説明

硫黄系正極活物質の製造方法および製造装置

【課題】非水電解質二次電池の容量を増大させることができる硫黄系正極活物質を容易に大量生産する方法、およびその装置を提供すること。
【解決手段】硫黄系正極活物質を製造する際に、ポリアクリロニトリルシートを連続的に搬送しつつ硫黄(S)を付着させ加熱する。このとき硫黄(S)の少なくとも一部を液体状でポリアクリロニトリルシートに付着させる。ポリアクリロニトリルとしてシート状のものを用いかつ連続的に搬送しつつ硫黄に付着させ加熱することで、硫黄系正極活物質を容易に大量生産できる。また、硫黄(S)を液体状でポリアクリロニトリルに付着させることで、電池特性に優れる硫黄系正極活物質を製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解質二次電池用の正極活物質として利用可能な硫黄系正極活物質を製造する方法、および、この製造方法により硫黄系正極活物質を製造する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池の一種であるリチウム二次電池、リチウムイオン二次電池は、充放電容量の大きな電池であり、主として携帯電子機器用の電池として用いられている。また、リチウムイオン二次電池は、電気自動車用の電池としても期待されている。非水電解質二次電池の一種であるナトリウム二次電池、ナトリウムイオン二次電池は、リチウムに代えて入手容易なナトリウムを用いるため、安価に提供できる利点がある。ナトリウムは、リチウムに比べて標準酸化還元電位が0.33V低く、密度が約80%高いが、セル全体ではリチウムイオン二次電池の70〜80%の性能が発現できると考えられている。
【0003】
これらの非水電解質二次電池の正極活物質としては、コバルトやニッケル等のレアメタルを含有するものが一般的である。しかし、これらの金属は流通量が少なく高価であるため、近年では、これらのレアメタルにかわる物質を用いた正極活物質が求められている。
【0004】
リチウムイオン二次電池の正極活物質として、硫黄を用いる技術が知られている。硫黄を正極活物質として用いることで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくできる。しかし、正極活物質として単体硫黄を用いたリチウムイオン二次電池においては、放電時に硫黄とリチウムとの化合物が生成する。この硫黄とリチウムとの化合物は、リチウムイオン二次電池の非水系電解液(例えば、エチレンカーボネートやジメチルカーボネート等)に可溶である。このため、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電を繰り返すと、硫黄の電解液への溶出により次第に劣化し、電池容量が低下する問題がある。つまり、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池はサイクル特性に劣る。
【0005】
本発明の発明者等は、鋭意研究の結果、ポリアクリロニトリル(以下、PANと略する)と硫黄との混合物を熱処理して得られる正極活物質を発明した(特許文献1参照)。正極活物質として、PANおよび硫黄を材料とする硫黄系正極活物質(以下、硫黄変性PANと略する)を用いることで、リチウムイオン二次電池の充放電容量は大きくなり、かつ、サイクル特性も向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2010/044437号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上述した硫黄変性PANは、嵩高く取り扱い性に劣る。このため、硫黄変性PANを容易に大量生産できる製造方法が望まれている。
【0008】
また、近年、従来のものよりもさらに高容量の非水電解質二次電池が望まれている。そして、非水電解質二次電池の容量をさらに向上させ得る正極活物質もまた望まれている。
【0009】
本発明は上記事情を鑑みてなされたものであり、非水電解質二次電池の容量を増大させることができる硫黄変性PANを容易に大量生産する方法、およびその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者等は、鋭意研究を重ねた結果、硫黄変性PANを製造する際に、硫黄を液体状でPANに付着させることで、電池特性に優れる硫黄変性PANを製造できることを見出した。また、シート状のPANすなわちPANシートを連続的に搬送しつつ、このPANシートに硫黄を付着させ加熱することで、硫黄変性PANを容易に大量生産できることを見出した。
【0011】
すなわち、上記課題を解決する本発明の硫黄系正極活物質の製造方法は、ポリアクリロニトリルと硫黄(S)とを原料とし、ポリアクリロニトリルに由来する炭素骨格と該炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる硫黄系正極活物質を製造する方法であって、
ポリアクリロニトリルシートを連続的に搬送しつつ該ポリアクリロニトリルシートに硫黄(S)を付着させ加熱する硫黄変性工程を含み、
該硫黄変性工程において、該硫黄(S)の少なくとも一部を液体状で該ポリアクリロニトリルシートに付着させることを特徴とする。
【0012】
また、上記課題を解決する本発明の硫黄系正極活物質の製造装置は、ポリアクリロニトリルと硫黄(S)とを原料とし、ポリアクリロニトリルに由来する炭素骨格と該炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる硫黄系正極活物質を製造する装置であって、
ポリアクリロニトリルシートを連続的に搬送する搬送手段と、
搬送されている該ポリアクリロニトリルシートに硫黄(S)を付着させる硫黄供給手段と、
硫黄に付着した該ポリアクリロニトリルシートを加熱する加熱手段と、を備え、
該硫黄供給手段は、該硫黄(S)の少なくとも一部を液体状で該ポリアクリロニトリルシートに付着させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
以下、特に断りのない場合、本発明の硫黄系正極活物質の製造方法を、単に本発明の製造方法と略し、本発明の硫黄系正極活物質の製造装置を、単に本発明の製造装置と略する。
【0014】
PANを不織布、織布等のシート状にすることで、嵩高いPANを扱い易くできる。このようなPANシートに硫黄を付着させ、加熱することで、硫黄とPANとが結合し、硫黄変性PANを得ることができる。このとき、PANシートを連続的に搬送しつつ硫黄を付着させることで、硫黄変性PANを容易に大量生産できる。またこのとき、硫黄を液体状で用いることで、硫黄含量の多い硫黄変性PANを得ることができる。液体状の硫黄は、PANに対する接触面積が大きいため、PANと結合し易いためである。この方法で製造された硫黄変性PANを正極活物質として用いた非水電解質二次電池は高容量である。したがって、本発明の製造方法および装置によると、非水電解質二次電池の容量を増大させることができる硫黄変性PANを容易に大量生産できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】硫黄変性PAN硫黄変性PANをX線回折した結果を表すグラフである。
【図2】硫黄変性PANをラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。グラフである。
【図3】実施例1の製造装置を模式的に表す説明図である。
【図4】実施例1の製造装置における硫黄変性手段を模式的に表す要部拡大図である。
【図5】実施例2の製造装置を模式的に表す要部拡大図である。
【図6】実施例3の製造装置を模式的に表す要部拡大図である。
【図7】実施例1の硫黄変性PANを正極としたリチウム二次電池の充放電曲線である。
【図8】実施例1の硫黄変性PANを正極としたリチウム二次電池のサイクル特性である。
【図9】比較例の硫黄変性PANを正極としたリチウム二次電池の充放電曲線である。
【図10】比較例の硫黄変性PANを正極としたリチウム二次電池のサイクル特性である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(硫黄系正極活物質)
本発明の製造方法及び製造装置で製造する硫黄系正極活物質は、上述した硫黄変性PANであり、PANに由来する炭素骨格と、この炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる。
【0017】
硫黄変性PANは、上記の特許文献1に開示されたものと同様のものである。硫黄変性PAN用の材料としてのPANは、繊維状、粉末状等、種々の形状にできる。何れの場合にも質量平均分子量が10〜3×10程度のものを用いるのが好ましい。また、PANの粒径(繊維の場合は繊維径)は、電子顕微鏡によって観察した際に、0.1〜50μm程度であるのが好ましく、0.1〜10μm程度であるのがより好ましい。PANの分子量および粒径(または繊維径)がこれらの範囲内であれば、PANと硫黄との接触面積を大きくでき、PANと硫黄とを信頼性高く反応させ得る。このため、電解液への硫黄の溶出をより信頼性高く抑制できる。
【0018】
非水電解質二次電池の正極活物質として硫黄変性PANを用いることで、硫黄が本来有する高い容量を維持でき、かつ、硫黄の電解液への溶出が抑制されるため、サイクル特性が大きく向上する。これは、硫黄変性PAN中で硫黄が単体として存在するのでなくPANと結合した安定な状態で存在するためだと考えられる。特許文献1に開示されている製造方法において、硫黄はPANとともに加熱処理されている。PANを加熱すると、PANが3次元的に架橋して縮合環(主として六員環)を形成しつつ閉環すると考えられる。このため硫黄は、閉環の進行したPANと結合した状態で硫黄変性PAN中に存在していると考えられる。PANと硫黄とが結合することで、硫黄の電解液への溶出を抑制でき、サイクル特性を向上させ得る。
【0019】
硫黄変性PANに用いられる硫黄として粉末状のものを用いる場合、硫黄の粒径については特に限定しないが、篩いを用いて分級した際に、篩目開き40μmの篩を通過せず、かつ、150μmの篩を通過する大きさの範囲内にあるものが好ましく、篩目開き40μmの篩を通過せず、かつ、100μmの篩を通過する大きさの範囲内にあるものがより好ましい。
【0020】
硫黄変性PANに用いるPANと硫黄との配合比については特に限定しないが、質量比で、1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:0.5〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのがさらに好ましい。
【0021】
硫黄変性PANは、元素分析の結果、炭素、窒素、及び硫黄を含み、更に、少量の酸素及び水素を含む場合もある。また、図1に示すように、硫黄変性PANをCuKα線によりX線回折した結果、回折角(2θ)20〜30°の範囲では、25°付近にピーク位置を有するブロードなピークのみが確認された。参考までに、X線回折は、粉末X線回折装置(MAC Science社製、型番:M06XCE)により、CuKα線を用いてX線回折測定を行った。測定条件は、電圧:40kV、電流:100mA、スキャン速度:4°/分、サンプリング:0.02°、積算回数:1回、測定範囲:回折角(2θ)10°〜60°であった。
【0022】
さらに硫黄変性PANを、室温から900℃まで20℃/分の昇温速度で加熱した際の熱重量分析による質量減は400℃時点で10%以下である。これに対して、硫黄粉末とPAN粉末の混合物を同様の条件で加熱すると120℃付近から質量減少が認められ、200℃以上になると急激に硫黄の消失に基づく大きな質量減が認められる。
【0023】
すなわち、硫黄変性PANにおいて、硫黄は単体としては存在せず、閉環の進行したPANと結合した状態で存在していると考えられる。
【0024】
硫黄変性PANのラマンスペクトルの一例を図2に示す。図2に示すラマンスペクトルにおいて、ラマンシフトの1331cm−1付近に主ピークが存在し、かつ、200cm−1〜1800cm−1の範囲で1548cm−1、939cm−1、479cm−1、381cm−1、317cm−1付近にピークが存在する。上記したラマンシフトのピークは、PANに対する単体硫黄の比率を変更した場合にも同様の位置に観測される。このためこれらのピークは硫黄変性PANを特徴づけるものである。上記した各ピークは、上記したピーク位置を中心としては、ほぼ±8cm−1の範囲内に存在する。なお、本明細書において、「主ピーク」とは、ラマンスペクトルで現れた全てのピークのなかでピーク高さが最大となるピークを指す。尚、ラマンスペクトルは、入射光の波長や分解能の違いなどにより、ピークの数が変化することや、ピークトップの位置がずれることがある。例えば、上述した1548cm−1のピークが、1531cm−1を中心とするほぼ±8cm−1の範囲内にずれる場合もある。
【0025】
参考までに、上記したラマンシフトは、日本分光社製 RMP−320(励起波長λ=532nm、グレーチング:1800gr/mm、分解能:3cm−1)で測定したものである。
【0026】
(硫黄変性PANの製造方法)
本発明の製造方法は、上述した硫黄変性PANを製造する方法である。本発明の製造装置は、本発明の製造方法により上述した硫黄変性PANを製造する装置である。
【0027】
本発明の製造方法においては、PANとして、シート状のもの(PANシート)を用いる。PANシートはシート状であれば良い。ここで言うシート状とは、厚さや硬さ、幅、長さ等を限定するものではない。例えば、PANシートの厚さについては、特に限定的ではないが、通常、20μm〜200μm程度とすれば良い。特に、電極にした際に単位面積当たりの電池容量が0.5mAh/cm〜10mAh/cm程度となるように、単位面積当たりの重さである目付量が6g/m〜110g/m程度の範囲となるPANシートが好ましく、電池容量が3mAh/cm〜7mAh/cm程度となるように、目付量が30g/m〜70g/m程度の範囲となるPANシートがより好ましい。
【0028】
PANシートは、硫黄を均一に接触させるために、多孔性シートであることが好ましい。多孔性のPANシートとしては、不織布シート、織布シートなどがあるが、特に、多孔度、孔径等を容易に制御でき、その多孔度に対応する硫黄の充填量でポリアクリロニトリルと硫黄の反応割合を制御し電気容量を制御できるという点で、不織布シートが好ましい。なお、製造時の取り扱い性を考慮すると、PANシートは可撓性があるのが好ましい。この点においても、PANシートは不織布シートや織布シート等であることが好ましい。多孔性PANシートの多孔度は、40〜90体積%程度であることが好ましく、50〜90体積%程度であることがより好ましい。なお、ここで言う多孔度とは、多孔性PANシートの体積を100体積%としたときの、細孔(PAN繊維で区画された空隙部分)の容積の割合である。孔径は、平均細孔径1μm〜500μm程度であることが好ましく、1μm〜300μm程度であることがより好ましい。
【0029】
さらに、取り扱い性および嵩高さを考慮すると、PANシートとしては、ロール状に巻回したものを用いるのが好ましいが、他の形状であっても良い。例えばアコーディオンプリーツ状に折り返して重ねても良い。
【0030】
PANシートは、その他、導電助剤や後述する伝導材を含んでも良い。また、PANシートは、後述する硫黄変性工程前にシート状の集電体すなわち集電体シートと一体化しても良い。例えば、集電体シートとPANシートとを積層して複合シートを形成しても良いし、PANを溶媒に溶かすかまたは分散させることにより液体状、スラリー状にしたもの、または固体状のPANを集電体シートに浸漬、滴下、噴霧、塗布、堆積等して付着させ、一体化しても良い。
【0031】
なお、集電体シートの材料は特に限定せず、非水電解質二次電池用正極に一般に用いられているものを用いれば良い。具体的には、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボンペーパー(不織布/織布)等が例示される。このうち黒鉛化度の高いカーボンからなるカーボンペーパー集電体は、水素を含まず、硫黄との反応性が低いために、非水電解質二次電池における正極用の集電体として好適である。黒鉛化度の高い炭素繊維の原料としては、カーボン繊維の材料となる各種のピッチ(すなわち、石油、石炭、コールタールなどの副生成物)やPAN繊維等を用いることができる。
【0032】
本発明の製造方法は硫黄変性工程を含む。硫黄変性工程は、PANシートを連続的に搬送しつつ硫黄PANシートに硫黄を付着させ加熱する工程である。硫黄変性工程は、PANシートに硫黄を付着させる工程(硫黄供給工程と呼ぶ)と、硫黄元素が付着したPANシートを加熱する工程(熱処理工程と呼ぶ)との少なくとも2工程を含む。熱処理工程は、硫黄供給工程の後に行っても良いし、硫黄供給工程と同時に行っても良い。
【0033】
硫黄供給工程は、少なくとも一部の硫黄を液体状でPANシートに付着させれば良く、例えば液体状の硫黄にPANシートを浸漬しても良いし、PANシートに液体状の硫黄を滴下、噴霧等しても良い。また、固体状の硫黄(固相)と液体状の硫黄(液相)とが混在する硫黄スラリーをPANシートに塗布しても良い。更には、液体状の硫黄(液相)と気体状の硫黄(気相)とが混在している混合雰囲気中にPANシートを曝しても良い。混合雰囲気中の液相は硫黄およびPANに不活性な液体を含んでも良い。気相もまた同様である。
【0034】
熱処理工程においてPANシートおよびPANシートに付着している硫黄(以下、硫黄付着PANシートと呼ぶ)を加熱することで、硫黄とPANとが結合し硫黄変性PANが得られる。熱処理工程は、開放系でおこなっても良いが、硫黄蒸気の散逸を抑制するためには、PANシートの出入口のみが開放されている半密閉系で行うのが好ましい。また、熱処理工程を如何なる雰囲気で行うかについては特に問わないが、PANと硫黄との結合を妨げない雰囲気(例えば、水素を含有しない雰囲気、非酸化性雰囲気)下で行うのが好ましい。例えば、雰囲気中に水素が存在すると、反応系中の硫黄が水素と反応して硫化水素となるため、反応系中の硫黄が失われる場合がある。また、非酸化性雰囲気下で熱処理することで、PANの閉環反応と同時に、蒸気状態の硫黄がPANと反応して、硫黄によって変性されたPANが得られると考えられる。ここでいう非酸化性雰囲気とは、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気、硫黄ガス雰囲気等を含む。
【0035】
熱処理工程における硫黄付着PANシートの加熱時間は、加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、特に限定しない。上述した好ましい加熱温度は、硫黄とPANとの結合が進行し、かつ、伝導材や集電体等の副材料が変質しないような温度であれば良い。具体的には、加熱温度は、250以上500℃以下とすることが好ましく、250以上450℃以下とすることがより好ましく、250以上400℃以下とすることがさらに好ましい。
【0036】
熱処理工程においては、硫黄を還流するのが好ましい。この場合、硫黄の一部が気体となり、一部が液体となるように硫黄付着PANシートを加熱すれば良い。換言すると、硫黄付着PANシートの温度は、硫黄が気化する温度以上の温度であれば良い。ここで言う気化とは、硫黄が液体または固体から気体に相変化することを指し、沸騰、蒸発、昇華の何れによっても良い。参考までに、α硫黄(斜方硫黄、常温付近で最も安定な構造である)の融点は112.8℃、β硫黄(単斜硫黄)の融点は119.6℃、γ硫黄(単斜硫黄)の融点は106.8℃である。硫黄の沸点は444.7℃である。ところで、硫黄の蒸気圧は高いため、硫黄付着PANシートの温度が150℃以上になると、硫黄の蒸気の発生が目視でも確認できる。したがって、硫黄付着PANシートの温度が150℃以上であれば硫黄の還流は可能である。なお、熱処理工程において硫黄を還流する場合には、既知構造の還流装置を用いて硫黄を還流すれば良い。
【0037】
硫黄を接触させた状態のPANシートをテフロン(登録商標)シート、アルミシート、ポリイミドシート、ステンレスシート、プラチナシートなどの硫黄蒸気と反応を生じ難く、かつ、耐熱性を有する柔軟なシート(以下、「密閉用シート」ということがある)で両側から挟んだ状態でホットプレス法によって加圧と同時に加熱する方法も採用できる。この場合、PANシートに液体状の硫黄を付着させ、その後に硫黄が付着したPANシートを密閉用シートで挟んでPANシートと密閉用シートとの積層シートを、加熱すれば良い。
【0038】
ホットプレス法における加熱時間は、5分〜2時間程度とすることが好ましく、10分〜1時間程度とすることがより好ましい。この方法では、硫黄を接触させた状態のPANシートを密閉用シートで挟んで加圧することによって、密閉用シートで挟まれた空間の空気が除去されて実質的に密閉された非酸化性雰囲気となる。また、プレスされることによって、PANシートと硫黄とが充分に密着する。この状態で加熱することによって、目的とするシート状の硫黄変性PANを得ることができる。ホットプレス法は、簡便な方法で、しかも短時間にシート状の硫黄変性PANを作製できるので、量産に適した方法である。
【0039】
ホットプレス法におけるプレス圧は特に限定的ではないが、両側を挟んだシートによって、硫黄を接触させた状態のPANシートを十分に密閉できる様に、100kgf/cm〜1500kgf/cm程度のプレス圧とすることが好ましく、200kgf/cm〜1000kgf/cm程度のプレス圧とすることがより好ましい。ホットプレス法によれば、5分〜2時間という非常に短時間で目的とするシート状の硫黄変性PANを得ることができるので、非常に効率良く目的物を得ることができる。
【0040】
なお、PANシートを硫黄変性するのに用いる装置によっては、上述した密閉用シートが不要になる場合もある。例えば、硫黄変性工程における熱処理工程を非酸化性雰囲気で行うことができれば、硫黄が付着したPANシートをプレスしつつ加熱するだけで、上記のホットプレス法で得られるものと同様のシート状の硫黄変性PANを得ることができる。
【0041】
硫黄付着PANシート中の硫黄の配合量が過大である場合にも、熱処理工程においてPANに充分な量の硫黄を取り込むことができる。このため、PANに対して硫黄を過大に配合する場合には、熱処理工程後の被処理体から単体硫黄を除去することで、上述した単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、硫黄付着PANシート中のPANと硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、PANに充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま硫黄変性PANとして用いれば良い。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を硫黄変性PANとして用いれば良い。単体硫黄除去工程の時間は特に限定しないが、1〜6時間程度であるのが好ましい。
【0042】
(硫黄変性PANの製造装置)
上述した本発明の製造方法によりシート状の硫黄変性PANを製造するための製造装置は、少なくとも、PANシートを搬送するための搬送手段と、硫黄供給工程を行うための硫黄供給手段と、熱処理工程を行うための加熱手段と、を備える。
【0043】
PANシートを搬送する搬送手段は、PANシートを連続的に搬送できれば良く、特に限定しない。例えば、PANシートを挟みつつ回転する複数対のローラーであっても良い。PANシートがロール状である場合には、ロール状PANシートの芯を保持しつつ回転する回転軸または回転軸用の軸受けによってPANシートを送り出すことで、PANシートを押し出しつつ搬送しても良い。或いは、熱処理工程後のPANシート(シート状の硫黄変性PAN)を回転軸にロール状に巻き取り、このロール用の回転軸または軸受けによってシート状の硫黄変性PANを巻き取ることで、PANシートを引っ張りつつ搬送しても良い。これに限らず、既知の種々の搬送手段を用いても良い。
【0044】
硫黄供給手段は、少なくとも一部が液体状になっている硫黄をPANシートに付着させることができれば良く、例えば液体状の硫黄を噴霧するスプレーや、液体状の硫黄を収容する液槽等、種々のものを用いることができる。硫黄供給工程と熱処理工程とを同時に行う場合、例えば、液体状の硫黄を収容する液槽を加熱し、PANシートを液槽中で液体状の硫黄と共に加熱しても良い。なお、硫黄変性工程においては、PANシートに付着した硫黄の少なくとも一部が液体状であれば良い。このため、硫黄供給手段は液状の硫黄と共に、固体状の硫黄および/または気体状の硫黄をPANシートに付着させても良い。
【0045】
加熱手段としてはPANシートを400℃程度にまで加熱できる公知のものを用いることができる。
【0046】
(非水電解質二次電池)
以下、上述した本発明の製造方法で製造した硫黄変性PANを正極活物質として用いた非水電解質二次電池の構成について説明する。
【0047】
〔正極〕
非水電解質二次電池における正極は、正極活物質としての硫黄変性PAN以外にも、バインダや導電助剤等を含み得る。例えば、上述したようにPANシートを集電体シートと一体化して硫黄変性工程に供する場合には、シート状をなす硫黄変性PANと集電体との複合体が得られる。この複合体は、そのまま正極として使用できる。この場合には、後述するバインダ等が不要になるため、非水電解質二次電池のエネルギー密度が向上する。
【0048】
なお、シート状の硫黄変性PANを破砕したものに、導電助剤、バインダ、および溶媒を混合した正極合剤を集電体に塗布することによって正極を作製しても良い。また、その他の方法として、上述した正極合剤を乳鉢やプレス機などで混練しかつフィルム状にし、フィルム状の混合物をプレス機等で集電体に圧着することで、正極を製造することもできる。なお集電体に関しては上述した。
【0049】
導電助剤としては、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛、アルミニウムやチタンなどの正極電位において安定な金属の微粉末等が例示される。
【0050】
バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。
【0051】
溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアルデヒド、アルコール、水等が例示される。これら導電助剤、バインダおよび溶媒は、それぞれ複数種を混合して用いても良い。これらの材料の配合量は特に問わないが、例えば、硫黄変性PAN100質量部に対して、導電助剤20〜100質量部程度、バインダ10〜20質量部程度を配合するのが好ましい。
【0052】
その他、正極合剤に導電助剤以外の伝導材を配合しても良い。伝導材とは、自身が高い電気伝導性を示すか、あるいは、正極のイオン伝導性を大きく向上させ得る材料を指す。正極に伝導材を含むことで、正極全体の電気伝導度および/またはイオン伝導性を向上させることができ、非水電解質二次電池の放電レート特性を向上させ得る。伝導材の材料(伝導材材料)としては、硫化物の状態で上記の機能を示すものを用いるのが好ましい。硫黄変性PANの原料たる硫黄によって硫化されても、伝導材の機能を損なわないためである。この場合、伝導材はPANとともにPANシートに混入させれば良い。
【0053】
伝導材材料としては、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属、またはその硫化物を用いることができる。なお、本明細書でいう第4周期金属、第5周期金属および第6周期金属とは、周期律表によるものである。例えば第4周期金属とは、周期律表における第4周期元素に含まれる金属を指す。伝導材材料としては、硫化物の状態で自身が高い電気伝導性を示すか、あるいは、正極のイオン伝導性を大きく向上させ得るものが好ましく、例えば、Ti、Fe、La、Ce、Pr、Nd、Sm、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbからなる群から選ばれる少なくとも一種、またはその硫化物であるのが好ましい。なお伝導材は、正極中においては、上記金属とその硫化物との両方からなるか、或いは、上記金属の硫化物のみからなる。これらの伝導材材料は硫化物を多く含むのが好ましく、硫化物のみからなるのがより好ましい。上記金属を硫化物の状態で正極に配合することで、伝導材と硫黄変性PANとがなじみ易くなり、伝導材と正極活物質とが略均一に分散するためである。また、伝導材材料として硫化物を用いることで、伝導材における上記金属と硫黄との比率を所望する範囲に容易に制御できる利点もある。
【0054】
〔負極〕
正極活物質として硫黄変性PANを用いた非水電解質二次電池用における負極活物質としては、公知の金属リチウム、金属ナトリウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅−錫やコバルト−錫などの合金系材料を使用できる。なお、金属リチウムを負極活物質に用いる場合の非水電解質二次電池はリチウム二次電池である。金属ナトリウムを負極活物質に用いる場合の非水電解質二次電池はナトリウム二次電池(所謂ナトリウム硫黄電池)である。負極材料として、リチウムを含まない材料、例えば、上記した負極材料のなかで、炭素系材料、シリコン系材料、合金系材料等を用いる場合には、リチウムデンドライドの発生による正負極間の短絡を生じ難い点で有利である。ただし、これらのリチウムを含まない負極材料を硫黄変性PANと組み合わせて用いる場合、リチウムイオン二次電池であれば正極および負極が何れもリチウムを含まない。このため、負極および正極の何れか一方、または両方にあらかじめリチウムを挿入するリチウムプリドープ処理が必要となる。リチウムのプリドープ法としては公知の方法に従えば良い。例えば負極にリチウムをドープする場合には、対極に金属リチウムを用いて半電池を組み、電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法によってリチウムを挿入する方法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けたあと電解液の中に放置し電極へのリチウムの拡散を利用してドープする貼り付けプリドープ法によりリチウムを挿入する方法が挙げられる。また、正極にリチウムをプリドープする場合にも、上記した電解ドープ法を利用することが出来る。ナトリウムに関しても同様である。
【0055】
リチウムを含まない負極材料としては、特に、高容量の負極材料であるシリコン系材料が好ましく、その中でも電極厚さが薄くて体積あたりの容量で有利となる薄膜シリコンや、高容量でサイクル特性に優れた一酸化シリコン(SiO)がより好ましい。
【0056】
負極用の集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボンペーパー(不織布/織布)等が例示される。
【0057】
〔電解質〕
非水電解質二次電池に用いる電解質としては、有機溶媒に電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、イソプロピルメチルカーボネート、ビニレンカーボネート、γ−ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水系溶媒から選ばれる少なくとも一種を用いるのが好ましい。電解質としては、負極活物質としてリチウムを用いる場合には、LiPF、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiI、LiClO等を用いることができる。負極活物質としてナトリウムを用いる場合には、NaPF、NaBF、NaClO、NaAsF、NaSbF、NaCFSO、NaN(SOCF、低級脂肪酸ナトリウム塩、NaAlCl等から選ばれる一種又は複数種を用いることができる。なかでもLiPF、LiBF、LiAsF、LiCFSO、NaPF、NaBF、NaAsF、NaSbF、NaCFSO、NaN(SOCF等は、フッ素(F)を含むために好ましく用いられる。電解質の濃度は、0.5mol/L〜1.7mol/L程度であれば良い。なお、電解質は液状に限定されず、固体状(例えば高分子ゲル状)であっても良い。
【0058】
〔その他〕
非水電解質二次電池は、上述した負極、正極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えても良い。セパレータは、正極と負極との間に介在し、正極と負極との間のイオンの移動を許容するとともに、正極と負極との内部短絡を防止する。非水電解質二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。セパレータとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、PAN、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする薄肉かつ微多孔性または不織布状の膜を用いるのが好ましい。非水電解質二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型等、種々の形状にできる。
【0059】
以下、本発明の製造方法および製造装置を具体的に説明する。
【実施例】
【0060】
(実施例1)
<硫黄変性PANの製造>
〔1〕PANシート
目付量9.2g/m、厚さ22μmのPANシートを準備した。このPANシートは、PAN繊維を材料とした不織布シートであり、厚さ22μm、幅300mm、長さ100mであり、ロール芯に巻回されている。
【0061】
〔2〕装置
実施例1の製造装置を模式的に表す説明図を図3に示す。図3の硫黄変性手段を模式的に表す要部拡大図を図4に示す。
【0062】
図3に示すように、実施例1の製造装置は、第1搬送手段11、第2搬送手段12、第3搬送手段13、プレス手段2、硫黄変性手段3および複数の補助ローラー4を備える。第1搬送手段11は図2中反時計回りに回転する回転軸である。第2搬送手段12は図2中時計回りに回転する回転軸である。第3搬送手段13は図2中反時計回りに回転する回転軸である。第1搬送手段11には、ロール状に巻回されたPANシート5が固定される。第1搬送手段11の回転により、PANシート5は図2中右方向に送り出される。第2搬送手段12には、ロール状に巻回された集電体シート6が固定される。集電体シート6は、東レ株式会社製の(型番:TGP-H-030、厚さ0.11mm、幅300mm、長さ800mm)のカーボンペーパーである。第2搬送手段12の回転により、集電体シート6は図2中右方向に送り出される。第1搬送手段11、第2搬送手段12および第3搬送手段13は同期して回転する。第1搬送手段11、第2搬送手段12および第3搬送手段13は本発明における搬送手段に相当する。なお、本発明の製造方法および製造装置は少なくとも一つの搬送手段を備えれば良い。本発明の製造方法および製造装置に一つのみの搬送手段を設ける場合、例えば第3搬送手段13のみを設ければ良い。
【0063】
プレス手段2は、一対のローラー20、21からなる。この一対のローラー20、21は互いに近接する方向に付勢されている。第1搬送手段11から送り出されたPANシート5と、第2搬送手段12から送り出された集電体シート6とは、積層されてプレス手段2を通過する。そしてプレス手段2を通過する際に、プレスされて一体化する。
【0064】
プレス手段2を通過したPANシート5と集電体シート6との積層体(複合シート50)は、図2中プレス手段2よりも右側に位置する硫黄変性手段3に搬送される。
【0065】
硫黄変性手段3は、図3に示すように、加熱炉30と、加熱炉30に取り付けられている硫黄供給手段31と、を備えている。加熱炉30の側壁には加熱手段32が埋設されている。加熱手段32は、加熱炉30の内部(特に液槽33)を400℃に加熱する。加熱炉30は搬入口34と搬出口35とが開口する略箱状をなす。加熱炉30の底部は液槽33を構成している。硫黄供給手段31は加熱炉30の上部に取り付けられ、硫黄ガスを加熱炉30内に噴射する。加熱炉30内部の硫黄蒸気圧は徐々に高まるため、加熱炉30の底部の液槽33には液体状の硫黄が溜まる。一部の硫黄は、加熱手段32により加熱されることで再度気化し、気化した硫黄は加熱炉30の上部に移動する。このため後述する複合シート50は加熱炉30内で還流される。さらに加熱炉30には、図略の不活性ガス供給手段により不活性ガス(アルゴンガス)が供給されている。このため、加熱炉30の底部(つまり液槽33)には硫黄の液相90が形成され、加熱炉30の上部には硫黄とアルゴンガスとの混合気相91が形成されている。
【0066】
プレス手段2を通過し搬入口34を経て加熱炉30に搬送された複合シート50は、加熱炉30の液槽33に搬送され、液槽33中に溜まっている液体状の硫黄に浸漬される。複合シート50が加熱炉30に滞在する時間は約10〜20分である。
【0067】
搬出口35を経て加熱炉30外部に搬送されたPANシート5は、第3搬送手段13に固定され巻き取られる。なお、各段階のPANシート5および集電体シート6には、補助ローラー4により所定の張力が加えられている。
【0068】
〔3〕硫黄変性工程
プレス手段2によって一体化された複合シート50は、加熱炉30に搬送され、加熱炉30内で硫黄供給工程および熱処理工程に供される。実施例1では硫黄供給工程と熱処理工程とを同時に行った。搬送直後、液槽33よりも上側に位置する複合シート50には、混合気相91に存在する硫黄ガスが付着する。液槽33中に存在する硫黄の液相90に浸漬されている複合シート50には、液体状の硫黄が付着する。硫黄が付着した状態で、複合シート50は加熱されるため、複合シート50に含まれるPANと硫黄とが結合し、シート状の硫黄変性PANが得られる。
【0069】
〔4〕単体硫黄除去工程
熱処理工程後の硫黄変性PANに残存する単体硫黄(遊離の硫黄)を除去するために、以下の工程をおこなった。
【0070】
熱処理工程後のシート状の硫黄変性PANを打ち抜き、ガラスチューブオーブンに入れ、真空吸引しつつ200℃で3時間加熱した。このときの昇温温度は10℃/分であった。この工程により、熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄が蒸発・除去され、単体硫黄を含まない(または、ほぼ含まない)実施例1のシート状の硫黄変性PANを得た。
【0071】
(実施例2)
実施例2の製造方法は、集電体シート6上にPANシート5を形成しつつ搬送すること以外は、実施例1の製造方法とほぼ同じである。実施例2の製造装置は、繊維状PAN供給手段70を持ち、第1搬送手段11を持たないこと以外は実施例1の製造装置と同じものである。実施例2の製造装置を模式的に表す要部拡大図を図5に示す。
【0072】
図5に示すように、実施例2の製造装置における繊維状PAN供給手段70は、図略のエレクトロスピニング手段により得られた電解紡糸51を、集電体シート6上に吹き出す。このため、集電体シート6上に直接PANシート5が形成される。集電体シート6上にPANシート5が形成されてなる複合シート50は、実施例1と同様にプレス手段に搬送され、その後硫黄変性手段に搬送される。
【0073】
(実施例3)
実施例3の製造方法は、集電体シート6上にPANシート5を形成しつつ搬送すること以外は、実施例1の製造方法とほぼ同じである。実施例3の製造装置は、液状PAN供給手段71を持ち、第1搬送手段11を持たないこと以外は実施例1の製造装置と同じものである。実施例3の製造装置を模式的に表す要部拡大図を図6に示す。上記した液状PANは、ここではN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)溶媒にPAN粉末を溶かしたものを用いた。
【0074】
図6に示すように、実施例3の製造装置における液状PAN供給手段71は、PAN溶液52を直接集電体シート6上に噴霧する。このため、集電体シート6上(または集電体シート6と一体に)PANシート5が形成される。得られた複合シート50は、実施例1と同様にプレス手段に搬送され、その後硫黄変性手段に搬送される。
【0075】
(比較例)
比較例の製造方法は、硫黄ガス中(つまり加熱炉30における混合気相91中)で複合シート50を硫黄変性させ、液槽33中の液体状硫黄に浸漬しなかったこと以外は、実施例1の製造方法と同じ方法である。
【0076】
<試験用リチウム二次電池>
実施例1の硫黄変性PANを正極とした評価用のリチウム二次電池、および比較例の硫黄変性PANを正極とした評価用のリチウム二次電池をそれぞれ作製し、そのサイクル特性を評価した。正極はシート状の各硫黄変性PANを直径11mmに打ち抜いたものを用いた。負極は、厚さ500μmの金属リチウム箔を直径14mmに打ち抜いたものを用いた。電解液は、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒(質量比1:1)に、LiPFを1.0mol/L溶解した溶液を用いた。ステンレス容器からなる電池ケース(CR2032型コイン電池用部材、宝泉株式会社製)を用い、厚さ25μmのポリプロピレン微孔質膜からなるセパレータ(Celgard2400、Celgard社製)と厚さ440μmのガラス不織布フィルタ(GA−100、ADVANTEC社製)とを介して上記の正極と負極とをドライルーム内で積層した。その後、電解液を注入し、カシメ機で密閉してリチウム二次電池を作製した。
【0077】
<硫黄変性PANの組成分析>
実施例1の硫黄変性PANおよび比較例の硫黄変性PANについて、炭素・硫黄ガス分析装置(EMIA−720、堀場製作所製)および酸素・窒素ガス分析装置(EMGA−550FA、堀場製作所製)を用いて組成分析した。組成分析の結果を表1に示す。
【0078】
【表1】

【0079】
表1に示すように、実施例1の硫黄変性PANは、比較例の硫黄変性PANに比べて硫黄の含有量が遙かに多かった。これは、PANに液体状の硫黄を付着させることで、PANに気体状の硫黄を付着させる場合に比べて、PANと硫黄元素との接触面積が大きくなり、その結果多くの硫黄元素がPANと結合したためと考えられる。この結果から、本発明の方法により製造された硫黄変性PANは多くの硫黄を含有すること、水素、炭素、硫黄、酸素、窒素の合計を100モル%としたときの硫黄の量が10モル%を超えれば本発明の製造方法で製造した硫黄変性PANと判断できること、がわかる。
【0080】
<サイクル特性>
この電池に、正極活物質1gあたり50mAに相当する電流値で充放電を行った。その
際の放電終止電圧は1.0V、充電終止電圧は3.0Vであった。実施例1の硫黄変性PANを正極としたリチウム二次電池の充放電曲線を図7に示し、サイクル特性を図8に示す。また、比較例の硫黄変性PANを正極としたリチウム二次電池の充放電曲線を図9に示し、サイクル特性を図10に示す。
【0081】
図7〜10に示すように、実施例の硫黄変性PANを用いたリチウム二次電池は、比較例の硫黄変性PANを用いたリチウム二次電池に比べて遙かに優れた充放電容量およびサイクル特性を示した。この結果から、本発明の製造方法および製造装置によると非水電解質二次電池の容量を増大させ得る硫黄変性PANを容易に大量生産できることがわかる。
【符号の説明】
【0082】
2:プレス手段 3:硫黄変性手段 4:補助ローラー
5:PANシート 6:集電体シート 11:第1搬送手段
12:第2搬送手段 13:第3搬送手段 30:加熱炉
31:硫黄供給手段 32:加熱手段 33:液槽
34:搬入口 35:搬出口 50:複合シート
70:繊維状PAN供給手段 71:液状PAN供給手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリルと硫黄(S)とを原料とし、ポリアクリロニトリルに由来する炭素骨格と該炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる硫黄系正極活物質を製造する方法であって、
ポリアクリロニトリルシートを連続的に搬送しつつ該ポリアクリロニトリルシートに硫黄(S)を付着させ加熱する硫黄変性工程を含み、
該硫黄変性工程において、該硫黄(S)の少なくとも一部を液体状で該ポリアクリロニトリルシートに付着させることを特徴とする硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記硫黄変性工程において、液体状の硫黄(S)を収容した液槽中に前記ポリアクリロニトリルシートを通過させる請求項1に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記ポリアクリロニトリルシートと集電体シートとを一体化した複合シートに前記硫黄変性工程を行う請求項1または2に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項4】
ポリアクリロニトリルと硫黄(S)とを原料とし、ポリアクリロニトリルに由来する炭素骨格と該炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる硫黄系正極活物質を製造する装置であって、
ポリアクリロニトリルシートを連続的に搬送する搬送手段と、
搬送されている該ポリアクリロニトリルシートに硫黄(S)を付着させる硫黄供給手段と、
硫黄に付着した該ポリアクリロニトリルシートを加熱する加熱する加熱手段と、を備え、
該硫黄供給手段は、該硫黄(S)の少なくとも一部を液体状で該ポリアクリロニトリルシートに付着させることを特徴とする硫黄系正極活物質の製造装置。
【請求項5】
前記硫黄供給手段は、液体状の硫黄(S)を収容する液槽を備え、
前記搬送手段は、該液槽中に前記ポリアクリロニトリルシートを通過させる請求項4に記載の硫黄系正極活物質の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−37960(P2013−37960A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174436(P2011−174436)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】