説明

神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤

【課題】神経前駆細胞の傷害箇所への新しい遊走促進剤及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤を提供すること。
【解決手段】バイカリン及び薬学的に許容することのできるその塩並びにそれらの水和物から選ばれる化合物を主成分とする遊走促進剤及び遊走促進因子遺伝子発現促進剤を開発した。バイカリン等は、標準群に比較して神経前駆細胞のアストラサイトへの遊走を1.5倍(p=0.012)、対照群に比較してNPCの遊走を2.5倍にし、標準群と比較してVEGFのmRNAを2.7倍(p=0.012)、MCP−1のmRNAを8.2倍も増加した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
平成13年度の厚生労働省の統計によれば、介護を要する65歳以上の高齢者94,750人に対し、介護が必要になった主な原因の1位は脳卒中等脳血管疾患24,749人、2位は骨折11,744人、3位は痴呆10,659人であり、脳卒中等脳血管疾患が飛びぬけて多い。従って、脳卒中等脳血管疾患の治療薬の開発が強く望まれている。
【0003】
治療薬が傷害された神経のポストシナプスにくっついて、傷害された神経を修復するであろうという仮説の下に、神経のポストシナプスに存在する密度95タンパク(PDZ−95)に結合するか否かで、低酸素性又は虚血性脳障害の治療薬を選択する方法が提案され、その方法により、バイカリンがPDZ−95に結合することを発見し、その事実を証拠にバイカリンを投与する低酸素性又は虚血性脳障害の治療法とバイカリンを含む医薬組成が特許請求の範囲として請求されている
【特許文献1】。しかし、傷害された神経それ自体が薬により修復される証明がなく、かつ、現在の科学常識では傷害された神経それ自体が薬により修復されることは不可能であると考えられている。
【0004】
そこで、傷害された神経を修復するのではなく、傷害された神経を健全な神経で置き換えることが治療法の一つとして想定される。幸い、脳卒中等脳血管疾患により脳神経に傷害が起こると、傷害を制限し、修復するために、脳に存在する神経前駆細胞が傷害領域に遊走されることが知られている。この神経前駆細胞の傷害箇所への遊走を促進すれば、脳卒中後遺症が起こりにくく、起きても軽傷で済む可能性がある。この遊走を促進する物質としては、スフィンゴシン1−燐酸
【非特許文献1】、マトリックス・メタロプロテナーゼ2(MMP2)とMMP9
【非特許文献2】、間質細胞由来因子1(SDF−1)
【非特許文献3】、血小板由来成長因子(PDGF)
【非特許文献4】等生体内成分が知られている。しかし、医薬として容易に用いることのできる生体外成分はあまり知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、神経前駆細胞の傷害箇所への新しい遊走促進剤を提供すること及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、今回、発明者は医薬に容易に用いることの出来る生薬の個々の有効成分について、神経前駆細胞の遊走を促進する性質があるか否か、アストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現を促進する性質があるか否かを調べた。その結果、生薬オウゴンの成分の一つであるバイカリン(図1)に神経前駆細胞の遊走を強く促進する性質があること及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現を促進する性質があることを見つけ、この結果を基に更に種々研究した結果、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、「神経前駆細胞の傷害箇所への新しい遊走促進剤及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現の新しい促進剤を提供する」という課題に対し、「バイカリン及びその薬学的に許容することのできる塩並びにそれらの水和物から選ばれる化合物を主成分とする神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤」を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の薬剤は、神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤として有用であり、アストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤としても有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は神経前駆細胞の傷害箇所への新しい遊走促進剤及びアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤の発明である。本発明の2種類の薬剤の主成分は共にバイカリン及びその薬学的に許容することのできる塩並びにそれらの水和物から選ばれる化合物である。
【0010】
バイカリンは、消炎、解熱などを目的として漢方で用いられる生薬オウゴン(学名:Scutellaria・bicalensis、和名:シソ科コガネヤナギ又はゴマノハグサ科コガネバナの根)に含まれるフラボン誘導体で、バイカレインの7−O−グルクロナイドであり、試薬品会社等で市販されている。バイカリンは例えば、オウゴンの粗抽出物120mgから2相溶液としてエチルアセテート・メタノール1%酢酸・水(5:0.5容量/容量)を用いて分取高速カウンター・カレント・クロマトグラフ(HSCCC)で分離精製できる。その場合、エチルアセテート・メタノール1%酢酸・水(5:0.5容量/容量)の上層はHSCCCの固相として使われる。純度99.2%のバイカリンが1段操作で58.1mg得られる。バイカリンの構造は1H−NMRと13C−NMRで同定できる
【非特許文献5】。この他、超臨界クロマトグラフを用いる方法等が知られている
【特許文献2】。しかし、これらの植物以外のバイカリン含有植物があれば、その植物から分離してもよく、合成が可能な場合は合成品でもよい。バイカリンの同定に必要なバイカリンの標準品は国立医薬品食品研究所等で市販されている。
【0011】
バイカリンの塩は薬学的に許容することのできる塩に限られる。薬学的に許容することのできる塩としては、例えば、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩、マグネシウム、カルシウム等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム、テトラメチルアンモニウム等のアンモニウム塩、トリエチルアミン、リジン、アルギニン等の有機アミンの塩、塩酸、臭化水素酸、硫酸等鉱酸との酸付加塩等が挙げられるが、それらに限らない。薬学的に許容することのできる塩であればよく、薬学的に許容することのできる限り、将来合成される有機化合物との塩でも差し支えない。バイカリンの水和物、薬学的に許容することのできるバイカリンの塩の水和物も本発明の主成分として用いることができる。
【0012】
バイカリンは水に溶けにくく、アルコールに容易に溶ける。バイカリンの水溶液を作るためには薬学的に許容することのできる可溶化剤を添加する。薬学的に許容することのできる可溶化剤としては、ポリオキシエチレンの附加したオキシ脂肪酸のグリセリンエステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンの附加したラノリン、胆汁酸類、サポニン等が挙げられる。可溶化剤がポリオキシエチレングループを含む場合は、ポリオキシエチレン部分がオキシエチレンが平均10から200モル重合したものが好ましく、平均20から100モル重合したものが特に好ましい。また、可溶化剤が脂肪酸またはオキシ脂肪酸残基を含む場合は、カプリン酸、オキシカプリン酸、ステアリン酸、オキシステアリン酸、アラギン酸、オキシアラギン酸等、脂肪酸残基またはオキシ脂肪酸残基の炭素原子数が10から20のものが好ましい。具体的には、平均重合度40から100モルのポリオキシエチレンの附加した硬化ヒマシ油または平均重合度40から100モルのポリオキシエチレンの附加したオキシステアリン酸のグリセリンエステルが特に好ましい。胆汁酸類としては、胆汁酸およびその塩であり、デオキシコール酸、デヒドロコール酸、コール酸、リトコール酸、ケノデオキシコール酸、ラゴデオキシコール酸、ヒオコール酸、ホケコール酸等の胆汁酸とその塩が挙げられる。その中では、デオキシコール酸とその塩がより好ましい。なお、胆汁酸の塩としては、アルカリ金属塩、アンモニウム塩が好ましく、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、トリメチルアンモニウム塩とプロカイン塩がより好ましい。
【0013】
バイカリンは、酸素及び湿気のない状態では比較的安定である。しかし、バイカリンを保存する時は酸素や湿気の無い状態で保存することが好ましい。長期保存を考慮に入れると、本発明の遊走促進剤及び遊走促進因子遺伝子発現促進剤には有効成分の安定のため、他の抗酸化剤を添加することが好ましい。抗酸化剤としては薬学的に許容することのできる抗酸化剤に限られる。薬学的に許容することのできる抗酸化剤としては、アルファ・カロチン、ベータ・カロチン、リコペン、ルテイン、フラボノイド、カテキン、リザベラトール、イソフラボン、ビタミンA、ビタミンE、セレン、亜鉛、補酵素Q10、グルタチオン、エンゾジノール等が挙げられる。これらの抗酸化剤は高温の水溶液中のバイカリンの変化を抑える。
【0014】
本発明の遊走促進剤及び遊走促進因子遺伝子発現促進剤は、主成分が非高分子であることから、経口投与又は非経口投与(坐薬、筋肉内、皮下、静脈内、脳内など)のいずれでも投与できる。緊急を要する場合は脳内投与も想定される。 経口用製剤を調製する場合、賦形剤、さらに必要に応じて、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤及び前述の抗酸化剤などを加えた後、常法により、錠剤、被服錠剤、顆粒剤、カプセル剤、溶液剤、シロップ剤、エリキシル剤、油性又は水性の懸濁液剤などとする。賦形剤としては、例えば、乳糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、ソルビット、結晶セルーロスなどが挙げられる。結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、エチルセルロース、メチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0015】
崩壊剤としては、例えば、デンプン、寒天、ゼラチン未、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストラン、ペクチンなどが挙げられる。滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、硬化植物油などが挙げられる。着色剤としては、医薬品に添加することが許可されているものが使用できる。矯味矯臭剤としては、ココア末、ハッカ脳、芳香酸、ハッカ油、竜脳、桂皮末などが使用できる。これらの錠剤は、顆粒剤には、糖衣、ゼラチン衣、その他必要により適宜コーティングしてもよい。
【0016】
注射剤を調製する場合、必要により、グルコースや生理的食塩水等の等調液、pH調整剤、緩衝剤、前述の可溶化剤、抗酸化剤及びその他の安定化剤、保存剤などを添加し、常法により、皮下、筋肉内、静脈内、脳内注射剤とする。注射剤は、溶液を容器に収納後、凍結乾燥などによって、固形製剤として、用事調製の製剤としてもよい。また、一投与量を容器に収納してもよく、また、多投与量を同一の容器に収納してもよい。溶液の場合、酸素や湿気を遮断する方がよい。そのため、場合によってはアンプル型の容器に入れ、空気を抜くか、窒素ガス等で空気を置換しておく方がよい。公知の方法でよい。
【0017】
本発明の遊走促進剤及び遊走促進因子遺伝子発現促進剤の投与量は、経口剤、坐薬、皮下注射剤、筋肉内注射剤、静脈内注射剤、脳内注射剤等剤型によって異なるが、ヒトの場合、成人1日当たり通常0.01〜1000ミリグラム、好ましくは、0.1〜100ミリグラムの範囲で、1日量を1日1回、あるいは2〜4回に分けて投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
【0018】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。アストロサイトの分離法と同定方法は
【非特許文献6】に、神経前駆細胞の分離方法と同定方法は
【非特許文献7】に記載されている。調整したアストロサイト又は神経前駆細胞含有液は、1次抗体として、ネスチン等神経前駆細胞特異マーカー、グリア繊維性酸性たんぱく質(GFAP)等アストロサイト特異マーカー等に対する特異抗体を用い、2次抗体として、これら特異マーカー特異抗体に対する蛍光色素標識した特異抗体を用いて、公知のネスチン免疫蛍光染色試験、GFAP等を行い、神経前駆細胞特異マーカー、アストロサイト特異マーカー等の存否等を検定する。なお、毒性試験、薬効試験に関し、急性毒性試験、亜急性毒性試験、催奇性毒性試験、変異原性試験、繁殖性試験中の白血球、リンパ、好中数、ヘモグロビン、GOT、血清総蛋白、アルブミン、トリグリセリド、コレステロール、グルコース、尿素、小核率、精子奇形率、復帰変異菌、死胎率、胎児体重・身長・尾長、胸骨欠失率等の分析は株式会社日本実権医学研究等毒性試験受託会社がルーチンに受託分析し、尿中NO2/NO3、クレアチニン、Na、K、Ca、Cl、Mg、血中アルブミン、グロブリン、GOT、GTP、ガンマ‐グルタミルトランスペプチダーゼ、尿素窒素、クレアチニン、Na、K、Ca、Cl、Mg、アンギオテンシン1転換酵素、アンギオテンシン2等の分析はシオノギ・バイオメディカル・ラボラトリーズ等臨床検査受託会社がルーチンに受託分析している。 以下に先行文献を特許文献と非特許文献に分けて表示する。
【特許文献1】米国特許2005年0233377号公報
【特許文献2】特開平9−59170号公報
【非特許文献1】A.Kimuraら、Stem・Cells,2006年9月28日印刷前公表
【非特許文献2】L.Wangら、J.Neuroscience、2006年26巻22号5996頁‐6003頁
【非特許文献3】X.Gongら、Cell・Biol.Int.、2006年30巻5号466頁‐471頁
【非特許文献4】K.Forsberg−Nilssonら、J.Neurosci.Res.、1998年53巻5号521頁‐530頁
【非特許文献5】S.Wu等、J.Chromatogr.A.、2005年1066巻1−2号243頁−247頁
【非特許文献6】B.C.Warf等、J.Neuroscience、1991年11巻8号2477頁−2488頁
【非特許文献7】M.K/Carpenter等、Experimental・Neurology,1999年158巻265頁−278頁
【実施例1】
【0019】
純度93.7%のバイカリンを中国天津市の天津中一製薬有限公司より、DMEM/F12溶液を米国カールスバットのギブコ社より、牛胎仔血清FBS、ペニシリン、ストレプトマイシン、B27、塩基性線維芽細胞成長因子bFGF、内皮細胞成長因子EGFと細胞賦活評価試験(MTT)試薬を米国セントルイスのシグマーアルドリッチ社より、ここで使用する全ての抗体を米国サンタクルスのサンタクルスバイオテクノロジー社より、コスター・トランスウエル・インサーツ器具を米国コーニングのコーニング社より、トリゾール試薬を米国カールスバットのインビトロゲン社より、パワーSYBRグリーンRT−PCR試薬キットを米国フォスター市のアプライド・バイオシステム社より、ここで使用する他の試薬を大阪の和光純薬より購入した。
生後0−4日の新生児ウイスター系ラットの脳皮質を分離し、組織を小片に切り刻み、パスツールピペットで吸い込み、吐き出す操作で細胞をばらばらにし、30マイクロメータのメッシュのナイロンフィルターで濾し、ばらばらにした細胞を得た。15%のFBSと1%のペニシリン−ストレプトマイシンを含むDMEM/F12溶液でこの脳皮質から取り出した細胞を培養した。増殖が止まった時に混在する神経細胞とオリゴデンドロサイトを回転速度260rpm、18時間遠心することにより除いた。初代培養のアストロサイトの純度をグリア繊維性酸性タンパク質GFAPに対する抗体との公知の免疫蛍光分析で確認した。即ち、培養細胞の一部を、スライドグラスの上の中央に100マイクロリットルだけ小分けし、2時間放置したところ、細胞がスライドグラスに付着した。この付着細胞を、付着した状態で、D‐ハンクス液で洗浄し、洗浄後の付着細胞を4%パラホルムアルデヒド含有0.1Mリン酸緩衝食塩水(PBS)100マイクロリットルに摂氏4度で30分間浸す方法で固定した。この固定した細胞をPBSに室温で30分間浸す方法で3回洗浄した後、自然に乾燥させた。この乾燥させた固定化細胞に1ミリリットル当たり0.05マイクログラムのタンパク分解酵素を加え、摂氏37度で2分反応させた。引き続き、タンパク分解酵素処理をした固定化細胞を0.5%トリトン・エックス100(tritonX100)と5%ヤギ正常血清含有D‐ハンクス液(D‐ハンクスTS液)150マイクロリットル中、摂氏37度で30分間浸した。次にこの固定した細胞に同液で1,000倍に希釈したウサギの抗ラットグリア繊維性酸性たんぱく質抗体を加え、摂氏4度で一晩放置した。翌日、第1次抗体反応をさせた固定化細胞をD‐ハンクスTS液で室温で10分間浸す方法で3回洗浄した。この固定した細胞を同液に1ミリリットル当たり10マイクログラムの第2次抗体であるビオチン標識ヤギ抗ウサギIgG抗体で、室温で2時間浸した。この第2次抗体処理した固定化細胞をD‐ハンクスTS液で室温で10分間浸す方法で3回洗浄した。この洗浄した固定化細胞を使用直前にアビジン‐ビオチン複合体溶液用の溶液A10マイクロリットルと溶液B10マイクロリットルとPBS500マイクロリットルを混合した液に室温で1時間浸し、直ちにPBSで3回洗浄した。このABC処理した固定化細胞を0.05%3,3‘‐ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリドと0.1%過酸化水素を含むPBS200マイクロリットルで室温で10分間反応させた。DAB処理をした固定化細胞をPBSで室温で10分間浸す方法で3回洗浄した。この固定した細胞を70度のエチルアルコールに浸し、80度、90度、95度、100度のエチルアルコールに順次浸し、固定化細胞を脱水させた。キシレン1、キシレン2で各10分処理した後にエンテラン及びカバーグラスで細胞を封入し、標本を作製した。この標本を共焦点レーザー走査顕微鏡で観察し、標本が陽性に染色していることを確認した。この分析により、取得した細胞の95%以上がGFAP陽性であった。動物は1980年発行の実験動物の保護と使用ガイドラインに従って扱った。
【実施例2】
【0020】
生後0−2日の新生児ウイスター系ラットの脳皮質を分離し、組織を小片に切り刻み、パスツールピペットで吸い込み、吐き出す操作で細胞をばらばらにし、30マイクロメータのメッシュのナイロンフィルターで濾し、ばらばらにした細胞を得た。2%のB27、20ng/mlのbFGF、20ng/mlのEGFと1%のペニシリン−ストレプトマイシンを含むDMEM/F12溶液でこの脳皮質から取り出した細胞を培養した。bFGFを2日毎に加え、4日毎に、培養液の半量を取り替えた。ニューロスフェアが見えてくるまで続けた。10日毎にニューロスフェアをパスツールピペットで吸い込み、吐き出す操作で細胞をばらばらにし、30マイクロメータのメッシュのナイロンフィルターで濾し、ばらばらにした細胞を得、再び培養した。プラスチックに付着して分化し始めた細胞はウエルから除き、培養を繰り返す操作から外した。このようにして神経前駆細胞NPCを得た。初代培養のニューロスフェアのコロニーをウエル当たり1個の細胞になるように希釈して、96個のウエルに植え、5日後にネスチン用の抗体を用いて公知の免疫蛍光分析を行った。即ち、培養細胞の一部を、スライドグラスの上の中央に100マイクロリットルだけ小分けし、2時間放置したところ、細胞がスライドグラスに付着した。この付着細胞を、付着した状態で、D‐ハンクス液で洗浄し、洗浄後の付着細胞を4%パラホルムアルデヒド含有PBS100マイクロリットルに摂氏4度で30分間浸す方法で固定した。この固定した細胞をPBSに室温で30分間浸す方法で3回洗浄した後、自然に乾燥させた。この乾燥させた固定化細胞に1ミリリットル当たり0.05マイクログラムのタンパク分解酵素を加え、摂氏37度で2分反応させた。引き続き、タンパク分解酵素処理をした固定化細胞を0.5%トリトン・エックス100(tritonX100)と5%ヤギ正常血清含有D‐ハンクス液(D‐ハンクスTS液)150マイクロリットル中、摂氏37度で30分間浸した。次にこの固定した細胞に同液で100倍に希釈したマウスの抗ラットネスチン抗体を加え、摂氏4度で一晩放置した。翌日、第1次抗体反応をさせた固定化細胞をD‐ハンクスTS液で室温で10分間浸す方法で3回洗浄した。この固定した細胞を同液に1ミリリットル当たり10マイクログラムの第2次抗体であるビオチン標識ヤギ抗マウスIgG抗体で、室温で2時間浸した。この第2次抗体処理した固定化細胞をD‐ハンクスTS液で室温で10分間浸す方法で3回洗浄した。この洗浄した固定化細胞を使用直前にアビジン‐ビオチン複合体溶液用の溶液A10マイクロリットルと溶液B10マイクロリットルとPBS500マイクロリットルを混合した液に室温で1時間浸し、直ちにPBSで3回洗浄した。このABC処理した固定化細胞を0.05%3,3‘‐ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリドと0.1%過酸化水素を含むPBS200マイクロリットルで室温で10分間反応させた。DAB処理をした固定化細胞をPBSで室温で10分間浸す方法で3回洗浄した。この固定した細胞を70度のエチルアルコールに浸し、80度、90度、95度、100度のエチルアルコールに順次浸し、固定化細胞を脱水させた。キシレン1、キシレン2で各10分処理した後にエンテラン及びカバーグラスで細胞を封入し、標本を作製した。この標本を共焦点レーザー走査顕微鏡で観察し、標本が陽性に染色していることを確認した。結果を図2から図6に示す。図2から図5はモノクロなニューロスフェアが単一のNPC由来であることを示している。図6は得られた細胞がネスチン陽性であること、即ち、NPCであることを示している。写真中のスケール棒は100マイクロメータである。
【実施例3】
【0021】
初代培養のアストロサイトを6ウエルのプレート2枚に植え、15%のFBSを含む2.5mlのDMEM/F12溶液で培養した。アストロサイトの増殖が止まったとき、バイカリン群用として3個のウエルの培養液を2%のFBSと160マイクログラム/mlのバイカリンを含むDMEM/F12溶液に変え、一方、標準群用として残りの3個のウエルの培養液を2%のFBSのみ含み、バイカリンを含まないDMEM/F12溶液に変えた。摂氏37度で5%の炭酸ガスを含む空気中で6時間培養した後、実験群用として1枚のプレートを1%の酸素と5%の炭酸ガスと94%の窒素ガスの混合ガスで低酸素状態で18時間培養し、一方、対照群用として残りのもう1枚のプレートを5%の炭酸ガスを含む空気中で18時間培養した。各培養液を別々に1000gで5分間遠心して浮遊細胞を除き、1.2x10の6乗アストロサイト/mlの上清液を得た。これをアストサイト調整液ACMとして遊走測定に使用するまで摂氏マイナス20度で保存した。
【実施例4】
【0022】
8マイクロメータの穴のフィルターの付いた24個のウエルからなるコスター・トランスウエル・インサーツ器具を2%のFBSを含むDMEM/F12溶液中、摂氏37度で2時間培養した。この培養したインサーツ器具の上層チャンバーに実施例2で得られたNPCの1x10の5乗個を2%のFBSを含むDMEM/F12溶液100マイクロリットル中に懸濁したものを加え、下層チャンバーに実施例3で得られたACMを600マイクロリットル加えた。このインサーツ器具を5%炭酸ガスを含む空気中、摂氏37度で21時間培養した後、上層チャンバーに居たNPCが下層チャンバーのアストサイトにまで遊走した細胞数を顕微鏡下で無作為に100フィールドで5回数えた。その結果を図7に示す。NPCの対照群ACM(バイカリンを加えず、低酸素状態にしないアストロサイトから得た調整液)への自動遊走を100%とした場合のNPCの標準群ACM(バイカリンを加えず、18時間低酸素状態にしたアストロサイトから得た調整液)への遊走、バイカリン群ACM(バイカリンを加え、18時間低酸素状態にしたアストロサイトから得た調整液)への遊走を%で示す。数値はn数5の平均値プラスマイナスS.E.M.で示している。3回の独立した実験で同様の結果を得た。**印は対照群と比較してpが0.01以下、#印は標準群と比較してpが0.05以下であったことを示す。標準群は、対照群に比較して、NPCの遊走を1.7倍(p=0.009)にした。バイカリン群は、標準群に比較してNPCの遊走を1.5倍(p=0.012)、対照群に比較してNPCの遊走を2.5倍にした。
【実施例5】
【0023】
TRIZOL試薬を用いて、実施例3で得られ、実施例5で用いた残りの各群のACMの一部を取り、それからRNAを抽出した。0.2マイクログラムのRNAを10マイクロリットルのタックマン逆転写試薬とオリゴ(T)16プライマーに加え、cDNAに逆転写した。なお、オリゴ(T)16プライマーは、目的に応じ、GAPDH用として順方向5’-CCCCCAATGTATCCGTTGTG-3’、逆方向5’-TAGCCCAGGATGCCCTTTAGT-3’、VEGF用として順方向5’-ATCATGCGGATCAAACCTCACC-3’、逆方向5’-GGTCTGCATTCACATCTGCTATGC-3’、MCP-1用として順方向5’-GCTGCTACTCATTCACTGGCAA-3’、逆方向、5’-TGCTGCTGGTGATTCTCTTGTA-3’をそれぞれ用いた。得られたcDNAの0.5マイクロリットルをリアルタイムPCRのテンプレートに用いた。遺伝子発現の量、即ち、各遺伝子から発現された各mRNAの量を測定するため、SYBRグリーンPCRマスター混合試薬を用いて、リアルタイムPCRをアップライ・バイオシステム社のABI・PRISM7000型DNA塩基配列検出機で行った。その結果を図8に示す。縦軸は対照群の遺伝子発現を1とした場合の遺伝子発現の倍数を示す。数値はn数6の平均値プラスマイナスS.E.M.で示す。*印は対照群と比較して、pが0.05以下、#印と##印は、標準群と比較して、pがそれぞれ0.05以下、0.01以下であったことを示す。血管内皮増殖印紙VEGFと単球遊走促進因子MCP−1は、NPCの遊走を誘導する分子にシグナルを送ることが知られているが、図8より、低酸素状態の標準群と比較して低酸素状態のバイカリン群はVEGFのmRNAを2.7倍(p=0.012)、MCP−1のmRNAを8.2倍も増加した。
【実施例6】
【0024】
実施例3で得られ、実施例5と6で用いて残ったバイカリン群ACMの一部の1マイクログラム/mlにPBS溶液に懸濁したVEGFの抗体又はMCP−1の抗体を加えた。対照群として抗体の入っていないPBS溶液を同量加えた。各群を30分培養した後、実施例4においてバイカリン群ACMの代わりに、VEGFの抗体又はMCP−1の抗体を加え、又はいずれの抗体も加えずに30分培養処理をしたバイカリン群ACMを用いて遊走測定を行った。即ち、 8マイクロメータの穴のフィルターの付いた24個のウエルからなるコスター・トランスウエル・インサーツ器具を2%のFBSを含むDMEM/F12溶液中、摂氏37度で2時間培養した。この培養したインサーツ器具の上層チャンバーに実施例2で得られたNPCの1x10の5乗個を2%のFBSを含むDMEM/F12溶液100マイクロリットル中に懸濁したものを加え、下層チャンバーにVEGFの抗体又はMCP−1の抗体を加え、又はいずれの抗体も加えずに、30分培養したバイカリン群ACMを600マイクロリットル加えた。このインサーツ器具を5%炭酸ガスを含む空気中、摂氏37度で21時間培養した後、上層チャンバーに居たNPCが下層チャンバーのアストサイトにまで遊走した細胞数を顕微鏡下で無作為に100フィールドで5回数えた。その結果を図9に示す。バイカリンを加え、18時間低酸素状態にしたアストロサイトから得た調整液に遊走因子の抗体を加えずに30分培養する前処置をしたバイカリン群へのNPCの遊走数を100%とした場合のVEGFの抗体を加えて30分培養する前処置をしたVEGF抗体群又は、MCP−1の抗体を加えて30分培養する前処置をしたMCP−1抗体群を%で示す。数値はn数5の平均値プラスマイナスS.E.M.で示している。3回の独立した実験で同様の結果を得た。*印と**印はバイカリン群と比較してpが0.05以下、0.01以下であったことを示す。図9より、VEGF抗体群は、バイカリン群に比較して、NPCの遊走を30%(p=0.021)阻害した。MCP−1抗体群は、バイカリン群に比較して、NPCの遊走を40%(p=0.003)阻害した。この結果は、バイカリンが低酸素状態のアストロサイトのVEGF遺伝子、MCP−1遺伝子の発現を促し、発現したVEGFとMCP−1がNPCのアストロサイトへの遊走を誘導する機序を示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の薬剤は、神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤及びアストラサイトの遊走促進因子遺伝子発現の促進剤として利用される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】バイカリンの立体構造式。
【図2】実施例2における単一のNPCの12時間培養後の細胞の状態を示す。
【図3】実施例2における単一のNPCの36時間培養後の細胞の状態を示す。
【図4】実施例2における単一のNPCの3日培養後の細胞の状態を示す。
【図5】実施例2における単一のNPCの5日培養後の細胞の状態を示す。図2から図5より、モノクロなニューロスフェアが単一のNPC由来であることを示している。
【図6】実施例2において得られた細胞がネスチン陽性であること、即ち、NPCであることを示している。写真中のスケール棒は100マイクロメータである。由来であることを示している。
【図7】実施例4における神経前駆細胞NPCのトランスウエルでの遊走を示す。縦軸はNPCの対照群ACM(バイカリンを加えず、低酸素状態にしないアストロサイトから得た調整液)への自動遊走を100%とした場合のNPCの標準群ACM(バイカリンを加えず、18時間低酸素状態にしたアストロサイトから得た調整液)への遊走、バイカリン群ACM(バイカリンを加え、18時間低酸素状態にしたアストロサイトから得た調整液)への遊走を%で示す(遊走数(対照群に対する%))。数値はn数5の平均値プラスマイナスS.E.M.で示している。3回の独立した実験で同様の結果を得た。**印は対照群と比較してpが0.01以下、#印は標準群と比較してpが0.05以下であったことを示す。
【図8】実施例5における低酸素状態により誘導されたVEGFとMCP−1のmRNAの発現に対するバイカリンの影響を示す。縦軸は対照群の遺伝子発現を1とした場合の遺伝子発現の倍数を示す。数値はn数6の平均値プラスマイナスS.E.M.で示す。*印は対照群と比較して、pが0.05以下、#印と##印は、標準群と比較して、pがそれぞれ0.05以下、0.01以下であったことを示す。
【図9】実施例6におけるバイカリンにより刺激されたアストサイトの化学遊走能力に対するVEGF抗体とMCP−1抗体の影響を示す。バイカリンを加え、18時間低酸素状態にしたアストロサイトから得た調整液に遊走因子の抗体を加えずに30分培養する前処置をしたバイカリン群へのNPCの遊走数を100%とした場合のVEGFの抗体を加えて30分培養する前処置をしたVEGF抗体群又は、MCP−1の抗体を加えて30分培養する前処置をしたMCP−1抗体群を%で示す。数値はn数5の平均値プラスマイナスS.E.M.で示している。3回の独立した実験で同様の結果を得た。*印と**印はバイカリン群と比較してpが0.05以下、0.01以下であったことを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイカリン及びその薬学的に許容することのできる塩並びにそれらの水和物から選ばれる化合物を主成分とする神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤。
【請求項2】
バイカリン及びその薬学的に許容することのできる塩並びにそれらの水和物から選ばれる化合物を主成分とするアストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現促進剤。
【請求項3】
遊走促進因子遺伝子が血管内皮増殖因子遺伝子であることを特徴とする請求項2に記載の遊走促進因子遺伝子発現促進剤。
【請求項4】
遊走促進因子遺伝子が単球遊走促進因子遺伝子であることを特徴とする請求項2に記載の遊走促進因子遺伝子発現促進剤。
【請求項5】
アストロサイトの遊走促進因子遺伝子発現を促進することを特徴とする請求項1に記載の神経前駆細胞の傷害箇所への遊走促進剤。
【請求項6】
神経前駆細胞の傷害箇所への遊走を促進することを特徴とする請求項2に記載の遊走促進因子遺伝子発現促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−94767(P2008−94767A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279309(P2006−279309)
【出願日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【出願人】(300027510)学校法人鈴鹿医療科学大学 (6)
【出願人】(300007235)
【Fターム(参考)】