説明

神経変性疾患を診断するためのinvitro方法

神経変性疾患の検出のための、重症度の判定のための、並びに進行の評価及び予測のためのin vitro方法であって、神経変性疾患に罹患している、または前記疾患に罹患した疑いのある患者の体液において、カルバモイルリン酸合成酵素1(CPS 1)の存在及び/または濃度を測定し、前記神経変性疾患の存在、進行、重症度、または治療の成功についての結論を、CPS 1の測定された存在及び/または濃度、あるいはCPS 1免疫反応性を検出できないことに基づいて導く方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経変性疾患、特にアルツハイマー病等の認知症を診断するための新規なin vitro方法に関する。本発明は、肝臓由来の酵素、すなわちカルバモイルリン酸合成酵素1(E.C. 6.3.4.16、以下ではCPS 1と略記する)及び/またはCPS 1免疫反応性を有する生理的に生じるCPS 1フラグメントが、アルツハイマー病患者の血液循環中、特に血漿または血清中に有意に増大したレベルで見出され、ゆえに、神経変性疾患の検出のための医学的診断における体液性バイオマーカーとしての使用に適しているという驚くべき発見に基づく。
【0002】
本願発明において、「診断」または「診断的」等の用語は、医学的判定のための一般的用語として用いられ、前記判定が、判定の行われる患者の臨床症状に依存すること及び前記患者についてすでに入手可能な情報に依存することは、異なる問題に基づくものであるかもしれず、前記判定は、特に検出及び早期発見、重症度の判定及び治療の間の進行度の評価を含めた進行度の評価、並びに疾患の将来的進行の予測に役立つ。
【0003】
この文脈において特に重要なことは、診断は陰性診断であってもよく、ここでは、ある疾患の存在が、前記疾患に典型的なある特徴が測定不能であること、例えば、患者の血液サンプル中で関連疾患に関連したバイオマーカーが検出不可であることに基づき確実に排除される。
【0004】
複数の疾患において増大したレベルで見出され得るバイオマーカーは、それゆえ、さらなる医学的または生化学的パラメーターを含めて、陽性診断に対して概して決定的に重要ではあるが、それ単独では特定の疾患の陽性診断は可能にならず、陰性診断に対して非常に有用である。
【0005】
本発明が関係する診断にともなう疾患は、ゆっくりと進行する傾向があり、感染性の原因ではない慢性的な神経変性疾患、特に初老期認知症である。
【0006】
認知症は、脳の損傷による、後天的な知的能力、特に記憶、及び正常なレベルの人格の喪失を共通の特徴とする疾患として一般的に定義される。認知症は、概して比較的ゆっくりと進行する慢性的な疾患である。認知症状が老齢期前の中年期で生じた場合、それらは初老期認知症と称され、それらの区別は、それらに典型的な、特に以下の疾患または疾患群に典型的な症状及び脳病理の変化に基づいてなされる。
【背景技術】
【0007】
アルツハイマー病(AD)は、最も頻度の高い神経変性疾患であり、すべての認知症の症例の2/3を占める。ADは、3つの重要な病理学的特徴(しかしながら、これらは死後にはっきりと確立され得る):アミロイドプラーク及び神経線維束の形成、並びに神経細胞の喪失によって区別される(概説のために、SELKOE D.J.(2001)Alzheimer’s disease: genes, proteins, and therapy. Physiological Reviews 81: 741-766)。アミロイドプラークはアミロイドβタンパク質の神経細胞外の蓄積からなり、一方、神経線維束は主にタウタンパク質及び神経線維を含む。前記プラーク及び神経線維の形成により、神経細胞が死滅すると推測されている。
【0008】
ADの最も重要な症状は、比較的持続する感情的反応をともなう記憶及び思考のプロセスの増大する障害であり、これらの症状は、ADとその他の認知症の形態との区別を難しくするさらに特異性の低い障害をともなう。
【0009】
レビー小体をともなう認知症(DLB)は、アルツハイマー病の次に二番目に頻度の高い認知症の原因である。神経病理学的には、DLBは、脳幹及び大脳皮質におけるいわゆるルビー小体の出現を特徴とする。これらのルビー小体は、プレシナプスタンパク質(α−シヌクレイン)及びユビキチンの凝集体を主に含む。ルビー小体病変は、アルツハイマー病及びパーキンソン病に典型的な神経病理学的変化に様々な程度で関連し得る。従って、DLBにおいても、βアミロイド及び老年性プラークの形成は生じるが、神経線維束の形成は生じない(概説のために、MCKEITH I.G.(2002)Dementia with lewy bodies. British Journal of Psychiatry 180: 144-147;GELDMACHER D.S.(2004)Dementia with Lewy bodies: diagnosis and clinical approach. Cleveland clinic Journal of Medicine 71: 789-800)。ルビー小体は、異なる分布であったとしても、パーキンソン病患者の脳にも存在する。
【0010】
DLBの重要な症状は、進行性の認知障害、変動する注意及び意識をともなう混乱状態の出現、頻繁な気絶及び失神(要するに、発作性の意識消失)である。診断基準の感度及び特異性は、全体にわたり高い特異性を示すが、いくつかの症例において非常に低い感度を示す。このことは、DLBが臨床ルーチンでしばしば診断されないことを意味する。
【0011】
前頭側頭葉型認知症(FTD)は、ピック病とも称され、初老期認知症の約20%を占める。FTDは、いくつかの症例では遺伝性であり、タウタンパク質のサブタイプの過剰発現または過少発現によって、または変異したタウタンパク質の発現によって区別されるいわゆるタウオパチーの一つである。神経病理学的症状は、前頭及び/または側頭皮質の、黒質の、並びに基底核の局所的萎縮である。このことが、種々のレベルの言語障害、人格及び行動特性の変化をもたらす。全体的に、FTDは、93%の感度及びほんの23%の特異性で過小診断され、ADが最も頻度の高い誤診である。
【0012】
血管型認知症(VAD)という用語は、脳内の血流が妨げられたことによって引き起こされる認知症である疾患を含む。種々のタイプのVADがあり、多発梗塞性認知症(MID)及び皮質下VAD(ビンスヴァンガー病とも称される)は、最も頻度の高い形態である。
【0013】
ビンスヴァンガー病は、ゆっくりと進行する認知症であり、脳白質における脳血管病変を病理学的特徴とする。臨床的には、このことが、動揺、興奮、うつ、及び多幸感等の行動特性、並びにわずかな記憶障害をもたらす。
【0014】
多発梗塞性認知症は、数回の小さい脳卒中の結果として徐々に生じ、一過性脳虚血性発作(TIA)とも称され、これは、大脳皮質及び/または皮質下領域における脳組織の破壊を引き起こす。脳卒中が完全に気づかれないままである場合には、当該認知症が最初の目に見える結果となる。MIDの存在下では、重度のうつ、気分の変動、及びてんかんにともなって認知能力の段階的な低下がある。
【0015】
認知症に関する診断は、現在、認知症のある形態に対する除外基準を用いることによって、神経心理学的検査、並びに当該疾患の発症及び進行の観察結果に主に基づいて実施されている。非常に多くの症例において、これらの検査はあいまいな結果を与え、このことが、前述の過小診断された認知症の形態または誤って診断された症例の数を説明する。当該疾患に典型的な脳の変化は、当然ながら、生きた患者では直接的に立証することはできず、例えばX線断層撮影またはMRIを用いた脳機能の技術的医学的検査は複雑かつ高価である。
【0016】
アルツハイマー病の診断のために、アルツハイマー病協会ロナルド・ナンシー・レーガン研究所とNIA作業部会は、ADを検出するための理想的なバイオマーカーに関して定められた基準のためのガイドラインを発行した(7)。以下の基準は、当該バイオマーカーによって理想的には満たされるべきものである。
1.脳特異的であり、かつこれらの疾患の神経病理の基本的特徴を検出しなければならない。
2.少なくとも80%の診断感度及び特異性がなければならない。
3.適切な治療手段を開始可能にするために、当該バイオマーカーの疾患特異的変化は、できるだけ早く、当該疾患の早い段階で現れなければならない(GROWDON J.H., SELKOE D.J., ROSES A., TROJANOWSKI J.Q., DAVIES P., APPEL S. et al.[作業部会諮問委員会](1998)Consensus report of the Working Group on Biological Markers of Alzheimer’s Disease。[アルツハイマー病協会ロナルド・ナンシー・レーガン研究所及びアルツハイマー病の生体バイオマーカーに関する国立加齢研究所作業部会]Neurobiology of Aging 19: 109-116)。
【0017】
しかしながら、現在までのところ、ADの早期かつ差異的診断のための、十分な安全性を有した臨床ルーチンに使用することができる血液または脳脊髄液中のバイオマーカーは存在しない。現在、様々な可能性のあるマーカー候補が検討されつつあり、IL-6及びTNFα等の情報マーカー、3-ニトロチロシン等の酸化ストレスに対するマーカー、並びにADの特徴的病理変化に関連するマーカー、例えばアミロイドプラークの主な構成成分であるアミロイドβ、及び神経線維束の実質的な構成成分であるタウタンパク質を含む(FRANK R.A., GALASKO D., HAMPEL H., HARDY J., DE LEON M.J., MEHTA P.D., ROGERS J., SIEMERS E., TROJANOWSKI J.Q.(2003)Biological markers for therapeutic trials in Alzheimer’s disease. 生体マーカー作業部会の議事録における概説;アルツハイマー病における神経画像に関するNIAイニシアチブ, Neurobiology of Aging 24: 521-536;またはTEUNISSEN C.E., DE VENTE J., STEINBUSH H.W.M., DE BRUIJN C.(2002)Biochemical makers related to Alzheimer’s dementia in serum and cerebrospinal fluid. Neurobiological of Aging 23: 485-508を参照)。
【0018】
WO 2003/089934はさらに、敗血症患者の血液循環中にも見出されるLASP-1ペプチドが、アルツハイマー病患者の血清及び血漿中で有意に増加していることを開示している。この発見の臨床的価値は、現在、さらなる検討の対象である。
【特許文献1】WO 2003/089934
【特許文献2】WO 03/089933
【特許文献3】EP 1 497 662 A1
【非特許文献1】SELKOE D.J.(2001)Alzheimer’s disease: genes, proteins, and therapy. Physiological Reviews 81: 741-766
【非特許文献2】MCKEITH I.G.(2002)Dementia with lewy bodies. British Journal of Psychiatry 180: 144-147
【非特許文献3】GELDMACHER D.S.(2004)Dementia with Lewy bodies: diagnosis and clinical approach. Cleveland clinic Journal of Medicine 71: 789-800
【非特許文献4】FRANK R.A., GALASKO D., HAMPEL H., HARDY J., DE LEON M.J., MEHTA P.D., ROGERS J., SIEMERS E., TROJANOWSKI J.Q.(2003)Biological markers for therapeutic trials in Alzheimer’s disease. 生体マーカー作業部会の議事録
【非特許文献5】アルツハイマー病における神経画像に関するNIAイニシアチブ, Neurobiology of Aging 24: 521-536
【非特許文献6】TEUNISSEN C.E., DE VENTE J., STEINBUSH H.W.M., DE BRUIJN C.(2002)Biochemical makers related to Alzheimer’s dementia in serum and cerebrospinal fluid. Neurobiological of Aging 23: 485-508
【非特許文献7】Shoko Tabuchi et al., Regulation of Genes for Inducible Nitric Oxide Synthase and Urea Cycle Enzymes in Rat Liver in Endotoxin Shock, Biochemical and Biophysical Research Communications 268, 221-224(2000)
【非特許文献8】Haraguchi Y. et al., Cloning and sequence of a cDNA encoding human carbamyl phosphate synthetase I: molecular analysis of hyperammonemia, Gene 1991, Nov. 1; 107(2): 335-340
【非特許文献9】H.M.Holder et al., Carbamoyl phosphate synthetase: an amazing biochemical odyssey from substrate to product, CMLS, Cell.Mol.Life Sci. 56(1999)507-522
【非特許文献10】Mikiko Ozaki et al., Enzyme-Linked Immunosorbent Assay of Carbamoylphosphate Synthetase I: Plasma Enzyme in Rat Experimental Hepatitis and Its Clearance, Enzyme Protein 1994, 95:48:213-221
【非特許文献11】McKhann G., Drachman G., Folstein M., Katzman R., Price D., Stadlan E.M.: Clinical diagnosis of Alzheimer’s disease:アルツハイマー病に関する保健社会福祉省調査特別委員会の後援の下でのNINCDS/ARDA ワークグループの報告, Neurology 34: 939-944(1984)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
現在、有効な実験的結果を与え、かつ認知症、特にアルツハイマー病(AD)に対する血液または血漿サンプルにおけるバイオマーカーとして適した物質の判定に基づき、さらに
認知症、特にADに罹患した疑いのある患者における陽性診断及び/または陰性除外診断に適した、補助的検査方法に対する実際の必要性が依然としてある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、神経変性疾患の検出のための、重症度の判定のための、並びに進行の評価及び予測のためのin vitro方法の形態の検査方法等を提供するものであって、前記方法は、神経変性疾患に罹患している、または前記疾患に罹患した疑いのある患者の体液において、カルバモイルリン酸合成酵素1(CPS 1)及び/またはCPS 1免疫反応性を有する生理的に生じるCPS 1フラグメントの存在及び/または濃度を測定し、前記神経変性疾患の存在、進行、重症度、または治療の成功についての結論を、CPS 1の測定された存在及び/または濃度、あるいはCPS 1免疫反応性を検出できないことに基づいて導くことを特徴とする。
【0021】
請求項1に係る方法の有利なまたは好ましい展開は、下位クレームで再現される。
【0022】
本発明は、「ほぼ確実にアルツハイマー病であろう」という診断を受けた多くの患者の血清及び血漿についての、種々のバイオマーカー(本出願人によって発展し、臨床試験を受け、いくつかについては発行されたまたはまだ発行されていない本出願人の本出願よりも早い特許出願の主題を形成している)を測定するための新規な免疫アッセイを用いた体系的検査の全くの驚くべき発見に基づく。
【0023】
外見上健康で正常な人とアルツハイマー病患者のEDTAサンプルにおける測定結果は、下記の実験の章に記載するように、CPS-1について見出される濃度と「ほぼ確実にアルツハイマー病である」という診断を導いていた認知症の症状の存在との間の明らかな診断上有意な相関関係を示した。
【0024】
現在までのところ、前記検査はアルツハイマー病患者の血漿サンプルに限られているが、本発明者らは、CPS-1濃度の特徴的増加(おそらく、種々の典型的な濃度範囲を有する)は、他の神経炎症性認知症の形態、特に血管型認知症(VAD)及びルビー小体をともなう認知症(DLB)の場合においても、患者血漿中で検出可能でなければならないであろうと推測している。
【0025】
実験の章に記載されている測定に使用される、患者血漿中のCPS-1用のアッセイ法は、本出願人のWO 03/089933またはEP 1 497 662 A1により詳細に記載されているように、CPS-1を測定するための非競合的な免疫発光的サンドイッチアッセイの改良法である。
【0026】
医学的診断に関して、CPS 1及びCPS 1免疫反応性を有する生理的に生じるCPS 1フラグメントは、従来、実質的役割を担っていなかった。神経変性疾患の診断の分野において、前記肝臓酵素CPS 1は、今までのところは、可能性のある体液性バイオマーカーとしては決して見なされていなかった。
【0027】
しかし、酵素CPS 1(E.C. 6.3.4.16)それ自体は、長い間よく知られている。それは、尿素回路の最初の段階において、カルバモイルリン酸の形成とともに、アンモニア、重炭酸塩、及び2 ATPの変換を触媒する。それはまた、アルギニン(例えば、エンドトキシンショックの場合において、順番でNOの生合成用の基質である)の生合成においても役割を担っている(Shoko Tabuchi et al., Regulation of Genes for Inducible Nitric Oxide Synthase and Urea Cycle Enzymes in Rat Liver in Endotoxin Shock, Biochemical and Biophysical Research Communications 268, 221-224(2000))。CPS 1は、同じように尿素回路において役割を担うが、基質のグルタミンを処理している細胞質酵素CPS 2(E.C.2.7.2.5)と区別されるべきである。CPS 1は、ミトコンドリア内に位置し、肝臓組織において大量にこの形態で存在している(全肝臓タンパク質の2-6%を占める)ことが知られている。そのアミノ酸配列及び遺伝的位置づけは、長い間知られている(Haraguchi Y. et al., Cloning and sequence of a cDNA encoding human carbamyl phosphate synthetase I: molecular analysis of hyperammonemia, Gene 1991, Nov. 1; 107(2): 335-340;及び本出願人のWO 03/089933 A1)。その生理的役割に関して、例えば、H.M.Holder et al., Carbamoyl phosphate synthetase: an amazing biochemical odyssey from substrate to product, CMLS, Cell.Mol.Life Sci. 56(1999)507-522等の総説、本明細書で言及した文献、Mikiko Ozaki et al., Enzyme-Linked Immunosorbent Assay of Carbamoylphosphate Synthetase I: Plasma Enzyme in Rat Experimental Hepatitis and Its Clearance, Enzyme Protein 1994, 95:48:213-221のイントロダクションが参照として挙げられる。
【0028】
本出願に記載される測定方法は、神経変性疾患の患者、特にアルツハイマー病と診断された患者の血液循環中における、CPS 1の発現に関する最初の報告である。現在までのところ、CPS 1は、本出願人による検討においてのみ、敗血症患者の血清または血漿中でのみ測定されている(WO 03/089933 A1)。その非常に急性の生命にかかわる可能性のある疾患は集中治療病棟で一般にモニターされ、治療される敗血症患者は、長期間かけて進行する疾患に罹患する、神経変性疾患の患者とは明らかに異なる患者集団である。
【0029】
本発明によれば、患者血清中の体液性バイオマーカーとしてのCPS 1またはCPS 1免疫反応性の測定では、原則として、敗血症マーカーとしてのCPS 1の測定に関して本出願人のWO 03/089933 A1に記載されているように進めることができる。本出願の実験の章に記載されており、「ほぼ確実にアルツハイマー病であろう」という診断を受けた患者の血清または血漿を試験するために用いられた、CPS 1またはCPS 1免疫反応性の存在についてのアッセイ法は、前述の出願WO 03/089933 A1に記載されている方法の改良法である。当該改良は、血液循環中に見出され、CPS 1免疫反応性を有する種が、それ自身で完全な、または少なくとも実質的に完全な酵素CPS 1であるという、WO 03/089933 A1に開示されている事実を考慮に入れている。前述のWO 03/089933でも用いられている、ヒトCPS 1のアミノ酸配列のアミノ酸184-199に結合する第一の抗体に加えて、前記配列のアミノ酸781-794に結合する第二の抗体を用いる。
【0030】
本出願の文脈において、診断目的のためのin vitroサンプルにおけるCPS 1の直接的な免疫測定だけでなく、CPS 1またはCPS 1フラグメントの使用、あるいはそれらの選択的測定のための、アッセイキットの製造のための抗体の使用、あるいはアッセイ成分、例えば前記疾患用のアッセイキット中に概して同じように固定化または標識された形態で提供されるポリクローナルまたはモノクローナル抗体の製造のための、標準及び参照物質の製造のための使用もまた、「バイオマーカーとしてのCPS 1の使用」として見なされるべきである。
【0031】
さらに、本発明によるCPS 1またはCPS 1免疫反応性の測定において、実質的に完全な分子の形態と、体液中におそらく存在する、前記完全なCPS 1より短いフラグメント(生理的に存在する部分的ペプチド)の形態の両方のCPS 1の同時測定が、当該アッセイの設定に依存して達成し得ることが強く指摘される。本出願において「CPS 1免疫反応性」の測定が言及される場合、測定技術に関するこの状況を考慮に入れることが意図され、それによって、本願発明の教示の不適切な制限的解釈が回避される。
【0032】
CPS 1またはCPS 1免疫反応性の測定の代わりに、診断目的のために、適切な場合には、血中のCPS 1活性またはCPS 1フラグメントの残存活性に相当する酵素活性の測定として、CPS 1測定も間接的に達成され得るであろう。CPS 1は、健常の人における血液循環中には存在しないため、患者の血中における測定可能なCPS 1酵素活性は、前記患者の健康の深刻な障害についての診断上の重要な指標であり得る。またここで、通常細胞内に位置し、その場所でのみその適切な機能効果を示す酵素の活性は、血液循環中で本来陰性であると見なされるべきであり、それゆえ、病理症状の深刻化にそれ自体が寄与し得ることも指摘されるべきである。
【0033】
実際のCPS 1測定は、実験の章に特定して記載される方法でだけでなく、それ自体既知の任意の適切な方法で達成され得、適切なアッセイ設計の免疫アッセイが好ましい。
【0034】
生体サンプル中のCPS 1免疫反応性を測定するための方法は、抗原を検出するために、及び測定するために用いられる任意の既知の免疫診断方法であってよい。好ましくは、CPS 1は、結合及び標識に適した特異的抗体が固定化された形態、または標識されたもしくは標識可能な形態で用いられるリガンド結合アッセイを利用することによって測定される。
【0035】
競合アッセイ形式は、特に有利な点も有する。酵素標識を利用する代わりに、他の標識、例えばアクリジニウムエステル等の化学発光検出反応が好ましくは選択される。当然、CPS 1測定のために、神経変性疾患において存在するCPS 1濃度の範囲で必要とされる高感度を確保し、アッセイのバックグラウンドから測定シグナルの分離を可能にするアッセイを使用することが好ましい。
【0036】
当該アッセイ法は、チップ技術に適合させる、または加速試験(ポイントオブケア試験)として発展させることができる。
【0037】
好ましい実施態様において、当該免疫診断測定は、抗体の1つが、任意の固相、例えばコーティングされた試験管(例えばポリスチレンの;「コーティングされた試験管」;CT)の壁上に、または例えばポリスチレンのマイクロタイタープレート上に、または例えば磁気粒子の粒子上に固定化され、一方で、別の抗体が、直接検出可能な標識である、または標識への選択的連結を可能にし、形成されたサンドイッチ構造の検出に役立つ残余部分を保持している不均一サンドイッチ免疫アッセイとして実施される。適切な固相を使用した遅延型または後続型の固定化も可能である。
【0038】
原則として、記載されたタイプのアッセイに使用することができる、放射性同位体、酵素、蛍光性、化学発光性、または生物発光性標識、及び直接的に光学的に検出可能な色標識、例えば、いわゆるポイントオブケア(POC)または加速試験に特に使用されるような金原子及び色素粒子等を含む、すべての標識技術を利用することができる。不均一サンドイッチ免疫アッセイの場合、当該2つの抗体は、均一アッセイに関して以下で記載されるタイプの検出システムの一部を有してもよい。
【0039】
本発明に係る方法は、さらに、2つの抗体と検出されるべきCPS 1とから形成されたサンドイッチ複合体が液相中に浮遊した状態である均一方法として設計され得る。この場合、両方の抗体が一つのサンドイッチ中に一体化される場合には、両方の抗体を検出システムの一部で標識することが好ましく、それによって、シグナルの産生またはシグナルの誘起を可能にする。そのような技術は、特に蛍光増幅、または蛍光消滅の検出方法として設計され得る。このタイプの特に好ましい方法は、例えばUS-A-4 822 733、EP-B1-180 492、またはEP-B1-539 477、及び本明細書に引用される先行技術に記載されるような、対で使用されるべき検出試薬の使用に関係する。それらは、単一の免疫複合体中の両方の標識成分を含む反応生成物のみを、反応混合物中において直接的に選択的に測定することを可能にする。TRACE(登録商標)(時間分解増幅クリプテート発光)、またはKRYPTOR(登録商標)(前述の適用の教示を実施する)の商標で入手可能な技術を、例として挙げることができる。
【0040】
本出願の前記先行出願(WO 03/089933 A1)の内容は、これらの出願を参照として示すことによって、本出願の開示内容の一部として見なされるべきである。
【実施例】
【0041】
[実験の章]
<アッセイの説明>
1.抗体の調製
a)免疫原
ヒトCPS 1の完全配列(WO 03/089933によるペプチドPCEN17を参照)、特にヒトCPS 1配列のアミノ酸184-199に相当する第一のペプチド配列1(EFEGQPVDFVDPNKQN)、及びヒトCPS 1配列のアミノ酸781-794に相当する第二のペプチド配列(FHGTSSRIGSSMKS)から、2つの異なるペプチド配列を選択した。各ペプチドは、アミノ末端システイン残基(Cys0)が提供される形態でJerini(Berlin, Germany)によって合成された。以下の免疫化に用いられた合成ペプチドを、それぞれ配列表の配列番号1及び配列番号2に示す。
【0042】
b)抗体
免疫化のために、前記2つの合成ペプチドをリムルス・ポリフェムス(Limulus polyphemus)由来のヘモシアニンと接合させ、WO 03/089933にも記載されているように、Micropharm社(Carmarthenshire, UK)によって、ポリクローナル抗体をヒツジで作製した。
【0043】
2.抗体の精製
前記抗体を、リガンド特異的アフィニティー精製を用いて精製した。この目的のために、Cys(0)ペプチド1及び2を、まず、Pierce(Boston, USA)社製のSulfoLinkゲルにカップリングさせた。当該結合は、メーカーの指示に従って達成された。
【0044】
手順は以下のとおりであった。ポリカーボネートカラム(15mm×80mm)に5mLのアフィニティーマトリックスを充填した。前記カラムをPBS(136mM NaCl、1.5mM KH2PO4、20.4mM Na2HPO4・2H2O、2.7mM KCl、pH7.2)で平衡化した後、それぞれのペプチド5mgを検量し、PBSに溶解し、前記閉鎖カラムに添加した。ゲル材を、回転させることによって均質化した。
【0045】
室温で15分間インキュベーションし、ゲル材を定着させた後、5回のPBS 3mL量でカラムを洗浄した。フリーの結合部位を飽和させるために、それぞれの場合において、50mM L-システイン溶液5mLをカラム材に加え、均質化後に、ゲル材を再度15分間室温でインキュベーションした。ゲル材を定着させた後、各カラムを1M NaCl 5mLで6回洗浄し、次いでPBSで再度洗浄した。
【0046】
前記ゲル材を、それぞれの抗血清プール25mLと混合し、穏やかに回転させながら室温で一晩インキュベーションした。血清−ゲル混合物をポリカーボネートカラムに移し、過剰な血清を除去した。次いで、カラムをPBS 250mLで洗浄し、結合していない血清タンパク質を除去した。カラムを50mMクエン酸(pH2.2)で溶出することによって、結合している抗体の脱離を達成した。溶出物を1mMのフラクションに回収した。各フラクションのタンパク質濃度を、Perbio(Bonn, Germany)社製のBCAタンパク質アッセイキットを用いて測定し、> 1mg/mLのタンパク質量を有するフラクションを混合した。アフィニティー精製した抗体を、PBS中で透析することによって再中和し、タンパク質量を再度測定した後、4℃で保存した。
【0047】
3.抗体の固定化/標識
アミノ酸配列781-794に相当するペプチドに対する精製抗体を、ポリスチレンチューブ(Startube, 12mm×75mm, Greiner社製, Germany)に固定化した。この目的のために、抗体溶液をPBSで6.7μ/mLのタンパク質濃度まで希釈し、チューブ1本あたり300μLをピペットで取った(チューブ1本あたり2μgの抗体に相当する)。これらを室温で20時間インキュベーションし、次いで3回のPBS 4mL量で洗浄した。当該チューブを、さらなる使用に必要となるまで4℃で保存した。
【0048】
アミノ酸184-199に相当するペプチドに対する抗体(PBS中に1mg/mL)を、アクリジニウムエステルN-ヒドロキシスクシンイミド(アセトニトリル中に1mg/mL, InVent社製, Hennigsdorf, Germany)でルミネッセンス標識した。標識のために、抗体200μLをアクリジニウムエステル4μLと混合し、20分間インキュベーションし、さらにフリーのアクリジニウムエステル結合を、50mMグリシン溶液40μLを添加することによって飽和させた。BioSil 400ゲルろ過カラム(BioRad社製, Munich, Germany)を用いたHPLCによって、標識バッチをフリーのアクリジニウムエステルから分離した。使用した移動相はPBSであった。
【0049】
4.相対的較正
相対的なCPS 1濃度を測定できるように、SIRS患者、特に高いCPS 1濃度を有する患者からの血漿プールを標準物質として用いた。このプールのCPS 1濃度を、便宜的に150U/mLと設定した。このプールを開始点として、希釈による任意の濃度が帰する標準物質を、健常者由来のCPS 1フリーのヒト血漿を用いた連続希釈によって調製した。
【0050】
対応する相対的濃度に関する典型的な検量線を図1に示す。分析アッセイ感度は0.9U/mLである。
【0051】
5.アッセイの手順
抗体コーティングチューブ1本あたりに、血漿サンプル50μLとPBS緩衝液(10mM EDTAを含む)100μLをピペットで取り、室温で16時間インキュベーションした。3回のPBS 1mL量で洗浄した後、チューブ1本あたり標識抗体(200μL のPBS緩衝液、10mM EDTA中)15ngを加えた。当該チューブをさらに2時間インキュベーションし、5回のPBS 1mL量で洗浄することによって、結合していないトレーサー抗体を除去した。当該チューブに結合している標識抗体を、ルミノメーター(Berthold LB 952T/16)内のルミネッセンス測定を用いることによって定量した。
【0052】
<対照健常者及びほぼ確実にアルツハイマー病である患者の血漿中のCPS 1の測定>
前述のアッセイを用いることによって、外見上健康な対照者の115個のEDTA血漿サンプル、及びほぼ確実にアルツハイマー病の患者(prAD患者;NINCDS/ARDA基準に基づいて臨床的に診断された。;McKhann G., Drachman G., Folstein M., Katzman R., Price D., Stadlan E.M.: Clinical diagnosis of Alzheimer’s disease:アルツハイマー病に関する保健社会福祉省調査特別委員会の後援の下でのNINCDS/ARDA ワークグループの報告, Neurology 34: 939-944(1984))の105個のEDTA血漿サンプル中の相対的CSP 1濃度を、前述の方法で測定した。
【0053】
前記対照は平均年齢67.9±12.4歳であり、前記prAD患者は平均年齢73.3±9.4歳である。
【0054】
当該アッセイのカットオフを、アッセイの分析感度に相当する0.9U/mL(1mLあたりの相対ユニット)に設定した。105のprAD患者のうちの91において、0.9U/mLより高い相対的CPS 1濃度が測定された。対照的に、115の対照のうち89の測定可能なCPS 1が0.9U/mL未満であった。当該結果を図2にグラフで示す。
【0055】
従って、77.4%の特異性、86.7%の感度でアルツハイマー病患者を対照と区別することができる。2つの群間の差は、非常に有意である(P値<0.0001)。対照の中間濃度は当該試験の感度未満であり、一方、アルツハイマー病患者は1.76U/mLの中間CPS 1濃度であった。
【0056】
以下に、測定結果と2つの図を参照して、本発明をより詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実験の章でより詳細に記載されるアッセイによる、患者血漿中のCPS-1の測定に対する典型的な較正曲線。
【図2】アルツハイマー病症状のない年齢適合の対照者の場合における同じ測定結果と比較した、「ほぼ確実にアルツハイマー病」(prAD)という診断を受けた患者のCPS-1濃度及びEDTA血漿の測定結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経変性疾患の検出のための、重症度の判定のための、並びに進行の評価及び予測のためのin vitro方法であって、神経変性疾患に罹患している、または前記疾患に罹患した疑いのある患者の体液において、カルバモイルリン酸合成酵素1(CPS 1)及び/またはCPS 1免疫反応性を有する生理的に生じるCPS 1フラグメントの存在及び/または濃度を測定し、前記神経変性疾患の存在、進行、重症度、または治療の成功についての結論を、CPS 1の測定された存在及び/または濃度、あるいはCPS 1免疫反応性を検出できないことに基づいて導くことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記アッセイ法が免疫診断的アッセイ法であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記免疫診断的アッセイ法がサンドイッチ型の免疫アッセイであることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
CPS 1及びヒトCPS 1の少なくともアミノ酸184-794を有するCPS 1フラグメントを検出するサンドイッチアッセイを用いることによって、患者の血漿中においてCPS 1を測定することを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
CPS 1測定が、血液、血漿、または血清中のCPS 1酵素活性の測定として達成されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記神経変性疾患が、アルツハイマー病(AD)、ルビー小体をともなう認知症(DLB)、前頭側頭葉型認知症(FTD)、及び種々の形態の血管型認知症(VD)からなる群から選択される初老期認知症であることを特徴とする、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
アルツハイマー病の診断において実施されることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
それぞれの臨床像に有益な少なくとも1つのさらなる生化学的または生理的パラメーターを同時に測定し、かつ前記神経変性疾患の精密な診断について評価される、少なくとも2つの測定量のセットの形態の測定結果が得られる、マルチパラメーター測定で実施されることを特徴とする、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記マルチパラメーター測定において、CPS 1の測定に加えて、炎症メディエーター、補体成分、サイトカイン、ケモカイン、血液凝固剤及び線溶因子、急性期タンパク質、並びにフリーラジカル化合物からなる群から選択される少なくとも1つのさらなる生化学的パラメーターを測定することを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
少なくとも1つのさらなる生化学的パラメーターとして、LASP-1ペプチド、生理的に不活性なプレプロアドレノメデュリン部分ペプチド、アポリポタンパク質A1、アポリポタンパク質E4、及び/またはCu/Znスーパーオキシドジスムターゼを測定することを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記マルチパラメーター測定が、チップ技術測定装置または免疫クロマトグラフィー測定装置を用いることによって、同時測定として達成されることを特徴とする、請求項8から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記マルチパラメーター測定の複雑な測定結果の評価が、コンピュータープログラムを用いて達成されることを特徴とする、請求項8から11のいずれか一項に記載の方法。

【公表番号】特表2009−513960(P2009−513960A)
【公表日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−537006(P2008−537006)
【出願日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際出願番号】PCT/EP2006/010352
【国際公開番号】WO2007/048617
【国際公開日】平成19年5月3日(2007.5.3)
【出願人】(501154389)ベー・エル・アー・ハー・エム・エス・アクティエンゲゼルシャフト (29)
【Fターム(参考)】