説明

神経回路再生機能の解析装置、解析方法およびスクリーニング方法

【課題】本発明の目的は、多点電極上に培養した神経回路網において精度よく切断する手法、および切断した神経回路網の再生過程を系全体のパターン(同期性)を解析することにより評価する新規な方法を提供することである。
【解決手段】パルスレーザー光を顕微鏡対物レンズで集光することにより、多点電極アレイ(MEA)上に培養した神経回路網に対して、非接触かつ精度の高い切断を行う手法、及び
神経回路網全体の機能を解析するアルゴリズムを備えた装置により、MEAを損傷すること
なく神経回路網のみを切断し、従来困難であった神経回路網全体の機能解析を実現した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外電位多点計測電極アレイ上に培養した神経回路網をパルスレーザーにより切断し、神経回路網全体の機能を解析するアルゴリズムを備えた装置およびそれを利用したスクリーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、新しい医療として再生医療が注目されている。そして、神経系の機構が明らかになっていくにつれて、再生医療の神経系への応用も期待されている。この神経再生医療の研究には、成熟した神経回路網の再生過程や薬理効果を調べることが必要であると考えられる。
【0003】
従来、神経再生の評価においては、単一神経細胞を対象とし、その突起伸張や結合数等の形態変化を評価していた。しかし、単一細胞の形態変化が必ずしも神経の機能再生に直結するわけではないことから、組織レベルである神経回路網全体の機能を評価する必要があった。現在のところ、神経回路網の機能評価に関しては、多点電極アレイ(Multi Electrode Array, MEA)を用いた細胞外電位計測が行われている。
【特許文献1】特開平8−62209号公報
【特許文献2】特開平11−187865号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した多点電極アレイを用いた細胞外電位計測によって神経再生の機能を評価するためには、多点電極上に培養した神経回路網に対して、電極や基板を損傷することなく神経回路網のみを任意の位置において、精度よく切断する手法が必要となる。さらに、切断した神経回路網の再生過程の評価には、神経回路網全体の機能を解析する手法も必要となる。
【0005】
また、これまで、神経再生の評価として系全体のパターン(同期性)を解析するような評価方法は報告されていない。
【0006】
本発明の目的は、上記の課題を解決すべく、多点電極上に培養した神経回路網において精度よく切断する手法、および切断した神経回路網の再生過程を系全体のパターン(同期性)を解析することにより評価する新規な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは鋭意研究を重ね、パルスレーザー光を顕微鏡対物レンズで集光することにより、多点電極アレイ(MEA)上に培養した神経回路網に対して
、非接触かつ精度の高い切断を行う手法、及び神経回路網全体の機能を解析するアルゴリズムを備えた装置により、MEAを損傷することなく神経回路網のみを切断し、従来困難で
あった神経回路網全体の機能解析を実現できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0009】
本発明に係る神経回路再生機能の解析装置は、パルスレーザー光を出力する光源と、
該光源から出力される前記パルスレーザー光の光路を変更して出力レーザー光とし、該出力レーザー光を走査させる走査部と、
該走査部から出力される前記出力レーザー光を集光させる集光部と、
複数の電極を有するプローブと、
複数の前記電極に接続された測定・処理装置とを備え、
前記プローブに神経回路網が搭載された状態で、前記測定・処理装置が、複数の前記電極の電位を所定の時間測定して複数の第1データとして記録し、
その後、前記光源から出力される前記パルスレーザー光を、前記走査部及び前記集光部を介して、複数の前記電極を第1領域及び第2領域に区分する軌道上を走査するように、前記神経回路網に照射して神経回路網を切断し、
前記神経回路網が切断された後に、前記測定・処理装置が、複数の前記電極の電位を所定時間測定して複数の第2データとして記録し、
前記測定・処理装置が、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第1時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第2時系列データを生成し、且つ、前記第1及び第2時系列データから第1相互相関係数を求め、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第3時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第4時系列データを生成し、且つ、前記第3及び第4時系列データから第2相互相関係数を求め、
前記第2相互相関係数を前記第1相互相関係数で除して得られた値を同期性として決定することを特徴としている。
【0010】
本発明に係る神経回路再生機能の解析方法は、複数の電極を有するプローブに神経回路網が搭載された状態で、複数の前記電極の電位を所定時間測定して複数の第1データとして記録する第1ステップと、
該第1ステップの後に、複数の前記電極を第1領域及び第2領域に区分する軌道上で走査するように、前記神経回路網にパルスレーザー光を照射して神経回路網を切断する第2ステップと、
該第2ステップの後に、複数の前記電極の電位を所定時間測定して複数の第2データとして記録する第3ステップと、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第1時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第2時系列データを生成し、且つ、前記第1及び第2時系列データから第1相互相関係数を求める第4ステップと、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第3時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第4時系列データを生成し、且つ、前記第3及び第4時系列データから第2相互相関係数を求める第5ステップと、
前記第2相互相関係数を前記第1相互相関係数で除して得られた値を同期性として決定する第6ステップとを含むことを特徴としている。
【0011】
また、本発明は、神経再生に影響を及ぼす化合物をスクリーニングする方法であって、以下の工程:
(1)複数の微小電極を有するプローブ上に神経細胞を培養すること、
(2)培養した神経細胞にフェムト秒レーザー光を照射して神経回路を切断すること、
(3)切断後の神経回路に被験化合物を接触させること、
(4)プローブ上の神経回路網の自発的な活動電位を計測し、その同期性のパターンを解析することによって神経再生を評価すること、
(5)前記評価に基づいて化合物を選択すること、
からなるスクリーニング方法を提供する。
【0012】
さらに、上記スクリーニング方法は、前述の解析装置または解析方法を用いて行うこともできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、細胞外電位計測のための多点電極アレイ(MEA)上に培養した神経回路
網に集光することにより、MEAを損傷することなく神経回路網を切断する手法、及び神経回路網全体の機能を解析するアルゴリズムを備えた装置が提供される。したがって、細胞外多点電位計測皿(MEA)上に培養した神経回路網に対して、非接触で精度の高い加工が可能となる。
【0014】
本発明の装置およびスクリーニング方法を用いることによって、成熟した神経回路網の再生過程を調べることが可能となる。
【0015】
また、本発明は、神経再生の薬理効果アッセイにおいて特に有効性を発揮する。とりわけ、複数の条件における薬理効果を調べる目的に対しては、多点電極皿上の培養神経回路網にレーザー切断を行う領域を増やすことにより、それぞれの細胞群の電気活動に対する薬剤効果を評価することのできる高効率なアッセイシステムとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を、添付した図面に基づいて説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る神経回路再生機能の解析装置の概略構成を示すブロック図である。本解析装置は、所定の条件(波長、パルス幅、パワーなど)でレーザー光を出力する光源1と、入射光を所定の方向に出力する走査部2と、入射光を集光させる集光部3と、対象物Tが搭載された細胞外多点電位計測皿(以下、MEAと記す)4と、測定装置5と、制御・処理装置6とを備えている。
【0017】
MEA4は、例えば、上記特許文献1、2に示したような細胞外電位を測定できる、アレイ状に配列された複数の電極を備えており、各々の電極が、培養液中にある測定対象の複数の神経細胞である神経回路網に接触するように配置されている。MEA4の一例を図2の左側に示す。対象物Tは、解析対象である培養された神経回路網であり、一例を図2の右側に示す。
【0018】
光源1は、制御・処理装置6によって制御され、所定の波長、パルス幅及びパワーのレーザー光を、所定のタイミングで出力する。また、走査部2は、制御・処理装置6によって制御され、光源1から出力されるパルスレーザー光に応じたタイミングで、入射するレーザー光の光路を変更して出力レーザー光とし、MEA4上の対象物T中で所定の軌道に沿って出力レーザー光を走査させる。このとき、走査されるレーザー光は、集光部3によって、対象物Tである神経回路網上で集光される。
【0019】
測定装置5は、MEA4の各電極に接続されており、制御・処理装置6によって制御され、出力信号(神経細胞電位)を測定し、時系列データとして制御・処理装置6に出力する。
【0020】
光源1、走査部2には、公知のパルスレーザー発生装置、ガルバノミラーを使用すればよい。集光部3はレンズで構成することができ、例えば公知の正立顕微鏡の対物レンズを使用することができる。制御・処理装置6は、例えば、CPUやマイコンを備えた公知のコンピュータであり、制御対象の装置(光源1、走査部2、測定装置5)と接続可能なインタフェースを備えていればよい。
【0021】
次に、図1に示した解析装置を用いて神経回路再生機能を解析する方法について説明す
る。図3は、本解析方法を示すフローチャートである。なお、以下の説明においては、MEA4は、8行8列に配列された64個の電極を有しているとする。また、配列された電極を番号(電極番号)で区別することとし、例えば、左上、左下、右上および右下の電極番号をそれぞれ1、8、57および64とし、各電極は連続する電極番号で指定されるとする。
【0022】
ステップS1において、測定装置4によって、MEA4に搭載された神経回路網の自発的活動電位を測定し、制御・処理装置6の記録部(図1において図示せず)に記録する。例えば、測定装置4によって、MEA4の電極の電位を同時に50μs間隔でサンプリングし、電極毎に、所定時間、例えば10分間のディジタルデータとして内部の記録部(図1において図示せず)に記録する。従って、64の時系列データが記録される。測定装置4は、所定時間の測定が終われば、記録したデータを制御・処理装置6に伝送する。制御・処理装置6は、記録した各データdiの絶対値を所定の正のしきい値Thと比較し、し
きい値Th以上(|di|≧Th)であった場合、そのデータdiを“1”に置き換え、しきい値Th未満であった場合、そのデータdiを“0”に置き換える。これによって、測
定された64の時系列データ(電位データ)から、スパイクの出現時刻tにおけるデータを“1”とし、それ以外の時刻のデータを“0”とした64のデータ列が生成される。信号をスパイクと判断する基準(しきい値Th)に関しては、様々なアルゴリズムが提案されている。例えば、時系列データの平均値および標準偏差を求め、平均値に標準偏差を加えた値をしきい値Thとする方法がある。
【0023】
ステップS2において、上記したようにレーザー光を神経回路網に対して走査して照射し、培養神経回路網を切断する。このときレーザー光は、2つの領域のそれぞれが32個の電極を含むように、中央付近の電極列に平行に走査される(図2参照)。ここでは、走査軌道によって区分される2つの領域を左、右と表現し、左側領域には電極番号1〜32の電極が含まれ、右側領域には電極番号33〜64の電極が含まれるとする。詳細は後述(スクリーニング方法参照)するが、パルスレーザー光特有の多光子吸収により、レーザー光の集光領域(μm程度の範囲)において精度の高い加工を実現でき、パルスレーザー光の強度および照射時間を最適化することにより、MEAを損傷することなく、培養神経回路網のみを切断することができる。
【0024】
ステップS3において、神経回路網が切断された状態における、神経回路網の自発的活動電位を測定するために、ステップS1と同様の測定及びデータ処理を行う。図4に、レーザー照射の前後において測定された各電極の信号波形の一例を示す。右側の図には、レーザー照射位置を縦の実線で示している。
【0025】
ステップS4において、制御・処理装置6は、ステップS1、S3で生成した、合計128のデータ列の各々に関して、ヒストグラムを作成する。即ち、1つのデータ列(50μsの時間間隔で連続する“1”又は“0”のデータ列)を、所定の時間間隔(例えば、10ms)に分割し、各時間間隔のデータ(“1”又は“0”)を合計してその時間間隔の度数を求める。得られたヒストグラムをHij(t)で表す。ここで、iは、左右の領域を区別する情報であり、i=Lの場合、左側領域、i=Rの場合、右側領域を表す。jは電極番号(j=1〜64)である。なお、同じi、jの組に関して、レーザー照射の前後の2つのヒストグラムが生成されることを注意しておく。一例として、電極番号1、32、33、64の電極によって測定された活動電位ヒストグラムHL1(t)、HL32(t)、HR33(t)、HR64(t)を図5に示す。
【0026】
ステップS5において、制御・処理装置6は、ステップS4で求めたヒストグラムを加算する。即ち、それぞれの領域に含まれる電極に対応するヒストグラムを、レーザー照射の前後毎に合計する。左側電極全ての活動電位ヒストグラムの合計HLALL(t)は式
1で表され、右側電極の活動電位ヒストグラムの合計HRALL(t)は式2で表される。
【0027】
【数1】

【0028】
【数2】

【0029】
ステップS6において、制御・処理装置6は、ステップS5で求めた4つ(レーザー照射の前後および左右領域の組合せ)のヒストグラムHLALL(t)、HRALL(t)に対して、しきい値処置を行なう。具体的には、先ず、左側電極の活動電位ヒストグラムの合計HLALL(t)の度数の平均値AveHLALL、標準偏差SDHLALLを計算し、HLALL(t)に適用するしきい値ThrHLALLを式3によって求める。
ThrHLALL=AveHLALL+2×SDHLALL (式3)
同様に、右側電極の活動電位ヒストグラムの合計HRALL(t)の度数の平均値AveHRALL、標準偏差SDHRALLを計算し、HRALL(t)に適用するしきい値ThrHRALLを式4によって求める。
ThrHRALL=AveHRALL+2×SDHRALL (式4)
そして、図6に示したように、全ての時間tにおいて、条件HLALL(t)>ThrHLALLを満たす集合H(t)を生成する。同様に、右側電極においても、条件HRALL(t)>ThrHRALLを満たす集合H(t)を生成する。
【0030】
ここで得られたH(t)およびH(t)は、左側電極および右側電極それぞれの活動電位パターンの時系列変化において、高頻度に同期しているスパイクを抽出したものであり、左側および右側電極それぞれの同期パターンを特徴づける。なお、H(t)およびH(t)は、レーザー照射の前後に関してそれぞれ生成される。また、図6において、下側に示したヒストグラムは、縦軸を上側に示したヒストグラムよりも拡大して表示している。
【0031】
ステップS7において、制御・処理装置6は、レーザー照射の前後毎に、左側及び右側領域の電極に関して求められた活動電位ヒストグラムH(t)とH(t)との相互相関関数CLR(Δt)を式5により計算する。
【0032】
【数3】

【0033】
ここで、NはH(t)のデータ数(H(t)のデータ数と同じ)、Δtは時間差(ラグ時間)、Tは最大ラグ時間を表す。
【0034】
得られた相互相関関数CLR(Δt)の一例を図7に示す。図7の縦軸のbinは計算幅
(例えば10ms)を示している。図7の相互相関関数を計算したときの最大ラグ時間は±300ms、計算幅は10msである。Δt=0における相互相関関数の値を相互相関係数CLR(0)とする。相互相関係数CLR(0)は、レーザー照射の前後毎に求められる。
【0035】
ステップS8において、制御・処理装置6は、ステップS7でレーザー照射の前後毎に求めた相互相関係数CLR(0)を用いて、同期性を求める。即ち、レーザー照射前のデータに関する相互相関係数を、レーザー照射後のデータに関する相互相関係数で除して得られた値を、同期性とする。
【0036】
以上のステップS1〜S8によって、レーザー照射によって分断された神経回路網に関して、神経回路網全体の同期性を、レーザー照射前を基準として求めることができる。
【0037】
そして、ステップS2を行なった後、時間経過に応じてステップS3〜S8の処理を繰り返すことによって、後述するように、神経回路網全体の機能が再生される状態を、同期性の時間変化として定量的に評価することができる。その場合、制御・処理装置6は、各繰り返しにおけるステップS4〜S7の処理を、その繰り返し中のステップS3で測定したデータに対して行い、相互相関係数を求め、そして、この相互相関係数と、既に求められているレーザー照射前のデータに関する相互相関係数とを用いてステップS8の処理を行い、同期性を求める。
【0038】
以上、実施の形態を用いて本発明を説明したが、本発明は上記した実施の形態に限定されず、種々の変更を加えて実施することができ、それらも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0039】
例えば、データのサンプリング間隔は50μsに限定されず、神経活動電位の場合約100μs以下であればよい。また、データの測定時間は10分間に限定されず、約10〜
60分間であればよい。また、ヒストグラムを作成するときの時間幅は10msに限定されず、10〜100ms程度であればよい。
【0040】
また、電極の配置パターンは、8行8列の等間隔の正方形配列に限定されず、8行8列以外の配列、行数と列数とが異なる配列、不等間隔の配列、長方形配列など、細胞外電位を計測可能な配列であればよい。
【0041】
また、神経回路網を切断するレーザーの走査位置は、電極配列に沿って電極配列を中央で左右2つの領域に区分する位置に限定されず、例えば、2つの領域に同数の電極が属するように走査すればよい。また、2つの領域に異なる数の電極が属するように走査してもよい。その場合には、ステップS5において、各領域のヒストグラムを加算した後、各領域に属する電極数の比率に応じた係数を乗算すればよい。例えば、第1及び第2領域の電極数がそれぞれn1及びn2である場合、第1領域に関するヒストグラムの合計、又は、第1領域に関するヒストグラムをしきい値処理した後のデータに、n2/n1を乗算すれば、第1及び第2領域に関する値を同等に扱うことができる。
【0042】
また、ステップS6で使用するしきい値を求める式は、式3、式4に限定されず、平均値+a×σで求めた値であればよい。ここで、σは標準偏差、aは実数であり、S/N比を勘案して最適値を選定することができる。例えば、3≦a≦10である。
【0043】
また、ステップS1、S3で生成される、ピークの出現時刻を特定したデータ列は、上記した“1”及び“0”のデータ列に限定されない。例えば、各測定データを所定のしきい値Thと比較し、しきい値Th以上であった場合、そのデータを測定した時刻情報(例
えば、測定を開始した時刻からの経過時間)を算出し、内部の記録部に記録してもよい。その場合、ステップS4においてヒストグラムを生成するときに、等間隔に分割した時間間隔毎に、その時間間隔内に含まれる時刻情報(ピークの出現時刻を表す)の数を求めて、その時間間隔の度数とすればよい。
【0044】
また、ステップS1、S3において、電位信号を測定し、ディジタルデータとして記録した後にスパイクの検出処理を行う代わりに、アナログの電位信号を、入力信号の絶対値が所定値以上の場合にのみ信号を出力する回路を通した後に、サンプリングしてディジタルデータとして記録してもよい。
【0045】
また、測定装置5が測定データを全て記録した後、全データを制御・処理装置6に出力する場合に限定されず、測定装置5がデータを測定する毎、又は所定数のデータを取得する毎に、測定データを制御・処理装置6に出力してもよい。また、測定装置5が測定データを制御・処理装置6に直接出力する場合に限定されず、測定装置5が測定データを可搬性の記録媒体に記録し、制御・処理装置6が記録媒体から測定データを読み出して、処理を実行するようにしてもよい。
【0046】
また、測定装置と制御・処理装置とを別に備える構成に限らず、1台の装置で、測定、制御及び解析を行うように構成してもよい。
【0047】
(スクリーニング方法)
さらに、本発明は、神経再生に影響を及ぼす化合物をスクリーニングする方法を提供する。
【0048】
本スクリーニング方法に供される被験物質は、いかなる公知化合物及び新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、タンパク質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0049】
神経再生に影響を及ぼす化合物としては、例えば、神経回路網の再生を促進する化合物、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン-3等の神経栄養因子、スタウロスポリン様アルカロイド、イムノフィリンリガンド、シクロペンテエノン型プロスタグランジンなどが挙げられる。
【0050】
一実施形態において、本発明のスクリーニング方法は以下の工程:
(1)複数の微小電極を有するプローブ上に神経細胞を培養すること、
(2)培養した神経細胞にフェムト秒レーザー光を照射して神経回路を切断すること、
(3)切断後の神経回路に被験化合物を接触させること、
(4)プローブ上の神経回路網の自発的な活動電位を計測し、その同期性のパターンを解析することによって神経再生を評価すること、
(5)この評価に基づいて化合物を選択すること、
からなるスクリーニング方法である。
【0051】
ここで使用される神経細胞は、海馬由来神経細胞、大脳皮質、小脳、間脳、脊髄のあらゆる部位の中枢神経、あるいは末梢神経、PC12等のセルライン等であり、その由来は特に制限されない。例えば、ラットなどの脊椎動物から単離調製した培養細胞を好適に使用することができる。また、細胞の集合体である組織も当該範疇に含まれる。
【0052】
工程(1)で用いられる複数の微小電極を有するプローブとしては、上述したような細
胞外多点電位計測皿(MEA)を用いることができる。データのサンプリング間隔、電極の配置パターン等も特に限定はされないが、上述したようなものを使用することができる。
【0053】
神経細胞の培養においては、神経回路を切断する前に、培養皿の中心付近に配置されている電極を囲うように内径6〜10mmのクローニングリングを配置し、リング内部へ解離した5〜50万個の細胞を播種すると、電極上に細胞が集中するため、以下の工程においてレーザー光により神経回路を切断しやすい。
【0054】
(2)においては、所定の波長、パルス幅及びパワーのレーザー光を培養神経回路網に所定のタイミングで照射し、集光点において神経回路網を切断する。ここで、照射されるフェムト秒レーザー光は、切断面付近の細胞への損傷を軽減するためにパルスレーザーであることが望ましいが、波長及びパルス幅は特に限定されず、適宜設定可能である。例えば、フェムト秒チタンサファイアレーザー(中心波長800nm、パルス幅:100fs、繰り返し周波数:82MHz)などを用いることができる。
【0055】
フェムト秒レーザー光を正立顕微鏡に導入し、対物レンズによりMEA上の培養神経回路網に集光する。レーザー光を顕微鏡に導入する際にガルバノミラーユニットを配置することにより、顕微鏡視野内の任意の位置にレーザー光を走査することが可能となる。本願発明において用いられるレンズは特に限定されず、例えば、公知の正立顕微鏡の対物レンズなどを使用することができる。
【0056】
レーザー照射位置については、後の活動電位パターンを評価するという観点から、上記クローニングリングの真ん中で左右が対称になるように照射して神経回路網を切断するのが好ましい。
【0057】
レーザー光のパワーは、神経回路網が適切に切断されるパワーであれば特に限定されないが、例えば、45〜100mWである。また、照射時間は1〜30秒ほど照射するのが、MEA上の神経回路網を高精度に切断するという観点から好ましい。パルスレーザー光の強度および照射時間を最適化することにより、本手法を用いてMEAを損傷することなく、培養神経回路網のみを切断することができる。
【0058】
一度分離された神経細胞は、MEA上で神経突起を再び進展させて、複雑な神経回路網を構成する。この培養神経回路網にパルスレーザー光を照射すると、神経回路網が切断され、パルスレーザー光特有の多光子吸収により、レーザー光の集光領域(1〜2μm程度)において精度の高い加工が実現される。
【0059】
神経回路網を切断後、工程(3)において被験化合物を培養神経細胞に接触させる。該接触は、培養培地中で行われ得る。接触条件は特に制限されないが、細胞が死滅せず所望の機能を発揮できる培養条件を選択することが好ましい。
【0060】
次に、工程(4)においては、MEA上において神経回路網の自発的な活動電位を計測し、その同期性のパターンを解析することにより、神経再生を評価する。
【0061】
具体的には、多点電極から得られた神経細胞の自発的活動電位を左右対称にLeft側、Right側として分け、L−R側における活動電位の平均値の相互相関係数を比較する解析手法を用いることができる。かかる細胞外電位多点計測システムの解析方法は、上記装置の説明で述べたものと同様である。
【0062】
本スクリーニング方法における上記(1)、(2)および(4)の工程は、上述の解析
装置を用いて行うことができる。
【0063】
工程(5)における化合物の選択は、様々な指標を用いて行うことができる。例えば、多点電極皿の左側と右側の同期性の回復を見ることにより、神経回路網の再生を促進する化合物などをスクリーニングすることが可能である。
【0064】
このように、本願発明のスクリーニング方法によれば、神経再生の薬理効果を有する化合物などが選択され得る。
【0065】
加えて、本スクリーニング方法を、神経細胞以外の細胞に応用することもできる。例えば、本発明のスクリーニング方法を適用することにより、末梢神経細胞と筋肉細胞との共培養条件において、神経再生に伴う筋肉細胞の機能回復過程を回路網全体において評価することも可能となる。さらに、心筋細胞といった細胞集団形成とともに高い同期性を示す細胞群においても、同期性の回復過程を回路網レベルで評価することが可能となる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を、実施例を示してより詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
(機能再生評価)
上述した本発明の装置により、神経回路網全体の機能再生を評価した。多点電極皿(MEA)で培養した神経回路網にパルスレーザーを照射すると、照射直後に左側―右側の同期性が低下した(図8)。このことは、レーザー光照射部位の神経回路網が切断されたことに対応している。また、レーザー切断後10日以内において、左側−右側の同期性が向上したことから、神経回路網の機能的再結合が起こることが示された。
(薬理効果アッセイ)
レーザー切断直後に、脳由来神経栄養因子(BDNF)を濃度200ng/ml添加したところ、早期に左側―右側の同期性の回復がみられたことから、神経回路網の再生が促進される結果が得られた(図8)。このことより、本発明は神経回路再生の薬理効果アッセイシステムとして有用であることが示された。
【0067】
以上の結果から、多点電極上に培養した神経回路網に対して精度よく切断を行う手法、および神経回路網全体の機能を解析するプログラムを備えた本装置により、成熟した神経回路網の再生過程や薬理効果を評価することが可能となることが明らかになった。特に、神経回路網全体の機能解析手法は、神経再生を目的とした薬理効果を調べる場合において単一細胞レベルから組織レベルに至るまでの中間スクリーニングとしての有用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施の形態に係る神経回路再生機能の解析装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】細胞外多点電位計測皿(MEA)に培養神経回路網が搭載された状態を示す斜視図及び部分拡大図である。
【図3】図1に示した解析装置を用いて神経回路再生機能を解析する方法を示すフローチャートである。
【図4】レーザー照射の前後において測定された各電極の信号波形の一例を示す図である。
【図5】活動電位ヒストグラムの一例を示す図である。
【図6】活動電位ヒストグラムに対するしきい値処理を説明する図である。
【図7】相互相関関数CLR(Δt)の一例を表す図である。
【図8】実施例1における神経回路網の機能的再結合を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1 光源
2 走査部
3 集光部
4 細胞外多点電位計測皿(MEA)
5 測定装置
6 制御・処理装置
T 対象物(神経回路網)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスレーザー光を出力する光源と、
該光源から出力される前記パルスレーザー光の光路を変更して出力レーザー光とし、該出力レーザー光を走査させる走査部と、
該走査部から出力される前記出力レーザー光を集光させる集光部と、
複数の電極を有するプローブと、
複数の前記電極に接続された測定・処理装置とを備え、
前記プローブに神経回路網が搭載された状態で、前記測定・処理装置が、複数の前記電極の電位を所定の時間測定して複数の第1データとして記録し、
その後、前記光源から出力される前記パルスレーザー光を、前記走査部及び前記集光部を介して、複数の前記電極を第1領域及び第2領域に区分する軌道上を走査するように、前記神経回路網に照射して神経回路網を切断し、
前記神経回路網が切断された後に、前記測定・処理装置が、複数の前記電極の電位を所定時間測定して複数の第2データとして記録し、
前記測定・処理装置が、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第1時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第2時系列データを生成し、且つ、前記第1及び第2時系列データから第1相互相関係数を求め、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第3時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第4時系列データを生成し、且つ、前記第3及び第4時系列データから第2相互相関係数を求め、
前記第2相互相関係数を前記第1相互相関係数で除して得られた値を同期性として決定することを特徴とする神経回路再生機能の解析装置。
【請求項2】
複数の電極を有するプローブに神経回路網が搭載された状態で、複数の前記電極の電位を所定時間測定して複数の第1データとして記録する第1ステップと、
該第1ステップの後に、複数の前記電極を第1領域及び第2領域に区分する軌道上で走査するように、前記神経回路網にパルスレーザー光を照射して神経回路網を切断する第2ステップと、
該第2ステップの後に、複数の前記電極の電位を所定時間測定して複数の第2データとして記録する第3ステップと、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第1時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第1データ全体からパルス発生頻度を表す第2時系列データを生成し、且つ、前記第1及び第2時系列データから第1相互相関係数を求める第4ステップと、
前記第1領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第3時系列データを生成し、前記第2領域に属する電極に対応する前記第2データ全体からパルス発生頻度を表す第4時系列データを生成し、且つ、前記第3及び第4時系列データから第2相互相関係数を求める第5ステップと、
前記第2相互相関係数を前記第1相互相関係数で除して得られた値を同期性として決定する第6ステップとを含むことを特徴とする神経回路再生機能の解析方法。
【請求項3】
神経再生に影響を及ぼす化合物をスクリーニングする方法であって、以下の工程:
(1)複数の微小電極を有するプローブ上に神経細胞を培養すること、
(2)培養した神経細胞にフェムト秒レーザー光を照射して神経回路を切断すること、
(3)切断後の神経回路に被験化合物を接触させること、
(4)プローブ上の神経回路網の自発的な活動電位を計測し、その同期性のパターンを解
析することによって神経再生を評価すること、
(5)前記評価に基づいて化合物を選択すること、
からなるスクリーニング方法。
【請求項4】
請求項1記載の解析装置を用いることを特徴とする、請求項3記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
請求項2記載の解析方法を用いることを特徴とする、請求項3記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−118817(P2009−118817A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−298764(P2007−298764)
【出願日】平成19年11月19日(2007.11.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日 平成19年8月1日 掲載アドレス http://www2.convention.jp/neuro2007/jp/
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「レーザー誘起光集合制御による神経細胞内分子動態の時空間ダイナミクスの解明」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】