説明

磁性炭素複合材料の製造方法および磁性炭素複合材料

【課題】磁気特性に優れ、かつ耐食性および耐酸化性に優れた磁性炭素複合材料を、効率よく・簡便に製造する方法を提供すること。
【解決手段】炭素粉末を、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入して粉砕する工程(A)を含み、前記ボールミル装置または前記ディスクミル装置の、前記炭素粉末との接触面の少なくとも一部の材質が、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする磁性炭素複合材料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性炭素複合材料の製造方法および磁性炭素複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、磁性材料としては、遷移金属(例:Fe,Co,Ni)の単体,合金,酸化物などが用いられている。前記磁性材料は、磁化率が大きいなどの多くの長所を有する。ところが前記磁性材料は、(1)前記遷移金属の酸化物を用いた磁性材料は軟質な磁性材料とはなりにくい、(2)合成樹脂と混ざりにくい、などの短所も有する。
【0003】
一方、炭素質の磁性材料ではこのような問題が少ない。例えば特許文献1には、磁性を有する金属粉末などを炭素含有物質(例:ポリ塩化ビニル)と混合し、この混合物を熱処理して強磁性炭素材料を得る方法が記載されている。
【0004】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、熱処理を必要とするなどコスト高である、あるいは得られる強磁性炭素材料の耐食性および耐酸化性が充分ではないなどの問題がある。
【0005】
また、特許文献2には「組成式がAabc(A:Fe,Co,Niなど、M:Cr,Mo,Mnなど、D:O,Cなど)で示される軟磁性合金粉末」が記載されている。ここでは、Aの粉末とMの粉末とDの粉末とを混合した後、不活性ガス雰囲気中で、ステンレス鋼(SUS304)製の遊星ボールミルを用いたメカニカルアロイングにより、混合物を粉砕・攪拌して、前記軟磁性合金粉末を得ている([0023]、[0029])。
【0006】
しかしながら、特許文献2では、Dの粉末として炭素粉末を用いた具体例は全く開示されていない。また、Aの粉末とMの粉末とDの粉末とを混合・粉砕する際には、非常に長時間を要することが予想される。
【0007】
一方、特許文献2に記載されているような合金粉末を製造する際には、ボールミル装置を用いることが多い。ところが特許文献3に記載されているように、ボールミル装置を用いて原料粉末を粉砕する際には、該装置の壁面やボールが僅かではあるが磨耗するために、磨耗した微粉末が原料粉末中に混入して、最終的に得られる合金粉末の純度が低下するという問題が知られている。
【0008】
上記磨耗の問題は特許文献4にも記載されている。特許文献4は水素貯蔵体の製造方法に関するものであり、水素ガス雰囲気下で高純度グラファイト粉末を遊星ボールミル装置によって細粒化することで、水素貯蔵体を得ている([請求項6]、[0050])。細粒化の際には、機械的粉砕用の粉砕装置の材質および形状を、鉄などの混入量が最小になるように注意して選ぶことにより、上記磨耗の問題に対応している([0044]、[0051])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平06−045124号公報
【特許文献2】特開平09−153405号公報
【特許文献3】特開平08−112539号公報
【特許文献4】特開2001−302224号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のような従来技術に伴う課題を解決しようとするものである。すなわち本発明は、磁気特性に優れ、かつ耐食性および耐酸化性に優れた磁性炭素複合材料を、効率よく・簡便に製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記のように、炭素粉末と磁性を有する粉末とをボールミル装置に投入して混合・粉砕することにより磁性炭素複合材料を得るには、長時間を要することが予想される。また、従来のボールミル法やディスクミル法などの機械的粉砕法は、特許文献3や特許文献4記載のように、使用される粉砕装置などから試料に混入する不純物の影響が問題となっていた。
【0012】
本発明者らは、この不純物を利用して磁性炭素複合材料を合成することを検討し、粉砕装置の種類や、容器の種類および材質について試行錯誤を繰り返した。その結果、炭素粉末を、前記炭素粉末との接触面の少なくとも一部の材質が準安定オーステナイト系ステンレス鋼であるボールミル装置などに投入して粉砕することにより、磁性炭素複合材料が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明およびその好ましい態様は、以下の[1]〜[10]に関する。
[1]炭素粉末を、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入して粉砕する工程(A)を含み、前記ボールミル装置または前記ディスクミル装置の、前記炭素粉末との接触面の少なくとも一部の材質が、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする磁性炭素複合材料の製造方法。
【0014】
[2]前記磁性炭素複合材料が、Cを30〜85重量%、Feを10〜50重量%、Crを3〜15重量%、およびNiを2〜10重量%の範囲で含有することを特徴とする前記[1]に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【0015】
[3]前記工程(A)において、前記準安定オーステナイト系ステンレス鋼の一部が、準安定オーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相へ変態し、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼となり、前記磁性炭素複合材料が、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼と炭素粉末とから形成されることを特徴とする前記[1]または[2]に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【0016】
[4]前記準安定オーステナイト系ステンレス鋼が、Cr:16〜20重量%、Ni:6〜15重量%、C:0.15重量%以下、Mn:3.0重量%以下、Si:1.0重量%以下、Mo:3.0重量%以下、ならびに残部:Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする前記[1]〜[3]の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【0017】
[5]前記準安定オーステナイト系ステンレス鋼が、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316から選択される少なくとも1種であることを特徴とする前記[1]〜[3]の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【0018】
[6]前記工程(A)において、磁性を有する粉末を前記ボールミル装置または前記ディスクミル装置に実質的に投入しないことを特徴とする前記[1]〜[5]の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【0019】
[7]不活性ガス雰囲気下で前記炭素粉末を粉砕することを特徴とする前記[1]〜[6]の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
[8]前記磁性炭素複合材料の23℃での飽和磁化が、2.0〜20.0emu/gであることを特徴とする前記[1]〜[7]の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【0020】
[9]前記[1]〜[8]の何れか1項に記載の製造方法により得られた磁性炭素複合材料。
[10]Cを30〜85重量%、Feを10〜50重量%、Crを3〜15重量%、およびNiを2〜10重量%の範囲で含有することを特徴とする磁性炭素複合材料。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、磁気特性に優れ、かつ耐食性および耐酸化性に非常に優れた磁性炭素複合材料を、効率よく・簡便に製造する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は試料(実施例1)のX線回折測定の結果を示す図である。
【図2】図2は試料(実施例1)の磁場対磁化のヒステリシス曲線を示す図である。
【図3】図3は試料(実施例1、2)の飽和磁化をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の磁性炭素複合材料の製造方法および磁性炭素複合材料について、好適な態様も含めて詳細に説明する。なお、以下ではボールミル装置またはディスクミル装置に投入される炭素粉末、粉砕中に該装置から混入しうる金属粉末、粉砕中に生成しうる鉄−炭素系やクロム−炭素系などの複合化物などを総称して、試料粉末という。
【0024】
〔磁性炭素複合材料の製造方法〕
本発明の磁性炭素複合材料の製造方法は、炭素粉末を、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入して粉砕する工程(A)を含み、前記ボールミル装置または前記ディスクミル装置の、前記炭素粉末との接触面の少なくとも一部、好ましくは全部の材質が、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする。
【0025】
上記工程(A)では、アルゴン,窒素,ヘリウムなどの不活性ガス雰囲気下で炭素粉末を粉砕することが好ましく、アルゴンガス雰囲気下で炭素粉末を粉砕することが特に好ましい。このような雰囲気下で炭素粉末を粉砕することにより、試料粉末の酸化を防止することができる。
【0026】
また、上記工程(A)では、炭素粉末や、ボールミル装置およびディスクミル装置の温度上昇を防ぐため、粉砕処理中は該装置の周囲を適宜水などにより冷却してもよい。
上記製造方法により得られた磁性炭素複合材料は、Cを30〜85重量%、Feを10〜50重量%、Crを3〜15重量%、およびNiを2〜10重量%の範囲で含有することが好ましく、Cを30〜60重量%、Feを25〜50重量%、Crを8〜15重量%、およびNiを4〜10重量%の範囲で含有することがより好ましく、Cを40〜60重量%、Feを25〜40重量%、Crを8〜12重量%、およびNiを4〜9重量%の範囲で含有することが特に好ましい。この含有率(重量%)は磁性炭素複合材料100重量%を基準とする。
【0027】
また、上記製造方法により得られた磁性炭素複合材料は、Fe,CrおよびNiの含有量の合計100重量部に対して、Crを15〜25重量部、Niを5〜15重量部の範囲で含有することが好ましく、Crを16〜22重量部、Niを7〜14重量部の範囲で含有することがより好ましい。
【0028】
一方、原子%基準では、上記製造方法により得られた磁性炭素複合材料は、Cを66〜96原子%、Feを2.5〜24原子%、Crを0.7〜7.4原子%、およびNiを0.5〜4.5原子%の範囲で含有することが好ましく、Cを66〜89原子%、Feを7.5〜24原子%、Crを2.5〜7.4原子%、およびNiを1.0〜4.5原子%の範囲で含有することがより好ましく、Cを70〜89原子%、Feを7.5〜17.5原子%、Crを2.5〜6.0原子%、およびNiを1.0〜3.5原子%の範囲で含有することが特に好ましい。この含有率(原子%)は磁性炭素複合材料100原子%を基準とする。
【0029】
なお、これら元素の含有量は、後述する実施例に記載するように、粉砕時間に応じて増減することができる。さらに上記磁性炭素複合材料には、後述するようなメカニカルアロイングによる鉄−炭素系やクロム−炭素系などの複合化物が含まれるが、該複合化物の含有量も、粉砕時間に応じて増減することができる。粉砕時間は、炭素粉末の量、ボールミル装置またはディスクミル装置の構成などによって適宜決定され、また目的とする磁気特性によっても適宜決定されるが、通常は1〜100時間、好ましくは5〜60時間とすればよい。
【0030】
上記製造方法により得られた磁性炭素複合材料は、軟磁性体の挙動を示し、飽和磁化が高いなどの磁気特性に優れている。また、その使用にあたって、酸化による磁気特性の経時変化がほとんど無いなど、この磁性炭素複合材料は耐食性および耐酸化性に非常に優れている。
【0031】
上記製造方法により得られた磁性炭素複合材料の23℃での飽和磁化は、通常は2.0〜20.0emu/g、好ましくは5.0〜15.0emu/gである。飽和磁化は、振動試料型磁力計により測定される。なお、飽和磁化は、±2.0MA/mの外部磁場を印加したときの磁化で評価する。
【0032】
本発明の製造方法により磁性炭素複合材料が得られるが、本発明の製造方法は、磁性を有する粉末をボールミル装置またはディスクミル装置に実質的に投入することなく行われる。
【0033】
ここで、“実質的に投入しない”とは、磁性を有する粉末を、ボールミル装置またはディスクミル装置に意図的には投入しないことを意味する。但し、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入される炭素粉末に、もともと不純物として混入していた磁性を有する粉末を除外するものではない。具体的には、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入される炭素粉末に対し、不純物として投入されてしまう磁性を有する粉末が2000wppm以下の量であることを意味する。
【0034】
また、“磁性を有する粉末”とは、後述する飽和磁化測定において、飽和磁化が2emu/g以上である粉末を意味する。本発明で用いられる炭素粉末の飽和磁化は、通常は0.3emu/g未満である。
【0035】
本発明の製造方法により磁性炭素複合材料が得られる理由を、本発明者らは、以下のように推定した。準安定オーステナイト系ステンレス鋼は非磁性体である。ところが粉砕処理中の強加工によって、上記工程(A)において、上記接触面の準安定オーステナイト系ステンレス鋼の一部が、準安定オーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相へ変態し、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼となる。この加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼は強磁性体であり、また、硬く脆いため粉砕処理中にナノサイズの粉末となって不可避的に炭素粉末に混入する。これにより、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼と炭素粉末とから形成された磁性炭素複合材料が得られると考えられる。つまり本発明の製造方法により得られる磁性炭素複合材料が有する磁性は、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼に由来すると考えられる。
【0036】
また、本発明の製造方法により得られる磁性炭素複合材料は、耐食性および耐酸化性に非常に優れる。これは、遷移金属の単体,合金,酸化物と比べて、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼が耐食性および耐酸化性に優れるためであると考えられる。
【0037】
このように本発明においては、ボールミル装置またはディスクミル装置を用いたメカニカルグラインディング法(MG法)により炭素粉末を粉砕しているが、その実際は、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼と炭素粉末とを複合化するメカニカルアロイング法(MA法)により、磁性炭素複合材料を製造することを特徴としている。
【0038】
一方、従来の磁性炭素複合材料は、炭素粉末と磁性を有する粉末(例:Fe,Co,Ni)とを、粉砕装置などに投入して、混合・粉砕して製造されている。ところが、このような方法では、混合・粉砕に非常に時間がかかり、工程管理上問題となることが多い。また、従来の磁性炭素複合材料は、錆びやすいなどの問題も抱えていた。本発明では、このような問題が解決されている。
【0039】
また参考までに、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304からなる粉末を、炭素粉末とともに、該粉末との接触面の材質が準安定オーステナイト系ステンレス鋼ではないボールミル装置に投入した場合について説明する。このような場合、SUS304自体が柔らかいため、ボールミル装置の壁面やボールにSUS304からなる粉末が付着してしまう。従って、SUS304からなる粉末が準安定オーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相へ変態し、磁性材料として利用可能なほどの磁気特性を有する粉末を得るには、非常に長時間の粉砕処理が必要になると予想される。
【0040】
さらに本発明の製造方法により得られた磁性炭素複合材料は、従来の磁性材料(例:Fe,Co,Niなどの遷移金属の単体,合金,酸化物)と比べて、〔背景技術〕の欄に記載した短所(1)および(2)が大きく改善されている。つまり、本発明の製造方法により得られた磁性材料は炭素複合材料であるため、軟質な材料であり、また合成樹脂との混ざり具合も良好である。
【0041】
《接触面の材質》
本発明において、ボールミル装置またはディスクミル装置の、炭素粉末との接触面の少なくとも一部、好ましくは全部の材質は、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることが必要である。
【0042】
準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、Cr:16〜20重量%、Ni:6〜15重量%、C:0.15重量%以下、Mn:3.0重量%以下、Si:1.0重量%以下、Mo:3.0重量%以下、ならびに残部:Feおよび不可避的不純物からなることが好ましい。このような組成のステンレス鋼としては、JIS規格(例えばJIS G4303表2参照)で規定される、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316から選択される少なくとも1種を用いることができる。
【0043】
《炭素粉末》
本発明において、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入される炭素粉末は、80重量%以上の炭素を含む粉末であれば特に限定されない。炭素粉末としては、例えば、純度80〜99.9重量%、好ましくは85〜99.9重量%の炭素粉末を用いることができる。このような炭素粉末は、コークスから得られる炭素粉末でも、廃タイヤなどのリサイクル品を乾留して得られる炭素粉末でもよい。
【0044】
炭素粉末のメッシュサイズ(単位:mesh)は、通常は10〜640、好ましくは18〜180である。このような炭素粉末を用いると、工程(A)における粉砕処理が良好に進み、また磁気特性に優れた磁性炭素複合材料が得られる。
なお、本発明の目的や効果に影響を与えない範囲において、炭素粉末に対して、熱処理、表面処理、酸洗処理などの前処理を行ってもよい。
【0045】
《ボールミル装置》
本発明において、炭素粉末を粉砕する装置として、ボールミル装置を用いることができる。ボールミル装置は、その省力性や自動化性における利点から、実験室レベルから生産レベルまで広く用いられている。ボールミル装置は、粉砕用容器(以下「ポット」ともいう。)に、被粉砕物(本発明では炭素粉末)と粉砕用ボール(以下「ボール」ともいう。)とを投入して、密閉状態でポットを回転運動や振動運動させるなどの手段を用いて、被粉砕物を粉砕する装置である。この際、ボールとボールとが、あるいはボールとポット壁面とが衝突する際に生じる衝撃エネルギーやせん断エネルギーによって、被粉砕物の微細化が進む。
【0046】
上記ボールミル装置としては、回転ボールミル装置、振動ボールミル装置、遊星ボールミル装置、攪拌ボールミル装置(アトライターボールミル装置)などが挙げられる。
ボールミル装置のうち、回転ボールミル装置は、一般に低エネルギーにより被粉砕物を粉砕するミル装置として、また振動ボールミル、遊星ボールミル装置および攪拌ボールミル装置は、一般に高エネルギーにより被粉砕物を粉砕するミル装置として知られている。
【0047】
本発明においてボールミル装置を用いる場合、ボールミル装置の炭素粉末との接触面の少なくとも一部、好ましくは全部の材質は、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることが必要である。つまり、ボールミル装置を構成するポットおよびボールの炭素粉末との接触面の少なくとも一部、好ましくは全部の材質は、準安定オーステナイト系ステンレス鋼である。
【0048】
なお、ポットおよびボールの一部の材質は、本発明の目的や効果に影響を与えない範囲において、準安定オーステナイト系ステンレス鋼以外のステンレス鋼、クロム、タングステン、アルミナ、ジルコニアとしてもよい。
【0049】
ポットとしては、円筒型,角筒型など種々の形状のポットを使用できるが、円筒型のポットを使用することが好ましい。また、ポットの内容積は、炭素粉末の量、ボールの大きさや個数などによって適宜決定される。例えば、生産規模が小さな場合には30〜1000(単位:cm3)のポットを用いてもよく、生産規模が大きな場合には5〜100(単位:L)のポットを用いてもよい。
【0050】
また、ポット内の雰囲気を、アルゴン,窒素,ヘリウムなどの不活性ガス雰囲気とすることが好ましく、アルゴンガス雰囲気とすることが特に好ましい。ポット内の雰囲気を不活性ガス雰囲気とすることにより、試料粉末の酸化を防止することができる。
【0051】
ボールの大きさは、ポットの内容積などによって適宜決定される。例えば、生産規模が小さな場合には直径5〜30mmのボールを用いてもよく、生産規模が大きな場合には直径10〜30mmのボールを用いてもよい。また、複数個のボールを使用するのが通常であるが、本発明の製造方法において、全て同じ大きさのボールを使用してもよく、異なる大きさのボールを使用してもよい。炭素粉末とボールとの重量比(炭素粉末:ボール)は、通常は1:40〜1:200、好ましくは1:60〜1:120である。
【0052】
振動ボールミル法を採用する場合、ポットの内容積、ポットに投入されるボールの個数や大きさ、炭素粉末の量、振動ボールミル装置の設定振動数、振動時間(粉砕時間)などの条件は適宜設定すればよい。振動時間(粉砕時間)は通常は1〜100時間、好ましくは5〜60時間であり、設定振動数は通常は4〜20Hz、好ましくは6〜13Hzである。
【0053】
《ディスクミル装置》
本発明において、炭素粉末を粉砕する装置として、ディスクミル装置を用いることができる。ディスクミル装置は、分析用試料を得るための粉砕装置として従来使用されている。ディスクミル装置は、2枚のディスクが対向している隙間の空間に被粉砕物を投入して、被粉砕物を粉砕する装置である。この際、例えば内部の固定されたディスクと回転するディスクとの間で発生する衝撃エネルギーやせん断エネルギーによって、被粉砕物の微細化が進む。
【0054】
本発明においてディスクミル装置を用いる場合、ディスクミル装置の炭素粉末との接触面の少なくとも一部、好ましくは全部の材質は、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることが必要である。つまり、ディスクミル装置を構成するディスクの炭素粉末との接触面の少なくとも一部、好ましくは全部の材質は、準安定オーステナイト系ステンレス鋼である。
【0055】
なお、ディスクの一部の材質は、本発明の目的や効果に影響を与えない範囲において、準安定オーステナイト系ステンレス鋼以外のステンレス鋼、クロム、タングステン、アルミナ、ジルコニアとしてもよい。
【0056】
また、2枚のディスクが対向している隙間の空間の雰囲気を、アルゴン,窒素,ヘリウムなどの不活性ガス雰囲気とすることが好ましく、アルゴンガス雰囲気とすることが特に好ましい。この空間の雰囲気を不活性ガス雰囲気とすることにより、試料粉末の酸化を防止することができる。
【0057】
〔磁性炭素複合材料〕
本発明の磁性炭素複合材料は、Cを30〜85重量%、Feを10〜50重量%、Crを3〜15重量%、およびNiを2〜10重量%の範囲で含有することを特徴とし、Cを30〜60重量%、Feを25〜50重量%、Crを8〜15重量%、およびNiを4〜10重量%の範囲で含有することが好ましく、Cを40〜60重量%、Feを25〜40重量%、Crを8〜12重量%、およびNiを4〜9重量%の範囲で含有することがより好ましい。この含有率(重量%)は磁性炭素複合材料100重量%を基準とする。
【0058】
また、本発明の磁性炭素複合材料は、Fe,CrおよびNiの含有量の合計100重量部に対して、Crを15〜25重量部、Niを5〜15重量部の範囲で含有することが好ましく、Crを16〜22重量部、Niを7〜14重量部の範囲で含有することがより好ましい。
【0059】
一方、原子%基準では、本発明の磁性炭素複合材料は、Cを66〜96原子%、Feを2.5〜24原子%、Crを0.7〜7.4原子%、およびNiを0.5〜4.5原子%の範囲で含有することが好ましく、Cを66〜89原子%、Feを7.5〜24原子%、Crを2.5〜7.4原子%、およびNiを1.0〜4.5原子%の範囲で含有することがより好ましく、Cを70〜89原子%、Feを7.5〜17.5原子%、Crを2.5〜6.0原子%、およびNiを1.0〜3.5原子%の範囲で含有することが特に好ましい。この含有率(原子%)は磁性炭素複合材料100原子%を基準とする。
【0060】
この磁性炭素複合材料を製造する方法は特に限定されないが、例えば、上述の磁性炭素複合材料の製造方法に従って製造することができる。すなわち、本発明の磁性炭素複合材料は、上述の磁性炭素複合材料の製造方法により得られる。
【0061】
本発明の磁性炭素複合材料は、軟磁性体の挙動を示し、飽和磁化が高いなどの磁気特性に優れている。また、その使用にあたって、酸化による磁気特性の経時変化がほとんど無いなど、本発明の磁性炭素複合材料は耐食性および耐酸化性に非常に優れている。
【0062】
本発明の磁性炭素複合材料の23℃での飽和磁化は、通常は2.0〜20.0emu/g、好ましくは5.0〜15.0emu/gである。飽和磁化は、振動試料型磁力計により測定される。なお、飽和磁化は、±2.0MA/mの外部磁場を印加したときの磁化で評価する。
【0063】
〔磁性炭素複合材料の用途〕
本発明の製造方法により得られた磁性炭素複合材料、および本発明の磁性炭素複合材料は、上記特性を有するため、高圧送電線や電子機器から発せられる電磁波のシールド材、印刷用トナーなどに好適に用いることができる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例をもとに本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、試料の物性などの測定条件は下記のとおりである。
【0065】
〔X線回折測定〕
試料のX線回折測定には、X線回折装置「MXP3」(MAC Science製)を用い、入射X線はCuKα線(X線出力:40kV、30mA)とした。
【0066】
〔電子線マイクロアナライザー(EPMA;Electron Probe Micro Analysis)〕
試料の元素分析には、電子線マイクロアナライザー「EPMA−1610」(島津製作所製、波長分散法)を用いた。元素分析の条件を以下に示す。
・検出可能元素:5B〜92U
・加速電圧:15.0kV
・照射電流:30nA
・計測時間:15msec
・ビームサイズ(定性・定量分析用):30μm
・ビームサイズ(元素マッピング用):1μm
・データポイント:512×512ポイント
・エリアサイズ:51.2×51.2μm
・分析X線・分光結晶:RAP・PET・LS7A・LIF
【0067】
〔飽和磁化測定〕
試料の飽和磁化測定には、振動試料型磁力計「BHV−55」(理研電子株式会社製)を用いた。飽和磁化測定の条件を以下に示す。
・印加磁場:−2.0〜+2.0MA/m
・スイープ時間:300秒
・試料重量:20〜40mg
・試料ホルダ:アクリル製
【0068】
[実施例1]
炭素粉末(純度3N(99.9重量%)、粒径28〜100メッシュ、株式会社レアメタリック製)をボールとともにポットに投入して、該ポットを密閉した(以下では、ポット内の炭素粉末などの被粉砕物を「試料」と称する。)。ロータリーポンプでポット内の真空排気を10分間行った後、0.1MPaのアルゴンガス(純度5N(99.999%))でポット内を置換した。このポットを振動型ボールミル装置「スーパーミスニ8号」(日新技研株式会社製)に設置した。次いで、振動ボールミル法により、試料を粉砕した。なお、ポット内の試料や振動型ボールミル装置の温度上昇を防ぐため、粉砕処理中は該ポットの周囲を流水により冷却した。
【0069】
上記粉砕処理において、粉砕開始から所定時間(5、10、20、40、60時間)経過後に、ポットから試料を取り出し、X線回折測定,EPMA測定(表2,4)および飽和磁化測定(表5)を行った。結果を表2,4,5に示す。なお、粉砕処理後の試料は、アルゴンガスにより置換したグローボックス中で取り扱った。また、60時間かけて粉砕して得られた試料(60h)に対し、王水浸漬試験を行った。
振動ボールミル法による粉砕処理の条件を表1に示す。
【0070】
【表1】

−X線回折測定−
図1に試料のX線回折測定の結果を示す。(a)原料粉末である炭素粉末のグラファイト構造の回折ピーク(☆)は、(b)粉砕開始から5時間経過後には既に消滅し、粉砕が進行していることがわかる。また、(b)粉砕開始から5時間経過後の試料には、ポットあるいはボールから混入したステンレス鋼の回折ピーク(○)が確認された。
【0071】
さらに長時間((c)20h、(d)60h)の粉砕処理を行うと、ステンレス鋼の回折ピーク(○)の強度は弱くなり、またブロード化した。一方、炭素粉末とステンレス鋼とのメカニカルアロイングが進行したことによる鉄−炭素系の回折ピーク(▼)あるいはクロム−炭素系の回折ピーク(◇、◆)と考えられる新たな回折ピークが確認された。
【0072】
−X線回折測定・EPMA測定−
X線回折測定による構造解析の結果から、粉砕時間に応じて、試料の構造が変化することがわかった。EPMA測定による元素分析の結果から、試料中のFe,Cr,Ni含有比率に着目すると、SUS304中のFe,Cr,Ni含有比率とよい一致を示した。また、粉砕時間が長くなるにつれて、試料中にはSUS304に由来する加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼成分が多く含まれていることがわかった。
【0073】
−飽和磁化測定−
図2に23℃における試料(粉砕時間:5h〜60h)の磁場対磁化のヒステリシス曲線を示す。この結果から、何れの試料も軟磁性体の挙動を示すことがわかった。
図3に粉砕時間に対して23℃における試料の飽和磁化をプロットしたグラフを示す。この結果から、試料の飽和磁化は粉砕時間に応じて調整可能であることが示唆された。
【0074】
−王水浸漬試験−
試料(60h)を王水に1週間浸漬した。この王水浸漬後の試料についてEPMA測定による元素分析をしたところ、C:42.3(77.1)、Fe:40.4(15.9)、Cr:11.6(4.9)、Ni:5.7(2.1)〔単位:重量%(原子%)〕となり、試験前後において試料の組成に変化はほとんど無かった。この結果から、試料(60h)は耐食性および耐酸化性に非常に優れていることがわかった。
【0075】
[実施例2]
実施例1において、株式会社レアメタリック製の炭素粉末に代えて、廃タイヤから得られた炭素粉末を用いたこと以外は実施例1と同様に行った。結果を表3〜5に示す。なお、廃タイヤから得られた炭素粉末の、元素分析(EPMA測定)による組成は、C:85〜98重量%、O:1〜13重量%、S:1〜3重量%、Zn:1重量%以下、Fe:1重量%以下、Na:1重量%以下、Ca:1重量%以下である。
【0076】
【表2】

【0077】
【表3】

【0078】
【表4】

【0079】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素粉末を、ボールミル装置またはディスクミル装置に投入して粉砕する工程(A)を含み、
前記ボールミル装置または前記ディスクミル装置の、前記炭素粉末との接触面の少なくとも一部の材質が、準安定オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項2】
前記磁性炭素複合材料が、Cを30〜85重量%、Feを10〜50重量%、Crを3〜15重量%、およびNiを2〜10重量%の範囲で含有することを特徴とする請求項1に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項3】
前記工程(A)において、前記準安定オーステナイト系ステンレス鋼の一部が、準安定オーステナイト相から加工誘起マルテンサイト相へ変態し、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼となり、
前記磁性炭素複合材料が、加工誘起マルテンサイト相のステンレス鋼と炭素粉末とから形成されることを特徴とする請求項1または2に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項4】
前記準安定オーステナイト系ステンレス鋼が、Cr:16〜20重量%、Ni:6〜15重量%、C:0.15重量%以下、Mn:3.0重量%以下、Si:1.0重量%以下、Mo:3.0重量%以下、ならびに残部:Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項5】
前記準安定オーステナイト系ステンレス鋼が、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS316から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項6】
前記工程(A)において、磁性を有する粉末を前記ボールミル装置または前記ディスクミル装置に実質的に投入しないことを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項7】
不活性ガス雰囲気下で前記炭素粉末を粉砕することを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項8】
前記磁性炭素複合材料の23℃での飽和磁化が、2.0〜20.0emu/gであることを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載の磁性炭素複合材料の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1項に記載の製造方法により得られた磁性炭素複合材料。
【請求項10】
Cを30〜85重量%、Feを10〜50重量%、Crを3〜15重量%、およびNiを2〜10重量%の範囲で含有することを特徴とする磁性炭素複合材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−275172(P2010−275172A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−132324(P2009−132324)
【出願日】平成21年6月1日(2009.6.1)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】