説明

磁気共鳴イメージングシステム

【課題】 生体中の化学物質量を取得する機能を有する磁気共鳴イメージングシステムを提供する。
【解決手段】 生体中の化学物質量を取得するMRIシステムを、被験体に磁場を印加する磁場照射部と、前記被験体からの磁気共鳴信号を取得する磁気共鳴信号受信部と、前記磁気共鳴信号に基づいて前記被験体から化学物質情報を取得する化学物質情報取得部と、前記被験体の血中から血中化学物質量定量値を取得する化学物質量定量部と、化学物質固有の最高血中濃度到達時間が記憶されており前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値とを対応付けて格納する記憶部と、新たに化学物質情報が取得された時に前記記憶部に格納された前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値との対応付けから新たに化学物質量推定値を演算する演算部とで構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気共鳴信号取得に関する磁気共鳴イメージング(MRI: Magnetic Resonance Imaging)用システムと、MRI装置に関する。
【背景技術】
【0002】
MRI装置は、静磁場中におかれた測定対象に、特定周波数の高周波磁場を照射して磁気共鳴現象を誘起し、測定対象の物理的化学的情報を取得する装置である。MRI装置では、主として水分子中の水素原子核の磁気共鳴現象を用い、生体組織によって異なる水素原子核の密度分布や緩和時間の差などを画像化できる。これにより、組織性状の差異を画像化でき、疾病の診断に高い効果をあげているMRI装置では、主として水分子の水素原子核1Hの密度分布や緩和時間を反映した濃度分布などを画像化している。これに対し、水素原子核1Hの磁気共鳴周波数が分子の化学結合の違いによってずれること、すなわちケミカルシフトを元に磁気共鳴信号を分離し、分子種ごとの濃度や緩和時間などを計測できることを基盤においたスペクトロスコピーやスペクトロスコピックイメージングも可能である。さらに、 1H以外の13C、19F、31Pなど他核種の磁気共鳴周波数の違いや、ケミカルシフトをもとに磁気共鳴信号を分離し、分子種毎の濃度や緩和時間等を計測する他核種MRIや他核種MRスペクトロスコピーも可能である。
【0003】
19Fは生来の生体には存在せず、生体内の19F成分は外来に起因する。そのため、前記多核種MRIのなかでも、特に19F-MRIは生体内における医薬品など外来性化学物質の非侵襲的検知が可能となる。フルオロウラシル系化合物など、その化学構造中に19Fが含まれる抗がん剤が多く存在することから、19F-MRIは抗がん剤分布のモニタリングが可能になるため、臨床における19F-MRI装置の意義は大きい。
【0004】
19F-MRI装置に関しては、特に造影剤を利用しての画像診断検査、すなわち造影MRI検査においてその威力を発揮する。1H-MRIでは常磁性体を主要成分とするMRI用造影剤がすでに複数種類ほど上市中もしくは研究開発中である。19F-MRIでは未だに造影19F-MRI検査用とした専用造影剤は上市されていないものの、前記フルオロウラシル系抗がん剤や、パーフルオロカーボンを含む化合物を生体に投与することで生体中の19F成分をMRI装置で検出する研究的試みがあることは、参考としてプロシーディング・オブ・インターナショナル・ソサエティ・オブ・マグネティック・レゾナンス・イン・メディシン誌14巻1834項2006年発行、プロシーディング・オブ・インターナショナル・ソサエティ・オブ・マグネティック・レゾナンス・イン・メディシン誌14巻3094項2006年発行、プロシーディング・オブ・インターナショナル・ソサエティ・オブ・マグネティック・レゾナンス・イン・メディシン誌12巻2497項2004年発行、マグネティック・レゾナンス・イン・メディシン誌46巻864項2001年発行などに記載がある。
【0005】
従来のMRIシステムでは、MRI装置で取得された物質の磁気共鳴スペクトルのピーク高さ値、磁気共鳴スペクトルのピーク面積値、磁気共鳴スペクトルのピーク半値幅値、磁気共鳴スペクトルのケミカルシフト値、磁気共鳴スペクトルの周波数ドリフト値、磁気共鳴信号強度等から、化学物質の定量値を取得することは出来ない。一方、化学物質分析については、質量分析計をはじめとする各種分析機器や分析手法の発展により、多くの化学物質の定量値を取得することが可能となっている。しかしながら、かかる現実をふまえて計測原理の異なるMRI装置と質量分析計とを相補的に結ぶ計測システムは存在しない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生体中の化学物質量を取得する機能を有する磁気共鳴イメージング(MRI: Magnetic Resonance Imaging)システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
生体中の化学物質量を取得するMRIシステムを、被験体に磁場を印加する磁場照射部と、磁場の照射により計測パルスシーケンスを、発生する磁気共鳴信号が前記被験体の関心領域のスピンのみを反映した磁気共鳴信号とするように、もしくは磁気共鳴信号の前記被験体の関心領域のスピンを反映した部分を分離可能とするように制御する制御装置と、前記計測パルスシーケンスの実行で得られた前記被験体からの磁気共鳴信号を取得する磁気共鳴信号受信部と、前記磁気共鳴信号に基づいて前記被験体から化学物質情報を取得する化学物質情報取得部と、前記被験体の血中から血中化学物質量定量値を取得する化学物質量定量部と、化学物質固有の最高血中濃度到達時間が記憶されており前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値とを対応付けて格納する記憶部と、新たに化学物質情報が取得された時に前記記憶部に格納された前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値との対応付けから新たに化学物質量推定値を演算する演算部とで構成する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、生体中の化学物質量の表示を行う機能を有するMRIシステムを用いることで、複数回の侵襲を伴うことなく関心組織の化学物質の量的情報を獲得することが出来る。
【0009】
本発明の効果について哺乳類動物の固形がんの画像診断検査を例に挙げて記載する。本発明は例えばヒト固形がん、例として前立腺がんや乳がん等について、低侵襲的画像診断検査が実現できることを示している。がん患者の生存率向上を図る方策として、各患者におけるがん組織の多様性を把握して、その患者に対する個別化医療の実施や治療モニタリングを行うことが重要となる。本発明によれば、例えばがん患部のフルオロウラシル量が得られることにより医療者は投与量調節等適切な薬物療法の施術が可能となり、患者は医療者が適切な医療を行えることで無用の副作用が回避されクオリティ・オブ・ライフが確保され得る。
【0010】
また、本発明によれば、例として記載したがん組織に関心領域の標的を限定する必要は全くなく、がん組織に限定することなく腎や肝等体内各臓器の化学物質量を取得することが可能であり、すなわち体内各臓器の薬物局在量を把握できることにより、個別化医療の実施や治療モニタリングを行うことが可能となり、例えば薬物標的臓器への薬物分布量が得られることにより医療者は投与量調節等適切な薬物療法の施術が可能となり、ひいては患者は医療者が適切な医療を行えることで無用の副作用が回避されクオリティ・オブ・ライフが確保され得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施例であるMRIシステムのブロック構成図である。
【図2】実施例で用いる計測パルスシーケンスを示す図である。
【図3】実施例で用いる別の計測パルスシーケンスを示す図である
【図4】実施例の校正データ取得手順を示すフローチャートである。
【図5】実施例の計測された化学物質情報から化学物質量推定値を得るまでの手順を示すフローチャートである。
【図6】フルオロウラシル250mg/kgを投与したWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットについて、投与後10分のWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットの冠状面のフルオロウラシル19F-MRI撮像と、腫瘍の解剖学的位置への関心領域の設定と、関心領域におけるフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度が154a.u.であったこと、血中フルオロウラシル定量値が178μg/mLであったことを示している図。
【図7】同一個体における二度目の撮像(本番の19F-MRI撮像)の結果、関心領域におけるフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度が120 a.u.であったこと、本発明にかかり演算したフルオロウラシル量推定値が139μg/mLであったことを示している図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を説明する。ただし、本発明は以下に述べる実施例に限られるものではなく種々の態様で実施できる。
【実施例】
【0013】
本実施例のMRIシステムでは、生体中の化学物質量を取得することが出来る。
【0014】
本実施例のMRIシステムの概略図を図1に示す。図1において、0は被験体、1は静磁場発生磁石、2は高周波を発生させるためのシンセサイザ、3は前記シンセサイザ2で発生された高周波を波形整形、電力増幅するための変調装置、4は電力増幅された高周波によって被験体に電磁波を照射し、また磁気共鳴信号を受信する高周波磁場コイル、5は傾斜磁場コイル6に電源を供給する傾斜磁場電源装置、6は磁場強度に所望方向にそった勾配を付けるための傾斜磁場を発生させる傾斜磁場発生コイル、7は前記高周波磁場コイル4で検出された磁気共鳴信号を増幅するための増幅器、8は前記増幅器7から送られる磁気共鳴信号をAD変換するためのAD変換器を示す。9は前記磁気共鳴信号に基づいて前記被験体0から化学物質情報を取得する化学物質情報取得部、10は化学物質固有の最高血中濃度到達時間が記憶されており前記化学物質情報と血中化学物質量定量値とを対応付けて格納する記憶部、11は前記被験体0より血液を採取する血液採取部、12は前記血液採取部11より採取された血液を前処理するための血液前処理部、13は前記血液前処理部12で前処理された試料から血中化学物質量定量値を取得する化学物質量定量部、14は新たに化学物質情報が取得された時に前記記憶部10に格納された前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値との対応付けから新たに化学物質量推定値を演算する演算部、15は前記演算部14の演算結果を表示するための表示装置、16は各装置の制御を行うための制御装置である。なお、被験体0が正確な位置に固定されるように固定治具を使用してもよい。
【0015】
さらに、本装置の動作の概要も説明する。被験体0の核スピンを励起する高周波磁場パルスは、シンセサイザ2により発生された高周波を変調装置3で波形整形、電力増幅し、高周波磁場コイル4に電流を供給することにより発生させる。傾斜磁場電源装置5から電流を供給された傾斜磁場発生コイル6は傾斜磁場を発生し、被験体0からの磁気共鳴信号を変調する。磁気共鳴信号は高周波磁場コイル4より受信され、増幅器7で増幅、AD変換器8でAD変換された後、化学物質情報取得部9に入力される。化学物質情報取得部9では、化学物質の磁気共鳴スペクトルのピーク高さ値、磁気共鳴スペクトルのピーク面積値、磁気共鳴スペクトルのピーク半値幅値、磁気共鳴信号強度のうちいずれかもしくは複数を生成して記憶部10に送る。血液採取部11では被験体0より血液を採取し、血液前処理部12にて血液採取部11で採取された血液を前処理し化学物質量定量部13に送り血中化学物質量定量値を生成して記憶部10に送る。演算部14では、新たに化学物質情報が取得された時に前記記憶部10に格納された前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値との対応付けから新たに化学物質量推定値を演算する。表示装置15は、記憶部10に格納されている化学物質特有の最高血中濃度到達時間と演算部14の演算結果を表示する。なお、制御装置16は、予めプログラムされたタイミング、強度で各装置が動作するように制御を行う。
【0016】
図2は、本実施例で用いる計測パルスシーケンスの一例を示す。本実施例では、事前に磁気共鳴イメージング用のパルスシーケンスを適用して被験体のスライス像を得て、特定のスライスを定め、そのスライス面内で更に化学物質量を取得すべき関心部位の位置を定めた後に、図2の計測パルスシーケンスを実行する。図2はx方向と垂直なスライスを定めた場合のパルスシーケンスである。すなわち、x方向の傾斜磁場パルス17とともに90度狭帯域高周波磁場パルス18を印加して先に定めた特定スライス内のスピンを励起する。高周波磁場パルス18の周波数帯域の選択でその特定スライスのx方向位置が定まる。次に、y方向の傾斜磁場パルス19とともに180度狭帯域高周波磁場パルス20を印加する。高周波磁場パルス20の周波数帯域は先に定めた関心部位のy方向位置に応じて選択する。次に、z方向のスライス選択用傾斜磁場パルス20とともに180度狭帯域高周波磁場パルス22を印加する。高周波磁場パルス22の周波数帯域は先に定めた関心部位のz方向位置に応じて選択する。なおx方向の傾斜磁場パルス17を印加した後に、その後半部分のスピン位相分散効果をキャンセルするためのx方向傾斜磁場パルス23を印加する。これにより、高周波磁場パルス18と高周波磁場パルス20の時間差、もしくは高周波磁場パルス18と高周波磁場パルス22の時間差の概ね2倍の時間TEが経過した時点ピークとする、x方向、y方向、z方向ともに限定された直方体領域のスピンを反映した磁気共鳴信号(共鳴エコー)が生じる。この磁気共鳴信号を、図2のADで示されるデータ取得期間中に計測する。
【0017】
本実施例では、以上のように計測された磁気共鳴信号の信号強度を、関心部位の化学物質量の推定に用いる化学物質情報とする。上記の磁気共鳴信号にフーリエ変換を施して周波数方向に展開した磁気共鳴スペクトルを得て、そのピーク高さ値、ピーク面積、もしくはピーク半値幅のいずれかを上記の磁気共鳴信号の信号強度に代えて化学物質量の推定に用いる化学物質情報とすることもできる。とくに、同一核種で分子種が異なる核スピンのピークを磁気共鳴スペクトル上で分離することができれば、それぞれのピークの高さ値、面積、もしくは半値幅をそれぞれの分子種の物質量の推定に用いる化学物質情報とし、分子種ごとの定量に応用することができる。
【0018】
上記の特定スライスの向きは任意に選ぶことができる。例えば、x方向、y方向、z方向を入れ替える、もしくは複数方向の傾斜磁場の合成でそれぞれの傾斜磁場パルスを発生することによりこれを実現可能である。また、計測パルスシーケンスは、この図示したものに限らない。
【0019】
図3は実施例で用いる別の計測パルスシーケンスを示す。図3の計測パルスシーケンスでは、計測結果から関心部位の特定のための被験体の撮像と、その関心部位からの化学物質情報の取得との双方を纏めて行うことが可能である。このパルスシーケンスはFSE(Fast Spin Echo)イメージング法として知られる。すなわち、90度狭帯域高周波磁場パルス38とx方向傾斜磁場パルス37を印加してx軸と垂直な特定スライス内のスピンを励起し、次にy方向傾斜磁場パルス43の印可によりスピン位相にy方向位置情報をエンコードする。180度高周波磁場パルスパルス40の印加により、高周波磁場パルス38から時間TEが経過した時点でピーク有するスピンエコーを得る。その後、180度高周波磁場パルス41、42という風に、180度高周波磁場パルスパルス40の印加からエコー時間TEが経過するごとに所定回だけ180度高周波磁場パルスを印加し、スピンエコーを所定回発生させる。傾斜磁場パルス45,46に示す通り180度高周波磁場パルスを印加の繰り返しのたびにy方向磁場パルスを印加することで、回ごとのスピンエコーの位相エンコード量を順次変化させる。また各スピンエコーは、傾斜磁場47,48および49に示すように、それぞれz方向傾斜磁場を印加した状態で計測する。これにより、各エコー信号はz軸方向の位置に応じたスピン周波数の分散を反映したものとなる。したがって、計測されたエコー信号列に、エコー時間経過方向、及びエコー繰り返し方向を軸とした2次元FFT演算を施すことで、スライス内のスピンをy、zの2次元に展開したスピン密度分布像が得られる。
【0020】
図3の計測パルスシーケンスを用いる場合には、上記したスピン密度分布像を示す2次元FFT演算後のデータ(つまり位置分離された磁気共鳴信号強度、もしくはスピン密度データ)の内、化学物質量を取得すべき関心部位のデータを切り出して、これを化学物質量の推定に用いる化学物質情報とする。
【0021】
図3の計測パルスシーケンスでも、スライスの向きは任意に選ぶことができるのは図2のシーケンスと同様である。また、関心部位が2次元FFT演算により得たスピン密度分布像の複数画素の領域を占める場合には、その対応領域内の各画素のスピン密度データの値の平均値を化学物質量の推定に用いる化学物質情報とする。関心部位が複数枚のスライスにわたる場合には、その複数スライス分の計測結果から、各スライス像における関心部位に対応する領域内の画素のスピン密度データを全て切り出して加算平均し、化学物質量の推定に用いる化学物質情報とする。あるいはこれに代えて、関心部位が広がる複数スライスの合計の厚さの新たなスライスの励起から始まる計測シーケンスをあらためて実行してもよい。
【0022】
図4では、実施例のMRIシステムにおける記憶部10が化学物質情報と血中化学物質量定量値とを対応付けて感度校正し格納するに至るまでの手順、つまり校正データ取得手順のフローチャートを示す。検査が開始されると、まずS100では、被験体0の関心部位に到達させるべき、またその濃度を計測すべき化学物質を被験体0に投与する。次に、S101で被験体0のMRIが実施される。具体的にはMRI装置にて、先に述べた図2、もしくは図3の計測パルスシーケンスを実行する。この計測パルスシーケンスは、S100から物質固有の最高血中濃度到達時間が経過する時点の近傍で実行する。次にS102では、化学物質情報取得部9にて関心領域の化学物質情報が取得される。この化学物質情報とはこれまでの記述で明らかなようにMRI装置にて上述の計測パルスシーケンスを実行して得た、あるいは更に位置分解のための演算を施して関心部位からの信号のみに限定した、磁気共鳴信号強度、もしくは磁気共鳴スペクトルのピーク高さ値、磁気共鳴スペクトルのピーク面積値、磁気共鳴スペクトルのピーク半値幅値のうちいずれかもしくは複数である。これらの手順とは別に、S103では血液採取部11で被験体0への採血が実施される。S104では、血中化学物質量定量部13で被採取血液の定量分析が実施され血中化学物質量定量値が取得される。ここで、S103の採血も、S100から物質固有の最高血中濃度到達時間が経過する時点の近傍で実行する。したがって採血はS101の計測の直前、または前後して行うのが良い。また、計測パルスシーケンスの実行と平行して血中化学物質量定量部13による定量を行うのが好ましい。
【0023】
S102とS104の双方が完了すると、S105に進み、化学物質情報取得部9と血中化学物質量定量部13とで生成された化学物質情報と血中化学物質量定量値とが対応付けられて感度校正し記憶部10に格納される。
【0024】
本発明の代表的用途は、生体の血液に注入した化学物質が特定の関心領域、例えば腫瘍内部でどのような濃度で存在するかを、精度よく、しかも非侵襲な手段で知ることである。血液のサンプルは被験者の例えば上肢、下肢などから採取できるので、そのように採血した血液サンプルを血中化学物質量定量部13にかけてサンプル中の化学物質濃度を分析する。一方、上記関心領域での化学物質の濃度に依存する磁気共鳴信号の信号強度、もしくは磁気共鳴スペクトルのピーク高さ等の値を得て、それらの値(つまり上記した化学物質情報)から関心領域での濃度を換算したとしても、精度には確証が無い。そこでS105で、実際の血液サンプルから得た血中化学物質量定量値と、MRIシーケンスで得た化学物質情報とを対応づけて記憶部10に格納し、以降のMRIシーケンス実施で得る化学物質情報から化学物質量(関心領域での濃度)を得る換算の校正データとするのである。なお、正しい校正データを得るには採血した血液サンプルの化学物質濃度と関心領域内の化学物質濃度にがないことが前提となる。外来物質血液中の濃度は、それを被験体に投与してからその物質固有のカーブを描いて上昇し、最高濃度に達した後に代謝作用などで下降する。腫瘍などの関心部位での濃度の推移も通常これに追従するが、血中濃度が上昇している時点では関心部位での濃度は血中濃度と乖離がある場合が多い。また物質にもよる依存するが、関心部位に残留する効果がある場合など、血中濃度が下降している状態でも関心部位の濃度が血中濃度と乖離することも多い。そこで、上述したとおり、S101のMRI実施と、S103の被検体の採血は、投与物質の血中濃度の値が比較的フラットで、血中濃度と関心領域内の濃度の乖離が少ない物質固有の最高血中濃度到達時間の近傍で行う。すくなくとも最高血中到達時間の0.7倍から1.5倍の時間範囲内で、前後してS101とS103の双方を行うが好ましい。
【0025】
上述した説明の手順の範囲では、MRIシーケンスで得る化学物質情報から関心領域の化学物質濃度を換算するひとつの換算係数しか得られず、この換算係数の提要範囲には限界がある。被験体に、化学物質の投与量を順次変化ながら、図4の手順を繰り返し実行し、区分された計測値の範囲ごとの複数の換算係数を取得するのが好ましい。これにより、被験体について、広い範囲の計測値に対して適用することができる高精度な校正データを得ることができる。
【0026】
前記記憶部10に格納される情報としては、計測データそのものであってもよいし、これをある関数でフィッティングした際の係数(換算係数)であってもよく、特にこだわるものではない。
【0027】
図5は、本実施例の演算部14が、計測された化学物質情報から化学物質量推定値を演算するまでの手順、つまり本番の計測手順を示すフローチャートである。開始されると、S111で被験体0のMRIが実施され、つぎにS112では化学物質情報取得部9にて関心領域の化学物質情報が取得される。S111における計測パルスシーケンスと種々の計測パラメータは、事前の校正データ取得の段階(図3)のS101で採用した計測パルスシーケンス、計測パラメータと同一である。S112の化学物質情報取得の手法もS102で用いた手法と同一である。化学物質情報取得部9で生成された化学物質情報は記憶部10に格納される。演算部14では新たに化学物質情報が取得された時に記憶部納された化学物質情報と血中化学物質量定量値との対応付けから、すなわち格納した換算係数を用いて、新たに化学物質量推定値を演算し、表示装置15が演算部14での演算結果を表示する。このような処理をしたとき、図6の説明として具体的に後述するように、新たに化学物質情報が取得された時に記憶部10に格納された化学物質情報と血中化学物質量定量値との対応付けから新たに化学物質量推定値を演算することが可能となる。
【0028】
次いで、前記MRIシステムならびに前記パルスシーケンスを利用した上述の手法の効果の実証例を記載する。なお本実証例ではラットを用いているが、本手法を適用する範囲は哺乳類各科であれば例えばマウス、ウサギ、モルモット、マーモセット、サル、ヒトを問わない。
【0029】
実証例では、フルオロウラシル250mg/kgを投与したWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットについて、フルオロウラシル19F-MRI撮像をした。その際の代表的な撮像パラメータは、静磁場強度:7テスラ、シーケンス:Fast-spin echo法、視野範囲:400ミリx100ミリ、画素数:64x16、スライス:なし、繰り返し時間:1,000ミリ秒、エコー時間:7ミリ秒、ミキシングタイム:4ミリ秒である。
【0030】
実証例における血中化学物質量定量の詳細を示す。フルオロウラシル250mg/kgを投与したWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットについて、血液採取部にて血液1mLを採取し、血液前処理部にて血液を 3000rpm、4oCにて10分間遠心分離し血漿を分取した。次に血液前処理部では血漿50μLに対し4μg/mL 15N2-5-フルオロウラシル0.5mLを内部標準物質として添加し、混和後に 15,000rpm、4oCにて20分間遠心分離し、上清を減圧乾固し、残渣を移動相に溶解し、測定サンプルを作製した。次に化学物質量定量部では血液前処理部で作製された測定サンプル中のフルオロウラシル量、すなわち血中フルオロウラシル量が液体クロマトグラフ・タンデム型質量分析計で測定、算出した。なお、このときの測定条件は、例えば本例ではイオン化法についてエレクトロスプレーイオン化法を用いる等様々な測定条件を設定したものの、本設定はほんの一例であってごく一般的な設定で何ら差し支えない。さらにいえば、本例では液体クロマトグラフ・タンデム型質量分析計を用いてフルオロウラシル量を得た一例を示すが、これは好ましくは液体クロマトグラフ・タンデム型質量分析計を用いるということであって、ごく一般的な液体クロマトグラフやガスクロマトグラフ、発光分光分析計、分光分析計のみを用いても何ら差し支えなく、また本例で示した液体クロマトグラフ質量分析装置以外にガスクロマトグラフ質量分析計装置や発光分光分析質量分析装置を用いても何ら差し支えなない。
【0031】
図6には、フルオロウラシル250mg/kgを投与したWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットについて、前記MRIシステムならびに前記パルスシーケンスを利用して得たフルオロウラシル投与後10分後の冠状面の19F-MRI撮像結果を示す。図6の24はその19F-MRI画像であり、25はこの19F-MRI画像の画素群に白枠で示す関心領域を設定した模式図である。関心領域におけるフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度が154a.u.でり、一方、血中フルオロウラシル定量値は26に示す通り178μg/mLであった。このとき、前述のフルオロウラシル19F磁気共鳴信号強度154a.u.と血中フルオロウラシル定量値178μg/mLとは対応付けて記憶部に格納される。このフルオロウラシル投与後10分において、血中フルオロウラシル定量値と腫瘍内フルオロウラシル定量値は科学的に同値とみなして差し支えない。すなわち、この10分という値はフルオロウラシル固有の最高血中濃度到達時間の値であり、血中に当該化学物質が最も高濃度で存在する時間である。一方、固形腫瘍組織に伸展した新生血管は、当該血管を構成する血管内皮細胞同士の接着不全によりいわゆる血管透過性が亢進している事実がキャンサー・リサーチ誌46巻6387項1986年発行等に記載されている。すなわち血中に最高濃度で存在する化学物質が容易に血管構造を透過して、固形腫瘍組織の細胞間隙や細胞内に流入して、血中と固形腫瘍組織との両者間に化学物質量の平衡状態を形成し得ることから、フルオロウラシル投与後10分において、血中フルオロウラシル定量値と腫瘍内フルオロウラシル定量値は科学的に同値とみなして差し支えない背景が容易に説明できる。
【0032】
なお前述したとおり、記憶部に格納される情報としては、計測データそのものであってもよいし、これをある関数でフィッティングした際の係数(換算係数)であってもよい。例えば、血中フルオロウラシル定量値/フルオロウラシル19F磁気共鳴信号強度である1.16を換算係数として格納してもよい。
【0033】
なお、本実施例記載のフルオロウラシルの他、19F原子を一つ以上含有する化学物質のごく一部の例として、テガフール、カルモフール、ドキシフルリジン、カペシタビン、塩酸ゲムシタビン、リン酸フルダラビン、フルタミド、ビカルタミド、ゲフェチニブ等が挙げられるが、本発明では19F原子を一つ以上含有する化学物質であれば何ら限定がない。さらに、MRIシステムの測定対象となる化学物質に一つ以上含有される原子が19Fのみに限定される必要は全くなく、前記MRIシステムの測定対象となる化学物質に一つ以上含有される原子が1H、13C、19F、31Pのいずれかもしくは複数であれば、化学物質に何ら限定がない。
【0034】
図7には、フルオロウラシル250mg/kgを投与したWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットについて前記MRIシステムならびに前記パルスシーケンスを利用して得た冠状面の19F-MRI撮像の結果を示しており、27は同一個体における二度目の撮像結果、すなわちフルオロウラシル投与後30分のWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットの冠状面のフルオロウラシル19F-MRI撮像であり、腫瘍の解剖学的位置における任意の画素群に関心領域を設定した模式図である。27に示した関心領域におけるフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度が120 a.u.であったことを示しており、28は本発明にかかり演算したフルオロウラシル量推定値が139μg/mLであったことを示している。
【0035】
28は前述のフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度120a.u.を生成した後、本発明による演算部で前記記憶部での対応付けデータと照合、演算され生成した推定値139μg/mLについて、27の撮像に重ねて表示した一例を表している。すなわち、フルオロウラシル19F磁気共鳴信号強度120a.u.の絶対値をもって入力情報とし、前記記憶部に予め格納されている関係式である[新たに求められるフルオロウラシル推定量]=([フルオロウラシルの最高血中濃度到達時間以内の任意の時間に取得した血中フルオロウラシル定量値(178(μg/mL))]/[フルオロウラシルの最高血中濃度到達時間以内の任意の時間に取得した腫瘍の関心領域におけるフルオロウラシル19F磁気共鳴信号強度(154(a.u.))])*[新たに入力されるフルオロウラシル19F磁気共鳴信号強度]について、前記関係式中の[新たに入力されるフルオロウラシル19F磁気共鳴信号強度]に「120(a.u.)」を代入したところ、フルオロウラシル量推定値として「139(μg/mL)」が出力された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明によれば、複数回の侵襲を伴うことなく生体中の関心組織の化学物質の量的情報を獲得することが出来るので、医療分野での薬物投与の適正値の把握、投与量調節に有用であり化学医療およびその研究分野に有効に利用されると期待される。
【符号の説明】
【0037】
0:被験体
1:静磁場発生磁石
2:シンセサイザ
3:変調装置
4:高周波磁場コイル
5:傾斜磁場電源装置
6:傾斜磁場発生コイル
7:増幅器
8:AD変換器
9:化学物質情報取得部
10:記憶部
11:血液採取部
12:血液前処理部
13:化学物質量定量部
14:演算部
15:表示装置
16:制御装置
17:x方向のスライス選択磁場パルス
18:90度高周波磁場パルス
19:y方向のスライス選択磁場パルス
20:180度高周波磁場パルス
21:z方向のスライス選択磁場パルス
22:180度高周波磁場パルス
23:傾斜磁場
24:フルオロウラシル投与後10分のWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットの冠状面のフルオロウラシル19F-MRI撮像
25:24の撮像の一例について腫瘍の解剖学的位置における任意の画素群に関心領域を設定した模式図であり、関心領域におけるフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度が154a.u.であったことを示している図
26:血中フルオロウラシル定量値が178μg/mLであったことを示している図
27:24と同一個体における二度目の撮像結果、すなわちフルオロウラシル投与後30分のWalker256腫瘍株皮下移植Wistar系雌性ラットの冠状面のフルオロウラシル19F-MRI撮像であり、腫瘍の解剖学的位置における任意の画素群に関心領域を設定した模式図であり、関心領域におけるフルオロウラシルの19F磁気共鳴信号強度が120 a.u.であったことを示している図
28:本発明にかかり演算したフルオロウラシル量推定値が139μg/mLであったことを示している図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体に磁場を印加する磁場照射部と、
磁場の照射により計測パルスシーケンスを、発生する磁気共鳴信号が前記被験体の関心領域のスピンのみを反映した磁気共鳴信号とするように、もしくは磁気共鳴信号の前記被験体の関心領域のスピンを反映した部分を分離可能とするように制御する制御装置と、
前記計測パルスシーケンスの実行で得られた前記被験体からの磁気共鳴信号を取得する磁気共鳴信号受信部と、
前記磁気共鳴信号に基づいて前記被験体から化学物質情報を取得する化学物質情報取得部と、
前記被験体の血中から血中化学物質量定量値を取得する化学物質量定量部と、
前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値とを対応付けて格納する記憶部と、
新たに化学物質情報が取得された時に前記記憶部に格納された前記化学物質情報と前記血中化学物質量定量値との対応付けから新たに化学物質量推定値を演算する演算部とを有するMRIシステム。
【請求項2】
前記記憶部は、化学物質固有の最高血中濃度到達時間が記憶されており、前記化学物質情報取得部が化学物質固有の最高血中濃度到達時間近傍の時間に取得した前記化学物質情報と、前記最高血中濃度到達時間近傍の時間に前記化学物質量定量部が取得した前記血中化学物質量定量値とを対応付けて感度校正することを特徴とする請求項1記載のMRIシステム
【請求項3】
前記化学物質は、当該化学構造内に19F原子を一つ以上含有する化学物質であることを特徴とする請求項1記載のMRIシステム。
【請求項4】
前記化学物質情報は、前記化学物質固有の磁気共鳴スペクトルのピーク高さ値、磁気共鳴スペクトルのピーク面積値、磁気共鳴スペクトルのピーク半値幅値、磁気共鳴信号強度のうちいずれかもしくは複数であることを特徴とする請求項1記載のMRIシステム。
【請求項5】
前記化学物質量定量部は、質量分析計または液体クロマトグラフ質量分析計を使用することを特徴とする請求項1記載のMRIシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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