクロルエタン(試薬特級)の抽出液と水相試料とを接触させてオイル分を抽出し、静置分離した後、抽出液をTCD型GC分析装置(島津製作所社製、GC−8AT)にて測定し、水相中のオイル分(ppm)を求めた。オイル分は、硝酸シクロヘキシル、クロルシクロヘキサン、シクロヘキサン、シクロヘキセン、シクロヘキサノン、シクロヘキサノール、1,2−ジクロルシクロヘキサンの合計値とした。
【0064】
有機相の水分率は、分離器出の有機相に同伴される水分より評価した。水分の分析は、有機相の試料を採取し、アクアカウンター水分測定装置(平沼産業社製、AQ−6型)を用いて、カールフィッシャー法により水分(質量%)を定量した。
【0065】
結果を表2に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
実施例10〜14
実施例8の蒸留条件を準用し、蒸留塔の塔頂温度を96.0℃、塔底温度105.0℃、塔頂圧力は112kPa、還流比2で蒸留を行った。クロルシクロヘキサン回収率は91.0%とした。凝縮液ライン10および製品有機相ライン15の水分を除く有機分の組成は、硝酸シクロヘキシル濃度はいずれも0.01質量%(検出限界)以下で、クロルシクロヘキサン濃度はそれぞれ97.9、97.8質量%であった。缶出液を位置エネルギー利用した液ヘッドにて抜き出すラインから採取(蒸留塔の底部液面から缶出液採取箇所とのヘッド差は3m)し、恒温槽にて所定温度にて静置分離を行った。滞留時間として、静置時間2時間とした。
【0068】
分離性は、静置分離した有機相と水相をそれぞれ、250mlメスシリンダーに採取し、浮子式の標準比重計にて測定し、その比重差(=水相の比重−有機相の比重)より評価した。3回測定値の平均値を比重値とした。
【0069】
静置分離後の水相中に同伴されるオイル濃度(有機成分含有率に相当)から、缶出液の分離性を評価した。水相中のオイル分析は、内標準物質としてクロルベンゼン(試薬特級)を添加したジクロルエタン(試薬特級)の抽出液と水相試料とを接触させてオイル分を抽出し、静置分離した後、抽出液をTCD型GC分析装置(島津製作所社製、GC−8AT)にて測定し、水相中のオイル分(ppm)を求めた。オイル分は、クロルシクロヘキサン、シクロヘキサン、シクロヘキセン、シクロヘキサノン、シクロヘキサノール、硝酸シクロヘキシル、1,2−ジクロルシクロヘキサンの合計値とした。
【0070】
缶出液の水分を除く有機分の組成は、硝酸シクロヘキシル40.9質量%、クロルシクロヘキサン21.0質量%、シクロヘキサン検出限界以下(検出限界0.01質量%)、シクロヘキセン0.2質量%、シクロヘキサノン3.4質量%、シクロヘキサノール1.7質量%、1,2−ジクロルシクロヘキサン19.7質量%であった。結果を表3に示す。
【0071】
【表3】

【0072】
実施例15
実施例10の蒸留条件と同様に水蒸気蒸留を行いとして、位置エネルギーを利用して自重により缶出液を抜き出した。蒸留塔の底部液面と分離器の液面とのヘッド差は2.1mである。缶出液に添加水を供給し、分離温度81.0℃に調整した。分離器では有機相と水相の滞留時間が5〜7時間になるように、液界面を調整した。
【0073】
分離性は、分離器出の水相中に同伴されるオイル濃度から、分離器での分離性を評価した。オイル分は、クロルシクロヘキサン、シクロヘキサン、シクロヘキセン、シクロヘキサノン、シクロヘキサノール、硝酸シクロヘキシル、1,2−ジクロルシクロヘキサンの合計値とした。また、分離器出のクロルシクロヘキサン相に同伴される水分より評価した。水分の分析は、クロルシクロヘキサン相の試料を採取し、アクアカウンター水分測定装置(平沼産業社製、AQ−6型)を用いて、カールフィッシャー法により水分(質量%)を定量した。結果を表4に示す。
【0074】
実施例16
実施例10〜14の蒸留条件として、渦巻きポンプ(日機装製、定格21.3l/min、3kg/cm、クローズドタイプ)により缶出液を抜き出した。缶出液をスパイラルの熱交換器により冷却し、分離器に供給し、分離温度50.0℃に調整した。分離器では有機相と水相の滞留時間が5〜10時間になるように、液界面を調整した。
【0075】
分離性は、実施例15と同様に評価した。結果を表4に示す。
【0076】
【表4】

【0077】
以上の結果より、実施例1〜4では、缶出液の水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシル濃度が45質量%以下であれば182℃まで昇温しても分解による急激な圧力上昇は生じなかった。比較例1〜2では、182℃を超えて昇温をした結果、分解により急激な圧力上昇を生じた。分解時の温度は280℃を超えた。その際、急激な圧力上昇を開始した温度は185〜186℃であった。つまり、液温182℃以下であれば、急激な圧力上昇は生じないので、蒸留塔の塔底温度を182℃以下にする必要がある。実際、実施例1〜4では蒸留塔の塔底温度が109℃であるので、急激な圧力上昇は生じていない。さらに、比較例1では硝酸シクロヘキシル濃度が49.2質量%と高く、該濃度44.5質量%の比較例2よりも最高分解圧力が約1.4倍高いので、硝酸シクロヘキシル濃度が低いほど、分解圧力が低くできる。
【0078】
実施例5〜9では、クロルシクロヘキサンの回収率の低下による、硝酸シクロヘキシル濃度の増加、クロルシクロヘキサン濃度の低下に伴い、分離性が向上する。さらに、実施例6〜9の結果より、硝酸シクロヘキシル濃度25質量%以上、あるいはクロルシクロヘキサン濃度40質量%以下では、液比重差が増加させ、さらに分離性を向上できる。
【0079】
実施例10〜14では、分離温度に対する分離性を評価した。分離温度が低いほど、液比重差が得られ、水相中のオイル分を低減できる。特に、分離温度90℃以下でオイル分が低減でき、さらに15〜70℃範囲にある実施例10〜12および実施例7〜9の分離性が良好である。
【0080】
実施例15〜16では、缶出液の抜き出し方法を評価した。ポンプでの強制的な撹拌混合を伴う抜き出しよりも、位置エネルギーを利用した液ヘッドによる抜き出しの方が、水相中のオイル分が低く、分離性は良好である。
【産業上の利用可能性】
【0081】
硝酸シクロヘキシルの爆発分解性の危険性や該成分を高濃度で含む缶出液の分離不良の観点から、安全かつ分液性の高い精製方法が望まれていた。
【0082】
本発明により、硝酸シクロヘキシルを含む有機物を分離する方法において、水蒸気蒸留を適用して、缶出液の硝酸シクロヘキシル濃度を一定濃度以下とすることで、硝酸シクロヘキシルによる分解爆発や急激な圧力上昇を防止させることが可能となる。さらに、缶出液中の硝酸シクロヘキシル濃度、缶出液の抜き出し方法、分離条件により、缶出液中の有機相と水相との分離性を向上させることができ、安全な目的成分の生産と効率的な缶出液の回収を提供することが可能となる。特に、クロルシクロヘキサンの生産において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】図1は、本発明の硝酸シクロヘキシルの分離方法の工程の実施形態の一例を示す概念図である。
【符号の説明】
【0084】
1 蒸留塔
2 原料導入ライン
3 水蒸気導入ライン
4 缶出液ライン
5 分離器
6 缶出有機相ライン
7 缶出水相ライン
8 留出蒸気ライン
9 コンデンサ
10 凝縮液ライン
11 凝縮液分離器
12 留出有機相ライン
13 留出水相ライン
14 還流液ライン
15 製品有機相ライン
16 イナートガスライン
17 添加水ライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物を水蒸気蒸留により硝酸シクロヘキシルを分離するに際し、蒸留塔塔底の液温を182℃以下とし、塔底より抜き出される缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が、水相を分離した有機相中の硝酸シクロヘキシルの濃度で45質量%以下となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項2】
前記蒸留塔塔底の液温が90〜150℃の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項3】
前記蒸留塔の塔底より抜き出される缶出液中の硝酸シクロヘキシルの濃度が、水相を分離した有機相の硝酸シクロヘキシルの濃度で25質量%以上となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする請求項1または2に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項4】
前記蒸留塔の塔底より抜き出す缶出液を、蒸留塔の塔底から位置エネルギーおよび/または蒸留塔の内圧により抜き出すことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項5】
前記蒸留塔より抜き出した缶出液を、温度90℃以下で、硝酸シクロヘキシルを含む有機相と水相とに分離することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項6】
前記硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物が、シクロヘキサンと塩化ニトロシルとを、光の照射により光化学反応させて得られたものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項7】
前記蒸留塔の塔頂から留出する有機成分を有機物(a)としたとき、塔底より抜き出された缶出液中に有機物(a)が、水相を分離した有機相の有機物(a)の濃度で55質量%以下となるように水蒸気蒸留を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項8】
前記硝酸シクロヘキシルを含む有機混合物が、クロルシクロヘキサンを含有することを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項9】
前記有機物(a)がクロルシクロヘキサンであることを特徴とする請求項7に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法。
【請求項10】
請求項8または9に記載の硝酸シクロヘキシルの分離方法を用いることにより、クロルシクロヘキサンを蒸留塔の塔頂から留出させ、回収することを特徴とするクロルシクロヘキサンの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−297261(P2008−297261A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−146213(P2007−146213)
【出願日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】