説明

磁場勾配を形成する電磁石

【課題】 磁場勾配を形成する電磁石であって、マルチコイル用の電源の数を減らすことができる電磁石を提供する。
【解決手段】 この電磁石4aは、一対の磁極6と、それに巻かれていて一様な磁場を形成するメインコイル14と、その内側にあって半径r方向に磁場勾配を形成するマルチコイル16aとを備えている。しかも、各マルチコイル16aを構成する複数のコイル18を互いに直列接続し、かつ当該直列接続したコイル18の並設部19の半径r方向におけるピッチを変化させている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えばFFAG(Fixed Field Alternating Gradient: 固定磁場強収束)加速器、FFAG加速器を用いて電子を加速する電子線照射装置、その他の加速器等に用いられて、荷電粒子を偏向させる電磁石に関し、より具体的には、マルチコイルを用いて磁場勾配を形成する、コイル型の電磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
半径方向に磁場勾配を形成する電磁石のタイプの一つに、マルチコイルを用いて磁場勾配を形成するコイル型がある。従来から提案されているコイル型の電磁石は、磁極の周囲に巻かれたメインコイルによって一様な磁場を形成し、その内側に同一ピッチで複数本並べられたマルチコイルの電流を変えることによって磁場勾配を形成するものである(例えば、非特許文献1の頁6−7参照)。
【0003】
そのような電磁石の一例を図4、図5に示す。
【0004】
この電磁石4は、荷電粒子2が通過する隙間10をあけて相対向する一対の磁極6を有している。両磁極6間はヨーク8で接続されている。なお、荷電粒子2が通る経路は、非磁性材から成る真空容器(図示省略)で囲まれていて、真空雰囲気に保たれる。後述する本発明の実施形態においても同様である。
【0005】
荷電粒子2は、例えば、電子、陽子、イオン等である。
【0006】
上記各磁極6の周囲には、荷電粒子2の通過方向(図5、図2における紙面の表裏方向)と交差する方向である半径r方向に一様な磁場を、上下の磁極6間に、即ち上記隙間10に形成するメインコイル14がそれぞれ巻かれている。上下のメインコイル14は、通常は互いに直列接続されて、図示しない直流の電源(メインコイル用電源)によって励磁される。後述する本発明の実施形態においても同様である。
【0007】
上記各メインコイル14の内側であって各磁極6の表面近傍には、マルチコイル16がそれぞれ設けられている。各マルチコイル16は、各磁極6の相対向面6aに沿って半径r方向に並べられた並設部19を有する複数の(通常は多数の)コイル18から成る。各コイル18の並設部19は、半径r方向に同一ピッチで並べられている。
【0008】
上記のようなマルチコイルによって上下の磁極6間の半径r方向に磁場勾配を形成するために、マルチコイル16を構成する各コイル18に流す電流値を互いに異なる値にする。これを以下に詳述する。
【0009】
図6に、上下のマルチコイル16を構成するコイル18を1本ずつ簡略化して示すと共に、それに電源22を接続した例を示す。上下のコイル18を互いに直列接続してそれに直流の電源22(マルチコイル用電源)を接続している。そしてこのような構成を、マルチコイル16を構成するコイル18の数だけ設ける。
【0010】
上記のような構成によって、上下の磁極6間の隙間10に、例えば図7に示すように、半径rが大きくなるに従って磁束密度Bが大きくなる磁場勾配を形成することができる。なお、上下の磁極6間の隙間10に形成される磁場の向きの一例を図中に矢印Mで示すが、これと逆向きに磁場を形成しても良い。
【0011】
例えば、この電磁石4をFFAG加速器に用いる場合、隙間10における半径r方向の磁束密度Bの分布は、次式に従ったものにする。ここで、r0 は基準半径(例えば、荷電粒子2の曲率半径方向における磁極6の内側端の半径)、B0 は当該基準半径r0 における基準磁束密度、kは磁場勾配を表すパラメータである。上記メインコイル14は、例えば、この基準磁束密度B0 を発生させる。
【0012】
[数1]
B=B0 (r/r0 k
【0013】
磁束密度Bを形成するために必要な電流値をIとすると、一般に、B∝Iであるから、これと上記数1から次式が導かれる。I0 は基準半径r0 における電流値である。
【0014】
[数2]
I=I0 (r/r0 k
【0015】
上記数2では、電流値Iは連続的に変化するけれども、実際には、上記マルチコイル16を構成する複数のコイル18は飛び飛びに(離散的に)並べられていて、上記電流値Iは各コイル18に流れる電流の合計であるため、電流値Iはステップ的に変化することになる。これを以下に詳述する。
【0016】
基準半径r0 における電流値をI0 、そこからn番目のコイル18(半径rn )までの合計の電流値をIn とすると、数2から次式が導かれる。nは0以上の整数である。
【0017】
[数3]
n =I0 (rn /r0 k
【0018】
マルチコイル16を構成する複数のコイル18の一定のピッチをdrとし、基準半径r0 の位置にコイル18は無くその次のコイル18を1番目とすると、n番目のコイル18の半径rn は次式で表される。
【0019】
[数4]
n =r0 +n・dr
【0020】
この数4を数3に代入すると次式が導かれる。
【0021】
[数5]
n =I0 (1+n・dr/r0 k
【0022】
上記数5から、n−1番目のコイル18までの合計の電流値In-1 は次式で表される。
【0023】
[数6]
n-1 =I0 {1+(n−1)・dr/r0 k
【0024】
従って、n番目のコイル18の電流値in は次式で表される。
【0025】
[数7]
n =In −In-1
=I0 (1+n・dr/r0 k −I0 {1+(n−1)・dr/r0 k
【0026】
上記数7に従って、マルチコイル16を構成する各コイル18に流す電流値を互いに異なる値にすることによって、ピッチdrが一定のマルチコイル16を用いて、上記のような磁場勾配を形成することができる。
【0027】
【非特許文献1】「加速器の基礎と先端加速器」、OHO '03 高エネルギー加速器セミナー、(財)高エネルギー加速器科学研究奨励会、2003年8月25日、頁1−29
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
上記電磁石4においては、磁場勾配を形成するためには、マルチコイル16を構成する各コイル18に流す電流値を互いに異なる値にする必要があるため、コイル18の数だけマルチコイル用の電源22(図6参照)が必要になる。即ち、マルチコイル用の電源が多数必要になるので、電源の構成が複雑になり、その制御も複雑になる。
【0029】
そこでこの発明は、磁場勾配を形成する電磁石であって、マルチコイル用の電源の数を減らすことができる電磁石を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0030】
この発明に係る電磁石は、前記各マルチコイルを構成するコイルの内の少なくとも一部の複数のコイルを互いに直列接続し、かつ当該直列接続したコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを変化させていることを特徴としている。
【0031】
上記電磁石によれば、各マルチコイルを構成するコイルの内の直列接続した複数のコイルには、一つの電源から互いに同一の大きさの電流を流すことができる。その場合でも、当該直列接続した複数のコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを変化させているので、このピッチの変化に応じた磁場勾配を前記半径方向に形成することができる。
【0032】
前記各マルチコイルを構成するコイルの全てを互いに直列接続し、かつ当該直列接続したコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを変化させていても良い。
【0033】
前記直列接続したコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを、半径が大きくなるに従って小さくしていても良い。
【発明の効果】
【0034】
請求項1に記載の発明によれば、各マルチコイルを構成するコイルの内の直列接続した複数のコイルには、一つの電源から互いに同一の大きさの電流を流すことができる。その場合でも、当該直列接続した複数のコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを変化させているので、このピッチの変化に応じた磁場勾配を前記半径方向に形成することができる。従って、マルチコイル用の電源の数を減らすことができる。またそれに伴って、当該電源の制御も容易になる。
【0035】
請求項2に記載の発明によれば、各マルチコイルを構成するコイルの全てを互いに直列接続し、かつその並設部のピッチを変化させているので、マルチコイル用の電源の数をより減少させることができ、かつ当該電源の制御もより容易になる、という更なる効果を奏する。
【0036】
請求項3に記載の発明によれば、直列接続したコイルの並設部のピッチを、前記半径が大きくなるに従って小さくしているので、前記半径が大きくなるに従って磁束密度が大きくなる磁場勾配を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
図1は、この発明に係る電磁石の一実施形態を示す概略斜視図である。図2は、図1に示す電磁石の概略縦断面図である。図4、図5に示した従来例と同一または相当する部分には同一符号を付し、以下においては当該従来例との相違点を主に説明する。
【0038】
この電磁石4aは、従来のマルチコイル16に代えて、次のようなマルチコイル16aを備えている。即ち、上記各メインコイル14の内側であって各磁極6の表面近傍に、マルチコイル16aがそれぞれ設けられている。各マルチコイル16aは、各磁極6の相対向面6aに沿って半径r方向に並べられた並設部19を有する複数の(通常は多数の)コイル18から成る。
【0039】
そして、この実施形態では、上記各マルチコイル16aを構成する複数のコイル18の全てを互いに直列接続している。その様子を図3に簡略化して示す。なお、図3では、各マルチコイル16aを構成するコイル18は三つしか図示していないけれども、これはあくまでも図示を簡略化するためであり、実際は各マルチコイル16aはもっと多くのコイル18を有している。
【0040】
更にこの実施形態では、上下のマルチコイル16aを互いに直列接続して、それに直流の電源24(マルチコイル用電源)を接続している。このような構成を、この実施形態では1台の電磁石4aについて一つ設けている。
【0041】
更にこの実施形態では、上記各マルチコイル16aにおいて、直列接続したコイル18の並設部19の前記半径r方向におけるピッチ(間隔)を変化させている。より具体的には、図1、図2からも分かるように、この実施形態では半径rが大きくなるに従ってピッチを小さくしている。
【0042】
この電磁石4aによれば、各マルチコイル16aを構成する全てのコイル18に、一つの電源24から互いに同一の大きさの電流を流すことができる。その場合でも、直列接続した全てのコイル18の並設部19の半径r方向におけるピッチを変化させているので、このピッチの変化に応じた磁場勾配を半径r方向に形成することができる。具体的には、この実施形態では、各コイル18の並設部19の半径r方向におけるピッチを、半径rが大きくなるに従って小さくしているので、半径rが大きくなるに従って磁束密度が大きくなる磁場勾配を形成することができる。
【0043】
従って、この電磁石4aによれば、従来よりもマルチコイル用の電源の数を大幅に減らすことができる。またそれに伴って、当該電源の制御も容易になると共に、電源の低コスト化も可能になる。特にこの実施形態では、上下のマルチコイル16a用の電源が一つの電源24で済むので、上記効果はより顕著になる。
【0044】
上記各マルチコイル16aを構成するコイル18のピッチと磁場勾配との関係の一例を以下に詳述する。
【0045】
この電磁石4aを例えばFFAG加速器に用いる場合を例に取ると、上記数1に示した磁束密度Bの分布に近い磁場勾配を形成する場合、上記数2より、次式が導かれる。rn 、r0 、In 、I0 、kの意味は前述のとおりである。
【0046】
[数8]
n =r0 (In /I0 1/k
【0047】
また、マルチコイル16aを構成する複数のコイル18に流す電流値をdiとすると、この電流値diは全てのコイル18において同一の値となり、n番目のコイル18までの合計の電流値In は次式で表される。
【0048】
[数9]
n =I0 +n・di
【0049】
この数9を上記数8に代入すると次式が得られる。
【0050】
[数10]
n =r0 (1+n・di/I0 1/k
【0051】
従って、この数10から、マルチコイル16aを構成する複数のコイル18の並設部19のピッチPn は、次式で表すことができる。
【0052】
[数11]
n =rn −rn-1
=r0 (1+n・di/I0 1/k −r0 {1+(n−1)・di/I0 1/k
【0053】
マルチコイル16aに流す電流値diを一定にしても、この数11に従ってピッチPn を変化させることによって、上記数1に示した磁束密度Bの分布に近い磁場勾配を形成することができる。
【0054】
なお、各マルチコイル16aを構成する各コイル18は、その一部分または全部が、各磁極6内に、例えば各磁極6の表面近傍内に埋め込まれていても良い。各メインコイル14についても同様である。
【0055】
また、図3に示す例のように上下のマルチコイル16aを互いに直列接続するのが、マルチコイル用の電源24が一つで済む等の観点から好ましいけれども、上下のマルチコイル16aを互いに直列接続せずに、各マルチコイル16aに電源をそれぞれ設けても良い。その場合はマルチコイル用の電源が二つ必要になるけれども、それでも従来よりも電源の数を大幅に少なくすることができる。あるいは、上下のマルチコイル16aを互いに並列接続して一つの電源24に接続しても良い。
【0056】
また、以上では、各マルチコイル16aを構成する複数のコイル18の全てを互いに直列接続しかつピッチを変化させた実施形態を説明したけれども、この発明はそれに限られるものではなく、必要に応じて、各マルチコイル16aを構成する複数のコイル18の内の一部の複数のコイル18を互いに直列接続し、かつ当該直列接続したコイル18の並設部19のピッチを変化させておいても良い。例えば、各マルチコイル16aを構成する複数のコイル18を複数群(例えば2〜3群)に分け、各群におけるコイル18を互いに直列接続し、かつそれぞれ所望の割合でピッチを変化させても良い。この場合は、各群用にマルチコイル用の電源を設けることになるが、それでも、従来のように各コイル18ごとに電源を設ける場合に比べれば、マルチコイル用の電源の数を減らすことができる。
【0057】
上記のような電磁石4aとそれ用の電源とを備えるものを電磁石装置と呼ぶことができる。従って例えば、上記電磁石4aを構成する上下のメインコイル14を互いに直列接続してそれにメインコイル用の直流の電源を接続し、かつ図3に示す例のように上下のマルチコイル16aを互いに直列接続してそれにマルチコイル用の直流の電源24を接続して、磁場勾配を形成する電磁石装置を構成しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】この発明に係る電磁石の一実施形態を示す概略斜視図である。
【図2】図1に示す電磁石の概略縦断面図である。
【図3】図1および図2に示す電磁石を構成する上下のマルチコイルを簡略化して示すと共に、それに電源を接続した例を示す図である。
【図4】従来の電磁石の一実施形態を示す概略斜視図である。
【図5】図4に示す電磁石の概略縦断面図である。
【図6】図4および図5に示す電磁石の上下のマルチコイルを構成するコイルを1本ずつ簡略化して示すと共に、それに電源を接続した例を示す図である。
【図7】半径方向に形成された磁場勾配の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
2 荷電粒子
4a 電磁石
6 磁極
14 メインコイル
16a マルチコイル
18 コイル
19 並設部
24 電源(マルチコイル用電源)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子が通過する隙間をあけて相対向する一対の磁極と、
前記各磁極に巻かれていて、前記荷電粒子の通過方向と交差する方向である半径方向に一様な磁場を前記磁極間に形成するメインコイルと、
前記各メインコイルの内側に設けられていて、前記磁極間の相対向面に沿って前記半径方向に並べられた並設部を有する複数のコイルから成り、前記磁極間の前記半径方向に磁場勾配を形成するマルチコイルとを備える電磁石において、
前記各マルチコイルを構成するコイルの内の少なくとも一部の複数のコイルを互いに直列接続し、かつ当該直列接続したコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを変化させていることを特徴とする、磁場勾配を形成する電磁石。
【請求項2】
前記各マルチコイルを構成するコイルの全てを互いに直列接続し、かつ当該直列接続したコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを変化させている請求項1に記載の磁場勾配を形成する電磁石。
【請求項3】
前記直列接続したコイルの前記並設部の前記半径方向におけるピッチを、半径が大きくなるに従って小さくしている請求項1または2に記載の磁場勾配を形成する電磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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